カウントダウン~A HAPPY NEW DAYS~   作:幻想の投影物

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タリー・ホウ

「なぁ知ってるか?」

「ん、どうしたよ」

 

 白い煙が立ち上る。彼の口にくわえられたタバコが有毒な物質を吐きだし続ける中、その兵士は笑って言った。

 

「クジラってよ、21世紀に入る前までは食われてたけど、なんか法律だのなんだので喰うのが制限されたらしいぜ? あんなにデカけりゃとっても困らないってのによ」

「そりゃ、俺達が必死にやってる種の保存って奴じゃねぇのか? 現に魚だのなんだのは見たことない種類が獲れると科学班の奴らがガラスケースに閉じ込めてたし」

「はっはっは! そんなことになってたのかあの動物共。まぁ、何だ。種の保存って奴の事を言うんだったらよォ」

 

 影が落ちる。無機質な光沢に海の飛沫を携えて。

 

「俺らはもう無理だな」

「だなぁ」

 

 タバコが空を舞い、波間と巨体に呑み込まれる。

 

≪ドラコ02! ドラコ02! 応答せよ!!≫

≪駄目です。機体大破! 半分以上が敵アーマメントに捕食されています…!≫

≪堕ちる堕ちる堕ち――――ガガガガgaowiheg;ohairo;≫

≪ドラコ02墜落! 搭乗員、誰か応答せよ!!≫

≪こちらブラヴォーチーム隊員ジョンソン。現在落下中! パラシュートは目視できるだけで総員20名! ドラコ搭乗員残り約1980名の姿は―――うぁぁぁあぁぁぁぁぁ!?≫

≪ジョンソン、どうした!?≫

≪え、エイリアン―――≫

 

 ドラコ編隊の中でも兵器群を詰め込んでいた02が直接落とされ、悠々と海中から飛び出したクジラはまた母なる海へと潜って行った。見たことのない海中適応型アーマメントの遭遇、そして主力部隊であった先行チームのブラヴォーが落とされた事で、人類側の用意した戦力は既に8割を失ったと言っても良いだろう。

 開幕と同時に艦戦や艦爆で先制攻撃されたような衝撃はPSSの生き残りの大半に動揺を与える。対空性能で無類の性能を誇るブリュンヒルデは海中の敵に対しては効果は期待できない上に、海中など、生物が戦うにしては最悪の場だ。

 更にはPSSの戦闘記録を見る限り、新種のアーマメントはいつも予想外の攻撃をすることで必ず戦死者を叩きだしている。今回の超高度までのジャンプがソレに該当するのだろうが、それにしたって出鱈目に過ぎると人間達は戦慄した。

 

≪此方MZMA。先に地上で活路を切り開く≫

≪BRS2035、同じく出撃。皆、後に続いて≫

 

 その中で、冷静を保った通信が全域に響く。そうだ、戦いに来たと言うのにこんなところで足を止めていてはどうにもならない。死への恐怖は拭えないが、彼らはアーマメントと戦った経験者ばかりを集めたPSSの精鋭たちだ。すぐさま作戦状況の立て直しを上官に求め、総司令官であるマリオンは作戦の結構と細かな修正を言い渡した。

 

≪マズマ君、作戦変更だ。君たちはアルファ隊の着陸スペースの確保を≫

≪了解。敵アーマメント反応も増えて来ている。01からの支援砲撃を求む≫

≪アルファは順次降下開始。ステラ君、誘導を≫

≪分かった。みんな、こっち!≫

≪こちらフォボス、アルファは降下開始だ。遅れるな! 死ぬな! 続け!!≫

≪アルファの順次降下を確認。ブラヴォーチームに回線繋ぎます≫

 

 通信機に音声が途切れることなく混線し始め、オペレーターへマリオンの的確な指示が飛ぶ。確認したところ、破壊されたドラコ02の搭乗総員2000名の内400名は無事に降下中。回収する機会は現状まだ無いが、少なくとも命だけは無事なようである。残りの1600名は爆発や、下から出てきた巨大なクジラ型アーマメントに呑み込まれてしまったようであるが。

