カウントダウン~A HAPPY NEW DAYS~ 作:幻想の投影物
許してたもれ。(懇願的)
意識がまどろんで、次に目を覚ました場所はゲームでも見た事のある場所だった。月の上に在るエイリアンの総督が坐する神秘的なステージ。純白に染め上げられた一対のテーブルと椅子が「彼女」をより引き立てるように鎮座して、俺達を当然のように見下ろしている。肝心の彼女はどこにいるのかと言えば、目の前で巨大な鎌を手にして見下しているのだが。
「……な、なんでここに」
「落ちつけ。気を保てやガキンチョ」
「が、ガキって! …そんな場合じゃないんだけどさ……」
とりあえず場所そのものに怯えていたナフェを何とかして諌めると、未だ「殺気」を向けて此方を捕食される側の様に見下してくる彼女へと向き直った。
その口角は愉悦に浸っているかのごとくにつり上げられ、話をしなくてもこれから行われるであろう事の予測はつく。だが、やはり自分も人間という種族の一員。まずは話し合いで事を荒立てずにやり過ごしたいと、
「やはり、いい熟成具合だ」
―――その言葉で全てを悟らされる。
確かに濃密な一年を過ごしたと言う実感はあるけども、そう言った喰いたいオーラを満開にして態々宣言するほどの事でもないだろうに。そんな事を思いながらナフェを抱えると、彼女の口から文句が飛び出る前にその場から地面を蹴って一気に離脱した。その直後に、自分の首があった位置からナフェのいる位置へと巨大な鎌が振り下ろされ、空を切った事を見届ける。
それに対し、随分とゾッとしないIFの未来だと内心で吐き捨てながらようやく此方の
「問答無用か。ってか喰うのは延長すると言ってなかったか総督殿?」
「確かに言った。故に、こうして対面している」
「…ちなみに、すぐに喰わなかったのは?」
「最後まで足掻いた個体こそ、最も甘美なネブレイドを齎してくれるものだ」
「ナフェ! なんか武器よこせ!」
叫んだ直後、再び瞬間移動も生ぬるい速度で白が迫る。二、三歩ほど後退して紙一重で攻撃をかわすと、抱え込んだナフェを放り投げて後退から足を前進へと転換した。生存第一の本能を有しているナフェがそのまま何処かへ逃げてしまう可能性は高かったが、その予想をあっさりと覆し、彼女はウサギ型のユニットを集結させて部品解体から始めている光景が目に移った。
別に自分が接近武器を扱うだけの技量を持ち合せているわけではないが、ここはどこぞのTRPG卓のように武器を持った人間にマーシャルアーツだけで勝利を収める事が出来る世界ではない。武器を持った相手を取るのに、自分も武器を持つことは何らおかしくは無い真理である。
「おわっ? っとぉぉおおお!」
「ふふ…」
鎌と言う道具は、本来武器として扱うには利便性も有効性も感じられない形状である。だが、それを扱う者が人間の形をしながらにして、身体能力が化け物クラスだった場合は正に死神になり得るだろう。
だが、彼もまた人間としては有り得ない程の高スペックを有した個体である。振り下ろされた鎌の先を「見切って」、先端恐怖症でも発症しそうだと内心軽口を叩きながらもさらに相手との間合いを詰めて鎌の柄を握り引き寄せた。それによって一瞬の鍔競り合いが生まれ、刃の軌道には緩みが生まれてしまう。その隙を掻い潜った彼は、相手方に一瞬鎌を押し返すと、そのままバネの様に返ってきた力そのままに手を引っ張った。
すぽん、などと間の抜けた擬音が付きそうなほどに、彼女の手から武器が零れおちる。だが、呆気に取られた彼女が再起動する速度は異常の一言で、彼が次の行動に移ろうと思ったその時には既に同じく行動を開始していた。それでもやはり、彼の方がリーチがあったらしく、鎌の柄の方に全力でけりをかますと、相手の武器を遥か彼方へと吹き飛ばす。
そこで油断したのがいけなかったか、武器を掴めず空を切った彼女の手が関節を持つ生き物では有り得ない動きをして彼の首を握りしめた。このまま絞殺を狙うとでも言うのだろうか。
「ぐ、がっ――」
