もし青銅が黄金だったら   作:377

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第十一話 光速の死闘

 「唸れ! 獅子の牙よ! ライトニングボルト!!!!」

 

 「うおぉぉぉぉ! アトミック・サンダーボルト!!!!」

 

 光速のストレートと無数の光球が二人の間で激突する!

 

 二つ拳の威力が鬩ぎ合い、余波となって獅子宮を吹き荒れた。

 二人の中心から広がる衝撃波によって、宮の石畳には大きな亀裂が走っては粉々に打ち砕かれてゆく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖闘士の攻撃、それは小宇宙を燃やすことによって全ての物質の根源である原子を砕くことを真髄とする。

 原子とはこの世のありとあらゆる物質を構成する最小の単位であり、この原子を砕くということはまさしく究極の破壊であると言えよう。

 そして究極の破壊を身につけた聖闘士達の中でも最高位にあたる黄金聖闘士に至っては、何とその原子を破壊する拳を光の速さで繰り出すのだ。

 その威力たるや想像を絶する。

 

 そんな信じられないような攻撃が先程から獅子宮の中を幾度となく乱れ飛んでいる。

 対峙する二人は、かたやこの獅子宮の守護者、獅子座(レオ)のアイオリア。

 そしてかたやもう一方はそのアイオリアの兄、射手座(サジタリアス)のアイオロス。

 拳を交わす二人の間の距離は大分離れているが、そんなことはお構い無しに光速拳による攻撃の応酬を繰り広げていた。

 

 アイオリアが拳を放てばアイオロスはその威力を掌で受け止め、すかさず放たれるアイオロスの攻撃をアイオリアが光速移動で即座に回避する。

 そんな光速の攻防を続ける二人は互いにまだ一発も相手の攻撃をまともに受けてはいない。

 だが、その分当たらなかった二人分の攻撃が命中し続けている獅子宮は床や壁のあちこちが崩壊して瓦礫の山と化し、見るも無残な姿を晒している。

 

 そして先程から続くこの状態に業を煮やしたアイオロスはアイオリアを怒鳴りつけた。

 

 「アイオリア! 一体何があった!? お前はアテナが下で倒れていることを知っているのか!」

 

 「なっ……それは真か!?」

 

 アイオリアに一瞬動揺が走る。

 双方攻撃の構えは崩さなかったが、二人共一旦攻撃の手が止まった。

 

 「今アテナは胸に黄金の矢を受けて倒れている。矢を抜くためには、あの火時計の火が消えるより早く教皇の間に辿り着かねばならんのだ!」

 

 アイオロスの言葉を受けてアイオリアは更に驚いたが、何かに押さえつけられているかのようにその場から動かない。

 

 「うっ……それでもここを通すことはできん」

 

 「何故だ!? お前はアテナを信じたのではなかったのか!」

 

 「だ……黙れ! もはや問答無用!」

 

 不自然なアイオリアの様子に不審を抱いたその瞬間、アイオリアの小宇宙が大きく弾ける。

 

 そして、その肩口が光ったかと思うとアイオリアの必殺技が炸裂した。

 

 「これは……!!」

 

 「ライトニングプラズマ!!!!」

 

 アイオロスも瞬間的に小宇宙を高め、光速拳の軌道を見切って防御、或いは回避を行う。

 しかし止むことの無い拳打の嵐が、上下左右、いや四方八方から襲いくる!

