カウントダウン~A HAPPY NEW DAYS~   作:幻想の投影物

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何もかもが死に至り、絶対には何をしようとも届かない。


カウントダウン――2

 振り抜いた拳が受け止められた。全てを貫通するのではないかと思われるほど、単調で真っ直ぐに繰り出された剛速を誇る右拳はザハの巨大な機械腕に何の損傷も与える事が出来ず、そればかりかまるで常に浮いているかのような動きでザハの機体が蹴りを繰り出してくる。型に嵌った上段蹴りは威力、遠心力との相乗効果で風を破壊しながら迫ってくる。苦し紛れに何とか耐えようと腕を交差させた瞬間、彼の体は勢いよく吹き飛ばされ、向かい側の壁に叩きつけられた。

 落ちて来た巨大な瓦礫を押しのけ、手も足もでない相手に彼は笑う。流血でふさがりかけた視界で自分の手を見ながら、呆れたように言い放った。

 

「……やっぱ、素人武術じゃ柔にゃ勝てんな」

「分かっているのなら、大人しく諦めろ。もはやマズマも、あのホワイトも助かる術は無い。総督の力に及ぶことなど、この世の全てを探したところで無いのだからな」

「ハッ、諦めろってんなら寝言だけにしとけやクソジジイ。生憎とこちとら急いでんだ。道をお譲りします人間サマ……ってのが常套だろうに」

「笑えぬな」

「オラッ!」

 

 血を拭い去って地面を蹴り、突貫した彼は再び型も何もないテレフォンパンチを繰り出した。ヤクザパンチ、と言えば分かり易いであろう無様なそれは、先ほどと同じくザハの巨大な兵器の腕で止められ、力を受け流され、硬直した隙を横合いに繰り出された相手の蹴りで吹き飛ばされる。今度は側頭部に当たってしまい、頭の中をぐるぐるのグチャグチャにしながら意識を朦朧とさせる。

 結論を言おう。このままでは、「彼」はザハに勝つ事は出来ない。

 ザハと彼の身体スペックを比べるならば、彼の方が数十倍も上であると断言できる。だが、それだけだ。純日本人として生まれ、今もそう過ごしている彼はその身に不相応なとてつもないパワーはあれど、それを活かし切れていない。彼には「技」がないのだ。自分の持つ力を十全に扱い、王道漫画の主人公が習得する様な「技がない」。だからこそ、彼は再び立ち上がったとしてもザハに一撃すら与えることができない。その全ての攻撃は一直線過ぎて、ザハの力を受け流す体術に全て流されてしまうのである。

 

 この事態は「彼」自身にもほとんど予測できていた。だが、彼はPSSの練習場で何もしていなかったわけではない。一般兵に混ざって戦闘訓練、そして演習にも参加してまでPSSの一員として努力を続けたこともあったのだが……マリオンにこう言われたのだ。

 ―――君には武道の才能は無い様だな。センスも絶望的…宝の持ち腐れだよ。

 マリオンは彼に対してそんな言葉を浴びせかけた。これを言ったのも、彼自身練習に参加していて身に染みていたのに、それでもなお本当に無意味な努力を続けようとして他の訓練兵の足を引っ張っていたからだ。それでようやく、彼は「衛生兵」として戦いとも呼べない殲滅戦にばかり参加し、時には裏で支える「料理長」として鍋と腕を振るってきた。

 そうした経緯を挟んで、結果がこれである。

 ザハに突貫。そして迎撃される。なんの実りもない単調な作業の繰り返しに、最初は訝し身を覚えていたザハも「彼」の特性を理解して落胆せずには居られなかった。どうして、このような力ばかりの生きる価値もない輩を総督は気にかけておられたのだろうか、と。

 

「おまえ、俺を見下したな? ああそうだろうさ……そんなこと嫌ってほど分かってるっての。……ッハァ! マジで面倒だよ。天は二物を与えないってのを、この世界じゃ俺だけに適応したのかってくらいに」

「……」

 

