もし青銅が黄金だったら   作:377

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第八話 黄金の野牛

 アイオロスとムウは、矢を受けたアテナを青銅聖闘士達に任せて、たった二人で教皇の間を目指していた。

 彼らが十二宮への一歩を踏み出した時、黄道十二星座を模した火時計からは、既に白羊宮の火が消えようとしていた。

 火時計は約十二時間で消え去り、一時間ごとに火が一つずつ消えていくのだ。

 そして、それは同時にアテナの命のタイムリミットでもある。

 二人はそんな火時計の様子を気にしながらも、先へと進んでいく。

 そして、教皇の元へと急ぐアイオロス達が、白羊宮に踏み込んだ瞬間、それは不意に鳴り響いた。

 

  ピキィィィィィィン

 

 決して大きなものではないが、それでいて人の心を揺さぶるような、金属音にも似た澄みきった響きが、二人が纏う黄金聖衣から溢れているようだった。

 

 「これは……黄金聖衣が共鳴しているのか?」

 

 まさしくその通りだった。

 その音は、長い年月を経て黄金聖衣が聖域に再び勢ぞろいしたことを告げている。

 そして聖衣から発せられる共鳴音は、聖域の奥にいる教皇だけではなく、他の黄金聖闘士達にも届いている。

 この響きが伝えるだろう。

 かって、聖域を逐われることになった男、射手座のアイオロスが今再び聖域に現れたということを。

 

 この聖衣の共鳴音こそ、全ての黄金聖衣が聖域に存在する証。

 

 幾星霜の時を越え、今、聖域に黄金聖衣が集結!!

 

 そして、聖域の奥で教皇の仮面を被った男は一人呟いた。

 

 「とうとうやって来たか……」

 

 男の顔は伺い知れないが、その身に纏う空気が急に冷え込んだように見えた。

 

 

 

 

 

 

 白羊宮を抜けたアイオロス達は、次に待ち構える金牛宮に向かっていた。

 聖衣から発せられていた音は、もう止まっている。

 聖衣からは微かな振動が伝わってくるのみだ。

 まるで、本来アテナのために共に闘うはずの黄金聖闘士同士が、これから争うことになるのを予見しているかのように。

 やがて、金牛宮が姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「妙だな」

 

 「…ええ、何の気配も感じませんね。この宮はアルデバランが守っているはずですが」

 

 ムウの言う通り遠くから見た金牛宮は何の気配も無く、その様子はがらんとしていてまるでそこに誰もいないようだ。

 近付いて神経を研ぎ澄ましてみると、宮全体を押し包むような強大な小宇宙が伝わってきた。

 

 この宮の主、アルデバランは近い。

 彼はいかなる時でも、どんな相手にでも常に真っ正面から小細工など弄すること無く全力で闘う男。

 愚直なまでに突進を繰り返す、まさに牡牛座(タウラス)を体現したかのような聖闘士なのだ。

 

 静まり返った金牛宮へと歩を進める二人。

 その前にいきなり一人の男が現れた。

 

 「出たな……アルデバラン!」

 

 それは、気が付いてしまえば、何故これほどの男の気配が感じられなかったのかと、不思議に思う程の巨躯を持つ大男だった。

 ムウもアイオロスも決して小柄ではないが、二人の前に立ちはだかる男はそんな彼らと比べても頭一つ分以上大きい。

 優に2mはあるその男は、もちろんただ背が高いだけではなかった。

 その身体つきは逞しく、相当な剛力を宿しているであろう太い両腕は腕組みの状態で組まれている。

 そしてその雄々しさすら感じさせる小宇宙は、男の姿を実際よりもはるかに巨大に見せていた。

 この男こそ、十二宮の二番目の宮である金牛宮の黄金聖闘士――――牡牛座(タウラス)のアルデバラン。

 腕を組んで聳え立つその姿は、見る者に巨大な絶壁を思わせる。

 やがてアルデバランは、目の前に現れた二人に向かって低い声で言った。

 

