どっちつかずの彼女(かれ)は行く   作:d.c.2隊長

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お待たせしました、ようやく更新でございます。今回は普段よりも少し短いです。

若干の残酷描写があります。また、再び駆逐艦スキー並びに白露型愛好家の方々には不快な思いをさせてしまうかもしれません。ご注意並びにご了承下さい。


……ありがとう、みんな

 時は少し遡(さかのぼ)る。その場所は暗く、腐臭と血の臭いが充満し、肉片や何かの破片が散らばっていた。生物の気配などない。そんな場所に、とある存在が訪れた。

 

 「……」

 

 存在は破片を拾い上げ、両手で胸に抱く。その際に血か何かの液体が手に付着するが、気にした様子はない。否、気にする必要がない……それは、存在にとって大事な者達から流れ出たモノに違いないから。存在は酷く悲しみ、その瞳から涙を流す。同時に、胸の奥から怒りがこみ上げる。

 

 今から8日程前に救難信号を見つけた存在の大事な者達は、救難信号を発した者を助ける為にその場所に向かった。だが、向かった者が帰ってこない。しかし救難信号はまだ発されている。不思議に思いながら、次は別の者が向かった……だが、帰ってこない。そんなことが幾度となく続いたことで、存在が動いた。本来なら2人目が帰ってこなかったことで出ようとしたのだが、別の者達に自分達が出ると言われて仕方なく我慢していたのだ。だが、帰ってこない者達が2桁に達したことで我慢の限界を迎え……途中で救難信号が消えたことに気付きながらも、今いる場所に向かった。

 

 そうして着いた場所は、見るに耐えない場所。大事な者達のモノであろう肉片が、破片が、血が、燃料が散らばり、混じった空間。破片を抱きしめながら何気なく、本当に何気なく存在が目を向けた場所に……それは在った。

 

 

 

 「……ア……アア……――っ!!」

 

 

 

 大事な、愛しい者達の……大切な部下(ともだち)の首が、苦悶の表情を浮かべたままの虚ろな瞳が……存在を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 イブキと時雨を見送った後、夕立は屋敷の中にある自分の部屋に戻っていた。イブキが時雨を送り届けて帰って来るまでにはかなり時間がかかる。確実に日は沈み、ヘタをすれば日を跨ぐかもしれない。その間に夕立が出来ることと言えば、イブキが帰ってきた時の為に何か食材を探すことくらいだろう……と言いたいが、島で暮らす間に陸地で採れる木の実等の蓄えは充分に出来ている。ならば魚でも……と考えたところで、今の自分にはイブキから預かった軍刀以外に艤装がないことを思い出した。これでは浅いところまでしか行けず、この島の周辺で浅瀬を泳ぐ魚はほとんどいない。

 

 「う~……暇っぽい~。でもイブキさん帰ってくるまでやることないっぽい……」

 

 今の夕立にとってイブキとは姉であり、恩人であり、相棒であり、守り守られる存在だ。その相手がいなくなるだけで、夕立の思い付く限りのやることがこんなにもなくなってしまう。出来ることと言えば、こうしてベッドの上でゴロゴロと転がるくらい……と転がっていると、ふと抱き締めている軍刀に目が行く。

 

 夕立は、イブキが“ごーちゃん軍刀”と呼んでいたその軍刀の説明を思い出す。曰わく、燃える剣。抜いた瞬間に刀身が燃え上がり、柄にある引き金を引けば火炎放射器になるという。その火力はレ級の艦載機を容易に溶解、破壊するらしい。イブキの言を疑う訳ではないが、流石ににわかには信じられない。

 

 「……ちょっとだけ……」

 

 転がっていた体を起こし、夕立は部屋から出るとそのまま屋敷からも出る。絶対に屋敷の中では抜かないように言われているからだ。その性能を少し疑っているとはいえ、もしもということもある。緊張しつつ夕立は砂浜の上にて左手で鞘を、右手で柄を握り……ゆっくりと抜く。

 

 

 

 「うわっちゃあ!?」

 

 

 

 ほんの数mm抜いて刀身が見えた瞬間に刀身の部分から炎が吹き出し、夕立は熱を感じて反射的に軍刀を手放した。幸いにも、手を見る限り火傷は負っていない……が、僅かな刀身で炎が吹き出したのだ、一気に引き抜いていたらどうなっていたのか、考えるだけで恐ろしい。もっと恐ろしいのは、そんな軍刀を扱っているイブキなのだが。

