もし青銅が黄金だったら   作:377

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第十四話 アテナのために!

 今、聖域の象徴・アテナ神像へと連なる黄道十二宮の手前にある広場のような所で、二人の男が向かい合っている。

 より正確に言えば、一方の男の後ろには身体中に傷を負い、あるいは胸に矢を受け倒れ伏す五人の男女の姿があった。

 

 思えば星矢達がここ聖域を訪れた時はまだ日も高かった。

 だが、いつの間にか太陽は傾き、そしてもう後わずかで地平線の彼方に消えていこうとしている。

 そんな夕暮れの中、星矢達を庇うようにミロの目の前に突然現れた聖闘士――その名をフェニックス一輝という。

 黄金聖闘士を前にしても一切闘気を隠そうともしない一輝の荒々しい小宇宙に、ミロはしばし見入っていた。

 

 「……フェニックスとか言ったな。史上初めて鳳凰星座の聖衣を得た男が現れたというのは聞いたことがある」

 

 一瞬身体がピクリと反応したが、一輝はそれに対して否定の言葉も肯定の言葉も口にしなかった。

 しかし、炎のように一輝の背後で燃える小宇宙が彼の心の内を表すように激しさを増す。

 

 「それがどうした……俺の兄弟達をこんな目に合わせたツケは払ってもらうぞ! この俺の拳でな!」

 

 そう、一輝と星矢達四人は血の繋がった本物の兄弟なのだ。

 両親が同じなのは瞬と一輝だけだが、他の三人とも父親は一緒――――つまりは、あの城戸光政の子供である。

 

 かつてまだ城戸沙織がアテナであると知れる前、射手座の黄金聖衣を巡る闘いの末、星矢達は見事一輝を倒した。

 そして一輝が倒れる寸前に、そのことを星矢達に語ったのだ。

 恐らく彼らがその事実を知れば、全身の血を捨てたくなる程の衝撃を受けると分かっていながら。

 

 一輝の思った通り星矢達は憎んでいた男の血を引いていると知り、激しく動揺した。

 だがやがてそれも変わっていった、共に闘った者達が実は血を分けた兄弟であったという事実。

 それは星矢達四人、そしてそれだけでなく敵であった一輝とさえも友情を超えた深い絆を作り上げた。

 そしてその闘いの後、戦場となった富士山麓からたった一人で脱出した一輝。

 いつしか彼の中にも、星矢達と同じくアテナのために闘う聖闘士という自覚が生まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アテナがアイオロスや星矢達と共に聖域へ向かっていた頃、一輝は星矢達との闘いの傷を癒すため、古くから聖闘士の療養地として使われてきた地中海のカノン島という小さな島で身体を休めていた。

 火山島であるカノン島の噴煙は古来より聖闘士の傷を治すと伝えられている。

 一輝自身も火口に身を置きその煙を浴びながら、傷が癒え、小宇宙が回復していくのを感じていた。

 その最中に感じたのだ、聖域で闘う星矢達の小宇宙を、そしてそこに強大な小宇宙が近付いていることも。

 一輝は即座にカノン島を飛び立った。

 そして聖域に辿り着いた彼が目にしたのは、倒れていく星矢達と、彼らに向けて攻撃を仕掛ける男の姿。

 今まさにスカーレット・ニードルを放とうとしているミロの姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「フ……威勢だけはいいな。だが、そんな大言を叩くだけの力がお前にあるか?」

 

 「黙れ! アテナと……兄弟達の命は絶対に取らせん!」

 

 そう叫んだ一輝の小宇宙は彼の怒りに呼応するかのように激しく吹き荒れ、まるで小宇宙そのものが高熱を帯びているのかと思われる程の灼熱の熱気が一輝の身体全体から迸る。

 

 「むっ!?」

 

 ミロでさえ、思わず息を呑むような激しい小宇宙が燃え上がる。

 

