カウントダウン~A HAPPY NEW DAYS~   作:幻想の投影物

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急いでいたので誤字多いかもしれません……


スカイハイ

 雲が流れ、青く染まる空の中を駆け抜けていく。何処か他人事のようにも思えるその風景は、勝手に動く足場によってもたらされる効果である事は、彼自身が此処に来たことで十分に理解していた。

 通信機を取り出すと、手で風から守る壁を作って通信機のスイッチを入れる。紡ぎだされる言葉は、彼の職務を表す定時連絡であった。

 

「こちら真上の死角監視役、敵の姿どころかこの先数百キロ先まで気配すら感じられない。どうぞ」

≪こちらマリオン、巡航に支障は無い。何もないなら君も戻って来てくれ、温かいココアを用意しておこう≫

「どうも、それでは戻らせていただきます」

 

 そう言って、彼は人類の作りだした全翼型の大型輸送機「ドラコ」の中へと戻って行った。目一杯の武装と人類が期待を寄せる最後のクローン。それを含めた搭乗人数1000人ぴったりを乗せたB-2爆撃機にも似た形状のドラコは、その爆撃機とは比べ物にならない程の巨大さの中に生活空間すらも収めることに成功したアーマメントにとってのモンスターマシンとも言えるだろう。

 このドラコ自体に攻撃能力はほとんど備わっていないものの、いざとなればオートパイロットでAIに機体制御の全てを任せることも可能で、その間に侵入したアーマメント等がいた場合にはPSSが迅速な対応を行えば、鉄屑製の蜂の巣を量産する事になるだろう。万が一戦力が足りなかったとしても、そこには人類側が信頼を寄せる「例の二人」が乗せられているので、全く問題は無い。

 

 その例の二人の内、一人がハッチを開いたドラコの上から下りてくると、下に待ち構えていたマリオン司令官と固い握手を交わし、ココアを受け取っていた

 

「いつもいつも無茶な役目ばかりですまないな」

「いや、俺は頑丈なのが取り柄ですから、役に立てて光栄です」

「そう言ってもらえると此方としても気が楽なものだ。何にせよ、あちらから酒は存分に取り寄せている。君ならフォボスや馬鹿どもの様に酒におぼれる事も無いだろうから、好きなだけ飲むといい」

「ご厚意に感謝します。では司令官、これにて」

「うむ、休んでいてくれたまえ」

 

 両者敬礼を交わし、操縦室で絶えず部下達の前に立ち続けるマリオン司令官から離れた彼は、少し狭いが十分にくつろぐことが出来る居住空間の一角に向かって歩き始めた。

 PSSの中でもそれなり以上の階級や待遇を認められている者は数少ない個室を与えられており、彼もまたその特別待遇を授かっている中の一人であるのだが、居住空間さえも抜けて行った彼はその先にあるハンガーへと歩を進める。

 セキュリティを抜け、緊急時の水密性も高い固く閉ざされた扉を抜けると、そこには巨大なトレーラーがハンガーの一角を我が物顔で占有している。その近くにいた赤い色が特徴的な人物に、彼は片手を上げて声を掛けた。

 

「よう、マズマ」

「なんだお前か」

「これ、貰ってきたが飲むか?」

「頂くさ」

 

 ニィ、と人間では有り得ないサメの様なギザギザの歯を覗かせながら、近づいてきた人物が分かったマズマは笑みを見せて歓迎した。彼もPSSの人間では無い――そもそも人間でさえ無い――のだが、その保有戦力は人類の作りだした最新鋭の砲台一セット分に相当する実力の持ち主。そして人類側を決して裏切らないという信頼もあって、例の彼同様に特別待遇を受けている者であった。

 ちなみに、マズマと彼は同室を与えられている。

 

「コイツの事、気になってるのか」

「まぁ、そうさ。あの方を模したクローンの中でも、ホワイトともなれば身体スペックはあの方と同等だ。更に成長機能や知覚障害の阻害まで無くなっているなら、俺達を遥かにしのぐ実力を身に付けることになるだろうからな」