 

 「……いざという時にしか使わないようにしよう……っていうか、使えるか分からないっぽい……」

 

 夕立は恐る恐る無害(であろう)な鞘の部分を持って柄を砂浜に刺し、鞘を押し込むことで納刀する。そうすることで炎が消えたので一安心……とはならない。何しろ炎が吹き出す条件は刀身が見えるほど抜くこと。何かの拍子でちょっとでも抜けてしまえば、火傷では済まないだろう。扱いには細心の注意を払わなければならない。

 

 「……屋敷の中じゃなくて良かったっぽい」

 

 もしも今起きたことが屋敷で起こっていた場合、間違いなく火事になっていた。もしそうなっていたら……夕立は想像する。自分に対して火事以上に烈火の如く怒り、絶対零度の視線を向けるイブキの姿を。恐怖から身体を震わせた夕立は、イブキの言葉を疑わないことを誓った。想像上のイブキが予想以上に怖かったらしい。

 

 屋敷に戻った夕立は、今度はイブキの部屋に入って軍刀をしっかりと抱き締めたままベッドの上に寝転ぶ。すぅ、と息を吸うとイブキの匂いがした。今、2人はどのあたりにいるだろうか? イブキと時雨を長時間一緒に居させて時雨の心が揺れたりしないだろうか? 戦闘になって怪我をしたりしないだろうか? 様々なことを考えては不安になり、イブキの匂いを体に取り込むことで何とか落ち着く。何やらイケナイことをしている気分になるが気のせいだと思うことにする。

 

 しばらく堪能していた夕立だが、ふと立ち上がると部屋の中にある窓に近付く。イブキの部屋は海側に位置している為、窓からは海が良く見える。その方角も丁度イブキ達が向かった方角で、夕立は縁(ふち)に軍刀を抱いて肘を立てながらイブキ達を想う。

 

 「……あれ?」

 

 その時、窓から見える海に1つの人影が見えた。

 

 

 

 

 

 

 その場所から出た存在は後ろを振り返る。そこにあるのは高い崖と、その崖をくり抜いたような洞窟。存在は、その洞窟から出てきたのだ。そうして存在は崖に沿うように進みながら考える。救難信号を発していたモノは既にいなかった。自分の部下を惨殺したのがその救難信号を発していた主なのか、それとも救難信号を利用されたのかは分からないが……どちらにしても関係ない。どの道、その主を赦さないことに変わりはないのだから。

 

 だが、仇の正体が分からないというのは厳しい。深海棲艦がキャッチ出来る救難信号を出せるのは深海棲艦だけだが、人間側が捕獲した深海棲艦を利用して……等の理由が考えられる以上は犯人が深海棲艦だと決められない。疑わしきは罰せよとも言うが、同族にそのようなことをしたくはない。人間側になら良いような気もするが、やり過ぎて先のサーモン海域の大戦のように多大な戦力を送り込まれては流石に一溜まりもない。どうするか……と考えた時に、存在の視界の端に大きな屋敷が映った。

 

 いつの間にか見える景色が崖ではなく砂浜に変わっていることに少し驚きつつ、存在は立ち止まって屋敷を観察する。外観は随分と古く、かなり昔から建っていることを伺い知ることが出来る。中もきっと相応に古いだろう。そうやって見ていくと、窓の1つに人影が見えた。こんな場所にある屋敷に人間が住んでいるのかと疑問に思ったが、よく見てみると人影に見覚えがあることに気付く。

 

 「アレハ……艦娘……?」

 

 存在はふと思い出す……丁度この島がある海域では、軍刀を持った新種の“艦娘”が出るらしいと部下達が噂していたことを。その噂が流れ始めたのは、大体1週間ほど前……救難信号が発信されていた時期と合う。もしかしたら、その新種の艦娘とやらが自分の部下達を惨殺したのかもしれない。

 

 だが、見えた艦娘は夕立と呼ばれる駆逐艦娘だった。なぜだか少し気になったが、とても新種の艦娘とは呼べない。見つけた以上は沈めるか……と言いたいところだが、自分は部下達の仇を捜すことに忙しい為、存在は夕立を見逃すことにする。そう思った瞬間、件の夕立が何かを持っていることに気付く。

 

 (何ヲ持ッテ……!? アレハ……マサカ!)

