リザドのミスティとペガサスの星矢、本来ならば圧倒的な力の差が存在するはずの白銀聖闘士と青銅聖闘士の激突。
だが最終的に勝利を収めたのは、青銅聖闘士である星矢の方だった。
星矢が最後に放った一撃は、ミスティの聖衣を完全に破壊し、この闘いの勝敗を決した。
しかし、砂浜に叩きつけられ倒れ伏すミスティの後を追うように、星矢もまたゆっくりと地面に倒れ込んでいった。
相手を倒すことには成功したが、既に重大なダメージを負った星矢の身体は、ここまでの闘いの連続で小宇宙を限界まで燃やしたことへの疲労に耐えられなかったのだ。
「星矢!」
駆け寄った瞬が素早く星矢の様子を確認すると、やや弱いが心臓の鼓動が感じられた。
ひとまずは生きているようだ。
そのことに皆はほっと安堵のため息をついた。
聖闘士としての誇りのために敢えて二人の闘いに手を出す者はいなかったが、実際星矢が殺されていても不思議はなかったのだ。
しばらくして、小さな呻き声を上げて星矢がゆっくりと目を開けた。
まだダメージが残っているのだろう、かすかに頭を振って辺りを見回し、ようやく元の海岸に倒れたままだということを理解したようだ。
そしてすぐそばに倒れていたミスティを見て周りの仲間達に尋ねた。
「俺は……勝ったのか?」
「そうだよ星矢、君は白銀聖闘士に勝ったんだ!」
「大したものだ。まさかお前一人で白銀聖闘士を倒してしまうとはな……」
起き上がった星矢を見て、瞬と紫龍が答えた。
あれほどの実力差がありながらも勝利した星矢は、まさに聖闘士の常識を覆した男だろう。
星矢自身、自分がミスティと正面から闘って倒したことが未だに信じられない様子だった。
そこに、後方で三人の様子を伺っていた氷河が話しかけてきた。
「お前達……星矢が目を覚ましたのなら、急いでここから立ち去った方がいい。ミスティが倒れたことが知れたら、じきに奴の仲間が襲ってくるかもしれん」
氷河は冷静にそう言って、星矢達に現在の状況を思い出させた。
元はといえば星矢達を抹殺するため最初に派遣されたのは氷河だった。
ところが氷河がその任務を果たさなかったということで、新たにミスティが表れたのだ。
ならばミスティが倒れた今、また別の聖闘士がこの場に現れないとも限らない。
もし再び白銀聖闘士と闘いになってしまったら、おそらく今の傷ついた星矢を庇って三人で闘わなくてはならなくなり、疲弊した四人にこれ以上の闘いは無謀というものだ。
ムウも氷河の言葉に賛成した。
「氷河の言う通りです。早々にこの場から立ち去った方がいいでしょう」
「あぁ……それにしても今回はいろいろと世話になったな、感謝するムウ」
聖衣の修復を依頼したこともあって、紫龍は律義にムウに礼を言った。
「構いません。どうせ私が勝手にやったこと……これ以上はありません。それでは、あなた達の武運を祈っていますよ」
ムウはそう言い残し、テレポートで星矢達の目の前から一瞬で姿を消した。
「よしっ! 行こうぜ、ここでいつまでもぐずぐずしている訳にはいかないもんな!」
傷ついた身体でそれでも威勢よく叫んで、星矢は立ち上がったが、そこで不意に思い出したように他の三人に言った。
「……そういえば、たった今まで忘れてたけど俺達が一輝から取り返した黄金聖衣はどうしたんだ? 取り戻してこい、って言われてたよな?」
ミスティの襲来によって忘れかけていたが、星矢達は奪われた黄金聖衣を取り返すために一輝と闘ったのだ。
一輝は倒したものの、その後のゴタゴタで結局黄金聖衣を持ち帰ることは出来ずじまい。
一輝と闘った洞穴は、ミスティが崩壊させてしまったので今更戻って探す訳にもいかない。
「今更ここでそれを言ってもどうにもならないだろう。それに黄金聖衣も置き去りにされていたはずだが……さすがにムウもそれまでは転送してくれなかったからな」
「あ~あ。あれをあのお嬢様に渡したら、それでもう会うつもりもなかったんだけど、最後の最後まで嫌味を言われそうだなぁ」
そんなことを呟きながらコロシアムの方へと歩き出した星矢の前に突然人影が現れた。
まさか、もう追手が来たのか!?