 ミロの感覚では先程闘った星矢達の小宇宙は並の白銀聖闘士と互角かそれよりも少し上といったところか。

 それでも青銅聖闘士であることを考えれば十分驚異的だと言える。

 だがこの一輝の小宇宙はその星矢達すらも大きく上回る。

 恐らく高レベルの白銀聖闘士が闘っても勝利するのは難しいだろう。

 

 「なんという小宇宙だ……とても青銅とは思えん……!」

 

 「笑止!」

 

 その一輝の姿が、一瞬の内にミロの目前にまで迫る。

 最強の青銅聖衣と謳われるフェニックスの聖衣。

 その聖衣と一体となって辺りを覆う炎の小宇宙が一輝の片手に集約される。

 

 「受けろ……星をも砕く鳳凰の羽ばたきを!」

 

 薙ぎ払うように――――打ち砕くように――――炎の拳を振り抜き叫ぶ!

 

 「鳳翼天翔ーーーー!!!」

 

 背後に浮かぶは鳳凰の姿。

 拳に纏うは灼熱の小宇宙。

 星をも砕くという凄まじい熱風が腕を、脚を、いや全身を呑み込みミロの身体を吹き飛ばす!

 

 ミロはその爆風に押され、一瞬の浮遊感の後、背中を地面に叩きつけられる衝撃を感じた。

 

 ダメージ自体は大したことは無い。

 

 神話の時代から一度たりとも完全破壊されたことが無いと言われる黄金聖衣、その鉄壁の防御を上回る攻撃力を生み出すのは黄金聖闘士でさえも難しいのだ。

 だが立ち上がったミロの耳に何かが地面に落ちたような音が響いた。

 その方向に目を向けると――――なんと!

 転がっていたのは自らの纏うスコーピオンの聖衣のマスク。

 

 「バ……バカな! 俺のマスクを飛ばす程の威力が今の一撃に込められていたというのか!?」

 

 たかが頭部に装着するだけのマスクとはいえ、黄金聖衣を弾き飛ばす程の攻撃は青銅聖闘士の力で出せるものではない。

 ミロも、思わず驚きの言葉を抑えきれない。

 

 「次はそれだけでは済まさんぞ! 今一度受けろ……鳳翼天翔!!!」

 

 巻き起こる爆風と熱気が再びミロに襲いかかる。

 

 「なにっ!?」

 

 しかし、一輝の放った二度目の鳳翼天翔は再びミロを吹き飛ばしはしなかった。

 文字通り、まるで威力が素通りしてしまったかの如く、ミロには何の影響も無い。

 

 「鳳翼天翔の威力が……まるで通用していない!?」

 

 狼狽える一輝の肩を光速の指拳が撃ち抜き、逆に一輝の方が空を舞い大地に叩きつけられる。

 そしてミロは地面から立ち上がろうとする一輝に指先を突き付け、言った。

 

 「黄金聖闘士を相手に同じ技がそう何度も通じるとでも思ったか? お前の技は疾うに見切った。その程度の拳、俺の前ではもはや涼風も同然!」

 

 「ぬうおぉぉぉおぉぉ!」

 

 だが立ち上がった一輝はミロの言葉を聞いても一考もせず、三度拳を繰り出した。

 

 「鳳翼天翔!!!」

 

 「愚か者め! その技は通じんというのが分からんのか!」

 

 鳳翼天翔を受けても平然と顔色一つ変えずに、即座に一輝の身体を貫くミロ。

 もはや完全に技が通用していないと言っても過言ではない。

 それでも構わず攻めようとした一輝だったが、不意に全身を激痛が走った。

 

 「うっ!?」

 

 痛みの源は、先程ミロが放っていた指拳による傷痕。

 フェニックスの聖衣をも容易く貫く指拳が残した傷痕は、一輝の身体に猛毒を受けたかのような激痛を引き起こした。

 その痛みに顔を歪める一輝に対して、ミロは続け様にスカーレット・ニードルを放つ。

 

 「うおぉぉぉぉぉ!!」

 

