カウントダウン~A HAPPY NEW DAYS~   作:幻想の投影物

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これにて閉幕

あなたは、幸せがどんなものか考えたことがありますか?


A HAPPY NEW DAYS…?

≪UEFの皆さまに報告します≫

 

 その一言から放送が始まった。

 勝利を祈る者。家族が死んでいないように願う者。

 人間の分だけ僅かながらも違う欲を抱えた者たちは、その真実に対して最後の最期まで希望を抱き続ける。パンドラの箱は、次の瞬間には開かれてしまった。

 

≪エイリアンとの総力戦。こちらの編成は増援込み約4000人。総被害は死者2458名、行方不明者387人、重軽症者は残り全員。半数以上がこの戦いで倒れ、この世界でエイリアンを引きこんだ第一の後見人……名も知れぬ衛生兵長がお亡くなりになりました。そして突撃部隊長、作戦司令官他、ドラコ02に乗り込んだ者の大半も逝去しております≫

 

 その一言で、UEFという巨大なコロニーは絶望と悲観に包まれた。

 やはり死んだのか。そして、今や1億にも近い全ての人類はその数千人しか戦える物が居なかったのかと暴言を吐く者もいる。それでいて、放送は無感情に残りを読み上げる。

 

≪ですが、勝利しました。敵総督は死亡、我々人類を苦しめてきたエイリアンも敵対するものは全て葬られました。我々の日常を脅かしたアーマメントは製造すらできない状況に追い込みました。我々人類は――――この日、侵略者(エイリアン)から地球を取り戻したのです≫

 

 無言。

 それは久遠にも続く様に思えて、

 でもそれはほんの一瞬にも満たなかった。

 

 歓声が上がる。

 

 誰の物か、なんてことは分からない。ただ単に喜びと、自分達の命が理不尽に失われることも無くなったのだと嬉しさを隠しきれない者。感情を押し殺そうと天を仰いで、流れ落ちる涙に気付かない者。そして、PSSを信じていた人間達もまた喜びの叫びを上げる。

 この日、全ての人間が同じ感情を抱いていた。

 

 

 

≪…では、死亡者・行方不明者の名を読み上げます。心当たりのある方は第4大広間まで――――≫

「……終わったって? ああ、やっとか」

「得るもの何ざ何もなかったな。人類は失った物が大きすぎる癖に、得る物は少なすぎる」

「だがそれが真理であり、我々知恵の身を食べた人類の罪なのであろうよ。フォボス、君は腕をやられているのだから無理をしてフルーツに手を伸ばすのは諦めたらどうだ」

「へいへーい。……だがよぉ、死んじまったもんだな」

「……ああ」

 

 そんな時、一人の名前が呼ばれた。

 

≪…シウ・ダート。アレクセイ・デュラン―――≫

「……娘さん、泣いちまってるよ。馬鹿ヤロー」

 

 ロスコルは、PSSに帰って来てすぐにアレクセイの娘に父親の死を伝えた。

 それがどれだけ理不尽だったか。卑劣にも程があるやり方で殺された父親の最期を、包み隠さず語って聞かせた。その娘は、最初は反抗期らしく気丈に振舞っていたが、誰もが疲れた表情をして帰って来ているPSS隊員の中に見慣れた父が居ないと知ると、その場に泣き崩れて悪態をつき始めていた。

 それは、彼女だけでは無い。PSSの凱旋を知って、ドラコ01の着陸地点に集合していた者達の大半が悲しみと絶望を味わった。被害規模はこれでも歴代の中で「最小限」だったにも関わらず、歴代のどれとも変わらない喪失感を生き残った家族達に与えたのだ。

 

 そうして病棟に担ぎ込まれた前線部隊の者達の見舞いに、司令官としてドラコに留まり続けたおかげでほとんど無傷なマリオンが来ている。先の会話は、全てこうした悲しみと過去を踏みつけて来た上で成り立っていた。

 

「よぉジョッシュ。馬鹿やったもんだな」

「チョイとハンドル切ろうとしたらいつの間にか腕がなくてな。おかげで女房抱くのも難しくなっちまわぁ」

「こんな時にまで女房自慢かよ。そりゃ一人身の俺に対する厭味か、ああ?」

「落ちつけよフォボス。本当に一人身になった奴とか―――ナフェちゃん、とかも…」

「……あの馬鹿に関わった奴の話はするなッ!!!」

 

 フォボスが痛みを覚える体も無視して、病棟全てに響く様に叫んだ。

 

