カウントダウン~A HAPPY NEW DAYS~ 作:幻想の投影物
「あれが最終兵器か……」
「ナフェちゃんと似たような感じがあるな」
「あぁ~分かる分かる」
目を覚まして、最初に出会ったのは夢の中で話したやつ。それからは、遠巻きで話しかけてくるPSSという所の人たちが増えた。私は最終兵器だとか、そう言う風に呼ばれている。でも、マズマやロスコル。それにあの「彼」という人やマリオン司令官は私を「ステラ」という名前で呼んでくる。こっちが、私のパパから貰った本当の名前なんだって、マズマが言ってた。でも、そのマズマは私の事を「ホワイト」って呼ぶ時もある。他のクローン達の中でも完成した個体の称号らしいけど、私以外のクローンはもう数えるほどしか居ないらしい。らしいばかりで、少し実感がない。
だけど今は、このコクピットでするべき事をやらないといけない。後ろから聞こえてくる声に、集中を向ける。
「いいか、操縦桿を握ったら離すなよ。後部座席で面倒なプログラムは処理しておくから、お前はただ自由に空を駆けまわって、なおかつ完全な制止をモノにしろ」
「モノにする?」
「これも一種の言い回しだ。物事を成し遂げるという事もあるが、技術を自分で手にするという意味もあったか。…まぁ、今は細かい事はいいだろう」
「分かった」
「操作は頭に入ってるな?」
「うん」
答えてから、ハンドルを握りしめた。これまでマズマがこれを操っていたんだと聞くと、後ろのマズマがどこからでも教えてくれるような気がする。なんだか良く分からない感覚。でも、嫌いじゃないな。
≪ハッチ開けます≫
≪エンジン出力上昇確認。30…57…60で固定。リミッターは正常に動作しているようです≫
≪ノズル角度確認≫
「はい」
クルクルと操縦桿を回して、マニュアル通りに操作。うん、ちゃんと動くみたい。
≪ブリュンヒルデ、テイク・オフ≫
≪良い旅を≫
黒き戦乙女はハンガーからゆっくりと進み、前輪がハッチの床から離れた途端に炎を吹きだした。凄まじい爆風がハンガーに吹き荒れ、整備班が帽子を抑えて離艦を見届ける。人間では無い二人の戦力を乗せたまま、ブリュンヒルデはサンフランシスコ上空へと躍り出るのであった。
作戦概要はこうだ。
サンフランシスコ上空にステラ、マズマを乗せたブリュンヒルデで駆けまわって貰って空のアーマメントを排斥。地上には「彼」を投下し、其方でも注意を引きつけて貰う。アーマメントのセンサーに引っ掛かり易いよう、強力な電波を出した壊れた無線機を背負っているので「彼」も十分囮としての役割は機能してくれるだろう。
その後、タイミングを見計らってPSS部隊が突撃。ドラコからの間接的ハッキングでシステムロックを解除し、正門から難民の救出を図るというもの。ハンガーに緊急用の輸送機はもう無いが、そもそもの目的がサンフランシスコの難民救出だった為、搭乗スペースには何ら問題も無い。
そうして上空を駆け回るブリュンヒルデ・封の中ではステラがこの暴れ馬の機体を己の手足であるかのように扱い始めていた。マズマもリミッターが外されていた状態で何とか操作できていたとは言え、やはりこの兵器はクローンシリーズ専用にチューニングされた兵器。搭乗席の僅かな調節などは、完全にステラの体格に合うよう設計されていた。車の運転でも言える事だが、姿勢一つでこう言う物は随分と変わってくるものだ。
「此方に問題はナシだな。飛行型アーマメントも結構集まって来てるぜ」
「操作にも慣れてきたと思う」
≪ふむ、では少しずつでいい。慣らしながら空の敵を頼んだ≫
「了解。さぁステラ、LESSON1だ」
「……分かった」