 

 嗚呼、成る程と存在は納得する。もしかしたら、ただの偶然かもしれない。もしかしたら、仇ではないのかもしれない。だが、存在にはもう“そう”としか思えなかった。成る程、“新種”と呼べるだろう。“軍刀を持った夕立”など見たことがないのだから。噂ばかりで正体が曖昧で見つからない筈だ。“鎮守府ではなく島で暮らす艦娘”など、補給や資材の面から考えて常識的に有り得ないのだから。

 

 だから断定した。決定した。確定した。存在の中ではそうなった。違うかもしれないという可能性を全て捨て去り、怒りのままに力を振るうことを良しとした。

 

 

 

 ― オ前ガ……仇カ……ッ!! ―

 

 

 

 

 

 

 それはきっと、偶々(たまたま)や偶然でしかないのだ。偶然、イブキと夕立はレ級が寝床にしていた島に着いてしまった。偶々、軍刀を持った艦娘or深海棲艦がいるという噂が流れていた。偶々夕立が1人で留守番していた。偶々その日に存在が仇を探していた。たまたま夕立はイブキから軍刀を預かっていた。偶然存在が噂のことを思い出した。偶然夕立と存在がお互いに気付いた。そんないろいろな偶々や偶然が積み重なったというだけ。

 

 

 

 それが偶々偶然……“悲劇”を齎(もたら)しただけの話なのだ。

 

 

 

 (ヤバいっ!!)

 

 虫の知らせかはたまた直感か、夕立は窓から離れて部屋から飛び出し、生存本能に従って向かいの部屋に扉を蹴破りながら入り、2階であることを無視してその部屋の窓を割りながら外へと飛び出し……その瞬間、轟音と共に屋敷が爆発し、破片等と一緒に夕立を木の葉のように吹き飛ばした。

 

 「ああああっ!! ぐっ、ぎぃっ!!」

 

 あまりの衝撃と吹き飛んでいる速度が速いせいか、夕立は屋敷の裏にある湖の水をまるで水切りの石のように1度跳ね、陸地の木に体を叩き付けられた。屋敷から湖までは10m程の距離があり、湖に至っては直径およそ70m程の広さがある。夕立の体重が10代女子のモノとはいえ、屋敷という壁があって尚それほどの距離を超えさせる程の衝撃……それを生んだモノの正体を確かめるべく、夕立は痛みに耐えながら屋敷を見やる。

 

 「あ……そんな……!?」

 

 だが、屋敷は見るも無惨な状態だった。左右対称だった屋敷の半分……イブキの部屋があった側が、まるでえぐり取られたかのように破壊されていた。1階と2階丸ごと、夕立から見て右側の部分が全て瓦礫になり果てていたのだ。衝撃は1度だけ……つまり、たった1度の何かでそれ程の威力を出したことになる。そして、それ程の威力を出せる存在は限られてくる。

 

 (犯人は多分、私が見た人影。艦娘か深海棲艦かは分からないケド……っ!)

 

 夕立が考えている最中、瓦礫を超えて人影が現れた。十中八九夕立が見た人影であり、屋敷を半壊させた犯人だろう。夕立は、犯人の顔を見ようとして……見る前に痛みを我慢して立ち上がり、森の中に飛び込む。次の瞬間にはドンッ!! という砲撃音が上がり、一瞬置いてから先程まで夕立がいた場所が屋敷と同じように吹き飛んだ。

 

 「がっ、うぎゅっ!!」

 

 再び衝撃で吹き飛ばされた夕立は、生い茂る木々や葉で体を傷付けられながら地面を転がり、ある程度転がったところで止まる。幸いにも骨を折ったり等の致命的なモノはないが、そのダメージは大きい。だが、動けない程ではない。

 

 夕立はなぜ攻撃を受けているかは分からないが、その攻撃に殺意が込められていることを理解していた。そして、少なくとも犯人が艦娘ではないということも理解した。その理由は、夕立の中にある深海棲艦の記憶が人影に対して歓喜し、艦娘としての自分があまりの力量差に恐怖しているからだ。

 

 「“姫”……っぽい」

 

