カウントダウン~A HAPPY NEW DAYS~   作:幻想の投影物

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夜を過ごす者

「見分け方は簡単だ。俺の様に生体アーマメントを体の一部としている奴らがA級エイリアン、敵だな。そしてカラフルで星型のマークをつけている奴らが敵性アーマメント。そして全てが生身のこいつらがストッ……人間だ。こいつらが味方だ」

「人間は味方、カラフルな星入りがアーマメント、あなたがエイリアン…つまり、敵?」

 

 目覚めたその時から手に付けられた巨大で無骨な砲身がマズマへ向けられる。引き金は見えないが、今にも引かれそうなその雰囲気を前にしてマズマは笑った。

 

「大体それでいいが…俺はマズマ。コイツらに味方しているエイリアン……まぁ、敵を裏切って味方になった奴と思ってくれ。それから、この映像のピンクのガキも味方。ナフェという名前だ」

「敵を裏切って敵の敵になったから味方。だからマズマ達は味方……攻撃しない方?」

「そうだ、それでいい。やはり出来そこないのグレイとは違う。ホワイトの記憶力も俺達側に近い性能の様だな」

「違う。私はホワイトじゃなくてステラ。あなたがそう言っていた」

「ほう…よく覚えている。偉いぞ」

「偉い…? 私は命令に逆らう権力は持っていないと思う」

「比喩表現と言うやつだ。まぁ、この辺りは追々教えて行くとしよう。じゃあ次に―――」

 

 ステラの記憶力は乾ききったスポンジの様な吸収力だった。ほんの少しでも水滴を垂らせば、絶対に逃がさないと言わんばかりに最後まで忘れる事は無い。記憶に靄が掛かるような事はあったかとマズマが質問してみれば、昔に白い服を着た人たちにあのトレーラーの「棺」に収められたような、と言う調整前の出来事しか欠損は無いようだった。

 

 しかし、そうなると「彼」は個室を完全に占拠された事になる。あの二人のやり取りを見ているのは微笑ましく、マズマも随分と乗り気になっていることから出来るなら邪魔はしないでおきたかったが、時間帯は既に深夜。手持ち無沙汰で寝床も無いとなれば、頬の片方が引き攣るのは仕方が無い事だろう。

 どちらにせよ、部屋にずかずかと乗り込むという選択肢を持ち合せてはいない。彼は管制室の方へ歩みを向けると、「知識」の整理をし始めた。

 

「……さて、“どっち”の史実がこっちに影響しているかが問題だな。シズとカーリー…アイツら次第でこっちは随分と楽になる。ミーに関してはリリオ共々敵に回ったのは確実だろうし、あえて聞かせた事でホワイト奪還に黄色か紫…はたまた緑が来るだろ。ザハだって裏切ると分かっている手駒は早々に切り離し、それでいて勝つ三段を整えているだろうからな……」

 

 実際、ザハは形だけの命令を与えてシズとカーリーを泳がせに掛かっているのだが、当然ながらその事実を彼が知る由は無い。ただ、自分の不思議パワーも上乗せされるらしいネブレイドを行っていないエイリアン一体だけでも、此方に引き込むことが出来れば人類側は非常に有利になる事は確かだ。

 彼にとって、特に「カーリー」という巨漢のA級エイリアンは戦術的にも非常に大きな役割を果たすことになる。その手綱を握る「シズ」共々、此方側に協力を申し立てればいいのだが、問題は彼らの考え方だ。

 

 あの二人のエイリアンは「人類を家畜として飼い殺すことで繁栄を許す」という考えの持ち主。原作では人類の総人数が10人程しかいない事でその提供を大半が受け入れられることになったのだが、生憎と人類はまだまだ8~9千万人は生き残っている。そこで「飼い殺す」などと言われれば、反対意見と共に科学班の頭が物理的な意味で痛くなる兵器の雨霰が飛び交う事になりかねない。

 その中でまだ希望があるのは、敵総督の意見に「反対する」という意識がある事。とりあえずその点において妥協し、なおかつマズマやナフェの様に人類側に馴染ませる、正式には「適応」させれば、あちらも条件は呑んでくれるだろう。

 

「問題は……交渉の機会に持って行けるかどうか」

 