咄嗟に身構えた星矢達だったが、そこに立つ人物の正体に気付いたのか星矢が声を掛けた。
「なんだ、誰かと思ったら魔鈴さんか! また敵が来たのかと思ってつい攻撃するところだったぜ」
そう言った星矢の前に立っていた人物は、水着のような独特の形状をした白銀聖衣を纏った女性だった。
名前からして日本人のようだが、あいにくとその顔は無機質な仮面に覆われていて真相は不明だ。
何故そんなものを付けているのかといえば、れっきとした理由がある。
そもそも、聖闘士というのはアテナを守り闘う少年――――基本的に男性がなるものだ。
しかし、中には女性でありながら聖闘士になろうとする者も存在する。
だが敵との戦闘の最中に女性であることを意識すれば不覚を取る恐れがある。
故に女聖闘士は自ら女性であることを捨て、生涯仮面を身に付け他人に顔を見せてはならず、万が一その顔を見られてしまうと、その相手を殺すか、または愛さなくてはならないという掟があるのだ。
「なんだとはご挨拶だね。せっかくわざわざ聖域(サンクチュアリ)から来たってのに。星矢、あんた一体いつからそんなに偉くなったんだい!?」
「あはは……ご……ごめんよ魔鈴さん。そんなに怒らなくてもいいじゃないか」
僅かに怒気を孕んだような魔鈴の声に、星矢は慌てて口を濁した。
そう魔鈴は星矢が聖域で修行していた頃の師匠にあたる。
しかも、格上の鷲星座(イーグル)の白銀聖闘士であり、彼女の凄まじい修行で何度も死にそうな目にあった星矢は、今でも彼女には頭が上がらない。
「その人はお前の知り合いか、星矢?」
「そうさ。魔鈴さんは俺の師匠なんだ。でも何で魔鈴さんがここにいるんだ?」
「あきれたね。あんた達には教皇から抹殺指令が出てるんだ。そんな風にぐずぐずしてたらあっという間にやられちまうよ」
そう言って、魔鈴は星矢の方に一歩踏み出した。
「そ……そうだった。じゃあね魔鈴さん、また後で!」
今にも次の白銀聖闘士が現れるかもしれない。
そんな思いで駆け出した星矢が魔鈴の横を通り過ぎようとしたその時、いきなり魔鈴の手刀が星矢の身体を貫いた。
「えっ……ま……魔鈴さん、何を……!?」
魔鈴の手刀がペガサスの聖衣を貫通して胸のあたりに大きな穴を空けている。
突き刺さった腕は夥しい量の血で赤く染まっていた。
「バーカ、あたしだって白銀聖闘士だよ。当然あんた達の抹殺指令はあたしにも下っているのさ。せっかく一人倒したのに残念だったね」
魔鈴は星矢の胸から手刀を引き抜き低い声でそう言うと、信じられないといった顔で星矢はそのまま前のめりで地面に倒れ込む。
一瞬の出来事に、心臓の辺りから血を噴き出してゆっくりと崩れ落ちる星矢の姿を、三人は呆然と眺めているしか無かった。
「そ……そんな、あなたは星矢の師匠でしょう!?」
「確かにそうだけど……まぁ、諦めな。もう指令は下ったんだ。命を狙われているのにぐずぐずしてるあんた達が悪いのさ」
魔鈴はそう言い放つと同時に瞬に向けて拳を飛ばした。
それを見た瞬は、聖衣に装備されている二本の鎖の内の一本を自分の周りを覆って螺旋を描くように展開した。
「クッ……守れ! ローリングディフェンス!」
音速を越えた拳の衝撃が、鎖の守りとぶつかり合って弾けた。
瞬の周りを旋回する鎖は、魔鈴の放った拳を完璧に防ぎ切っている。
「僕のこのアンドロメダの聖衣に付いている星雲鎖(ネビュラチェーン)は聖衣の中でも最高の防御本能を誇るんだ。残念だけどあなたの攻撃は僕には通じないよ!」
「そうかい、じゃあこっちも本気でいくよ!」
「えっ!?」
次に放たれた拳は、速さ、威力共に先程のものを遥かに上回っていた。