「…あ、ああいや。すまねぇ……だがな、約束守らなかったアイツが悪いんだよ!」

「……アイツ、討ち死にだったか?」

「おれは相撃ちって聞いたがな」

「全ての真相を知る二人は、仲良くマッド博士のところで調整中だからな」

 

 マリオンの言葉の通り、クローン体として生まれたステラやナナは人類にはほとんど時間も余裕も残されていなかった状態でロールアウト、同時に戦場に送られていた。故に、ある意味で不完全なまま長い期間を戦い続けていたのである。今はジェンキンス主導の下、ナフェと共同開発した細胞の劣化を抑える技術(ナナの記憶野問題の途中で偶発した)を適応している真っ只中だ。全てを本当に知るには、あと一週間ほどかかるだろう。

 そしてマズマやナフェも、調整中のステラに掛かりっきりで研究班の手伝いをしている。一刻でも早く戦いの傷跡を少しでも埋めようとする真理があるのかもしれないと、ナフェはマズマの必死さを見てマリオンに苦笑交じりで言っていた。ただ、ナフェ自身もその目はどんよりと曇っていたようだが―――理由は、言うに及ばずと言ったところだろう。

 

 そして現在、シズとカーリーという新参のエイリアンはまだエイリアンという敵が自陣を我が物顔で歩いている事に納得できない者たちの為に奉仕活動を命じられている。その代償と言っても何だが、彼女たちには世界各地に派遣されている回収部隊が見つけて来た年代物の人工物を献上しているので反逆を起こされる心配も今のところは無い。あったとしても、それはシズだけであって「彼」に絆されたカーリーが止めてくれるだろう。

 

「…あの戦いからもう二日…いや、まだ――二日か」

「聖戦と言えば聞こえはいいが……ありゃ悪夢だったな。俺達なんでまだ生きていられるんだか」

「運が良かったんだろうよ。空が埋め尽くされるほどにアーマメント飛来したってのに、ほとんど無傷で守り切られたマリオン総指令や管制官たちみてーによ」

「そういや、本部(ココ)に恋人がいるとか言ってたデルタ3は?」

「ここっすよ。いや~、なんか寧ろナナちゃんの機体の余波で死にそうだったのは良い思い出っすね」

「おまえ……神経ずぶといな。それで、プロポーズはどうだった?」

「バッチリ! おれ、来週には結婚式上げる予定なんで皆の分も招待状書いときますっ!」

「そりゃいいや。ウジウジしてやがるUEFのボンクラ共には丁度いいかもしれねぇな。盛大に祝ってやろうぜ」

「あ、そういやお前に貸してたCD返せよ。シング・ラブのラストアルバム」

「ああ? お前まだあんなの聞いてたのかよ。ロック魂はどうした、ロックは」

「うるせーなぁ。男がしんみりとラブソング聞いてちゃ悪いかよ」

 

 そうして、痛みに対する呻き声や鎮痛剤を打たれて寝息を立てる音の代わりに戦士達の喧騒が溢れて来た。その直後に響き渡った看護師たちの怒号と、UEFでも偉い立場の筈のマリオンが叱られている言葉を聞いたと言うのも……ここでは、蛇足に過ぎないだろう。

 

 

 

 

 決戦から一週間と数日の時が経った。

 戦死した者たちの葬儀が執り行われた日も過ぎ去り、UEFには人類の復興を目指す活気が灯って来ている。PSSの舞台は最近になって見つかったアーマメントの残党を狩ったり、平和の隙をついて犯罪に走る者たちを取り押さえる憲兵のような役職へと変化しつつも、人柄は一切変わることなく人類の貢献を続けている。

 科学班のジェンキンス率いる最悪・最狂と呼ばれるようになった一団はナフェから提供されたエイリアンの技術を用いて宇宙開拓への道を乗り出しており、その際には犯罪で捕まった者たちの牢からいつの間にか一人二人と消えて行くほどには元気な活動を始めているらしい。今でも研究棟の一室は最重要機密区域(立ち入り=死)と称され、愉しそうな笑い声の絶えない職場になっている。

 

 そして、エイリアン達は―――

 

「……お墓参りって言うんだね。この悲しいの」

「悲しいだけじゃない。死んだ奴らの幸福を祈るのが仕事だ」

 

 赤い男が黒い少女の頭に手を乗せ、冷たい瞳でその墓を見下ろした。

 

