カウントダウン~A HAPPY NEW DAYS~   作:幻想の投影物

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戦場の舞台劇

「じゃあ、始めようか」

 

 ははは、と笑みを浮かべながらマズマが言う。その態度はミーなど眼中にないかのような、いや彼女も雑兵の内の一つに過ぎないという認識から来るものであった。そんな侮辱が伝わったのか、ミーは歯ぎしりしながら第一撃を浴びせるため、立っていたビルから勢いよく飛び降りた。

 

「単調だな。だがシナリオに沿わない動きくらいはしてみろよ」

クソッタレ(stronzo)! そのスカした面を凹ませてあげるわ」

 

 そして、彼女は突然としてマズマの眼前から掻き消える。横に間延びした残像を残しながら消えていく様は透明になる能力とも思われがちだが、実際はそれよりもずっと上位の攻撃だ。彼女の「視界」に入る範囲までなら自由に転移が可能なのがミーというA級エイリアンの持つ能力。実際は高速移動の果てに手に入った能力でもあるのだが、その辺りの原理は割愛するとしよう。

 ともかく、それを以ってしてマズマのノーガードの場所を割り当てたミーは情け容赦のない斧鎌の切っ先を振り子のように唸らせる。完全に視界の外に入っていた振り上げはマズマの無防備な背中に襲いかかったが、彼はその場から予備動作の一つも無く、ただ巨大な剣を背中のほうに掲げるだけで防ぎきる。そう、防ぎきるのだ。手首一つの力で、ミーの持つ巨大な斧鎌の一撃を。

 

「なっ―――」

「やはりこんな物か。それにしても、カットだぞカット。分かっているのか?」

 

 イライラする、と彼女は思った。

 得意の空間転移を多用して視覚に潜り込む。そして一閃を放てば相手の首はごとりと落ちて裏切り者の粛清も完了する――と思っていたが、そんなことは夢のまた夢だと思い知らされることになったのだから。

 ミー、という女性は何かと油断も多く、最後の最後で本気を出そうとしてもギアの急速な変化に耐えきれずに結局負け越してしまうというそんな性格の持ち主だ。しかし、その実力は生き残ってきたエイリアンの中でも本物で、本気さえ出していれば決して起きたばかりのクローン・グレイに呆気なく倒されるようなことはない。むしろ終始を圧倒できるほどに戦局を左右することができ、その様子からも彼女の二つ名である「魔女」というこれが輝くのだ。

 それ故に、後ろの方で引きこもって狙撃を主体とするマズマにこうまで手こずる自分を許すことができなかった。この圧倒的な相手の強さは、恐らくネブレイドによって得られた副次的なものに過ぎないとは思っているが、それでもこうまで全身の「身体能力」を向上させるものとはいったい何をネブレイドしたのかと疑ってしまう。

 

「考えている暇があるのか? カットだ」

「この、黙っていれば…!」

 

 斧とも鎌ともつかない、その二つが合わさった二メートル以上の巨大な武器をマズマに振り下ろすが、その出どころのすべてを見透かされているかのように防がれる。硬質な武器同士の打ち合う音がむなしく響き渡り、ミーの望んでいた肉を切り裂くざっくりとした感覚は終ぞその手に伝わってくることはない。

 

「…カット」

 

 マズマがつぶやくと同時、空間転移でとった死角からの攻撃が防がれる。先ほどからも同じような攻撃が全く通じていないのだからあきらめればいいものを、しかし、死角というのはカバーしきれない認識の外にある攻撃だからこそ、いつかは光明が見えると信じてマズマの鉄壁の「不動」の陣を打ち崩してからがこちらの番だとミーは思っていた。

 あくまでそれは彼女の思い込みだが、有効な手だというのは事実だ。死角から来るとはわかっていても、そのタイミングや確実に攻撃を防ぐための手の位置についてはその攻撃を受ける当人が常に気を張り詰めなければ反応できない所業であり、長い時間それを続けられる高等知能を有す生命体などほとんどいない。例外として総督や本能任せになってしまったカーリーなどが挙げられるが、マズマは決してそのくくりに入ってはいないのだ。