 「まさか生きて再び聖域に舞い戻ってくるとは思わなかったぞアイオロス。そしてムウ……お前までもが敵に回るとはな」

 

 アルデバランは黄金聖闘士二人を前にしても全く動じるということが無い。

 長い間一つ前の白羊宮が無人だったため、実質的に彼の宮が先頭になっていたこともあり、聖域に現れた敵との闘いでは真っ先に先陣を切るのがアルデバランだった。

 そんなアルデバランにとって、相手が黄金聖闘士、それも二人が同時に挑んできたとしても、その堂々たる立ち振舞いが崩れることは無いのだ。

 

 そんなアルデバランに、向かったのはアイオロス。

 

 「アルデバランよ、私達は今アテナを救うために教皇の間へと急いでいる。この宮を通らせてもらいたい」

 

 「……金牛宮を守るのが俺の使命だ。このアルデバランがいる限り、何人たりともここは通さん!」

 

 取り付く島もない断固とした口調でそう言い放つと、アルデバランは微動だにせず二人の前に立ちはだかった。

 

 俺はお前達を通しはしない。

 

 アルデバランの全身から発せられる威圧感からはそんな意思が透けて見える。

 アルデバランはその膂力、体力等こと肉体的な力に関しては聖闘士の中でも随一である。

 彼が戦闘において小細工を好まないのは、そんなことをせずとも正面から闘って相手を打ち破ることが出来るだけの実力を備えているからに他ならない。

 そのアルデバランが本気で二人を阻止するつもりならば、生半可な覚悟で闘いを挑める相手ではない。

 しかしその強固な意思は、到底言葉による説得で覆るものではないだろう。

 

 そして、互いに睨み合う三人の間には必然的に緊張感が高まっていく。

 もはや闘って宮を抜けるしかない。

 そのことは三人が三人共分かっていた。

 こうして三人の間の緊張感が極限まで高まり、ついに臨界を超えた。

 

 カカァッ!!

 

 闘いの火蓋を切ったのは、アイオロスとアルデバランの二人が放った光速拳。

 ほぼ時を同じくして放たれた二人の拳は、真っ向からぶつかり合って相殺される。

 アイオロスの足元の石畳が弾ける。

 アルデバランの傍に立つ石の柱が崩れた。

 

 それでもアイオロスとアルデバランは、互いに視線を外さずピクリとも動かない。

 

 「それ以上近づくならば、容赦はせんぞ」

 

 「なに……!?」

 

 再び二人の間に緊張が張り詰める。

 アルデバランは、アイオロスが突進気味に放った光速拳をその場から一歩も動くことなく迎撃し、更にアイオロスの足元へ牽制の拳まで放っていたのだ。

 二人の間の距離はおよそ数m。

 通常なら手を伸ばしても届く距離ではないが、聖闘士はその速さから拳に衝撃波を伴う。

 その位の距離なら無いに等しいのだ。

 まして黄金聖闘士ならば、数m離れた位置から放つ手加減した拳でさえ、その衝撃で石を砕く程度のことは造作も無いのだ。

 それより驚くのは別の所にあった。

 

 「その構えのまま闘うのですか? アルデバラン」

 

 そう――――何とアルデバランは先程からずっと、拳を放った時ですら腕を組んでの体勢を崩さない。

 それは別にムウでなくても疑問に思うところだろう。

 普通なら、誰も腕を組んだまま闘おうとはしない。

 相手から闘う気が無いと思われても仕方がないような構えだ。

 しかし、そんなことは気にも留めずアルデバランは答えた。

 

 「俺はこの構えで十分だ。さあ来るがいい!」

 

 腕を組んだ状態のままこれが構えだと言い放つアルデバラン。

 一見して不敵な構えではあるが、その体勢がアルデバランにとって最も適したものなのだろう。

 だからこそ、敵を前にしてもずっと不動の体勢を保っているのだ。

 