 ザハは答えない。もうこの人間に価値は無い。

 このような下等な言葉は、聞く意味すら無い。機動兵器に力を入れ直すと、ザハは先ほどと同じように、「彼が絶対に避けられない攻撃」を仕掛けた。円軌道を描きながら回し蹴りを繰り出し、ねじ込むことで防御すら撃ち抜く型だ。この短時間で、「彼」に対しては無類の強さを誇る蹴り技を放ち―――終わりを迎えようとした。

 そう、迎えようとしたのだ。

 

「……貴様」

「分かってる。俺には技も、才能も、戦うためのセンスもなーんにもない。一般人上がりにはこれが限界だったってワケだ。…ただな、俺っていじめられっ子だったんだよな」

 

 蹴りで打ち砕いた壁などの瓦礫が砂埃を舞い上げていた。その中に、一人の影があった。彼は吹き飛ばされておらず、ただギチギチと生物の手が出してはいけない音を立てながらも両手でしっかりとザハの兵器の足を掴み取っている。

 

「いじめられっ子で、先生に言ったらすぐにそれは収まったし、チクリ魔としていじめっ子どもにはもう手を出されなくなった。でもなぁ、そこに至るまでが長かったんだよ。……その間、殴る蹴るもあった中で耐え続けててな。痛いけど、別に泣く程でもなかったってのを思い出した。…走馬灯だっけ? 死にかけたことで、初めて自分が戦闘で役立てそうな事があったんだよ」

 

 彼は掴み取った機械の足の一部を掴み直すと、その装甲板に指を喰い込ませた。不味いと感じ取ったザハが足を引こうとする前に、エイリアンの反応速度を上回った「彼」は装甲板の一部を完全に引っぺがす。合金装甲が甲高い音を立てて割れ、砕かれていく様はこれまでの様子から見返せば圧巻の一言。

 その手に残った一握りの鉄スクラップを投げ捨てると、服で額の血を拭う。これまでのダメージは全部嘘だったかのように「治っている」彼の体は、もはや人間と呼ぶにもおぞましい化け物だと人は指を指すだろう。だが、いままでずっとザハの攻撃に「いじめられていた」彼は、それはそれで面白そうだと笑った。

 

「次は指を貰うか? それとも一気に動力部のパーツを握りつぶすか? …一気に壊せないなら、少しずつバラバラにしていけばいい。防げないなら、いっそ防がないで受け止める位に耐え続ければいい。根競べだ、武術の達人。素人のテレフォンパンチを顔面に沈める準備も与えないからな」

「……小癪な。だが私のダメージが全く入っていないと言う訳でもあるまい。貴様も所詮は人間なのだ……その血液が全て抜け切るまで、何度も打ちのめしてくれよう」

 

 最初に動いたのは、やはり「彼」だった。

 いつものように地面を蹴って、愚直なまでに一直線に飛んだ彼はザハの兵器の肩の辺りに飛び乗った。振り落とされる前にしっかりと両手で張り付いた彼は、あろうことか駆動系に歯を突き立てて食いちぎる。オイルのキツイ匂いと不味さが口の中に充満する不快感はあるが、次の瞬間振り落とされる前に彼は自ら地面に降り立った。口の中に残ったバイパスの一部を吐き捨て、今度は機能を半分停止させた左腕のある左側から回り込むように攻め込み始める。

 今更ながらに、彼は此処に来てゲームとは大違いだとこの戦闘の速度に関して思考を偏らせると、すぐさま切り替えて壁を蹴って正面に躍り出る。それを予測していたザハが押し潰すように両手を挟みこんでくるが、歯を食いしばってその両側からの衝撃を受け止めた彼は、ここぞとばかりに挟みこんできた指の関節に手を突っ込ませて握りつぶした。ザハの左中指と右人差し指を行動不能にさせたことで兵器自体にエラーが生じたのだろう。手首の関節部分から異常をきたして彼を抑えつけようとする力に一瞬の隙が造られる。その間に機能停止した手を踏み台にした彼は、本体のザハが浮かぶ巨大人型兵器のむき出しになった中心部分に向かって拳を振り上げていた。

