カウントダウン~A HAPPY NEW DAYS~   作:幻想の投影物

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輝きの火種

≪いよう衛生兵長殿ォ! またエイリアンの誑し込みは完了か!?≫

「じゃかぁしかっ!! そっだらゆーとっとエイリアン共が反逆仕掛けっでよ!?」

≪……おーい皆、今の何語だ?≫

≪多分日本語じゃねぇか? 文法も聞いたことねぇし、思わず出身地の母国語出ちまったんだろ≫

≪そういや日本だったか。最近、首都にエイリアンの仮拠点が見つかったって言う島国。独自の文化とかも今やこっちの生き残りぐらいしかいねぇんだったな≫

「……なんていうか、必死さがないわね」

「よし、平常運転で安心した」

「今のが!?」

≪へーい≫

「へーい」

 

 驚くシズをよそに、今からすぐに追いつくとだけ言って彼は通信機を切った。対してあまり此方の文化に興味は無いのか、余裕を見せているカーリーは近くの瓦礫をガリガリと喰っている有様だ。

 

「へぇ。やっぱネブレイドは経口摂取なんだな」

「基本的にはね。消化器官とネブレイド器官が繋がってるから、アーマメント手術をした際に器官の配置を変えたのよ。私達はネブレイド頻度はあまり高くないにしても、一度摂取する際には高エネルギーを蓄えるタイプだから」

「しっかり喰ってしっかり働くってか。まさに“兵”としての体だな」

「役割上仕方ないのよ」

「へえ、矯正義務って奴でもあるのかね」

 

 エイリアン社会も存外に社畜よりも雇用条件が厳しいらしい。ナフェから聞いた話では、元より絶対数が少ない上に、地球人と似たような形、つまり「純度の高い人型」のエイリアンはそう多くないようなのでそれも仕方ないのかもしれないが。

 それはともかく、今はドラコを追いかける事が先決である。ブリュンヒルデで回収に来てもらうという手もあるが、アレはあれでステラとマズマの休憩時間を引き裂いてしまうので使うつもりも全くないが。

 

 三人が海上横断の準備を整え終えた際、彼はふと気付いた事があって尋ねた。

 

「純度高いって言ったけど、ナフェやマズマが誤魔化せてる奴でも大丈夫なのか?」

「…この星の法則で合わせると、最低でも50年分の記録を溜めこんだ物を1キロ以上の摂取が必要ね。要らなくなった老人一人なら十分だけど?」

「んなモン却下だ。…しゃーない、何とか整えておくさ。それで? 摂取の期間はどのくらいのインターバルだ」

「ウガ」

「駄目よ兄さん、毎日なんて唯でさえ劣勢のストックに準備できる筈ないじゃない。……ともかく、一週間はもつわ。最低限私達の活動を阻害しない期間よ。それを過ぎたら、禁断症状にも近い状態になっちゃうけど」

「一週間、ねぇ……」

 

 あの二人がほとんど毎日「彼」の血を飲んでいる事に対し、一週間に1キロはそれなりにこなせない物でも無い。だが、最低でも五十年と言う質の高さが問題だ。いうなれば、こいつ等は一週間に一度、ディナーで松坂牛を1キロ以上喰っていると言えば、その大変さが分かるだろう。

 UEFでも「えいりあんのきょうせいるーむ」行きを免れない屑どもが居る事は確かだが、それが出現するのはある程度まとまって集団抗議するか、ロンリーウルフを気取って長い潜伏の後に蜂起するか。つまり、その出現頻度は偶然でしかない。かと言って、容赦なく「きょうせいるーむ」行きをこの二人に与える事も出来ない。

 

「難しいもんだ」

「此方は逆らうつもりは無いけど、面倒だって私達を消すつもりなら此方にも考えがあるわ。例え貴方が総督並みに強かったとしても…ね」

「ウガ、ウガガ!」

「そもそも二人いる時点でこちとら人員が人質みたいなもんだ。まぁ、襲うにしても今以外の状況を狙うだろうさ。…さて、行くか。付いて来い」

「ええ、行くわよ兄さん」

「ウゴァアッ…ァアアアアアア!!」

 

 カーリーに縛り付けた手綱を引き、シズは自動車を遥かに上回る速度で走りだした。彼もその足で後を追い、すぐさま彼女達の横に並走する。先に見えてきた海には、いつかナフェがやった様にアーマメントの群れが足場となって浮かんでいる。護岸工事された沿岸から飛び立つと、三人は勢いよく海へ向かって跳び上がるのだった。

