どっちつかずの彼女(かれ)は行く   作:d.c.2隊長

13 / 54
お待たせしました。今回は閑話として、イブキと出会った者達とその他を少しずつ書いています。イブキは出ません←

時系列がバラバラなのでご注意下さい。また、名前こそ出ていませんが悲惨な目にあっている艦娘と僅かな痛々しい描写があります。これまたご注意下さい。


閑話 出会った者達と……

 それは、雷がイブキに助けられた日から2週間程経ったある日のこと。

 

 「“軍刀を持った深海棲艦”?」

 

 「一週間前くらいから噂になっているよ」

 

 鎮守府の中にある“すでのな屋部おの艦逐駆型暁”と書かれたプレートが掛けられた部屋の中、大きな丸い机に肘を立てながら座っている雷は、向かいに座る響からそんな話を聞かされていた。軍刀を持った深海棲艦。響の説明では、とある海域で現れるらしい。噂とは言ったが、実際は目撃証言と言った方がいいだろう。

 

 その噂を聞かされた雷の脳裏に浮かぶのは、2週間程前に自分を助けてくれた恩人のことだ。名をイブキ……5本の軍刀を持ち、レ級をあっさり撃退し、いずれ再会しようと約束した相手。雷はそのイブキに再会した時に頼ってもらうべく、日々訓練や家事や雑務を頑張っている。件の深海棲艦もイブキのことだろうと思い、雷は再び再会を心に誓った。

 

 「でも、最近は別の噂も流れてるんだ」

 

 「別の噂……?」

 

 「おやつ持ってきたのですー」

 

 「間宮さんの焼いてくれたクッキーよ! 早く食べましょ♪」

 

 話の途中、姉妹艦である電と暁がクッキーが入っているであろう可愛らしいピンク色の袋を持ちながら部屋に入ってきた。雷と響の2人は一旦話を中断し、姉妹達の持ってきた袋を机の真ん中で開き、4人仲良く食べ始める。途中で電がミルクを取りに行き、持ってきた後は4人で飲み、ほぅ……と息を吐く。仕草が同じなのは、流石姉妹と言ったところだろう。

 

 「ねぇ響姉、さっきの話の続きは?」

 

 「さっきの話? なにそれ?」

 

 「うん、雷に軍刀を持った深海棲艦の噂の最近の話をしようかってね」

 

 「あっ、そのお話知ってるのです。最近のお話だと……何か捜してるんだっけ?」

 

 「うん」

 

 響の言う最近の話では、雷が言ったように“軍刀を持った深海棲艦”が何かを捜してるというものらしい。それは噂というよりは都市伝説や怪談に近いものらしく……だが、実際にその深海棲艦と出会ったという艦娘もいて、皆同じようなことを言っていることから信憑性も高いという。

 

 「その深海棲艦は、出会った存在にこう聞くんだ。“これの持ち主を知っているか?”って、深海棲艦の一部らしき物を見せながら。知らないと答えた艦娘からは特に何をすることもなく去り、冗談で知ってる……もしくは知ってるような態度をとったら、襲いかかってくるそうだよ」

 

 やけに具体的な噂だと思いながら、雷はクッキーを1つつまんでかじる。雷の中では噂の深海棲艦はイブキであると確定している。ならば襲いかかってくるというのは、噂に尾ひれがついたという奴なのだろう。だが、全部が全部尾ひれという訳でもないハズ。

 

 「深海棲艦の一部ってなんなのかしらね」

 

 「さあね。艤装なのか、身体の部位なのか。それとも深海棲艦の一部というのはあくまでも噂で、本当はそれ以外のモノなのか……」

 

 「もしかしたら、落とし物を届けようとしているのかも」

 

 響と電が同じようにクッキーをかじりつつ、雷の疑問に自分の考えを述べる。イブキなら電の弁が近そうだなぁと思いながら、雷は更にクッキーを手に取りつつ窓の外を見やる。

 

