もし青銅が黄金だったら   作:377

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第四話 過去

 日も既に沈んだ夜の海辺で、殺気立つ多数の人影が見える。

 見れば、全身に鎧のようなものを身に付けた集団が二つに分かれて争っているようだ。

 しかし一方は傷の一つも無く自信に満ち溢れた姿でいるのに対して、もう一方は鎧もひび割れ、身体中が血だらけ傷だらけの者が殆どである。

 

 「魔鈴、高が青銅の小僧が四人加わった位で俺達に勝てるとでも思っているのか?」

 

 「さあねぇ。あんた達を倒した後で教えてあげるよ!」

 

 集団の一方を仕切るアステリオンの挑発を軽く流して、魔鈴は一気にアステリオンの近くまで踏み込み至近距離から拳による攻撃を仕掛けた。

 

 「何度きても無意味だ! 言ったはずだぞ! お前の攻撃の軌道やタイミングは全て読めているとな!」

 

 二つの拳がぶつかり合い、その衝撃が周囲を巻き込み炸裂する。

 

 白銀聖闘士の中でもトップクラスの力を持つ二人の闘いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方星矢達は、少し離れた位置で残りの白銀聖闘士と向かい合っていた。

 青銅四人に対して白銀三人、星矢達にしてみれば正直有利といえる程の数の差は無いどころか、むしろこの戦力でも足りないと言うべきかもしれない。

 ついさっきまでミスティと闘っていた星矢は勿論のこと、瞬に紫龍、氷河とて一輝との死闘で相応にダメージを負っているのだ。

 

 しかし、それでも彼らは立ち向かう。

 

 こんなところで命を落としたくはない。

 落とす訳にはいかない。 

 その強い想いが疲弊しきった身体を支える力となる。

 

 「いくぜ!」

 

 真っ先に白銀聖闘士に突進したのは、やはり星矢だった。

 拳に己の小宇宙を込めて、白銀聖闘士の中で最も巨体を持つ男にいきなり渾身の流星拳を放つ。

 

 「ペガサス流星拳!!」

 

 しかし、その拳が相手に届くことはなかった。

 

 「な……なにい!?」

 

 命中する、しないの問題ではない。

 相手の目の前で――――星矢の拳が掴みとられている!

 

 「ククク……ようやく音速の壁を越えたような拳が我ら白銀聖闘士に通用すると思ったか」

 

 「なっ!?」

 

 「さあ受けるがいい! この白鯨星座(ホエール)のモーゼスの一撃をな!」

 

 「うわぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 一瞬にして天地上下が反転した。

 強大なパワーで打ち上げられた星矢の身体が宙を舞う。

 

 「グハァッ……!!」

 

 「そうら止めだ!」

 

 「星矢!」

 

 真っ逆さまに地面に激突した衝撃で星矢の息が止まりそうになる。

 そのまま星矢を叩き潰そうと突進するモーゼス。

 だが大きく腕を振りかぶった瞬間、背後から男の拳に何かが絡み付いた。

 

 「むっ……何だ!?」

 

 腕に巻き付いていたのは鎖。

 瞬の纏うアンドロメダの聖衣に付属する星雲鎖(ネビュラチェーン)。

 

 「星矢を殺させはしない! 僕が相手だ!」

 

 「フン、小癪な! まとめて叩き潰してくれるわ!」

 

 鎖を巻き付けたまま強引に腕を振るモーゼス。

 その圧倒的なパワーに、鎖で逆に繋がれてしまった瞬の方が振り回され、無造作に地面に叩きつけられた。

 

 『瞬!!』

 

 「おっと、お前らの相手は俺だ!」

 

 二人のもとに駆け寄ろうとした紫龍と氷河の前にも更に白銀聖闘士が立ちはだかる。

 

 「邪魔をするな! ダイヤモンドダスト!!」

 

 氷河の拳から打ち出された凍気の塊が白銀聖闘士に襲いかかる。

 

 「ぬるいわ!」

 

 何と相手の手からは炎が噴き出した。

 凍気と炎がぶつかり合って、氷河の凍気が打ち負ける。

 

 「なにい!?」

 

 驚く氷河と紫龍の前に、勢いを増した炎の渦が押し寄せる。

 

 「ぬぅ! 廬山昇龍覇!!」

 

 紫龍が放った拳の威力でようやく炎を掻き消した。

 しかし、軽く放った炎ですら二人の力を合わせてやっと止められる程の威力。

 それは、彼我の力の差を思い知るには十分な一撃だった。

 