操縦桿を握り直し、両手に力を入れて気分を落ち着かせる。モニターの景色には敵対アーマメントに合わせるマーカーが取りつけられ、いつでも発射した弾丸は中てる事が出来るようになっている。
彼女はそのトリガーを引き、弾丸をばら撒いた。
≪ブリュンヒルデ、第一リミッター解除。最高速度マッハ1までクリア≫
≪了解。第一リミッター解除。マズマ、機体側部のブレード展開を≫
「分かってるさ」
マズマの操作によって、ブリュンヒルデのクワガタの顎らしき部分へエネルギーが送られる。それと同時にステラの撃った弾丸がアーマメントの一隊を破壊させており、機体はそのまま爆風の中へと突っ込んで行った。
「前方に多数的反応確認」
≪了解。第二リミッター解除。最高速度マッハ3までクリア≫
「……ふぅん。慣れてきたんなら、そろそろ真面目なムードもお開きと行こうか」
「……?」
「司令官殿、大脱走という映画は見た事があるか?」
≪此方は潜入任務の最中なのだがな。…ああ、確か連合軍航空兵が互いに協力し、ドイツを大混乱に陥らせた愉快な奴らの話だったか≫
≪おーい、そりゃドイツ軍出身の俺に対するあてつけですかい≫
≪すまないなマクシミリアン≫
「第63回アカデミー賞をも取った傑作だ。生憎と俺達エイリアンには縁の無い協力と信念を描いた映画だと思ったが、一つ気になる事があってな」
≪ほう、どうしたのかね?≫
マズマは思い出せないんだ、と言った。
「ネブレイドの際に、完全な知識を持っている奴がいなくてな。“トム”“ハリー”“ディック”のトンネルを掘ったのは分かるんだが、どれが脱出成功したのかが分からないのさ」
≪ふぅむ、私もよくは覚えていないのだが…トムではなかったかな?≫
≪おいおい司令官、そりゃ違う。ハリーだよ、ハリー≫
≪通信に割り込むなよフォボス。あぁっと、ジョージじゃ無かったか?≫
≪ロスコ~ル、そりゃ非常用のトンネルだ≫
「いや、流石にジョージは違うだろう。俺でさえ分かるぞ」
≪あぁーそうだっけ? おれはあんまり真剣に見て無いからなぁ。司令官に無理やり付き合わされただけだし≫
その発言でロスコルが映画通共に総スカンを喰らっていたようだが、しばらくして通信が復活する。それと同時に、ステラの第一陣撃破も終了した。
「……何の話?」
≪お嬢さんには分からないかもね。いまから大体
≪ああ、いいや。トムで間違いない。トムがソレの筈だ≫
≪司令官、だから違いますって。“ハリー”が成功した奴っすよ。俺は何度も見たから間違ってる筈がないと思っとりますがね≫
「と、フォボスは言ってるが? ハリーが正解のようだな」
≪……むぅ≫
≪司令官もそろそろ介護施設で認知症検査を……≫
≪馬鹿を言え。私はまだまだ現役だ≫
「でも、マリオンはお爺さんじゃないの?」
≪へ? はっはっはっはっはっは!! 流石は最終兵器だなぁ。鬼教官物怖じせずに言い切りやがったぜ≫
≪それでこそ我らが希望! おっしゃ、もう少しこの子にネタ仕込めばUEFは安泰だぜぇ? これは無事に帰らねぇとならなくなっちまったな≫
無線越しに、マリオンが盛大に溜息を吐く音が聞こえてきた。
「……マズマ」
「なんだ」
「何で皆、笑ったの?」
「……無知と言うか、馬鹿と言うべきか…まぁお前のせいだな。まったく、大した奴だ」
≪確かにその通りだぁ!≫
≪馬鹿者。もう正門についたのだ、臨戦態勢を整えておけアレクセイ≫
≪そりゃねーよ司令官…ま、可愛い娘の為にも生き残らなけりゃな。ロスコル、こっちに演算装置忘れてるぜ≫
≪お、悪いね≫
「まったく愉快な奴らだ。まあ、こちらも中々に集まって来たようだがな」