 ほんの小さな傷痕から広がる尋常ではない激痛。

 その灼熱の痛みに、一輝ですらただ叫ぶことしか出来はしない。

 

 ミロの技、スカーレット・ニードルの衝撃は人間の中枢神経を刺激し激痛を引き起こす。

 一発受けるごとにその痛みは増していき、やがて限界を超えた痛みは人間の五感を侵す。

 そして遂には死に至るのだ。

 

 一輝に撃ち込まれたのはまだ三発。

 それにもかかわらず立ち上がる脚は震え、大量の汗が吹き出している。

 

 「スカーレット・ニードルは十五発撃ち込むまでに相手に降伏か死かを迫る慈悲深い技。さあ選ぶがいい……降伏か死か!」

 

 「ぐあぁぁっ!!」

 

 更にもう三発撃ち込まれるスカーレット・ニードル。

 だがしかし、一輝は止まらなかった。

 

 「俺は」

 

 「む!?」

 

 「俺は……今まで多くの地獄をくぐり抜けてきた」

 

 愛する者の死、兄弟達との死闘。

 肉体の痛みなど比べ物にならない苦痛を、一輝は乗り越えここへ来た。

 彼の闘志は衰えることを知らず。

 奮い起つ小宇宙は更に大きく燃え上がる!

 

 「この程度の痛み、何度でも受けてやろう! だが……最後に勝利するのはこの俺だ! いくぞ!」

 

 一輝の小宇宙が激しく膨れ上がり、炎となって爆発する!

 

 「くらえ! 鳳翼天翔ーーー!!!」

 

 暴風、爆風、颶風、熱風、言葉に尽くせぬ炎の翼。

 凄まじい勢いで周囲を焼き尽くす炎の拳が、ミロに向かって押し寄せる。

 

 高熱を伴う圧力に押し切られ、徐々に後退するミロ。

 そして遂に両足が大地を離れた。

 

 「!!」

 

 吹き飛ばされ宙を舞い、そして地面に激突する――――

 

 「な……なにい!?」

 

 しかし、目の前の状況はそうではなかった。

 ミロは空中で身体を反転させ、何事も無かったかのように足から着地した。

 見てとれるダメージは――――無い。

 

 「あ……あれだけ渾身の力を込めた鳳翼天翔でさえ……黄金聖闘士にはまるで通用しないというのか!?」

 

 次の瞬間、一輝の纏うフェニックスの聖衣が弾け飛んだ。

 更に一輝自身も腰が砕け崩れ落ちるように膝を着く。

 その脚には既にスカーレット・ニードルの傷痕が。

 

 「これで合計九発……これ以上受ければ痛みのあまり発狂して廃人となるより他は無い」

 

 絶望感に追い討ちをかけるように、ミロの指先に真紅の光が灯る。

 だが一輝は未だ諦めてはいない。

 もはや満足に動くこともできない身体で、なおも闘おうとしているのがその表情からも見てとれる。

 

 「だがお前はそれで退く男ではないはず……故に、十五発全てを受け切ってもらうぞ!」

 

 激痛を呼び起こす指拳の一撃が放たれる。

 もはや一輝の体力も限界。

 為す術は無いと思われたその時――――迫り来る衝撃を何かが弾く。

 

 「なにっ! こ……これは!?」

 

 突如として一輝のの肉体を覆い尽くす紅蓮の炎。

 炎は激しく燃え盛り、そして鎮まり消えていく。

 紅の中から現れた『それ』は――――

 

 「おおっ! これぞ…………フェニックスの新生聖衣!!」

 

 砕けて散った一輝の聖衣が今ここに!

 その形状は先程ミロが砕いたものとは異なり、新たな力と躍動感に溢れた新生聖衣(ニュークロス)!

