カウントダウン~A HAPPY NEW DAYS~ 作:幻想の投影物
「―――ってなワケ。ホワイトはストック共が態々連れて歩いているわ。裏切りもののマズマも我が物顔でそこにいるけど」
空けられた大穴が痛々しい。医療施設でその部分の肉の補充をしながら話すミーは、実質上の総督よりもまとめ役として相応しいであろう白き現役老兵ザハにそうした報告を告げていた。
そんな部下の失態や惨状にも眉ひとつ動かさないザハは、物静かな不動の視線でミーを探るように射止めていた。彼は部下であろうと何一つ信用していない。ただ総督一人に忠誠を重ね、恐怖や圧倒的な力によってエイリアンをも従わせる。
そんな彼が放つ眼光はそれだけで他のA級エイリアンを萎縮させるほどであったが、不思議とマズマと対峙した後のミーはそれを意に介す事すら無かった。
「……総督の探すホワイトが、そこに?」
「
「そうか。治療後、すぐさまホワイト奪還に迎え」
「―――げ」
言いたいだけ言い残して消え去ったホログラムごしのザハの眼光に畏怖しつつも、人使いが荒い事だと上司の事が嫌になる。だが、それでも総督に拾われたおかげで此処にいる事は間違いないのでマズマのように裏切るなどと言うつもりは一切無かったのだが。
「それに、あの方に付いて行った方がずっと血を見れそうだしね…♪」
無事な手から伸びる爪をぺろりと舐めて胃の中に突っ込むと、食道や気管に詰まりかけていた血液纏めて掻きだしペッと吐きだした。すぐさま清掃担当のアーマメントがあくせくとその場所を綺麗に片づけ、医療施設の清潔感を保ち続ける。
だが、それは自分が死ねばこのゴミと同じように片づけられ、何も無くなることではないのだろうか。あの全てを白という原初の色で塗りつぶす強大な力の持ち主の姿を思い出し、身震いした。欲と好奇にのみ従って動く総督が自分を助けたのは、まさか―――「ミー! やられたのは本当なのか!?」
「…リ~リ~オ~?
「あ、う、悪い…ミー」
愛する彼女の言葉だからか、緑が特徴的な服に身を纏った快活そうな青年「リリオ」は一度身を引き、治療の様子を上から眺めることが出来る一からスピーカーを繋いだ。
「もう…でも心配してくれてうれしいわ。
≪ミー……いや、それより君をやった奴はいま何処だ!? ぼくが必ず仇を取って来てやるから―――≫
「やめときなさい。何をネブレイドしたか知らないけど、あの化け物染みたマズマ相手じゃ単騎で行っても勝てないわ。ここは戦術練ってるだろうシズ辺りの返事を待ってからが一番でしょーよ」
≪クッ……だがマズマ? マズマだと!?≫
「落ちつきないわねぇ。でも安心なさい、どうせ明日には再帰できるから」
痛みはあるが、エイリアンにとっては大したことは無いらしい。ひらひらと大手を振って己の無事を告げるミーの姿に、死に掛ける大けがをしたと聞いてすっ飛んできたリリオは安堵に胸をなでおろした。
だが、ここまでミーを傷つけたマズマを許すつもりは毛頭ない。チャンスが来たのだとも思っている。マズマの事は前から狙撃と言う点で立ち位置が被っていた事も気にくわなかったが、裏切った今となっては合法的に痛めつけることが可能だ。
≪…まだ諦めつかない? じゃ、ログでも見てみなさい≫
エイリアンの戦いは情報を餌とする彼らにとって、反省点を直ぐに直すことも出来る事も含めて非常に価値が高い。故に、マズマとナフェはもう取りつけられていないが、アーマメントパーツは一種の記録媒体としても使えるのである。
それでリリオがミーの戦ったログを見てみると、その圧倒具合に実力の差どころでは無く、巨大で硬質な壁の存在を認識してしまった。