PSSが無事に救出作戦のファーストステップを終えた事を確認し、景気付けに語らった無線を切った。そして、言葉を聞いたステラがモニターを確認すると目の前には先ほどとは違って、膨大な数のアーマメントが集結している事が分かった。
どうするのか。ちらりとステラがマズマにそんな視線をよこすと、彼は答えた。
「LESSON2に移る。そうだな……ああ、あそこがいい。ゴールデンゲートブリッジなら大体の敵も一方向に限られるだろう」
マズマが指さした場所には、多少の錆はあっても特徴的な赤さを保ったサンフランシスコの大名所。その下を潜り抜けられない船はないと言われるほどに巨大な人工の橋だった。
「とりあえずはそこまで寄せろ。お前には地上戦を見せてもらうぞ」
「修行のデータ取り?」
「有り体に言えばそうだが…今の力量を測っておきたいのが本音だ。お前が、本当にあの方に追いすがれるだけの可能性を持っているのか…な」
郷愁に浸るようで、更には可能性を楽しむようなマズマの顔は、ステラにはとても新鮮な表情だった。だがそれほど自分に期待がかけられているのだと、知識と経験を照合して理解を得る。
そうして得られたのは理解だけではなく、胸の内に灯った温かな思い。心臓がチクリと痛むような感覚にも囚われており、これは何だと口に出して尋ねてみようとした。
「マズマ、作戦の前に聞かせて」
「ん? どうした」
「マズマに言われてから、ここが温かくなった。胸の間辺りがほんのりしてる。でも、実際の温度上昇は確認されて無いの。これは、何?」
「……ああ、なるほどね。それは嬉しいって奴じゃないか? 自分が褒められて、自信を持てるような思いを抱く感情だ。四つの基礎感情、喜怒哀楽の中の喜びと同じようなものさ。俺もよくは知らんが」
「そっか。これが喜び? この温かさ、ずっと持っていたいな」
胸の内に、彼と一緒にいると灯る喜び。ステラを小突く様なそれは、とても温かで心を満たしてくれるように感じる事が出来た。
「行ってくる」
「ああ。見せてくれよ、お前の限界を」
その期待に応えるべく、ステラはブリュンヒルデを飛び出して行った。
その左手に巨大な大砲を携え、戦場へ。
「…………」
地面に降り立つ。異常などはなく、寧ろ体は良好。マズマやPSSの皆が寄せる期待を思い出して、また胸を温かくさせる。その熱を大きく広げるように、私の左目に火を灯した。
「アグレッサーモード」
感覚が鋭く、体が熱く、武器を持つ手が軽くなる。
私がいる事に気付いたアーマメント達にしっかりと照準を合わせながら、左手のロックカノンの引き金を引いた。
「ロック……ファイア」
吐き出された弾丸がアーマメントに直撃。マズマに比べると、びっくりするほどあっさりと落ちて行った。だけど「油断」はしてはいけないものと教えられたから、すぐさま周囲の
やっぱりいた。橋の向こう側から、ゴロゴロと転がってくるのがいる。星形のマークが張り付いているからアレも敵。そう思って、右手を添えて武装を組み替えた。私の呼吸と意志に反応して、ロックカノンは別の形態へと移行。私の命中機能もそれに合わせて変更処理を施され、視界は狭くなり、より遠くを見通せるようになった。
G・1スナイプ。マズマから手ほどきを受けた、一番使ってみたかった武装。
それを彼の前で実践できるかは分からないけど、彼は狙撃はダイナミックさと滅びが基準だと言っていた。それも彼の好きな「ビッグ・スナイプ」と言う映画の話らしいけど、今度見てみようと思う。
「滅びはアーマメントに。ダイナミックさは――」
マズマの為に。
「アンプリフィケート―――スナイプ!」