 迫る時間の現状、死者の追悼はこの場で行うべきではない。マリオンは握りしめた拳をほどいてマイクを口元に当てる。感情を押し殺した指揮官としての表情を崩すことなく次の命を下した。

 

≪ブラヴォーチーム、現存勢力を報告せよ≫

≪此方ブラヴォー。緊急パラシュートにて隊員87名が降下中。大半は呑み込まれましたが、我々は滑空の旅の途中です≫

≪了解。02には“彼”とカーリーが居た筈だが、この通信を聞いているな? ならばブラヴォーチームを上陸させ、エイリアンの猛撃を反らしつつ敵大型アーマメント仮称“ポセイドン”を撃破せよ≫

≪こちら衛生兵長とカーリー。任務了解、ブラヴォーチームは対エイリアン兵器を構えて風に乗れ。例の支給ゴーグルでエイリアン反応の特定も頼んだ≫

≪こちらブラヴォー了解。全隊員サーチ体勢に入りました≫

 

 バサバサと通信の合間に聞こえてくるパラシュートの音は頼りなさげだが、凛とした隊員の報告によって高度を上げたドラコ01の面々は集中を増して行く。まさか上陸その時から襲撃を受けるとは、などとは思っていなかったが、敵がレーダーを越えてくる事には流石に対応が不可能だった。

 先の攻撃でブラヴォーチームは隊長を失ってしまったが、元々ブラヴォーチームは先遣隊を意味合いを込めた独立散策部隊だったのでまだ痛手では無い。死んだ人間の事を頭の隅に叩き込み、決して忘れないようにした隊員たちはゴーグルに覆われた紅い視界の中で動く不可解な格好をした魔女の姿を捉え始めていた。

 

≪こちらブラヴォーチーム。敵A級エイリアン・ミーを補足しました。ポイント≫

≪はいは~い。ポイント成功、情報逆算から転移予測位置をゴーグルに表示するよ。ブラヴォーはそれに従って照準してね≫

≪ロック・ファイア!!≫

≪ファイア!≫

≪ファイア!!≫

 

 ほくそ笑むエイリアン、ミーの姿を完全に捉えながら、PSSの反撃が開始する。転移した先に攻撃が集中している事を視認したミーは、その表情を引き攣らせて絶望した。

 

 

 

「カーリー! 大地をやれっ!」

「ウォォォォォグゥゥァァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 両手を組んだカーリーが雄たけびを上げて振り上げ、彼がカーリーの体を思いっきり海面に投げつける。海面と体が接触する瞬間にカーリーの両腕から放たれた衝撃が海を穿ち、海底まで到達した圧力が地下に眠るプレートを直撃。マグマが活性化し、地面が隆起する事で日本へ続く小島が次々と作りだされていった。

 カーリーは驚きを覚えると同時、喜びに体を震わせる。これほどの力を振るい、なおかつ制御が可能ならばシズを守りきることができる。彼の血をネブレイドしたのは、はっきりとした感情を得たのは決して間違いでは無かったのだと。

 

 この二人も乗っていたドラコ02が襲撃される直前、力を求めたカーリーは彼から血を提供してもらう事で更なる力を得ていた。その微々たるネブレイドは単純な身体能力と脳の処理速度を上げるに踏みとどまったが、日に日に力を増している彼の新鮮な血液は必要エネルギー量こそないものの、今までに見当たらなかった肉体の効率のいい使い方と加算されたパワーがこれほどまでの力を生みだしている。

 カーリーの伏せられた瞳の中で、涙が流れ始める。解放された様な、自分の内側にあった檻を粉々に破壊した気分は非常に晴れ晴れとしたものだったから。そして同時に理解した。カーリーの持つ野生のカンは死の匂いをハッキリとかぎわけることができるようになっていたのである。