 姿ははっきりと見ていないし種類も分からないが“そう”なのだと確信した。“姫”……それはレ級を超える強さを持つ“鬼”を更に超える強さを持つ深海棲艦の頂点。勝てない相手ではないということは分かっているが、それは姫という1に対して大軍を用いて何日もかけて戦うことでやっと……という話だ。そんな相手が、自分1人に猛威を振るっている……そこには、絶望しかない。

 

 チラリと、何度も吹き飛び転がりながらも決して離さなかった軍刀を見やる。現状において唯一の武器にして切り札であるそれを使えば……イブキの言が正しければ、姫に一泡吹かせることが出来るかもしれない。もしかしたら撃退な……或いは撃破だって出来るかもしれない。しかし、それは軍刀を扱えればの話。更に今居る場所が森の中というのもマズい。こんなところで抜いてしまえば、忽(たちま)ち火事になってしまうことだろう。

 

 (……命には代えられないっぽい)

 

 しかし、夕立は抜くことを決意する。死ぬのは嫌だということもあるが、夕立は自分が死んだ場合のイブキのことを危惧した。昨日のレ級の死によってあれほど憔悴し、弱っていたイブキ。そんな彼女が、次の日また誰かが死んだと知ったらどうなるだろうか? しかもそれが、自惚れでなければ世界で最も精神的に近く安心出来る相手なら? 夕立は断言する。自分だったら間違い無く心が壊れると。

 

 「絶対に……死んでなんかやるもんかっ!!」

 

 気合いと決意を声にして、夕立は軍刀を体の前に持ってくる。抜けば燃える軍刀は持ち主にすら熱でダメージを与える。だが、我慢出来ない程ではない。夕立は右手で柄を握り締め、一気に引き抜く。

 

 

 

 その瞬間、物凄い衝撃を受けると同時に夕立の目の前が真っ白に染まった。

 

 

 

 

 

 

 気がつけば、夕立はどんよりとした空を見上げていた。何がどうなったのか理解出来ず、夕立は体を起こそうとして……出来なかった。

 

 「ぁ……~っ……!?」

 

 全身に激痛が走り、声も出せない。何とか動きそうな首から上を右側に傾けると、鞘に納まったままの軍刀が右手に力無く握られていた。鞘には焦げたような部分があり、その部分が見て分かる程に凹んでいた。

 

 (そうだ……私、軍刀を抜こうとして……そしたら目の前が真っ白に……)

 

 そこまで考えたところで夕立は悟った。自分は攻撃を受け、それが運良く鞘に当たったのだと。半死半生の現状を嘆くべきか、首の皮1枚繋がったと喜ぶべきかは悩むところだが。もっとも、直撃した場合は間違い無く死んでいたであろうことを考えれば……夕立は軍刀を預けてくれたイブキに内心感謝した。

 

 (姫……は……?)

 

 問題の姫はどうしているのか気になった夕立は、再び顔を上に向けて体を起こそうとする。しかし身体は動かず、仕方ないと視線だけでも首から下に向ける。すると、最早服の意味を成していないボロボロの制服と火傷だらけの体……そして、肘から先のない左腕が目についた。下半身は流石に見えないが、似たような惨状だろう。もしかしたら、足の1つや2つ失われているのかもしれない。何とか生きている、ギリギリ死んでいないといったところか。直撃ではないとは言え、夕立が受けた姫からの攻撃は3回……夕立は、自分のしぶとさに苦笑いした。

 

 (うん……まだ、笑える。まだ、生きてるっぽい)

 

 だが、体の状態を考えれば入渠しなければ永くは生きてはいられない。この島に入渠施設は無く、そもそも体を動かせない以上イブキの帰りを待たなければならない。更に今この島には姫級がいる。詰んだ、と呼ぶに相応しいだろう。

 

 「マダ、生キテルンダ」

 

 鈴が鳴るような声が、夕立の耳に届く。悪いことは続くらしく、夕立からは見えていないが姫級に見つかってしまったらしい。

 

 (流石にここまでっぽい……イブキさん……?)

 

 諦めかけたその時、夕立の耳にザザン……と波の音が聞こえる。どうやら吹き飛ばされている内に海の近くまで来ていたらしい。先程右側を確認した時、周りには砂浜はなく硬い地面があった。この島は高さが上がるにつれて岩場になっていく。つまり、今いる場所は島の中では高く、尚且つ海に近いところにあるということになる。もしかしたら、レ級と出会った洞窟の上の崖辺りにいるのかもしれない。

 

 (……生きてやる。私はまだ……死んでない……っぽい!)