 「お前がそのままで闘おうというのなら……その構え、打ち砕くまで!」

 

 アイオロスの拳が光の彼方に消えた。

 

 「いくぞ!」

 

 アイオロスは先程を上回る勢いで無数の光速拳を繰り出した。

 打ち出された拳の軌跡が光線と化し、一つ残らずアルデバランに突き刺さる。

 だが、次の瞬間アイオロスの顔に驚愕が走った。

 何と、アルデバランはその場から一歩も動いていない。

 黄金聖衣の上からとはいえ、まともに光速拳を被弾して微動だにせず平然としている。

 それどころか、その状態から間髪を入れずに反撃の拳を放ってきたのだ。

 丁度その一撃がカウンターとなってアイオロスに襲いかかる。

 命中する寸前で身体を捻り、辛うじてそれを回避し事なきを得たが、それでもアイオロスはその背中に冷や汗が伝うのを感じていた。

 つい今しがたまでアイオロスが立っていた位置には大穴が空いている。

 

 「クッ……!」

 

 光速拳すらものともしないアルデバランの脅威の耐久力。

 黄金聖闘士の中でも随一の剛力とタフネスを誇ると言われるだけのことはある。

 

 加えて、アルデバランの戦闘スタイルがアイオロスに更なる攻撃を躊躇わせていた。

 その巨体から、アルデバランは自分から突進してパワーに任せて敵を薙ぎ倒すタイプに見られがちだが、アルデバランの攻撃は決してそのような単純なものではない。

 アルデバランの真髄、それはむしろ相手の攻撃を誘って冷静に待ち構え、その攻撃を跳ね返すように反撃するカウンター攻撃。

 つまり、拳撃主体で闘うアイオロスのような相手とは相性がいいのだ。

 もともとパワーに優れているアルデバランが、その力をカウンターとして放つ時、その威力は計り知れないものとなる。

 アルデバラン自身の体力も相俟って、その姿はまさしく難攻不落。

 

 敵の放つ攻撃に耐えられるからこそ、相手に与えるプレッシャーも非常に大きいものになるのだ。

 

 「どうした。来ないのか?」

 

 アルデバランがずいと一歩近付き、その圧力を強める。

 二人の闘いは何度目かの膠着状態に陥った。

 だがアイオロスの顔に恐怖や怯えの色は無い。

 もとより彼に、前に進む以外の道など存在しないのだから。

 相手が譲らないのならば、闘って力ずくで突破するのみ。

 静かに高まる互いの小宇宙。

 ただ一瞬の機先を制するために、二人以外の世界の全てが動きを止める。

 

 そして――――

 

 「アトミック・サンダーボルト!!!!」

 

 「グレートホーン!!!!」

 

 拳と掌底、二つの光がぶつかり爆ぜる!

 

 激しい衝撃が宮を揺さぶる。

 一拍置いて、石畳の上にアイオロスの身体が激突した。

 形成されたクレーターがその衝撃を物語っている。

 だが、立ち上がろうとするアイオロスの視線の先には、同様に膝をついて立ち上がるアルデバランの姿が。

 

 アイオロスの拳の威力もまたアルデバランに届いていた。

 その証拠に、立ち上がるアルデバランの額にはうっすらと汗が滲んでいる。

 アルデバランの両足が金牛宮の床を大きく削った跡もある。

 

 共に大きなダメージを負った二人。

 だが、体力勝負なら分があるとみたアルデバランが一足先に立ち直り距離を詰めた。

 カウンターを得意としているとはいえ、先に手を出せない訳ではない。

 立ち上がる前に、直接アイオロスを吹き飛ばそうとその目の前で腕を組んだ次の瞬間、不意にアルデバランの動きが停止した。

 

 「ムッ……か……身体が!」

 

 硬直した身体でアルデバランが睨み付ける。

 こんなことができる者は、この場に一人しかいない。

 

 「ムウ、お前か!?」

 