 恐らくミーはホワイトの事だけを報告し、「彼女」は自分の事はプライベートなこととしてザハには伝えていないだろう。何故か確信の上でこの事は断言できる。

 だから、自分のような存在はエイリアン側にはほとんど知られていないと言っていい。しかしこの知名度の低さが今回の交渉事に持ち込むための障害となってしまう。自分の事が知られていなければ、他の人類が居ない場所での極秘の交渉を行う事が出来ないからだ。

 もし、シズ達の意見を人類が聞いてしまえば、必ずギャラリーの中からシズの事を口汚く罵り、交渉決裂に導いてしまう短気な人間がいるだろう。そうなってしまえば戦力向上は線香花火よりも儚く散ってしまう。

 

 難しい事ばかりだ、と彼は溜息を吐いてコーヒーメイカーの前で作業をする。

 淹れたてのコーヒーに砂糖を細長い袋一杯分流し込むと、考えるための糖分摂取だと一気に飲み込んだ。

 

「………美味い。ま、人類もエイリアンも何かを喰ってりゃやっていけるってことか」

≪それにはサンセーイ≫

「ナフェ? また唐突だな」

 

 管制室の投影式モニターの一つが乗っ取られ、彼の傍に小さな映像が移動してきていた。こうして二人っきりで話す機会も久しぶりだったか。彼はそう感慨にふけると、小さく笑みを浮かべた。

 

≪腹が減っては戦は出来ぬ、だっけ? アンタんトコの日本って、結構的を射た言葉が多いよね≫

「自慢の祖国だよ。ほとんど草木に呑まれちまって、生き残った日本人も千人にも満たないのはショックだったけどな」

≪……寂しいのは、辛いよね。アンタと旅に出てさ、しばらく馬鹿やってた時のことが懐かしいや。それまでのアタシは……≫

 

 感傷に浸るナフェを見ると、彼女も随分と人臭くなってきたんだと驚いた。残酷さやエイリアンとしてのネブレイドを躊躇わない心は残っているようだが、それでも人間の中で交じっていて違和感があるのは彼女の容姿くらいしかない。頭の良すぎるきらいはあるが、その点も含めて彼女は随分と馴染んできているように見えた。

 

「なんだ、寂しくなって俺と話したかったのか? 可愛い娘っこだな」

≪ふんっ! パパにいちいち言われるほどじゃないもーん≫

「ははは、拗ねるなって……にしても、この親子ごっこも冗談やその場しのぎだったのになぁ。いつの間にか俺は人類側への協力に必死になってて、ナフェは娘として演じていたのが普通に呼びあう位になっちまって。やっぱ、知性のある生物ってのは簡単に境遇で変わるもんだな」

≪言えてるかも。でも、変われたから楽しくなったのは本当だよ≫

 

 二人で笑顔を向き合わせた。静かな夜に、機械の駆動音だけがしばらく鳴り響く。

 

≪…でも、アタシもね。アンタの事本当にパパだったらいいなって思い始めたんだ。気付いたらゴミしかない星で、アタシはあの方に拾われていたけど…あの方は手を指し伸ばしただけだったから≫

「………オーケー。帰ったらすぐに撫でてやるよ」

≪~~~ッ!? な、何言ってんの!?≫

「はっ、はははははははは! 反抗期に入ったようで悲しいが、もっとナフェは人に甘えてこい。その容姿なら誰だって可愛がってくれるだろうよ」

≪そう言う意味じゃなくてさー……あ~もういいや。帰ってきたらいっぱい撫でてよね≫

「分かってるさ。寄り道はしたが、後はサンフランシスコの難民救出だけだ。ブリュンヒルデにでも乗ってそっちにすぐ向かう」

≪何ソレ。あれって人間用じゃないのに?≫

「否応にも人間越えたスペック持ちだ。超G程度じゃ潰されないさ」

≪そっか。うん、楽しみにしてる……こっちの方も色々片付いて無いから、対処できなくなる前に帰って来てよね。じゃ、お休み≫

「おう、お休み」

 