「だがそれも、これからの成長次第ってか」

「ああ。だがこの俺を指南役にしたマッドも中々目がある奴だな。その期待に応えて、きっちりと闘い方を教え込んでやろう。あの方に近しいのならネブレイド愛好会のナンバー3として迎え入れるのもいいかもしれないな」

 

 自信満々にそう言った彼は、誰かを師事するというのに憧れていたのか、はたまた映画の様な展開を期待していたのか。どちらにせよ、この最終兵器でもある「ステラ」の指南役という立ち位置に不満は無いようだ。

 しかし、以外とマズマが彼女の師匠としては嵌り役であるのも確かだ。

 

「おいおい、そりゃ無理だ。結局アイツも人間ベースのクローンだ」

「そうか。少し残念だよ」

 

 この人類最後の希望、ステラは、大量にストックされている巨大な弾丸を量子変換技術の応用でほぼ無限に打ち出し、時には左手に持った刀で接近を挑み、腰のあたりに付けられたブースターで己の体そのものを弾丸のようにして戦うオールレンジの高軌道型である。しかし、その一撃一撃がアーマメントの破壊に余りあるヒット&デスの攻撃力も持ち合せている。

 マズマの大剣は銃撃機能が一体化した銃剣であるものの、戦況に応じて銃と剣を切り替えて戦うと言った点では共通点が多く、銃剣を切り替える瞬間のアンバランスさや特殊なタイミングと言うのは実際にそのような得物を扱うマズマならではの感覚で教えることが出来るだろう。

 ジェンキンスがマズマに目をつけたのも、良質な戦闘データを採り、この最終兵器である彼女に見合った武器の作成や調整を行うからに他ならない。余談ではあるが、お目付役として彼を抜擢したのは、単にエイリアンを抑えられる人間が彼以外にいないから、と言う理由もあった。

 

 なんにせよ、意気込んでいるマズマの姿は命令に従っていた時よりも生き生きとしているように見える。「彼」の血の一部だけでもネブレイドした事でナフェと同じく他のエイリアンとは一線を凌駕する力を手にしているマズマが、これからどのように生きていくのかも彼にとっては中々に気になるところだった。

 

「…だがまぁ、指導に関しては期待させてもらうか」

「ハッ、言ってろ。今は高い所から見下そうとお前も倒してやる。そうだな、筋書きは“ストックに力を貸す師弟が協力し、強大な敵を激戦の末に打ち破る! そして師弟はこの星を喰らい尽す城の跡を継ぎ、永遠の支配者として暮らしましたとさ。”…とまあ、台本としては在り来たりの王道展開(テンプレート)だが、娯楽にかまける暇も無くなったストック共にとっては心打ち震える作品になるだろうな」

「それじゃ、“結局師弟は強大な力の前に敗れ、敗北の中で新たな高みを掴み取ろうと決意する。その地に伏した視点から仇敵の背中を見つめ、知らず拳を握りしめるのだった。”と言うバージョンに格上げしてやってもいいぞ? まぁ、お前の物語の結末だと読み聞かせる人類も残ってそうに無いがな」

「どうとでも言えばいいさ。すぐさま追いついてやる」

「どうぞ? ただ、俺も自分の実力上昇の条件を知らないんだがな」

 

 闘志を燃やし、視線をぶつけ合ってはいるが、両者は挑戦的な笑みを浮かべながら顔の間で手差し出し、力強く握り合った。がっしりと交わされた握手にはそれぞれの男の体温と覚悟が伝わり、いよいよ持って人類側の動きも本格的なものに移行を始めているという様子が見て取れる。

 まったく別の世界の地球から来た不可思議で圧倒的な肉体を持つ男と、エイリアン側を裏切って人類側の紡ぐ物語をキャストの一人として演じて記憶にとどめたいと願った男。どちらも本当の人類側の出身では無かったが、過程はどうあれ結果的に人間を助けたいという思いは同じ。