「…やっぱ、こうなるよねぇ。私たちなんかを引き込んだ挙句、好き勝手やらかしてきた馬鹿の最期はさ」

「私たちはこんな人間(奴ら)から生み出されたと思うと、自分の体が汚れて見えてくるわね。……でも、ここまでだといっそ何も感じなくなっちゃう」

 

 桃色の少女が呆れたように、それでも悲しみを隠せずに溜息を吐いた。それに見習うように、灰色の髪を持つ少女が新しい親友から貰った髪留めに手を当てる。その目は、此処には居ない誰かへの侮蔑の感情が込められている。

 

 この四人が訪れた墓標には個人を特定する物は記されていない。

 ただ、「(Man)」とだけ掘られた墓が四人の前にあった。

 

 しかし、それは酷いものだった。

 

 お供え物はぶちまけられ、花は散らされ墓石を踏みつけたように草の汁がこびりついている。墓石の一部を壊す程強く踏まれた靴跡は拭っても簡単には消えない程であり、紅い男の手にあるバケツや布もなんの意味も無さそうだと言う事を悟らせる。

 

 これらは全て、「彼」の死に向けられた感情だ。

 死んで当然。むしろ敵であるエイリアンと仲間として迎え入れるなんてありえない。気持ちの悪い人外の身体能力を持っていて、だからこそ化け物どもと一緒にいようとしたんだ。

 そうした人間達の強い負の感情が、この惨状から伝わってくる。人間は自分達と違うものをすぐに排除しようとしたり、異常であると見做して遠ざけようとする。自分達人間がどれほど高潔な生物であるかを誇示したいがためか、はたまた人間は罪深い生物だと言う事実から逃げ出したいがためか、それは当人にも言い表せぬ感情であろうが、なんにせよ醜さを浮き彫りにしている事は間違いないだろう。

 

 この地に訪れた、純粋な人間ではない四人。

 彼女たちの名は、知る人ぞ知るもの。マズマ、ステラは最近できた風変りな恋人として認知されてきているし、研究者として名を馳せ始めたナフェはジェンキンスと並んで悪名が高い。そしてナナは、過去幾度かこのUEF本部を防衛するために戦ったクローンとして元より有名だ。

 しかしその四人、全員がこの世には居ない「彼」のおかげでそんな関係になったと言っても過言では無い。彼がいなければナフェがUEFに来ることは無かったし、マズマが襲撃を決意した際にナナが目覚めることも無かった。そして、仲間になったマズマを経てステラが目覚めてくれる可能性も限りなくゼロに近かっただろう。

 

「とりあえずお掃除しよっか。お参りするのはそれからでもいいよ」

「うん、ナフェ。じゃあマズマ、バケツこっちに置いて」

「ああ、だけど俺が磨くさ」

「私、新しい花貰ってくるわね。ステラは散らかった物箒で掃いてちょうだい」

 

 やりきれない感情を残しながら、彼らは各々に出来る事をし始めた。

 

 こうして四人が「彼」の墓に訪れたのも、すでにPSSの戦死者の葬儀に参加した後であり、それぞれに空いた時間や調整から目覚める時を事前に打ち合わせていた予定からである。まさかここまで荒らされるとは思いもよらなかったに違いないが、それでもテキパキと役割を分担して彼を弔う準備に入ろうとする様子はある程度の予測も立てられたからか、随分と手際がいい。

 ようやく他の墓前と同じように美しく陽光を反射させるほどの輝きが見られた所で、ナナの持ってきた花と「彼」の自称する故郷と同じ日本の方法で線香やロウソクが建てられていく。四人が両手に数珠を手に嵌めると、しばらくの間黙祷が続けられたのであった。

 

「……んっ」

「あーあ、なんで死んじゃうかな。ほとんど不老だし、ずっとパパになるって思ってたのにさぁ………ホント、人間って脆いったら」

「人間…か。ナフェ、オマエ随分変わったようだな。ヤツ以外にもストックとは言わんばかりか、らしくもなく涙なんか流しているとはな」

「……は? 何言って…違うし、別に悲しくないもん」

 

 反論するナフェも、こればかりは嘘にはできなかった。

 鉤爪のような生体アーマメントである両手では顔を覆い隠すことも出来ず、彼女の意志に反して――本心には比例して――頬を伝う涙を抑えられる訳も無い。ボロボロと墓に伝って落ちて行く天気ハズレな雨が降り注ぎ、灰色の墓石をダークグレーに染めて行った。

 

「おい馬鹿弟子。オマエはもう戻っていろ……そこの出来そこないもな」

「………分かったわよ。存分に泣きなさい、このごーじょーっぱりさん」

「マズマ……待ってる、から」

 