 通信が切れ、モニターの向こう側は真っ黒になった。彼は画面を閉じて席を立ち、もう一杯のコーヒーに砂糖を二袋分詰め込んで一気に煽る。喉を通ったコーヒーのカフェインと砂糖の糖分が脳に程良い刺激を与え、この夜も眠らずに過ごせそうだと彼にサインを送って来た。

 

「さて、もう一仕事だ」

 

 お土産はエイリアンの兄妹だな。彼はそう笑って、見張り台へ足を進めた。

 

 

 

 時は少しさかのぼり、PSS救出隊へとブリュンヒルデが送られた直後に戻る。

 モスクワ、UEFの本部でドラコ等のPSS部隊員が使う兵器を逐一チェックしている研究班とは別の場所で、一人の研究員が開発途中のレーダーを弄っている時にソレは起きた。しかし、彼もまだ試作段階だから誤作動に違いないなどとの答えを持つ程軟弱な精神を持ち合わせてはいない。自分の研究を絶対と信じ、胸を張って研究成果を見せる事が出来るからこそ、彼は冷静に周りに告げた。

 

「試作レーダーに反応が掛かりました。本部の周囲3キロ圏内に空間転移反応が多数出現。恐らくはアーマメントの襲撃だと思われます。主任、どうしますか」

「マリオンが居ない今、私が指揮を執る手筈になっているのだったね……まぁ当然だが、出撃させたまえ。あの“クローン”も正常起動するかデータを取る為にも丁度いい」

「了解です」

 

 通信系統の部隊員に発見した研究員が伝えると、すぐさまUEFの全域に警報と避難勧告が言い渡された。UEFの中で自由な時間を過ごしていた人たちは皆大広間に集まり、一般人用の自動要塞システムを発動。更には戦いも知らぬ一般人であるのに、その手には握られた事も無い筈の銃を手に、慣れた手つきで誘導が行われていく。

 実際に武器を持っているのは20代前半から40代までの大人。更に言えば、彼らは引退したPSS隊員であったり、ナフェ達が来た事で腕や足を取り戻したアーマメント手術を施された強化人間でもあった。いざという時の為に、彼らは特殊な訓練を受けていたという訳だ。

 

 警戒態勢が完全に整った姿を見て、ナフェはジェンキンスに向かって口笛を鳴らした。

 

「ストックもやるじゃん」

「その上、兵器開発局の馬鹿どもが作り出した対アーマメントEMPガンもある。これでやられれば人類もそれまでだと、私は見切りをつけるさ」

「そりゃねぇっすよ主任。まぁ、このUEFのハッカーや電子操作技術に長けたオタク共の半自動要塞を抜けられるアーマメントが居れば、の話ですがね」

「ビッグマウス型の一個小隊を確認。進路は正門です」

「ウォール型が階段状に積み重なってイーター型の足場となっている模様」

「そんな報告は必要あるのかね? 焼き払え」

Jawohl(ヤオール)

 

 ジェンキンスの躊躇無い判断で門の外に在る熱戦兵器が起動。持続的に光の帯を生みだし続けながら結合崩壊を起こして自然消滅するまでの区間に死の扇がつくられる。触れたアーマメントも金属とはいっても所詮は寄せ集めのクズ鉄から作られる無人兵器。空間転移など特殊な力を持つ者達がいたとしても、避ける暇すら与えずに爆発してその身を散らし、味方を巻き込んで二次被害を起こしていた。

 この熱線兵器の基礎はナフェが侍らせている遠隔操作型ビーム砲台アーマメント「ミニ・ラビット」を土台として作られ、大型ジェネレーター(自爆装置付き)から絶えず半永久的エネルギーを供給して起動し続ける、通称「触れられぬ盾」である。攻撃は絶対の防御と言う格言を再現した最高の兵器だ。

 

「んで、そろそろアイツも投下するの?」

「東南アジア辺りに派遣したPSSが帰還信号を出しているからね。其方にでも向かわせることにするさ。小回りが利いて自己判断のできる兵器とは…Dr.ギブソンも酷なモノを作ったものだよ。あまつさえ、それを娘と呼ぶとは―――」

