もし青銅が黄金だったら   作:377

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第九話 双児宮の迷宮

 金牛宮を抜けたアイオロスとムウは、次に待ち構える双児宮へと進んでいた。

 先のアルデバランとの闘いで受けたダメージは決して小さくはなかったが、黄金聖闘士の持つ最高レベルの小宇宙によって、走っている内に徐々に二人の体力は回復していった。

 しかし、双児宮を目指して走る二人の表情は優れない。

 それも次の宮を守護者である男のことを考えれば当然だろう。

 

 双児宮の守護者は、かつて赤子のアテナの殺害を計画した男。

 それはアイオロスによって防がれたが、アイオロス自身は聖域から命懸けで脱出し、更にムウの師である先代の教皇をもその手にかけた男なのだ。

 

 その存在は、アテナを救うための最大の障壁となるであろう。

 

 重苦しい雰囲気に包まれながらも、双児宮への道の途中でアイオロスはムウに話し始めた。

 

 「……教皇の間にたどり着く前に、言っておきたいことがある」

 

 「それは……サガに関係することですか?」

 

 突然話しかけられて、ムウは驚いたようにアイオロスの方を向いた。

 だがムウの前を走るアイオロスの表情は見えない。

 アイオロス少しの間黙っていたが、やがて静かに口を開いた。

 

 「ああ、そうだ。かつて私が聖域からアテナを連れ出した時、僅かだが私はサガと闘った」

 

 「………………」

 

 「そして、あの時見たあいつの姿は……それまでの私が知るサガとは何かが違っていた」

 

 アイオロスは十三年前のあの日、教皇の仮面を被ったサガと対峙した時のことを思い起こしていた。

 

 「ムウも知っていると思うが、私とサガは天秤座(ライブラ)の老師を除けば黄金聖闘士の中で最も年長で同期だ。故に私達はお前達年下の黄金聖闘士達をまとめる役目があった」

 

 「ええ……確かにそうでしたね」

 

 「だから私とサガは共に行動することも多かった。あいつの事は親友だと思っていたし、お互い知らぬ事など無い間柄だと思っていた」

 

 「………………」

 

 ムウは、何が言いたいのか、と問うような眼差しをアイオロスに向けた。

 

 「……サガは誰にでも優しく、周囲の者達だけでなく会った人全てにその人柄を慕われていた。そしてその清らかな小宇宙は、まさしく神の化身と言われた程だったのだ」

 

 そう言って遠くを見つめるアイオロスの姿は、当時を懐かしんでいるかのように見えた。

 

 「だが、あの時教皇の仮面を被ったサガから発せられていた小宇宙は、私がそれまで感じたことが無いものだった。強大な小宇宙ではあったが、邪悪な意志と力に満ちていた」

 

 「では……教皇に扮しているのはサガではないと?」

 

 「いやそうではない。あの顔は間違いなくサガのものだった。だがその顔以外は……言動や小宇宙に至るまで、ことごとくサガと重なる所は無かった」

 

 「…………」

 

 「私の知らない何かがあったとしても、私にはあれがサガの本性だったとは思えないのだ。単純に私や教皇の前では素顔を隠していたというだけではないような気がする」

 

 そう言ったアイオロスにも確信がある訳ではなかった。

 だが今思い返してみても、あの日のサガは確かに異常だった。

 なにより彼があんな風に他人を、それもアテナや教皇をその手にかけたことは未だに信じられない。

 その様は、アイオロスの良く知るサガという人物からはかけ離れたものだったのだから。

 しかし、疑問を残しながらも二人は遂に問題の双児宮の前に辿り着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人はそびえ立つ双児宮を前にして、しばしの間立ち尽くしていた。

 

 「今、この宮には誰もいないはずだ。サガは教皇の間で私達を待ち受けているだろうからな」

 

 「しかし、双児宮から立ち上るこの異様な小宇宙……中は一体……?」

 

 双児宮から感じられる小宇宙は、二人が侵入するのを拒もうとするものではなく、逆に手招きして誘っているかのようであった。

 宮全体が、アルデバランの時とはまた違った不気味な気配に押し包まれている。

 