 2週間。もうそれだけ時間が経ったというのに、雷はイブキに助けられた時のことを、抱っこされていた時の温もりを鮮明に思い出せる。未だにお互いに元気な姿で再会するという約束を守れてはいない。また、この鎮守府の艦娘達がイブキを見かけたという話も聞かない。噂の海域とやらは雷の練度では到底許可が下りない。余程運が良くない限り、約束を守れるのはしばらく先になるだろう。

 

 (また、会いたいなぁ)

 

 雷は、窓の向こうにイブキの姿を幻視しながら内心呟いた。

 

 「で、暁姉はなんで耳塞いでんのかしら」

 

 「べ、別にあんた達が怖い話してると思った訳じゃないからね? 暁はレディなんだから、怖い話くらいなんともな」

 

 「わっ!!」

 

 「ぴぃっ!?」

 

 「響お姉ちゃん……」

 

 今日も、第六駆逐隊は平和である。

 

 

 

 

 

 

 それは、イブキと出会った北上達が鎮守府に帰ってきた時のこと。

 

 「みんなお帰りクマ」

 

 「はい、艦隊が帰還しましたよーっと……ただいま、クマ姉さん」

 

 「ただいまー。やっと帰ってこれたぴょん」

 

 「ホントにな。あのイブキって奴に会った時はどうなることかと」

 

 「ちょ、深雪!?」

 

 「あっ」

 

 軍港で待っていた球磨に出迎えられた北上達は、そのまま海から陸へと上がる。この後は工厰にて艤装を外し、潮風に長時間当たっていた為にお風呂に入ってさっぱりし、上がった後に飲み物をぐいっと……なんて考えていた北上だったが、深雪がイブキと口にして“しまった”……という顔をした為にあちゃあ……と顔に手をやる。

 

 「今……イブキって言ったクマ? どこにいたクマ!?」

 

 「うひぃ!?」

 

 「はーい球磨姉さんストップストップ。どーどー」

 

 額に青筋を浮かべながら深雪に掴み掛かろうとした球磨を北上は素早く背後に回り込み、羽交い締めにすることでその動きを止める。イブキと出会って以来、球磨はこんな感じでイブキの名を聞けば我を忘れるようになった。余程彼女に傷一つ付けることが出来なかったのが悔しいのだろう。しかし、その悔しさをバネに出撃遠征訓練を続けている球磨は現在、所属鎮守府最強の艦娘の名を欲しいままにしている。練度こそまだまだ低いが、このまま行けば軽巡の括りでは間違いなく上位に並べるだろう。

 

 「うーむ……実際に会った感じ、姉さんが目の敵にするような人とは思えないんだけどねぇ」

 

 「北上はあいつと戦ってないからそう言えるっぴょん」

 

 「全然攻撃当たらないし、当たったと思ったらなんかよくわかんないけど当たってないし!」

 

 「タンカーに海から直接飛び乗ったりな」

 

 「絶対次はブチ当ててやるクマー!!」

 

 「だからなんでそんな人相手に挑もうとするのか」

 

 ジタバタと暴れる球磨や駆逐艦達の言葉を聞いて、北上は疲れたように溜め息を吐く。血気盛んな姉と考えなしの駆逐艦達を相手にする北上は、提督も手伝ってくれないかと考える。しかし、提督は以前の艦娘売買の事件解決に艦隊が貢献したということで1つ階級が上がり、仕事量が増えていたことを思い出して首を振った。

 

 「はぁ……ほーら駆逐艦共、さっさと艤装置いてお風呂入っといで。球磨姉さんも連れて」

 

 「了かーい」

 

 「ほら球磨さん! あたし達とお風呂行くよ!」

 

 「離すぐもぇ!! ぐび、ぐびがじま……」

 

 「北上はどうするぴょん?」

 

 「報告書、提督に届けないとね。あんたも行っといで」

 

 球磨を預けられた深雪と白露は2人で球磨の服の首筋を掴んで引きずり、首が締まっているという球磨の声を聞かずに軍港を後にする。それについて行こうとした卯月はふと北上のことが気になり、問いかけるとあっさりとそう返された。すると何を思ったのか、卯月は北上の後ろにつく。

 

