カウントダウン~A HAPPY NEW DAYS~   作:幻想の投影物

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全てが始まるまで、あと3

デルタチームのラストバトル


カウントダウン――3

 混迷と犠牲と戦火しか見えないドラコ航空領域付近にて勃発しているデルタチームの戦闘は、ナフェの投下から役14分後、ようやく敵の数にも終わりが見えてきた。実質的にナフェが撃墜した敵アーマメントの数は総数で見ればデルタチームの戦績に及ばないものの、数値として見るならばその数なんと1億8000万弱。

 必死で戦っている者が知る由もないが、この地には地球上に存在する全てのアーマメントが集結しており、下でポセイドンと名付けられた巨大なクジラの様なアーマメントは、数100からなる小型が集結・融合して生成されたタイプだ。特にリリオとミーの配下が合成してつくられたものであるのだが、それはまた置いておくとしよう。

 

「……っ、通信。敵影は…まだ集まってる?」

≪こちらドラコ01管制室。海中・地上共に敵影は確認されていないわ。今見えてる敵でできた壁が最後の大波よ。……みんな、ここまで来たら必ず生きて戻って来て!≫

≪了ー解。デルタ1、最後の気力を振り絞るぜ≫

≪こちらデルタ8。そういえばナナちゃん帰って来ないな? そっちで何かやってるのか≫

≪管制室より、ジェンキンス博士がドックに向かったけど、それっきり何も音沙汰は無いわね。とにかくもう少し待って―――≫

 

 そんなあと少し、と言う時に限るものだ。来て欲しくないものが来る場面と言うのは。

 

「―――――ミーがいるよ! ドラコの背面、カメラの死角っ!!」

≪なにっ!? おい展望台、応答しろ!!≫

≪waoeihfa;ozzzz――――g;jroiahao≫

≪だめだ。誰かあのエイリアンを撃ち落としてくれ!≫

≪こちらデルタ5。俺が行く!!≫

「アレクセイ、焦らないでっ!!」

 

 突貫したデルタ5――アレクセイが、親友のロスコルが乗るドラコを守るためにエンジンをふかせて加速する。ターゲットの中に大きなハンマーの様な物を振り上げているエイリアンの姿を確認し、トリガーのスイッチを押した。そしてアレクセイが乗る戦闘機から機銃の弾丸がばら撒かれ、ミーを襲ったのだが……これが罠だと言う事に気付いた頃には、もう遅かった。

 

 ―――ハーイ、ブエナス・タルデス。こんにちは!

≪アレク……!≫

 

 突如機体の左翼に転移したミーが現れ、コクピットに彼女の武器が振り下ろされる。悲鳴を上げる間もなく音速を越えた一撃はコクピットのガラスを真っ赤に染め上げ、操縦者が死んだ事を証明した。

 途端、機体の制御者が居なくなったことで彼の戦闘機は螺旋を描き、損傷個所から火を噴きながら母なる海へと沈んで行く。その戦士を完全に殺したミーは復讐に染まった憎悪の瞳をナフェ達に向けると、再び転移で姿を消してしまう。こうなってしまえば、まだまだエイリアンの技術には及ばない人類側はミーの動向を追う事は不可能だ。

 

≪アレクセイ! お前娘が居たんだろ!? 頼む、応答してくれ……アレクセイッ!!≫

≪総員エンジンの出力を上げろ! エイリアンが機体に張りつかないよう振り落とすのだ。アーマメントの処理は一旦中止しても構わない! 逃げ切れ、逃げ切ってくれッ!≫

≪…了解!≫

 

 マリオンの指示に従い、残った数万のアーマメントを折っていた者たちはより上空に機体を持って行き、速度を上げて飛行する。それでも時折小銃を合わせる事が出来れば追従してきた飛行型アーマメントを撃っているのは彼らも逃げに徹しているだけではないと言う意思の表れだろう。

 そうしている間に、ナフェは己の「耳」を使ってレーダーを張り巡らせた。追従して動かすミニ・ラビットたちを更に呼び寄せ、己の周囲へと展開すると彼女はホログラムウィンドウを出現させて敵の位置を把握しにかかる。一刻も早く見つけなければ、こちらは淵になる一方。まだ数万も残っているアーマメントも全てを自分だけで相手することはできないのだ。自軍のスタミナ切れはいつ起こってもおかしくないのだから。

 

「…ナナ。アンタも早く来てよね」

 

 ジェンキンスの思惑に乗ったもう一人の希望(クローン)の名を呼ぶ。

 ナナはナフェすらも想定していなかった定着した魂と精神のずれを、蘇らせるどころか己の内で統合させる事ができた奇跡の子。その二つ名の奇跡を、今起こせなくてどうするのだと。多少の理不尽さを交えながらも訴えられずには居られなかった。