 「どうしますか」

 

 「答えるまでもない。行くぞ!」

 

 得体の知れない双児宮の様子に少し躊躇っていたが、意を決して二人は宮の中へと飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宮の中では予想していたようなことは何も起きなかった。

 多少身構えて中に入ったものの、二人は何事もなくあっさりと双児宮を駆け抜けていく。

 

 「何もありませんでしたね」

 

 「…そうだな」

 

 もうすぐ宮の出口が見えてきそうなところで、ムウが今まで走ってきた背後の宮の様子を振り返りながら言った。

 ここまでこれといった妨害のようなものは無い。

 

 「途中で何か不思議な小宇宙が迫ってくるのを感じましたが」

 

 「私も感じた。恐らくサガ仕業だろうが……教皇の間から小宇宙を飛ばしていたのか…?」

 

 しかし二人は疾うに気が付いていた。

 宮を抜けるさ中まるでライトが点滅するかのように、明と暗、二つの小宇宙が入れ替わりながら二人の後ろから迫ってきていたことを。

 そして恐らくその小宇宙を放っていたのは、今ここにはいない双児宮の主であることも。

 

 やがて、宮の出口が見えてきた。

 予想に反して何事も起こらなかったことに拍子抜けしながらも、二人は双児宮を突破した――――かのように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「何だこれは!?」

 

 アイオロスは宮を抜けた途端、飛び込んできた光景に自分の目を疑った。

 なんと、二人の前には突破したはずの双児宮が再びそびえ立っていたのだ。

 信じられない出来事にアイオロスもムウも驚きのあまり立ち尽くすしかない。

 

 「バカな……!」

 

 近付いてみたが、それは幻覚でも何でもなく、目の前の宮は正真正銘の双児宮であった。

 もちろん後ろには抜けてきたはずの宮は既に無く、金牛宮から続く道が伸びている。

 その不可解な状況に呆然するムウとアイオロス。

 

 「……とにかく、もう一度宮を抜けてみよう」

 

 「そうですね」

 

 気を取り直したアイオロスは、再び双児宮への突入を試みた。

 こうして二人は再度双児宮へと駆け出したが、やはり何事も無く宮を通り抜けた。

 だが二度目の挑戦も虚しく、またしても二人が宮を抜けることは出来なかった。

 

 「どういうことだ……今度は宮が増えているだと!?」

 

 そこには、更にありえないものがあった。

 二人の前には先程と同様に双児宮が聳えている。

 しかも、一つではなく二つ並んで存在していたのだ。

 非常識には慣れているはずのアイオロスやムウも、さすがにこの光景には絶句するだけだった。

 しかし、ややあってアイオロスがゆっくりと口を開いた。

 

 「そうか……思い出した。この双児宮は守護者の小宇宙によって迷宮と化すことが出来るという」

 

 「ではやはりこれはサガの……」

 

 「ああ」

 

 教皇の間から飛ばした小宇宙でこの宮が突破できないように手を加えているということか。

 だが、この状況を前にしてそれが分かったところでどうにかなるものではない。

 

 「小宇宙の力で空間をねじ曲げているのでしょうか」

 

 「そうだろう。サガに限らず双子座の聖闘士は代々空間を操ることを得意としていたようだからな」

 

 宮を抜けることが出来ないのは恐らくそのためだろうということは分かったが、どうやってそれを破るかについては皆目見当がつかない。

 結局、宮の外に居ては何も手の出しようが無いので三度目の突入を行うことになった。

 そしてどちらか一方でも脱出した時のために、二人はそれぞれ別の宮へと向かうことにした。

 

 「私は右の宮を行く。もし先にこの宮を抜けられたら、私に構わず先に行ってくれ」

 

 「フッ……それはあなたも同じですよ」

 

 「ああ、分かっているさ」

 

 こうしてアイオロスとムウは、二手に分かれて双児宮に駆けてゆく。

 

 火時計の火は、既に双児宮の半ばを回っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アイオロスと別れたムウは、一人左の宮を駆け抜ける。