 「むう……なんという強さだ……!」

 

 「ククク……灰となって悔いるがいい! このケンタウルス星座のバベルを敵に回したことをな!」

 

 

 

 

 

 

 

 「フッ……どうやらお前の弟子達は分が悪いようだぞ?」

 

 「……!」

 

 魔鈴が放った拳がアステリオンの残像を通り抜けた。

 咄嗟の判断で下ろしたガードの上から、痛烈な一撃が突き刺さる。

 

 「クッ……!」

 

 星矢達だけでなく、魔鈴もまたアステリオンを前に苦戦していた。

 魔鈴の攻撃は先読みされて殆ど当たらず、また当たったとしても大したダメージを与えられる箇所ではない。

 距離を取ったりスピードで撹乱することで致命的な攻撃を受けるのは防いでいるが、このままではジリジリと押されていくのは目に見えていた。

 

 更に次の瞬間、恐れていた事態が起こった。

 モーゼスと闘っていた星矢の動きが完全に止まったのだ。

 今までに積み重ねられた疲労とダメージは確実に星矢を蝕んでいた。

 星矢の真上には拳を振りかぶったモーゼスの姿。

 紫龍、氷河はもちろん、瞬でさえ間に合わない。

 

 「まずはお前からだ! 死ねい!」

 

 『星矢!!』

 

 その拳が――――星矢の頭上に振り降ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「だ……誰だ! 新しい敵か!?」

 

 目の前の状況に星矢の顔が驚愕に染まる。

 モーゼスの拳は星矢の頭を砕くことなく止まっていた。

 突如星矢の前に現れた男の手によって。

 その男は、モーゼスの拳を正面から押さえ込んでいただけではなく何と、その攻撃に対してカウンターを取ろうとしていた星矢の拳をも封じていた。

 

 それも――――片手で。

 

 「そう怒鳴るな。私はお前達の敵ではない」

 

 突如現れた謎の男に、星矢は、いやその場にいる全員が時が止まったかのように攻撃の手を止めていた。

 見ると、その男が着ているのは上等なものではあるが普通の執事服であり、聖衣など見当たらない。

 とても、たった今聖闘士同士の闘いを止めたとは思えない格好だ。

 

 片手を取られていたモーゼスは、警戒しながら星矢達から距離を取った。

 また、瞬達三人も白銀聖闘士の隙をついて星矢のもとに集まった。

 男は呆気にとられている聖闘士達から目を外して、星矢達の後ろからゆっくりと歩いてきた少女に向けて言った。

 

 「どうやら間に合ったようです」

 

 それを聞いた少女は、安心したのかホッとため息をついて言った。

 

 「よかった、ご苦労でしたね」

 

 美しい声でそう告げた少女の顔を見た星矢達は、皆一様に驚きの表情を浮かべた。

 

 「あなたは……沙織お嬢さん!?……でも、どうしてこんなところに……?」

 

 そこにいたのは星矢達に黄金聖衣の奪還を命じた張本人、城戸沙織だった。

 コロッセオで彼らが黄金聖衣を取り返してくるのを待っているはずの彼女が、何故ここにいるのか。

 驚愕しながらも、そう尋ねたのは瞬だった。

 

 「ええ、それは……」

 

 話し出そうとした少女の声を遮って、星矢が大声で叫んだ。

 

 「瞬! そんな奴が来たことなんて、今はどうでもいいだろ! どうせ黄金聖衣が待ちきれなくなったとか言うに決まってるさ!」

 

 心中の想いを吐き出すかのように叫んだ星矢の目は、やってきた城戸沙織に対する怒気に満ちていた。

 

 「でも、残念だったな。あいにくと黄金聖衣は富士山の地下深くだ。もう取り出すことは出来ないぜ」

 

 そう言ってまたモーゼスに向かおうとする星矢に、俯いていた沙織は凛とした声を上げた。

 

 「待ちなさい、星矢。私はそんなことのためにここへ来たのではありません。あなた達に、私がしてしまったことを謝罪するために、そして真実を伝えるために来たのです」

 

 「謝るだって!? 今更そんなことして、俺達があんたや城戸光政を許すとでも思っているのか!?」

 

 その言葉に沙織だけでなく、瞬や紫龍、氷河も言葉を失った。

 彼らの中にかつての苦い記憶が甦っていたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 星矢はかつて星の子学園という孤児院にいた。 両親はどちらもいなかったが、優しい姉の星華と共にすくすくと成長していった。