 

 

 

≪展望台の担当してる奴ら、頭潰されてやがる……≫

≪急いで整備兵を呼んでくれ。ここのガラスが割れてたら機体のバランスがとれなくなるぞ≫

≪ナフェちゃんから連絡。あと1分で敵の位置を再度割り出すことが可能。それまでにデルタチームは編隊を組み直して!≫

≪シティ・イーターの防衛線より。補給物資を送ってくれ。制空権が開けた今ならヘリは飛ばせるだろ? 一応シズさんとカーリーが壁になってくれてる…ただ長くは持たん≫

≪了解しました。これより送ります。後6分、なんとか持ちこたえてください≫

 

 ドラコの機内で、慌ただしい通信の飛び交う様子が聞こえてくる。どんな小さな情報も見逃さないよう、回線がフルオープンになったことで戦況がどれだけ不味い状況なのかが理解できる。ナナは早く戦線に戻らなければならないといらだった様子で、ずっと何かを弄っているジェンキンス相手にしびれを切らし始めていた。

 

「早くして。そもそも呼んだんだからその間に全部終わっている筈でしょうに」

「まぁ、ちょっと位は待ってくれたまえよ。今君のパーソナリティを同期している所だ。これが終わらなくては、これに乗った時に君自身が内側から赤いトマトになってしまうからね」

「…魔改造ブリュンヒルデね。噂には聞いてたけど、今更こんなのだしたって」

 

 時間を取られただけになるのではないか、とナナは目の前に鎮座する黒い航空兵器を見て思う。最高速度は音速の5倍に出力ダウンしたものの、数トンの追加装甲・武装をつけてなお超音速を誇る兵器など、扱いずらいことこの上ないだろう。

 

「果たしてそうなるのかな? さぁ、ようやくお披露目だよ」

「……乗るわね」

「是非そうしてくれ」

 

 開けられたコクピットにナナが乗り込み、操縦昆を握ってシートに背を預ける。そして開いたコクピットが仕舞った瞬間―――彼女はシートから出てきた無数のコードに絡みつかれた。

 

「…ジェンキンス」

≪まぁ、操縦性能向上のためにはインターフェースが一番だったんだ。そのコード類は機械と一体になるための機材だと思ってくれたまえ≫

「一体になるって…また私が実験台に―――」

≪コネクション≫

 

 ジェンキンスが言った瞬間、ナナの視界はコクピットの狭い景色からドックの風景を映し出していた。何が起こったのか、理解できずに右腕を動かそうとすると、慣れ親しんだ自分の体の代わりに、ブリュンヒルデの右翼の一部が作動する。

 

「実験は成功だ。さ、存分に戦ってきてくれ」

 

 また、自分は碌でもない事をされたのだと理解させられた瞬間、ナナは頭の中にこの体をどう動かせばいいかの知識が流れ込んでくる。マニュアルのような、体育の教本の様な体の動かし方を人通りに閲覧したナナは、高出力を誇るブースターに点火し、遥かなる空へと身を乗り出した。

 

 ふわっとした一瞬の浮遊感。次いで、音の壁が悲鳴を上げて道を譲る。ノーモーションからの初速1300km/hを誇るブリュンヒルデがナナの体と一体になり、ナナの精神と一体になり、人間の脳すら凌駕する処理能力、認識能力、識別能力。そう言った全ての高等な知的生物の生体的能力が機械兵器に携わったニアホワイト・ナナ(ブリュンヒルデ)が空を駆けた。

 音速の壁を突き破った物体が発するソニックブームは、発生しただけで周囲に居るアーマメントを薙ぎ払って葬り去る。エンジン出力二段階目。2000km/hの壁を突破。まだまだ上がる速度の世界ですらナナは自分の限界がまだまだ先である事を理解する。三段階目―――4000km/h突破!

 

『≪こちらナナ。航空部隊はすぐにドックに戻りなさい。これ以上速度が上がったら、あなた達の機体まで巻き込むかも≫』

≪は、ははは……おい皆、女神殿のご登場だ! レッドカーペットを敷いて道を譲れ! 戦乙女の演武をお手伝いってなぁ!!≫

≪もうちょっと早けりゃ良かったが…これだけ速けりゃ死んだ奴らも浮かんでくれるな≫

≪ナナ、算出完了したよ。データ送るから……私のトコ来て≫

『≪了解≫』

 

 味方の航空部隊が戻っていく様子をレーダーで確認し、ナナは数百メートルほどの閃会と共にナフェの元へ向かった。―――それはいつかの光景の焼き直し。ただ役者が「無人機とマズマ」だったのが、「ナナとナフェ」になっただけ。

