カウントダウン~A HAPPY NEW DAYS~ 作:幻想の投影物
他の更新に行き詰ったら後日談をちまちま追加する予定。
どこまで続くかは未定。
主人公だった男がどうなるかは、我々ですらわからない。
OVER THE DYSTOPIA
人がいた。
人間がいた。
そこには、エイリアンと呼ばれた異邦人が居た。
かつての戦争は数十年に渡って続き、50年間の敗北から一転した人類はエイリアンを駆逐した。敵対するものは全て殺し、仲間になったエイリアンの技術や戦術の全てを取り入れ、時には人の命を救うためにエイリアンの体から人間に必要な物を搾取する。エイリアンは餌を与えられ続け、その境遇を享受していた。逃げる事すら無く、絶望を浮かべることすら無く、ただじっと、人類の為に力を振るい続けた。
―――やがて、人類は欲を出した者によって分裂する。
金品や金目のものに関していたと言う訳では無かったのだが、それが巻き起こされたのはエイリアン侵略事変より五十数年後。エイリアンとの戦争が終わって実に1年の月日が経過した頃だった。
かつて最前線で命を張ったPSSはエイリアン事変に使っていた武器を全て解体し、生き残った人類が使う資材として分解したものを提供する。科学班から発展した工業課・産業課といった生産を主とした者たちが生き残った数千万人の生活空間への技術提供をした。そうして、エイリアンと手を取り合って健やかに生き、戦争とは無縁の復興を続けて行こうとした―――その矢先のことである。
一人の男――「彼」の墓を踏み荒らした提案者――が高らかに声を上げたのである。我ら人間の為にエイリアンをこれ以上に酷使し、完全に解析してしまえばエイリアンは不要なのではないか。家族を奪った憎しみを、この生ぬるい日常で忘れてしまってもいいのか、と。
それはUEFの全体に一度大きな衝撃を与えたが、直後にその考えは笑い飛ばされた。
「破壊は破壊しか生まない」
「何を世迷言を」
「もう疲れたんだ。ゆっくりさせて欲しい」
「守られていただけのくせに、PSSにも志願しなかったくせに」
人間は疲れ切っていた。
神様すら見放したこの世界の中で、自分の力でようやく立ち上がる事が出来たのだ。勇みこんで走りだして、自ら転ぶ必要なんか何処にもない。転んだ時以上の骨が粉砕されたような痛みを思い知っていた人間は、そんな「暴れたいだけの男」を何とか諌めようとした。
だがそれは、その暴れたいだけの男を暴れさせる一つ目の理由になってしまう。止めようとした者の首を圧し折り、レンチを凶器として振りまわし始めた男はすぐさま逃げ出した。その後を追ったPSS隊員は、今の職務である警備員としての立場から男を止めようとして―――絶句した。
なぜなら、その男の手には凶器が、エイリアン事変以降は廃棄処分された筈のエネルギー兵器や振動刃を携えていたのである。すぐさまその牙をむいた男は、UEFの一角を壊滅させるまでに至った。
この狂った人間一人による凶行が成された時間は、男の狂気が発覚してから僅か2時間の事。人類に協力するエイリアンが到着した頃には、この男の手によって何の罪も無い人間1000人以上が殺された。その中には、エイリアンと故意にしていたギリアンという老婆も含まれていた。止めようとしたのだろうか、死ぬまでの激痛の中、酷く残念そうな表情で事切れたギリアンという老婆の遺体を見たマズマというエイリアンが、一言も発さずに男の意識を刈り取った。
その男の処分はPSSの上層部に一任され、性格上か、はたまた内に秘める狂気に誰しもが本能で感じ取っていたのか、身寄りも友好関係すら無かったその男は気絶している間にマリオン司令官の手によって銃殺刑とされた。その事実だけが残ったUEFは、再び混迷の中に陥る嵌めになってしまったのである。
そして現在、男がマリオン司令官によって殺された日から一週間後。
UEFにはその波紋の残響が残っていたのだった。
PSS作戦指令室。マリオンが指揮を執っていたそこは、現在はラジオ番組の収録室として使われている。此処一年で人気を広げ始めた「ナフェのドキドキお便りコーナー(毎週木曜夜9時)」を筆頭としたラジオが普及され、元通信士官メリアやロスコルの手によってラジオの番組編成その他が完成されつつあるこの頃、そこには無視できないお便りがいくつか寄せられていた。
「……“第4地区壊滅。死者1000人以上の被害を出した男の実態は?”“私たちの生活が本当に保障されているのか。もっと警備員や対応策を増やしてほしい”………やっぱり、不安が煽られてるなぁ」