スコープの先にいた三つの転がる何かに着弾し、爆風が隣のアーマメントを巻き込んでだ。スナイプの際に重要なのは、両目を開けてリラックスし、片目だけで見る事。目を瞑ってしまえば近場の敵に気付けなくなってしまうし、一石二鳥だとマズマは言っていた。
本当に、彼は正しい事ばかり言うみたい。
振り向きざまにイクサ・ブレードを展開。右腕に握ったブレードを振りぬけば、すぐ傍まで迫っていた片足が注射器の様なアーマメントが飛びかかって来た事態に対応できた。切り抜けた後、アーマメントが一瞬遅れて爆発する。もう一度索敵を行ってみたけど、近くにはもう何もいないようだった。
≪ブラボー。流石はホワイト…いや、人類最後の希望なだけはある≫
いつの間にか、ブリュンヒルデが自分の隣で停滞飛行をしていた。拡声器越しだとしてもマズマが褒めてくれたことがとても嬉しい。座学の時は「お嬢さんは褒めて伸ばすタイプだな」とロスコルが言っていたけど、自分でもそうだと思う。こんな温かさが何度でも貰えるなら、そのために頑張っても苦しくないから。
「終わったよ。次は、どうしたらいい?」
≪また乗り込め。俺達の任務はこの辺りでいいだろうさ、大半のアーマメントは“アイツ”の所にいるようだからな≫
「分かった」
武器を仕舞った後、勢いよく跳躍して、開いたハッチからコクピットに乗り移った。ぴったりと合った座席が包み込んでくれる。
「実戦データはこんな所だな。まだ使われていない技能や武器も残っているが、無理をする必要も無い。とにかくはお前の動きの癖を調べておいたからな、メニューにしておいてやろう」
「えっと、ありがとう…?」
「ふっ、感情表現もその調子だ。明日から忙しくなるぜ」
私の事で忙しそうな彼は、いつも楽しそうな笑顔を浮かべている。まだ私はあんなふうに笑えないし、楽しさを本当に理解できる日はまだ遠いのかもしれないけど、マズマが笑ってくれるとこっちも嬉しくなる。だから、また明日頑張りたいって思った。
「……へぇ」
「?」
あれ、マズマが面白そうに私の顔を見てたけど、どうしたんだろう?
「………ホの字と言うか、依存してるというか…科学班の奴ら、特にこの企画を唱えたのはオタク野郎だったか?」
「多分な。つぅか双眼鏡使わずにこの距離見えるのか」
「トコトン人間止めてんねぇ。敵の大将もそのまま討ちとってくれりゃ嬉しいんだが」
「まだ無理無理。奴にゃもっと強化しねぇと消されるって。……素手で長期の地震起こせるぐらいが最低ラインかね」
「馬鹿らしい基準だ。その辺りはエイリアン共やお嬢さんに任せる他ないようだな」
遠巻きに二人の様子を眺めていた
「青春だねぇ。若い若い」
「ステラちゃんはともかく、マズマは実年齢幾つだっけ」
「あぁ、こないだ俺が興味本位に聞いた時は■☯☮歳くらいだって聞いたが」
「……寿命問題とか大丈夫か?」
「ステラはクローンの中でも完成形らしいからな。食事さえ取れれば敵エイリアンの総督と同型の宇宙人ってことで上手く行くんじゃないか?」
「だがクローンは技術が進歩しても中々人工細胞の均衡が取れねぇって技術者が嘆いてたしよォ、難しい所だと思うぜ」
≪だったらネブレイドでもして永遠に想い人の中で生き続ける~とかは?≫
「ロマンチストだねぇ、ナフェちゃん」
仮にも人類の敵だった者に対する恋路を応援する彼らは、最早様々なものをふっ切っているというようにも見えた。とはいえ、その意見に至る生き残りは少数派だ。PSSや研究者達の様な役職についていない一般人の中では、あまり人間側に付いたエイリアン達の評判はよろしく無い。
しかしそれも無理も無い。エイリアンが襲わせたアーマメントによって、はたまたエイリアンが気まぐれに放った核攻撃によって、人類は衰退の一途を辿ることになり、同族や親しい人物を喰い殺して行ったのだから。