 

 消えかけた意志が蘇り、その強い生存本能に反応したかのようにぐじゅる……と夕立の体の至る所で生々しい音がする。更に、動かなかったハズの体が僅かに動く……と言っても右手と上半身をほんの少し動かすくらいしか出来ないが。

 

 「ぎ……ぅ……!!」

 

 「何ノツモリカ知ラナイケド……ヤラセハシナイヨ」

 

 僅かでもまだ動ける夕立の生命力に驚きつつ、姫は左手にある駆逐艦が使うような小さな砲を構える。本来ならば最初に屋敷に向けて撃った一撃で決めるハズだったのが、運が悪いのかこんなところ……崖まで来てしまった。だが、散々姫の邪魔をした木々はもう存在しない。夕立の体が崖っぷちに横たわっている以上逃げ場もない。見る限り軍刀以外の艤装もない。

 

 だが、油断はしない。相手はどうやったのかは不明だが自分の部下達を殺したのだ。その中には戦艦も含まれている……相手は駆逐艦にしか見えないが、戦艦の首すらも取れると仮定する以上は万全にかつ安全に戦う。満身創痍の死に体であっても、決して軍刀の届く範囲には近付かない。

 

 「コレデ……オワリ」

 

 もうすぐ仇を討てる……そう考える姫の口元は、無意識にニヤリと笑みを浮かべていた。そして、構えた砲から火を噴かせる……それよりもほんの少し速く、夕立は鞘に納まったままの軍刀を姫に向ける。

 

 (軍刀の妖精さん……力を、貸してほしいっぽい……!!)

 

 そう念じながら、夕立は軍刀の柄にある引き金を引いた。

 

 

 

 「勿論ですー。燃えろバアアアアニイイイイング!! “火”激にファイッヤアアアア!!」

 

 

 

 「グアッ!? ナ……ニィッ!?」

 

 何かが、自分に向かって飛んできた。姫自身がそう理解したのは、姫の髪留めの役割を果たしていた布のような金属のような異形にその何かが当たり、衝撃で体が後ろに倒れてからだった。そして、倒れると同時に自分の左手の砲から砲弾が発射され……何かに着弾した爆音が響き渡り、姫の体の上を炎が通って空へと上り、どこからか大き過ぎる爆発音が鳴り響く。当たってはいない……だが、強烈な熱が堅牢な装甲を誇る姫の体を熱し、炎という原始的な恐怖の対象に姫の意志とは関係なく、爆発音を気にする余裕もなく体が竦む。すぐに炎は消え失せたが、あまりの衝撃的かつ予想外の出来事に姫は放心し、しばらく動けなかった。

 

 

 

 あれから数分が経ち、姫はようやく体を起こした。夕立が居た方を見てみれば、そこにはもうその姿はない。あるのは焼け焦げた、決して浅くない抉れた地面。焦げ後の位置から考えると夕立には直撃しなかったようだが……50cmもない至近弾だ、最早生きてはいないだろうと姫は判断した。

 

 「……ミンナ……仇ハ討ッタヨ」

 

 確かな達成感。本当に仇だったのかという疑念。復讐を果たしたという達成感の後の虚しさが、姫の心をぐるぐると掻き回す。左手の砲をどうやったのか消しながら崖に背を向けると、燃え尽きている木々が目に映った。残り火など1つもない……一体どれほどの火力だったのか。そして、もし直撃していたらどうなっていたのか……考えるだけでゾッとしたのか、姫は自分の体を抱き締めた。

 

 しかし、いつまでもそうしてはいられない。姫はもうこの島に用はないと屋敷の合った方へと進み始める。不思議と草を踏みしめるような足音がしない……だが、それを疑問に思う者はこの場には誰もいない。そうして姫は、誰にも姿を見られることなく島から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 (……イブキ……さん)

 