 ところが、ある日突然現れた男達によって、姉と引き離されるようにさらわれたのだ。

 たどり着いたのは世界でも有数の財閥であるグラード財団の総帥、沙織の祖父である城戸光政の所だった。

 

 光政の屋敷に連れていかれると、そこには星矢と同じような年頃の子供がたくさんいた。

 皆星矢と同じくどこからか連れてこられた子供で、瞬、紫龍、氷河ともそこで出会った。

 そしてここで暮らすようにと言われ、始まったそこでの生活は幼い子供にとっては地獄のよう日々だった。

 毎日の粗末な食事や、城戸家の者達による理不尽な暴力。

 それは幼い子供に耐えられるものではなく、屋敷を脱走しようとする者もいたが、全員監視役の男達に捕まり罰としてまた殴らるのだった。

 特に、姉に会おうと度々脱走を繰り返した星矢は目をつけられていた。

 たまに光政の一人娘である沙織が来たかと思えば、まるで家畜をぶつように鞭で子供達をいじめては笑って帰っていった。

 それに抵抗でもしようとすれば、またしても男達に押さえつけられて殴られる。

 そんな日々の繰り返しだった。

 

 やがて、星矢が八歳になった時、突然屋敷の子供達全員が聖闘士になるために世界中の修業地に行くように言われた。

 もし聖闘士となって帰ってくれば、何でも望みを叶えると言われて……

 

 そして星矢は姉に会わせることを条件に、修業地の一つであるギリシャの聖域へと旅立ったのだ。

 しかし、修業を終えて帰って来た星矢を待っていたのは、姉の星華は行方不明という事実だけだった。

 死ぬ程の修業の果てに手に入れた聖闘士の証であるペガサスの聖衣。

 ようやく帰って来た星矢にとって、その知らせはあまりに辛いものであった。

 

 行方不明の姉の居所を捜してもらう。

 ただそれだけのために、星矢はグラード財団を受け継いだ沙織の開催する銀河戦争に参加することになり、やがて実の兄弟である一輝との闘いに身を投じていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あれだけのことをしておいて……謝るだって!? そんなことより姉さんの居場所を探すのが先だ!」

 

 「許してもらえるとは思っていません………それでも、聞いて下さい。星矢も他の皆も……何故お祖父様があんなことをしなければならなかったのかを」

 

 そう言って沙織は星矢達に対して地面に手をついた。

 それを見た星矢は、予想もしなかった沙織の態度にそれ以上何も言うことが出来なくなってしまった。

 しばらくして顔を上げた沙織は、再び星矢達に話し始めた。

 

 「あの時、何故あなた達が聖闘士となるよう言われたのか……その訳を教えましょう」

 

 「俺達が聖闘士にさせられた理由?」

 

 「ええ、そうです。お祖父様がどうして、百人もの子供を引き取ってまで、聖闘士にさせようとしたのか不審に思いませんでしたか?」

 

 「そ……それは……」

 

 確かにそのことを考えたことはある。

 しかし、どうしてもそんな理由は思いつかなかった。

 

 「あれは私が十三歳になった時のことです。その時もうすでにお祖父様は病気で、おそらく近いうちに自分が亡くなるだろうと思ってそのことを私に話したのかもしれません」

 

 こうして沙織は話し始めた。

 その内容は、星矢達にとっても驚くべきものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――十三年前、ギリシャ・聖域にて。

 

 

 一人の男が夜の闇の中ゆっくりと歩いていた。

 その表情は、壮麗な飾りのついた兜のようなマスクに覆われていて見えない。

 その身に纏うゆったりとした長い法衣が、男の全身を包み隠していた。

 男が歩いているのは、古のギリシャ文明を彷彿とさせる巨大な神殿の回廊だった。

 長い法衣が男の足音を消し去り、誰にもその気配を気付かれることなく奥へと進んでゆく。

 やがて男は神殿の最奥に辿り着いた。

 見ると、その部屋の中心に置かれている石造りのベッドの上には、まだ生まれて間もない赤子が眠っている。

 その姿を確認した男は、赤子の元へゆっくりと近づいていき、その懐から静かに黄金に輝く短剣を取り出した。

 そして、赤子の頭の上で短剣を振りかぶり、その首をめがけて刃を振り下ろす――――

 

 「教皇! 何をなさるおつもりか!?」

 