 

 だが避けられる。ミーはそのことに歯噛みしていったん距離を取り、息が荒れ始めた自分のペースを整えるためにビルの上からマズマを見下ろす位置についた。決して息遣いが荒い様子は見せないよう、心臓や血流の動悸を抑えながらにマズマへ挑発と時間稼ぎの言葉を投げかけようとしたが、彼女が何かを言う前に、マズマはやれやれといった風に頭を振って言い放った。

 

「カット、カットだ」

 

 攻撃を防いでいるというわけでもないのに、これはどういうことか。

 それはミーに対する蔑みの感情が込められており、その荒々しくもしっかりと込められた「感情」はミーという人物の未熟な心に突き刺さる。貶されたのだと、彼女が自覚した瞬間を分かっているかのようにマズマは言葉を続けていく。

 

「まったくもって酷い出来栄えだ。カメラワークも見せ場も全く考慮しない、ただ自分の軌跡に沿って殴りかかるだけの大根役者。三流にも及ばないとはこのことか? 自称魔女のミー」

「な…なんですって!?」

「その反応もありふれているな。テンプレートの踏襲ならとっくの昔にブームは去っているさ。少しくらいは攻撃への工夫、たとえ威力はなくとも注意を引くような派手な技で見せるべきがこの舞台(ミッション)の要だっていうのにさ…正直、失望したぞ。魔女ともあろう者が観客に見せるための悪役にも、魔法も使わないとは落第点で済めばまだマシだろうに」

「何を言っているの? ストック共に弄繰り回されてとうとう頭でもイッちゃったのね」

「狂った、と? は、はははははははははは!! そりゃぁいい! 襲撃者、エイリアンの中でも暗殺を主とする狙撃手がいた。しかし彼は哀れにも敵に捕らえられ、洗脳の末にお仲間との戦いを繰り広げる。しかし、洗脳の際にあれこれと手ほどきされた結果、その実力は狂戦士の如く―――」

黙りなさい(sta' zitto)! そんな能書きや狂言なんかどうでもいい!」

 

 どこまでも演劇や夢物語の中に囚われたような発言に、相対するミーは己を現実と捉えられていないような気がして、激昂の衝動に身を任せた突撃を行った。落下する位置と運動、そして重力に質量といったエネルギーへエイリアンとしての筋力を追加し、我武者羅にマズマの脳天へと振り下ろす。対して、彼が行った行動はたった一つだった。

 

「ぶっ潰れなさいよ!!」

 

 気品も、優雅も、余裕もなくした怒りの込められた一撃。

 およそ彼女「らしさ」を損ねたその大地を割り、半径数十メートルに至る巨大なクレーターを爆心地から作るほどの攻撃が決まった瞬間、彼女はマズマの行動を見て内心ほくそ笑んでいた。だが、次の瞬間にその笑みは驚愕へと取って代わられることとなった。

 接触の瞬間まではよかった。相手が「掌で刃を受けようとした」までもよかった。だが、問題なのはこうした現在、クレーターができる衝撃を受けたはずのマズマが、どうして傷一つなく健在(・・・・・・・)なのかということ。

 

 その一瞬の気の迷いは、敵の目の前での停止という失態。硬直に陥ったミーの横っ腹にマズマが振り上げた大刀の峰が直撃し、体をくの字に折り曲げながら近くのビルへと衝突する。さらには運の悪いことに――いや、マズマが狙ったのだろう。突き出ていた鉄骨が彼女の右わき腹から左肩にかけて飛び出ていた。

 痛みと流血が襲うが、重ねて不幸なことに、この程度で生体アーマメント技術を配合されたA級エイリアンが死ぬことはない。たとえ手足がもがれようと、たとえ致死量の血が流れ出ようとも、アーマメント部位が足りない成分を瞬時に生成して生体部位の修復に充てる。だからこそエイリアンの致死率は非常に低いものなのだが、それはつまり、死にたくても死ねないということでもあった。

