もし青銅が黄金だったら   作:377

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第二十二話 待ち受ける海将軍

 見上げた空は、一面の水で埋め尽くされ、地上を照らす光は微かにしか届かない。

 揺らめくような淡い青色の光が広がる世界。

 ここは、海皇ポセイドンの支配する海底の都、アトランティス。

 

 

 

 現在地球全体を覆うように猛威を奮っている豪雨によって引き起こされる海面の水位上昇は、徐々に陸地を呑み込もうとしていた。

 このままでは、やがては全世界をも水没させてしまうであろう勢いで。

 そうなれば、もはや地上というものがこの世から消えて無くなってしまうことは明らかだった。

 人ならぬ神によってもたらされるこの未曾有の災厄を、人の手で止め得るのか。

 

 だがしかし、そんな状況の中であっても、敢然と海底世界に降り立つ者達がいる。

 それは、神話の時代より続く熱き血潮の戦士達。

 戦神アテナの名の下に、この世の邪悪と闘う希望の戦士、その最強の聖闘士達が遂に立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 「戻ったか、テティス」

 

 「はっ、海龍(シードラゴン)様!」

 

 海底神殿にて、地上から帰還したテティスは、五老峰の老師の所に現れ、聖域へと宣戦を布告してきたことを海龍に報告していた。

 

 脅しの意味も込めて、アテナが聖域を離れ城戸沙織として行動している時にその守りに就いている聖闘士を狙って、海将軍(ジェネラル)の一人、海魔女(セイレーン)のソレントが地上に向かったのが数日前。

 首尾よく数名の聖闘士を撃破し、海底に戻ってきたソレントを迎えたのは海闘士達の歓声ではなかった。

 

 神殿へと向かうソレントを出迎えた海闘士達に、さざ波のように広がるざわめきと驚愕の声。

 彼の姿を目にした瞬間、海底の誰もが声を上げずにはいられなかった。

 ソレントの後ろから悠然と歩を進めるその原因。

 そこに現れたのは、神話の時代からの因縁の相手、彼らの主・ポセイドンの宿敵――――戦神アテナ!

 

 そのアテナが、明らかに敵地であるこの海底神殿にたった一人で乗り込んできていたのだ。

 

 海闘士の中にアテナの姿形を知っている者など、殆ど居るわけがない。

 だがそれでも、ソレントの後ろを歩む少女がアテナであることを疑う者は、その場には誰一人として存在しなかった。

 

 同じ神であるポセイドンに仕えるからこそ、アテナの全身から迸る空間を覆い尽くすような圧倒的な小宇宙に息を呑むしかない。

 ざわめきの後、静寂と緊張が一斉に海闘士達に広がっていった。

 海闘士を総べる存在であり、海底の精鋭たる海将軍のひとりであるソレントですら、海底神殿に至るまで後ろを振り向くことはしなかった。

 

 「バカな……」

 

 現れたソレントの前で海龍が声を荒げた。

 アテナの周囲の聖闘士を撃破してくるはずが、まさかその本人を連れて戻るとは。

 

 「ソレント! なぜアテナがここにいる!?」

 

 突如目の前に現れたアテナを見て、海龍の顔色が変わる。

 その声には、普段の口調とは違い明らかな動揺が含まれているのが分かった。

 しかし、それに答えたソレントにしても、アテナに対する緊張からか、強張った表情であるのには変わりなかった。

 

 「私が聖闘士と闘い、丁度止めを刺そうとした時……突然彼女が現れ言ったのだ。自分をポセイドンの所へ連れて行けと。その瞬間、私の身に言い知れぬ恐怖が走った……戦意は感じられなかったにも係わらずな。やむ無くこの海底へ連れて来ざるを得なかった。察して欲しい」

 

