もし青銅が黄金だったら   作:377

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第十三話 もう一つの攻防

 処女宮を抜けたアイオロスは先に行ったムウとアイオリアを追っていた。

 天舞宝輪によって奪われた感覚も徐々に戻ってきている。

 走るペースを上げながら、段々と次の天秤宮に近付いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「天秤宮……老師は今、五老峰にいるからここは無人のはずだな」

 

 そうは言ってもやはりある程度は周囲を警戒しつつ天秤宮の中を進んでいく。

 当然だが老師はおろか、ムウ達の姿も宮の中には見えなかった。

 もしかするとこの先の宮で守護者と既に対峙している可能性もある。

 大きな小宇宙は感じられないため何とも言えないが、次の宮は蠍座(スコーピオン)のミロが守る天蠍宮。

 

 「日本での様子からして……闘いは避けられないか……」

 

 アイオロスがそんなことを考えながら走っていると、視界の隅にこの場にあるはずのないものが置かれているのが目に入った。

 そこにあったのは鈍い金色の光を放つ、人の背丈の半分はあろうかという大きな箱だ。

 この箱をアイオロスは知っている。

 聖闘士たらんとする者なら誰もが望むものだ。

 

 「これは……天秤座の黄金聖衣か」

 

 五老峰にいるはずの老師の聖衣が何故ここに。

 考える間も無く、天秤座の聖衣はドーンという音を立てて、まるで流星のように天秤宮から飛び去ってしまった。

 

 「ひょっとすると老師も私達を見守ってくれていたのかも知れないな…」

 

 空の彼方、遠く五老峰へ向かって黄金の尾を引く様子を見て、アイオロスは一人そう呟いた。

 

 やがてその光も薄れていき、後には何も無い天秤宮が残された。

 そしてアイオロスも、先を急ぐべく天秤宮をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 所変わってここは白羊宮の門前。

 現在火時計の火は天秤座に差し掛かっている。

 アテナの胸に突き刺さった矢は時間が経つにつれてますます深く刺さっていく。

 既に黄金の矢は半分以上がめり込んでおり、心臓を突き破るのも時間の問題であった。

 

 「…なぁ、この矢本当に教皇の力でしか抜けないと思うか?」

 

 最初にそんなことを言い出したのはアテナの身を守るために留まった青銅聖闘士達の中でも、一番堪え性の無い星矢だった。

 

 「えっ……ちょっと、星矢何する気!?」

 

 「いや~だってこれ思いっきり引っ張ったら抜けそうじゃん」

 

 慌てたような瞬の声にも星矢は動じなかった、というより単に聞き流していただけだった。

 軽く無視されたようなものだが、それでも瞬はめげずに声を張り上げる。

 

 「無茶だよ星矢、そんなこと出来る訳ないよ」

 

 しかし星矢はフン、と鼻で笑って言った。

 

 「おいおい、俺達は聖闘士だぜ。こんな小さな矢の一本ぐらい簡単に抜けるって」

 

 そう言って刺さった矢に手を伸ばそうとする星矢だったが、瞬がそれを後ろから押さえつけた。

 

 「おい放せよ、瞬!」

 

 「だ……駄目だよ。放したら矢を抜こうとする気でしょう!」

 

 「別に試してみるぐらいいいだろ!」

 

 瞬から離れようとじたばたする星矢の姿を見て、堪りかねたのか紫龍も助太刀する。

 

 「おい星矢、いい加減にしろ。この矢はお前には抜けん」

 

 「何だと!」

 

 あっさりそう言ってのけられて頭に血が上った星矢は、瞬が止めるのも振り切って今度は紫龍に詰め寄った。

 

 「紫龍! 何でお前にそんなことが分かるんだよ!」

 

 掴みかからんばかりに紫龍に問い詰める星矢。

 だがその時、星矢と紫龍の間を隔てるように氷の壁が出現した。

 

 「まったく……お前達もう少し静かに出来ないのか」

 