 

「なぁミー。雷を知っているだろう?」

「ぎ、がぁ……ぐ」

「そんなところで滅茶苦茶になっていないで聞いてくれよ。……そう、雷というのは電気を帯びており、その雷が落下した地点からこの星は火を生み出し、文明を発展させていった。わかるな?」

「は…ぁぅ……!」

「やれやれ、さっきの攻撃を防いだ原理を話してやっているのにな? お前は前からそうだった。俺の話を聞こうとするときは、すぐに別のことをやりだして無視し始める」

 

 言い聞かせるように語りかけるマズマの声も、今のミーにとっては近くにいる死神の宣告にしか聞こえない。その彼女も何とか鉄骨から自分の体を引き抜こうと痛みに耐えて歯を食いしばっていたが、これまた「不運」なことに、彼女の左肩から突き出た鉄骨は釣り針の返しがついたかのような形状をしており、これでは元となる場所を切り取ることでしか脱出は不可能であった。

 

「前置きはこれくらいでいいんだ。さて、さっきの攻撃だが派手で実に良かったさ。まるで新人のアドリブが思わぬ名シーンを生んだかのようだった。ここまで褒められたんだ、嬉しいだろう?」

「………」

「だんまりか。まぁ、先ほどの論に戻るとしよう」

 

 そうして余裕を見せている内がお前の最期だ、とミーは毒づいたが、体は意志に反して思うようには動いてくれない。味わったことのない異物感と痛みが脳に直接「気持ち悪い感覚」と言う物を伝え続けていて、体が脳からの命令を正常なままに伝えてくれないのだ。

 油断した吸血鬼が頭を押さえて頭痛や吐き気を訴えたが如く、彼女は一種の頭痛を患う事になってしまっていた。だというのに、それを助長するかのようにマズマは持論を展開させていくのである。

 

「雷と言うのは、高い木や塔に落ちる。それを利用して被害を一定の箇所に抑える“避雷針”というものが開発されたが、ストック共の技術ではその雷をアースというもので地面に逃がし、無効化する程度が関の山。…まぁ、早い話が先ほどのはそれだ。流石にアレはあいつの血をもらった俺でも重症は免れん。なら、後はその衝撃を手、足、そして体全体を使って地面に逃がしてやればいいだけ。クレーターだけやたらと大きかったのはお前の攻撃は俺を通して地面に直接当たっていたからに過ぎん」

「…………」

「やれやれ、よほど俺の話は聞きたくないみたいだな……ん?」

 

 仕方がないな、と言った風に彼が首を振っていると、あのキングコング気取りの人類を遥かに超えた男が遥か空の彼方から降ってきた。そのままでは複雑骨折も免れないであろう高度からの落下をしていた彼は、近くのビルを壁で蹴りながらゆっくりと衝撃を拡散させて地面に降りてくる。

 ようやくマズマの隣に到着すると、鉄骨が貫通して息も絶え絶えなミーを見たのか、これはまた珍しいもんだな、とあっけらかんと言い放つ。それこそ他人事でしかないとでも言うように。

 

「こっちはアーマメントしかいなかったのになぁ」

「ふっ、そうなるとスコアは俺の勝ちか?」

「いいや、A級一体で100だろ? 見たとこお前はこのミーしか会ってないみたいだし、撃墜242体の俺が勝ちだな」

「それは残念。これでお前の血はお預けか」

「いくら俺でも貧血くらい起こすっての」

 

 まるでゲームの中だと言わんばかりの戦場には不釣り合いな言葉を交わすと、マズマは目を切り替えて瀕死のミーを見下して言う。

 

「……それで、この三流役者にもなれない奴も連れていくか?」

「いんや、お前さんみたいに油断を見せかける奴ならともかく、本気で相手を前にして油断するような輩はいらんさ。足しになるかも分からんが、ネブレイドしてみたらどうだ?」

