カウントダウン~A HAPPY NEW DAYS~   作:幻想の投影物

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我らは記憶によって喜怒哀楽を思い起こす。
我らは心に響いたものを、記憶として大事に仕舞い込む。

だから彼女は、心を知りたかったのかもしれない。
欲望が独り歩きするだけで、孤独な彼女は―――


空と宙の境界線

≪アンノウン反応増加!≫

≪デルタ3、デルタ5は一旦補給に戻れ! ナナちゃん、まだ終わりは見えないのか!?≫

「終わりが見えてるなら…ッ! とっくにこいつら居なくなってるわよ!!」

≪デルタ2、敵にロックされているぞ。ブレイク、ブレイク!≫

≪ぐ、…ぁぁぁぁっぁああああああああ!?≫

≪デルタ2被弾…駄目です。コクピット炎上……バイタルサイン消失≫

≪ジェェェェェイッ!! 嘘だろ!? くそ……アイツらァァァッ!!≫

≪デルタ12も落ちつきなさい! こちらナフェ。これより戦線に参加します≫

 

 既に血まみれで、もう上と下の感覚も分からない程に瓦礫や敵の上を飛び回って来た。私はデルタの奴らとは違って弾丸の消費もないけど、その分使われるエネルギーが多くて疲労は更に蓄積してきている。既に3回程ドラコの格納庫で休憩をとって来ていたけど、それでも敵アーマメントが途切れる様子は一切見受けられない。

 此処は地獄だ。

 アーマメントと味方の区別がつかない。砂漠でおきた砂嵐の様に、ホーネット型のアーマメントが空を覆い尽している。こうまで密集してきたのもほんの数分前の出来事だけど、デルタ隊が今みたいに高度を上げる前は既に4機もの味方がバードストライクを起こして機体ごと敵で出来た竜巻の中に呑まれていった。あれではきっと、残骸すら残らないだろうに……。

 

「一気に焼き払っちゃって! ジェネレーターが焼きついた奴らから自爆特攻しろっ!」

 

 そんな時に、此方は持たない線の攻撃を出せる心強い味方の声が聞こえてきた。

 桃色にも見える高熱線が一条二条と光芒を増やし、味方機を避けて大量のアーマメントを吹き飛ばす。残存勢力の内、それですら一割も吹き飛ばせていないのは絶望的だったがほんの一瞬隙が出来ただけでも死に物狂いなPSS隊員はその隙を縫って安全地帯を確保することができた。

 戦闘機が風を切る音、そしてついに―――

 

「それからデルタ隊のお馬鹿さん達も聞いて! 所詮機体は消耗品…無事に戻ってきなさいよ! いい!?」

≪ったりめーよ。ウチの女房に合わせる顔ぐれー残しとかなきゃなぁ≫

≪オレ、基地に恋人がいるんすよ。戻ったら改めて…プロポーズしようかと。花束も買ってあったりして。そのためにも…デルタ3として生き残らなきゃなぁ≫

≪浮いた話ばっかりね。あたしは恋人いないし…うん。まずはこの戦いで生き残って、それから素敵な彼氏見つけちゃおっと≫

「……もう、馬鹿ばっかり」

「それがコイツらよ。アンタの方が分かってたんじゃないの?」

 

 呆れたように呟いたナフェに、ナナがチビ達を足場にして近づいてくる。

 そんな中、また新たな爆音が響き渡り―――それは味方の炎上する姿を煙の中から生み出していた。

 

≪デルタ14! ブレイク(急旋回)ブレェェェェェィクッ(避けてくれぇェェェェッ)!!≫

≪はっはっは! 若い若い…老兵はお前らの翼に風を送る役となるか…すまぬな皆の者。デルタ14、限界だ。日本人の誇りに掛けて――――カミカゼ特攻、参る!!≫

≪父さんッ!!≫

≪うぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!≫

 

 炎上する一機がポセイドンに向かい、大口を開けた瞬間に入り込む。ほんの一秒にも満たない時間が過ぎた時には新たな火柱が海面に出来上がっていた。また一人、デルタ14というナフェ達には名も知れぬ仲間が倒れて行く。航空部隊として駆けまわっていた仲間は既に半数を下回り、現状の戦力がナフェ一人では補えない規模に在る事を示していた。

 そうした最悪の状況は、ドラコの航空圏内にすら魔の手を伸ばそうとしている。この空中拠点を落とされれば全ての希望を失うと言っても過言ではないPSSの者たちは、撃墜数を増やすと同時に守りに入るが…奈何せん、数が多すぎる。