 

 「迂闊だったなミロよ! このフェニックスの聖衣は例え粉々に砕かれたとしても、一握りの灰があれば俺の小宇宙に応じて甦るのだ!」

 

 「なるほど……これが噂に聞く自己修復能力か!」

 

 ミロも現実に聖衣が目の前で復活するのは初めて見た。

 そして、その黄金聖衣にも存在しないフェニックスの聖衣の完璧な再生能力に驚嘆する。

 また新たな聖衣によって一輝自身の小宇宙も増大し、ミロに迫る勢いで更に大きく燃え上がる。

 

 「言ったはずだ! 俺は何度でも甦り、そして最後にはお前を倒すと!」

 

 油断すれば不覚を取り得る。

 そう判断したミロは、一気に加速し小宇宙を集中させた指拳で新たに甦った聖衣ごと貫こうと一直線に襲いかかる。

 それを見た一輝もミロに向かって指拳を構えた。

 

 カカァッ!!

 

 ミロと一輝が一瞬の内に交錯し互いの位置が入れ替わる。

 

 倒れたのは、一輝。

 スカーレット・ニードルは十五発打たれると死に至る。

 ならば既に十発以上受けている一輝の命のリミットはもう残り僅かのはずだった。

 だが――――

 

 「なにぃ!?」

 

 振り向いたミロは己の目を疑った。

 

 視線の先には、ゆらりと立ち上がる一輝の姿。

 しかも、その顔には苦痛の色がまるで見えない。

 気も狂うほどの激痛に苛まれているとは到底思えない、しっかりした足取りで歩き出している。

 本来十発も受ければ五感を失い、動くこともままならないはずのスカーレット・ニードルを、一体何発受けたというのか。

 それが、動けぬどころか痛みもあるのか疑わしいような無表情で平然とミロに向かってくる。

 

 すかさずそれを迎え撃たんと次々にスカーレット・ニードルを放つミロ。

 肩を、胸を、腹を、そして遂に十五発目の致命点が一輝を貫く。

 

 だが、効かない。

 

 一輝は倒れることなく突き進んでくる。

 

 「バカな! 一体何が!?」

 

 その瞬間、目の前の一輝が消える。

 そして、ミロはハッと気が付いた。

 一輝の姿は先に倒した星矢達の傍に、そしてその星矢達が再び意識を取り戻していることに。

 

 突然の状況の変化に困惑するミロだったが、その理由はすぐに明らかになった。

 

 「鳳凰幻魔拳……相手に恐怖を与え精神を破壊する魔拳だ」

 

 「なっ……!」

 

 あの交錯の瞬間、一輝の仕掛けた技がミロに命中していたのだ。

 それはつまり、僅かの間とはいえミロの意識は一輝の手中にあったということを意味する。

 

 「尤も……お前には時間稼ぎ程度にしか通用しなかったようだがな。だが、星矢達を目覚めさせるだけならばこと足りる!」

 

 「無駄だ……その青銅共はもう立つことはできん……!」

 

 しかし、その言葉に反するように、ミロの目の前で星矢達が動き出す。

 

 「なにっ!? そうか……お前真央点を!」

 

 真央点――――それは聖闘士にとっての血止めの急所であり、止血の効果があるとされる。

 そしてそれを突くことで、止血以外にもある程度の回復効果が見込めるのだ。

 ミロの拳によって一度倒された星矢達は、真央点の効果で再び立ち上がりつつある。

 スカーレット・ニードルの激痛も多少和らいだのだろう。

 徐々に意識が回復し、身体にも力が戻っていく。

 

 「何度でも立つ……か」

 

 星矢達には聞こえない小ささで、ミロは静かに呟いた。

 立ち上がった彼らの小宇宙は、また一段と大きく吹き上がっている。

 五人が五人共、青銅聖闘士の限界を遥かに超えた場所にいる。

 

 「俺達は……負けない!!」

 

 「いくぜ! ミロ!」

 

 しぶとい、諦めが悪い、などという言葉では語り尽くせない。

 身体中に血を滲ませ、全力で突撃してくる青銅聖闘士達。

 感動に近い感情を抱きながらも、ミロは彼らを迎え撃つ。

 