 

 「クッ…! 燃えろ! 小宇宙よ!!」

 

 アイオロスも更に小宇宙を爆発させた。

 膨れ上がる小宇宙の圧力がライトニングプラズマの威力を受け止める。

 

 「アイオロス、何をしているのですか! それにアイオリアも!」

 

 ムウが獅子宮に飛び込んできたのは、丁度その攻防が途絶えて一時的に二人の動きが止まった時のことだった。

 

 「ムウか、巨蟹宮は突破したのだな」

 

 アイオロスは依然としてアイオリアから目を逸らさずに言葉だけで答えた。

 安堵の感情は伝わってくるが、そのわずかな会話の間でさえも二人は気を張り詰めて互いの隙を伺っている。

 二人の間には微妙なバランスで辛うじて均衡が保たれていた。

 ムウは手が出せないながらも、アイオロスに今の状況を確認しようとする。

 

 「何故アイオリアはあなたと闘っているのです? アイオリアは日本であなた達と出会い、アテナに忠誠を誓ったのではなかったのですか?」

 

 「分からん。私もそうだと信じていたのだが……さっきから獅子宮は通さんの一点張りでな。どうやら闘わずに済む雰囲気では無いらしい」

 

 と、そこまでアイオロスが言った瞬間アイオリアが光速拳を放ち、再び光速の攻防が始まった。

 そしてアイオロスは光速の拳に対応しながら、後方にいるムウに向かって言った。

 

 「クッ…! 悪いがムウ、この闘いに手は出さないでいてくれ。アイオリアとは私が決着をつける!」

 

 「……分かりました。私は先に処女宮に向かうことにします」

 

 そう言ってムウはアイオリアの横を抜け、獅子宮を突破しようとした。

 だが、突如として放たれた光速拳の乱打がそれを阻む。

 

 「誰一人としてここを通す訳にはいかん!」

 

 「なにっ!?」

 

 「ライトニングプラズマ!!!!」

 

 ムウが先へ進むのを阻止するために、アイオロスとの攻防の最中でありながらアイオリアが放った光速拳は、縦横無尽に走る光速の輝線となって周囲の空間を埋め尽くした。

 一瞬の内に繰り出される数千数万の拳の弾幕。

 アイオロスと闘っているからとわずかに注意を怠ったのか、不意を突かれたムウはその衝撃をまともに受ける。

 ムウはその場に踏み止まることも出来ず、アイオロスの傍まで吹き飛ばされた。

 

 「ムウ!」

 

 咄嗟にアイオロスが声をかけると、ムウは多少ふらつきながら立ち上がった。

 

 「クッ……油断しました。あの状況で私の方にまで攻撃を仕掛けるとは……」

 

 アイオリアの攻撃がほぼ直撃したと言っても過言ではないが、それでも未だムウの意識ははっきりしていた。

 

 「他人の心配をしている暇があるのか?」

 

 だがアイオリアは止まらない。

 その時二人に生まれたわずかな隙を突いて、更に拳を繰り出した。

 

 「受けろ! 獅子の咆哮を!」

 

 アイオリアのライトニングプラズマが今度は二人に同時に襲いかかった。

 一秒間に一億発という猛烈な勢いで繰り出される光速の拳を回避することは不可能。

 しかし――――

 

 カカァッ!!

 

 「なにい!?」

 

 「ア……アイオロス!?」

 

 アイオロスの手が放たれた無数の光速拳のひとつを選んで掴み取っていた。

 それによって技の威力は完全に受け止められている。

 回避も防御も不可能とされるライトニングプラズマも、元を辿れば一本の腕から繰り出される技に過ぎない。

 つまりたった一発の拳を止めることができれば無力化することも可能。

 

 「バ……バカな! 俺の拳をこうもあっさり止めるとは…!」

 

 さすがにこれはアイオリアにも予想外だった。

 茫然とするアイオリアの拳から力が失われていく。

 

 「お前の師を務めたのはこの私だ。お前の拳の軌道など疾うに見切っているぞ!」

 

 アイオリアの顔が僅かに歪む。

 アイオロスがかつてアイオリアの師匠であったのは事実。

 だが、十三年の時が流れても未だに力及ばないというのか。

 

 「ありえん……! 俺は……十三年間ずっと一人で修業してきたのだ!」

 

 いくら兄であり師であるとはいえ、渾身の拳がこうも軽々と受け止められる。

 アイオリアでなくとも冷静さを欠くのは当然だった。

 

 「俺の力は既にアイオロスを越えている! この拳が見切れるか! ライトニングプラズマ!!!!」

 

 激情のままに繰り出される光速の拳。

 しかし、気を乱した状態で放たれる拳では威力は増したのかもしれないが、明らかにその精度は低下していた。

 そんな技では――――アイオロスには通用しない。

 

 「焦ったなアイオリア。お前の負けだ……少し頭を冷やせ!」

 

 駆け出したアイオロスは、ライトニングプラズマの間隙を縫って一気にアイオリアに肉薄した。

 

 至近距離から繰り出される雷光の拳!