≪パパの事を侮辱しないで。貴方も結局、私を殺したには違いないでしょうに≫

「君の要望にこたえただけさ。私は研究員だが、医者でもある。患者の要望にこたえるためならどんな手段でも用いる…それこそ、猫の手を借りる事に躊躇わない程にね」

≪モノは言いようね。失望したわ≫

「そんな事は言い。君の端末にも出撃命令を下したのだから、さっさと行きたまえ」

≪……No.7(ナナ)、出撃するわ≫

 

 突如として割り込んできた回線が断ち切られ、UEFの倉庫の入り口が一つ破壊された。そこから音を置き去りにして飛んで行った黒い影をギリギリでカメラが捉え、その影はPSSの難民救助小隊への救援に向かったことを確認する。

 ジェンキンスはやれやれ、と一つ大きな息を吐いて研究室の一角に戻って行った。

 

「まぁ、結局自我なんて脳を取りかえればそんなもんだよね。本人の認識では“更新”…つまりは失敗か」

 

 あーぁ。ピンクのウサギは、一つ学んだのだった。

 

 

 

「結局敵よ…! アイツも、研究者共も…エイリアンも!」

 

 グレイ用に調整された剛ブレードを振るい、アーマメントの隣を擦りぬける度にバターを切るかのようにして刃を通して行く。彼女が通った一瞬後にアーマメントは鉄屑へと朽ち果て、時には爆発を起こして同族を巻き込みながら数を減らして行った。

 

 そんな突如とした襲撃の中心を駆け抜けている少女の名は「ナナ・グレイ」。

 「彼」の手によってホワイトと同型に作られた脳へと挿げ替えられ、新たな脳に前のグレイの記憶を転写、そして元の性格へと馴染ませるために数週間の謹慎を甘んじて受ける他の無かったグレイの生き残りである。彼女はシリーズ名にちなんだ灰色のローブの下、復讐と憤怒の目を光らせてアーマメントを切り裂いていた。

 そもそも、その人格や人物の全てを司る脳を別のものへと移し換えた時点で、そこに出来上がるのはまったく同じ性格、記憶、見た目を持った魂の違う別人である。精神・肉体・魂。このうちのどれかが欠損した状態の人間は最早元に戻ってもそれは似たような別人であり、元の自我は失われた「ソレ」と共に消え去る。つまりは「死」を意味していた。

 ナナ・グレイに行われた治療と称された「実験」はそれを証明するための行為でしかなかった。だから、死の間際までこき使われた「前のナナ」の記憶を持った「彼女」は憎むのだ。彼女にこんな仕打ちをした全ての生命体を。

 しかし、その怒りをそのまま矛先に乗せる事は許されていなかった。「ナナ・グレイという前任者」が、新たなナナが「無名」として確立する寸前に、その魂の残骸が「無名」に対して語りかけたのだ。―――決して、憎んではいけない―――と。

 

「……あなたは、どうしてそこまで…人間を愛せていたの…!?」

 

 前任者に問いを投げても、ナナ・グレイからの返答は無い。無名(ナナ)は抑えきれない悲しみを発散させるように巨大な砲身へと武器を持ちかえ、弾丸を周囲にばら撒いた。爆散するアーマメントの爆発を足の裏で受け止め、空へと躍り出ては飛行型アーマメントのホーネットに一撃昇天の土産をお見舞いしてやる。

 決して、あの心優しいナナのいる天国にアーマメントひと欠片も行かないよう、その身に重い弾丸を括りつけて地獄へと引きずり落とすのだ。そもそもの、ナナが生まれる事になってしまった理由であるアーマメント達への復讐として。

 

 そうしていると、いつの間にか体は命令に従っていたのだろう。人よりも優れた視覚は数百メートル離れた地点で立ち往生している難民部隊を見つけ、耳は安堵の声の全てを聞きとっていた。

 

「あれがグレイ…! ようやく助かったと思ったのに、この大軍にPSSの奴らは頼りにならな―――うわぁぁぁあああ!?」

 

 難民の数少ない日本人が日本語でそう言った瞬間、彼もろとも家族が地面が陥没する。落ちてきたアーマメント・ビッグマウス型が突如として転送されたが故に、PSS隊員は反応すらできなかった。