 「よかろう……何度立とうがこのミロが打ち倒してくれよう! だが真央点は所詮は一時しのぎの気休めに過ぎん。あと一度でも倒れれば次は無い!」

 

 ミロも再び拳を構える。

 その指先が真紅に染まる。

 

 「受けろ真紅の衝撃! スカーレット・ニードル!!!!」

 

 『うわあぁぁぁぁぁ!!』

 

 紅い光線と化したミロの拳が、まるで紙のように易々と五人の聖衣を突き破る。

 全身を駆け巡る痛みは彼らの身体能力を低下させ、更にはその気力すら奪っていく。

 地面に叩きつけられた星矢達に、もはや再び立ち上がる力など残ってはいない。

 だが――――

 

 「まさか……!?」

 

 地に臥した五人の身体が動き始める。

 

 「や……約束したんだ……」

 

 震える手で大地を掴み、残された僅かな力で這いつくばるように身を起こす。

 

 「アイオロス達が戻ってくるまで……」

 

 全身に撃ち込まれたスカーレット・ニードルの傷痕から大量の血が噴き出した。

 

 「アテナを…………守ってみせると!」

 

 立ち上がる星矢。

 星矢の言葉に突き動かされるように、瞬、紫龍、氷河、一輝も次々と立ち上がる。

 

 「うおおぉぉぉぉ!! 燃え上がれ俺の小宇宙!!!」

 

 星矢の小宇宙が爆発的な勢いで高まっていく。

 傷痕からの出血により薄れていく五感に反比例するかのように、凄まじい高まりを見せる小宇宙。

 そしてそれは遂に――――

 

 「バカな……セブンセンシズに目覚めたというのか!?」

 

 「くらえ! ペガサス流星拳ーーーー!!!!」

 

 マッハを突き抜け、加速は止まらず、遂に達した光速拳!

 弾けるように飛び交う拳が光線となって迫り来る!

 

 「ぬうっ!!」

 

 受け止めようとかざしたその手に感じる強烈なプレッシャーが拳の威力を伝えている。

 片腕では受けきれない。

 刹那の接触でそう判断したミロは、初めて両腕を使って防御に回った。

 

 「うおぉぉぉぉぉ!!」

 

 「クッ……!」

 

 腕が千切れんばかりの勢いで、あらゆる方向から光速拳を叩き込む星矢。

 そして、その勢いのままに星矢の拳がミロを押し切るかと思われた。

 だが、息切れするかのように徐々に光速に達する拳の数が減っていく。

 星矢の顔に焦りが生じるが、小宇宙と共に目に見えて拳の威力が衰える。

 このまま行けば完全に抑え込まれてしまう。

 

 だが、まだ終わりではない。

 今の星矢には、共に闘う仲間がいる。

 

 「ゆけ! チェーンよ!!」

 

 「うっ!?」

 

 ミロを拘束するようにアンドロメダの星雲鎖がその全身に巻き付いた。

 ミロは瞬時に鎖を破壊しようと力を込める。

 しかし――――

 

 「バカな……鎖が切れん!?」

 

 瞬の小宇宙で再生された星雲鎖の強度が信じられない位に上昇している。

 一瞬で砕くことが、できない。

 

 その間にも攻撃は迫る。

 更なる力を加えて。

 

 「いくぞ!」

 

 『ペガサス流星拳!!!!

 

  サンダーウェーブ!!!!

 

  ダイヤモンドダスト!!!!』

 

 拳が! 鎖が! 凍気が! ただ一点のみ、ミロを目がけて襲い来る!

