幻次元ゲイム ネプテューヌ 白の国の不思議な魔導書 -Grimoire of Lowee-   作:橘 雪華

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Act.4 予感

「覚悟しやがれ…クソ犬が…!」

 

光に包まれて姿を変えたブランさん(多分、おそらく、きっと、ブランさん、のはず)が、身の丈くらいの大きな斧を担いでふたりを追い回す狼…フェンリルに向かって飛翔する。

…っていうか、え? あれ、ブランさん、なの…?

 

「あー、グリモちゃんはお姉ちゃんの変身したとこ見たこと無かったっけ?」

 

ブランさんの姿に驚いていると、いつの間にこっちに来たのかラムちゃんがそう声をかけてきた。

ちなみにロムちゃんはそのちょっと後ろの方で「ふぇぇ…ふぇぇぇ…」と涙目になりながら息を切らしている。

わたしはラムちゃんの言葉にこくりと頷いて答える。

 

「まぁほとんど教会の中にいたらあんまり見ないもんね」

 

そう言ってラムちゃんはロムちゃんを慰めながらわたしの隣に来て、フェンリルと戦うブランさんを見る。

 

「おらおらァ! 喰らいやがれッ!」

 

いつもの物静かな姿はどこにいったのやら、乱暴な言葉遣いでフェンリルに向かって戦斧を振るうブランさん。

…そういえば前にロムちゃんとラムちゃんがなにかして怒らせた時もこんな感じだったような。

 

「あれがお姉ちゃんの女神としての姿、その名もホワイトハート!」

「お姉ちゃん、かっこいい…!」

 

自慢げに教えてくれるラムちゃん、その様子はすごく誇らしげ。

ロムちゃんもいつの間に泣き止んでいて、戦うブランさんをキラキラとした表情で眺めていた。

 

「女神は国のヒトビトのシンコーの力で、あんな風に変身してふだんよりずっとずっと強くなるの!」

「けど、お姉ちゃん変身するとちょっと怖くなるの…」

 

ああ、じゃああの乱暴な言葉遣いは変身の影響ってことなんだ。

確かにあれは、怖いかも…

 

「あ、じゃあふたりも、ブランさんみたいに変身できるの?」

 

ブランさん、女神の妹ってことはふたりもあんな風に変身できるのかなと思って聞くと、なんだか微妙な表情に。

…あ、あれ?

 

「…わたし達は、まだみじゅくだから…変身、できないの…」

 

しゅーんとしながらロムちゃんがそう答えてくれる。

最初から変身できるわけじゃないんだ。

 

「ま、まぁ、わたし達ってば強いし? すぐ変身できるようになるもんねっ!」

「っ(こくこく)」

 

と、しょんぼりも束の間、自信たっぷりにそう言うふたり。

…大丈夫かなぁ。

 

「コイツでトドメだ! テンツェリントロンペ!」

 

と、そんな話を聞いてる間にあっちの戦闘の終わりが近づいていた。

ブランさんが回転したままフェンリルに突っ込み、切り刻んだ後トドメと言わんばかりに戦斧を振り下ろす。

その一撃で断末魔の遠吠えを最後に、フェンリルは雪煙を立てながらその場に倒れた。

 

「やっつけたー! いえーい!」

「お姉ちゃんすごーい…!」

 

それを見てまるで自分のことのように喜びながらブランさんの下へ駆け寄るロムちゃんとラムちゃん。

確かにすごい、あんな大きな狼を…

 

 

……けど、なんだろう。さっきから感じるこの、嫌な予感……

 

 

「ロム! ラム! 怪我はないかっ!?」

「うんっ! お姉ちゃんが助けてくれたおかげ!」

「そうか…。ったく、あんまり二人でウロチョロすんな、今回は無事だったから良かったけどよ…」

「あぅ…ご、ごめんなさい…」

 

怪我をしてないふたりを見て、安心した様子のブランさん。

変身して言葉遣いは乱暴だけど、どこか優しい感じがした。

 

 

……モヤモヤする、嫌だ、嫌だ。なんなのこの感じ…ブランさんの後ろ……?