 

 

 

 大西洋上空、ドラコ管制室にて。

 海で巻き起こしたしぶきにまみれ、潮っ気でべとべとになった体を洗った彼と新たな二人のエイリアンは、マリオン総司令の眼前で敬礼している。この場に相応しい軍人らしさのある固い空気はマリオンその人から発せられており、ちらりと彼を一瞥したマリオンはすぐさま新たな参入者であるエイリアンの二人に向き直った。

 

「君達が我ら人類側につくというエイリアンかね。…名を」

「シズ、と言います。此方は私の兄カーリー。エイリアン側総督の指揮の下、近衛兵長の任についておりましたが、この度亡命という形で其方のストック側…いえ人類側へと異動を決行しました」

「其方の親玉の指示と言う点は?」

「ありません。全て我らが独断で行った事。ナフェとの定期通信により現状の把握も出来ておりますので、何処へ配属しようと構いません。其方の益を重視させていただきましょう」

「ふむ……良い目をしている。だが、君達も我らの同胞をネブレイドしたのは事実。その点を踏まえ、存分にこき使わせて貰おう。では、下がりたまえ。我らUEFがPSSは君達を歓迎しよう」

「そのお言葉、有難く頂戴いたします」

 

 整ったお辞儀で返した彼女に満足気にうなづくと、マリオンは声を張り上げた。

 

「聞きたまえ! この度、新たな戦力が我々の物となった! これで我らの守りは盤石となり、少なくとも敵側の戦力は大きく削がれたこととなる! マズマ君やナフェ君の様に温かく迎え入れ、彼らを歓迎しよう……」

「………」

「………っ」

 

 総司令の後に続く言葉を待ち、兵士達はごくりと生唾を飲み込んだ。

 その視線の先に在るのは、シズとの話し合いの折に「彼」がせっせと作っていたあらん限りの豪勢な食事、酒、酒、酒! じっくりと焦らした所で、愉快そうにマリオンの唇が歪む。

 

「故に、今宵は無礼講だッ!!」

「おおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 ドラコの中が熱気に包まれた。作戦時よりもずっと熱く、気合のこもった雄たけびが周囲から聞こえてきたと思えば、女性隊員の甲高い喜色に染まった歓声がコーラスを作り出す。我先にと料理の数々を小皿に奪い取って行くPSS隊員の魔の手をかいくぐりながら、「彼」は更に食材を消費して肉汁滴るステーキの焼きあげに取り掛かっていた。

 

 そんな狂乱の宴から離れる影が四つ。ウチの一人がチョイチョイと手招きをして三人を連れ出し、二人が両腕いっぱいの御馳走を持ちだしてタラップを上がっていく。ドラコ上部に設置された巨大な情報監視用の監視台で先導――マズマが足を止めると、ここぞとばかりにステラとカーリーがご馳走をドサドサと置いて行った。

 

「これで晴れてアンタらもこっちに来たってワケだ。成程、ここの駒はチェスではなく将棋だったらしいな」

「あなた達がそっちにいる時点で将棋は確定だと思うけど? それに、アーマメント技術がこのドラコに使われてる時点でアーマメント達歩兵も取られてるわね」

「ハ―――確かに、違いない」

 

 乾杯、と各々が違う大きさの手でジュースのはいったコップを鳴らし合う。ステラも乾杯の方法は既に習っていたので、彼らに続いてコップを鳴らしていった。

 

「マズマ、やっぱりあの人が作ったの…凄く美味しい」

「満腹中枢は無いと思ったが、ホワイトは違うのか? いや、味覚程度は備わっているか」

「あら、合成じゃなくて天然の食糧なのね。兄さん、食べられる?」

「ウガー! ウガ、ウガガッ!」

「ご満悦…と言った所か」

「ネブレイドには足りないけど、まぁご明察。それにしても、これがホワイトねぇ…?」

 

 ふーん、と興味深げに全身を見て回るシズの視線に疑問符を掲げながらも、ステラはもきゅもきゅと食事を頬張っていた。その食いっぷりは昔にいた大食漢を彷彿とさせるほどで、カーリーも負けじと料理に手を伸ばしていく。

 せっかく静かな場所を選んだというのに、マズマはそう言って呆れるばかりである。

 