 終始浮かない顔でそう言い終えると、ソレントは仲間達の所に戻っていった。

 もしかしたら、その理由は実際にアテナを連れてきたソレントにも、分かっていないのかもしれない。

 だが、武器も味方も無しに単身で海将軍を威圧するアテナの姿に、脅威を感じない者は無かった。

 しかし、それでも敵は敵。

 ここまで堂々とやって来られては彼らの沽券に関わる。

 何としてでもアテナをここから追いやるか、倒してしまわなければ。

 ジリジリとアテナを取り囲むように動き始める海闘士達。

 だが、それも神殿の奥から聞こえてきた声に掻き消される。

 

 「待て」

 

 海闘士の動きを止めたのは海皇の一喝。

 威厳に満ちたその声を聞いただけで、海将軍を除いた者達は動きを止めて皆一斉に跪いた。

 

 「お前達。アテナを残して下がれ」

 

 「し…しかし、ポセイドン様……」

 

 「聞こえなかったのか。今すぐ下がれ」

 

 「は、ははぁっ!」

 

 頭に直接響き渡るような、絶対的な威厳を持つその声。

 正しく神の響き。

 

 やがて神殿の奥からポセイドンが姿を現した。

 海闘士や海将軍達は、対峙する二人を避けるようにその場から立ち去っていった。

 無人となった神殿にただ二人残されたのは、神であるアテナとポセイドン。

 その後、二人の間に何があったのかは、誰も知らない。

 

 だがしばらくして再び海闘士の前に現れたのはポセイドン一人だった。

 ポセイドンは、アテナをメインブレドウィナに幽閉したことだけを彼らに告げると、そのまま神殿の奥へ消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なるほど、お前はそれを伝えてきたというのだな、テティスよ」

 

 「はい、海龍様」

 

 「ククク……アテナを囮として聖闘士をこの海底に誘き寄せ、ノコノコやって来た所を叩き潰すはずだったが……流石に早いな。来たか!」

 

 その時、海龍の前に跪くテティスの背後から轟音が響いた。

 思わず振り返ったテティスの目に飛び込んできたもの、それは――――光輝く黄金聖闘士達!!

 

 「な、なにぃ! 如何にアテナを連れ去られたとはいえ、まさか青銅や白銀ではなく真っ先に黄金がやって来るとは! 正しく聖域は、全力で海底に攻め込んで来たというのか!?」

 

 テティスは悲鳴を上げるように叫んだ。

 いずれ聖闘士が海底に攻めてくるのは想定済みではあったが、彼女もまだ五老峰への宣戦布告から帰ったばかりである。

 聖域の聖闘士がこれほど早く海底神殿に到着するのは予想外だった。

 しかもそれが他でもない、聖闘士の最高位である黄金聖闘士だとは。

 

 だが、そんなテティスに代わってゆっくりと彼らの前に進み出たのは海龍。

 マスクに隠れていて表情ははっきりしないが、その態度には明らかな余裕が見て取れる。

 

 「フッ……まさかいきなり黄金が来るとは思わなかったわ。大物だが……却ってこちらには好都合よ! ここで我らにとって最大の障壁となるであろう貴様らを討ち取れば、聖域の戦力は激減する!」

 

 「海闘士風情が大層な口を利く……だが果たしてそれが出来るか?」

 

 ただの海闘士のテティスは黄金聖闘士の登場には驚くしかなかったが、それをむしろ好都合だと言い放つのは海将軍である海龍。

 応えるは海底に現れた黄金聖闘士の筆頭、サガ。

 

 「大層な口か…あまり俺達を舐めない方がいいぞ……ジェミニのサガ!」

 

 「!!」

 

 サガの目が大きく見開かれた。

 その顔を見た海龍はニヤリと口元を歪めると、黄金聖闘士に背を向ける。

 

 「待て! お前は……!」

 

 海龍がそのまま立ち去りそうな気配を感じたサガは、咄嗟に声を発した。

 

 「いや……アテナはどこに居る!」

 

 「ククク、どうせ聞くだけ無駄な事だが……テティス! アテナの居場所を教えてやれ。俺は自分の柱でこいつらを待っているとしよう!」

 