 夜の神殿を包む静寂を破り、その部屋に響き渡る声に男の手が止まった。

 そして振り返ると、そこに立つのは金色の鎧――――黄金聖衣を纏った男だった。

 黄金聖衣(ゴールドクロス)。

 それは数ある聖衣の最高位にあり、聖闘士の中でも最強の十二人であることの証。

 

 「貴様は……アイオロスか。すぐにここから去れ。これは命令だ」

 

 「あなたこそアテナの元から離れよ! 一体自分が何をなさっているのか分かっているのですか!?」

 

 教皇と呼ばれた男に向かって、アイオロスは激しい口調で言った。

 彼は目の前で起きていることが信じられなかった。

 目の前に立っている男――――教皇は、二百年以上前の戦を生き残った伝説の聖闘士である。

 アテナへの忠誠は篤く、今までずっと聖域の発展に尽くしてきた人物でもあるのだ。

 その教皇が、ついこの間地上に転生したばかりのアテナを刺し殺そうとしている。

 

 どうするべきか――――アイオロスは一瞬判断に迷った。

 

 「教皇、今のあなたは異常だ。ここでアテナの傍から離れる訳にはいかない」

 

 アイオロスは教皇の言葉に逆らい、赤子のアテナの元へ駆け寄った。

 アテナの前で教皇に立ちはだかるアイオロスに無言で近付く教皇。

 そしていきなり拳を放った。

 

 「!!」

 

 いきなりの攻撃にアイオロスはアテナの前から弾き飛ばされる。

 だがすぐさま立ち上がると、再びアテナの前に立ち教皇と対峙した。

 

 「なんという拳だ……! 教皇、あなたは本気でアテナを殺すおつもりか!」

 

 激昂するアイオロスに教皇は再び拳を向けるが、今度はアイオロスも同時に拳を繰り出していた。

 アイオロスと教皇の間で、二人の拳が衝突する。

 その威力に、周囲の石畳が砕けては宙を舞う。

 

 「アイオロス、私の邪魔をするなら貴様から殺す!」

 

 「黙れ! 聖闘士でありながらアテナに刃を向けるとは言語道断! それでも教皇か!」

 

 火花を散らして激突する二つの拳。

 そしてアイオロスの拳がわずかに教皇を上回った。

 

 「なにっ!?」

 

 今までその顔を覆っていたマスクが、大きな音をたてて地面に落ちる。

 だが、その顔を見たアイオロスは自らの目を疑った。

 

 「教皇……? いや……お前は!!」

 

 「見たな……この顔を見たからには生かしておけん!」

 

 突如教皇の小宇宙が大きく高まりアテナもろとも空間を覆い尽くした。

 

 「なっ……!」

 

 アイオロスはその変貌と教皇の正体に驚きながらも、すぐに赤子を抱いてその場から駆け出した。

 

 「逃がしはせんぞ、アイオロス……!」

 

 アイオロスの背後で高まり続ける巨大な小宇宙が、一瞬にして炸裂する!

 

 「アテナと共に塵となれ! ギャラクシアン・エクスプロージョン!!!!」

 

 背後から迫る巨大な爆炎。

 アテナを守るため、アイオロスは咄嗟にその身を盾とする。

 だが、迫りくる爆風の威力は彼の想像を超えたものだった。

 黄金聖衣を纏っていながら、その衝撃が身体を突き抜け、アテナ共々吹き飛ばす!

 

 「グハァァァァァ!!」

 

 全身から血が吹き出していた。

 アイオロスの目の前が真っ赤に染まる。

 そんな中、彼の脳裏にはたったひとつのことが浮かんでいた。

 

 即ち、教皇の手からアテナを無事安全な場所へと逃がすこと。

 

 その一念で動かぬ身体に鞭打って、アイオロスは教皇のいる神殿から姿を消した。

 

 一方教皇は、ギャラクシアンエクスプロージョンの余波が消え去った跡にアイオロスが逃げていくのを見て、神殿に仕える従者を呼び出した。

 

 「アイオロスがアテナを連れ去ろうと謀叛を起こした! すぐに黄金聖闘士の追手を出せ!」

 

 アテナを庇ってギャラクシアンエクスプロージョンをまともに受けた以上、アイオロスは確実に深手を負っている。

 これ以上事を荒立てる訳にもいかず、教皇は黄金聖闘士の一人に追手を命じてその場を去った。

 

 「今から私は瞑想に入る。誰も部屋には入れるな」

 

 そう従者に告げると、教皇は神殿の奥へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃アイオロスはなんとか聖域の追手をかわしながら、外界まであと少しという所まで来ていた。