瞬が驚く隙もなく、拳の衝撃を受けた星雲鎖はその圧力に耐えきれずにあっさりと粉々になって砕け散った。
「なっ……星雲鎖が砕けるなんて……! それに今のは星矢の流星拳!?」
「別におかしくはないだろ。あたしは星矢の師匠さ……このぐらい出来て当然だよ。さぁもう一度くらいな!」
「うわあぁぁぁぁ!!」
弟子である星矢のそれを越える速度で魔鈴が放った流星拳は、星雲鎖を砕かれ身を守る術を失った瞬の聖衣を砕いて瞬自身をも大きく吹き飛ばす。
そしてそのまま地面に叩きつけられた瞬は、再び起き上がってくることはなかった。
「瞬! おのれ……たとえ女といえども容赦はせんぞ! いけ! 廬山昇龍覇!!」
天を突く昇龍の拳。
紫龍の修行地である中国は五老峰に流れる廬山の滝の大瀑布をすら逆流させると言われた一撃を、紫龍は躊躇うことなく魔鈴へと放った。
だがしかし、龍の闘気を纏ったその拳を魔鈴は片手をかざしただけで容易に止めた。
「なにい!」
「やれやれ……こんなんで逆流するなんて、廬山の大瀑布とかいっても高が知れてるね」
昇龍覇などどうにでもなるといった様子で魔鈴は紫龍の拳を打ち払うと、即座に迎撃の構えを見せた。
必殺の想いで撃ち込んだ一撃を軽くいなされた紫龍は、追撃するどころか対応することも出来ない。
だが魔鈴もまた次の攻撃に移ることは出来なかった。
ふと気付いたように動きを止めた彼女の周りには、その身体を拘束するかのようにいくつもの氷の輪が宙に浮いている。
「氷河!」
「カリツォー……これでお前の動きは封じた……もはや指一本動かすことはできん」
氷河の小宇宙が高まっていくにつれて、氷の輪はどんどん増える。
そして動けなくなった魔鈴に対して凍気を込めた拳を放った。
「そのまま凍り付くがいい……このダイヤモンドダストでな!!」
まるで目に見える程に巨大な雪の結晶が迫ってくるかのような圧倒的凍気。
氷河の拳は原子の動きを止めることで物質を凍り付かせることが出来る。
それこそが、彼をして八十八の聖闘士の中でも二人しかいない氷の聖闘士と呼ばれる所以なのだ。
「ちっ……厄介な技を! ハァッ!」
魔鈴は己の小宇宙を高め、気合を込めてカリツォーを破壊した。
だが直後に襲いかかってきた凍気の拳を避けることは出来ず、氷河のダイヤモンドダストの直撃によって全身が凍り漬けになる。
「今だ! 二人がかりでやるぞ! 舞え白鳥! ホーロドニースメルチ!!」
凍った魔鈴にも追撃の手を緩めず、氷河は己の持つ最大の拳を放つ。
紫龍もそれに合わせて小宇宙を高め、再度必殺技を撃った。
「燃えろ龍よ! 廬山昇龍覇!!」
空高くまでたちのぼる巨大な氷の竜巻と、滝を駆け昇る龍のごとき一撃が、凍り付いた魔鈴を飲み込んだ。
どちらも紫龍と氷河の持つ最大の拳。
これをまともに受けて立ち上がってくるようなら、もはや二人の勝ち目は無きに等しい。
しかし、彼らの背後から聞こえてきたのは非情な声だった。
「やれやれ、今のをまともに浴びたらいくらなんでも危なかったね」
「なっ……バカな! あの状況で俺達二人の攻撃を避けただと!?」
確かに彼女は自分のダイヤモンドダストで凍り付いて、その後の攻撃を回避出来るはずはなかった。
立ち尽くす氷河に向けて、魔鈴がその種明かしをした。
「簡単なことさ。物質はどんなものでも凍結する温度というのは決まっている。聖衣だって例外じゃあないんだよ。青銅聖衣なら-150℃、白銀聖衣なら-200℃で完全に凍結する、といった具合にね。あいにくだけど、お前の凍気は白銀聖衣を凍らせる温度にはまだ達してなかっただけのことさ」