 第四段階。時速6000キロ。音速の壁は既に職務放棄しており、ナフェはミニ・ラビットから大きく跳躍して後方から迫るブリュンヒルデに飛び移る。ほんの一瞬にすら満たない時間で通り過ぎる機体に生体アーマメントの鉤爪を引っ掛けて、その後部座席に侵入。従来の二人乗りとしての機能を復活させていたナナ専用チューニングのブリュンヒルデは、こうして「完成」するのである。

 

「ジェンキンス、こっちに乗ったけど好きにやればいいんだよね?」

≪もちろん。そろそろ我々人類の通信機は意味を成さなくなってくるからね……良い旅を、星の化身達よ≫

「七夕にエイリアンって? ひっどいセンスったら、もう!」

 

 ナフェは薄く笑って様々なモニターを表示させた。ほぼコードや機械と一体化しているナナの本体を一瞥し、先ほどまで観測していたミーの転移位置の予測算出結果をブリュンヒルデ=ナナに入力する。

 

≪成程ね。エネルギーと空間の僅かな歪みから結果を出したってワケ≫

「ホント厄介よ。リリオも似たような物だけど、あの転移は完全にミーの固有能力だもんね。今まで味方……っていうか駒としてしか使ってなかったから解析なんてしたことないしー。だから急ピッチで解析したら一番楽な予測機能が空間の歪みの観測だったの。逐一データ送るから、アンタは限界何て無視して突っ走っちゃってよ」

≪アーマメントは衝撃波だけで消えるものね。了解、オペレーターは任せたわ≫

 

 第五段階。音速の十倍に到達したブリュンヒルデには想像もできない程のGが掛かっている事になるが、ナナもナフェも、果てにはこの機体そのものも全く意に介していない。普通の人間なら潰れたトマト以下になるところを耐えられるのは、やはり人間では力不足と言うべきだろうか? いや、この機体そのものが人間の手だけで作りだされたのだ。つまり、この三種族は共に戦っている……そう考えるならば、中々にロマンチックだろう。

 機体メインブースターの出力は第六段階に到達し、機体の全身から火の手が上がり始める。まだミーを補足すらしていないのに自壊か? いや違う。これは―――灰紫の炎。

 

≪アグレッサーモード同期…アンプリフィケート、ロック完了≫

「ミーの予測位置でたよ。ドラコも同じく強固な素材で作りなおされてるし、接触しなければどれだけ近くても…そりゃストック達はヤバい揺れを体験するかもしれないけどさ、とにかく大丈夫。突っ込んじゃって」

≪りょーかい。ところでこの機体、武装は? こっちからは確認できないんだけど≫

「ゼロ。コンセプトは“頭から突っ込んで、奴の綺麗な顔をふっ飛ばす!”って目的で作られてるからね。強いて言えば機体前方の物理ブレードが武装……なのかな?」

≪真っ直ぐ行ってぶっ飛ばす。ストレートでぶっ飛ばすってことね……シンプルでいいじゃない。少なくとも私好みよ≫

 

 同期していても、感情は肉体から離れたわけではない。顔の上半分を機械に覆われたナナは口元を歪ませると、なおも反逆を続けようとするミーの出現予測位置をブリュンヒルデに演算させた。そして視界(カメラ)に映った幾つかのポイントの中で――もっとも揺らぎが強い部分に狙いを定めた。

 

 

 

 ミーは怒りに満ちていた。憎悪に支配されていた。

 「元々の時間軸」より、人間の感情をよく吟味していたミーは、リリオとの間に抱く男女の感情というものをようやく形にできて来ていた。こう言った関係も結局のところはストックから得た副次的な物でしかないと思っていたが、日に日に胸の内に抱く満足感と言うものは強くなっていく。ソレはリリオも同じで、二人は日を重ねるごとに惹かれていくロマンチックな関係を築けていたとも言えるだろう。

 だが、彼女達は結局人間を情報のストックとしてしか見なさない。つまりは人類の敵であり、あちら側についたマズマやナフェは下等なストックと同等に見ていた。だからこそリリオとミーの二人は、未だ総督という偉大な指導者の元で不自由のない毎日を過ごして人間をおやつ感覚でつまみ喰いするような日々を続ける。

 そんな中だった。ザハからミーへの出撃命令。そしてボロボロになって帰って来て、リリオはそんなミーを愛しく抱きしめた。埋まらない空虚な心に何かが満ちて行く感覚だけで、二人は自分たちだけの世界を構築していたと言ってもいい。そうしてようやく二人が完成されかけた所に―――リリオは失われた。

 

 あまりにもあっけなかった。リリオはカーリーに吹き飛ばされた後、「彼」の手に持った鉄柱に押し潰された。最後の姿は、上半身はただの肉塊ともつかぬ瓦礫と混ざった灰色と赤色。下半身はぞんざいに海の中へ投げ捨てられ、彼の尊厳もなにもかもを馬鹿にしていた。