 次いで人間が集まっている場所だったからか、これ幸いと暴れ始めようとした巨大なアーマメントはたったの一閃で動きを停止した。斬られた箇所からは火花とスパークが走り、爆発の暇すら与えずに全機能を停止させる。達人の所業を行ったナナは救助隊の前に降り立つと、たった今アーマメントを切り裂いたブレードを手にしたまま睨みつけた。

 

「ああ、君が本部のナナちゃんか。話には聞いていたよ」

「…同族が目の前で殺されたのに、何の感情も抱かないのね」

「ここに来るまで仲間と難民が死んで、元の数より2割は減ったよ。オレ達の精神もいよいよ穴があいちまったんじゃねぇかな」

「そう……後でネブレイド愛好会のメンバーに話しておけば? 性格矯正してくれるらしいわよ」

「そりゃ良かった。ようやく人間に戻れるんだな」

 

 そう言った小隊長の目は、最早輝きを失っていた。生きる意志や生き残る意志は垣間見えても、仲間を思う為の人間として必要不可欠である他人への思いやりが消え失せている。目前の何かにしか縋ることが出来ない、希薄なヒトへと成り下がっていた。

 

「…ぁ」

 

 ようやく助かるんだ、そう言いながら泣きわめくまともな感性を保った人間達の喜びの声にかき消されたが、無名(・・)は小さくその目を見て胸の内が苦しくなった。これは前任者のナナが残したメッセージを聞いた時と同じ思い。記憶を失わずに済んだ自分と言う新たな存在への戒めとなった痛み。

 この人間を前にして、「心」が痛んだのだ。彼女の心は、確かに目の前の「ヒト」に対して反応していた。哀れだと、力のある自分が救うべき弱者であるのだと。力を持つ者としての義務が、彼女の中に生まれようとしていた。だが無名は認められない。二律背反は広がり、遂には視界の焦点をぶらし始めていた。

 

「おい、大丈夫かよ兵器殿。どっか故障でもしたのか?」

「……武器扱いしないで。私は…」

「そりゃ悪かったなお嬢ちゃん、だがまぁ、言われてみりゃあ確かに兵器にしては可愛らしすぎるわな。そう思いませんか、小隊長?」

「このド低能が。俺に何か言える暇がありゃぁ見を呈してでも難民を守りきれ」

「へいへい。UEFには彼女がいるから、命は簡単に懸けられやしませんがね」

「懸けない、と断言するよりはマシな回答だ。帰ったらジュースを奢ってやろう」

「十杯でいいっすよ。お嬢ちゃんもどうだい?」

「……いらないわ」

 

 そうして、彼らに背を向ける。

 

「辿り着くまでの排斥はするから、貴方たちは自分で進んで。精々が前を切り開ける程度だから、死んでも文句は受け付けないわよ」

「こちとら人間サマがいつ勝つかで賭けててなぁ、俺らの結果は一ヶ月以内だ。そう簡単には死なんよ、ナナちゃん」

 

 今にも消えてしまいそうな儚げな瞳をしていて、そんな風に強がって見せるPSSの屈強な男達。それは恐らく、難民を不安にさせないための虚勢でしかなかったのだろうが、この絶望の中で必死に一つの命として足掻こうとするようにも聞こえた。

 無名は次第に、ナナの想いに気付いてくる。それでもまだ、彼女は無名としてナナを押し殺した。必死になってそんな事をする意味に気付いていなくても、そうせずには居られなかった。

 

「…………アグレッサーモード」

 

 そして、彼女は無名となってからその身に宿した炎を目に灯す。

 紫と灰色の混ざり合ったような炎が彼女の左目から燃え上がり、クローンとしての体が発熱を始める。生物として過剰な燃焼行為としての表れなのか、はたまた元の素体である「総督」の特性を受け継いだのかは分からない。ただ、一つ言えるのは―――もう彼女を止められるアーマメントは居ないという真実。

 

 地面を蹴って、生きた弾丸が戦場に躍り出る。右手にブレードを左手に銃を。

 近づく相手は一刀両断、遠くの相手は蜂の巣へ、快進撃と言うべきか、単に子供が癇癪を起した様な無骨で暴力的な蹂躙劇が展開される。彼女の炎は消える事は無く、見た目の違いはその左目の一点だけだというのに、先ほどまでとは動きが段違いとなっていた。

 