 「むぅ……氷河」

 

 突然氷壁が現れたことで、皆もう一人の青銅聖闘士に目を奪われる。

 氷の聖闘士はアテナの傍ではなく、やや離れた位置に立ったまま星矢達に対して言葉を続けた。

 

 「だいたい、俺達にこの矢が抜ける位ならとっくにアイオロス達が抜いているだろ」

 

 「あっ…」

 

 「それに万が一抜けたとしても、もうここまで深く刺さっているのだぞ。下手に抜いたら大出血だ。そうなってしまったら俺達ではどうしようもあるまい。教皇しか抜けないというのなら、大人しくアイオロス達が教皇を連れてくるのを待って安全にこの矢を抜いてもらうのが一番だ」

 

 一分の反論の隙も無い正論を述べられて、星矢は一言も言い返すことが出来ずに項垂れた。

 しかしすぐに気持ちを入れ換えたのか、他の三人に頭を下げた。

 

 「氷河の言う通りだな。俺が悪かったよ」

 

 「フッ……別に」

 

 「うん。僕も気にしてないよ」

 

 「俺もだ。アテナを守るためにはこんないざこざを起こしている訳にはいかないからな」

 

 こうしてまた元のようにアテナの周囲を守ることにした四人。

 だがその周りは、いつの間にか人影に囲まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おい見ろよ。あの小娘を守ってるのはあんなガキの聖闘士共だ。これなら捕らえるのも楽勝ってもんだぜ!」

 

 突如現れた雑兵軍団、その先頭に立つ男が星矢達を見るなり嘲笑うように言った。

 見ると、周囲は既に何百人もの雑兵達に取り囲まれている。

 すぐに星矢達はアテナの周りに集まったが、雑兵達はその包囲網をじわじわと小さくしていく。

 

 「何だお前らは! それ以上近付くとただじゃおかないぜ!」

 

 開口一番に星矢が大声を上げた。

 瞬や紫龍も近付いてくる雑兵を睨み付ける。

 しかし取り囲んでいる雑兵達は星矢達の態度を見ても、自分達の数を恃んでいるのかまるで取り合おうとはしなかった。

 それどころか更に星矢達との距離を詰めてくる。

 

 「フッフッフ……俺達はな、そこに倒れているアテナを名乗る不届き者を捕らえるよう教皇様から仰せ付かっているのだ! 痛い目に遭いたくなかったらさっさとそこをどけぇ!」

 

 そう言って雑兵達は一斉にアテナ目掛けて殺到した。

 

 何百人もの雑兵達が押し寄せてくる中、星矢達も互いに目配せしてそれぞれの立ち向かう方向を決めると雑兵達に突撃する。

 

 「へっ、痛い目見るのはお前らの方だ! お嬢さんには指一本触らせやしないぜ!」

 

 正面から近付いてくる雑兵達に向かって星矢が駆ける。

 そして小宇宙を十分に高めて拳を放った。

 

 「行くぞ! ペガサス流星拳!!」

 

 小宇宙の高まりに応じて星矢の拳が音速の壁を超える。

 一秒間に百発放たれるというその拳はまさしく流星の如し。

 雑兵達は成す術もなく一度に十数人が吹き飛んだ。

 

 一瞬で宙を舞うことになった仲間達の姿に雑兵達の勢いがわずかに低下する。

 しかし相手はたかが四人と数にものを言わせて再び突っ込んできた。

 

 「こ……今度は相手の横から回り込めぇぇ~!」

 

 またしても先頭付近の何人かが吹っ飛ばされたが、その隙に出来た星矢の死角を掻い潜って雑兵達がアテナの元に接近する。

 そして後数mという所で、雑兵達は今度は真横から衝撃を受けた。

 

 「アテナを守るのは星矢だけでは無いぞ。受けろ! 廬山龍飛翔!!」

 

 「うわぁぁぁぁぁ!」

 