 だが先程とは違い、宮の内部に隈無く漂っていた不気味な小宇宙が感じられない。

 宮を二つに分けたせいだろうか。

 そんなことを考えていたムウの周囲が、不意に暗闇に包まれた。

 すぐさま足を止め、前方に向かって警戒心を露にするムウ。

 

 「なるほど……今度は小宇宙だけではないということか」

 

 ムウの前に姿を現したのは、双子座(ジェミニ)の黄金聖衣を纏った男。

 

 目の前に相手が現れたことで、拳を構えるムウ。

 そして距離を取って相手の出方を見据えると、軽く挑発するかのように話しかけた。

 

 「どうした。かかって来ないのか?」

 

 「…………」

 

 しかし、相手はその言葉に対して何の反応も無かった。

 拳の一つも放たないどころか、その場に立ち尽くしたまま向かってこようともしない。

 その様子にムウは訝しげに首をかしげたが、まずは牽制程度と拳を放った。

 だが光速拳が向かってきているのに、その男はかわそうとする気配も無い。

 

 「むっ!?」

 

 そして拳が命中する――――かと思いきやなんと、拳は全てすり抜け男の背後の床が弾け飛んだ。

 何事も無かったかの如く立ち続けているジェミニの男。

 

 「これは……」

 

 驚いたムウは、一旦十分に離れてから、目を閉じ小宇宙を集中して相手の気配を探る。

 そして気付いた、ジェミニの男が何の気配も発していないことに。

 確かにそこに存在しているように見えるが、その男からは気配も、それどころか小宇宙さえも感じることはなかった。

 仮にサガが教皇の間からこの黄金聖衣を操っていたとしても、小宇宙によって使役している以上小宇宙が感じられないはずはない。

 その小宇宙が感じられないということは、目の前の男はただの幻影に過ぎないことを意味している。

 そうと分かればもはや驚くことは無い。

 ムウは、無造作に男に近付いていった。

 

 「なまじ目に見えていたことで実際にいると思い込まされていた。こちらが幻覚ということは……おそらく本物はアイオロスの方か……」

 

 ポツリと一人そう呟いたムウは幻覚に向かって構えた。

 

 「なんにしても、この幻影を破らなければ……この双児宮から抜け出すために」

 

 幻影の前で静かに小宇宙を昂らせていくムウ。

 その背後に輝く流星の光。

 

 「ゆけ! スターダストレボリューション!!!!」

 

 流星群のような煌めきと共に、幾多の光速拳が幻影目掛けて降り注ぐ。

 その中に巻き込まれた者は、塵と化すまで粉々にされるというアリエスの聖闘士最大の拳。

 

 ムウの放ったスターダストレボリューションは、ジェミニの聖衣の幻影を見事に撃破し消滅させた。

 

 それと同時に辺りの暗闇も消え去り、すぐ近くに外の光が見える。

 

 「見えた……あれが本当の双児宮の出口に違いない」

 

 こうしてムウは一人双児宮を抜けることに成功した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方でアイオロスはムウとは逆の、右に位置する双児宮を走っていた。

 だがこれまでと違い今度はいくら進んでも一向に出口が見えてこない。

 まるで何時間も走り続けているような、それでいてまだ数秒しか走っていないような、そんな奇妙な感覚に襲われる。

 そしてはたと立ち止まると、そこにはムウが見たのと同じく双子座の黄金聖衣を纏った男が待ち受けていた。

 

 「サガが操っているのか……自分のものとはいえ、これほど離れた場所にまで教皇の間から小宇宙を送るとは…」

 

 幻影ではない。

 一目でそれと見破ったアイオロスは、黄金聖衣だけではあるが、今一度ジェミニと対峙する。

 目の前の黄金聖衣からは、アイオロスは知らないが、ムウの時とは違いサガ本人の小宇宙が感じられる。

 かつてはその横で共に闘ったジェミニの聖衣を懐かしく思うと同時に、アイオロスは自らの拳を強く握り締めた。

 