「ハン、どうせなら“復讐”という新たな台本もあるリリオにでも譲るさ」

「つくづく傍観者視線だな、第一人者」

「つくづく関わるのが好きだな、第三者」

 

 怪しげな押し笑いが辺りに響き渡る。普段ならその小さな音をも聞きつけたアーマメントが襲撃してネブレイド用の肉団子を作り上げる所なのだが、生憎と「彼」の手によってこの作戦区域に集まってきたアーマメントの全ては掃討されてしまっていた。更には罰当たりな事に武器として遣っていたエンパイアステートビルの頭頂部の棒はとっくの昔に折れてさえいる。

「まぁ、行くか」

「そうだな。さっさと合流してホワイトに教育をつけてやるか」

「目覚めてたらな」

 

 そんなわけで、意識を保っているが瀕死のA級エイリアンを目の前に、彼らは重要機密をベラベラと喋りながらミーを放って何処かに行ってしまった。取り残されたミーは数分の沈黙後、彼らから取得した情報を頭の中でリピートさせながらに思う。

 

「……いい、情報…もら、ちゃったぁ…♪」

 

 そして彼女の姿が横にぶれたかと思うと、後には露出した鉄骨とべったりと塗りたくられた異星人の血糊だけが残される。知的生命体の一つも居なくなった廃墟街には、スパークを散らしながらジャンクと化したアーマメントが残されるのみであった。

 

 

 

 

 一方、PSS部隊は多少のアーマメントから襲撃を受けながらも、「彼ら」に先行を任せた功を成して比較的安全に作戦を遂行していた。PSSの中でも爆弾の取り扱いに向いている隊員がC4を設置し、窓の向こう側に注意を促した後に爆破。四隅と脆い箇所に取り付けられた爆弾は望むとおりの結果を出し、PSSニューヨーク支部への侵入を可能とする。

 

「司令官、潜入成功しました。次の指示を」

≪救難信号をナフェ君のレーダーで付きとめ、最小限の動きで難民を誘導。正門のハッキング後、大手を振って脱出だ。なぁに心配はいらんよ。タリー・ホウ≫

「タリー・ホウ! おら、行くぞテメェら!」

「応っ!」

 

 力強い掛け声と共に、小隊長のフォボスが先行。侵入した窓からロスコルを含めた数人の隊員と共に真っ暗な支部の内部に入ってライトを灯す。これまたナフェ特性の最新式ライトはLEDよりもずっと未来も道も照らし出してくれていた。

 

「まったく頼もしいもんだな」

「アレクセイ、冗談言ってる暇があったらロスコルと正門のハッキング行ってきやがれ」

「はいっと。分かったよ小隊長殿」

「ったく…司令官じゃねぇとマトモに敬語もつかわねぇのか」

「今更だろうに」

「違ぇねえな」

 

 は、と笑ってフォボス達に別れを告げ、ロスコルは左腕に付けた通信機を繋いだ。

 

「おーいナフェちゃん、ナビ頼むよ」

≪お、やっと出番? こっちは襲撃とか来てないから安心してね~≫

「来てたらそこのマッド殿から緊急で知らされるだろうな。可愛いウサギ(リトル・ラビット)さんよ」

 

 その言い方に何か思う所が在ったのか、ホログラムとして投影された拳ほどの大きさしかないナフェの像はクスクスと笑っていた。

 

≪余裕だねぇ。そんじゃ、とにかくそこから北に移動ね。二つ先の曲がり角を右。その後は直進して階段を降りて真っ直ぐだから迷わないよーに気をつけといて≫

「二つ先ね……うん、むしろ右にしか行けないようだな」

≪あらら、バレちゃった。アレクセイもジョーク位は身に付けてよね≫

「分からいでか。つーかそんな暇もねぇっすよ」

 