マズマは戦闘中、あろうことか目を閉じたりよそ見をしている。同じエイリアン同士でもほとんどの差は無く、全力で戦えばザハと総督以外は戦術次第で勝ち負けが簡単に覆されるというのに、この映像のマズマは完全に異質であると感じた。
「……これは」
管制室で驚きに目を見開いたリリオの呟きは、まだ切っていないスピーカーに乗せられてミーの耳へ届く。思ったのは、やっぱりリリオでも萎縮しちゃったか、という生物として当然の反応をとった相方への心配だった。何だかんだ言って、一度誓いを立てたからには心の中では想い合っているらしくどうにも互いの事を心の底まで嫌いになる事は無い。
ストックの悲劇を好み、部下であったリリオに恋人の男性の方を、自分は女性の方をネブレイドし続けてきたからなのだろうか。ストックの知識で言う社内恋愛にも似たような雰囲気になり始めた頃には、互いが互いを意識し合っていた。
悲劇の上で成り立つ喜劇とは、マズマの好きそうな内容だった。
これもまた、寓話になり下がるのかもしれないが。
「ああ、ミー……ミー…!」
「泣かないでよ。私が悪いみたいじゃないの」
スピーカー越しの距離すら超越する。
彼と彼女はまさしく一つとあろうとしていた。
「……くだらんな」
油断したミーが報告に虚偽をしたのか調べるため、リリオにミーの現状を伝えたザハは本当に渡した情報が全てであるとこの光景を見てようやく納得する。所詮、総督にとって自分も含めて「下級」の哨兵に過ぎないエイリアン共はネブレイドで精神を引っ張られるほどに弱かったが、ザハは植物を好んでネブレイドする事で、命の悠然とした在り方と流れゆく時は全ての付随する意味を無効にすると学んだ。
その学びから生まれた虚無感は彼の精神の根幹となり、この地球に至るまで何をネブレイドしても一度たりとも変わった事はない。ただ大きな源流たる総督に尽くし、その総督が命じた事ならば死でさえも受け入れる。だが、その死は寿命で終えることと同義であると考えている。それは何故か、彼にとっての総督とは、どの惑星でも等しい絶対法則である「時の流れ」そのものであるからだ。
故に、ザハは逆らわない。老いた姿をしているのも、その時によって成される自然なことだから、この老いて朽ち果てようとする姿であり続ける。その胸の内に虚無を抱いているからこそ、老いの先に行く事は無い。
人類が求めてやまない不老不死を、彼は生物として当然の生き方をすることで身に付けていた。ただ、時に身を任せるだけで。
「その偉大なる法則の前にも恐れを成さず、新たな時を生む行為…それが、愛。…いや、生殖行為に移るための下準備と言っておこうか…無駄な事を」
子を成すという事はつまり、己自身を諦めることと同意。
子に己を託し、自我を手放すという事に等しい。永遠を生きる事も出来るエイリアンのアーマメント技術の前ではまったく無駄なことである。
「まぁ…よいか。総督、聞こえますかな」
≪ザハ、珍しいな≫
「ホワイトを…見つけました」
≪いいな。それは≫
本懐を見つけたとしても、何事にも変わらぬ態度を取るのはいつもの事だった。香りを楽しみ紅茶を飲み続ける彼女に、ザハはホログラム越しに頭を下げつづけていた。
「“ホーネット”の映像によれば、サンフランシスコへ向かう道程にてまだ目覚めぬ様子。目覚めを待ちますか、それとも新たな刺客でも送りこみますかな」
≪アレはミーの領分だ。捨て置け≫
「分かりました」
積極的に物事を勧める事も無いと分かっていたザハは、暗に己のやり方で献上でも何でもすると良い、と告げられる。何処までも白く、地球を見下ろすことのできる月の展望にて黄昏る総督の姿が映像から消え去ると、彼は近くのコンソールに何やらを打ち込んだ。