 「サガ……お前が操る聖衣にも勝てないようなら、私はお前と闘うことも出来ないな…」

 

 この場には居ないサガ。

 その聖衣を前にして、聞こえるはずの無い言葉を呟くアイオロス。

 そして、ゆっくりと双子座の聖衣に向かって歩き出した。

 

 その歩みに呼応するように、双子座の聖衣も前進し近づいてくる。

 すかさず拳を繰り出すアイオロス。

 しかし、その拳が聖衣を捉えることは無かった。

 アイオロスの放った拳は、ことごとく狙いを外したかのように双子座の聖衣の周りに着弾する。

 

 「これは……回避しているのでは無い。サガめ……空間操作で拳の軌道を曲げているのか」

 

 そう、サガはその強大な小宇宙によって、操っている聖衣の周囲の空間をアイオロスの拳に沿ってねじ曲げているのだ。

 それによってアイオロスの拳は、双子座の聖衣に命中することなく別の場所へと誘導されていた。

 

 「フム……ねじ曲げられている空間ごと打ち破れるか…?」

 

 真っ先にアイオロスの頭に浮かんだ考えはそれだった。

 サガは教皇の間から放つ小宇宙によって聖衣の周囲の空間を歪曲させている。

 それを上回る小宇宙を乗せた一撃を加えれば、曲がった空間を突き破ってジェミニの聖衣に攻撃を当てることは十分に可能だろう。

 サガは自分の聖衣を媒体としてこの場に小宇宙を発現している。

 ならばジェミニの聖衣に一撃を加え、そこにある小宇宙を掻き消すことができれば目の前の幻影は消える可能性が高い。

 

 「よし……」

 

 アイオロスの拳に小宇宙が滾る。

 

 「いくぞ! アトミック――――」

 

 だがアイオロスがそれを実行に移すのは遅かった。

 いつの間にかジェミニの聖衣がアイオロスのすぐ近くに。

 そして既に攻撃の構えに移行している。

 

 「なにい!?」

 

 聖衣から立ち上る異様な小宇宙が、異界の次元を呼び起こす!

 

 「アナザーディメンション!!!」

 

 聖衣の頭上に広がる歪みが、周囲を呑み込み時空を曲げる。

 そしてその歪みが限界を超えた。

 

 アイオロスの眼前の空間が裂ける。

 

 裂け目の向こうに広がる光の届かない暗黒の世界。

 

 異次元空間の内部から発生している強烈な引力に引きずり込まれるように、アイオロスの足が地面を離れた。

 

 「クッ……!」

 

 空間中に閉じ込められたら、そこから脱出できるという保証は無い。

 

 「ここで異次元に引きずり込まれる訳にはいかん!」

 

 その時、サジタリアスの翼がひとたび大きく羽ばたいた。

 まるで本物の翼の如く、黄金聖衣が風を切り裂き跳躍する。

 空を蹴って異次元空間から離脱すると、やがて空間の裂け目はゆっくりと小さくなり、そして消失した。

 そこでアイオロスは改めてジェミニの聖衣と対峙した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、聖域の最奥部の教皇の間で一人の男が豪奢な椅子に腰掛け瞑想に耽っていた。

 その顔は頭全体を覆うマスクに隠されていて定かではない。

 しかし、どうやら彼が見据えているのはここではないようだ。

 男の身体からは尋常ではない、一種近寄りがたい気配が発せられている。

 すると突然男が立ち上がった。

 最初彼の視線は何もない虚空を漂っていたが、次第に何かに気付いたように不気味な笑い声を上げる。

 

 「クククッ……アイオロスの奴め、うまくかわしたようだな。だが今度こそ異次元空間に閉じ込めてくれる!」

 

 教皇の間で男は一人そう叫ぶと、椅子に腰掛け再び異次元への扉を開くために深い瞑想に入った。

 すると男の頭上に先程双児宮に現れたのと同じような空間の裂け目が開いていく。

 

 「アイオロスよ……永遠に異次元をさ迷うがいい! アナザーディメンション!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「来たか!」

 