 「済まないアルデバラン……サイコキネシスであなたの動きを封じさせてもらった」

 

 「なっ……ムウ、何のつもりだ!」

 

 聖闘士の闘いは一対一を重んじる。

 それは十分に承知しているはずのムウが、突然横槍を入れたことにアイオロスは憤りを見せた。

 しかし、そんなアイオロスに向かってムウは冷静に答えた。

 

 「アイオロス、私達は教皇の元に向かっているのです。この先のことを考えれば、アルデバランとは闘わないに越したことは無い。サイコキネシスで動きを止めた以上、この宮は素通りすべきです」

 

 確かにムウの言うことにも一理ある。

 時間が無い現状では、闘いが避けられるなら避けた方がいいに決まっている。

 少々卑怯と思われるようなことをしても、傷を負わずに宮を通過できる方法を採るべきだろう。

 それに、アルデバランは黄金聖闘士の中でもサイコキネシス、つまり念動力に長けている方ではない。

 

 セブンセンシズに達している黄金聖闘士は、当然の過程として超能力を司る第六感にも通じている。

 しかし、それを実際の戦闘に応用できる程に秀でた者は少ない。

 ムウのサイコキネシスは、数少ない聖闘士の闘法として使えるレベルに達したものの一つなのだ。

 それと比べると、アルデバランのそれはやはり格段にレベルが落ちる。

 ムウの超能力があまりにずば抜けていて、黄金聖闘士の中でも最も優れているというのもあるが、アルデバランではせいぜい物を念動力で持ち上げる位が関の山だ。

 

 超能力で劣る者が、優れた者の念動力を破るのは至難。

 わざわざ体力を消耗してアルデバランを倒すよりは、今のように拘束してしまう方が効率的だ。

 

 この先に待ち受ける黄金聖闘士の中には、ムウに匹敵する程の超能力を持つ者も居る。

 そんな者達が相手であれば、恐らくこんな手を使って突破することなどできないだろう。

 しかしアルデバランならひとまずその心配は無い。

 ムウとアルデバランの超能力にはそれほどの差が存在するのだから。

 二人の闘いに横から手を出したことに心苦しいものが無いではないが、それで双方が傷付くことなく先へ進めるならと、敢えてムウはサイコキネシスを使用したのだ。

 

 「今の内に早く金牛宮を抜けましょう。今は先へ向かうことを考えるべきです」

 

 「……分かった。ならば行こう」

 

 アイオロスもついにムウの言葉に従い、アルデバランを残したまま金牛宮を抜けることにした。

 サイコキネシスに縛られて身体を動かすことが出来ないアルデバランは一人憤怒の表情を浮かべているが、その横を通り抜けようとする二人に手が出せない。

 

 「クッ……待て! この宮を通るのはこの俺を倒してからだ!!」

 

 アルデバランがムウのサイコキネシスから逃れようと全身に力を込める。

 しかし、そんなアルデバランを顧みてムウが更に強い力でサイコキネシスをかけた。

 

 「ヌウッ……!」

 

 「それ以上動こうとはしない方がいいですよ。無理にでも動こうとすれば、身体が壊れます」

 

 戦闘は回避できたのだから、もう無理に傷付く必要は無い。

 ムウの忠告は多分にそんな想いからだが、アルデバランはその言葉に乗るのを良しとしなかった。

 

 「フン! ならば試してみるかぁ!! グッ……ヌオォォォォォォ!!」

 

 「な……なにい!!」

 

 サイコキネシスに逆らい咆哮するアルデバランの身体が僅かに動く。

 次の瞬間アイオロス達に凄まじい衝撃が襲いかかってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「バカな……力だけで私のサイコキネシスを破ったというのか」

 

 「おそらくはな。だがなんというパワーだ……!」

 

 地面から立ち上がりながら、二人は今の衝撃を放った相手を見て呆然と呟いた。

 そこにはムウのサイコキネシスから解放されたアルデバランが仁王立ちしている。

 聖闘士の中でも最も優れているとされるムウのサイコキネシスから、まさか己の剛力のみで脱出するとは思いもよらなかった。

 