「出撃だ。北、南の大陸から全てのアーマメントを向かわせている。ストックの少数部隊はオードブル程度に使って構わんぞ。ホワイト以外は始末してこい」
≪……分かったわ。兄さん、行きましょうか≫
≪ゥガ≫
黄色い兄妹は喪服の様な物に身を包み、その場から居なくなった。
「近衛騎兵隊長……さて、これで此方の戦力は四人か。アーマメントは物の数にも入らんようになってしまったようだからな……ネブレイドを持たない物は時間を持たない。故に、遺伝子に込められた進化の本能が知性を促し、新たな法則や強力な武器を生みだす…か」
ザハが黄色の兄妹に告げたものとは別の場所に広げらたウィンドウには、現在襲撃に会っているUEFの本部があった。UEFへの難民だったのだろう、アジア系の顔をした人間がUEFに群がっている2億に近いアーマメントの大軍を見て悲鳴を上げている。そして、その家族の一人が上げた悲鳴を聞き付け、PSSが銃を構える前に転送された巨大なアーマメントが踏み潰した。
飛び散る血肉がアーマメントのカメラアイに付着して映像が途切れる。だが、あのストック共はどうせ生き残るのだろうと、「灰色のローブ」を纏っていた「灰髪の少女」を見たザハは無表情にウィンドウを消した。
「さて……あちらの駒は将棋で。此方の駒はチェスと言ったところか。だが、異色の混合競技もそろそろ終わりだな」
昔の話をしよう。
一度、ザハはその手の棋士達を呼んで此方がチェス、あちらが将棋で挑んだことがある。その際に勝てば生き残らせてやると言って一局打たせたが、終始ザハが戦局を誘導していた。途中までは四分の一まで順調に駒を取らせた所を、巧妙なフェイクを挟んで一気に逆転。棋士の絶望した表情を無表情で眺めながら、ザハは勝利を収めた。当然その棋士は絶望した顔のままアーマメントに喰わせてやったが。
ようはあの時と同じだ。希望をちらつかせれば、人間は簡単にそれに縋りつき、そして与えられたものであるからこそ此方が引っ張れば無くして絶望を見せる。それに何ら心の揺らぎを覚えずに手を下せば人類など一瞬で沈むのだ。
ザハは裏切りという駒を与え、そして総督が蹂躙するであろう地球の未来を見据えた。
次は新たな手駒を増やす為、ネブレイドの出来る同士を探しに行こう。ザハはそんな未来を想像して、総督の為にはどのような案があればいいのかを考え始めるのだった。
所変わってドラコ内。照明に照らされた科学力の結晶を前に佇む人物がいた。どこかぼおっとした目でそれを見続ける彼は後ろから忍び寄る影に気付く事が出来ていない。一歩二歩と音を消して近づいてくるそれは手を上に振りかぶって―――
「また来てんのか」
「……お前か」
マズマの肩に手を置いた。
振り返ればもう片方の手を上げてよぅ、なんて言っている。
「ステラお嬢様はまだ眠り姫やってんのか」
「マッチの幻影を見ているかもしれないな」
「随分と油臭いマッチだな。下手すると爆発するぞ?」
「それで夢が覚めれば万々歳さ」
「アンデルセンさまさまだな」
「そうだな」
ジョークを酒の代わりに酌み交わせば、マズマは微笑と共に口元を歪ませる。
「そういや、科学班から伝言だ」
「アイツら、何だって?」
「“現在UEFが襲撃されている。外に出れずに鬱憤が溜ったから、新型の航空兵器を此方に向かわせた”…だとよ」
「奴らも大概だな。自分達の護衛に向かわせればいいのに」
「ああ、そうだ。“P.S.その兵器はオートパイロットでドラコの反応を追ってきている。有人飛行が前提だからコクピットはあるが、無人の場合はAIが最小限だから飛び乗れ”…だとさ」