 「……いや、行ってきなよ。なんで後ろに回ってんのさ」

 

 「うーちゃんも報告書書くの手伝うぴょん! 早く終わらせて、一緒にお風呂行こ?」

 

 「本音は?」

 

 「手伝ったらご褒美貰えると思っ……な、なーんちゃって……」

 

 「正直でよろしい」

 

 「あうっ」

 

 思わず本音がポロッと零れた卯月の頭を軽く小突きながら、北上は報告書を書くべく資料室へと向かう。この後2人はその資料室で一緒に報告書を書いた後に風呂に入り、風呂上がりの卯月は白露と深雪よりもちょっと高価なイチゴミルクを北上に奢って貰うのだった。

 

 

 

 

 

 

 それは、摩耶が助けられてから3週間程経った日のこと。

 

 「……見つからねえなぁ」

 

 そう呟きながら、摩耶はまだ明るい空を見上げる。今彼女が居るのは、噂の“軍刀を持った深海棲艦”が出るという海域。摩耶がその海域を頻繁に訪れるようになってから今日で1週間になるが、噂の主に会えたことはおろか見かけたことすら1度もない。その度に、摩耶は悲しそうにトボトボと鎮守府に帰るというのがお約束のようになっている。

 

 「なかなか会えないわね。本当にいるのかしら」

 

 「目撃情報もありますし、摩耶姉さんのことを考えれば存在するハズですけれど……」

 

 「そうですね……なんとかお会い出来たらいいのですが」

 

 勿論、摩耶1人で来ている訳ではない。霧島、鳥海、鳳翔……共に行動しているこの3人は霧島を除き、摩耶と同じ艦娘売買事件の被害者である。幸いにも彼女達は皆純潔を失うことを免れ、比較的精神的なダメージが少なかった艦娘である。摩耶と共に噂の海域まで来ているのは、噂の深海棲艦が間接的な恩人であると摩耶から教えられ、礼を言う為だ。霧島はそんな彼女達の護衛である。

 

 「はぁ……早く会いてえなぁ」

 

 「会いたいのは分かりますが、油断だけはしないでね。噂では襲われた艦娘だっているんだから」

 

 「でも、それは嘘をついたからでしょう? 誠実に接すれば、きっと誠実に返してくれますよ」

 

 「それに、助けられた艦娘だっているとのことですし」

 

 摩耶は噂の深海棲艦が自分達の恩人であるイブキだと考えている。だからこそ連日、提督に遠征から帰るついでに今居る海域に向かう許可を取っているのだ。しかし、未だに会えずにいる。ただ運が悪いだけなのか、それとも違う海域に行ってしまっているのか……摩耶は大きく溜め息を吐いてうなだれた。

 

 「……ただ、1つ気になる噂を聞きました」

 

 「気になる噂?」

 

 「沢山噂があるんですね」

 

 鳥海が呟いた言葉に霧島が反応し、鳳翔が朗らかに笑う。しかし、その笑いは鳥海の言う噂を聞いた途端に止まることとなる。

 

 曰わく、その深海棲艦は同じ深海棲艦を庇って艦娘を攻撃してくる。今までが艦娘に対して好意的に取れる噂もあった分、噂の深海棲艦が敵なのか味方なのか余計に分からなくなるモノだった。事実、上層部や鎮守府間ではこの深海棲艦を敵とするか味方とするか悩みどころであるという。意見もまた、敵と定めるか味方と定めるかで分かれており、定められないという者もいる。敵と定める側は皆、噂の深海棲艦によって被害を被った者達。味方と定める側はその逆に助けられた艦娘の鎮守府であり、定められない側は助けられて被害も受けたか噂の深海棲艦に出会っていない者達だ。

 

 「噂は噂……と言いたいですが、火のないところに煙は起たずと言いますし」

 

 「百聞は一見に如かずって言うじゃんか。あたしはこの目で確かめるまで、そんな噂には踊らされないからな」

 

 「摩耶姉さん……」

 