 紫龍の放った龍のオーラを纏った拳に雑兵軍団は一撃で蹴散らされた。

 どうにかしてそれを回避した一団もあったが、そこには更なる攻撃が襲いかかる。

 

 「な……何だぁ、この氷の輪は~!?」

 

 「腕が! 身体が凍りついていくぅ~!」

 

 「カリツォー……その氷の輪は増え続け、やがてお前達を覆い尽くす」

 

 氷河のカリツォーによって動きを封じられ、瞬く間に氷像と化す雑兵達。

 星矢や紫龍も攻撃の手を休めず、この時点で既に雑兵達の半分近くが戦闘不能である。

 

 「くそっ、こうなったら全員で四方から一斉に行くぞ!」

 

 雑兵達の中の誰かがそう言うと、それまでの密集形態とはうって変わって散らばったまま向かってきた。

 星矢達の力は雑兵達と比べても圧倒的だがいかんせん数が少なすぎる。

 固まって襲ってくるなら一気に吹き飛ばせるが、こう散らばられると目標が分散して上手く倒すことが出来ない、結果として星矢達の守りを抜ける雑兵が出てくるのだ。

 そして雑兵の一人が遂にアテナに手を掛けようとした、その時。

 

 「ぎゃぁぁぁっっ!?」

 

 「僕だって忘れてもらっちゃ困るよ! この鎖は触れるだけで身体に高圧電流が流れるような衝撃を与えるのさ。お嬢さんの周りには既にネビュラチェーンを敷いた、もうあなた達は近づけないよ!」

 

 「な……なにぃ!?」

 

 見ると、アテナの周囲を守るように瞬のアンドロメダの聖衣から鎖が螺旋状に伸びている。

 そして瞬の言葉通り、星矢達の攻撃をすり抜けてきた雑兵達の内誰一人としてその鎖の陣を抜けることは出来なかった。

 

 アテナを前にして進むことも出来ず後ろでは星矢達が暴れまわっているという状況で、雑兵達に出来ることは捨て台詞を吐いて逃走することだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふぅ……やっと逃げていったか。あんな雑魚が何人来たって負けるかよ」

 

 星矢は額に汗もかかずに言った。

 倒された雑兵達はまだ動ける者が運んでいったので、既に彼らの周りには誰もいない。

 氷河や紫龍もあれだけの数の兵を相手に闘っていたにもかかわらず、息一つ乱さずに再びアテナの元に集合した。

 

 「ひとまずこれで一旦敵は片付いたか。だが、まだ聖闘士が敵となって向かってくる可能性はゼロでは無い。気は抜けないぞ」

 

 「大丈夫さ。誰が来ても返り討ちにしてやるぜ」

 

 たった今雑兵達の攻撃を退けたからなのか、態度も大きく言う星矢。

 無論星矢も口で言うほど簡単だとは思っていない。

 ただ空気を明るくするために軽口を叩いただけだったのだろう。

 しかし――――

 

 「面白い! ならばこちらも言わせてもらおう! この俺の邪魔をするなら蹴散らすまでだと!」

 

 「!?」

 

 突如目の前に現れた男は彼らの想像を遥かに超えていた。

 

 全身を覆う黄金の鎧、それはその男が八十八の聖闘士の中でも最強の存在であることを示している。

 

 「ご……黄金聖闘士!?」

 

 うろたえる星矢達に男が大きな声で名乗りを上げた。

 

 「そうだ、教皇の命によりその女は連れていく。この蠍座(スコーピオン)のミロの手によってな!」

 

 ミロの小宇宙がその場で大きく膨れ上がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 星矢達は目の前に現れた黄金聖闘士に対して迎撃の構えをとった。

 そして四人全員で並びアテナの前に壁を作る。

 それを見たミロは星矢達を威圧するように言った。

 

 「そこをどけ。俺の邪魔をしなければ貴様らの命までは取らん。大人しくその女を渡せ」

 