「……ハァ?」
マズマが思わずそう聞き返した瞬間、ドラコ全体が凄まじい衝撃で揺れた。近くにいたステラのトレーラーを整備している隊員がスッ転び、垂れているハンガーの照明がゆらゆらと揺れる。衝撃の数秒後、音を置き去りにしていたのか轟く様なエンジン音が人間の鼓膜を揺さぶった。
「んぎぎぎぎ……!? うるさっ!」
「……ああ、成程。奴らが言っていたアレだ。ほら、お前が持っている未来の歴史とやらで語ったワルキューレが一柱。食堂にいたから知らないだろうが、科学班の奴ら……その存在を知って狂喜乱舞していたぞ」
「……それって、まさか」
あっちゃー、と彼が額に手を当てているとまたもや衝撃がドラコを襲った。これしきの事で自動体位調整システム下にあるドラコが墜落する事は無いが、乗っている者たちはそうはいかない。そしてまた数秒後に、遠慮を知らないエンジンの騒音が鼓膜に槍を突き付けた。
「ブリュンヒルデ……完成していたのか!」
「奴ら、嬉々とした表情で言っていたぞ。“よし、改造だ”と」
「洒落にならねぇな…チクショウ…!」
自分のせいでこんなことになるとは、と異世界から来た男は見るもむさ苦しい男泣きの涙を流す。こんな芸術性も無い奴の近くにいられるかと十歩ほど引いたマズマは、PSSの隊員に人間効果用の小ハッチを開けさせていた。
「とりあえず、乗ればいいんだな」
「……何だ、その、頑張れ」
「データ収集位は付き合ってやるさ。俺の好きそうな銃器がたっぷり仕込まれてるみたいだから―――なッ!」
タイミングを見計らい、マズマが再び飛ぶ。
だが地上に落ちる前に、
「……うわ、痛そうだな」
人間には決して追えない速度でも、その恐るべき動体視力でマズマの動向を見守っていた彼は横腹に尖った部分が当たっていたのを目撃した。ああなっては痛いどころの話ではないだろうに、と思いつつもネブレイドで強化されているなら大丈夫か、と不思議な安心感もあった。寧ろ絶対的と言ってもいいのだが。
≪緊急事態! 緊急事態! 識別反応が味方ですが、謎の戦闘機がこのドラコ周辺で飛びまわっています。乗船している皆さんは何かに掴まってください! 恐ろしいソニックブームが機体を大きく揺らしています!≫
「対応遅ぇぞPSS」
≪じゃかぁしぃッ、人間モドキ! お前の様な人間がいるかァ―――ッ!≫
「しかもモニターされてるし。メリアちゃん、そんなに叫ぶと肌が荒れるぞ」
だが通信係りの奴が言う事ももっともだと納得している彼は、苦笑交じりに頬をヒクつくせていた。彼とて人間扱いされてはいないだろうと思っていたが、まさかジョジョっぽくネタにされるとは思いもよらなかったからである。
今度アイツに高度一万フィートでボラボラでも喰らわせようと心に固く誓っていると、彼の眼はハンガーの下を潜り抜けて行く黒い影を見かけていた。
「お、マズマの奴コクピットに乗り込めたか」
あの一瞬を脳内で拡大スローモーション写真のように変換した彼は感心したように声を上げ、マズマがアレの中に乗りこんでいた事を聞いた管制室のマリオン含むPSSは、驚愕の声をドラコ中に広めたのであった。
「おぉぉぉぉぉ……ッ!?」
一方、マズマが乗り込んだ本部からの最高傑作「ジャベリンスロウ・ブリュンヒルデ」は槍投げの名の通り、一度放たれたら敵を貫き続けるという馬鹿げたコンセプトの元に開発されたグレイ・エイリアン専用の超G負荷を「考えられず」に設計されたモンスターマシンだ。
コクピットの機材がGに耐えられるだけであって、操縦者自身に掛かるGの軽減などは一切考えられていない。これはつまり、人間がまだ乗れた頃の原作の物と違い、完全に人外専用の物として開発されたという事である。