 そう、たとえば―――このように。

 

「ガァァァッ!」

「ちっ、外したか」

 

 黄色の大男が弾き飛ばした矢は、光の粒子を散らして消滅する。

 カーリーと、上空から落下している彼は人間を遥かに超えた聴覚で聞きとった。若々しい男の殺気に満ちた声は、エイリアン側で戦力投入された内の一人、「リリオ」の忌々しげな声であると。

 海上に作り上げた隆起島と、リリオのいる港。彼我の距離は数キロメートルにも及ぶ筈だが、その近未来的なデザインの弓でリリオはエネルギー弾をこの二人の元へ放ち、直撃させる事は叶わずとも命中させたのである。成程、これほどまでに驚異的な能力を持ったエイリアンなら人類は次々と消されるのも分かる。対策として投入したクローン兵器群「グレイ」が易々と打破されるのも納得した。

 だが無意味だ。楽しげに話していたPSS隊員の命を奪ったリリオを、カーリーは許すことができない。初めて心の中に激しい怒りと言う感情を兼ね備えた獣は吼え、シズが騎乗する戦車としての役割を十全に発揮しながら突進を始める。

 

「カーリー、部隊員の方は任せておけ。リリオはそっちに任せる!」

「ゴォォォォォォォォ!!」

 

 「彼」もまた、カーリーの激しい怒りの感情に喜びの色を隠そうともせずにその背中を押した。その止まらない姿はもはや全ての遠慮が無用となった(カーリー)が、技量を持った狩人(リリオ)に無謀にも突っ込んで行くようにも見えるだろう。

 しかしカーリーには勝算がある。得たパワーは到底リリオに越えられるものではないし、彼の攻撃はより鋭敏になった感覚が察知して直撃を防ぐことが可能。万感の思いを抱えた黄金の獣が走り、その横で平穏を保っていた海は突如として荒れ狂う怒りを見せた。

 

≪カーリー君! 例の巨大アーマメントよ!!≫

 

 オペレーターの一人の勧告を受け、彼は丸太の様な腕を全力で横に振りかぶった。

 

 

 

「兄さん……」

「結局これがあたし達だよ。感情なんてものが力になって、それを原動力として久遠の中に満ちた時間を見出すの。今までのモノクロな世界に色をつけて、誰かの為に戦うお人好しになっちゃうってね~♪」

「じゃあ、兄さんも」

「多分ネブレイドしたんじゃない? ウチのパパに流れる変な物をさ」

 

 止めることなくキーを叩きながら、ナフェは並列した思考を使ってシズと会話を交わす。薄暗いエイリアン専用待機部屋の中、管制室ではなく静かなこの部屋を利用してナフェは居を構えている。その横にはシズがいるが、彼女の方は冷静にも熱く滾った戦いを進める人類側とは違い、酷く困惑に満ちたものだった。

 シズは、兄のあの様な姿を見るのは初めてである。たった二人の兄妹として、錆びた鉄の惑星の生き残りとして互いを補完し合っていた、依存し合っていた関係に、少しばかりの外へ通じる道を作った「総督」のおかげでシズとカーリーはあのエイリアングループの中でアーマメントを指揮する近衛騎兵隊長という地位すら獲得していたが、結局は物言わぬ鉄屑共の統制を行っていたに過ぎない。彼ら二人の関係には他人と言う存在は無かったとも言える。

 だからこそ、カーリーが他人の為に、自分と交わした計画の為では無く、人類を生き残らせるために全力を出す姿を見るのは初めて見る。荒々しくも勇猛に、愚かしくも愚直なまでにリリオへの突進を止めないカーリーは、これまで過ごしたどんな時よりも輝いているのが信じられない。

 