「騒がしいわね。あっちじゃ不敬を見せようものならザハの修行に付き合わされていた物だけど」

「下手をすれば、この星に来る前の奴みたいにあのお方自らが八つ裂きさ。そう思えば平和だと思うがな」

「それは同感ね。ただ、新鮮な感じよ」

 

 航行速度と同じく流れて行く雲の隙間から、一見動いていないようにも見える月を見上げる。あくまで不動の戒めの場所。シズとカーリーの脳裏には、そんなエイリアン側の光景が思い出されていた。

 

「それもすぐに騒がしくなる。ストック共から得た個性は俺達がネブレイドしなければ手に入らない。それを模倣して騒がしくなったのがナフェなら、オリジナル共は相当なものだ」

「でもね、PSSはみんな温かい。マズマは、どう思うの?」

 

 コテンと首をかしげる彼女に、マズマは苦笑を洩らした。

 

「ああ、奴らが何故映画なんて最高のフィクションを作れるのかが良く分かるほどさ。お前の言う温かさとやらなんだろうな」

「マズマも分かってないんだ」

「生憎と、な。どちらかと言えば、実際に経験したお前の方が理解は上かも知れん。俺達のは精々がネブレイドによって取り込んだ他人の感情に過ぎん」

「……あら、随分この子に執心なのね」

「自慢の弟子だ。まだまだひよっこだけどな」

 

 そう言って、ステラの頭にポンと手を置いた。ステラは少しびっくりしたようだったが、アーマメント部分にも生き物の温かさが通っていたためか、相手がマズマだったためか、彼の方へと倒れ込んで目を閉じてしまった。マズマの服の裾を掴み、気持ち良さそうに身を預けている。

 

「懐かれてるわね。……それで、あのお方にぶつけるつもり?」

「立ち向かう時は一緒のつもりだ。後は…お前も会ったアレだな。最悪アレを下せるようにならなければならない」

「ああ、アレ。ストックにしては異様よね。でも、兄さんはこの星のストックとはまた違った違和感があるって言っていたわ。私にはよく分からなかったけど」

「動物をネブレイドした事で身についた、“野生のカン”って奴だろう。まぁ、俺もアイツの化け物の様な能力については秘密を知りたいものだが、肝心の本人が把握していないんじゃあな。ストーリーの設定にすら書けやしない……更に力は強まってる辺り、もう手がつけられん」

「ウガッ!?」

「あれが…成長中って」

 

 二人は驚愕する。自分達が全力で走っていたというのに、あちらは余裕の表情で並走していたのだ。本気を出せば自分などあっという間に追い抜いてしまうというネブレイド型エイリアン個人のスペックを大きく上回っているというのに、まだ強くなる。まだ速くなる。

 興味深いが、同時に触れてはならない世界の理にさえ思えてくる。その謎を解明するにはやはり、その人物すら知らない自分自身の全ての情報を取り入れる事が出来るネブレイド。シズがそうしてたぶらかして喰ってしまえばいいとマズマに言うが、彼は首を振った。

 

「いや、俺達はアイツの血を貰っているが…精々がこの世界の知識、アイツの日常、そして過去や構成成分ぐらいしか分からん。普通のストックより鍛えている以外は何ら変わりないしな」

「マズマはそれで足りてるのね?」

「ネブレイドする度に力やエネルギーが更新されるからな。……ああ、だがお前のお眼鏡にかなうような量は無い。精々が血を数滴分が関の山だ。最低限の処置から18年分の情報量に匹敵するエネルギーが取れる程度だ」

「そっか、私達のはどうしようかしらね。兄さん」

「ウガ」

「あら駄目よ、UEFの老人じゃなくて古い瓦礫でも何でもいいじゃない」

「ウガォゥァァッ!」

「黙れ。コイツが起きるだろう」

「ゴゥッ!?」

 

 トンでも技術で取り出し、手に握った武器をカーリーの頭に落とす。酷く鈍い音がし、その痛みで黄色い大男は悶絶し始めていた。やれやれと気だるげに息を吐きながら、彼は武器をまた何処かへと仕舞う。以前よりも精度の上がったマズマの動作に、シズは前とは変っているのだなと感嘆の息をつくのであった。

 

 

 

 

 それから数日後、ドラコからPSSの800人が整列し、うち潜入部隊となった者達への新階級授与が行われる。UEFでアーマメント大襲撃を乗り切った残りの隊員達もその訓練状に集まり、心から進級した者達を祝福していた。

 