攻撃を受ける直前、魔鈴は凍結状態からギリギリで脱出し、辛うじて二人の攻撃を避けることに成功したのだ。
女性用の聖衣は男性用のそれよりもずっと露出部分が多いが、それでも聖衣というだけあって装備者を守りきったようだ。
「これ以上時間をかける訳にはいかないからね。一撃で決めさせてもらうよ!」
そう言うと魔鈴は天高く舞い上がった。
そして空中で体勢を整え、マッハの速度で一気に急降下。
空を切り裂く超音速の蹴りが棒立ちの二人に突き刺さる。
「くらいな! イーグル・トゥ・フラッシュ!!!」
その速度、その威力。
迫り来る蹴りの動きを見切る以前に、既に魔鈴の一撃は紫龍の身体を捉えていた。
「クッ……!」
なんとか聖衣の中でも最硬と呼ばれるドラゴンの盾をかざして攻撃を防ごうとする紫龍。
その動作はギリギリの所で間に合った。
だが魔鈴の蹴りを盾で受けた次の瞬間、最強のドラゴンの盾が木っ端微塵に砕け散る。
「なにっ!?」
更にそれでも威力は受け止めきれずに、氷河をも巻き込んで二人まとめて吹き飛ばされた。
「グハァッ!」
紫龍達もまた激しい砂埃を巻き上げ地面に激突し、そしてそこから起き上がることは無かった。
「ずいぶん手間取っちまったね。でも……なんとか間に合ったか……」
ピクリともせず倒れた四人を見て、魔鈴はそう呟いた。
「おおっ! 青銅共を倒したか! ミスティの小宇宙が消えてしまったから来てみたが、思ったよりもあっけなかったな」
そう声を掛け近づいてきたのは、魔鈴やミスティと同様に青銅聖闘士抹殺の命令を受けた白銀聖闘士達だった。
「それにしても、ミスティを倒した奴らを四人同時に葬るとはさすがだな、魔鈴」
近づいてきた四人の白銀聖闘士の中の一人が、そう言って魔鈴に目を向けた。
「なんだかんだ言っても、あいつらは結局相手が知り合いだってだけで闘えなくなるような甘ちゃんなのさ。そんな奴らなんて、造作もないよ」
魔鈴はそう告げるると、その場を離れるように四人に背を向けて立ち去ろうとした。
それを咎めるような白銀聖闘士達の反応も気にしてはいないようだ。
「待て。どこへ行くつもりだ?」
「ひよっことはいえ、聖闘士を四人も相手して少し疲れてるんだ。後の処理はあんた達でやっておいてくれないかい?」
さっきとは別の男だったが、その男の方を向くことなく魔鈴は答えた。
男はしぶしぶといった様子ではあったが、その言葉に従い倒れた星矢達の方へと向き直る。
「フム……そうだな。処刑が完了した証にこいつらをここに埋めておくか」
白銀聖闘士達は、既に息絶えた星矢達の方へと歩きながら、言った。
掟を破った見せしめとして、星矢達が殺されたことを全世界の聖闘士に明らかにしなければならない。
そのために、ここに彼らの墓を建てるのだ。
だがその時、今まで一言も話さなかった男が突然魔鈴に話しかけた。
「……いい加減に白状したらどうだ? どうせ奴らが俺達から逃げることは出来んぞ」
「何のことだい」
「フッ……この俺が気付かないとでも思ったのか? お前はそこの青銅聖闘士共を殺した、と見せ掛けて俺達が去った後で再び起こすつもりだったのだろう?」
「!」
一瞬魔鈴が動揺したように見えた。
そしてその不審な様子に、周りの白銀聖闘士達も魔鈴を取り囲むように動いた。
「そういえば、あんたは聖闘士の中でも特殊な技を持ってたね。あたしの心を読んだってのかい?」
彼女にしては珍しく声を荒げている。
あるいはそれを予測出来なかった己の不明を悔やんでいるのかもしれない。