もだえ苦しむ彼を恍惚とした微笑のままに眺めていた彼女だったが、その姿が丸ごと残像に残る速度でその場から居なくなっていた。その直後に鋭利なピンク色の五本の爪が残像を切り裂き、本体が彼に覆いかぶさるように落ちてくる。
「これ!」
彼は受け身を上手く取ってナフェを受け止めると、その手に握られていた不格好な鉄の塊を手にした。その総重量は40キロ程であろうか。エイリアンのナフェでさえその重量に負けて彼に突っ込んでしまったと言うのに、普通の人間なら片手で持ちあげられる筈の無いそれを易々と操り、自分の背中側に振り下ろした。やはりというか、その先には白き鎌が迫ってきており、小気味の言い金属音が場に響き渡る。
何処をどうしたのか、攻撃力=耐久力を目指して作られたようなピンク色の大鉄塊には彼女の強力な剣閃でも切れ筋一つ無く、健在のままと言う恐ろしい出来のようだった。
「…はは、やる―――」
「そんな事より来てるって!」
「了解!」
それは片手にお姫様を抱きながら戦う亡国の王子のようだったと、「彼女」は後に語るほどの姿。実際はナフェを小脇に抱えて鉄塊を振りまわし、彼女が放つ数々の剣閃を腕一本で防ぎきるジリ貧の攻防だったが。
そうして鉄塊を振る内に、段々と目が「慣れて来た」事に気付いた彼は、超スピードで間合いを悟らせない彼女の動きを確かに把握した。おもむろに彼は指を動かし、一定の場所へとラビットのレーザーを撃つようナフェに指示を出すと、確かにレーザーを自慢の防具で弾き飛ばす総督の姿が一瞬立ち止まって目に映った。
突如始まった戦闘に余りにも上達が早い彼の偉業に驚きを覚えたナフェであったが、このままずっと小脇に抱えられているだけでは体力を使い果たした「彼」の足手まといになる事は分かっていたのだろう。仮にも「
「後一分! それだけでいいから時間を稼い―――あわわっ!?」
「っと、ご乗車不便で悪いな。それでッ、……一分ありゃ何が出来るんだッと、っらぁ!!」
再び力任せに鉄塊を振り上げて、彼女の武器を上に弾き飛ばす。その隙を縫って、ナフェは次の言葉を紡ぎ始めた。
「幸いシステムは私達の使ってるのと変わんないっぽい! あと五十秒で地球のどっかに転送するから頑張って! 死んでたまるかっ!」
「そりゃこっちのセリフ!」
二秒とせずに空中で武器を取り戻した彼女に顔をしかめつつ、落下と同時にエイリアンパワーで衝撃波を発しながら落ちてくる攻撃を何とかいなす。地面に彼女が降りた瞬間に衝撃波が駆け巡って耐性を崩しかけると、そこを狙って腹に向かう一陣の風。それは死を運ぶものであると分かり切っているからこそ、彼は必死になって地面を蹴った。
一瞬の浮遊感と共に下を横切る刃の音を聞く。その音を置き去りにして目の前に現れた鎌がなんとも恨めしい。愚痴を吐いていては次に吐くのは己の血液とか内蔵とか生命活動に必要不可欠なものであるため、ぐっとこらえて鉄塊を再び眼前へと引き寄せた。
空中ではなんとも体勢が取りづらく、接触を受ける度に攻撃を受けた鉄塊が慣性に従ってこちらに倒れこんでくる。持ち方を逆手、順手と取り変えながら何とか着地までの攻撃を受けきると、今度は下から抉り込むように迫ってきた先端を見て恐怖が呼び起こされた。
「うぉ」
言葉も途切れるほど顔と刃との間は狭い。遅れてやってくる風が前髪を巻き上げる感触を確かめている間に、新たな剣閃ばかりが音の壁とかを色々ぶち破って迫ってくるのだ。
「あと四十!」
左手で抱えたナフェから聞こえる声に、まだそれだけしか時間が経っていないのかと、走馬灯現象にも似た体感をしている自分の反応速度が初めて恨めしいと思った。すでに一分はとっくに超え、二分は経過しているだろうと思えば現実はこれなのだから、心が先に折れそうにもなってくる。
だからと言ってここで生を諦める訳には行かない。なぜなら、まだ酒が抜けても瞳の奥では諦めきってなさそうなフォボスにしっかりとお灸をすえる必要があるからだ。
(ナフェはそう簡単にやらん!)