 自分が謀叛人とされても、軽々しく追ってくる雑兵達を殺してしまう訳にはいかない。

 故に、なるべく追手とは闘わないように逃げてきたせいで、身体には疲労が大分たまっていた。

 血を流し過ぎたためなのか、意識も徐々に薄れていく。

 しかしそれでも、彼はアテナを抱えて前へ前へと進んでいった。

 そうして、ようやく聖域と外界の境が見えてきた。

 追手の気配は無い。

 

 「ようやく追撃を振り切ったか」

 

 だが安心しかけたアイオロスの背後から、突如凄まじい小宇宙が迫ってきた。

 

 「しまっ……!!」

 

 まるで触れるもの全てを切り裂くような鋭い小宇宙。

 それを発していたのは、まだ十歳ほどの少年だった。

 しかし、その少年の実力は彼が纏っている黄金聖衣からも窺える。

 少年もまたアテナに仕える最強の十二人、黄金聖闘士の一人なのだ。

 

 「シュラか……!」

 

 「アイオロス、俺はあなたを尊敬していたのに……こんなことになるとは残念だ」

 

 「待て! 私の話を聞いてくれ!」

 

 「問答無用!」

 

 追手として襲いかかってきたシュラは、それ以上は何も言わずに手刀を放つ。

 少年とはいえれっきとした黄金聖闘士。

 その手刀が大地を切り裂いてアイオロスに迫る。

 もはや新たに黄金聖闘士と闘う力など残ってはいなかった。

 シュラの斬撃というべき威力の一撃に、ともかくアテナだけを庇いながら、アイオロスは最後の力を振り絞って真下に広がる海へと飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギリシャ郊外のとある海岸で城戸光政は困惑していた。

 偶々夜の散歩で海辺を歩いていたら、胸に幼い赤子を抱えその背に大きな箱を背負った男が倒れていた。

 良く見ると、男の全身は傷だらけで、生きているのか分からないほどの血を流している。

 だが、胸に抱えた赤子だけは不思議とどこにも怪我をした様子は無く、安らかに眠っているようだ。

 

 人を呼ぶか否か。

 

 光政は判断しかねていた。

 だがどちらと決断する前に、男が目を覚ました。

 

 「こ……ここは?」

 

 光政が現在地を教えると、その男は少しほっとした様子で光政に言った。

 

 「私の名はアイオロス。突然で済まないが……どうかこの子を守ってやってはくれないか」

 

 アイオロスは語った。

 この赤子はやがて起こる冥王との聖戦で地上を守るために遣わされた女神アテナであること。

 自分はそれを守る聖闘士であること。

 本来アテナを育てるべき聖域に、アテナを害する者が存在すること。

 そして、自分はもうこの子を守ることが出来ないかもしれないということ。

 

 アイオロスの血を吐くような願いに、光政は心を打たれた。

 しかし、それだけで決断するにはこれはあまりに重大過ぎることだ。

 そして彼は迷いに迷った末に、アテナを引き取り世界中の自分の子供達に聖闘士としてアテナを守らせると誓った。

 アイオロスの真摯な眼差しを、光政は信じたのだ。

 アテナと呼ばれた赤子を抱き上げると、光政の全身を包むように暖かな息吹を感じた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話を聞いた星矢達は、思わず目を丸くした。

 

 「それじゃあまさか……あんたが、そのアテナだっていうのか…!?」

 

 「その通り……この私が、十三年前に聖域から連れ出されたアテナなのです」

 

 そう言うと、沙織の――――いや、アテナの身体からとてつもなく巨大な小宇宙が放たれた。

 その大きさは星矢達はおろか白銀聖闘士でさえ足元にも及ばない。

 全世界どころか宇宙すら包み込むような、まさに神としか言い様のない小宇宙だった。

 その小宇宙を見た星矢達は悟った。

 彼女は、本当に彼ら聖闘士が守るべき女神アテナであることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、白銀聖闘士と執事服の男との闘いは続いていた。

 しかし、それは闘いというにはあまりに奇妙なものだった。

 白銀聖闘士達は必死で男に攻撃している、一方男はその場を一歩も動いているようには見えない、にもかかわらず彼の身体には傷ひとつなかった。

 

 「なんだ! お前は何者だ!」

 

 ついにしびれを切らして白銀聖闘士の一人が尋ねた。

 すると男は言った。

 

 「私の名はアイオロス……射手座(サジタリアス)のアイオロスだ…!」

 

 

 

 

 

 


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