 

 「うおぉぉぉぉぉ!!」

 

 拳の衝撃が浸透し、鎖が突き刺さり、吹雪が全身を凍りつかせる。

 後に続くように一輝と紫龍がミロに向かって突撃する。

 

 「受けろ! 鳳凰の羽ばたきを!!」

 

 「昇れ龍よ! 天高く!!」

 

 それぞれの持つ最大の拳を繰り出すべく、二人の小宇宙が一気に爆発する。

 それに応じて聖衣に宿りし星座の姿が、二人の背後に浮かび上がる。

 

 「チィッ!!」

 

 だがそれよりも早く、ミロが体表を覆う氷の膜を弾き飛ばし、巻き付いた鎖を破壊した。

 肉体へのダメージはあるが、膝を着いてはいない。

 目前に迫る一輝と紫龍の拳。

 構えるミロ。

 

 だが迎え撃とうとしたその時、ミロは違和感に気付いた。

 

 「しまった! 凍気が!!」

 

 強い凍気に曝された黄金聖衣は、節々に霜が発生してミロの動きを僅かとはいえ妨げる。

 

 『廬山昇龍覇!!!!

 

  鳳翼天翔!!!!』

 

 龍気を纏いし拳、天を衝く!

 爆炎と化した風巻く翼が唸りを上げる!

 

 天高く打ち上げる昇龍の拳と、灼熱を撒き散らす暴風が一体となってミロを撃つ。

 凄まじい力の奔流に抗うことができず吹き飛ばされるミロ。

 衝撃が黄金聖衣を突き抜けていた。

 この聖衣が無ければ、間違いなく死んでいたと確信できる程の威力。

 一瞬とはいえ、五人の力とはいえ、彼らの小宇宙は確かに黄金聖闘士の位に届いていた。

 

 「あ……危なかった……纏う聖衣が逆ならやられていた。黄金聖衣に助けられたか……!」

 

 負傷はしたが、相手の力は尽きかけていた。

 つい今しがたまであれほど激しく燃えていた小宇宙が、一気に失われていくのが感じられるのだ。

 そして、ミロにはまだ再び立ち上がる力が残っている。

 

 「まだだ!!」

 

 「なにい!?」

 

 宙を舞うミロの背後に星矢の姿。

 他の四人は既に倒れた。

 だが一人星矢のみが最後の力を振り絞る。

 

 「くらえミロ! この俺の最後の技を!!」

 

 後ろからミロを羽交い締めにする星矢。

 そして回転も加えて更なる高さへ押し上げる。

 

 「ペガサス・ローリングクラッシュ!!!!」

 

 大地を砕く落星双墜!

 

 紫龍と一輝の拳で吹き飛ばされた勢いに、星矢の跳躍を加えて達した超高度。

 そこから地面めがけて真っ逆さまに、二人揃って激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ペガサス・ローリングクラッシュによって頭から地面に叩き付けられたミロと、共に自爆するような形で落下した星矢の二人は、聖域の地に穿たれた大穴の底で倒れていた。

 隕石が落ちてできたようなクレーターが、その衝撃の凄まじさを伝えている。

 

 「う……クッ……」

 

 最初に立ち上がったのはミロ。

 額から血を流し全身に細かい傷を負いながらも、己の両足で立っている。

 これまでにないダメージと重い身体を引っ張って、穴を抜け出し辺りを見渡した。

 横たわる少女の傍に青銅聖闘士四人が倒れ伏している。

 

 息はある。

 辛うじてだが。

 

 ミロは微妙な感情に包まれながらも、課せられた任務を思い出し、少女の方へと近付いて行った。

 

 「確か……城戸沙織といったか……」

 

 少女――――城戸沙織は、白い簡素なドレスを着た上から、小さな黄金の矢が胸に刺さっている。 

 この少女を連れてこいというのが教皇の命令だった。

 戦士でもないのに、傷つき倒れた少女に対してそのような行いをすることに躊躇いが無いでは無い。

 だがこれも任務。

 意を決してミロは手を伸ばした。

 

 「ま……待て……」

 

 「っ!?」

 

 ありえない。

 喉元まで出かかったその言葉を呑み込み、ミロは背後を振り返った。

 先程ミロが抜け出た大穴の淵に手がかかり、這い上がるようにして星矢が現れた。

 疾うに視覚や聴覚は失われているのに。

 肝心の小宇宙すら消えかかっているというのに。 

 