 少し不安になりそうなナビゲートに従いながら、ほんのわずかな刺激で長時間発光する液体を垂らしていく。生体学に精通したジェンキンスが「夜光虫」と呼ばれるプランクトンを品種改良した暗所のマーカー的装備だったが、これを使うのが初めてだったのか、ロスコルもアレクセイと呼ばれる隊員も物珍しそうにこれは便利だと笑っている。

 それからしばらくして、彼らは重厚で爆弾程度ではびくともしなさそうな正門に辿り着いた。だが、そこに待っていたのは、

 

「くっせぇな」

「同感だよ。それにこの服…こっちのPSSか。あの女の子みたいなローブはグレイシリーズの子かな?」

「死して屍拾うもの無しだ。腐った匂いを服が拾いきる前にさっさと済ませちまおう」

「はいはい。それじゃあお前はそっちにコードつないで。ナフェちゃん、サポートよろしく」

≪この程度のプロテクトならもうほとんど解けてるよ。あとは仕上げやっといて≫

 

 そう告げられた事で、ロスコルはこっちの仕事が無くなっちゃうよ。と苦笑を洩らす。

 

「ノータイムか。なぁロスコル、エイリアンってのはこんなに優秀なのしかいないんだな」

「だからこそ俺達も終始押されてたんだよ。まったく、神話のヒーローがあちら側にいるなんてツイて無い話だな」

「まったくだ」

 

 何とも絶望的な状況に二人して同意しながらも、やるべき作業は直ぐに済ませて行く。ナフェの言うとおり後は此方側で直接パネルを弄るだけで良かったらしく、ロスコルとアレクセイは最後にキーを一つ押すだけで開門が可能なまでにプロテクトを丸裸に向いてしまっていた。最高権限もこちらのPCに移動してあるので、待機中にパスワードが変わる心配も無い。

 

「ナフェちゃん」

≪分かってる。お仲間でしょ? フォボスとかは弱り切ったストック共の介抱してるから、そろそろそっちに向かってくると思うよ≫

「そうなると、此処まで来るのに時間が在ったから暇になるな」

「時間つぶしでもするか、アレクセイ。お前、確か本部に子供がいるんだったか?」

「まぁな。女房はアーマメントに踏み潰されちまったが、可愛い反抗期の娘なら一人。最近は訓練とかであんまり構ってやれてないから、反抗期も進みそうで怖えもんさ」

 

 このPSS精鋭部隊に選ばれた人間の中でも、家族がUEF本部に残っている者は数多い。アレクセイもまたその一人だが、自分と違って家族が残っているのはまだ良い方だろうな、と不謹慎にもロスコルは思ってしまった。

 

「……羨ましいのか? 確か、姪っ子がやられたんだったよな」

「不幸自慢ってわけじゃないけど、な。だけどナフェちゃん見てるとどうにも鈍ってくるよ」

「ははっ、そりゃわかる。マズマとかはもう俺達の馬鹿やってる仲間の一人にしか思えないしよぉ、ただ…ほら、“アイツ”はどうなんだろうな」

「…ああ、“彼”だっけ。羨ましい程の力とか、知識とか持ってエイリアンを仲間にした前代未聞の人間かと思ったんだけどな」

「結局、アイツもこの俺達の世界に巻き込んじまった内の一人なんだよな。だがまぁ、エイリアンの侵略が無い世界が在るってのは嬉しいもんだ。そっちの俺は、きっと女房と幸せにアジアントリップでも楽しんでるといいんだが」

「寂しい事言うなよ。人類が滅びてもいないのに、むしろ生き残る確率の方が高いんだって、あのマッドは言ってたのにさ」

 

 ロスコルの言葉に、アレクセイはどう言う事だと眉をつり上げた。

 