だからこそ、情緒が理解できるようになったエイリアン達は最低限のふれあいしかしない。エイリアンを憎む人類側も、そのエイリアンによって助けられている形になった現状、憎しみを心の内にだけ秘めて不干渉を決めている。
そんな中で特に仲間意識や馬鹿騒ぎが好きなPSSに、マズマやナフェが気にいって訪れる回数が多いのは必然だった。
「なぁフォボス。お前もナフェちゃんに再度アタック掛けてみろよ」
「バッカ言え! 俺はんな趣味持ってねぇっつってんだろうが…」
≪大体、酒の席の話だしぃ? ふふん、このナフェちゃんに欲情しちゃってもいいのよ≫
フード付きで長袖を着ている癖に、普段から露出の多い服装のナフェが通信ホログラム越しに色気を漂わせる。その行動に反応したロリコンが7名。ドレッドヘアの頭をかきむしって喚くフォボスが一名と出来上がった。
案外PSSにも変人奇人が多いようだ。
「ドアホゥ。パパがんな不純なお付き合い許すと思ってんのか」
≪人類の絶対数も少ない今、自由恋愛が時代の流れに決まってんじゃん! それとも何、パパを気取って条件でも出すつもり~?≫
「せめて俺より強い奴なら取らせてもいい。ただし、勝負は肉体・精神共に認める事が出来る競技でのみ行う」
「ハッハッハッハッ! これではナフェ君が人生の連れ合いを見つけるには、彼が寿命を迎えるまでと言う事になるらしいな! 君もすっかり父親っぷりが板についてきたではないか――――っと、ドラコからの通信だ」
笑う事を止め、軍務モードに一瞬で切り変えたマリオンは通信機を手にした。
≪司令官。救出作戦お疲れ様です≫
「何、彼らが来てくれてから死傷者の数が極端に減り、我らの行動も容易になっただけだ。そのうちPSSに
≪企画は通しておきましょう。まずは仮部隊の新設からですね。それはともかく、輸送船を其方に向かわせましたので其方で帰還を願います≫
「難民も例の如く気絶させてある。精神科を配備しておけ」
≪了解です≫
通信が終わり、まだあの二人について馬鹿騒ぎしているPSSの者達に向き合う。すると、空気の変化を感じ取った部隊員全員がマリオンに向き直り、自然と隊列を組んでスピーチを聞く姿勢に整った。唯一であり、最大の軍部と言うのは伊達や酔狂では務まらないという事か。
「諸君、今回の旅路に死傷者も出さず、全員無事かつ作戦の成功を収めた事を私は非常にうれしく思う。だが! この成功にかまけずより高い精進と君達の成長を期待している! 本突入作戦参加者は階級を一つ昇格とするが、その階級に見合うだけの実力を身に付けておきたまえ!!」
「「「アイ・サー!」」」
「伝達は以上、帰還する!」
言葉と同時、ドラコからの回収部隊が上空で手を振っている。その横にはステラとマズマが操るブリュンヒルデも付き添っており、対空戦も完備した心強い迎えが来たようだった。
PSSの面々が顔を輝かせながら作戦成功と昇進の喜びをかみしめている中、唯一「彼」だけが深刻そうな表情でいた。彼はマリオンに歩み寄ると、こう言った。
「……すいません、司令官。
「…そうか。君は戻れるか?」
「いざとなればこの足があります。大西洋の一つや二つ、問題ありませんよ」
「君が言うならそうなのだろうな。では、任せた」
「ハイ」
彼は一礼すると、その場から一気に飛びのいてビルの暗がりへと走って行った。隊員の何名かが彼の事を指さしていたが、マリオンのジェスチャーで納得して応援の表情を其方に向ける。そんな温かな部隊員の気持ちを受け取った彼は、親指を立てて目標の場所へと人知を超えた速度で向かうのであった。