さて、そんなモンスターマシンがコクピットのガラス越しに見せる光景はどのようなものだろうか? それはそれは、前の景色が後ろと繋がる様な奇妙で幻想的なピカソの絵画の様な世界になるだろう。だが、当の搭乗者はそんな物を見る暇すら無いのである。
「クソッ、説明書が紙媒体でどうする!?」
説明書を何とか探し当てたマズマだったが、超Gの中で何度も振りまわされ、計器などの金属が立ち並ぶコクピット内で飛びまわったせいかは知らないが、紙でできたそれはぐしゃぐしゃのびりびりに破れていた。これでは断片から読み取ることすら難しいだろう。
だが此処で幸運だったのは、止めに入ったのが「彼」ではなくマズマだという事。
彼はエイリアンだ。つまり、コレが意味するのは「機械の扱いに長けている」そしても一つが―――
「くっそ、不味い! 白山羊黒山羊はよく手紙を片っ端から喰い尽せるなぁ!?」
ネブレイド。
情報媒体として入力されたそれだけを選び、マズマはネブレイドで吸収された「植物が紙に至るまでの一生」というデータを取り込まずに消化する。そして本来の目的で掻かれていた文字の記憶を喰らい、脳内に反映させる事で操縦方法から戦い方までを頭の中に入れることが出来た。
「……よし」
彼のアーマメントの腕が握りこまれ、直後に操縦昆へと向けられる。様々な計器の設定を切り替えて手動操縦にする手順を一つ一つ焦らずに積んで行き、その傍らでドラコに近づきそうになる機体の方向を明後日へと向けて衝撃波が襲わないようにも配慮。
並大抵の事では出来ないそれを、マズマは地道に少しずつこなしていった。その集中力は、普通のピンセットでマクロ単位の物を掴むに等しい行為であるにもかかわらず。
「…セミオート操作に切り替え。エンジン出力低下―――機体安定」
≪Program_change_start≫
「あとはチェンジレバーと……車輪が出しっぱなしじゃないか。これも収納しないとな……はぁ、やっと終わった」
≪Semiauto_good-ruck≫
知っているか、科学班からは逃げられない。
マズマもそんなアホらしい言葉を思い浮かべる程度には心が疲労し、もうストック側とか本気で滅びてしまえなどとエイリアン側の思考に陥りかけている。ぐったりとしたマズマは、これで無事だと回線を開く為のボタンを押した。
「俺だ。ようやっと戦乙女は踊るのを止めたぞ……? おい、返答は無いのか」
ノイズが走ってばかりで誰もマズマの回線を拾う者はいない。周波数も管制室のものに合わせているのに、この馬鹿らしいお披露目で壊れたのか? と思った瞬間、彼は聞き覚えのない声を耳にした。
≪……た……?……夢…邪……ない……≫
「……総督様か? いや、違う。まさか科学班の奴ら―――」
≪…ちら…リオン。こちらマリオン、聞こえるか≫
「ああ、聞こえてるさ」
直後に正常な回線に戻され、マズマは内心舌打ちする。あれはもしや、と思ったところで邪魔をされたのだ。良いアイディアが浮かんでいる時に無駄な刺激をアーティストたちや推理をする人間が好まないように、マズマもまた良い所で思考を中断させられることになっている。
これで怒らない方がおかしいというものだ。
「司令官殿、一応ハンガーに着陸させるつもりだが…アレらはどかせるか?」
≪“彼”が既に手を打ってあるとも。ただ、トレーラーは動かしていないそうだから着艦には十分注意してくれたまえ≫
「ビッグ・スナイプの敵を連続ヘッドするよりは簡単だな」