 激戦が予想されるサンフランシスコの作戦を前に、決意を新たにした彼らは他のメンバーよりも早めに覚悟を決めることが出来たようだ。

 

「―――にしても、このココア中々に美味かった。水の加減が絶妙、と言いたいところだが、甘味がパウダーだけのものじゃ無かったような気もするんだが……」

「牛乳と混ぜた奴だよ。食糧自給班のおやっさん達が牛乳持っていけって」

「へえ? 確か今となっては生産数も少ない貴重品と言っていた気がするぞ?」

「ナフェに夜な夜な飲まれるより全部持って行った方がよっぽどいい使い方だとさ」

「……アイツ、俺達の所にいた時とテンションが違いすぎるだろう」

 

 片手で頭を抱えたマズマに、その我儘姫を助長させる様な生活をさせてきた彼としては苦みを携えた笑みを浮かべる他なかった。まだUEFで本格的に過ごし始める前、彼女の要求した物は彼が見つけ出すことでほとんどの物を献上していたし、血を飲ませて以来極上のネブレイドと称して厚かましい態度で何度か血液を貰いに来る頻度も増えて来ている。

 その要求全てに彼が答え続け、そして別の場所では彼女の驚異的な頭脳で新たな研究成果が作り出され続ける。こう言ったナフェにとっての良いことが積み重なった結果、彼女は絶頂期と言っても過言ではない程に欲望に対して忠実な行動を繰り広げ始めている。その中で狙われたターゲットの一つが、クローン技術を使って再生させた牛の乳。絞った後に冷蔵されている新鮮で嗜好品と格上げされた牛乳だったのだ。

 どちらにせよ、見た目相応のイタズラともとれる行為である。その一部始終を見て見ぬふりしていた「UEFのグレートマザー」と呼ばれるギリアン婆さんは、ナフェを見る度に温かい目で迎え入れていたとか。

 

「アイツも見た目相応の年齢じゃ無いのにな」

「まったくだ。最近の暴走っぷりには目も当てられん。元々ガラクタからモノを作るのが趣味だった見たいだが、ここで機材が揃ってからは溜めこんでいた計画書の全てを吐きだす勢いだ」

「そのおかげで人類側としても助かってるんだがな。アーマメント技術で有機物と無機物を融合させたバイオテクノロジーについては、やっぱエイリアン側に一朝の差があるか」

「早々に追いつかれてはこっちとしても面目丸つぶれだ」

「違いない」

 

 そこでふと、マズマは思い出した。

 こんなにこの得体のしれない力を持ったこのストックと長らく腰を落ち着けて会話をした事は無かったな、と。それがどうしたという話ではあるのだが、マズマとしても中々どうして、すらすらと話が進んで行く。これまではPSSの部隊訓練に参加していて食堂を切り盛りする彼とは会話を交わすことも稀で、最初期の接触以来は配膳を行う際や注文の時にちらりと言葉を交わす程度だった。

 

 それからも取り留めのない会話が続いて行くが、長らく別々の仕事を任されていた事もあって片方が知らない話や片方に自慢する話などで時間がどんどん過ぎ去って行く。幸いにもこの日は既に両者の仕事も終わっているので、時間を気にする必要も無い。

 

「そう言えば、この間そっちの総督さんがお前らの目の前で飯食ってたぞ。しかも食堂広場のド真ん中でな」

「オイオイ、いくらなんでも俺に付く嘘にしてはチープ過ぎる。もう少しマシなのは無いのかよ」

「残念ながら本当の話だよ。あちらさんも悩み事とかあったらしくてな、少しばかり話をしてから空の上でデートと洒落こんできた」

「は、ハハハハハッ! ……マジか」

「マジでだ」

「しかしあの方とのデートか…想像すらつかんな」

「コース巡りは音速の2倍だ。想像する前にデートは終わってたよ」

 