 不安げな鳥海に、摩耶ははっきりと意志を持って断じる。そんな姉の姿に鳥海は眩しいモノを見るかのように目を細め、霧島と鳳翔も摩耶を見てクスッと小さな笑みを浮かべる。艦娘売買の組織に捕まって未来に絶望していた自分達と、助けられるその時まで反抗して未来を諦めなかった摩耶。噂のせいで恩人を疑ってしまった自分達と、噂は噂だと恩人を信じて疑わない摩耶。そんな彼女の姿を、3人は誇らしく思った。

 

 結局、この日も噂の深海棲艦と出逢うことはなかったが……少し絆が深まった4人であった。

 

 

 

 

 

 

 それは、戦艦棲姫がイブキに助けられてから1ヶ月経った時のこと。

 

 「“軍刀を持った新種の艦娘”ねぇ……私が休んでる間にそんな噂が出回ってたのね」

 

 「ハイ」

 

 どことも知れない海底洞窟の中に、戦艦棲姫と戦艦タ級はいた。その洞窟は岩肌が見える以外には艦娘達のいる鎮守府と何ら変わらぬ施設を持つ、南方棲戦姫の拠点である。この1ヶ月をたっぷり療養に使った戦艦棲姫の身体と艤装はすっかり癒えており、いつでも海に出られるようになっていた。もっとも、多少のブランクはあるだろうが。

 

 「軍刀を持った艦娘なら他にもいるけれど……」

 

 「“新種”ト言ワレテイル以上、姫様ヲ助ケタアノ者カト思ワレマス」

 

 「そう……ありがとう、タ級」

 

 ニコリと笑みを浮かべながら礼を言う戦艦棲姫の顔を見て、タ級が嬉しそうにしながらも真っ赤になって俯く。そんな彼女を可愛らしく思いながら、戦艦棲姫は改めて噂の内容を振り返る。

 

 軍刀を持った新種の艦娘。時に艦娘を助けて深海棲艦を撃退し、時に深海棲艦を助けて艦娘を撃退しているという彼の存在は、深海棲艦の一部らしき物を頼りに何かを探しているという。それがその一部の持ち主なのか、はたまた別の理由なのかは分からない。あくまでも噂なので実際のことは分からないが。

 

 また、噂も沢山ある。やれ人間達の生体兵器だ、新たな姫だ、本当に新しい艦娘だ、逆に新しい深海棲艦だ、所詮は只の噂、海の妖怪、etc.……様々な噂が飛び交っているという。過激なモノでは艦隊が全滅させたというモノまである。

 

 (噂通りなら、艦娘も深海棲艦も関係ない無差別な行動。もし落とし主を探しているだけなら、噂の内容が“攻撃的過ぎる”わね……つまり、落とし物を届ける目的じゃない。考えられる理由としては……)

 

 戦艦棲姫は右手を顎に軽く当てて足を組み、背後の新品同然となった巨大な異形の艤装にもたれ掛かりながら考える。噂の正体がイブキであれなかれは関係なく、噂の主の目的が何なのか。正面にいるタ級が戦艦棲姫の生足から必死に目を逸らしている姿を面白そうに見ながら。

 

 (……復讐、かしらね。そう考えれば、攻撃的過ぎる噂の行動も分かるわ)

 

 そう時間を掛けずに、戦艦棲姫はその答えを導き出した。確証や証拠などないが、そう考えれば説明が付くのだ。きっとその深海棲艦の一部というのは、何か噂の主に不都合なことをした存在の落とし物なのだろう。そしてその落とし主を探している……復讐をする為に。行動が攻撃的なのは、怒りや憎しみの大きさの表れだと戦艦棲姫は考える。

 

 「タ級。噂の新種の艦娘の正体、探ってくれない? そして、その正体があの人でなかったとしても必ず教えて頂戴」

 

 「分カリマシタ」

 

 タ級は真っ赤だった顔をキリッとさせ、戦艦棲姫の命を果たす為にその場から去る。その後ろ姿を見ながら、戦艦棲姫は背後の艤装である異形の顔のような部分をくすぐるように撫でながら、誰にでもなく呟いく。

 