 こちらは一人失う度に手痛いでは済まされない被害が広がっていくのに対し、血の代わりにオイルしか流れていない無血の獣は当たり前の様に自爆特攻、相撃ち、撃墜されてもまだその数を減らしているようには見えない。

 

 そんな時だった。機転が訪れたのは。

 

≪ナナくん、君専用に改修を完了した。…装備を渡すから、一度ドックに戻ってくれたまえ。なお、これは製作者としての命令だ。逆らう事は許されない≫

「……ジェンキンス?」

「ああそっか、やっと調整できたんだ……」

 

 長かったな、とナフェは一度にやりと笑って敵に突っ込んで行った。爆風と圧倒的な暴力を引き連れて敵の黒い渦に姿を消した彼女に疑問は残るが、ナナはこの命令に従えば現状を打破できる可能性があると思い立ってすぐにドラコへ戻ろうとする。

 だが―――敵の数が多すぎる。圧倒的物量は水の入ったバケツの中に大量のボールを詰め込んでいるようで、むしろ水の方がおまけに見える程の密度だと言えば分かり易いだろうか。ドラコまでの距離は僅か1キロ程。だが、そのウチ200メートルに渡り文字通りの「敵の壁」が立ちふさがっている。

 いつの間に、これだけ集まったんだ。最初よりも数を減らすどころか、更に増えているアーマメント共に物量の差を感じずにはいられないナナだったが、彼女はこんなところで立ち止まっているわけにはいかないのだと、その手にステラと同じイクサブレードを握りしめる。自分の手にピッタリと収まるほどに馴染ませた剣は、ほんのちょっと前までにステラと模擬戦をしていた時よりも手に合っている様な気がした。

 

「こちらナナ。切り抜けます」

 

 誰に言うでもなく、ナナはブレードを水平に構えて目を閉じる。

 刀身に灰紫の炎が舞い起こった瞬間、彼女の進行方向には人一人が通れるだけの「穴」が開けられ、一瞬遅れて爆炎がアーマメント達を巻き込み爆発連鎖を発生させた。破壊を呼ぶ風となった彼女は、ただただジェンキンスの言葉を信じて、目の前の壁を打ち壊す。

 

 

 

「……此処、は」

「起きたようだな、ホワイト……いや、“ ”が呼ぶからには私もステラと呼ぼうか」

「…シング・ラブ!」

 

 跳ねあがり、ステラは臨戦態勢を整える。

 そこは月のテラスだった。戦いとは一見無縁そうな、純白のインテリアで飾られた憩いの場。全てを見下ろす様な雄大な景色はそこに居るだけで全ての頂点にいる事を錯覚させる魅力を放ち、並みの人間なら思わず見惚れてしまうだろう素晴らしい光景。

 しかしステラは違う。そんな調度品の価値は知らないし、目の前に居る敵の総大将を前にして油断を見せるほど愚かでも無い。一瞬で「彼女」の後ろに回り込んだステラは、優雅に紅茶を飲んで座っている敵に対して容赦のないひと突きを喰らわせた。

 ずぶずぶと「彼女」の肉に沈み込んで行く刃。総督の純白の肌に突き刺さった黒き刃は、確かに「彼女」の腹部を背中から腹まで貫通している。なのに、だというのに何故だ? 何故こうも彼女は……余裕を示している?

 

「中々に鍛えられた刃だな。そして私の後ろを取るまでの迷いの無さ、一瞬を把握し行動に移す脳内の処理能力……やはりおまえは完成品だ。少なくとも私の体を貫くだけの膂力もある」

「……なん、で?」

「だが―――無意味だ」

 

 「彼女」はゆっくりと立ち上がり、突き刺さっている刃を抜く様にステラとは反対の方向に歩み出す。その際に優雅な動作でティーカップをテーブルに戻すことは忘れず、二歩も歩く頃にはその腹から漆黒の刃は抜き取られていた。

 しかし、傷が見られないどころか「彼女」の体からは出血した様子も見られない。ダメージを我慢している、という予想がステラの中に立てられたが、それも有り得ないのはこの一片の隙も見られない動作から判明している。

 今までの敵とは何もかもが違う。

 驚愕と、底の見え無さだけがステラの心を染めて行って、

 

 そうして振り向いた「彼女」は、ただふわりと笑った。

 