 馬鹿馬鹿しいもんだろ? と彼の言葉に大笑いをし始めたマズマは、その裏でやはりとんでもない胆の持ち主であると、彼に対して畏敬の念を抱いた。彼の血をもらってからも、やはりあの総督と面と向かって相対する事になれば逆らう事すらおこがましいと硬直してしまう自信がある。前までとは比べ物にならない程地力の底上げがなされた今でもそうなのに、どうしてこの男は何でも無かったことの様にあの方と話をし、あの方と戦い、日常の一つとしてカウントできるのだろうか。

 どこまでも規格外。どこまでも異物感。そして、この上なく極上のネブレイドを持つ「観測世界」からの来訪者。上位の世界から観測されている世界に落っこちた事で、余りにも大きすぎる格上の存在がこの世界にマッチするためにこのワケの分からない身体能力を彼に授けたのだろうとマズマは思っているが―――

 

≪ブリーフィングを行います。地上への派遣部隊はブリッジに集合してください≫

「おっと、お呼ばれが掛かったか」

「ストックも事前に何度も確認作業をするあたり面倒な奴らだ」

「そう言わずに付き合ってやれ。お前もPSSの一人だしな」

「仕方ないな、だが次からは主演用のレッドカーペットを用意させておこう」

「無駄な仕事増やすなっつの」

 

 軽口を交わしながら、マズマはPSSの紋章が入った左肩のワッペンを叩く。浮かべていた笑みは、実に楽しそうなモノだったと、後に彼は思ったのだとか。

 

 

 

 

「―――と言う訳だ。目標地点まであと1時間で到着する。各自装備を点検し待機位置に付け! 先鋒、次鋒の二名は先行してアーマメントの排除を率先して囮に。地上部隊は安全地帯に着陸後、最終兵器のトレーラーを囲いながら救難信号地点まで急ぐのだ。皆、健闘を祈っているぞ。“作戦開始(タリー・ホウ)”!」

「「「タリー・ホウ!!」」」

 

 慌ただしく、しかし統率された動きで戦闘準備を整えるPSSの兵士たちの間を、二人の先遣部隊がゆったりとした足取りで歩いて行く。モーゼの奇跡の如く人波を掻き分けた二人は下口が空けられたハンガーに辿り着くと、待ち受けていたサポート要員と敬礼を交わして合図を行った。

 

「排斥部隊のお二方ですね。通信機器をお渡しします」

「どうかご無事で。我々は必ずや救出作業を成し遂げます! お二人はお二人の仕事を」

「仕事熱心なのはいいが、死ぬなよ。ドラコだって完璧じゃないんだからな」

「エクストラにしては上出来だ。再演できそうな顔ぶれで安心したよ」

「マズマ? 素直にお前らも生きて戻れって言えっての」

「ハン、誰がそんな事を言った?」

「ったく……」

 

 言いながらも、マイクの装備を着々とこなしていく辺りはあちら側でも敵の将として君臨していただけはある。勝手の違う場所もあるだろうに、マズマはすっかり此方に馴染んでしまったようだ。人類にとっては嬉しい話には違いないのだが。

 

「降下準備オーケー。マズマ、武器は持ったな?」

「お前も長物位は持っていた方が効率はいいと思うが」

「スニーキングミッションだ。資源も乏しいこの世界で、現地調達は基本だろ」

「死にたがりめ。そう言う奴に限って敵と相討つハメになるぞ」

「だったら上等だ。腹の中から腸引き千切ってでも生還してやる――よッ!」

「やれやれ、さぁて―――オンステージだ!」

 

 着の身着のまま、二人はこれから大規模戦闘を繰り広げるとは思えない程の軽装で高度一万フィートの高さから飛び降りた。上を飛ぶドラコが段々と背中側に遠ざかって行くことを確認して、笑った二人は空中でそれぞれの手を手繰り寄せる。そして、マズマが彼の左手を握った途端に、その有り得ない戦闘の始まりは告げられた。