「む、マリオン指令(おじいちゃん)! ポセイドン級の反応増大。カーリーと着陸したブラヴォーチームの周囲に8体ほど来てるよ」

≪了解だ。マズマ君はそのまま進撃を。ブラヴォーチーム、敵エイリアンは仕留めたか≫

≪残念ながら逃げられましたが、腕は一本持って行きました。その際に武器も取り落としています。それから、航空型アーマメントの反応が旧東京方面より飛来中です≫

≪反応に注意しながらカーリー君の作った道を進み、マズマ君の後に続け。デルタチームは航空勢力への対応を準備完了次第、確固撃破に向かえ。後にシティ・イーター周囲へ着陸。ブラヴォーと合流し潜入を開始≫

≪デルタ了解。ブラボー、死ぬなよ≫

≪そっちこそ、蚊みてぇに落とされるんじゃねぇぞ≫

 

 なおも回線は途切れることなく続く中、ナフェは一時的に回線系統から離脱して何らかのプログラムの実行処理に移った。足掻き戦う人類は、ナフェにとっても恐ろしく見苦しいものであっただろう。だが、そんな彼らに手を貸しているのが自分だ。直接戦力ではなく、自分に最も適合した役割をこなしてこそ。そう言った思いを抱きながら実行するプログラムの完了待ちになった所で、ナフェはニヤリとした笑みをシズに向ける。

 

「行かなくていーの? クスクス、お兄さんは頑張ってるのにねぇ」

「だって、こんなの……こっちに向かっているアーマメント総数は3万体を超えている筈よ。もう、彼らを見捨てた方が早いわ。後はモスクワに戻るなり人心掌握を―――」

「無いない。だってあたしら勝てるもん。パパがいるし、マズマも、あのステラだってね。それにカーリーだって頑張ってくれる。ストックは、本当に今まで溜めこんだ物を全部使い始めてる。だから総督にだって届くよ、絶対に」

 

 不可解な表情を浮かべるシズに、ナフェは笑みを深めてマイクを取った。

 

「出来たよ。存分に暴れてきちゃいなさーいっ!」

≪こんな役ばかりなのね≫

「狂戦士なりに仕事で切るんだからいいじゃん」

≪まぁ、悪くは無いわ。散々貴方たちに弄られた前と今と昔の私の為にも―――ストレス発散と行きましょうか≫

 

 話が分かるね、とウサギが笑う。

 

 

 

「ブラヴォーチーム、生きてるかー」

「何とかな。降下中に3人食われたが、こんな所で止まってられねぇぜ」

「こっちから探知完了。外からの攻撃は対艦巨砲でもなけりゃ傷がつかねぇが口の中に奴らの動力源があるらしい。つっても、喉の奥の奥だ。人間技を越えねぇ限りは一瞬じゃ無理だな」

「とにかく急ぎましょう。カーリーさんが3体ほど倒してくれましたが、まだ5体残っています。我らの切り札である衛生兵長も囲まれれば分が悪いでしょうから」

 

 流石のPSS隊員も、「彼」の常識外の身体能力全てに頼り切ろうと言う考えは欠片も無い。自分達の力で未来を勝ち取ってこそ、戦いに立ち向かう意味がある。人類のために捨て駒となる事を選んだ自分たちの在り方なのだと雄たけびを上げて士気を上げた。

 「彼」は、どこか達観したようにPSSの殿を買って出ると、カーリーの爆走した後を追って進みだす。岸までは僅か2キロ。目と鼻の先で第一歩を踏みしめるために、PSSの逆襲撃が始まりを告げる。

 彼らの前には、巨大なクジラが二頭。その鎌首をもたげている。

 

「弾薬管理は?」

「上々です」

「心意気は?」

「十分だ!」

「どれだけ戦える?」

「死ぬまでに決まってるッ!!」

 

 オーケー、ならば戦争だ。

 

 

 

「くそっ…こんな馬鹿な!? カーリー程度がぼくに追いすがるなんて……」

「グゥァァァルォォォオオオオオッ!!」

「この……くそっくそっくそぉぉぉぉぉぉぉっ!!?」

 