 殺気と小宇宙が入り交じった強いプレッシャーが四人に重くのし掛かった。

 星矢達は膝を付きそうになりながらも、精一杯小宇宙を燃やして立ち向かう。

 

 「やなこった。俺達は死んでもここをどくもんか!」

 

 そして星矢は先手必勝と必殺技を繰り出した。

 

 「ペガサス流星拳!!」

 

 マッハの速さを誇る星矢の拳。

 しかしそれは黄金聖闘士に届かせるにはあまりにも力が足りなかった。

 特に防御するでもなく、その場から一歩も動こうとしないミロに向かって音速の拳が襲いかかる。

 一瞬だけ相手を貫いたように見えた星矢の拳は、何の抵抗も受けずにミロの身体をすり抜けた。

 

 「気は済んだか? お前達青銅の拳など俺から見ればわざわざ防御するにもあたらん。その場でゆっくりと回避するだけで事足りる」

 

 「クッ…! もう一度だ! 行け! ペガサス流星拳!!」

 

 「フンッ!」

 

 ミロが素早く腕を振り上げ、流星拳ごと星矢の身体を吹き飛ばす。

 その勢いで星矢は大きく弾き飛ばされ、そのまま大地に叩きつけられた。

 

 「星矢!」

 

 「どうした、次はお前らの番だぞ」

 

 いつの間にかミロが移動していた、そして三人同時に光速拳を見舞うと瞬、紫龍、氷河は何も出来ずに天高く打ち上げられる。

 

 「青銅でありながら黄金の俺に立ち向かったのは大したものだ。だが所詮は青銅、時間稼ぎにしかならなかったな」

 

 そして倒れているアテナに近付くミロの目に、立ち上がろうとする星矢の姿が映った。

 

 「ほう……光速拳を受けて立ち上がるとは、並の聖闘士ではないな。だが立ち上がってどうするというのだ?」

 

 「だ……黙れ! これならどうだ! ペガサス彗星拳!!!」

 

 ただひたすら拳を放つのが流星拳なら、拳を一点に集中して放つのが彗星拳だ。

 全ての拳が集中したその威力はなんと流星拳の数十倍にもなるという。

 

 しかし威力は上がっても速度が上がった訳ではない。

 黄金聖闘士のミロにしてみれば余裕で回避出来る攻撃、だがミロは敢えてそれを受け止める。

 

 「なにい!?」

 

 パアァァァァン!!

 

 小気味のいい音が響き星矢の渾身の彗星拳はミロのかざした掌によってあっさり止められていた。

 全力で放った拳が片手で軽々と受け止められるという屈辱。

 しかしそれでも星矢は諦めること無く拳を繰り出す。

 

 「その気迫は買うが、そんな攻撃では俺にかすり傷一つ負わせることは出来んぞ」

 

 星矢の拳をかわしながら、ミロが拳を飛ばす。

 再び光速拳をくらい吹っ飛ばされる星矢、しかも今度は岩に身体を叩きつけられ更にその岩が砕け散った。

 だがやはり星矢は瓦礫の中から立ち上がる、そして先程倒した三人も同じく立ち上がろうとしていた。

 

 その様子を見ていたミロがふと星矢達の纏う聖衣に目を留める。

 

 「そうか妙に頑丈だと思ったが、光速の拳を受けても傷一つ付かないその聖衣。ムウに修復してもらったのだな。ならば俺の攻撃に耐えたのも頷ける」

 

 その言葉に星矢達は思わず自分の聖衣を眺めた。

 

 「……聖衣の傷を直してくれただけでは無く、防御力まで大きく上げてくれていたとは」

 

 「ああ。この新たな聖衣にかけて、なんとしても食い止めてやるさ!」

 

 四人は改めてムウに感謝すると共に、再びミロと対峙する。

 彼らの全身にそれまで以上の闘志が溢れているのがはっきりと分かる。

 

 「よかろう」

 

 ミロにも星矢達の小宇宙の高まりは届いていた。

 何度光速拳を受けても、その度に立ち上がってくる姿。

 ここに来てミロは、星矢達が青銅とはいえ既に簡単に仕留められる相手ではなくなったのことを感じていた。

 

 「見せてやるぞ! 蠍の一撃を!」

 

 ミロの全身から噴き上がる小宇宙の勢いが変わった。

 目の前で起こる小宇宙の急激な高まりに、思わず星矢達の身体が竦み上がる。

 そして次の瞬間――――

 

 「うっ!?」

 

 「なにぃ!」

 

 「これは!?」

 

 星矢達の身体を突き抜ける衝撃!