 マズマも、それにつられてしまったのだろう。袖口で目を擦る。じんわりと湿った感触が服を通じて伝わって来て、自分の一新した感情がどれほどに豊かな物かを実感させられる。何のしがらみも無く生きている事が間違いではないのだと思い知らされる。

 二人のエイリアンは、形も大きさも違えど…同じ悲しみに包まれていた。

 

「……形見は、無いのか」

「ないよ。最後にアイツが着てたのはボロボロになった戦闘服だけだったんでしょ」

「だがそれでも…」

「無いってば!! アイツがッ……あんたはアイツが未練がましく何か遺す奴に見えるのっ!? だとしたら…ここで一緒に泣く権利なんてないでしょ……」

「先に戻っている、早めにオマエも戻ってこい。――今日は、雨が酷いからな」

 

 青空の広がる空を見て、マズマはその場所から去った。

 いつまでも縛られないように、敢えてふっきれた振りをするように、エイリアンの脚力を使って一瞬で掻き消えた。

 強い風が巻き起こって、供えた花を揺らしていった。

 

「……また色々作って欲しかったのになぁ」

「初めて、家族みたいな温かさがあったのに」

「パパが選んだのは結局…総督だったんだよね?」

「一緒に居た時間はこっちのが多かったのに、でも分かってて死ぬなんてさ」

 

「ホント、酷い話だよね」

 

 一匹のウサギは、寂しさのあまり死にそうでした。

 でも彼女は目を真っ赤にしながらも、決して生きる事を止めません。

 

 童話の中のおとぎ話はこれでお終い。

 ナフェというエイリアンだった…そんなただの一つの命は、これからはこの世界に生きる命の一つとして、様々な事を知っていかなければならない。

 別れはあるだろう。彼女は、人間らしい見た目をしながら今この地球に生きるどの人間よりも長い年月を生きている。それはどこまで続く命なのか、彼女すらそれを知ることはできない。

 ネブレイドと言うたった一つの命題を抱えて、ナフェは未来へ向かって歩き出した。

 「彼」の手を、背中に感じながら。

 

 

 

 

 青い星が目の前にあった。

 雲がかかった白さは非現実的な不規則さを見せていて、渦巻く中心点がその基準何だと教えてくれる。それは自然の法則を外側から見ることのできる者の特権で、宇宙と言う未知の領域に足を踏み入れた者たちが持つ最高の光景だ。

 

 ―――あの星に、自分は生きているんだ。

 

 そう思って、誰もが帰りたくなる。

 自分の居場所に、自分の生まれた場所に。

 

 彼もまた、そうだった。

 でも手を伸ばしたとして、彼は望郷に囚われる事は無かった。

 だってその地球は、自分の生きてきた世界とは違うもの。

 異邦の自分が地を踏む権利は、既に無いのかもしれないなんて。

 

 緑色の液体に包まれながら、どこか他人事のように思えてしまった。

 

「―――――ァ」

 

 声を出すことも難しい。

 自分はいったいどうなっている? いつもの軽口を叩こうとして出てきたのは、恐らくは肺の中まで緑色の液体で埋め尽くされていると言う事実。声に出そうとした震えは水を伝って口に響いて、でもそれだけで何も起きずに終わってしまう。

 

≪……か………っと…! ………ふ≫

 

 視界もひどく、この液体で満たされている場所の外には誰かが居ることぐらいしか分からない。聞こえて来た声はくぐもっていて、男か女かも判別の使用が無いほどに鈍重な反響が正体を探る事を邪魔してくれた。

 心の中で悪態をつく。同時に、自分の意識がはっきりしてきた事を悟る。

 

 悟ったからこそ、違和感に気付いた。

 左腕は骨までこそげ落ち、手首から先は見れたものじゃなくなっていた筈。だったら、どうして指を動かす感触があって、あまつさえはこの緑色の液体を触れているような感触が感じられないのだろう? なんて、そんな答えは一瞬で出た。硬質なイメージのある手には、一緒に居た娘の様な存在と、親友であるエイリアンの手がそうであったなぁと記憶と想像が重なった。

 

 だから、意識も体も精神も魂さえも―――覚醒させる。

 

 拳を握る。外に居る何者かが何かは知らないが、どちらにせよ自分の体はこの状況下で「緑の液体を必要とせず」かつ「生き返ったらしく体調もサイコー」という結果を弾きだしている。そして自分が何とも知れぬ研究に使われると言うのなら、願い下げ(ことわります)の一言である。