 

 ここまで動けなくなれば当たる。そう考えて繰り出した右ストレートはギリギリのところで動きを読んだザハに避けられたのだが、ザハの顔面横をそのまますり抜けそうだった彼の右腕は突如関節を曲げてフックの様にザハの首に引っ掛けると、そのまま後ろに回り込んでへし折ってやろうと強い圧力をかけようとする。しかし寸での判断でザハだけが機械もろとも転移し、首に右手を掛けようとした体勢のまま彼が空中に取り残されることになった。

 そうして作った隙に対し、ザハが取った行動は武器の使用。背部から火を吹いて出現したミサイルの姿を見た彼は、急ぎその場から離脱すると再びザハ目指して突貫する。丁度いい武器だ、と言って笑った彼はミサイルを引っ掴むと――近接信管式でないことに感謝しながら――勢い殺さず衝撃を与えないようにザハへ向かって投げ直す。自分の武器として放ったミサイルが数十倍の速度で機動兵器の右腕に接触すると、その部分は大爆発を起こして接触個所から先を破壊して地面に落とす。

 

「こうなったら一気に四肢もげそうだな。おっと、もう右腕落ちたから三肢か? モット攻撃して来いよ、そうしたらお前のその面倒なパワードスーツ壊せるんだからな」

「戯言を。だが手も足も出なかった状況から好転させたのは認めてやろう。……不思議な物でな、貴様の価値は私の中で浮き沈みしておるようだ」

「それじゃあ最底辺ってことで一つ」

「それも日本人の謙虚さか? 厭みだな、ソレは」

 

 ザハが右腕部分を敢えて攻撃に使い、今度はザハの方が彼との距離を詰め込んだ。

 一歩引いたところで、丁度いい位置に右足部分が迫ってくる。

 先ほどと同じように足を掴もうとして、彼はその場から飛び退いた。

 

「いい判断だ」

 

 ザハの言葉と共に、彼のいた場所に複数のロケット弾薬が打ち込まれていた。

 爆発の熱波は彼の肌を焼き、黒ずんだ火傷を作って腕を鈍らせる。人間でしかない彼は流石に火傷と言う痛みには慣れておらず、少したじろいだところで隙を晒してしまった。

 踏み込み、溜めを行ったザハの左腕が砲弾のように撃ち放たれ、モロにその一撃を受けた彼が吹き飛ばされる。ごじゃっ、という耳にするにはおぞましい音が響いて、同時に彼の左腕が完全に使い物になっていない事が視認出来た。少なくともザハの目には、骨が突き出し肘から先の肉が半分ほど削げ落ちた彼の左腕が見えている。

 勝負ありか? いや違う。この程度で諦めていたら、「彼」は「彼女」に合うために此処まで来た意味がない。ステラを救うためでもなく、人類の為でもなく、ただ何となく、戦っている途中で無性に彼女に会いたいと思ってしまっていた。だからこそ、さっさとこのエイリアンを倒して「彼女」の元に馳せ参じなければならないと自分の中にある何かがさ囁いている。

 

「……いい加減、鬱陶しいんだけどな」

「それは此方も同じだ。総督の宿願を達成させるまでは、この身が朽ち果てようとも通すわけにはいかん。老いた身とは言え、あの方に尽くす心は衰えておらんのだからな」

「人間なんかにゃ見られない最高の従者気質だな。まぁ、だからと言って手加減は無ぇ」

「手加減など、この身に対する侮辱であろうに!」

「分かってるさッ!」

 

 それからは一方的な展開だった。

 此方の攻撃が通用するようになってからは、彼は五秒に一度のペースで少しずつ装甲を削り、時には兵装の爆薬を誘爆させて機動力を根こそぎ奪う。最終的にほんの数秒立つ間にトウモロコシが食べられるようにむしられていったザハの機体は、余すところなく装甲全てを解体され、動力などの重要なパーツが露出させられる結果になっていた。