 

 「いくぞ! アトミック・サンダーボルト!!!!」

 

 目も眩むようなまばゆい光弾がアイオリアに突き刺さり炸裂した。

 アトミック・サンダーボルトは本来拳から飛び出す光球によって敵を倒す技だが、相手との距離が近ければ光球を纏った拳を直接当てることも可能となる。

 そしてその場合、威力は通常のそれより数段上をいく。

 

 「うおぁぁぁぁ!」

 

 凄まじい勢いで吹き飛ばされ背後の柱に激突するアイオリア。

 しかしそれでも勢いは止まらず柱を真っ二つにへし折り、そのまま床に叩きつけられた。

 

 アイオリアは床に倒れたままピクリとも動かない。

 

 「立て! この程度で倒れたとは言わさんぞ!」

 

 「クッ……!」

 

 叱咤にも似たアイオロスの言葉に、アイオリアの指先が微かに動き、そしてゆっくりと立ち上がった。

 無事である訳が無い。

 ふらつく足元からも、アイオリアが大きなダメージを受けていることが分かる。

 

 「目は醒めたか、アイオリア」

 

 しかし、アイオロスの呼びかけにもアイオリアは応えない。

 次の瞬間、いきなりアイオリアの気配が豹変した。

 

 「なにっ!?」

 

 「危ない!」

 

 咄嗟にムウがサイコキネシスでアイオロスを引っ張る。

 直後、その場をアイオリアの拳が通り抜けた。

 咆哮するアイオリアが再び二人に迫る。

 

 「うおぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 目が血走った悪鬼のような表情で襲いかかるアイオリア。

 その顔は先程までのアイオリアからは想像もつかない。

 突然の変貌に驚いた二人は再びアイオリアから距離を取る。

 

 獅子宮に、再び激しい衝撃音が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――数日前、聖域の教皇の間で

 

 一人の黄金聖闘士が教皇の元へと向かっていた。

 彼の名は獅子座(レオ)のアイオリア。

 先日、日本へ裏切り者の聖闘士の討伐に遣わされ、そこから帰ってきた直後のことである。

 彼は日本で出会ったアテナを名乗る少女について思いを巡らせていた。

 彼女から発せられていた膨大な小宇宙。

 それは黄金聖闘士すらも遥かに凌駕し、確かにアテナと呼ぶに相応しいものであった。

 あれこそが真のアテナであると、アイオリアは確信に近いものを抱いていた。

 そしてそれは、アテナが聖域に不在であることを、教皇は十三年間隠し続けてきたということを示している。

 今、アイオリアの中には教皇への疑念が渦巻いていた。

 

 そんなことを考えている内に、教皇の間の扉が見えてきた。

 そして教皇の間に辿り着くと、勢い良く扉を開けて相手の言葉も待たずに口火を切った。

 

 「教皇、話がある」

 

 「何の用だアイオリア。この私への無礼は許さんぞ」

 

 教皇の間にたった一つしかない大きな椅子に座したまま、教皇は若干不機嫌な様子でぞんざいに答えた。

 しかしアイオリアは怯むこと無く続けた。

 

 「どうかアテナに拝謁させて頂きたい」

 

 「なに……?」

 

 その言葉が意外だったのか、教皇は苛立たしげに言った。

 

 「アテナに拝謁してどうするのだ?」

 

 「聖闘士がアテナへの拝謁を望むのは当然でしょう」

 