 4度。それだけの姫級の至近弾を受けて尚、夕立は生きていた。最後に一矢報いるように軍刀の引き金を引いた夕立……軍刀の燃料を噴き出すというギミックにより納まったままだった鞘は勢い良く姫に向かって飛び出して髪留めに当たり、姫は後ろに倒れて直撃させるハズの砲を外した。実はこの時、夕立は噴き出した燃料の勢いで崖から半分落ち掛けていた。そこに至近弾の衝撃が加わり、夕立の体を再び吹き飛ばし……今、夕立は島から少し離れた海に沈んでいる。炎の灯っていた軍刀の刃が海面に接触したことで水蒸気爆発が起き、それに巻き込まれたせいで深く……深く沈んでいた。

 

 それでも、夕立はまだ生きている。左腕の肘から下がなくとも、噴き出した炎のせいで右側の下半身が爛れていても、水蒸気爆発のせいで軍刀が半ばから折れ、右腕があらぬ方向へ折れ曲がれ、右目の視界が暗くなっていて、体の感覚が殆どなくとも……それでも、生きている。

 

 「ごめんなさいー。爆発を受けた体の状態が酷すぎて、私の持っていた応急修理女神でもこれが限界なんですー。えーん」

 

 (イブキ……さ……)

 

 最早マトモな思考も出来ていない。妖精のその声すらも聞こえていない。ただただひたすらに、一途に愛しい者の名を、その者だけを想う。例え届かずとも、この残酷で理不尽な世界のどこかにいる相手に届かせるように。

 

 

 

 だが……世界は美しく、そして優しくもある。

 

 

 

 夕立の身体を、“小さな何か”が抱えた。そのまま海面まで浮かび上がり、小さな何かが夕立を眺める。そうしてしばらく眺めた小さな何かは、夕立の身体を持ち上げ……そのままどこかへと向かい始める。

 

 

 「ヘンナノ、拾ッタ!」

 

 小さな何かは、赤い瞳で夕立を見上げた。

 

 

 

 

 

 夜が開けた。あれから俺は、夕立を見つける為に夜中で視界が悪いのも関係なく島中を走り回った。念の為に屋敷の無事な部分の中と瓦礫の山となった破壊されている部分も可能な限り探し、そのまま島中を探し……気がつけば朝を迎えていた。相も変わらず空はどんよりとしているが、明るいことに変わりはない。夜よりは探しやすいだろう。そう考えた俺は飯も食わず眠らず水も飲まずにまた島中を走り回った。

 

 とは言っても、戦いの後はすぐに見つかったのだが。昨日の時点では暗くて気付かなかったが、屋敷の裏にある湖……その屋敷とは真反対の方向に抉れた地面を見つけた。その奥に向かって進んでいくと、半ばから折れている木に吹き飛んでいる地面など、明らかに自然にではない拓け方をした場所に出る。屋敷に1度、湖のところで2度、そして恐らくはこの場所で3度……夕立の安否が気になる。そんな俺の脳裏に浮かぶレ級の最期……いや、夕立はきっと無事だ。俺は、そう願って更に奥に進んだ。

 

 「……ん?」

 

 不意に、何かを蹴飛ばした感覚がしたので視線を足元に向ける。そこにあったのは、布のような金属のような不思議な形状をしたさほど大きくはない異形と……見覚えのある鞘。その2つを拾い上げ、異形をよく観察してみる。どうやら生き物ではないらしい……恐らく、深海棲艦の一部分なのだろう。つまり、屋敷を破壊したのは深海棲艦……少なくとも人型。出なければ陸に上がることなんて出来ないだろうからな。

 

 拾った2つを持ったまま更に進むと、一昨日に俺が跳んだ崖が見える場所まで来た……が、その場所は俺の記憶にあるものとは違っている。燃え尽きたように真っ黒な木々、焼け焦げた地面……ここで夕立は、預けたごーちゃん軍刀を使って戦ったんだろう。炭化している木々がその証だ……だが、肝心の夕立の姿が見えない。

 

 「……まさか……」

 

 最悪の想像が頭をよぎる。いや、そんなハズはない……きっとこの島のどこかにいて、今も俺の助けを待っているに違いない。もしかしたら、俺を脅かそうとしてどこかに隠れているのかもしれない。だから俺は探した。夕立の名を呼び、草の根をかき分け、木の上にも意識を向け、ひたすらに島を歩き、走り、跳んだ。

 

 「なぁ、夕立……いるんだろう? 隠れているだけなんだろう? 俺を……脅かそうとしているだけなんだろう? なぁ……夕立……頼むから返事をしてくれ……」

 