 空間丸ごと削り取る様な剛腕が振るわれて、リリオは瞬時に身を引いた。地面が丸ごと地震を引き起こし、エイリアンの中で誰よりも単体でのパワーを発揮するカーリーらしさが丸ごと強化されている事に気付いたリリオは、この黄色の兄弟が裏切る前はこんな実力の素ぶりも見せなかったことに不可解さを覚えていた。

 思えば、マズマも以前には実力が拮抗していた筈のミーを倒していた。数ヶ月の間に人間側で何らかの強化措置を受けたにしても、あからさまに有り得ない戦力上昇だ。だが、それはマズマに限った話であるとリリオは焦る内心どこかに冷静さを備えている。

 それは、カーリーの作戦も技術も無い荒削りな剛腕の軌道は十分に見切れるレベルである事と、この相手にも自分の培ってきた知識や経験は通用していると言う現実から来る自信。これで木端微塵にされていたなら、成程、リリオとて人類側には称賛の一つも送ったかもしれない。だが、この相手は自分が策を講じれば勝てる相手に過ぎないのだ。力や図体で圧倒的に勝る別の星の生命体には何度も遭遇し、その度に総督の気まぐれで戦場に駆り出された事がある。その際に、正面から戦う事を強要された事も少なくは無かった。故にリリオは、無論エイリアン全員に共通する事だが特有の戦闘技術と言うものが個人に備わっている。

 

「は、はははっ…どうしたデカブツ! ぼくを捉えきれていないぞ?」

「ルグゥァァァァッ!!」

「当たらない。当たらないぞ、ほら!」

 

 弓を引き、拡散された追尾エネルギー弾がカーリーの全方位から振り注ぐ。危険を感じ取った彼が全身に力を入れて防御する事でエネルギーの矢は弾かれたが、それは敵の目の前で隙を晒す愚かな行為。リリオがこれに目をつけない筈も無く、同時に単純すぎるカーリーの行動基準を嘲笑って彼の顔面を蹴り飛ばした。

 カーリーの目を覆うように付けられているアーマメント部品が弾け飛び、隠されていた目が露わになった。それでも体勢を持ちなおしたカーリーは足を天高く蹴り飛ばすように振るったが、動きを呼んでいたリリオは瞬時にその場から離脱しながら弓に弾丸を番え、放つ。再び襲い来るエネルギー弾は防ぎようも無く、ガードしきれないカーリーの背部や関節などに着弾し、皮膚を焼く様な高熱の爆発を巻き起こした。

 

「やはりシズがいなければ木偶の坊だな、オマエ。いろんなものでぼくに勝っているのに、何一つとして頭が出来ていない。野生のカン? そんなもの、知を使う生物には何も通用しないさ。だからやられるんだよ……裏切った事を後悔すると良いさ!!」

「ルィ……リィイ、オ、ォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

「ひゃはははははははははっ!!」

 

 猛攻は続くが、寸での所で見切られ全てを交わされる。剛腕は地面を、空気を削り取って塵へと変えるが、副次的に生じる風の刃や衝撃波すら当たらなければリリオを倒すことなど出来はしない。

 ―――やれる、やれるんだぼくは!

 リリオの内心では既に勝利を掴んでいる気分だった。目の前にいる怪物は、今までのどれよりも強力なパワーを持っているかもしれない。だが、誰よりも愚鈍で生涯最高に倒しやすい相手であるとタカをくくった。余裕を見せつつも油断しない所がリリオの戦いのセンスを示しているのかもしれないが、明らかにこの態度は戦いに持ちこむ様なものではないだろう。

 それでもリリオの優勢が崩れないことに、カーリーは己の内に芽生えた悔しさという感情を噛み締める。シズとの連携があれば、このような相手など一分もかからずに始末できる。だが彼女との交信手段は持ち合わせていないし、こうして彼女の行動理念と班した行動をしている時点で愛しい(シズ)の援護は期待できない。もとより、援護がない事を分かっていた上での強行だ。