 アイオロスの前で、ジェミニの聖衣に満ちた小宇宙が突如増大していく。

 そして再び現れた異次元空間への扉。

 再び強い引力がアイオロスの全身に襲いかかる。

 その中に吸い込まれることのないようにしっかりと両足で大地を踏み締めながら、アイオロスは自身の聖衣の背に手を掛ける。

 その手に握られていたのは、一対の黄金の弓矢。

 そのままアイオロスは矢を弓につがえて、異次元空間への入口に向けて引き絞る。

 

 そして遂に異次元空間の入口が完全に開ききった。

 

 「聖闘士に……同じ技が二度も通用すると思うなよサガ!」

 

 アイオロスは異次元空間の遥か奥から漂ってくるサガ本人の小宇宙を感じ取っていた。

 それは黄金聖闘士だからこそ感じ取ることが出来る程の微かな小宇宙。

 それを頼りに己の渾身の小宇宙を込めて、遥か彼方の見えない相手に向け黄金の矢を更に引き絞る。

 

 「この矢はたとえ相手がどれほど遠くであっても必ず射抜く! ゆけ! 黄金の矢よ!!」

 

 光の速さで放たれた矢は黄金の軌跡を描いて異次元の彼方へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教皇の間で瞑想していた男は特に意識した訳でもなく、何の気なしにふと椅子から立ち上がった。

 だがその次の瞬間――――

 

 「うおぉっ!?」

 

 いきなり自分の開けたアナザーディメンションの穴から黄金の光が飛び出してきた。

 そして男が振り返ると、立ち上がった男のすぐ傍、正確にはついさっきまで座っていた椅子の背に深々と黄金の矢が突き刺さっていた。

 もし男が椅子に座っていたままだったら確実にその身体を射抜かれていただろう。

 その事実に仮面に隠された顔に戦慄が走る。

 

 「おのれアイオロス……許さん!」

 

 閉じていく異次元空間への扉に向かって、男は憎々しげに言い放った。

 だがその時、その場に仮面の男とは別の声が響いた。

 

 『………………』

 

 その声に男の顔に驚愕が浮かぶ。

 

 「な……何だと…!」

 

 『………………』

 

 男の様子が明らかに変わった。

 その姿からは、はっきりと余裕が失われている。

 

 『………………』

 

 「ぬぅぅ。貴様ぁ、邪魔をするな!」

 

 どこからともなく響いてくる声を止めようと男は激昂するが、尚もその声は止まない。

 

 『………………』

 

 「貴様に何が分かるというのだ! 罪というならそれは貴様も同罪だ!」

 

 男は虚空に向かって叫んだ。

 だが聞こえてきた答えに男は歯噛みする。

 

 『………………』

 

 しかし男はそれを嘲笑うかのように言った。

 

 「ククク……それは違うぞ。今日この聖域でアテナもアイオロスも死に絶える! そしてこの俺が世界を掌握するのだ!」

 

 『………………』

 

 「黙れ! 貴様に何が出来る。この俺を止めることも叶わんではないか!」

 

 その場に突風が吹き荒れたかのように男から目に見えない力が溢れ出す。

 声を荒げる男の言葉に対する答えは、遂に返ってくることは無かった。

 

 「フン……ようやく消えたか……忌々しい奴め」

 

 男はそう呟いくと、思い出したように双児宮の方を確認したが、そこにはもうアイオロスの小宇宙は感じられなかった。

 

 「アイオロスは既に双児宮を抜けたか。仕方ない、ここは退いておくとしよう……」

 

 男は諦めたようにそう言って、己の内の小宇宙を鎮めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アイオロスは小宇宙の消えた双児宮を進んでいた。

 そして走りながらさっき放った矢のことを考える。

 サガに命中したかどうかまでは不明だが、あの矢は少なくともサガのいる教皇の間には到達したのだろう。

 その証拠に双児宮にかけられていた幻覚は消えた。

 しかし、それ以上のことは分からない。

 

 「やはり直接教皇の間まで行くしかないのか……」

 

 そう言ってアイオロスは双児宮の出口を走り抜けた。

 

 

 

 

 

 


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