「こっちも似たようなものね。ナフェちゃんに読ませるにも同じような質問ばっかりで……まぁそれ以前にどうしてこの事件を防げなかったのか、って感じもするけど」
「死者千人以上か。まったく、そこまで暴れる元気があるならアーマメントの軍勢に突っ込むくらいの気兼ねが欲しかったもんだ」
ロスコルがお便りの一枚を放り投げる。椅子にもたれかかった彼は、思いもよらない身内から発覚した手痛い事件の事を気にやまずにはいられない。これを始めとして、第二第三の破壊魔が現れないとも限らない。「彼」の墓を荒らしたのは靴跡を見るだけでも一人や二人では無かったし、不安を抱えて心に病を抱える人間が増えるのも避けられないだろう。
ロスコルはこうして、ラジオのパーソナリティ兼プロデューサーの活動を続ける中でもっとも生き残った人類の負の声を聞き届ける役割に収まっていた。それは、隣に居るメリアや他のラジオスタッフたちにも言えることであるのだが、今回の事件は本当にやり切れない、やるせない気持ちになってしまう。
どこにでも、狂った馬鹿はいるものだと。命をかけて戦って、まだ戦いが終わった実感のないPSS隊員はきっとこう思っているであろう。それはロスコルだけでは無い。この事件を聞いたフォボスや、死んだアレクセイにも言えることだ。
訳の分からない馬鹿が起こした事件にUEF全員が心を痛めている。そんなムードになりかけたところで、ドアのぷしゅぅという開く音がロスコルの耳を打った。
「死体の処理、終わったわよ」
「シズさん、お疲れ様。それでどうだった?」
「最初は私たちエイリアンへの私怨が募っていたみたいだけど、無機質なアーマメントが映像の中で壊されていく中で何かが違うと自覚。そして自分は血が見たいだけだと再確認して、一年と言う期間がそれを限界まで助長したようね。“彼”の墓を踏み荒らしたのは戦争を終わらせた事で誰も死ななくなったのが嫌だったみたい。根っからのシリアルキラーだったようね」
「……おお、良かったよかった。犯人が死んでくれて」
「ロスコル、ちょっと過激じゃないの?」
「そう言うお前も心底ほっとした表情浮かべてるぞ。なぁメリア、そっちもそんな屑が死んだのなら良心が痛まないで済む。葛藤もしなくていいって思ったんじゃないのか?」
「……否定、できないかも」
「ふぅん? 人間って赤の他人の生き死にでも心が痛むのね。私はまだ親しい人にしか感情が揺れないけど……そんなものなのかしら?」
「それはそれで完成されてると思うぞ。それで、別に犯人のネブレイド結果を見たってだけじゃないんだろ? 何が起こった」
ロスコルがシズに向き合った。お見通しね、と両手を広げたシズは首を振って言う。
「新しいプロジェクトが決定したみたい」
「それを伝えに?」
「ええ。“宇宙進出への第一歩~アームストロングの先へ~”というタイトルらしいわ」
「あ、名付け親はマズマでしょ? 一昔前のライトノベルみたいな感じがする」
「残念。フォボスと司令官の発案みたいよ…うん、それじゃ私は兄さんと木造建築の受講に行くから。日本の職人さん達に今度なにか用意してあげといて。私名義で」
「はいはい、それじゃ上司に掛け合ってみるよ。お疲れさーん」
「じゃあね」
手を振って収録室を出て行ったシズはすぐに姿が見えなくなった。
「さぁロスコル? そろそろ番組編成を発表しないと。プリンター持って来て」
「プリントアウト作業面倒臭いなぁ。まあ、これでようやく一日一番組以上の目処が経ったし丁度いいか」
ラジオ放送局のスタッフは僅か40人。
7000万人程の生き残った人類へ、絶賛スタッフ募集中を掲げています。
≪ナフェちゃんのドキドキ☆お便りコーナーのお時間で~すっ! 今週もみんなから寄せられたお便りをペンネームで読みあげちゃうよ。本日のゲストは恐怖のマッドトゥスプラッタークリエイターのアダム・ジェンキンス博士をお呼びしております! それじゃジェンキンス、今日はよろしく≫
≪研究の片手間だがこの楽しい時間に参加させていただくとするよ。ああそれと、非才の者を天才に仕立て上げる薬の実験中だ。ここぞと言う者は廃人覚悟で被験者に応募してくれたまえ。お便りコーナーの意見書にTo.labと書けば此方に届く手筈になっているのでね≫
≪ハイッ! 最初っからイカレた発言ありがと。ここからメインパーソナリティのあたしが進めて行くから、ジェンキンスは随所でカンペ見ながら発言を慎んでよね。ダー?≫