 

 「くらえ! リストリクション!!!」

 

 ミロの一撃によって星矢達の全身を強烈な痺れが駆け抜ける。

 まるで自分の身体ではないかのように、指一本すら動かない。

 

 「リストリクションを受けた者は身体が麻痺し全身の動きを封じられる。……ここまでだな」

 

 動けなくなった星矢達の横を悠々と通り過ぎようとするミロ。

 だがその前に、一人の男が立ちはだかる。

 

 「氷河!?」

 

 「むっ! お前、リストリクションをかわしていたのか!?」

 

 動けなくなった三人の前で、ただ一人ミロに立ち向かう氷河。

 無言で拳を振るう氷河にミロは再びリストリクションを仕掛け、動きを封じようとする。

 だが何故かそれが氷河に通用しない。

 それどころか逆にミロの周りに氷の輪が浮かんでいる。

 

 「むっ……凍気を操るとは……お前…カミュの弟子か!」

 

 「何故お前が我が師のことを知っている」

 

 「聖闘士の中でも凍気の使い手などあの男しかおらん。それなりに付き合いもあるしな。だが……今お前が気にすべきはそんなことではないぞ!」

 

 マントを翻して輪を砕き三度目のリストリクションを放つも、やはり氷河はものともしない。

 

 「なるほど、自分の周りに氷壁を張ってリストリクションを防いだのか、水と氷の魔術師と言われたカミュの弟子というだけのことはある」

 

 「ならばもっと見せてやろう……くらえ! ダイヤモンドダスト!!」

 

 凍気の拳が突き進み、ミロを直撃した。

 ミロを覆うように氷の塊が現れ、全身を凍結させる。

 

 「おお!?」

 

 「ミロが凍りついたぞ!」

 

 しかしそう思ったのも束の間、凍りついたはずのミロを覆う氷の膜に亀裂が入った。

 そして残った氷が完全に崩れ落ちると、中から何事も無かったかのようにミロが現れる。

 

 「残念だが黄金聖衣を凍結させるには力が足りなかったようだな。そして……むっ!?」

 

 突然振り返ったミロの視線の先には身体の麻痺から解放されたのか、星矢達三人が動き出していた。

 

 「リストリクション!!!」

 

 「無駄だ!」

 

 向かってくる星矢達を止めようとリストリクションを放つが、氷河が作り出した壁の前にことごとく弾かれる。

 星矢達にまでリストリクションが通らなかったことに驚いたミロの身体がわずかの間硬直した。

 その隙を突いて、ミロの右手に瞬の鎖が絡み付く。

 

 「今だ! サンダーウェーブ!!」

 

 アンドロメダの聖衣に備わっている二本の鎖の内、ミロの片腕を拘束しているのとは逆の方の鎖が稲妻のようなジグザグの動きでミロを目掛けて突き進む。

 しかしミロは面倒臭そうに己の腕を封じている鎖に指を向けると、一息でそれを粉砕しその拘束から逃れた。

 

 「フン……こんな脆弱な鎖で黄金聖闘士たる俺の動きを止められるとでも思ったか!」

 

 そして迫りくる鎖の鋭い一撃を迎え撃たんと左腕を引いた途端、ミロの左半身が凍りついた。

 

 「な……なにぃ!?」

 