 悔しさと怒りが込み上げ、更にカーリーの攻撃は大雑把な物になっていく。まるで我儘で癇癪を起した子供のようだとネブレイドした人間達の記憶からカーリーの様子を当て嵌めて遊ぶリリオは、やはり優勢を変えることは無い。

 だからこそ、このカーリーと言う怪物に気を取られ続けて気付かなかった。

 僅か500メートル先で鳴り響いた発砲音に。

 

「…………え?」

 

 穴をあけられた腕が跳ねあげられる。

 着弾の衝撃で硬直した体は空中。指を動かそうにも、次に続いた二発の弾丸がそれを許さない。武器をも狙い打たれた彼がかろうじて見た光景は、PSSの平隊員がスナイパーライフルを構えている姿。

 次いで、黄色い影が目の前に迫って――――

 

「ぶ」

「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

「ぎ、がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 カーリーの真っ直ぐに突き出した拳がリリオの顔面を捉え、地面と水平に彼の体を吹き飛ばす。港に点在する倉庫の壁を粉々に破壊しながら、リリオの体が瓦礫に呑み込まれていく。荒い息を吐きだし、拳を突き出した形でカーリーが息を荒げて硬直していた。

 

「よう、よくやってくれた」

「ウガ……」

「ありがとう。お前のおかげでブラヴォーチームは着地から誰一人リタイアを出していない。デカイクジラは悲劇のヒロインが倒してくれたし、あの狙撃手もエイリアンにひと泡吹かせてやれた」

「ガゥ……ガァア……」

「戻って休んでも構わんぞ。それとも、まだやるか?」

「ウガ!!」

 

 当然だ、そう言わんばかりにカーリーが声を張り上げる。

 

「ならばようこそ、PSSへ。そんじゃまずはアルファチームと合流だ」

 

 笑った「彼」の手を取り、カーリーはニカッと獣じみた笑みで返した。

 

 

 

 戦局は海上。大量のアーマメントが押し寄せ始めた港の海上に移る。

 そこでは数多の爆発が巻き起こり、PSSの精鋭が駆る戦闘機によって撃沈を余儀なくされるアーマメント群の憐れな姿があった。それの中でも特に不思議な光景と言えば、PSS所属の戦闘機が攻撃していない地点でアーマメントが突如として破壊されている点。

 だが、レーダーの反応を見ている管制官と、その爆発の原因を送りだしたナフェだけは分かっていた。

 

≪十二時の方向にポセイドン群が1個師団で出現。あれは前哨戦に過ぎなかったみたいだねー。まだやれる?≫

「燃料がいる戦闘機と違って、もう私の原動力は特別なものよ。問題ないわ」

≪了~解! それじゃデルタのB分隊は制空権を。A分隊はコイツのフォロー。装備を投下爆弾に切り替えて。当然だけど機銃と違って一発しかないから絶対に当てるように≫

≪デルタ8了解。ナナちゃん、この戦いが終わったら飯奢るぜ≫

≪デルタ11了解。大物はそっちかよ、02の奴らの仇が取れて羨ましいぜ。こりゃぁ、オレも生き残らないとな。打ち上げは中庭解放でどうだ?≫

「無駄口の代わりに弾丸を飛ばしなさい。あんたたちなんてその程度でしょうに」

≪こりゃ一本取られたな。デルタ3、残弾が無くなった。ドラコ01に帰投する≫

≪こちらロスコル。了解、整備班急いで準備してくれ……ナナちゃん、無理はするなよ≫

 

 ロスコルの心配する様な声に、「ナナ」は灰紫の炎を撒き散らしながらに溜息をついた。分かり切ったことだが、これだけは言っておかなければなるまい、と。

 

「……タリー・ホウ」

≪タリー・ホウ!!≫

 

 最後の一人は希望の炎を目に、剣を握る。

 





最終決戦。
ですがまだまだ東京湾の手前です。
本来なら30話くらいで完結予定でしたが、予定通りになりそうです。
最終回は35~40になるかな。

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