 PSS部隊員へ新人のシズとカーリーを紹介している最中、視点は研究棟のナフェ専用ラボへと移る。そこでは二人の人影がずっと見つめ合っており、一人が微笑を浮かべると、もう一人が辛抱たまらないと言った具合に動きだす。

 ジェット機の様な速度で接近した彼、その目の前にいる少女をがっしりと抱きしめた。

 

「寂しかったかー? 無事に帰って来れたぞ、ほらほらほら。よぉ~し、よしよし」

「ふにゃぁ」

 

 わっさわっさと派手に撫で始め、ナフェは安心したように体を預けて目を瞑った。

 

「やっぱりパパポジだよねぇ」

「何回言うんだっての。俺もまだ二十くらいなんだがなぁ……。それはともかく、UEFの襲撃は何が目的か分かるか? アーマメントだって無尽蔵とは言い切れん。だってのに、こんな時に襲撃かましてくる理由が分からん」

「ザハの事だから、本懐を見つけて余分な物は全て消そうと思ったのかも。そっちで情報渡す様な真似でもした?」

「ああ、敢えて瀕死のミーに情報渡しておいた。なるべく相手の作戦をシンプルにさせてよ、こっちが楽に対応できそうな状況に仕立て上げてみたんだが」

「数はあっちが上ってこと忘れないでよね。……それにしても、前に聞いた限りじゃあの方はもう知ってるんでしょ?」

「ああ。まだ眠ってる時に会わせてやった」

「となると……ザハに知らせて無いんだ」

 

 あの白き滅びの化身は何よりも刺激と享楽を求める好奇心が原動力だ。その一環として、今回の「自分自身をネブレイドさせるために人類にクローンを作らせた」という目的は既に果たされていると言ってもいい。マズマの手によって着々と現在のUEF在住エイリアンとタメ張れる程に成長してきているステラはもう少しで彼女の好みに熟す事となるだろう。

 だが、それを知らずにただUEFを襲撃したという事は、ザハはクローンを捕まえろとだけしか命令されていない可能性がある。ザハとて、結局は一人のエイリアン。言葉少なく格下の者に命を下す「総督」の言葉を十全に理解する事は不可能に近しい。

 

「あえて大規模な戦いを行わせる事でステラの経験値を溜めるつもりか、はたまた部下が独自に動く姿を哂って眺めるつもりか。何度も会ってる筈だけど、どうにも読めないな」

「あの方は寧ろ一度計画を作ったら後は傍観者に徹してると思うけどな。あたし達に細かい指示とか全然ないし」

「そりゃ言えてるよ。だからこそ、浅くしか読めないのが怖い」

 

 いつの間にか彼の膝の上に腰かける形になっているナフェも含め、重々しい息を吐きだした。ただ生きたいだけなのにどうにもこの世界は戦いだの危機だのに溢れている。実質的に「彼女」と接点があるのはこの二人がメインだと言っても過言ではないし、この二人であってもあのお気楽な白色の思考を予測する事すら難しい。

 

「とにもかくにも、明日っからまた仕事だな」

「そうだね。……ああ、そう言えばあのグレイだけど、一応中身的にはホワイトと同スペックになってたよ。その代わり、出来た自我は別の物に変質してた」

「やっぱりな。魂が云々で物事も言えるが、魂と肉体が同質でも第三要素のアストラル界は肉体に似て別物、魂と混同されるが全く違う。……何らかの拒絶反応とか、器の方の損傷とかはないんだな?」

「まぁね。一応命令には従ってくれるし、アグレッサーモードの切り替えの時には正に昔の無双ゲームみたいだったし。唯一つ不安を上げるなら、アイツ謀反とか起こしそうなんだよねー」

 

 「無名」がナフェやジェンキンスを見つめる時、普通の人間を見る時以上に殺意や憎しみと言った感情がありありと感じ取れた。ナフェも情緒豊かになって来た以前に、エイリアン側で数多の星を渡って来た経歴の中に負の側面を幾度となく向けられた事がある。

 時には己の命すら危うくなり、彼女の両腕や一部の内臓に施されたアーマメント手術はその名残である。一度死の淵に瀕し、そこで生きたいと願ったからこそ、ナフェは現ナナの向けてくる黒い感情をその身で受け続けていたのだ。