 そして彼は、もはや鋭い動きも出来なくなったザハの機体を完全に上回る動きでザハ本体にかかと落としを叩きこむ。そのまま一緒に動力炉へとブチ落とした彼は、爆発の予兆を見せるザハの機動兵器から一目散に距離を取って着地した。

 

「ははは、総督…私は―――」

 

 あの老人は、最後まで言葉を語らず戦いの中で老いて行った。決して上昇も無かった、頂上決戦は、ゆるやかな老衰によってザハの敗北と言う形で決着が付けられる。直後、動力炉にザハという異物を投下されたエネルギー回路が暴走を起こし、周囲一帯を巻き込むような大爆発を巻き起こした。

 爆音と轟音が鳴りやまない中で、ザハの遺体も何もかもが燃えて無くなっていく。宇宙空間に出来た施設で吹き飛んだ物は、地球の重力に引き寄せられた揚句に大気圏で燃え尽きる運命を辿って行った。恐らくは、ザハの乗っていた機体の全てもあの中に突っ込んで行っているのだろう。

 

 ガラにもなく、感傷に浸ってしまったなと、彼は自分が進むべき道の先を見る。

 するとそこには、張られていたエネルギーの壁が先の爆発で動力を落としたか、何もなかったかのように天へと続く階段を譲っていた。瓦礫や大穴を乗り越えて、彼はその階段の一つ目に記念すべき第一歩を踏みしめ―――その場から消えて行くのだった。

 

 

 

 ザハの元で戦い始めた彼と別れてすぐ、マズマは頂上を目指して足を動かした。

 全てを見下ろす月の上で、元々の色より更に白く染められた広い場所に辿り着く。そこに居たのは、変わらず椅子に座って足を組む総督だった。

 ステラは、一体どこに居る? 彼の中ではそんな最悪の予想が渦巻き、激しい動機と不安を煽った。しかして、それはすぐさま安心と驚愕に変わる。総督には傷一つ見られないと言うのに、テーブルの近くに無様に転がされているステラの姿があったのだから。

 

「殺してはいない。もはやそれも……無意味」

「…総督。アンタが何を望んでいるのか分からないんだが」

「さぁな。私も何をすべきか…分からなくなってしまった。そこのホワイトを、私自身をネブレイドする事が目的だったのだが、何故だろうな?」

「っ、御託に付き合ってる暇は無いんでね」

 

 素早くステラの元に移動した彼は、すぐさま彼女に肩を貸して立ち上がった。

 

「おまえ、生きてるよな」

「…………うん、アイツ…強い」

「分かってる」

 

 このまま一旦逃げて、ステラを安全な場所に置いてから再び戦いを挑むという考えが頭に浮かんだが、この白い女は自分にすら匹敵する実力を持った筈のステラを、こうまで一方的に嬲る力を持っているのだ。もとから勝てる由も無かったというのに、まだこれだけの実力差があると知って歯がゆいばかりか、退路は断たれているも同然の状況。

 マズマはステラを支えていない方の手で大剣を握りしめ、いつでも振るえるように戦闘態勢を整えた。対して、あちらは新調したポットから紅茶を注ぎ、今にもティータイムを始めようとしている。この余裕の差は、一体何から来るのか。

 未知という最大の恐怖が込み上げてくる。強大な「敵」を前にして、マズマは緊張を解く事など一切できなかった。

 

「待ち人は……」

「…何?」

「おまえたちでは無い。私が待つのは、そう、愛しきあの男。そのための着替え、そのための十字架。発掘してくるのには、手間が掛かったがな」

「十字架……」

 

 ちらりと上を見ると、前にこの総督の部屋を訪れた時には無かった巨大な十字架が鎖を巻きつけられて吊るされていた。今にも落ちてきそうなアンバランスさで傾いた十字架はしかし奇跡のバランスを保ってそこに鎮座している。

 「アイツ」なら、十字架の一部を抉り取って鈍器として使いそうなものだと、マズマはふと思わずには居られなかった。

 