 そしてミーはリリオの残った死体をネブレイドした。最後の記憶は、脳だけではなく体の細胞全てに記憶されている。そこから読み取った無念や、今まで愛し合う相手でも分からなかった感情。その全てはミーの為に捧げようとするもので、ミーは涙を流し、己を殺して復讐鬼となる。

 この場に来て、アーマメントの全てを呼び寄せ、人間を殺し始めたのは全て怒りに満ちたミーの行動。彼女はもはや、彼女と言える程の精神を持ち合わせていない。リリオとミーが混ざり合った、両方の意識が体の主導権を支配し合う関係。そして、その暴走からミーの肉体がありとあらゆる破壊を齎す存在になっていたのだ。

 

「リリオ……リリオ……リリオぉ…」

 

 怒りの表に、悲しみが張り付いていた。

 涙を流して、正常な意識すら保てず破壊を司る。ただの鬼と化した魔女は、その体に出せる百パーセントの力全てを解放していた。当然、そんな事をするタガの外れた生物は自分自身に耐えられなくなり自壊する。

 悲しいものだ。こうなってしまった時から、既にミーというエイリアンの死は確定している。いつかの名無(ナナ)と同じ、何かも分からぬ「ミー」となったそれに――ナナとナフェが早めの終止符を打ちに来たのだ。

 

 ミーが転移する。ほとんど万全の態勢で正面からナナ達を迎え撃つつもりだ。

 彼我の距離は10キロ。…いま2キロに縮まった。

 カウントダウンの時間だ。

 生物として限界以上の力を発揮する、ミーの力で巨大な斧が薙ぎ払われる。

 音速の壁を遥かに超える衝撃波が発生。ナナ達の乗るブリュンヒルデは翼の一部を吹き飛ばされながらも、決してぶれることなくミーへ突撃を続ける。ここまで来たら全ての小細工は不要。ミーの連続衝撃波、僅かながらも小破を繰り返す機体。根競べはほんのコンマの世界で行われ――――ブリュンヒルデが爆炎を上げて大破した。

 

 炎を巻き上げ、空中分解を繰り返し、パーツとパーツが細かな流星となって音の10倍の速度を保ったまま崩壊して行く。乗っていたナナ達のいたコクピットは見るも無残に爆発し、粉々で原型すら残っていない。

 この空で堕ちて行ったデルタチームと同じく破壊された機体を見る限り、生存は絶望的。そも音速を越えている状態で生身を晒すと言うのは、そのまま物理的にバラバラになっても構わないと言う事。しかしその話の全ても、人間であったのならば。

 

 

 その中から、二つの影が飛びだした。

 桃色の短い髪をはためかせながら、トレードマークのフードとアンテナがボロボロになったナフェが歯を食いしばって体を弓なりにしならせる。最大仰角まで開かれた彼女のアーマメントハンドが大気を切り裂きながらギチギチと音をたて、「彼」からネブレイドで得た力の全てを象徴させる。一気に振り抜かれた爪は、勝利を確信していた「ミー」の武器を腕ごと完全に切断。続けざまに刀を握っていたナナがミーの額に真っ黒なイクサブレードを突き立て、そのエッジを片手で一気に叩き落した。

 

「終わりよ! エイリアンッ!!」

 

 額から下にかけて、臓物一切全てを斬り落としながら刃が股から突き抜ける。空虚な箱となったソレは生命活動の全てを物理的に遮断され、物言わぬ屍となった。「ミー」はここでリリオと共に脱落。

 勝者であるナナとナフェは、そのままの勢いで海面に叩きつけられる。巨大な水しぶきが上がり……それが収まった頃には、廃材の上で大の字で倒れ伏す二人の姿。服装も、装備も、体も、何もかもが爆発の衝撃でボロボロになった彼女達は、疲れた様に笑っていた。

 

 アーマメントも全ていない。エイリアンも敵は全て死んだ。

 デルタチームとナナ達の戦いは、勝利を収めたのだ。

 

「あんた、ウサ耳なくなってるわよ」

「そう言う出来そこないこそ、あのヘアピンないじゃん」

「えっ……姉さんの遺品だったのに」

「あはは…あたしのもね、総督が見つけてくれる前からあった最初の“作品”なのよね」

「…何もかも、なくなっちゃったのね」

「そうでもないかもね。あたしの最後の作品は……まぁあたしの隣で愚痴垂れてるし」

「サイコーね。その冗談」

 

 二人は拳を、コツンとぶつけ合った。

 




ハイスピード自爆バトル。
来週中には完結予定。

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