 「……アテナは今、瞑想をなさっている。拝謁は叶わん」

 

 教皇がそう言うと、アイオリアは怒りも顕に教皇に詰め寄った。

 

 「あくまで白を切るつもりか……俺は日本でアテナの姿を見た! 何故今までそれを隠していたのだ!」

 

 教皇の言葉で、アイオリアは日本で出会ったアテナは本物だったと確信した。

 今までも、そしてこの瞬間も、聖域の奥からアテナの小宇宙など感じない。

 教皇がそれまで伝えてきたことは、全てが偽りであったのだ。

 

 「フッフッフ……そうか、そのことに気がついたか……」

 

 「なに……?」

 

 無造作に立ち上がる教皇。

 次の瞬間アイオリアに教皇の光速拳が襲いかかった。

 

 「!!……何をする!」

 

 「気付いたのならもはや生かしてはおけぬ。この場で死ねい、アイオリア!」

 

 その言葉と共に放たれた光速拳がアイオリアを吹っ飛ばした。

 衝撃が身体を突き抜け背中から床に強く打ち付けられる。

 そしてアイオリアは、信じられないといった表情で立ち上がる。

 

 「なんという光速拳だ……だが負けてなるものか!」

 

 教皇と同時に繰り出したアイオリアの拳が瞬時に光速に達する。

 

 「ハァッッッ!!」

 

 「ムゥッ!」

 

 二つの光速拳の威力がぶつかり合って教皇の間に激震が走った。

 中間には今にも破裂しそうな互いの小宇宙がくすぶっている。

 

 「むおぉぉぉ!!」

 

 「まさか……アイオリアの拳がこれほどとは……!」

 

 時と共にジリジリと本来光速拳に優れたアイオリアが押し始めていた。

 教皇はそれに気付きながらも、どうすることも出来ず支えるのが精一杯だ。

 そして遂に、その小宇宙が教皇に襲いかかった。

 

 「うおぉっ!?」

 

 凄まじい小宇宙の衝撃で吹き飛ばされた教皇の身体が、壁を砕いてその向こうに消える。

 それと同時にアイオリアも疲労で膝をついた。

 

 「はぁ…はぁ……やったか?」

 

 息を荒げるアイオリアの視線の先から、教皇は起き上がってはこない。

 聖衣を纏っていたような感触は無かった。

 その上で光速拳を受ければ教皇といえども立てるはずはない。

 

 アイオリアは倒れた教皇の様子を見に、壁に近づいた。

 だが次の瞬間、背後から現れた教皇の指拳が発する光線がアイオリアの脳を貫いた。

 

 「なっ……!?」

 

 即座に振り向いたが教皇の姿がぼやけたようにしか見えない。

 それどころか、徐々に意識が薄れ目の焦点が揺らいでいく。

 痛みを抑えるかのように自らの頭を押さえてのた打ち回るアイオリア。

 

 「これでお前は私の意のままに操られる存在になった。お前は敵の攻撃を受けることで、目の前の者全てを殺す殺戮マシンとなる……」

 

 「グッ……アァァァァァァ!!」

 

 段々とアイオリアの目から光が消え、やがてアイオリアは踵を返して獅子宮へと戻っていった。

 

 「あれは目の前で人が死ぬまで解けることは無い。クククッ……アイオロスを殺した時が見物だな」

 

 教皇はしばらくの間アイオリアの立ち去った扉を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うおぉぉぉぉぉ!!」

 

 アイオリアが放つ光速拳がアイオロス達に肉薄する。

 アイオリアは既にその小宇宙までもが変容し、繰り返される攻撃に二人はなんとか対応するのが精一杯だった。

 

 「これは一体……?」

 

 ムウにもこの事態が把握出来ていないようであった。

 アイオロスの攻撃に倒れたはずのアイオリアが、再び立ち上がって攻勢に出ている。

 目の前のアイオリアには普段の姿はどこにも無く、相手のことなど無視してひたすら攻撃を放つ悪鬼のような存在がそこにいた。

 