「……あなたは、戦わないの?」

「何故? 私はずっと“彼”を待っている。そのための白化粧(ドレス)だ……どうだ、オマエから見て私は美しいと見えるか? “あ奴”の為にも張り切ってみたのだがな」

「分から、ない…」

「ふむぅ…詰まらんぞ。マズマに思いを伝える度胸は持っているらしいが、美の観点は鍛え上げられることも無かったと言う事か。私の記憶を流し込めば、多少はマシな生娘にはなったであろうに」

「………ッ!」

 

 剣が駄目なら、今度はこっちで。

 ステラはにべもなく彼女の語りを無視すると、ロックカノンを構えて砲口を彼女に向ける。そして吐き出される青い炎を纏った弾丸が一直線に彼女へと迫った。避けるそぶりすら見せようとしない彼女は、虚空で何かをつかむような仕草をした――少なくともステラにはそう見えた――瞬間、大気が空間ごとぶった切られた。

 放った岩のような弾丸が半ばから綺麗に断ち切られ、その衝撃波がステラの位置にまで襲ってきた。真空を走る刃を死の脅威として察知したステラはなんとか身を反らしたものの、彼女の特徴的なツインテールの端が1センチほど切り取られてしまう。同時に、ステラですら見切れなかった(・・・・・・・)分の真空刃が避けたと思っているステラを襲い、肩口と右ひざに浅い裂傷を作り出す。

 しかしそれに気付いたのも、視界に映るほどに噴き出した血液があったからこそ。ステラは別段弱いと言う訳でもないのに、認知外の攻撃を腕の一振りで作りだす「彼女」は本当に化け物と言っても過言ではない。自分の傷が認識できた直後、その痛みでステラは息を荒げさせることとなっていた。

 

「くっ…!? はぁ、はぁ、はぁ……!」

「ほう、4割程の力でも一撃は避けられるか。予想以上だ…マズマは随分と、おまえに入れ込んだようだな」

「当たり、前……だっ!」

 

 言葉と共に地面を蹴り、再びイクサブレードを手にしたステラが「彼女」に肉薄する。直前で立ち止まると同時、無理やりに高速移動をストップさせた運動エネルギーを乗せた刃を横一文字に振るって首を狙ったのだが、「彼女」は薄く笑って近未来的な白き大鎌の持ち手で凌いでいく。その場から一歩も引かない・動かない「彼女」に猛攻と連打を仕掛けたステラは、一刀を振り下ろす度にその速度を上げている筈なのだが、やはりそれすらも微笑と共に子供をあやす大人の様にいなされてしまう。

 剣戟の音が響き始めてから僅か10秒後、200合にも達しようかと言う時、ついに根負けしたステラが身を引く事で金属の接触音は消え、静寂の時が宙のテラスに訪れた。

 

「く……効かない、なんて…そんなっ、はずは…!」

「惜しい。惜しいぞステラ。私が彼をネブレイドする前なら…以前の私はここで苦戦を強いられていただろう。だが私もまた、マズマやナフェと同じ…いや、“彼”の唇を奪ったからには更に上を行っているのか?」

「私は……負けないっ!」

「その強情さもいいな、ホワイト(ステラ)。喜び、怒り、哀しみ、楽しさ…その全ての感情を刃に乗せろ。私は、その全てを遍く喰らおう。おまえの全てを見せて欲しいのだ。そして―――」

 

 この戦いの結末も。

 

 

 

「マズマぁっ! 聞こえてるか!?」

「駄目だ、向こうは持ってた機材全部潰れてるって」

「くそっ…無事でいてくれよ、あの鬼教官」

 

 シティ・イーターを突き進む彼らは、途中人間では進めない様な特異な作りをしたところも、フックショットのワイヤーで跳び移るか、もしくは「彼」に抱えて貰う事で難解な作りをしているこの敵拠点を突き進む事が出来ていた。

 今のところ、「彼」が持っているこの世界の元になる知識で道に迷わず起動エレベーターがあるだろう方向へと進んでいるが、此処の景色はうんざりするほどモノクロチェックに溢れた場所だ。無機質に垂らされた鎖の装飾や、黒い鋭角の多いオブジェなども物々しくも単調な風景に加わっているだけマシなのかもしれないが、こうも同じく平坦な物を見続けるとゲシュタルト崩壊という妙な現象を引き起こしてしまう。

 あまりに異常な光景に精神が参りそうになっている彼らの内、一人がぼそりと呟いた。

 

「……デルタチームは、大丈夫なのか? それに、俺達も」

「何言ってんだ?」

「ナフェちゃんの言ってた事はマジだっただろ? 通信もノイズしか聞こえないし、多分向こうからはこっちのバイタルも何もかもがモニターできない状況だ。それに此処に来るまでに入り口付近に設置する部隊は減ってるし」