「そうだ。サトリの法によって心を読むことが出来るこの俺には分かっているぞ。お前は青銅共を殺してはいない、仮死状態にしただけだということがな!」
「それで……どうするつもりだい?」
「知れたこと! 再び青銅を殺してお前も聖域への反逆罪で処刑する!」
「バレちゃってたなら仕方ないね。潔く降参しようかしら………なんて、言うと思った?」
「何だと……?」
瞬時に魔鈴が動く。
一瞬の内に不意討ち気味に放たれた拳は、彼女を取り囲んでいるという状況で精神的に油断していた白銀聖闘士達の意識の外にあった。
魔鈴の周囲の全方位に向けられた音速拳は、一時的に彼らの視界を奪いその一瞬の隙を突いて彼女は彼らの目の前から姿を消した。
「クソッ! 一体、どこへ消えた!」
目前にいながら魔鈴を見失ってしまったことに動揺したのか、白銀聖闘士の一人が拳を出鱈目に振り回しながら叫んだ。
だが先程魔鈴の嘘を見破った男は冷静だった。
「落ち着け。頭に血を上らせると、魔鈴の思うつぼだぞ。ここは俺に任せろ」
そう言って男は少しの間瞑想すると、突然片腕を軽く振り上げた。
次の瞬間、まさに男が腕を振り上げたところに男の首を狙った鋭い手刀が振り下ろされる。
「気配を消して背後から攻撃しようとしても無駄だ。どれほど気配を消しても、俺にはお前の次の動きが見えているぞ! この猟犬星座(ハウンド)のアステリオンにはな!」
アステリオンはそう告げると、魔鈴に向けて拳を放った。
軽く舌打ちしつつその拳を捌くと、魔鈴は大きく跳躍して白銀聖闘士の包囲網から逃れた。
「やっぱりあんたには不意討ちなんて通じないか……! アステリオン」
アステリオンの反撃を防ぎながらも、背後から完全に気配を絶って攻撃したにも拘わらずあっさりと止めて見せたアステリオンに対して魔鈴は心中で舌を巻いた。
まず真っ先に四人の中で最も厄介なアステリオンを排除しようとした目論見も外れてしまった。
不意討ちが通用しなければ、いかに彼女といえども四人の白銀聖闘士を倒すことなど出来はしない。
「……仕方ないね。星矢! もう目は覚めただろう!? あんた達も加勢しな!」
魔鈴が未だに倒れている星矢達に叫んだ。
すると、先程まで死体のようにピクリともしなかった四人がゆっくりと起き上がった。
「うぅっ……あれ? 魔鈴さん? 俺は確か魔鈴さんに胸を貫かれて……」
現状を把握していないのか、星矢はそんな緊張感の欠片もない台詞を言って立ち上がった。
そしてハッと気付いて己の身体を確認すると、心臓はおろか聖衣にも貫かれた傷は残っていなかった。
「それにあれは白銀聖闘士か? どうしてあいつが闘っている?」
他の三人も次々と立ち上がり、目の前の状況が理解出来ずに首を捻っている。
「やはり幻覚をかけていたか……俺達より先にここに向かったのは、奴らを殺したと思わせるにはその方が都合がいいからだな? 高位の聖闘士は相手に幻覚をかけて眩惑させられると聞く。だが魔鈴、お前にそんなまねが出来るとは思わなかったぞ」
アステリオンは他の三人と共に、未だ混乱しつつも戦闘態勢に入った星矢達の方に近づいてきた。
魔鈴は星矢達に事情は後で伝えると約束し、全員で白銀聖闘士達と対峙した。
「いいかい……アステリオンの相手はあたしがやる。あんた達の役目は他の三人を倒すことだ」
「ああ、分かったよ魔鈴さん。あんな奴らさっさと倒して加勢してあげるよ!」
「そうだね、今度こそ僕も星矢と一緒に闘うよ!」
「相手の数が俺達より少ないからといって油断は禁物だぞ」
「俺はたとえ誰が相手だろうとクールに闘うだけだ」
『いくぞ!』
皆が互いの意思を目で確認すると、立ちはだかる白銀聖闘士に向かって飛び出した。