 否応なしにアイオロスが飛び出して再び拳の応酬が始まった。

 だが先程までと違ってアイオロスが押され気味だ。

 止めることが出来ていたはずの攻撃にかなり苦戦している。

 

 「どうした、苦しそうだなアイオロス!」

 

 「クッ……!」

 

 迫りくる膨大な数の光速拳がアイオロスの体力を削っていく。

 しかし、完全に倒れてしまう前に、後方に下がることで辛うじて拳の弾幕から脱出することが出来た。

 

 「アイオリアに何が?」

 

 ムウが見かねて口を出した。

 アイオロスは険しい表情でそれに答える。

 

 「アイオリアの拳がこれまでと違う。そしてあの表情……誰かに操られている!」

 

 「ではやはり、サガの……?」

 

 操られているのならその操っている技を解除するか、術者を倒せばアイオリアは元に戻るかもしれない。

 しかし術者がこの場にいないサガであると考えられる以上、技を解くしかないだろう。

 

 だが技を解除するにしても、それがどんな技か分からなければ外からの衝撃で解くことは難しい。

 そう考えるムウの横で、アイオロスは呟くように言った。

 

 「あれは……幻朧魔皇拳……」

 

 それを聞いたムウは目を見開いた。

 

 幻朧魔皇拳、それは聖闘士を統べる教皇にのみ伝えられる伝説の魔拳。

 受けた者は己の意志を完全に失い、魔拳の使い手の支配下に措かれてしまうと言われる。

 ムウはいつかその技の名を教皇である師・シオンから聞いたことがあった。

 

 「……知っているのですか!?」

 

 しかし、アイオロスはそれには答えずにゆっくりとアイオリアに近付いた。

 そして構える。

 アイオリアは相変わらず悪鬼の表情であったが、逃げようとはしないアイオロスを見て、勝ち誇ったかのように言った。

 

 「そうだ! お前は俺の手で殺す! 受けろ! ライトニングプラズマ!!!!」

 

 無数に煌めく拳の軌跡が縦横無尽に駆け巡る!

 

 凄まじい圧力を受けて、アイオロスの聖衣が悲鳴を上げていた。

 しかしそれでも尚、アイオロスは一歩も退かずに堪えている。

 

 「グッ……!」

 

 「いつまで無駄な抵抗を続けるつもりだ! 俺は既にお前を越えた! 見ろ! これが俺の力だ!!」

 

 その瞬間、アイオリアが放つ拳の圧力が飛躍的に高まった。

 それに負けじとアイオロスも小宇宙を爆発させる。

 

 「いくぞアイオリア!!」

 

 「死ね、アイオロス!!」

 

 二つの強烈な小宇宙が衝突し、そして――――

 

 「見えた! ライトニングプラズマの軌跡が!」

 

 わずかに上をいったのはアイオロスの方だった。

 アイオリアの光速拳の軌道が、狙いが、はっきりと見えている。

 

 その全てを完全に回避し、そしてアイオリアに近付いた、次の瞬間。

 

 「……かかったな!!」

 

 ライトニングプラズマを放っていた方とは逆の腕が大きく引かれている。

 気付いた時には遅かった。

 至近距離から光速拳が、アイオロス目がけて放たれる。

 

 「いくぞ! ライトニングボルト!!!!」

 

 全ての小宇宙をその手に込めて、獅子の秘拳が光と爆ぜる!