「……っと。それで、俺を呼びだして何か用か」
「そもそも簡単に応じるあなたの方が非常識だと思うのだけれど?」
「違いない。っとと?」
とある廃ビルの中腹で待っていたのは、首筋に鋭い剣を突きつけられるというものだった。だが、彼はおどけたように笑ってその剣を掴むと、半ばほどから握りつぶす。破片が手に刺さる事も無く、その普通のA級エイリアンすら圧倒する鋼の肉体には傷一つつく事は無かった。
「呆れた。ほとほと非常識なのね」
「あんたと話してるとナナの事思い出すよ。んで、そっちのカーリーさんは付き添い?」
「ガウ」
「何言ってんだか分からないな。流石に」
「……そんな事より、本題に入りましょうか」
剣を仕舞った黄色いエイリアンの片割れ―――シズは眼鏡を直して言った。
「其方に下るわ。対応は相応のものを要求したいんだけど」
「なんつー高圧的な。流石は元近衛騎兵隊長さん。命令はマリオン司令官並みに慣れてるようだな」
「……ああ、やっぱり貴方がイレギュラーで合ってたのね。まぁ此処まで来るスピードも視力もおかしいけど。殺気に気付いたんだと思ったけど、随分とその目はよく見えてるのね」
「だがこちとら原因不明だ。魔法とかファンタジックな力が働いてるんじゃないか?」
「魔法ねぇ。あったらネブレイドしてみたいものだわ」
話は平行線。彼が本題から話題を反らすせいで、シズは攻めあぐねていた。
おおっぴらではないものの、ザハにも既に裏切りがばれている現状、交信を取り続けていたナフェからの話で「彼」を当てにして接触したはいいが、このままでは人類側でもなくなってしまう。少し焦って汗が出てきた所で、彼は
「兄さん!?」
「大丈夫だって、警戒しなさんな。……さて、黄色の兄の方。アンタは実際どう思ってるんだ? シズが誰かの“下”って立場に在り続けるのと、腹の底で人類を家畜として飼おうとか言う俺らにとっちゃ理不尽極まりない計画持ってる辺りを」
「ウガ、ウガァゥゥウウガ!」
「……翻訳してくれ」
「………貴方は、本当に何ものなの」
「そりゃお前の感想だろ。カーリーの言葉を知りたいんだがな」
「だからって……あ」
シズは気付いた。直接話せない相手を翻訳させる事で、これは「信頼」をテストしているのだ。別にライターの火を二十四時間つけ続ける程の苦行でも無い。単に、この場で兄の言葉を嘘偽りなく話させればそれでいい。
だが、彼はその言葉が人類側に不利益なのを知っていて口に出させようとしている。
「随分と、疑り深いのね」
「染まり易いナフェやマズマはともかく、お前らは原初の意識を以って単独で動くタイプだろ? 生ぬるいネブレイドでの上書きとかは期待してないさ」
「ああ、そう。…兄さんはこう言ってるわ。“何故人間などに下らなければならないんだ。好きなものをネブレイドするのは、此方の権利でもある。抑圧されるいわれは無い”…ですって」
「ウガ」
「その通りってか。…まぁ、それならネブレイドで事足りるんだろ?」
対するシズ達の返答は、イエス。
その答えを聞いて、彼は安心したような笑みを浮かべた。
「オーケー、俺の独断だがようこそ、人類最後の砦UEFへ。ここでの力のある奴らのモットーは“働かざる者食うべからず”だから、ビシバシ働いてもらうがな」
黄色い主従は此処に下った。
その頃ドラコは既にサンフランシスコを離れ、大西洋近海の上空を飛んでいる状態であった。正に人知れずなされた条約は、果たして成立するのであろうか。
エイリアンも人類も、まだまだ誰も死んでいない。
唐突ですが、タイミング的には丁度いいかな。
そう思ってシズとカーリー参入です。
エイリアン式の訓練でPSSがしごかれるのは確定的に明らか。