 そう言い残して海龍は神殿から姿を消した。

 

 そして一人残されたテティスは、鋭い視線を向ける黄金聖闘士達に、アテナが今陥っている状況について語り始めた。

 

 彼女曰く、ポセイドンの最終目的は、地上を海に沈めて人間によって汚された世界を粛正すること。

 そのために、現在世界中に降らせている雨の勢いを弱めようと、アテナは自ら人柱となって幽閉されている。

 アテナが幽閉されているのは神殿のずっと奥、海底でも一際その存在感を示す巨大な柱、天に向かって聳え立つ海の礎、メインブレドウィナ。

 それは、頭上に浮かぶ世界の海を押し退け、文字通りこの海底都市を支えている柱なのだ。

 そして、そのメインブレドウィナの周りを支えている支柱の存在。

 北大西洋、南大西洋、北太平洋、南太平洋、北氷洋、南氷洋、インド洋の七つの海にある七つの柱を、一本につき一人の海将軍が守っている。

 それら全てを破壊しなければ、神の力に守られたメインブレドウィナは決して砕けず、アテナを救い出すには、どうしても七人の海将軍を撃破して柱を破壊する必要があるということだった。

 

 「分かったか! たとえ黄金聖闘士だろうと七人の海将軍の全てと海皇ポセイドンまで相手にして勝ち目などあるはずが無い! 即ちアテナを救い出すことなど不可能なのだ!」

 

 「どうする、サガ?」

 

 このまま相手の言う通りにするのか否か。

 だが問われたサガは、何故か視線をテティスの方へと向けた。

 

 「一つ聞いておきたいことがある。今の海将軍……海龍といったか。奴の守る柱はどこだ?」

 

 「海龍様の……? なぜお前がそれを聞く」

 

 「答えろ!」

 

 「クッ……海龍様は北大西洋を守っている……」

 

 ただの海闘士でしかないテティスが、黄金聖闘士の放つ威圧に耐えられないのも無理はない。

 サガを睨む姿に僅かながらのプライドが見てとれるが、所詮は獅子の前の仔犬のようなもの。

 そうか、とだけ言うとサガはこの先の行動を決断した。

 

 「……神の力を侮ることはできん。敵の手に乗るのは癪だが……まずは支柱を砕くことを優先しよう。そして、必ずやメインブレドウィナを打ち砕くのだ!」

 

 サガの言葉を受け入れた黄金聖闘士達は、それに目で頷いた。

 次の瞬間、七つの黄金の光がそれぞれの支柱に向かって散っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――北太平洋

 

 遥か遠くからでも見える、海底に屹立する柱を目指して疾走する聖闘士が一人。

 駆け抜けた後には、ポセイドン軍での雑兵とでも言うべき者達が轟音と共に一瞬で吹き飛ばされ、散っていった。

 やがて目的の場所が近づいてくる。

 目前に迫った巨大な柱を打ち砕かんと放たれる拳――――そして、それを片腕で受け止める一人の男。

 

 「フッ……危うく柱に当たる所だったではないか。この柱にかすり傷でも付ければ、お前の命を以てしても足りないほどの大罪となるのだぞ?」

 

 そう言ってその男は姿を現した。

 全身を覆う鱗衣(スケイル)と強大な小宇宙。

 間違いない、この男こそが海将軍。

 

 「お前がここ北大西洋の守護者か!」

 

 「そうだ! 私は北太平洋の柱を守る七将軍が一人、海馬(シーホース)のバイアン!!」

 

 堂々と自ら名乗りを上げ、柱を背にして立ち塞がる海将軍、シーホースのバイアン!

 

 「よかろう……相手にとって不足は無い! 俺の名はアイオリア! レオのアイオリアだ!!」

 

 現れた黄金聖闘士! 獅子座(レオ)のアイオリア!

 

 

 

 


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