 

 「ガハァッッッッ!!」

 

 その一撃でアイオロスの身体が石壁に激突し崩れ落ちた。

 アイオロスは瓦礫の中から立ち上がろうと脚に力を込めるが、間近から受けた光速拳のダメージで身体が動かせない。

 そしてそこにアイオリアが悠然と近付いてきた。

 

 「フンッ、死にきれないようだな。せめて止めの一撃をくれてやる!」

 

 「アイオロス!」

 

 「ムウ……手は出すな……」

 

 二人に割って入ろうとしたムウを制止し、アイオロスはなんとか片腕を上げた。

 しかしアイオリアはそれを見ても止まることなく攻め寄せる。

 

 「意地を張っても無駄だ! ライトニング――――」

 

 カアァァァァン

 

 その瞬間、アイオリアの脳をアイオロスの放った光線が貫いた。

 時が止まったかのように辺りが静寂に包まれる。

 

 「なっ……これは!?」

 

 「幻朧……魔皇拳……!」

 

 誰もが声を失った。

 ムウでさえ驚愕のあまり動きが止まっている。

 そして当のアイオロスは小宇宙を高めてやっと立ち上がり、未だダメージの抜けない身体で最後の一撃を放とうと構える。

 

 「うっ!?」

 

 「終りだアイオリア。これでお前は目を醒ます」

 

 獅子宮に轟音が響いた。

 直後、アイオロスの拳に吹き飛ばされたアイオリアは、ゆっくりと倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「アイオロス、あなたは何処であの技を?」

 

 魔拳に操られていたアイオリアを目覚めさせるためにアイオロスが使った技について、ムウが尋ねた。

 伝説とされる魔拳を、まさかアイオロスが継承していたとは。

 すると、アイオロスは足元に倒れているアイオリアを見ながら答えた。

 

 「かつて、私が次期教皇に指名された時、シオン様が一度だけ見せて下さった。私も完璧に会得した訳ではないが、あの状態のアイオリアを救うには他に手が無かった」

 

 どうやら完全に習得してはいないとのことだったが、ムウは納得したのかそこで口をつぐんだ。

 そして丁度その時倒れていたアイオリアが呻き声を上げた。

 再び目を覚ましたアイオリアは、毒気の抜けたような顔で口を開いた。

 

 「兄さん……? 俺は一体……」

 

 まだ幻朧魔皇拳で受けた精神的なダメージが残っているのか、うまく舌が回らないようだった。

 記憶も混乱しているのだろう、心なしか目の焦点も少し合っていないように見える。

 それでもなんとか上体を起こしたアイオリアに向けて、アイオロスが言った。

 

 「大丈夫か? 意識は元に戻ったようだが」

 

 やがてアイオリアにそれまでの記憶が蘇ってきた。

 そしてすぐにアイオリアは自分が教皇に操られてアイオロス達に襲いかかったことを詫びたが、アイオロスは気にせず笑って言った。

 

 「そんな顔をするなアイオリア。結果的にどちらも無事だったのだ、それでいいじゃないか」

 

 「しかし……」

 

 「過ぎたことをいつまでも気にするな。後悔するよりもこれから先のことを考えろ」

 

 その言葉にアイオリアはハッとして顔を上げた。

 しかし何か言おうとする前に、ムウが口を開いた。

 

 「アイオロス、もうじき獅子宮の火も消えます」

 

 「そうか。では私達も先に進まなくては」

 

 ムウに言われてアイオロスも改めて獅子宮の出口へと向かおうとする。

 だがそこにアイオリアの声が響いた。

 

 「待ってくれ! 俺も一緒に行く」

 

 それを聞いたアイオロスが立ち止まると、振り返って言った。

 

 「……この先にもまだ多くの黄金聖闘士が待ち構えている。そしてお前のダメージも決して小さくはない。アイオリア、お前はその身体で仲間と闘う覚悟があるのか」

 

 「無論! この俺とてアテナに忠誠を誓った身。アテナの危機に何もせず宮に留まることなど出来るものか!」

 

 即座に応えるアイオリアの目には強い光が宿っている。

 その眼差しに、アイオロスはアイオリアの覚悟を見た。

 

 「良くぞ言った……! お前はやはり……真の聖闘士だ!」

 

 こうしてアイオリアと共に、三人は次の処女宮を目指して獅子宮を駆け抜けた。

 

 

 

 

 


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