 「やはり闘うしかないのか…」

 

 完全に束縛から解放されたアルデバランの守るを突破する方法は他には無いだろう。

 しかし二人が構えるよりも早く、既にアルデバランは目の前にまで迫っていた。

 未だ立ち上がろうとする二人を見下ろしながら、アルデバランはその両腕を解き放つ。

 

 「叩き潰してくれるわ! グレートホーン!!!!」

 

 紛うことなき野牛の剛腕!

 抜き打つ両手が大地を揺るがす、その衝動が駆け抜ける!

 

 光速の動きを身につけた黄金聖闘士でさえも対応出来ない程の速さ。

 アルデバランの一撃は、黄金聖闘士二人を容易くその場から吹き飛ばした。

 

 いや、吹き飛ばしただけでは収まらない。

 周囲に広がる石造りの壁に激突し、それを突き破って尚、勢いは収まることなく次々と壁を突き破る。

 

 「グハァッ!!」

 

 黄金聖衣が悲鳴を上げる。

 その凄まじい威力に、しばし二人の息が止まる。

 

 だが強烈な勢いで背面から石壁に激突させられたにも拘らず、アイオロス達にはまだ立ち上がるだけの力が残っていた。

 

 だが立ち上がったとはいえ、それでも身体中の骨が軋む程の甚大なダメージを受けたことに変わりはない。

 実際二人の纏う聖衣が黄金聖衣でなければ、今の一撃で確実に命を落としていただろう。

 しかしアルデバランはその姿を見て、何かを確信したかのように言い放った。

 

 「衰えたなアイオロス。今のお前はかつて聖域にいた頃より弱くなっている」

 

 「……!」

 

 その言葉にアイオロスが僅かに動揺したのを、ムウは見逃さなかった。

 

 アイオロス自身にも、心当たりはある。

 アテナを連れて聖域から逃げ出してから十三年。

 その間、城戸家に匿われる形で過ごしていたアイオロスは、城戸沙織がアテナとして覚醒するまでは聖域の目をかわすために小宇宙を燃やしての鍛錬などしてこなかった。

 かつては文字通り大人と子供程に存在した力の差は、聖域で修業を続けていたアルデバランに想像以上に縮められていたのだ。

 

 「今のお前に十二宮は越えられん。潔く引き返した方が身のためだぞ」

 

 そう言ってのけるアルデバランの立ち姿には、隙は微塵も見られない。

 

 「どうしますか……? いっそ二人係りで……」

 

 「……いや、いい。アルデバランとは私が闘おう」

 

 「なっ……しかしそれでは……」

 

 「心配はいらん。見切ったぞ、グレートホーン……! 私の見立てが正しければ……あれは恐らく居合いの拳!」

 

 アイオロスには確信があった。

 先程のグレイトホーン、避けることは出来なかったが見えなかった訳ではない。

 そして一度見切った技は――――聖闘士に二度は通用しない。

 

 「いくぞアルデバラン!」

 

 「無駄だ! 何度来ようとお前達には金牛宮は越えさせん!」

 

 「アトミック・サンダーボルト!!!!」

 

 「グレートホーン!!!!」

 

 再び激突する二つの拳。

 二人の間合いから外れたムウの所にまで、その余波が衝撃となって押し寄せる。

 

 「下がっていろムウ! グレイトホーンは居合いの拳。一度放たれれば回避する方法は無い。ならばその隙は……拳を撃ち終えた後にこそある!」

 

 グレートホーンが避けられないのは、何もそれが光速だからというだけではない。

 ただの光速拳なら、黄金聖闘士は普通に使えるし回避することも出来る。

 グレートホーンがそれをさせない理由、それは圧倒的な初速の速さ。

 そもそも一口に光速拳と言っても、いきなり拳が光速で放たれるのではない。

 小宇宙によって拳が加速され、そして光速に達するのだ。

 アルデバランの拳は、その光速に達するまでの時間が異常に早い。

 