 ―――遅い。

 

 見る景色の全てが遅く感じる。刹那の一瞬で狙うチャンスは十秒以上に間延びして、自分だけが遅くなった時間の中を普通の速度で走ることが出来る。だが、この機能はホワイトも常用的に扱えるに過ぎないという。基本スペックからして違ったのね、ナナの残骸は、無名の胸の中で吐き捨てるように笑って、また薄れて行った。

 

 それからいかほどの時間が経ったのだろうか。

 本部のビーム兵器があらかた周囲のアーマメントを近づかせず、正確に敵にだけ照準を合わせて破壊を与えるおかげで難民はUEFの隠し通路に非難する事が出来た。ナナも任務はそれで終了し、後は帰ってアーマメントの掃討を人間側に任せるだけでいい。すっかり暗くなった、肌寒い夜空の下で、ビーム砲の熱で溶けた雪の水たまりを跳ねさせる。

 

「私は……無名。名無しの存在。ナナは忘れられてしまった、最後の遺産。私は全くの別人なんだから……」

 

 それなのに、どうして涙が出るのだろう。大きく見える月の光が、憎たらしいほどに自分を明るく照らし出す。七日が巡ってまた訪れる月曜日、それに繋がる月の周期は、「ナナ」が好きな事の一つだった。

 だけど、自分はそうは思わない。そう思いたくない。だって、自分は「ナナ」じゃない。ナナとして生きろと言われても、自分を失うなんて冗談じゃない。名無しの二人目として生きていくことが一番いいのに、この脳に刻まれた記憶はそれを揺るがし自分を前の自分(・・)と同調させていく。

 

≪もう任務は完了している。戻らないのかね≫

「…ジェンキンス」

≪虚無的に名を呼ばれたのは起動直後以来だね。私も指揮を執る程必要とはされなくなっているようだから、話ぐらいなら着き合わせていいのだが≫

「よく言うわ。私達を苦しめ続けている癖に、今更偽善ぶるつもり?」

≪…そうだね、心の問題については是非解明したいと思っていた所だ。後日改めて私の研究室に来たまえ。ゆっくりと君の口から聞く事がある≫

「私も貴方に言わなければならない事があるの。待っていなさい、外道め」

 

 強引に通信を断ちきり、彼女はもう一度月を見上げた。

 変わらずにあり続ける月に、グレイ達の母親でもあり、怨敵でもある「彼女」がいることなど知る由も無い。だが、確かにその月には雄大に包み込まれるような錯覚を感じて、彼女はUEFに戻って行った。

 

 

 

 

「―――そうだ。やはり呑みこみも早い…どこぞのPSSの阿呆共とは大違いだ」

「誰が阿呆だクソエイリアン。個人のスペックをお前らみたいな単体生物と比べるな」

「フォボスも落ちつけって……それで、お嬢さん。僕らのするべき事と、君がすることは分かったかな?」

「うん。ロスコルやマズマ、フォボス、アレクセイ、メリア、マリオン、ジョッシュ、それから……」

「キリがないから…そこまででいいよ」

「みんなを守って、私は戦う。エイリアンを倒して、人類を守る」

「よくできました。それじゃ、後は実戦だけだね」

 

 思いのほか、ステラの教育はマズマの熱心な指導(途中でサブカルチャーを挟まなければ)によってあっさりと終わった。彼女も何を判断して行けばいいのかくらいには自己認識できているし、戦う事には何の違和感も抱いていない。一部の良識的なメンバーはその事は平和になってから解決しなければ、と意気込んでいるが、その可愛げな容姿に戦わせるのはちょっと、と言う派閥も出来てきた。

 派閥については後にひと騒動起こるのだが、それは此処では省くとしよう。

 

 とにかく、ステラの敵味方の認識もばっちりだと判断したメンバーは各々の部屋に戻って睡眠を取りに戻って行った。一つの部屋にぎゅうぎゅうに詰まっていたむさ苦しさが無くなり、マズマはようやく安堵の息を吐く。

 

「……ようやく行ったか。ああ、奴の姿も見えんな」

「マズマ。奴って、もう一人のこの部屋の人?」

「そうだ。この世界とはまた違う、二つの歴史をその身に宿す異世界人だ。まぁ、話せば長くなるからこの事は後にさせてもらうさ」

「……名前、無いの?」

「名前…? そう言えば、気にした事も無かったな」

 