 左半身を覆う氷は黄金聖衣を凍らせるほどの力は無いが、それでも一時的に相手の動きを止めるには十分な威力。

 そして、わずかとはいえ完全に動きの止まったミロの身体に瞬の鎖が命中する。

 瞬のありったけの小宇宙を込めた鎖の一撃にミロは大きく後ずさった。

 

 「うぅっ! まさか、たかが青銅聖闘士の攻撃がこれほどの威力を持つとは…!」

 

 あと一瞬早く防御が間に合っていれば。

 しかし、戦場においてそんな思考が仇となった。

 気付いた時には、既にミロの背後に回り込んだ星矢と紫龍は拳を振り抜いていた。

 

 「ペガサス彗星拳!!!」

 

 「廬山昇龍覇!!」

 

 最下級と言っても聖闘士の拳、そして間近でアイオロスを見たことやムウの助言も相俟って、並みの青銅聖闘士とは比べ物にならない威力の攻撃がミロに襲いかかる。

 ほぼ同時に繰り出された二つの拳は対処が遅れたミロに直撃し、彼を空高く打ち上げた。

 

 「やったか!?」

 

 地面に叩き付けられた敵の姿に、思わず期待の声が上がる。

 だがそれを喜んでいられる時間はごくわずかに過ぎなかった。

 頭から落下し大地に激突したにもかかわらず、ミロは即座に立ち上がった。

 しかも黄金聖衣に覆われた身体には傷一つ無い。

 そのあまりと言えばあまりの実力差を目の当たりにしては、星矢達でさえ心が折れそうになった。

 全力で放った攻撃が通じない、これは攻撃が届かないこと以上に心に刺さる。

 攻撃が当たりさえすれば、という甘い考えすらまるで通じないほど相手の実力は強大だった。

 

 そして立ち上がったミロは、もう既に星矢達の目の前まで近付いていた。

 慌てて構える四人の前でミロは静かに小宇宙を燃やす。

 

 「…本当にここまで粘るとは思わなかったぞ。改めて言おう……お前達は大したものだ。だが思い知るがいい。さっきのリストリクションで動きを封じられていた方が、よほど楽だったということをな!」

 

 膨大な小宇宙がミロの指先に集中する。

 放たれた指拳が、光の速さで敵を貫く真紅の光針と化す!

 

 「くらえ真紅の衝撃! スカーレット・ニードル!!!!」

 

 小宇宙が高まったとは言っても、所詮は青銅聖闘士。

 光速の動きを見ることも出来ず、星矢達にミロの拳が襲いかかる。

 その攻撃は星矢、瞬、紫龍、氷河の聖衣を貫きそれぞれに一発ずつ命中した。

 

 「な……なんだ、この一撃は……?」

 

 しかし、その衝撃は彼らが想像していたよりもずっと少なかった。

 確かに吹っ飛ばされはしたが、拳の威力、勢いは最初に放っていた光速拳と大差ない。

 いやそれどころかむしろ劣っていると言ってもいいぐらいである。

 ミロの指拳は結局ムウの修復した新生聖衣を貫通しただけで、星矢達の身体にはせいぜい針で刺したような小さな傷痕を残しただけだ。

 

 だがスカーレット・ニードルの真の威力を星矢達が知るまでにさほど時間はかからなかった。

 

 「うあぁぁぁぁぁ!!」

 

 唐突に四人の身体にスカーレット・ニードルの傷痕から激痛が走る。

 まるで蠍の毒が身体中に回っていくかのように、激しい痛みが星矢達の全身を駆け巡る。

 その凄まじい痛みの前では聖闘士ですら立つこともままならない。

 そして傷口を抑えて苦しんでいる星矢達に向かってミロが口を開いた。

 

 「この俺のスカーレット・ニードルは蠍座を象る十五発。その全てを撃ち込むまでに敵に降伏か死かを迫る慈悲深い技だ。さあお前達も選ぶがいい、降伏か死か!?」

 

 ミロが星矢達に指先を向けて叫ぶ。

 もしも四人が再び抗うようなら、彼は容赦無く更なる激痛を与えてくるだろう。

 それは星矢達にとっても明白過ぎる事実。

 

 しかし、ミロは彼らの覚悟を見誤っていた。

 

 なんと! スカーレット・ニードルの激痛に苛まれながらも、星矢達は立ち上がってきた。

 彼らの闘志は未だ衰えず。

 アテナを守る、ただそれだけのために!