 「バカな! 何故立ち上がることができる!? 今のお前は再び立ち上がったところで待っているのは死だけなのだぞ! 何故そこまで……命を懸けてまで立ち上がるというのだ!?」

 

 声を荒げるミロ。

 だが、俯きながらも星矢の口元に微かな笑みが浮かぶ。

 

 「フッ……何故か、だと? 決まっているさ……」

 

 それに続いて、ゆっくりと瞬が目を開けた。

 

 「そうだよ。聖闘士になった時から……いや、お嬢さんの正体を知った時から……」

 

 瞬の言葉を紫龍が引き取った。

 

 「この世界を……地上の平和を守るために……」

 

 氷河も続ける。

 

 「愛する人々のために……」

 

 そして最後に一輝が言った。

 

 「俺達が闘う理由は唯一つ……」

 

 次の瞬間、五人の言葉が重なった。

 

 『アテナのためだ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミロは言葉を失った。

 彼自身とて正義のために闘っているという自負はある、あった。

 だがしかし、目の前の少年達の覚悟に比べてこの想いはどれだけ勝っているだろうか。

 ミロは必ずしも力が全てだとは思わない。

 感情に引き摺られることもあるが、彼自身は自らの中にある確固とした正義のために闘うと決めている。

 

 その正義が、揺らぐ。

 

 星矢達の後ろに横たわっている少女は、果たして真のアテナなのだろうかと。

 思い浮かぶのは、日本で見た全てを包み込むような暖かく雄大な小宇宙。

 その際に感じた教皇への不信感、そして目の前に立つ少年達がアテナと信じる少女のために命を賭ける、その姿。

 聖闘士とはアテナのためにこそ力を尽くして闘う戦士。

 この少年達は、そこまで――――

 あらゆる想いが渦を巻き、やがて ミロは心を決まった。

 

 「えっ?」

 

 思わずどこか間の抜けたような声が零れる。

 星矢達の前に立っていたミロが、アテナに背を向けたのだ。

 それどころか、既に攻撃的な小宇宙も消えている。

 

 「この勝負……俺の負けだ」

 

 「ミロ……」

 

 「お前達程の聖闘士が……何度も倒れ、命を懸けてまで闘おうとしている。今ならばこのミロも信じることができる……お前達の信じる城戸沙織こそ、まさしく今上のアテナだと!」

 

 「そ……それじゃあ…」

 

 「ああ。俺は、もう教皇の命令に従うつもりは無い。逆に……教皇に問い質すことができた!」

 

 ミロは星矢達にも背を向けると、十二宮の彼方にある教皇の間を見上げた。

 その顔には強い決意と覚悟が見える。

 

 「アイオロスは……既に教皇の間へと向かったのだな?」

 

 「あ……うん。ムウと一緒に行ったぜ」

 

 「そうか。ならば俺も教皇の下へ行こう。もうこれ以上の追手は無い。後のことは、俺に任せろ!」

 

 ミロは星矢達にそう言い残すと、一瞬の内に十二宮へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無人の白羊宮を全速力で駆け抜け、そのまま第二の宮に突っ込んでいったミロの前にアルデバランの巨体が現れる。

 

 一瞬だけ光速に加速したミロは、刹那の速さでアルデバランの横をすり抜け金牛宮を後にした。

 

 そして双児宮、巨蟹宮、獅子宮と高速で走り抜けていく。

 遮る者は既にいない。

 あっという間に処女宮まで辿り着いた。

 

 シャカは相変わらず座禅を組んだままの姿で、いきなり飛び込んできたミロに目を向ける間も無く、既にミロは処女宮を通り抜けていた。

 そして天秤宮、天蠍宮と抜けて、九番目の人馬宮にたどり着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ミロ!? 天蠍宮にはいなかったが、まさか俺達を追ってきたのか!」

 

 人馬宮でアイオロス達と遭遇したミロに、真っ先にアイオリアが拳を構えて立ちはだかった。

 