 そのまま右拳を振りかぶって、強靭な作りをしているらしい地球の数倍の硬度はあるかもしれない強化ガラスを、一枚こっきりの新聞紙よりも容易く殴り破った。

 

 割れたカプセルから、自分と一緒に緑の液体が流れ出る。光すら碌に透過しない液体のせいで一瞬目がくらんだが、その隙よりも外に居た「何か」の動揺は大きかったらしく、自分が状況判断の為に辺りを見回してもまだ何もしてこようとはしない。

 そして改めてみた「人影」の正体は―――異形だった。

 トカゲと豚と、それから人を合わせたらこんな風になるのだろうか? ともかくナフェ達とは大違いで、少なくとも人間の感性からしてみれば醜悪で汚らしい欲望の匂いがぷんぷん漂ってくる。すぐ近くには奴隷用の部屋(ろうごく)でもあるのか、売春の匂いが酷く鼻をついた。

 

「……地球外生命体ってところか?」

 

 場所は変わっていなかったらしい。自分が目覚めたのは、死んだと思っていたあの白の庭園。しかしそこは、美しさと言う感性も持ち合せてい無さそうな目の前の生物達の手によって機械のパイプや汚い染みが張り付いたゴミ捨て場へと変容している。

 

≪実験体、止まれ。そちらの言語で話している故、分かるはずだ≫

「……ああ。聞こえてますが」

≪大人しくカプセルに戻れ。これは命令だ。オマエと、ネブレイド民族の研究はまだ途中である。全てを解明した暁には実験体の星をネブレイド被験場へと―――≫

 

 そこまでで、こいつ等を敵だと判別した。

 言葉が終わらないうちに、暴れた。たんに手足をばたつかせるんじゃなくて、アーマメント技術で蘇った異形の左手も使って施設やこの侵略者どもをアーマメントのように薙ぎ払った。一つ違う点があるとしたら、アーマメントはオイルと鉄片を撒き散らしたのに対してコイツらは血肉を噴出させたと言ったところだろうか。

 そんな吐き気も覚える行為が終わったところで、増援で来たらしい兵士の格好をした奴らを、銃を構えるよりも早く殴りつけた。骨が折れる音がし、奴らの首ごと吹き飛んで行く。豚みたいな鼻から出てきた粘液が酷く不快だったが、次から次へと送られる奴らを全て殲滅して―――ようやく、静かになった。

 

「……弱っ。蘇生したのか? それとも俺はクローンか? …どっちか分からんが、蘇生に匹敵する医療技術持ってたのなら一匹ぐらい捕えておけば…いや、ナフェにネブレイドさせれば分かる事か」

 

 ふと、そこで彼は自分の他に「ネブレイド民族」の研究と言っていた事を思い出した。見れば、いくつか並ぶ緑色の液体に満ちたカプセルの中に一つだけ淡いライトグリーンになっている所がある。液体の色そのものではなく、中にいるものの色を反映して見えているのだとしたら……?

 気になったからには、それをぶち破ってみた。

 

「……やっぱり、か」

 

 死んだ時と同じように、まったく同じ服を着た「彼女」が流れてきた。

 まだ気を失っているようだが、自分の恰好と照らし合わせるとクローンという線は消える。どうやら、本当にあの豚蜥蜴どもは自分たちを蘇生させたようだ。目覚めて30分以内に増援の様子も見えない程壊滅させられるとは予想外だったであろうが。

 ともかく、生き返ったからには彼女にも目覚めておいてもらわなくては骨が折れる。彼女を優しく起こす為―――その顔面を強く殴りつけた。

 

「…………生きて、いたのか」

「…いや、泣くなよ」

「痛いな。生きている、証だ」

「どうせネブレイドしたんだろ? じゃなかったら、こんな締め付けるぐらいに抱きつかないよなぁ。…あと、本気で痛くなってきたんだが」

「それはすまなかった」

 

 ぱっと離した彼女だったが、恐らく今の行動は目覚まし方法が不満だったが故の報復だろう。そりゃあ気持ちよく寝ている時に叩き起こされれば誰でも不満になる。

 

「だがまぁ、生き残ったからにはどうする?」

「ふむ」

 

 彼女はその辺りにあった計器を弄って言う。

 

「まだ一年も経っていないらしいな。だが私があの星に帰るわけにもいかないだろう。おまえを手放す気も無い。一緒に来てもらうしかないな……さて、実におまえにとっては残念だ、そちらの星では葬儀も行われてしまっている事は間違いない筈だ。もう逃げ道は無いみたいだが……同情してやろう」