「逃げるならば行くがいい。追うこともしない」

「ストックに攻め入って、ホワイトを作らせて、その目的が来たら興味を無くす。アンタは本当に分からないお人だよ、総督」

「それで構わないさ。所詮個人が個人を理解することなど出来ないのだから。だが―――その不文律も、奴が来れば全ては変わる。私は他人の全てを知り、世界の条理の全てを知るのだ」

「……ネブレイドも、ここまで来たら病気かもしれないな?」

「ああ。だが私の体に起こった事は、全て自然なのだ。受け入れて動く事が我が未来」

 

 いつの間にか総督は、立ち上がってマズマを見つめていた。

 その時、彼の背中でもぞりとステラがみじろぎする。力を振り絞った彼女はマズマの背中から離れると、無理を重ねた様にしてその場に足を突き立てた。満身創痍を体現した彼女は酷く頼りなく見え、無理をするなとマズマが勧告する。

 

「…私もまだ……戦える。戦わないと、ダメ」

「まだ立つか、ステラ。貴様はもはや私では無くなった……求めるに値しないのは分かり切っている筈だ。幾度もそう言って、退く事を勧めた筈なのだがな」

「それでも、いつ皆を殺すか分からない……危険なオマエは、ここで倒す!」

「見事。実に見事な心意気。感服せざるを得ないな、おまえを此処まで育てた人間達、マズマやナフェ、そしておまえを作り出したワイラー・ギブソンには」

 

 「彼女」は感動したオーディエンスの様に、乾いた拍手を送る。

 ぱっぱっ、と鳴り響く空しさは空白の時間の中に溶け込んで行き、酷く場にそぐわない静寂を突き破った。それで不気味さすら感じ続ける彼女はどこまでも自分本位で、ちらりと戦闘装束の身だしなみを気にかける様子は恋する乙女の様でもある。

 彼女はいったい、何が真実で何が演技なのだろうか。目の前で見ていてそのちぐはぐさに、ステラはどこか自分と似たような感覚を覚えたが、直後にアレは自分の比ではないと思い知らされた。本質そのものがずれているのだ、彼女は。自分は生まれたばかりで、体格や年齢に見合わない知識の乏しさ、常識の欠落を自覚している。

 

 だけど「彼女」は一体何だ?

 膨大な歴史、情報、記録、記憶を詰め込んだ無機物(アカシックレコード)のようでありながら生物らしくて、成長期の少女の様な外見でありながらこの世のあらゆる生物より老練な雰囲気がある。

 恐ろしく凍りつく様な殺気の源は、どこまでも空虚な感情すら無い器だ。吐き出される言葉は虚偽しか言わず、しかしそれは相手に真実よりも重い現実としてのしかかる。存在と実体が何一つとして見合っていないのだ。まるで、彼女自体がこの世界から取り残されているように。

 

「さて、マズマの言い方では感動の拍手の後はスタッフロールと後日談で飾る…だったか。ここまで時間を合わせた甲斐があったと言うものだ」

「…あんた、何を言ってる?」

「なに、少し遊ぼうと言う事さ。新しい遊びを覚えて来たのだろう?」

「なっ――!」

 

 消えたと思った瞬間、すぐ目の前で立っていた彼女が鎌を振り上げてマズマの頭上から迫っていた。落下分、本来の速度よりずっと遅い彼女の動きを捉えたマズマはすぐさま剣をしたから振りかぶり、横殴りに彼女を吹き飛ばす。ごぎぃん、といった重い金属音が鳴り響いたかと思えば、再び彼女の姿は消える。

 ミーのような瞬間移動では無い。たんに彼女なりに「歩いた」だけでこの速度。マズマが徒歩で200キロを越えるバイクに追いつくのとはケタが違う。

 

「クソッ、いきなり始まったか!」

「マズマ、絶対に後で続きを聞かせて。今は―――援護をおねがい」

 