「また不謹慎な話だけど、俺達人類が文明ごと大打撃を受けた事でほとんどの街とかが森に呑まれて雑草がアスファルトの下から伸びてるのは知ってるだろ?」

「ああ。以前に俺の故郷に行った時は、かつての家が大木に押し潰されててびっくりしたもんだが」

「そうか、お前もUEF出身じゃなくて難民だったのか。まぁ、そんな感じで数十年も放っておかれた地球の至る所が緑化して、更には長い間放っておいた植物や微生物の一部が進化を遂げて、通常では有り得ない物を分解して取り込む恐ろしいものも出来上がったって話だ」

「へぇ~? 俺達の死体を墓に入れるよか、そっちの方が楽に処理できそうだな」

「縁起の悪い事言うなって。ともかく、そのおかげでプラスチック製品とか袋とかも分解されて一分の小さな町は完全に自然に呑みこまれたらしいぞ? たとえばジャパンやロシアの小さな所がな」

「遂に人間様も植物に反抗されちまったか、笑えないねぇ。……ま、これで昔みたいにワインとかを作れるようになったってぇ訳だな?」

「はは、お前、ホントに欲に素直なことばっかり言うな」

「そうしないとやってらんねぇって」

 

 思いのほか進んだ雑談は、戦場ではよくタブーになり易い家族や恋人についてにまで発展して行く。それを止めるものはおらず、ナビゲーションのナフェはフォボス達のサポートに付いているため彼らの会話に耳を傾ける暇は無い。

 二人が無い酒でも煽ろうかと言う雰囲気にまで話し合ったところで、ようやくフォボスの小隊が彼らの元まで辿り着いた。

 

「オイおまえら、随分楽しそうに話してやがったな?」

「っと、ごくろうっす小隊長殿」

「今更かしこまっても遅えんだよ。ほら、さっさと門開けろ」

 

 フォボスは何処か疲れたようにそう言った。ふと、ロスコルが小隊全員が疲れている事に気がついて後ろを見てみると、驚いたことに彼らの背や肩には難民となってしまったらしい人間達が担がれたり、リアカーの一部に乗せられていたりする。

 

「フォボス、この人たちどうしたんだ」

「どうにも何も、こいつら食糧もギリギリで半狂乱だったんでな。俺達の姿を見た瞬間喚いてうるせえからちょっと眠らせただけだ」

「しれいかーん。何でフォボスに救出作戦の指揮執らせたんすかー」

「いいから開けろ」

 

 アレクセイがフォボスの余りにもあんまりな「救出措置」に対する抗議の声を上げたが、残念ながらマリオンは外に置いてきた別動隊の指揮を執っているため通信を此方から開かない限り出る事は無い。

 

「とにかく、さっさとこいつ等を輸送船に送ったらサンフランシスコで本番だ。帰りはあの二人が近くで護衛してくれるが、巻き込まれねぇようお前らも気をつけろ」

「「「うぃーっす」」」

「誰がしまらねえ掛け声出せっつった」

「「「うぃーっす!!」」」

「…それはどっちの意味だ?」

 

 などと、馬鹿な事をやっている間にPSS支部の正門が開け放たれた。向こう側には、待ち受けていたかのような別動隊と例の二人。圧倒的な戦力を持つエイリアンと異世界地球人の組み合わせが気楽に片手を上げて挨拶している。

 

「で、ここでも“彼女”は目覚めなかったのか?」

 

 彼らの移動手段でもある装甲トレーラーを見つめたロスコルが言うと、残念ながら、と首を振って「彼」が答える。一応目覚めるための解凍手続きは施されているのであとは彼女が目覚める気になったらドラコの中でも、移動中でも、作戦中でもいつでも出て来れる筈なのだが、一向にその蓋が開かれる事は無かったらしい。

 

「まさしく棺桶の噂どおりになるんじゃないのか?」

「いーや、絶対に目覚める。心臓の音が聞こえてくるんだから眠ってるだけさ」

「…なぁ、それって」

「当然聞こえてるが、何か? 俺が人間っぽくないのは今に始まった事じゃないだろ」

「オイオイ、こんな所で無駄話してる場合じゃねーよ。んで、司令官。ポイントアルファから回収を完了。これより帰還するぜ」

≪会話のログを聞いたが、フォボス、お前が敬語云々を言える立場で無い事は理解したぞ。さて諸君、今回は誰一人欠けることなく作戦成功だ。先遣隊の二人は良くやってくれた≫