なんともふざけた理由だが、これが現在の彼を動かしている原動力の6割ほどを占めている。残りの4割は体力とか、超人的な精神力とかそんな有象無象のありきたりな感情である。今の彼にとってそれらはさほど重要でも無かったからこそ、割愛させて頂こう。
さて、そう思っていると次に周囲から様々な気配が現れ始めた。残り三十五秒となった現在、逃がすまいと思ったのかは定かではないが、「彼女」が初めて砲撃による攻撃を行ったのである。その砲撃は彼でさえ目でギリギリ負えないスピードの彼女が三百六十度全方位から放った岩ほどもある弾丸の嵐。さながら絶望と言っていいほど、迫りくる壁は彼らを押し潰さんと迫り始めていた。
「あ、あと二十五秒!」
その様子がナフェにも理解できたのか、どもりながらも残り時間を告げる。
ところで、今の彼は常時ランナーズハイ状態と言っても過言ではなく、それによって肉体的苦痛はほとんどなかった。こうして続ける大立ち回りの中でも息を切らすことなく、むしろ少しなら喋る余裕があるほどだ。
そんな彼の視界は、常にゆっくりとしている。どこぞのオサレ漫画の超人薬を服用した時の様に視界に入る物の動きがゆっくりと認知され、迫る岩にも確かな隙間や弱所を見出していた。
だから、それ目掛けて鉄塊を振るう。今の彼にはそれしかできないのだから。
そして残り二十秒。そう言おうとしたナフェの声を打ち消すほどの轟音が響き渡った。言うまでもなく、彼が鉄塊を扱い、飛んでくる彼女の岩を砕き落とした事が原因である。大質量の物体同士が真正面からぶつかり合う事で、流石の彼の肉体も磁場の強い磁石の同極を無理やり接触させた時の様な反発感に襲われる。
ここで、それでも鉄塊を握る手を緩めなかったのは奇跡だったのかもしれない。次に横に振りぬこうと力を入れた瞬間に、その軌道上に「彼女」の姿が突如現れたのだ。
それは彼女らしくないミスで、彼女らしくない隙だった。
振りぬかれた彼の鉄塊が風を唸りされたかと思えば、その軌道上に存在した彼女を巻き込んだまま彼女は自分で撃った岩へ押し潰される形になったのだ。苦悶の声を上げる暇すらなかったのか、声もなく、それいて奇跡的に人の形を保ったままの彼女はその場に崩れ落ちた。再起動する様子もないことから危険度は低いと判断し、彼は残りの岩の弾丸を全て撃ち落とす。
ナフェのカウントがゼロになった時も、最後まで彼女が起きることは無く、彼らはナフェの起動させた転移手段の光に従って地球へと戻っていくのだった。
最後まで、彼女の白い体は反応さえ見せることは無かった。
転移先に光が灯り、一瞬の大きな発光と共に二人の男女の姿が現れる。
一人はその見た目に似合わないピンク色の鉄塊を担ぎあげ、一人はフードに付いている鉄製の兎耳の様な者を垂らしながら体も疲れ切った様子で手足をだらりと伸ばしていた。あのエイリアンの総督に無理やり招待された場所から無事帰還した彼とナフェである事は疑いようもない。
余りに特徴的過ぎると言うのも、考えものかもしれない。
「……逃げ切った?」
「おそらく」
「……潰れてたよね?」
「だが死んでないだろう」
「…そりゃそうだけど。アタシら、再生能力はストック共よりずっと上だし」
「知ってる。喉貫かれたぐらいじゃまだ声も出せるぐらいだろう」
「なんで知ってんの」
いきなり「ご招待」された事も含めて謎ばかりだ。そう言って彼女は彼の左手から抜け出すと、その場所にあった崖を一望する態勢で座った。先ほどの戦闘で表面に小さな裂傷を作っただけの鉄塊を杖の様に立て懸けると、彼はその先に在る風景を見て、大きな溜息をつく。
「どしたのパパ」
「パパやめい。…いや、俺って人間なのかと自問自答したくなった次第」
「絶対違うと思う。人間そんなの持てないし、私のネブレイドした生態科学者の知識的にも範疇から逸脱し過ぎ。どうやったら垂直に5メートル跳べるのさ?」