 「もしもアナタじゃないなら、特には動かない。でも、もしもアナタなら……会いに行こうかしら。ね? 姉様」

 

 戦艦棲姫は自分の“短くなった黒髪”を撫でながら目を細める。そうであると願って、その日を想って……後ろを振り返った。

 

 

 

 「勿論よ……“山城”」

 

 

 

 

 

 

 それは、日向達がイブキと出会った日から2週間ほど経った日のこと。

 

 「日向、またやってるの?」

 

 「……伊勢か」

 

 日向達の鎮守府には、道場のような佇まいの稽古場がある。本来は人間が修めている武道が錆び付かないように訓練する為の場所だが、その稽古場の外で日向は藁の巻かれた木の棒相手に己の艤装である軍刀を振るっていた。そんな彼女の姿を、先程やってきた姉である伊勢は呆れたように見ている。

 

 「大和さんも瑞鶴も瑞鳳も、夜戦にしか興味のない川内や自由奔放な島風まで……2週間前の任務失敗から皆今まで以上に訓練するようになった。それ程までに日向達を負かした相手は強かったの?」

 

 「強かった……という言葉では足りないさ。こうして訓練している私達だが、私を含めて誰1人未だに奴には届かないと……口には出さないが思っている」

 

 軍刀を握り締める日向の姿からは、嘘を言っているようには感じられない。それでもまだ伊勢は……否、鎮守府にいる面々は、日向達が何もできぬままに敗北したという事実が信じられない。2週間経った今でさえ、だ。正確には信じられないではなく、信じたくないのだが。

 

 日向、大和、瑞鶴、瑞鳳、川内、島風。彼女達は数ある鎮守府の中でもトップクラスに位置する鎮守府、その第一艦隊である。連合艦隊で挑む大規模作戦には必ず参加し、勝利に貢献する……憧れる艦娘や新米提督達は少なくない。現に、戦艦棲姫が制圧していたサーモン海域を解放する為の大規模作戦はしっかりと成功させ、勝利に貢献している。そんな彼女達がたった1人に、それも戦艦棲姫を守りながら戦っていた相手に為す術なく敗北を期した等……誰が信じられるだろうか。

 

 「島風はより疾くなる為に。川内は夜戦だけでなく昼間でも全力を出せるように。瑞鶴と瑞鳳は夜戦でも戦闘に参加出来るように。大和は確実に一撃必殺の主砲を叩き込めるように。そして私は……奴と様々な距離で相対出来るように」

 

 日向は藁を巻いた木の棒……的に向き直り、軍刀を左から右へと振るう。が、的を両断こそ出来てはいるがその断面は歪なモノとなっている……真一文字に斬ることが出来なかった為だ。そもそも艦娘は軍艦であり、接近戦をするということなどしない。艤装として軍刀を持っていたとしても、剣術等修めている訳ではないのだ。それは日向も同じであり……故に彼女は、我流で振るうことしか出来ない。

 

 「奴は動きが私達や深海棲艦のモノとは違う。人の形を取っていても“船”と同じ動きしか出来ない私達に対し、奴は人間と同じように海上を跳び、駆ける。砲撃は避けられるか斬り捨てられ、こちらは防ぐことも避けることも出来ない。距離を詰められたら最期だ……どうした?」

 

 「……こんなに喋る日向、初めて見た」

 

 「お前は真面目に聞けないのか……やれやれ」

 

 真面目な話をしていた日向だったが、伊勢の言葉に脱力する。が、それも伊勢らしいかと苦笑いを浮かべ、軍刀を納刀して片付けにかかる。いきなり片付け始めた日向に習って伊勢も手伝うと10分も掛からずに片付け終え、2人は稽古場を後にした。

 

 「そういえば、日向は知ってる? 例の噂」

 

 「知っている。軍刀を持った深海棲艦……十中八九奴だろうな」

 

 「でもその噂の海域には行かないし、行きたいとも言わないわよね」

 

 「今行ったところで勝ち目はないからな」

 