「オマエなぁ、さっきケツの青臭ぇ事言ったばっかだろうが。このルーキーども見習えってんだ。なぁ?」

「はっ、光栄であります。フォボス隊長」

 

 敬礼を返す新人の彼は、憧れのフォボスに言葉を貰えて好調にも見える。

 だが、それでもと弱音を繰り返す隊員に、「彼」は自分の焦りを押し殺して言った。

 

「大丈夫だ。ステラが浚われたとしても総督は多分楽しみだと言って戦い始めるだろうさ。相手しても、20分は持つかもな。その間にマズマが復帰できれば……勝機はある」

「20分? あのお嬢ちゃんが20分だと!? オイオイ、そこまで総督はヤベーのかよ。マリオン司令どころか作戦概要からも聞いてねぇぜ」

「あれは規格外だよ。何度か会った事があるんだけどな、多分マズマやステラじゃ無理だ」

「……だったら、テメェが出るつもりか?」

「ああ。ナフェが居ないあたり不安だけど…最悪刺し違えてでも倒す」

 

 どうせ、この世界はコイツらの物だ。異邦人な俺は必要ない。

 死にたくねぇな。でも、仕方ない。

 

「……馬鹿野郎。テメェが居なくなったら誰が俺らの飯作るんだ?」

「ナフェに仕込んである」

「先輩、俺の体術訓練ってまだ終わって無かった筈っすよね?」

「後任見つけとけ。お前の都合なんか知るかよ」

「衛生兵長!! フォボス隊長の言葉は…此処に居る皆に対しての物でもあると、私は考えています! 無事に帰ることこそ、私たちの使命。人類の精鋭PSSは必ず、敵を倒して己も生き返る事を最重要とするべきであります!」

「……ありがとよ、新人君。だがまぁ、それはちゃんと自分の世界の奴らに言いな。たとえばさ――――マズマ、とか」

 

 彼がそう言った瞬間、紅い閃光がPSSの部隊員を追いぬいて行った。

 「彼」はハッキリと、マズマが焦った顔をしながら起動エレベーターへ向かっているのを確認して、PSSの面々にじゃあなと片手を上げて風になった。

 

「……あの、馬鹿野郎! さっさと続くぞ、あいつらの帰る道を守るのが俺達の任務だ!」

 

 フォボスの零した言葉に、異議を唱える者などいなかった。

 

 

 

「マズマ、落ちつけ」

「これが落ちついていられるか! 俺は、俺はようやく手にしたんだ……あの馬鹿の、本当の気持ちってやつを…! それを邪魔されて、俺は、俺はっ!!」

「……何を言っても、無駄か」

 

 すぐさまマズマに合流した彼は、呆れながらに軌道エレベーターを作動させてマズマと共に乗り込んだ。月に到着するまで高速を誇る光の柱は、すぐさま二人を量子変換させてワープロードを作り出す。

 未だエネルギー分野において発展を遂げた人類でも、辿り着けない座標を繋ぐ境地の技術。それを何の感慨も抱かずに使用した二人は、機械の壁に囲まれた風景から一瞬で小惑星と人工物の点在する宇宙空間の光景を網膜に映すことになった。

 

「………いるな、アイツ」

「言ってる場合か。行くぞ、化け物」

「誰が化け物だ、侵略者」

 

 軽口を叩き合いながらも、この場に満ちる「殺気」にようやくマズマの頭も冷えたのだろう。一転変わって正気の色を取り戻したマズマが、その手に巨大な銃剣を握りしめて重力条件の変更された足場足場に飛び移る。その後を追い、別ルートでこの場に張る膨大なエネルギーの結界を解くカギになるシステムの起動をさせようとして―――

 

「面倒だな。なぁマズマ、壊すか?」

「当たり前だ。雑魚に構っている余裕はないんだからな」

 

 軌道修正。一直線にザハが守る「彼女」へ通じる道への扉に辿り着く。

 彼は大きくこぶしを振りかぶり、自分の拳が砕ける勢いでEN障壁に拳を打ち込んだ。無論、これだけで壊れる筈もないのが通常なのだが、この障壁そのものに傷を付けるのではなく、彼の狙いは障壁を発生させている堅牢な装甲に包まれた装置にダメージを浸透させること。波となって発生しているエネルギーの流れを読んだ彼は、左拳での二撃目を流れの交差する地点に打ち込み、一部のエネルギーを逆流させる。