使い方の全てを体に覚えさせたマズマが暴れ馬の手綱を握り、従順に言う事を聞く競走馬へと仕立て上げる。そして何のトラブルも無くハンガーの中に入ったマズマは、本部から要請もしていないのに勝手に送られてきた新兵器「ジャベリンスロウ・ブリュンヒルデ」をPSSの戦力として正式に加える手伝いを終えることになった。
そうしてマリオンの前に連れてこられたマズマは心なしかぐったりと肩を落としていた。それもまぁ、無理は無いだろう。いくら彼の一部をネブレイドした規格外のエイリアンとは言え、所詮は生物の粋を出ないのだから疲労というものが容赦なく襲ってくる。
「流石に高Gの機内は疲れたようだな」
「自分でやったことだが、もう頼まれたって暴走機の制御は任されたくない気分だ」
「ハッハッハ! 失敗から学ぶなんて良い教訓じゃないか。私達の領分に染まって来ているようでなによりだよ」
「それよりマズマ、あの機体って一体何なんだ? 作戦概要には知らされていないようだけどよ」
ブリュンヒルデの轟音で安眠を妨害されたフォボスがイライラとした様子でたずねると、他の休憩組もプライベートを潰されて気が立っているのかそうだそうだと彼に同調し始める。仕方なしに後頭部に手をやったマズマが「彼」に目で合図を送ると、彼はその伝令を受け取った携帯端末をドラコのスクリーンに繋いで文書を表示した。
「…ああ、アイツらか」
「しょうがないな。うん」
「アイツらのおかげでこっちは生きてられるんだから、仕方ねぇよなぁ……」
その直後、人類の砦が崩れたかの如き葬式ムードが辺りを覆う。
UEFの本部にいた頃から研究班の製作物は残り少ない人類に快適な生活を提供していたが、その裏ではPSSが第一被験者になって安全なものや実際に使えるものを品定めしているという事実がある。
その作業を繰り返した回数、実に四ケタに及ぼうかと言うほど。そうして犠牲になったPSS隊員は止めて行ったりするなどで多大な被害を被っているわけだが、こうした現実があってこそ表の一般人達は笑って過ごせているのだ。男たちの涙を足場にして。
「ん? 奴らの研究は俺達に匹敵する。そう悪い事でもないだろう?」
「……マズマ、その」
「どうした?」
マズマはその事実を「覚えていない」。だからこそこうして純粋に首をかしげることが出来るのだ。そして、そんなマズマを見た女性隊員達は涙で頬を濡らす。あのイケメンが研究班の薬物実験に付き合わされ、その度に実験の記憶を消されていると知っているから。
「いや、何でも無い」
「「「おぉぉおぉおぉぉぉ……」」」
「クソ、こんな所にいられるか。俺はハンガーに抜けさせてもらうぞ」
勇気を出して言おうとした彼の言葉が途切れ、女性陣の涙はミシシッピ川より長くなる。大統領でも死んだのかと言わんばかりの通夜ムードに移行した場所が居心地悪くなったマズマは、ついに耐えきれずに脱出してしまった。
「まったく、アイツらどこかおかしいんじゃないか? 確かギリアン婆さんがいいハーブティーを作れたんだったな…本部に戻った時にアイツらと、起きたらホワイトにも飲ませてやればいいかもしれないな」
この任務が成功する前提で一人ごとを呟いていると、ハンガーの先に停まるトレーラーが見えてきた。この中には自分の弟子候補がまだ収まっており、ジェンキンスが就任する前の研究班では「ステラ」と言う名(「彼」から聞かされて正式決定)のホワイトは最強の最期のクローンとして神聖視されており、今は亡きギブソン博士が残した最高傑作だと信じて疑わなかったらしい。