 だが、本当に刃を向ける時がきたなら…その時はナナの武器に使われているエネルギー源を暴発させる心づもりだった。要望にこたえて「忘れなくした」可愛い実験体であるのだが、それ故に恐れを抱く。自らの手で怪物を作り出した者など、ロクな仕打ちを受けないと相場が決まっている。ナフェも、ジェンキンスも研究者仲間も、それを承知でこの非人道的な実験に手を染め、「人類へ貢献」しているのである。

 

「そうだな…シズや、ステラ辺りをアイツと付き合わせてみるか。上手くいけば心開く位はしてくれるだろ、人類最後の希望に加えて、元敵側エイリアンだ。ダブルショックが働きかければ効果は間違いなしだな」

「そう上手く行けばいいけどね。ちょっと不安かな~♪」

「の割には楽しそうだな」

「当然っ! 研究成果の独自成長は初めてチビ達作った時と同じ感動だよ?」

「他人の研究成果にアレンジ加えただけだろうが」

「でもオリジナル…つまり捨てられてた失敗品を成功品にしたんだもん。私の作品だって言っても過言じゃないと思うけどなー」

 

 人道的にはともかく、エイリアンとしてナフェの言い分はとても正しい。言わば今のナナを作り出したのはナフェとジェンキンスの二人。ある意味で再度生み出した生みの親と言える存在になっているのだから。

 そうした人間やクローンの尊厳に対して喧嘩を売るような発言に、彼は何も言う事は無い。これは自分の問題では無く、ナフェ達の持っている問題。部外者でしかない自分が外から言葉を挟むのはこの関係を侮辱することになり、それと同時、解決せずとも時間がたてばナナの方からナフェ達に対して想う転機が訪れることになる。

 自然と回復するような問題を知っていて、それでも態々首を突っ込む輩は、強大すぎる力に溺れた「愚者」だ。ただし、タロットの様に未来が約束されている訳でも無い。

 

 ナフェは備えつけたドリンクバーの機械に歩み寄ると、コップを置いてUEFで取れた果汁100%のジュースを入れ、ごくごくと飲みほしていく。もう一杯、今度は天然水を入れると、彼の方へとコップを持って戻って来た。

 

「はい」

「りょーかい、吸血姫様」

 

 彼は一本だけ伸ばしていた自分の爪を摘まむと、一気に捲り上げて爪を丸々引き剥がした。血流は爪の在った場所から溢れだし、ボタボタと振り始めの雨の様な大きな血粒をコップの中に注いでいく。3秒もして赤く染まったコップから指を離し、彼は患部をもう一方の手で覆い隠しながらナフェに中身を飲むよう促した。

 

 小さな喉が小さな音を鳴らし、無音の部屋に軽快なリズムを響かせる。

 赤く染まった液体を両手に、目を瞑ってゆっくりと飲んで行く様子はとても艶めかしい。その小さな体から、何とも言えないミステリアスで、猟奇的な見る物の興味を引く様な妖艶さが醸し出されている。

 中身を飲みきったナフェは、ふぅと一息ついてコップを片付けた。

 

「んー……最近変化が減ってるね。でも、組みかえられてる感じかな?」

「効率的に、より馴染むようにって感じだろ?」

「アタリ。ねぇ、そっちの指見せてよ。どうせ――もう治ってる(・・・・・・)んでしょ?」

「まぁな…更には爪のおまけつきだ」

 

 爪を剥がした方の指には、ぅぞぞぞぞ……と蝸牛の様な歩みで爪が生え始めていた。その感覚に彼はくすぐったいという未知の感覚を覚えるが、これは人間として異常な事である。エイリアンにすら匹敵するこの再生力は、人間と呼ぶことすらおこがましい。

 蝸牛の如き速度と言っても、通常人間の爪が完全に剥がれるような事態になれば、怪我が治って元の長さになるまで数カ月はかかる。その際に爪は生えなくなってしまうかもしれないし、生えて来ても異常な程に曲がっていたり、伸ばした先に段が造られてしまったりと正常な生え方をする可能性は限りなく低い。

 されど、彼はそれらの常識をこの場で覆してしまっていた。プラナリア、という細胞を潰したりされなければ延々と再生と分裂を繰り返す生物がいるが、彼の状態は正にそれに近い。どのように再生するかは不明だが、例えプラナリアの様に100の肉片になったとしても、再生できるかもしれないという程に。

 