 それほどに気に掛けなければ薄い存在。異世界と言う異物として認識していたという事か。マズマはそう自己完結し、その体に流れるネブレイドの情報を今一度掘り起こしていく。その中には、彼がこの世界に来る前に笑っていた両親や友の顔が浮かび上がっては、また沈んで行く。

 膨大な記憶。その全てがマズマとナフェには知れ渡っている。彼もそのことを承知で、好きに見てもいいと言っていたのだったか。ならばその名は――?

 

「……ああ、なるほどな。あの方にだけ教えたのなら、俺はもう手は出せんな」

「それは、敵の総督に?」

「そうだ。こうなってしまえば俺も手は出せん。奴の誓いに傷をつけるような、無粋な真似になってしまうからな。…そうまでして名を語らないのは、やはりあちらの世界への未練かも知れんな」

「まだ…分からない」

「当たり前だろう。お前は目覚めたばかりだからな」

 

 そんな事も分からないのか、と。マズマはギザギザの歯を見せながら口の端を釣り上げた。それが「馬鹿にした仕草」と教えられたステラは、むぅと頬を膨らませて話題を擦りかえられたことに抗議する。

 

「何もかもを知る必要はない。知らないからこそ幸福な事や、知ってしまう事で精神を壊してしまう真実すら存在するのが全ての世界に共通して言えることだからな。お前はまだまだ何も知らない愚者……成長の可能性を秘めた、最初のカードだ」

愚者(フール)…タロットカード、なの?」

「全ての始まり…そして、お前はまだまだ何も知らない愚か者。ああ、ステラにぴったりだとは思わないか?」

「思わない。私は愚かとか、馬鹿じゃない」

「それならいいが……うん? もうこんな時間か」

 

 マズマが上を見上げると、壁に立てかけられた時計が長短共に零時を指していた。

 

「……そうだ、コレを持っておけ」

「…あ、ぬいぐるみ」

 

 ふと思い出したマズマが彼女に割り当てられた道具類の置かれた場所から取りだしたのは、白クマのぬいぐるみだった。記憶の片隅に在ったような、そんな不思議な感覚に包まれながら全身を触って行くと、鼻の頭に手が当たった所で電子音声が流れてくる。

 

≪パスワードを入力してください≫

「喋った」

「それには気に喰わんパスが収められているらしいな。ネブレイドして情報を取り出してやってもいいんだが……お前はそれを持っていたいと思ってな」

「…うん、何だか持っていると、安心する」

「ならばやめだ。戻ったら科学班の馬鹿どもにでも調べさせれば、そのまま戻ってくるだろう。それまでお前が持っているといい」

「マズマ」

「なんだ?」

 

 常に変わらなかった表情に、少しだけ力が働く。

 小さな、とても小さな笑みを浮かべて、彼女は言った。

 

「…ありがとう」

「―――ハッ……笑えるんだな、おまえ。それじゃあ、よい夢を」

「お休みなさい」

 

 部屋の電気が消され、「彼」が寝ていたベッドにぬいぐるみを抱えたステラが寝転ぶ。

 すぐに寝息を立ててしまった彼女に対し、マズマはまた科学班の奴らが改良でも加えたのか、と顔なじみの事ばかり思い出してしまう日々に、自然と嬉しげな感情が芽生えきた。温かな日常の中に、突如として加わったステラと言うホワイトの存在。

 遥か高みにあるべきソレが自分の手の中にいるというのは、とても不思議な感覚だった。

 




次の朝に目覚めると、いつの間にかステラがマズマにひっついたりしています。
それを「彼」と同じように、父性でも目覚めそうだなとマズマは笑いました。
始まるのは、新たな物語――――

 ブラック★ロックシューター THE GAME を原作にした日常連載
「お父さんは大変!?」
 お楽しみに!


いやまぁ、嘘ですけどね。
ちなみに娘役→「ナフェ、アレクセイの娘、生きていたロスコルの姪っ子、ステラ、ナナ」
近所の住人→「エイリアン一同」

……嘘ですよ?

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