 光速とはこの世界における最高速度であり、一度光速となった攻撃はかわしようが無い。

 故に、光速拳を回避するにはその初動を読み、光速に達する前にその軌道から抜けるしかないのだ。

 

 だがグレートホーンにそれは不可能。

 グレートホーンを攻略するには、拳を放った後の隙を衝くしかない。

 現状、同時に拳を放つことでグレートホーンを受けてはいるが、パワーで劣るアイオロスに果たしてそれが出来るのか。

 

 「よかろう! 全力で叩き潰してくれる!」

 

 「負けてなるものか……燃え上がれ我が小宇宙!!」

 

 雄叫びを上げる二人の小宇宙が燃え盛り――――そして、弾け飛ぶ!

 

 ドドドォォォ!!!!

 

 さっきとは違いアイオロス一人に向けられたアルデバランのグレートホーンは、アトミック・サンダーボルトを押し切り先の一撃を上回る威力で金牛宮に破壊の衝撃を響かせた。

 

 だがグレイトホーンが放たれた直後、アルデバランの顔に驚愕が走る。

 

 「なにい! アイオロスが消えた!?」

 

 グレートホーンを叩きつけた先にアイオロスの姿が無い。

 その姿を見失ったことによる一瞬の動揺、それが彼の精神に僅かな隙を生み出した。

 

 「もらったぞアルデバラン!」

 

 頭上から迫り来る光速の拳。

 もはや回避や迎撃は不可能な位置。

 

 取るべき行動はたった一つ、耐えるのみ。

 事実、アルデバランは一度同じ攻撃を受けて耐えている。

 この攻撃を耐え切れば勝負はまた振り出しに戻る。

 

 「アトミック・サンダーボルト!!!!」

 

 アイオロスの拳が正確にアルデバランの頭を撃ち抜いた。

 タウラスのマスクが地面に落ちるのと同時に――――アルデバランの巨体は崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ウッ……ん…?」

 

 大地に横たわったアルデバランが唸り声を上げて目を覚ました。

 そして微かに首を捻り、自分のすぐ横に転がっているタウラスのマスクに目を向けた。

 その瞬間、彼の脳裏にたった今起こったことが蘇る。

 

 「フフフ……ウワッハハハッ!」

 

 「目が覚めたかアルデバラン」

 

 「おおアイオロス……まさか本当に俺のグレイトホーンを破るとはな!! 大したものだ!」

 

 上半身を起こしたアルデバランは、傍に立つアイオロス達に気付き豪快な笑い声と共に賞賛を送る。

 

 「フッ……お前も私の拳を受けてこんな短時間で起き上がるとはな」

 

 アルデバランの笑い声に既に敵意が無いことを悟ったのか、アイオロスも笑みを見せた。

 ひとしきり大声を上げた後、アルデバランは二人に向かって静かに言った。

 

 「……分かった。お前達は俺を倒したのだ。さあ金牛宮を通るがいい」

 

 アルデバランは、たった今目覚めたばかりとは思えない位朗らかな様子で言った。

 彼が意識を取り戻したのは、アイオロスの攻撃を頭部に受けて昏倒してから僅か数分後。

 呆れるような頑丈さだが、二人はそれで納得するしかなかった。

 

 「私達はアテナを救うため十二宮を抜ける。お前はどうするのだ?」

 

 「俺はこの宮を通り抜けようとする者からここを守るだけだ。たとえお前達が、この先十二宮を全て抜けたとしてもな」

 

 「そうか……行こう、ムウ」

 

 「ええ」

 

 アルデバランの言葉を受けて、二人は踵を返して金牛宮の奥へと消えていった。

 そしてその姿を見送ったアルデバランは、やがて向きを変えて金牛宮の入口に向かって歩いていった。

 

 

 

 

 

 


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