≪ニェット≫
≪ラジオ舐めてんじゃないよド三流の初心者の癖にさぁ!? 今度そっちに行く予算減らすけど良いよね? 答えは聞いて無い!!≫
≪ハッハッハ、この調子ではラジオにもならないのではないかね?≫
ラジオから喧騒が流れ始めた。
そんな愉快なBGMを背にしながら、意味は変われど司令官と言う立場を離れなかったマリオンは、苦笑と共に計画書に手を掛ける。そこに記された図面の通りに、鉄板や資材が運ばれていく様子は圧巻の一言である。
円状で囲うように造られたUEFの中心部。広大な農場・田園・果樹園・畑の役割を持った中庭の更に中心には、機械的な白銀の塔が聳え立っている。難民にも見えるようにと建てられたシンボルとしての希望の塔。それがエイリアン事変の最中での役割だったが、今はその中心部が削り取られ、外壁は補強されて広く回収されている。
新しく造られたその施設となった当の名は「宇宙開発センター」。中央だけにセンターを引っ掛けたというのが製作主任の戯言だったが、そんなオヤジギャグを暴投した主任は立派に最前線でこのセンターが持つ多岐に渡る役割をこなしていた。彼もまた、どこにでもいそうなスキンヘッドのオヤジでありながらジェンキンスと同類の天才なのだ。
「主任殿、計画は進んでおりますかな?」
「絶好調さ! ブリュンヒルデに積み込んだ高速ブースターの技術あったろ? アレと同じで人間の強度を考えなくてすむってのは楽で済む。搭乗実験もエイリアンのデータを取って人間用に組み直せば俺たちが宇宙に進出するのも夢じゃないってえ寸法さ! どうだ? 人類復興、最初の有人飛行に司令官は言ってみねぇかい?」
「残念ながら、私も年でな……あと20年若ければ、宙を拝む気にもなったのだがな」
「ハッハッハ! そりゃあ残念無念また来年! まぁ、来年になるまでには完成してるだろうし、エイリアンの技術には頭が上がらねえぜ。こっちの人間の考えも含めると、技術統合ってのか? それで改善点や効率強化案もボンボン浮かんできやがるしよ。安心して、指揮をとってみてて下せえや司令官っ!!」
「期待しているとも。だが、最初に乗るのは決まっているだろう? あの会議で、反対するものも何人かいたが……“非公式”としては、彼女が適任だ」
「……ああ。俺らより年上たぁ言っても、あんな可愛い子を泣かせちまうなんてなぁ! 世界を救った英雄様は女心に疎いと見える! いやっ、みなまで言うまい。がっはっは!!」
大きな笑い声を響かせながら、スキンヘッドに光を反射させた長伸の黒人が去っていく。既に下半分まで建設途中で、従来のものとは大きく形も原理も異なっている人類の夢と希望を宇宙に打ち上げる機械「ロケット」を見上げたマリオンは、タラップの上から希望の光を感じていた。
「月の裏側で戦闘は行われていた……我々の技術ではまだ観測できない場所に居たのだったか? あのシング・ラブは。だが今度こそ我々人類は君に届いて見せよう。私の戦いは、まだ終わってはいないのだから…!」
老いて力も入り切らなくなった手で、歩行補助の杖頭を握りしめる。戦う意志は減益と何ら謙遜のない根っからの武人、フランク・マリオンは一年前の戦争終結を、人類の勝利ではなく「彼」個人の勝利であると捉えていた。古臭い思想の持ち主だと言えばそれまでだろう。だが、純粋に人類が作り出したチカラではなくエイリアンの手が入れられた兵器群は、マリオンにとって「真の勝利」から程遠く遠のいていくような気がしていたのだ。
だが、今回はエイリアンの助言も少しはあれど、発掘した技術と最早オリジナルと言っても過言ではない人類の技術力を集結させた人間の知恵の結晶である。主任はエイリアンの技術と言っているが、コピーし、リアレンジした技術開発はアレンジという域を軽く超えている。
そして宇宙進出は、エイリアンの襲来から一度も執行されることが無くなった人類の夢と可能性を秘めた道である。この技術を完成させる事は、もう既にいない「敵エイリアン」と競い合える最後の手段であるともマリオンは感じている。自ら感じ取る、短い寿命。だが、この命が続く限りは人類の宙へ掛ける夢を見て行きたい。
これこそが元作戦司令官フランク・マリオン。そして現人類復興プロジェクトリーダー、マリオンが抱いた心境であった。
完全に繋ぎの話ですみません。
そして主任のキャラ。一度こういう豪快なキャラ書いてみたかっただけです。