 途中から俺は、拾った鞘を後ろ腰のベルトの元の位置に差し込み、左手に異形、右手にふーちゃん軍刀を握り締め、木を切り倒しながら探していた。この無駄に多い木が邪魔で夕立が見えないだけ……そんな考えからそういった行動に出ていた。この時の俺は、夕立を心配するあまりにマトモな思考ではなかったんだろう。

 

 1日か、2日か、どれくらい経ったのかは俺には分からないが……俺は島にある木を半分ほど斬り倒して止まった。それでも、夕立は見つからなかった。もう島の殆ど全てを歩き回ったハズなのに、それでも夕立は……。

 

 「……レ級に続けて、夕立も……か」

 

 守ると言った。守ると言ってくれた。そんな唯一無二の存在を、一緒にいると誓った相手を……俺は失った。ああ、確かにここはそういう世界なんだろう。殺し殺され、不意に、油断して、理不尽に……そんな色んな理由で命が奪われる世界なんだろう。俺のように大事な存在を失った奴がごまんと居る……そんな世界なんだろう。

 

 だが、これはあんまりじゃないか。なぜ俺から続けざまに奪う。なぜ彼女が奪われる。夕立はやっと幸せを手に入れたんだ。俺はやっとこの世界で生きていく決意が出来たんだ。なのに……なぜだ。

 

 「イブキさん可哀想ですー。なでなでー」

 

 「私達が出来るのはこれくらいですー。ぎゅー」

 

 「私もやるですー。ぎゅー」

 

 「……ありがとう、みんな」

 

 正直に言えば、今の俺にとって妖精達の言動や行動が煩わしいと感じる……だが、考えてみれば彼女達も俺のせいでいーちゃんとごーちゃんの2人を失っている。にもかかわらず彼女達は俺の頭を撫で、両腕を抱き締めてくれている……感謝こそすれ、邪険に扱うなんてとんでもない。

 

 だが、だからといって夕立が戻ってくる訳ではない。俺が夕立を失ったという事実は変わらない。そう考えていた時、俺は自分が今いる場所が屋敷前の砂浜であることに気付き……同時に、今の時刻が朝方であることに気付く。時間の感覚を失い、夕立を探すこと以外に意識を向けてなかった為に今まで気付いていなかった。

 

 「……? あれは……」

 

 ふと、砂浜に何かがあることに気付く。近くによって確認してみると……それは、見覚えのある半ばから折れた赤と黒の軍刀、その柄の部分。それはレ級に復讐を誓い、俺の右肩を裂いて折れた……天龍の軍刀だった。潮の流れか何かで天龍が沈んだ場所の反対側であるこの砂浜まで来てしまったんだろう。

 

 「……ああ、そうだ。そうしよう」

 

 天龍の軍刀を見て、俺は思った。沈んだ仲間の仇を討つ為に生き長らえて復讐を果たした天龍……彼女はレ級を殺して復讐を果たし、満足そうに沈んだ。俺はレ級の仇を討つことが永遠に出来なくなった……だが、今回はどうだ? 夕立が死んだと決まった訳じゃない。行方が分からないだけだ。だが“そうした”犯人が必ずいる。

 

 俺から夕立を奪った……そんな奴がこの世界のどこかにいる。必ず見つけ出す。どこにいても、如何なる理由があっても、そいつが死ぬことで誰かが悲しむことになっても。一切手段を選ばずにあらゆる手を尽くして、俺の全てを賭してでも。

 

 

 

 「復讐をしよう」

 

 

 

 今度は、俺が奪う番だ。




今回のタイトルからこのような内容になると予想出来たがいれば私は沈む(物理

あ、私は夕立好きですよ?(説得力無

という訳で、今回は夕立離脱、勘違いによる悲しみの連鎖、イブキ微妙にマスタング化というお話でした。今回のお話で一章分となります。次回は今までにイブキが出会った艦娘と深海棲艦の日々を幕間として少しだけ書き、時間を飛ばして2章突入という形にする予定です。番外編やIF話も考えてはいますが、読者様方にこんなお話が読みたい! という希望が多数あれば書いてみたいと思います。

今回のおさらい

謎の存在、姫現る。夕立離脱、ごーちゃんファインプレー。小さな何か、夕立を持って行く。イブキ、復讐を誓う。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)

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