 

 

「ふぅ、にしてもなんだってこんなところにフェンリルが……ん、グリモ?」

「…ふぇ? な、なに…?」

「いや、なんか暗い顔してたからな、何かあったのか?」

「い、いや、何も――」

 

その時だった。

ブランさんの背後で、倒したと思っていたフェンリルが立ち上がっていた。

――危ない…!!

 

「ブランさん! 後ろッ!!」

「何っ、ぐぁッ!!」

 

咄嗟の反応でフェンリルの一撃を防いだブランさん。

けれどそれでもその一撃の勢いを殺しきれなかったらしく、吹き飛ばされてしまう。

 

「「お姉ちゃん!!」」

 

ロムちゃんとラムちゃんの悲痛な叫び声。

ブランさんの方は傷は負ったものの、致命傷って程ではない様子。良かった…

 

…ううん、それでも状況はあんまり良くない。

 

「グオオォォォォッ!!」

 

フェンリルが咆哮しながら、再びブランさんへと飛び掛ろうとしている。

今のブランさんは態勢を崩している上に、武器である戦斧がさっきの一撃で別の方向に弾かれてしまっていて、避けることも防ぐこともまともにできない状態。

そんな所をあの鋭い爪の一撃を喰らえば…これ以上は想像したくない。

 

そんな時、フェンリルに一つの氷塊が叩きつけられた。

 

「こ、この! お姉ちゃんをいじめるな!」

 

それを放ったのは、ラムちゃん。

ラムちゃんもこのままだとブランさんが危ない、と感じたみたいで、咄嗟に氷の魔法を相手にぶつけて怯ませようとしたみたい。

 

「グルルル…」

 

けどその一撃はちっとも効いてない。

それどころか、フェンリルが獲物をブランさんからラムちゃんに変えたらしく、威嚇しながらラムちゃんを睨みつけている。

 

「ひっ…」

 

鋭く睨みつけられたラムちゃんは、普段の元気な様子からは考えられないようなか細い悲鳴を上げて、その場にへたりこんでしまった。

 

「ら、ラムちゃん…!」

 

 

それを見たロムちゃんが、ラムちゃんに駆け寄ろうとする。

 

 

「グアアアァァァァァッ!!!」

「…ぁ……」

 

 

けれど相手が飛びかかる方が断然素早くて、

 

 

 

 

 

 

『……………め……ね………………………』

 

 

 

その時、ドコカの光景が、頭の中にフラッシュバックした。

 

 

 

 

 

「ぅああああああぁああああああああぁぁあああああッ!!!」

 

 

頭が真っ白になる瞬間、どこかで見た白い本が見えた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クソッ、なんでだ。確かに手応えもあったはずなのに…!

 

倒したと思っていた敵、フェンリルの一撃で吹っ飛ばされた私は、少しパニック状態だった。

確かに私は間違いなく、ヤツを仕留めた筈だった。トドメを刺す直前のヤツだって、瀕死の状態だった。

だが現実はどうだ。私はピンピンしたヤツからの一撃を喰らって、今まさにトドメを刺されようとしている。

トドメを刺した筈の相手にトドメを刺されそうになってるってか、笑い話にもならねぇ。

 

そんな時だ。ヤツの顔に向かって横から氷塊が飛んできた。

 

「こ、この! お姉ちゃんをいじめるな!」

 

あの、バカ…!

ラムの放った一撃はヤツには大したダメージになってない、その上ヤツの標的が私からラムへと移ってしまった。

 

「グルルル…」

「ひっ…」

 

ヤツに睨みつけられ、腰を抜かしてへたりこむラム。

ロムも咄嗟に駆け寄ろうとするが、ヤツは既に飛びかかる1歩手前。間に合わないしロムが適うような相手じゃない、余計にダメだ。

ラムを庇おうにも距離的に届かない上に武器も弾かれて手元にない。

 

悪夢か、これは。

 

「クソぉ…!」

 

自分の不注意と非力さに悪態をつき、全てを諦めかけた時だった。

 