 続けざま、マズマの銃剣が火を噴いた。「彼」がすぐさまその場から身を引くと、紅い光弾がエネルギーの壁を伝って「彼」の作りだした逆流ルートに乗せられる。そして、発生装置にそれが接触した瞬間、小さな爆発が起こって障壁が取り除かれた。

 敵を倒さぬ無血開城。されど盲点をついた、小賢しくもスマートな突破である。

 

 だがそんなことに逐一喜びを覚える二人では無い。すぐさまそのゲートを通り抜けた先には、ザハの待ち受けるバトルフィールドが広がっていた。

 

「来たか。裏切り者とストックが」

「チッ、さっきのと同じのが後ろにあるな」

「……衛生兵長殿、ここは」

「分かってる」

「通さぬぞ。総督は今ホワイトと戯れておいでだ。総督の望むネブレイドが済むまでは―――」

「知らされてないのか。憐れな駒だな、オマエも」

 

 何を言っている? と、ザハが聞き返す前に二人は行動を開始していた。

 二人してザハを回り込むように反対方向に進むと、壁を蹴ってザハに向かって攻撃を繰り出した。追撃になる形になったそれを、ザハはその巨大な機動兵器ごとテレポートして直撃を避けて「彼」の背後に回る。恐らくはこの場にそぐわないストック風情から始末しようと言う気だったのだろうが、それは「彼」の正面から突っ込んでくるマズマの剣で止められた。ザハが操る兵器の腕部とマズマの剣が接触し、ギリギリと火花を散らして共に弾かれる。

 まさか、という驚きを見せるザハに「彼」がにやりと笑うと、空中でその向きを変えた。そう、いつかのサンフランシスコ救出作戦で見せた空気蹴りによる浮遊である。この宇宙空間には空気は存在しないが、常に漂っている小さな塵や埃、そう言ったものを踏み台として使った彼は、丁度真上に来たマズマの片足を両足で掬いあげた。

 

「そぉらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「行けぇぇぇぇっ!!」

 

 マズマは斜め上に飛ばされ、ザハの守っていた障壁のエネルギー波が届かない位置にまで上昇したのだ。そして難なく障壁の向こう側に侵入し、マズマは背を向けずにステラが戦う天空のテラスを目指して階段へ着地、疾走を開始。瞬く間にマズマの姿は見えなくなり、「彼」はその光景に満足気に笑みを浮かべる。

 

「っしゃ―――ガハァッ!?」

 

 その瞬間、油断であったと言えばそれまでなのだが、ザハの攻撃が背中を強かに打ち据え、体は地面に叩きつけられることになった。とんでもない衝撃が体の中を蛇の様にはいずり回ったが、まだこの程度なら「彼女」の攻撃を受け止めた時よりマシである。難なく立ち上がり、ファイティングスタイルを取って此方を見下ろすザハと対峙する。

 

「……今のを喰らって立ち上がるか…貴様ストックなのか?」

「さぁ? ただ、この世界にとっては毒でしかないのは自覚してる」

「フン、敵を味方に引き入れるばかりか、我らが悲願を邪魔しようとは…まずは貴様から死んでもらおう。あのマズマも、すぐさま引き取りに行かねばなるまい」

「…なぁ、確かお前って宇宙空手の武人だったよな? だったら……まずは実力を見極めてから物を言って貰いたいんだがね」

 

 ゆっくりと息を吐きだし、ザハを殺すという意思を込めて睨みつける。普段から使わない程の出力を肉体に反映させ、トントンと地面を足のつま先で叩けばそれだけでエイリアンの技術で作られた床が地割れを起こした。ザハは塵の一片すら残さず潰し、早く「彼女」と話をしなければならないのだと、腕を回して彼は宣言する。

 

「かかってこい、俺もさっさとお役御免になりたいもんでね」

「……いいだろう。お前はもうただのストックとは見ないことにしてやる」

 

 老歴を積んだ戦いの達人と、素人武術の人外染みているだけな人間風情。

 まるで何かに引き寄せられるような焦燥感を感じていた彼は、今まで世話になったPSSの事が脳裏に浮かべる。そして―――

 

「ありがとう、ナフェ。父親ってのも楽しかったさ」

 

 彼は挑むのだ。己の全てを賭けた戦いの序章に。

 




あと2,3話で最終回です。
今回更新遅れて申し訳ありません。
土日の休みの間には、完結させます。

ところで衛生兵って、敵を殴り倒すワンマンアーミーであってますよね?

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