だが、マズマとしてはその時点で聖書の様な物語ではなく、詰まらない教典としての無意味な言葉の羅列でしかないと思っている。生物を信仰するという事は、つまりはその欠点がないと決めつけることである。敬虔な信徒たちはその事を疑わないが、生きている以上は不完全でしかなく、それは彼の元支配者である「あの方」とて当て嵌まる絶対的な法則だ。
「なあ、アンタもそう思わないか」
トレーラーの外壁を撫で、まだ見ぬ愛しい弟子を直接ふれているかのように言葉を投げかける。あのノイズ交じりの通信。あの聞き覚えのない声は、それでも彼の耳にとある共通点を思い出させていた。
それは記憶の奥底に染みつく「トラウマ」という忘れられない出来事。忘れる生物である人間でさえ克服できないもの。そう言った物と同質な雰囲気を持つ「あの方」が弱々しく喋れば、あんな声になるのかもしれない。
「早く目覚めてこいよ。この世界は今、最高のプレリュードを終わらせたんだ。これからは観客も待ち望む、最も輝きを放つ本章の時間。嗚呼、そこにストック共が用意した“主役”がいなくては物語すら始まらない」
だろう? と問いかけ、覚醒のプログラムを今一度実行する。
何故総督以上にここまで弟子候補に入れ込むのかが分からないが、自分の心の中に宿った「感情」はこうした方が目覚めやすいのだと、知性では持ちえない本能の声で語りかけている。
本来は感情も心も持たないエイリアン。人類の敵。
だからこそなのかもしれない。この世界に在るべき因果は既に崩壊し、その崩壊の因子たる一端が主軸になる筈だった人物と糸を絡めている。絡まった糸は外れにくく、なおかつ何処までも結びついて追ってくる。
そんな運命に引っ張られる様な形で―――トレーラーの上板が弾きとんだ。
「……な」
彼女を眠らせるために噴き出していた特殊な成分を含んだ煙が満ちる。その様子を見守っていたPSSの隊員が、あんぐりと馬鹿みたいに口を開けて目の前の光景を現実から否定する。しかし、これは実際に起きていることである。決して覆される事は無い。
「め、目覚めたぞ! 司令官を呼べ!」
「司令官! こちら整備班、こちら整備班! 人類最後の希望が目を覚ましました! 繰り返します、人類最後の希望が目を覚ましました!!」
「お、おい! 出てくるぞ!」
整備班の言葉にハッと意識を取り戻したマズマが、トレーラーの中から起き上がる彼女の姿を見る。二つ結びの黒髪に、赤い月とは反対の意味を表す様な青い瞳。動きを阻害しないよう、最低限の衣服として与えられている露出が高めの少女。
無垢で純粋な瞳を向けたまま、彼女はマズマを見下ろしていた。
「……夢を見ていたの。邪魔しないで」
「は、ははは…! ――――ホワイト」
「? 違う。私は白くない」
ああ、違う。そう言う意味じゃないんだ。
マズマが笑う。彼女――ステラが首をかしげてから、あ、と思い出す。
「夢の中、覚えてるかもしれない。あなたは、マズマ?」
「そうだ。俺がマズマだ。この人類が地球外の侵略者たる敵と戦わせるため。たったそれのために、造られた命を宿す少女よ」
「じゃああなたは、敵なの」
「いいや、俺は味方さ。お前なら全てを覚えていられるだろう? ―――ステラ」
「ステラ。……私の、名前?」
首をかしげて飛び降りる。膝を曲げて衝撃を逃がし、音も無く着地。
運動能力は良好。各部に異常は見られない。そして切り札も何時でも発動可能。
眠りから覚めた姫の手を取るように、赤い機械の手が差しだされた。
「ようこそ、終わりの歴史へ。俺はお前を歓迎しよう」
「……?」
「ああ、こう言う時はな」
目覚めた運命は動きだす。
「ありがとう、って言うんだよ」
起きる起きる詐欺はここで終了。ようやくステラちゃんが目を覚ましました。
やっぱり第一接触はマズマ。さぁ、物語を紡いでいきましょう―――