幻次元ゲイム ネプテューヌ 白の国の不思議な魔導書 -Grimoire of Lowee- 作:橘 雪華
「ついたね…」
「……」
女神化したネプギアにおぶって貰いながら、ルウィーに帰ってきた。
けど、街はシン…と静まり返っている。
「誰もいない…」
「きっとみんな無事に逃げたんだよ、そう信じよう」
「…うん」
いつも見ていた街並みとすっかり変わったルウィーを見て、気分が沈んでしまう。
だって…こんなの、わたし達のルウィーじゃないもん…
「ふふっ、来たわね、女神候補生」
「えっ?」
そんな時、突然どこからか声が聞こえてきた。
「? ラムちゃん? 来たわねってどういうこと?」
「ちが、わたしじゃないわよ!」
「そうそう、今のはそっちの子じゃないわよ。こっちこっち」
何故かわたしの台詞だとカン違いしたネプギアを睨みつけながらもう一度声が聞こえてばっとその方へと顔を向ける。
そこにいたのは…
「えっ…ラムちゃん?」
「バカギア! 服とか違うでしょ!」
「ば、バカ!?」
「もう、仲間割れはやめなさいよね、女神同士でみっともない」
いつまでもぼけっとしてるネプギアをバカにしていると、そいつ――黒いコートを着たわたしそっくりなヤツがやれやれといった様子でそう言った。
服装詳細は…あれよ、ゲームでわたしが着れるブラックコート。所々ピンク色のヤツ。
ちなみにグリモのブラックコートはロムちゃんが着れるバージョンの方よ。
「あ、あんた、なにものよ! わたしに似せたカッコウなんかして!」
「そうねー…格好は、ただなんとなく? この地方、寒いし。…で、何者、ねぇ?
横でいじけてるネプギアをほっときながらわたしに似たヤツにそういうと、そいつはくすくすと笑ってそう答える。
…なんか、ムカつく!
「そう! つまりあんたは悪いヤツってことね!」
「ふふ、そうね、分かりやすく言うとそういう事。わたしは」
「今は犯罪組織マジェコンヌ所属の女神…レッドハート、エストっていうの。宜しくね? ルウィーの候補生さん」
レッドハート…? っていうか、女神?
「…え、私は? 私蚊帳の外なの?」
「な、なんで女神が悪いヤツに味方してるのよ!」
「んー? なんでって言われても、ねぇ」
言いながら自分の髪を指で弄る――エストとかいう奴。
くるくると指で髪を弄りながら、エストはにっこりとほほ笑んだかと思うと、すっと無表情になって、
「――ひみつ」
「な、なによそれっ、バカにしてるの?!」
「してないわよ。話す必要が無いだけ」
そう言ってまたくすりと笑うエスト。
その表情を見た時、何か得体のしれない感覚が通り過ぎたような気がして、ぞくっと身体が震える。
…な、なんなの、こいつ…
「ま、ひとつ言えるとしたら…わたしから、わたし達の大事な物を奪おうとしたやつらに、復讐?」
「っ!?」
言いながらエストは、わたしの背後に立っていた。
いつの間にとかそういう速さじゃない…
逃げようにも、今動いたら何か危ない気がして、動けなくなる。
「ど、どういう、意味よ…」
「そのままの意味よ。…あんただって、大事な大事な人に手を出されて、一人で飛び出してまでここまで来たんでしょ?」
「ど、どうしてそれをあなたが!?」
わたしの横から顔を出しながら言うエストに、いじけてたネプギアが反応した。
…たしかに、ここに来たのはネプギアといっしょだったはずなのに、どうして最初わたしが一人で飛び出したことを知ってるんだろう。
「それはまぁ、聞いてたからね、あんた達の
「つ、通信が漏れていたの…!? でも、そんな痕跡は…」
「ただの機械弄り好きな女神にしちゃ、中々防御の固いセキュリティだったけど…まっ。まだまだってとこね!」
「…っ」
機械弄り? には自身があったのか、ネプギアが悔しそうな顔をしているのが視界の隅に見えた。
「と、話がズレたわね……じゃああんたに質問」
「…?」
ひょいっ、とわたしの前に移動しながら、エストは言う。
「……もしあんたが、自分を犠牲にしてまで護った大事な人を、目の前で殺されるのを見たら、どうする?」
「っ…!?」
ロムちゃんが、目の前で…?