 

「さぁて、どうする?」

「作戦地はニューヨークのXX摩天楼の一角だったな……。ああ、ちょうど落下地点がここなんだ。一つ、キングコングでも気取っておこうかね」

「ハハッ、化け物より化け物らしい体をもつお前にはお似合い…だなぁッ!!」

「YEEAAAAHHHHHHHH!! Fooooooo!」

 

 マズマは空中で体を捻ると、雲を通り抜けて見えてきたエンパイア・ステート・ビルディングに彼の体をブン投げた。落下の速度と重力の引き寄せる力、そしてマズマの地力に遠心力を利用した相乗効果が重なって、彼は音を置き去りにする程の速度でかつて世界一巨大なビルと呼ばれたそこへの到達はそう時間のかかる物でもない。

 しかし、人類が世界最大の都市を放棄してから早数十年。劣化を重ねたビルは栄光に溢れた当時の姿とは違って、崩れかけたただの廃墟の一つである。こういったたった一人のチャーターは全盛期にやってみたかったもんだと心の中で一区切りをつけると、彼はESB(略称)の特徴的な針の様な天頂に手を掛けた。無論、この勢いそのままではこの細っこい針は折れてしまうだろうが彼は普通に重力に甘んじる男でも無かった。

 

 鉄棒の「蹴上がり」というのを知っている人は多いだろう。体をあまり降らず、ぶら下がった状態で自分の前方向の上段を蹴る事で、その反動を利用して体を持ち上げ鉄棒の上に上がると言った、シンプルながらも鉄棒にのめり込み始める小学生たちには難しい技だ。新体操などではプロが難なくこなしているように見えるが、実際にやってみると中高生でも苦戦は必須。

 さて、では横の状態からソレを行う事が出来るだろうか? というのが今回持ちあげるべき議題である。勿論答えは不可能であり、維持するために必要な自分の両手という二点に掛かる自分の体重を支えきる握力、筋力その他は並大抵のトレーニングで培えるものではない。ましてや、彼の音速を超えた速度で突っ込むという行動をとられれば、支えるべき棒そのものが根を上げることになるだろう。

 

 だが、彼は常識はずれにもそれを成し遂げた。

 蹴上がりの要領で空気を蹴りだすと、余りの速度で固められた空気が彼の足にしっかりとした硬質感を与える。この時点でありえないのだが、彼は器用にもその状態から身を捻り、何度か空気を蹴り飛ばすことで此方に落下してきた時の衝撃を拡散して行ったのだ。しかも、その時に生じる遠心力なども緩和するという馬鹿らしさ。

 

 それから十秒もしない間に回転を止め、ESBの頭頂部に掴まって壊滅したニューヨークを眺めた彼は、数ヶ月前にナフェとあの辺りで魚を取っていたんだったか、と懐かしさを頭に思い浮かべる。しかし今は作戦行動中。懐かしさに浸る時間は無いと頭を振って雑念を追い払い、左手の握る力を強めて力強く咆哮を放った。

 

「こっちだ! 鉄屑共おおおおおお!!」

 

 隣の国にまで迷惑をかけそうなほどの騒音。恐るべき肺活量を以って打ちだされた音の衝撃波は、囮となるべくに相応しい役割を果たしながらも周囲の無機物にビリビリとした振動を与えて破壊行動を残していく。

 遥か雲の向こう側で、着陸準備をしているドラコ内部のPSSは、彼の事をつくづく規格外だと再確認して苦笑を浮かべていた。

 

「あ~、喉痛い」

 

 ガラガラになった自分の声にうへぇ、と声を洩らしながらも、彼は先ほどの声を聞いて集まってきた嘗てのニューヨーク人口よりも多いアーマメント達を眺めて口笛を鳴らした。余りにも高い場所から見下ろすアーマメントの密集地帯は、食べ物に群がる蟻の様だと、その気持ち悪さを称賛したのである。