「満面の笑みで言われてもなー。あー、耳にへばりついた液体が邪魔でよく聞こえなかったみたいだー」

「よせ、可愛らしい」

「男に可愛いとか殺し文句だーっての」

 

 だがまぁ仕方ないと、彼は彼女の肩に手を回して座りこませた。彼女もそれに逆らうことなく身を預け、破壊された機材を背にもたれかかる。目の前にある地球をメインに、後方から遥か彼方まで広がる星の風景を二人で眺め始めた。

 

「……全部終わった。おまえの意志がアレじゃあな……人間側も、無意味に殺されたよ。ホントに…憎たらしいもんだって」

「そう思ってはいないのだろう? おまえをネブレイドした時、私に対する拒絶などどこにも見当たらなかったからな。……だが、ソレ故に嬉しいものだ」

「あーあ、ばれたなら仕方ない。それじゃあそろそろ―――夢を見るのも終わろうぜ」

 

 そう言った。

 

 彼らは、そんな夢景色から目を覚ます。

 血濡れで左手を失い、それでもなお一週間以上を死に体を持続したまま生き続ける無間地獄の中に引き戻された。たった二つの存在となった彼らは、まるで互いに補完し合うように身を寄せ合って倒れている。

 どくどくと流れる血流や、延々と痛みを発し続ける傷口の化膿した匂いに苛まれながらも、これからも誰かに見つけられない限り永遠を過ごしていくのだろうと、自嘲して彼女を傍に寄せる右腕に力を入れた。

 

「……ぅぁ…ぁ」

「まだ…喋れるよ………って、ない…か。は、は」

 

 とぎれとぎれに、それでも彼女に聞こえるように彼は言う。

 聞かせることしかできない今を恨みながら、この罪に対する罰のように続く日々を教授し始めていた彼は、初めて異邦人たる己の身を自殺しそうなほどに呪った。こんな仕打ちで、強がることしかできない自分の意志に対しても。

 

「い……しょ、だ」

「そう、か…もな」

 

 表情を形作ることも出来ない彼女が発した、初めての意味ある言葉に、力無く彼は笑って答えた。その笑みすらも形作ることなど出来ていないのに。

 

 

 こうして、物語は終焉を綴る。

 延々と命を続けさせられる二人と、これから繁栄を手にするだろう人類。このはっきりとした代償を支払って、栄えある未来は切り開かれようとしていた。

 

 どこまでも幸せに、無知という喜びを噛み締めて。

 

 私たちは、こうして犠牲になり続ける者全てから目を背けて行くのだろう。

 足の下で死んでいく人間の不幸を他人事にしながら、時にはその不幸の一端すら知ることなく十の絶望の上で自分と言う一の希望を当たり前のように受け取っていく。

 都合の悪い事を先延ばしにして、刹那的な快楽を求めながら。

 

 

 さぁ、ご唱和しましょう。

 

「A HAPPY NEW DAYS……」

 

 彼の祈りは、全ての幸ある者たちへ。

 




人類の敵は全て死に去り、人間が目をそむけたくなるほどの「異邦」はみなの望み通りに苦しみました。敵の親玉も同じく痛みの中で異邦の温かさだけを頼りに生きていくことしかできません。

「人間」は「救われました」。

人間に味方する者は、幸せを掴みました。
多くの家族や友達が死んでも、人類はこれ以上侵略者に殺されることはありません。

ああ、なんて素晴らしいのでしょう。
人間は、そうして歴史を作っていくのでした――――





後書き

完結です。
「彼と彼女」に救いは無いんですかと聞かれたら、一応作るつもりはありますが…時間の合間になると思います。名も知れぬ「人類全員」が幸せな日々を打ち壊して、彼と彼女が幸せを手にします。
人類は再び死の恐怖に怯え、拭うことなど何代重ねようともできない怒りを彼と彼女に向けるでしょう。それが、彼らが五体満足で生きているという「救い」そして「幸せ」です。

ナフェやマリオン。ナナとステラ。それからマズマやフォボス。PSSのみんな。
事情や寛容な人たちは歓迎するかもしれません。

この小説で書かれなかった「普通の人間たち」。
きっと、怒るなんてものじゃ済まないでしょう。


それでも、彼と彼女に救いが欲しいというのなら――――未来の話が、あるかもしれません。
どちらにしても、この「A HAPPY NEW DAYS…?」にて完結設定にはしておきます。

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