 ステラはボロボロな身体を引きずって、左目に青い炎を灯して地を蹴った。アグレッサーモードはグレイが死ぬその間際まで、身体能力を限界まで引き上げて戦闘持続能力を延々と開花させる。だがそれは重体を負っていれば悪手にしかならず、自らの寿命を縮めることと同義だ。

 しかしこうでもしなければ総督の動きを捉えることは不可能。ギロリと睨みつけたステラは、痛みをシャットアウトした状態でマズマの返答も聞かずに総督と正面からの切り合いを挑んだ。

 

「喰らえッ!!」

「連携か。どこまで鍛え上げられたか、見てみたいものだ」

 

 ステラの刃が奔り、それは幾重にも連なる切り合いへと発展する。最初にステラが挑んだ時と焼き直しの様な光景は、紅い光弾が総督に向かうことで変化を生みだした。後方から銃型の武器として扱うマズマが支援射撃を行う事で、総督の動ける範囲を少しずつ埋め始めたのだ。

 ステラを狙わず、敵の動きだけを阻害する狙撃の腕は見事としか言いようがない。いつもは前髪の下に隠れているもう片方の目には、スコープの模様にも似た物が張り付いており、それは狙撃専用の生体アーマメント技術が使われた証明でもある。

 人類最大の敵であるエイリアンにすら見極められない乱戦を、マズマはその目でしっかりと捉えて行動する。次第に、総督は腕や足の一部に彼が放つ銃撃を掠り始め、遂にはステラの攻撃をしのぐ事すら難しくなってきていた。

 

「いい調子。…マズマ!」

「分かっているさ。行くぞ」

 

 隙を晒した総督にステラが迫り、低い体勢から一気に武器を撃ちあげた所で高速接近したマズマが振りかぶった大剣が襲いかかる。「彼女」はそれにふっと笑みを浮かべ、鎌の先端から曲線を描く刃の峰の部分で攻撃を反らして薙ぎ払った。

 その直後、吹き飛ばされたマズマの右腕を掴んだステラが一回転して再び総督にマズマを投げつけると、吹き飛ばした際の威力に遠心力とステラの投げる力がプラスされ、メジャーリーガーの剛速球よりも恐ろしい砲弾が完成する。剣の切っ先を向けて総督に迫ったマズマは、勢いを利用したまま一気に横に切りはらった。

 

「流石だ」

 

 これには、流石の彼女と言えど防御する他に道は無かったらしい。鎌を盾の様に構えた上、左手で全ての衝撃を受け止めつつも接触個所からは激しい火花と熱が発生し、総督の右腕を少しばかり黒く焦がした。着ていた服に焦げ目ができあがり、彼女は少しばかり不満そうな表情になる。

 

「耐えられたか…!」

「危なかったぞ。私といえど、直撃なら肉の半分は切り裂かれていたかも知れん」

 

 末恐ろしいとはこの事だろう。あの全力の攻撃は、そこらの頑丈なエイリアンに放てば接触個所から肉体がミンチ以下になる程の威力を兼ね備えていた。更にそれにマズマが斬撃という指向性を持たせることで、どんなに固く頑強な物体であってもバターよりも軽く切り裂ける結果を導く筈だった。

 それを、ほんの僅かな防御を取っただけで耐えきったのだ。この白きエイリアンは。

 

「む」

 

 「彼女」がそうつぶやいた直後、階段の下の方で大きな爆発が起こる。直観的に「彼」がザハを打倒したことを感じ取ったのか、彼女はそれから一切の躊躇と慢心を投げ捨て、マズマ達の認知外の速度で後方に移動する。

 二人は一瞬遅れて総督の存在に気付いたが、既にその時には総督の足がマズマとステラを打ち据えている。別々の方向に吹き飛ばされ、横合いから柱に叩きつけられた二人は全身に走った衝撃でその場に血を吐きだしていた。

 

「そこで見ておけ。彼が、もうすぐ来てくれる」

 

 笑った彼女は、再び席に戻ってカップを手に取るのだった。

 




絶対からは逃げられない。
形あるもの、必ず崩れる。

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