「……で、今のスキャニング結果は?」

「ん~と…ダメかも、何度分析しても人間と同じ構成要素、構成物質…変な細胞とか、変異した遺伝子情報も無いし、分裂回数も限度は同じ。なのに、その限界数を越えて細胞分裂が急速な勢いで行われてるんだよねぇ。流石のナフェちゃんでもお手上げ、でも、ネブレイドをすればその恩恵は受けられる…っと」

 

 ナフェがアーマメントの手についた爪で己の頸動脈を切り裂く。噴水の様に噴き出た血は、彼を真っ赤に染め上げると数秒後には収まってしまっていた。これは、同じくネブレイドをしたマズマにも当て嵌まっている事だろう。

 

「オイ、後で洗うの俺なんだぞ」

「育メンの練習になっていいじゃん。それより、そっちは気になる女とか居ないの?」

「さぁてね。色恋沙汰は憧れるが、お近づきになりたいって思う事は無いな。ああ、それから“洗濯板”での洗い方教えるから明日の朝は逃げるなよ」

「洗濯板!? そんな前時代的なもの使っても効率悪いし、服いたんじゃうし……それに、あたし達でも結構此処は寒いんだよ?」

「そうだな、アルプス山脈辺りにまで遠出するか。何、5分もあれば着く」

「あたし、終わった……燃え尽きたんだ。真っ白に」

「ほざけ、発情ピンクウサギ」

 

 むんずと彼女の襟首をつかみ上げると、ナフェはぶらーん…と力を失った子猫の様に動きを止める。内心で厳しい鬼の心を持たなければいけないと心の汗を流しながら、彼はナフェを部屋の外に放り投げるのだった。

 

 

 

「では、今回の救出作戦は成功したのだね?」

「うむ。難民救助数329名。その内人類貢献が可能な技術者たちは38名。残りの者達も風紀を乱す様な輩は見たところ見つからないとのことだ」

「ソレは良かった。…で、私達の所に来そうな技術者はいたのかい?」

「2人ほど、人体実験に飢えた輩がいたようだな」

「うんうん、僥倖だね。“きょうせいるーむ”のマズマ君…それに、新人のステラ君あたりに頼んでおけば優秀な人材となってくれるだろうね」

「程々にしておけ。私達は畜生になり下がる必要は無いのだ」

「文明人として鍛え上げるのが“きょうせいるーむ”の役割だろう? まぁ、あくまでエイリアン的な文明人になるだろうけど」

 

 カルボナーラとピッツァを食べながら、研究棟最高責任者の通称「普通の狂人」アダム・ジェンキンスと。PSS総司令官フランク・マリオンは一つのテーブルに向き合っている。報告も兼ねた朝食を取っているのだが、この荒みきった人類の生き残りたちの頂点に立つ物同士、常人とは一つ違った雰囲気が二人の場所から放たれているようにも思える。

 

「あのブリュンヒルデと言ったか、人外専用の馬鹿げた物を作らない限りは私も口は出さんよ。PSSや民間人に危害を加えるような物でなければ、な」

「とんでもない。寧ろ君達への憧れを強くするようなSFちっくな兵装でも作ってあげようか? 最近携行型のレーザー兵器の出力を完全に調整できるようになってね、グレイ以外の人間にも使えるようになったんだ」

「下手な憧れで入って来られてはただ死なせるだけだ」

「お固い事だ。流石は司令官殿……まぁ、今はナナ君のデータ採取が第一さ」

「ナナ君か……話では随分と変わったそうではないか」

「いうなれば失敗だよ。肉体だけは成功したって私の部下は言うがね、全てを想定通りに終わらせられなかったなら天才科学者は名乗れないさ。…ある意味初めて、味わった敗北だったよ」

「……程々にしておけ」

「こればっかりは、ね」

 

 ジェンキンスも狂人なりの意志を持っているという事だろう。PSSの隊長格として、マリオンはそれ以上なにかを言うつもりは無かった。ピッツァを豪快に口の中に放ると、初老の見た目からは想像できない程の速度で食事を済ませて席を立った。

 

「ジェンキンス。……今度PSSの有志を募ろう。新型兵器を期待している」

「マリオン。君の兵に使ってもらえるなら、性能も十二分に引き出されるだろうさ」

「120%か。らしくないな」

「細かいねぇ、らしくないよ」

 

 最後に一度だけ目を合わせ、マリオンは食堂を後にした。

 




次から状況は一気に変わっていくと思います。
突然コンビニに突っ込んできた酔っ払い車両を見るような気持ちで備えておくといいかもしれません。

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