 

 なんにせよ、彼が仕事を始めるには都合のいい密集具合だ。

 エンパイア・ステート・ビルディングのてっぺんの針をボキリと折り取ると、それを巨大なレイピアの様に構えて彼は笑う。かつての笑みは威嚇行動であったと証明するように。

 

 

 

 

「……あのバカでかい声はアイツか。自重を知らんやつだ」

 

 自分が言える立場でもない癖に、マズマはそう言って一足遅く上空一万フィートの旅の終着点に降り立った。そして地面に落ちた瞬間、予想を裏切らない力の組み合わせによって巨大なクレーターと衝撃波を作り出す。見た目の派手さではESB周辺で挑発を仕掛けた彼に勝るとも劣らぬ未曾有の大災害である。

 もし、このクレーターの中心部に宇宙船が二つ転がっていたらさぞや地球は大惨事どころではないのだろうが、生憎とそこで平然と立ちあがった影はマズマのシルエット。巨大な身の丈以上の銃が一体化した剣を携え、面倒臭そうに彼は首を鳴らした。

 

「埃っぽいな…あの伝説の傭兵みたいに、HALO降下をしっかり学んでおけばこんな美しくも無い破壊は無かっただろうか? …いや、どちらにせよ無理だな」

 

 あっさりと現実を認めた彼は、一先ずそのクレーターから這い出ることにした。すると、彼は自分の周囲にも恐ろしい数のアーマメント反応が近付いてきているのを感知。裏切った相手なのだから当たり前だな、とストックに与する己の身の内を嘲笑いながら、少なくとも自分視点では敵に囲まれ、絶体絶命のピンチに陥った勇者だろうか。などと夢見がちな事を言っている。

 しかし、歴戦を制してきたA級エイリアンのマズマ。彼の瞳から伝わる覇気には一切の加減や慢心と言った様子が見受けられない。それは「彼」のネブレイドした記憶の片隅にスナイプ中の自分が半身を無き別れさせて死んだ情景があり、そんな愚かな死にざまは己としても願い下げだと誓ったから。

 

「死ぬ時はあの方の道を見届けるか―――」

 

 大剣を振り上げ、トリガーを引きしぼりながらアーマメントの密集地を薙ぐ。大量に打ち出されたエネルギーの弾丸が結びつき、帯状のレーザーとなって木端アーマメントを散らしていく。その様子を満足そうに見届けながら、彼は剣を構えて群れの中に突っ込んで行った。

 

「俺の脚本を作り上げ、神聖なる映像芸術の原典(ハリウッド)を再建するまでだ!」

 

 踏み込み、切り裂く。

 巨大な中堅のアーマメント(ジャガーノート)さえ一刀のもとに叩き斬り、その爆発の余波で周囲の敵を巻き込んで行く。的確に敵の燃料区画に引火させる攻撃を加え、連鎖爆発によって自滅と自壊を誘っていく彼の戦い方は、他に味方がいないからこそ可能な無駄のないもの。

 しかし、そうまで的確に狙うべき場所を特定することができるのは、単にアーマメントを率いていた経験があるからというものでは無い。彼の特徴的な赤い髪と生体アーマメントパーツの下に隠された左目は、その手に持つ銃剣のスコープと直結させる事で数キロ先の敵をも的確に仕留めることが出来る魔眼である。その目が魔眼たる所以として、敵のエネルギーの流れを見ることが可能と言う効果があり、それによってマズマは近接スナイピングという出鱈目な戦闘法をとることが出来るのだ。

 

 一体、また一体と確実に仕留めて行くマズマは決して後ろを振り返る事は無かった。それが己の新たな生き様であると主張するかのように、ただ孤独で演劇的な進撃をつづけるのみ。後ろを振り向くという事が己の負けであるとでも言うのだろうか。