 

 

「ぅああああああぁああああああああぁぁあああああッ!!!」

 

 

叫び声が聞こえたかと思うと、辺りが眩い光に閉ざされ、思わず腕で目を覆う。

 

そして光が収まってから目にした光景に、私は驚愕した。

 

 

 

 

 

 

──グリモが、フェンリルの一撃を受け止めていた。

 

 

いや、正確には片手をかざし、障壁のようなもので受け止めていたのだが、そんなことはどうだっていい。

そんなことより、あれは……

 

「…グリモ、なのか…?」

 

一瞬、あれが本当にグリモなのかと疑ってしまう。

何故なら、今のグリモは、

 

薄茶色の髪が水色に染まり、まるで──

 

 

「女神…?」

 

私達女神に似た、そんな雰囲気を放っていた。

 

 

「グルルルルル…」

 

攻撃を防がれたのが気に入らなかったのか、今度はグリモに標的を移したらしい、グリモを睨みつけながら威嚇している。

 

「………」

 

だがグリモは怖気付いた様子すら見せずに、見てるこっちが凍えそうな冷たい瞳で、フェンリルを見つめている。

背後のロムとラムも、目の前の状況についていけず呆然としている。

 

「ガアアァァ!」

 

と、ヤツがグリモを喰い千切ろうと、大口を開けて飛びかかろうとしていた。

しまった、見てないでさっさと助けに──

そう考え武器を手に取った時だった。

 

「………」

「――――ガ、ァ……」

 

グリモが再び手をかざすと、何処から現れたのか、ヤツの周囲に剣やら槍の形をした光が現れ、それはそのままヤツへと次々と突き刺さっていった。

 

そして全身を貫かれたフェンリルは、断末魔を上げることもなく光となって消えていった。

……やったのか? そ、それより!

 

「ロム! ラム!」

 

雪の上に座り込む二人の名を叫びながら、二人の下へ。

 

「…お姉、ちゃん…」

「おねえ、ちゃ…っふぇぇ…!」

「おねえちゃんっ! う、ぅぁぁ…っ!」

 

私が側に行くと、安心したのか二人して泣きながら抱きついてきた。

無理もないか…

 

「…もう大丈夫だ」

「ふぇぇぇ…っ、ふぇぇぇぇぇ…っ!!」

「おねえちゃんっ、こわかったぁぁ…!!」

 

泣きつく二人を抱き返し、よしよしと背中をさすってやる。

…っと、二人の無事も大事だが…

 

「………」

 

後ろを向くと、どこか哀しそうに私達を見つめるグリモの姿があった。

私は警戒しつつ、問い掛ける。

 

「…お前は、何者だ?」

「……っ」

 

私がそう問い掛けると、突然糸が切れた人形のように、グリモはその場に倒れた。

 

「お、おい!」

 

二人を落ち着かせて倒れたグリモの様子を伺う。

髪の色は普段の薄茶色に戻っており、どうやら気を失ったようだ。

と、倒れてる近くで気になるものを見つけた。

 

「これは、確か…」

 

それは、一冊の白い本。

たしかロムが、グリモが倒れてた場所に落ちてたと拾ってきたものだが、どうしてそれがここに…

…グリモが持ってきていた? いや、確か手荷物なんかは持ってなかったはずだし、それに…

 

「……ふぅ、考えるのは後ね……ロム、ラム。歩ける?」

「う、うん」

「(こく)」

 

私は変身を解除して、二人に確認を取る。

疲れて戸惑ってる様子だけど、どこにも怪我はなく大丈夫なようね。

 

「それじゃ、とりあえず帰りましょう」

 

グリモを背負いながら言うと、いつもの元気はどこへやら、静かに歩き出す二人。

…この子には色々聞きたいことがある。さっきの力の事もそうだし…

(本当に、何者なのかしら…)

 

背中のグリモを見ながら、そんなことを思う。

 

 

私は見逃さなかった。彼女が倒れる直前に見た――

 

 

 

 

──彼女の瞳に浮かんでいた、()()()()()を…


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