「だよなぁ……やーん」
「きもっ」
彼女の言葉にがっくりと肩を落としながら、彼は鉄塊にもたれかかった。
先の戦闘、この40キロはあるだろう鉄塊を振りまわした事と言い、物体の動きがスローモーションになって見えた事、それに加えてまさかのメートル級ジャンプをしてしまった。旅をしていた時から足の速さはボルティー(オリンピック出場者の個人名なので一部改変)を越えたどころか自動車さえ抜いていたのは分かっていたが、まさか
武器を握った直後に隙が生まれて、幾つか体に斬れ線が入ってはいるものの、ほぼ無傷と言っても言い自分の損傷具合を見て、再び人間じゃないなぁとため息が出る。
「…とにかくIUPFに戻るか。いきなりいなくなったら怪しまれるし、フォボスとあのお調子者のロスコル辺りには司令官殿に叱ってもらわないとな」
「え、あれって酔ってた時のアレなんじゃ……というかIUPFじゃなくてUEFだよ」
「駄目だ。言葉にしたのが悪かったか、感情の奥深くで確実に芽生えてる。恋の種とやらが……って、UEFだったか?」
器用にも二種類の会話を同時に行っていたかと思うと、ナフェは急に顔をしかめて言った。
「……ストック、やっぱヘン」
「こんな所で呆れられるとは人間様も思ってなかっただろうに……」
よいしょと武器を担ぎあげ、現在地の詳細をナフェに聞いてみる。
帰ってきた言葉によると、この場所はカザフスタンなどのあたりらしい。経度は合っているので、直線的に西に進めば再びモスクワに到着できるだろうとの事。
「また気ままに旅でもするか?」
「そだね。あの方も流石にアレじゃそう簡単には動けないでしょ」
「それはナフェ基準でか?」
「あたしだったら体が砕けてるわよ。あの方の場合は……わかんないけど、種族は一緒だしいくら丈夫でもそう簡単には復活できないんじゃないかな」
「そうである事を願うのみだ。っし、また歩くか」
気合を入れて彼が立ち上がると、服の裾をつかんだナフェが見上げていた。
「あ、背中乗せて」
「却下」
「ひっどーい」
先ほどまで最大の敵に襲われていた事は早く忘れたいのか、焦るように今までのような会話を繰り広げる二人。最終的に少し駆け足(といってもエイリアン基準)でその場を立ち去ることにしたらしい彼らは、昇り来る太陽を背に、その場所を後にしたのであった。
「…………」
一方、彼女のいた座では、彼女が未だ再起不能のままその場で沈黙していた。
このまましばらくはこの状態が続く、というのがナフェの見立てであったが、当たり前のようにそれが覆される出来事が発生する。
彼女の指先がピクリと動いた。そう思った途端、彼女が優雅に立ちあがっていたのだ。
体に付いた埃を払う仕草をすると、彼らが転移して行った方向を見つめて静かな微笑を送る。既に彼らはいないというのに、それがとても面白い事の様に、彼女は喜怒哀楽の喜楽の感情を表に出していた。
普段の彼女を知る立場の者たちが見れば、それは恐怖以外の何物でもなかっただろう。
それはつまり、彼女の「
「……ああ、楽しみだ」
流れるような自然な動作で椅子に座ると、備え置かれた紅茶を淹れる。
あの激しい戦闘の中、何故か被害が一切及んでいないその唯一の家具達は、どこまでも穢れ無き高嶺の花である彼女を体現しているかのようだった。
なんていうか、無理やり感がすごいと思った人挙手。
私達もセンター明けのテンションでもうやらかしましたぜベイビーみたいな感じです。
ほんとはここで主人公の超人パワーを説明しておきたかったのですが……まあ、もうちょいとっときましょう。「秘密がある」という点に関しては、もう皆様お気づきでしょうからここでいっちゃうのですがね。
それでは、ありがとうございました。
新年の午年、早く来ないかなー(気が早いというに)