 しかし、そうならば必ず後方から爆発の中を抜けて襲ってくるアーマメントに背後を採られるという事になってしまう。事実その危機に陥っている彼は、背後に迫っている敵の影に気付く事も無い―――かと思われた。

 

「影が見えているぞ、爆発の炎が作り出した影がな」

 

 振り向かず、肩に担ぐようにした銃剣の砲門を飛びついて来たアーマメントの鼻っ面に照準、何の遺憾も無く発砲。果たして、狙い違わず顔面から尻尾まで直径数十センチの大穴を開けたアーマメントは爆発四散。鉄屑めいた骸となった。

 

 ~~~♪

 

 中々に絵になる一枚が記憶に収まったな、とマズマは上機嫌に口笛で進撃を続けた。口ずさむのは総督が歌っていた地球全土に大ヒットを掛け巡らせたあの曲。何にも興味を示さず、何事にも全力と行楽を以って取り組む総督の歌声は魂を分け与えるかのように人々を歓喜させていた。

 あの時のストック達の溺れ様と言ったら、まったくもって面白い。そんな事を考えたマズマの脳裏に浮かぶのは、総督に心酔していた前までの自分の姿。あの時は己の本意で動いているようだったが、思い返せばザハや総督の指令があれば嬉々として取り組み始める従順な猟犬のような日々だった。

 それに比べて、この解放感と抑圧を繰り返すストック達との生活はどうだったか。

 

 好きな時に笑え、軽口をたたき合い、このネブレイドを持たない弱小種族だからこそ持ちうるイメージが生み出した、数々の娯楽作品の話題に乗る相手がいた。それに自分は機嫌を良くして、細かく語りだせば十人十色の反応を見せて話に乗ってくれる。

 常に己は独りであったことがない。訓練に付き合わされた時も、面倒だとは思いながらも確実に成長して行く新人たちにテンションが上がって彼らが考える「エイリアン像」を己に投影して追いかけまわしたものだ。

 

「そうだな、俺は楽しかった―――だが、戦場でそんな事に浸る暇も無い、か」

「そう言う事よ。ボン・ジョールノ、マズマ」

 

 妙に発音の良いイタリア語。つい数日前までヨーロッパ圏の近くにいた身としてはその言語を使う人物も多かったが、こうして久しぶりに面と向かって聞くと、意見したくなることがあった。

 

「お前が使うと違和感しかないな、魔女(ミー)

「ハァーイ! 裏切り者さん。酷い事言ってくれるじゃないの? ハートは深く傷ついたわ」

「傷つくだけの心を持っているとは―――いや、実に驚いた!」

 

 両手を外側に広げ、挑発したように笑みを浮かべる。大根役者を装ったわざとらしい反応を見たA級エイリアン――「ミー」は冷ややかな笑みを浮かべながらも額に浮き上がった血管を隠し切れてはいない。

 

「まぁ裏切りものは殺せって命令だし、アナタ相手じゃ手加減したら私がやられちゃうから本気で行くわよ。踊れ(Danza)、アナタの鮮血で死出の舞台の一張羅を作ってあげる」

「それは光栄だ。裁縫も苦手なお前に出来るとも思えんがな」

「チッ、馬鹿にして!!」

 

 舌打ちしたミーが手首にスナップを利かせると、虚空から出現した巨大な斧と鎌が一体化した様な機械的な武器が現れる。マズマに次いで重そうなその武器を振りまわす彼女は、その細腕からは想像もつかない程の怪力を持ち合せているようだ。

 彼女が持つ特有の技能、瞬間移動で廃ビルの上からマズマを見下す形で距離を取ったミーは、斧鎌を向けて言い放つ。

 

「死のワルツを一曲、アナタに捧げるわ」

「生憎だが、お前の為のレクイエムしか歌う事はできないな」

 

 かつての同僚を敵に回し、竜虎が唸りを上げるのであった。

 




というわけで、ようやく原作開始。
ちょっとはやめましたが、この異色の対決をお楽しみに。

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