「そんなこと、私達がさせない!」
「…あんたには聞いてない」
「っきゃあ!?」
横から口を挟んできたネプギアに耐えきれなかったみたいで、エストはまた見えないくらいの早さでネプギアの目の前まで移動して、
ネプギアを片手で殴って吹っ飛ばした。
「(こいつ、やっぱり強い…)」
――こんなやつが、敵なの?
――こんなやつに…本当に勝てるの?
「ふぅ、スッキリした。で、どうなの?」
「………」
わたしはそいつの問いかけに答える事が出来ずに、黙ってしまう。
するとエストは「んー、そう。まぁ、そうよね」と呟きながら、さっきまでの位置に戻っていた。
「で、まぁ。そんなあんたには悪いんだけど…こっちも一応あいつらと手を組んでる以上、やらないといけない事だし…」
「…、どういう、意味よ」
「こういう事よ。…ディー、来ていいよー」
一瞬でも気を抜けない状況にじっと警戒したままでいると、相手が誰かの名前を呼んだ。
そして、呼ばれて現れたのは……
「……」
「…え……グリモちゃん…? それに、ロムちゃんまで…」
わたしが探していた、二人だった。
ただ、二人ともは不自然なくらいの無表情で、目の色が黄色たがオレンジだかのおかしな色に染まっていた。
「グリモ? …あぁ、そういえばあんたが大事そうにずっと抱えてるそれ、グリモワールか。そんな所にあったのね、通りでディーが持ってない訳だよ」
「でぃー…?」
グリモの大事な本を見ながらそう言ってくるエストに、奪いに来るかと思って本を持つ手に力を込める。
でも、ディーって…なんの事だろう。
「今はグリモって名乗ってるんだっけ。でも仮の名前でしょ、グリモって」
「……」
「なら教えてあげる。この子の本当の名前は、『ディール』。ブルーハート、ディールよ。覚えときなさい」
「でぃーる…」
思わぬところでグリモちゃんの本当の名前を教えられて、困惑する。
――こいつは、グリモちゃん――ディールちゃんにとっての、何なの?
「まぁそれは今はいいのよ。本題は、あんたを捕まえようって話」
「っ…わ、わたしを…?」
「そ。それが今のわたしお仕事なのよ、悪く思わないでね」
そう言いながらそいつが手を前にすっと動かすと、ロムちゃんが前に出てきて、
そしていきなり、杖を振るってわたしに魔法を放ってきた。
「きゃっ…ろ、ロムちゃん!? 何を…!」
「……」
いきなりの攻撃に驚いて避けながらもロムちゃんに声をかけるけど、ロムちゃんは何の反応もしないでまた魔法を飛ばしてくる。
どうして、どうして…なんでロムちゃんがわたしに攻撃するの…!?
「ああ、その子ね。今洗脳されてるから、あんたの呼び掛けは届かないと思うわよ」
「せ、洗脳…? なんでそんなこと…!」
「まぁ、そういう事するような組織だし。…シェアの少なくなったその子の洗脳は、簡単だったって上の奴が言ってたわ」
ついでにディーもね…。
と、何故かすごく嫌そうな顔をしながら、エストは言う。
そんな、ロムちゃん…っ
「大人しく捕まれば、痛い目も見ないし大事な姉妹を傷つけることも無いと思うけど?」
「だ、誰があんたらになんか…っ、ロムちゃん、やめてよ!」
エストを睨みつけながらも、絶えず氷塊を飛ばしてくるロムちゃんの攻撃を避け続ける。
どうにか…どうにかしないと…
そんな時だった。
「ラム様! 目を閉じて!!」
どこからか、聞き覚えのある叫び声が聞こえてきた。
と思った次の瞬間に、辺りを眩い光が包み込む。
「わっ!」
「っ…」
魔力を感じたし、これは光魔法…?
なんて、目を瞑って眩しさを堪えながら考えていると、今度は腕を掴まれた。
「走って!」
何が何だか分からないままそう言われて、わたしは手を引かれながら走り出した。
「はぁ、はぁ…なんとか逃げられたみたいですね…」
「ラムちゃん! 大丈夫!?」
いきなり現れた人に手を引かれて逃げた先には、ネプギアがいた。
「ネプギアこそ、思いっきりぶっ飛ばされてたけど平気なのね」
「あ、あはは…ごめんね、何の役にも立たなくて…」
「それはいいけど…って、あ!」
むしろよく無事だったなと思いながら手を引いてた人の顔を見て、思わず声を上げた。
「ふぅ…ご無事で何よりです、ラム様」
「フィナンシェちゃん!」
そう、その人は教会で侍女をしていた、フィナンシェちゃんだった。
「えっと…?」
「あ、申し遅れました。私、ルウィー教会で侍女として働かせて貰っている、フィナンシェと申します。ネプギアさんとお話するのはこれが初めて…でしたよね?」
「えっと、多分…」
「まぁ、前にいらっしゃった時はキラーマシンとかで慌ただしかったですものね」
前にあってなかったのか、誰? みたいな顔をしていたネプギアに自己紹介をするフィナンシェちゃん。
ってそれも大事だけど!