 

 「教皇の間に向かったアイオロス達は……何人もの黄金聖闘士を相手に闘っているんだ。それに比べたら……俺達だって、一人ぐらい止めてみせるぜ!」

 

 「そうだね。アイオロスは僕達にアテナを託したんだ! ここで諦められないよ!」

 

 星矢と瞬が痛みを跳ね返すように一気に立ち上がった。

 紫龍と氷河もそれに続く。

 

 「俺達とてアテナを守る聖闘士……こんなところで倒れていたら今まで闘った奴らに笑われる!」

 

 「四人がかりでいけばきっと勝機はあるはずだ!」

 

 

 たかが青銅聖闘士。

 相手を認めてはいたものの、ミロは心のどこかでそう侮っていたのだろう。

 だがここにきてその考えは綺麗さっぱり消え失せた。

 聖闘士として男として、星矢達は全力をもって闘うに足る。

 そしてそれこそが彼らへの礼儀だとミロはようやく認識する。

 

 これほどの聖闘士を死なせるのは惜しい。

 闘う内に、ミロもはっきりとそう思うようになっていた。

 しかし、だからと言ってこの闘いで手を抜くのは星矢達に対する侮辱でしかない。

 今こそミロも小宇宙を限界まで燃やして闘いに臨む。

 

 「良かろう……ならば俺も全力で貴様らを倒すとしよう。行くぞ!」

 

 次の瞬間、ミロの姿が四人の前から消えた。

 咄嗟に星矢が流星拳を放つも、そのことごとくが空を切る。

 

 そして一瞬の内に四人の背後に現れたミロの手によって、星矢は地面に叩きつけられた。

 即座に後ろを振り返った紫龍も、構える間も無くミロの拳に吹き飛ばされる。

 

 それを見た瞬がネビュラチェーンを、氷河がダイヤモンドダストをそれぞれ繰り出すが掠りもせずに弾き返され、二人揃って宙を舞った。

 倒れ込む四人の前で再びスカーレット・ニードルの構えを取るミロ。

 そしてその指先から真紅の衝撃が迸った。

 

 「ぐうぅぅっ!」

 

 今度は一人に二発ずつだった。

 別の箇所に傷を受け、声にならない悲鳴を上げる星矢達。

 しかしそれもまた新たな痛みに掻き消される。

 次々に撃ち込まれる激痛はやがて四人から五感をも奪っていく。

 やがてミロが攻撃の手を止めた時には、既に全員が五発もスカーレット・ニードルを受けていた。

 

 「…今までスカーレット・ニードルを十五発全て受けきった者はいない。五、六発も受ければ廃人となりそれ以上では五感を失っていくのだ。さあ、残りの十発を受けてみろ!」

 

 もはや痛み以外の感覚が消失したかのような四人にとって、これ以上の攻撃は限界だった。

 そして、薄れゆく意識の中で死を覚悟していた星矢達に放たれるミロの一撃。

 

 カカァッ!!

 

 しかし、その攻撃はすんでのところで防がれた。

 

 「っ!? 誰だ!」

 

 思わずミロが目を向けた先には、一人の男が立っていた。

 荒々しい灼熱の炎のような小宇宙を纏ったその男の背後に浮かび上がるあれは!

 

 「…よくも俺の兄弟達をいたぶってくれたな。このフェニックスの一輝が貴様の相手だ!」

 

 不死鳥見参!

 

 青銅最強と言われた男が今、黄金聖闘士に立ち向かう。

 

 

 

 

 

 




最初で最後かもしれない青銅の本気の戦闘ターンですね

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