 「待て! 俺はお前達と闘うために追ってきた訳ではない!」

 

 「なら何をしに来たと言うのですか?」

 

 ミロがそれを否定すると、ムウがアイオリアを遮って冷ややかに問いかけた。

 ムウの知る限り、ミロが自分の宮を抜け出して、わざわざここまで追ってくる理由は無い。

 それだけに、彼に対する疑惑の念が頭をもたげる。

 

 「その理由はお前達と同じだ。俺は……城戸沙織をアテナと信じる……もう教皇は信用できん。教皇の間への道を阻む者があれば、このミロも共に闘おう!」

 

 アイオロスはミロの目を見た。

 ミロ自身の気性を表したような、荒々しくも真っ直ぐな光を宿している。

 そしてアイオロスは小さく頷き、そして告げた。

 

 「そうか……ミロよ、感謝する」

 

 そう言うと、ムウとアイオリアもミロへの疑念を打ち消したのか、身体の緊張を解いた。

 アイオロス達は、これまでの闘いで皆既にかなりのダメージと疲労が溜まっている。

 そこに敵ではなく、味方となってくれる黄金聖闘士がいるのはありがたい。

 何故なら――――

 

 「こ……これは!」

 

 ミロも驚愕を隠せなかった。

 なんとそこにあったのは巨大なる氷壁。

 人馬宮の出口へと続く道の途中、アイオロス達の行く手を阻むように、途轍もない冷気に包まれた氷の壁が完全に道を塞いでいた。

 

 「これほどの氷壁を作り出せるのは、凍気の使い手である水瓶座(アクエリアス)のカミュを措いて他にないでしょう。彼の氷は黄金聖闘士でも壊せないと聞く」

 

 氷の表面を軽く撫でるようにして、その凍気を感じながらムウが言った。

 

 人馬宮に最初に到達したのはムウだった。

 そして、この氷壁を破壊しようと光速拳を放ったが傷一つ付けることはできなかったのだ。

 それだけを見ても、氷壁が尋常な技や威力では壊せないのが分かる。

 少ししてアイオリアが人馬宮に辿り着いたが、かなり小宇宙の消耗が激しかったために、後から来るであろうアイオロスを待つことにした。

 その後、アイオロスがやって来るのとほぼ時を同じくして、ミロが姿を現したのだ。

 

 改めて氷壁に向き合う黄金聖闘士達。

 共に闘う仲間が増えたので、四人で一斉にこの壁を壊そうとするアイオロス達だったが、それをミロは制止した。

 

 「この氷壁……カミュの氷は、徒に壊そうとしても壊せるものでは無い。カミュとは長い付き合いがあるのでな、それは良く知っている」

 

 そう言って目の前の氷壁に向けて指拳を構えるミロに、アイオリアが言った。

 

 「ミロ、この壁を一人で破壊する気か?」

 

 「そうだ。さっきも言ったがこの壁は多人数でかかっても容易には壊せないだろう。だが、カミュの凍気と言えど決して完璧ではない。氷壁のどこかに必ず原子数個分程の僅かな揺らぎが存在するのだ。そしてそこを突き崩せば、この壁は破れる!」

 

 ミロは小宇宙を高めて集中する。

 

 「ハッ!!」

 

 氷壁に真紅の光が突き刺さる。

 

 次の瞬間、氷壁のとある一点をミロの指拳が貫いた。

 その一点の周囲に小さなひび割れが生じ、やがてそれが亀裂となって壁全体に広がってゆく。

 

 「おおっ! 壁が……崩れる!」

 

 バァァァァァァン

 

 氷壁が轟音と共に崩壊した。

 辺りには氷が溶けたせいで大量の水蒸気が発生している。

 閉ざされていた人馬宮の出口への道は開いた。

 

 先へ進む黄金聖闘士は四人。

 教皇の間まで、残りの宮は、あと三つ。

 

 

 

 

 

 


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