「それよりフィナンシェちゃん! ミナちゃんは! 他の人達は!?」
「お、落ちついてください。ミナ様も他の方々も無事に避難してますから」
「そ、そっか…」
ルウィーがこんな事になったなんて聞いて、ずっと気になっていた事をフィナンシェちゃんから聞き出す。
ロムちゃん達も大切だけど、女神なんだから国の事も考えないとだもん。
「でも、まさかこんなことになるだなんて…留守を守れず申し訳ありません、ラム様」
「悪いのはあいつらでしょ? 気にすることなんかないわよっ」
「…ありがとうございます」
落ち込んだ様子のフィナンシェちゃんを元気づける。
まぁ、シェア的にはわたしも元気そんなにないんだけど、ロムちゃん達を助けるのを諦めたくなんかないし。
「一先ず、私達が犯罪組織から逃れて隠れている拠点に向いましょう。ラム様もシェア不足で思うように力を発揮できないでしょうから」
「え? でも、ロムちゃん達を…」
「意気込みは素晴らしいですけど、万全でもない状態で向かうのは無謀ですよラム様。今は一度体制を整えるべきです」
「…むぅ」
本当なら今すぐにでもロムちゃんと…ディールちゃんを助けに行きたかったけど、
フィナンシェちゃんが言う通り、女神化もまともにできないんじゃぁ…
…もっと、強くなりたいよ…
「…ネプギア様、恥を承知でお願いします。…ルウィーを救う為に、貴女の力をお貸しください」
と、さっきまで空気だったネプギアに向かって頭を下げて頼み込むフィナンシェちゃん。
…今まともに戦えるのって、ネプギアだけ…になるのかな。
「そんな、言われなくてもそのつもりです! 私一人でどこまで役に立てるかわかりませんけど…」
「とりあえずは、減ってしまったルウィーシェア回復のお手伝いを、と。ラム様の力もそうですし、ひとつ私に考えがありますから」
「考え、ですか?」
「拠点に戻ったらお話します。奴らに見つかる前に、こちらへ…」
フィナンシェちゃんが何を考えているのか、よく分からなかったけど、
戻ってきておいて今出来ることは限られているのも事実。
わたしとネプギアはフィナンシェちゃんと一緒に、拠点へと向かった。
「あーあ、逃げられちゃった」
閃光が治まった後の街中にて。
やれやれ、と言った様子で、エストはさっきまで標的のいた場所を見つめていた。
「…エスちゃんなら、追いかければすぐにでも追いつけたのに」
と、低い声が彼女の背中に掛けられる。
声の主は、虚ろな瞳の少女ーーグリモ改め、ディールであった。
「…やっぱり洗脳が中途半端なんだね、ディーは」
「…」
「まぁ、わたしとしてはその方がいいんだけど。そもそも洗脳とか嫌だって言ったのに…」
ぶつぶつと愚痴を呟きながら、教会の方へと歩き出すエスト。
そんな彼女の後ろにディールとロムも続く。
「…それで、どうして追わなかったの…?」
「別に、そんな気分じゃなかったし」
「気分なんだ…」
歩きながら話の続きを聞いて、帰ってきた答えにディールは半ば呆れたようにため息を吐いた。
「…あまり変なことしてると怒られるよ? ご「ディール」………」
「なるべくアイツのやり方に口出しはしないけど、あんただけはあいつの事をそういう風に呼ばないで」
何かを言いかけたディールの言葉を遮りながら、低く冷たい声で言うエスト。
その表情には、僅かながら何者かへの殺意が宿っていた。
「…ごめんなさい。エスちゃん…」
「…わかってくれればいいよ。…はぁ…わたしはただ、ディーと静かに過ごせるようにしたいだけなのに。まぁそれには信用出来ない人間とわたし達以外の女神は邪魔なんだけど」
「……そう、だね」
「とりあえずあいつらが来たってことは近いうちに教会にも来るってことよね。…はぁ、やだなぁ」
心底気が進まないと言った様子でため息を吐きながら、エストは教会へと戻っていった。
ようやっと真名登場ですね。
以降グリモさんはディールさんと呼ばれるようになっていくと思われます。