 はっきりとした敗北宣言に、伊勢はかなり驚いた。全鎮守府の艦娘の中でも大和、武蔵、長門など名だたる戦艦娘達と肩を並べる実力を誇る自慢の妹である日向が敗北宣言するなど初めてのことだったからだ。伊勢は改めて、日向達が戦った相手が化け物であると認識した。

 

 「提督にも噂の深海棲艦には近付かないように言っておこう。出逢ってしまっても噂のように嘘をつかず、刺激もしないように言い含めておかないとな」

 

 「……そうね」

 

 伊勢は何かを言おうとして、言い出せないまま日向の隣を歩く。言えなかったのは……日向が警告するのは“遅かった”ということだった。

 

 既に被害は出ているのだ……この鎮守府に。つい先日、噂の深海棲艦と接触し、壊滅した。そこで他の仲間を助ける為に1人の艦娘がその場しのぎの嘘をついてその逆鱗に触れてしまい……轟沈寸前まで傷付けられた。その艦娘は沈んではいないが、今もまだ入渠ドックから出て来れずにいる。あまりに傷が深すぎた為にだ……身体ではなく、心の傷が。その事を、日向達第一艦隊の面々は知らされていない。何故なら、その艦娘の艦隊は日向達の仇討ちをする為に独断で出撃し……そして返り討ちにあったのだから。艦娘は基本的に情が深い。その情の深さ故に暴走してしまい、完膚なきまでに敗北した。ドックから出てこれない艦娘は直っている筈の身体がまだ斬り裂かれたまま塞がっていないと幻痛に泣き叫び、他の出撃した艦娘達は同じ部屋に集められて謹慎処分……本来ならば解体処分となるところを提督が頑張った。なぜ伊勢がここまで知っているのかと言えば、秘書艦としてその場にいたからである。このことを知っているのは日向達以外の全員で、彼女達だけに知らされていないのは彼女達が自分が原因だと思わせない為の処置である。

 

 (ごめんね……日向)

 

 日向達にのみ知らせていないという罪悪感から、伊勢は心の中でそう謝ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 「噂の軍刀を持った深海棲艦とやらは、姫に匹敵する力を持つそうだな」

 

 「そのようですね。報告では、被害にあった鎮守府の中で酷いところでは艦隊が壊滅したとも聞きます。幸いにも轟沈した艦娘こそいませんが……再起不能となった艦娘が出ています」

 

 古い本棚や大きな光沢ある木製の机のある厳かな雰囲気の部屋。その中に、年老いてはいるが生命力溢れた風貌の提督服を着た男性の老人と、机を跨いだ向かいに若い女性……大淀と呼ばれる艦娘はいた。大淀は書類を見ながら報告していき、老人は椅子に座りながら口の前で手を組み、衰えを感じさせない眼光を大淀に向けている。

 

 「大佐以下の者は噂の深海棲艦とやらの捜索と接触、やむを得ず接触した場合の戦闘行為を禁ずるよう通達。少将から大将までの者には捜索と接触、情報収集の無期限任務を与えると通達せよ」

 

 「直ちに」

 

 老人の眼光に竦むことなく、命を受けた大淀はお辞儀をした後に退室する。その足音が部屋から離れていくと老人は目を閉じて小さく息を吐き……机の上にある大淀が持っていた物と同じ書類に視線を落とす。内容は現在鎮守府間で出回っている噂と、噂の主らしき深海棲艦と接触した艦娘達の証言。

 

 「“軍刀を持った深海棲艦”……排除しておきたいが、大軍を差し向けるには被害がまだ弱い」

 

 憎々しげに書かれている被害の文を見つめ、誰にでもなく老人は呟く。その独り言を聴く者は老人以外にはおらず……また、その意味を理解する者もいない。

 

 

 

 「“イレギュラー”……貴様は何者なのだ」

 

 

 

 その老人の問いに答える者は……いない。




長門達は雷と同じ鎮守府の為。夕立は現在生死不明の為に省きました。レ級? ほら、沈みましたし(震え声

初、イブキ未登場。北上達を除いた時系列では、イブキは割と見境なく動いています。沈めていないのと自分から攻撃していないのは残った良心ですかね。

次回は一気に時間が飛びます。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。