「ちょっとエイリアンとマズマが交戦したらしいっすけど、難なく撃退できたから今のトコ問題は無いようです」

「は? 君達、A級エイリアンと会ってきたのか」

「俺が全力を出すにも値しないがな。まったく、コイツの血をネブレイドしてからは常識を二回りほど修正せねば碌にコーヒーも飲めないと来た。今回もその類だと思っておけ」

≪頼もしい言葉だ。ではフォボス、回収地点にスモークを焚いてくれ≫

「了解。よぉぉぉぉしオメーら! スモークにひかれて集まったアーマメントが湧いてきたら全力でぶちのめせ!」

「弾が尽きたら?」

「ぶん殴れ!」

「「「「応っ!」」」」

 

 合流した分、先ほどよりも増えた掛け声に頼もしさを無実つ、フォボスは面倒な任務もこれで終わりだな、とスモークの隙間から見える空の向こうを見据えた。幸いそれほど遠くにいなかったドラコはフォボス達の居場所に順調に迫っており、警戒は続けているものの、アーマメントの機械音どろこか気配一つ感じられない平穏な時が過ぎていく。

 

 そして、拍子抜けするほど順調に今回の任務は終わりを告げた。輸送船に乗せられた難民を連れた隊員がドラコのハンガーから姿を消し、残すは大々的な試験会場、サンフランシスコにて「最終兵器」の起動実験をするのみである。

 

「窓って案外狭いんだな」

「お前が太いだけだろうに。こないだ70キロ超えてたろ?」

「ばっか、筋肉だよ」

 

 休憩時間を割り当てられた隊員達が、そんな気の抜けるような日常会話を繰り広げながら居住スペースへと歩いて行く。「彼」さえもが先に戻っておくと言ってハンガーからいなくなれば、そこに残るのは赤いエイリアン・マズマだけとなってしまった。

 そして彼は、作戦前と同じように「ステラ」の眠っている棺桶にまったく読み取れない感情を乗せた視線を向ける。彼が考えている事は分からないが、それだけこの「ホワイト」に期待を寄せているのだろうか、はたまた。

 

「……動く分には支障がない。ただ、強すぎるパワーが難問だな」

 

 アーマメントパーツとして人よりもずっと大きな手を握っては開いて確認したマズマ。彼は、先ほどのミーとの戦闘と呼べるかどうかも分からない一方的な展開を思い出して、規格外にも程があるなと、何度目になるかも分からない同じ意味を持った溜息を吐きだして苦笑する。

 

「可愛い弟子の候補だろう? 次のフランシスコで俺にネブレイドされたくなければ、さっさと起きることだな」

 

 一人語りかけるように言い捨てた彼は、それっきりハンガーを振り替えることなく扉の向こうに消えていった。

 

 残された棺桶の様なトレーラの中で、彼女の鼓動が一つ、鳴った。

 




マズマがデレるのは仕様です。仕方ないね。
そして久しぶりのナフェ登場。懐かしのロスコルも登場。
アレクセイについては名前を覚えている人が一体どれだけいることやら。

というか、PSSって普通の映画とかみたいに「○○―――ッ!!」って感じの叫びが無いんですよね。漫画版でもゲーム原作でも。仲間が死んでもあーらら、と、一見軽そうに見えてその重さを受け止めた行動を始めるというクールさん達。マジCOOL! 最ッ高よアンタたち!

そんなわけで、死亡フラグを立てながらも何もないというあきれられるような展開を書いてしまいました。今では反省しています。ですが、キャラを引き立てることに関して後悔は無い。

はてさて、次回にお会いしませう。

それにしても、最初はミーもご退場願う予定だったのに何で生き残らせてしまったのか……

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