カウントダウン~A HAPPY NEW DAYS~   作:幻想の投影物

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半月ぶり……というのに三分の一が茶番。

この作品の更新、これからも遅くなりますがご了承ください。


願いの先に

 8月の中盤、食事の席に来ていたマリオンは手に幾つかの紙束を抱えて厨房で働いていた彼を呼びだした。どうやら近々大きな作戦があるらしく、その作戦の同行者として此方に着いたエイリアン達の協力を借りたいらしい。それなら直接言えばいいのではないかと思ったが、その作戦自体には少々難点があったとか。

 

「サンフランシスコ移動作戦?」

「元アメリカ大陸のPSS支部が全滅したようでな。生き残った数十人の民間人を回収するために我々PSSの本隊から精鋭千人を選出し、同時に激戦区と名高いサンフランシスコ周辺で人類最後の希望、第三世代クローン発展型“BRS”の覚醒プロジェクトを兼ねた体の言い実験だと言い渡されたよ。やれやれ、科学者共は実験成果を見るためなら我々が死んでも構わないらしいな」

「…とにかく計画書を」

「ああ、そう言えばこれも君の“予定”の範囲内だったか。ともかく頼みたい重要な事はこの辺りに書かれているから目を通しておいてくれ」

 

 受け取った一枚の紙に目を通してみれば、マリオンの言いたいことが十分に分かる。

 

「“BRSの覚醒後、被験体No.MZMA-439を戦闘指南者として任ずる。尚、その介添えとしてPSS隊員ロスコル・シェパードを任命。及びに被験体の制御役として■■を同行させよ”。……ジェンキンスの奴は正気で?」

「あの嬉々として人体解剖をする輩に正気が残っていればいいのだがな。それにしてもマズマ君を戦闘の指南役にするとは……分かっているのか、分かっていないのか…」

「恐らくマズマのサブカルチャー好きは分かって無いと思いますがね。確実にステラちゃんの教育に悪いってのに……それにしても、制御役が俺って辺りがもう、なぁ。結局こうなるのかって感じっすよ」

「相も変わらず私と話すと君は言葉遣いが混乱するな。それはともかく、結局君が一番この本部の様々な事柄に関して第一人者をしているのだから仕方ないだろうな。もしやすると、ジェンキンスの良心から来た休暇の案内かも知れんぞ?」

 

 肩をすくめ、そうなら良かったんですがねと返して見せると、マリオンもつられて固い笑顔を見せる。しかし、この計画書をそのままに受け取るならサンフランシスコ侵攻の際にはナフェを本部に残して行くことになる。

 別に彼女の安否は気がかりになることはないが、最近はジェンキンス達の居る研究室でワケの分からない事をしているらしく、その辺りがこの計画の発端かもしれないと辺りをつけた。当然、マリオンもそれは分かっているらしく、ナフェのナの字が出た辺りで彼は首を振る。

 

「…ところで、選出する千人は決まってるんで?」

「うむ、新人や熟練問わず、日ごろの訓練の成果で上位の者を300名。残りの700名は戦線から帰って来て、まだエイリアン達にひと泡吹かせてやろうと言う強靭な意志を持った者たちだよ。いやはや、人類の集結地と言うだけあって逆に絞り込む方が難しかった。ともかく、マズマ君とキミには頑張ってもらいたいものだ」

「やっぱ、そうなりますか」

 

 前線で戦うメンバーというのは決定事項らしい。その事に関してとやかく言うつもりはないが、この事前段階で既にこの世界の人類はあの「正史」とは全く別の心構え、そして起こりうる事がらに関しての覚悟があるというのが何よりも心強い。

 もしモスクワの襲来が始まった時、この地に集結した全ての人はシェルターなどには縮こまらず、寧ろ全員が決死の覚悟で散開してアーマメントやエイリアンの対策に当たるつもりらしい。先ほどナフェが研究室に籠っていると言ったが、そのための対策兵装を作っている事は一応耳にはしている。現段階で試運転や最終チェックに入っていると言うから、正に万全を期すと言ったところか。

 その分、このUEF本部は外側の隔壁がごつごつとしたアニメにでも出てきそうな敵要塞の様相を晒すことになった。内側も手動・自動切り替え可能の識別機能が付いた防衛装置があると言うし、かつてマズマが襲撃してきた時の反省点から長距離高射砲、及びにスナイパーの高台も新設してある。真新しい出来の地面は、ここ数カ月の訓練ですっかり薄汚れてしまっているが、それだけ汚れがあると言うのはしっかりと訓練を積み、守ってくれると言う信頼感も醸し出す。

 

 だから、かもしれない。

 人類はそう言った共通の敵がいることで生き残ることに全力を挙げている。生きて歩く事を最大の目標とし、ほとんど全員が団結しているのだ。ほとんど、と言った様に当然離反者や謀反を企てる者もいたが、それらはしっかりと上の者と話し合いをし、利己的な考えしかしない輩は「えいりあんのきょーせーるーむ」でナフェと話し合いを行った結果、全員が改心をしてくれた。何故か全員の目の輝きが死んでいたが、それは些細な事だろう。

 

 そうした協力と、同じ人としての団結感が強まった結果これほどまでに心強いなにかが出来上がっている。それは空気となってUEFの中を漂い、その範囲内にいる老若男女全ての人々を鼓舞させるのだ。

 

 厨房に戻った彼は、その沸き立つオーラの様な物を料理をしながらもひしひしと感じ取っていた。そんな現代日本では感じたことの無い妙な感覚は、くすぐったい物があるかもしれないなんて考えながら。

 そうしていると、研究者連中とその巨大な機械の腕を振って別れたナフェの姿が目に入った。彼女は此方をちょいちょいと手招きしており、自分を呼んでいるようだが。

 

「そこのお前、このフライパン任せた」

「え? ……ああ、ナフェちゃんですか。パパともなると大変っすねぇ」

「今回がそんな生易しい話だったらいいんだけどな」

 

 恐らく長話になるだろうと踏んで、エプロンと帽子を片付けてから彼女の元に向かう。忙しい時では無く、タイミング良く昼過ぎに訪ねて来てくれた辺り彼女も随分と空気が読めるようになったのだなぁ、などと思いながら。

 

「三日ぶりか、最近籠りっきりだが大丈夫か?」

「全然平気~。ていうかアンタの方が働き詰めなの知ってるからね? ここんトコ二週間くらい寝て無いでしょ」

「お見通しとは思わなかったな、随分と観察眼が鍛えられたか?」

「はぁ…アンタ、覚られたくないならその目の隈を完全に隠してからにしてよ。シール(・・・)がずれてる」

「……ああ、さっき額に手を当てた時か。ばれちゃ仕方ないな」

 

 彼の眼の下からべりっとはがされた肌色のシールの下より出てきたのは、濃すぎて一つの模様みたいになってしまっている隈だった。幾らエイリアンの総督と張り合えるほどの肉体を持つとはいえ、彼の身体構造は人間そのものから全く逸脱していない。故に睡眠は必要不可欠な欲求の一つとして根強く残っていると言うのに、あろうことかこの男は二週間も眠っていないとほざいたのだ。

 現実にも言える例でこんなものがある。昔、人間がどれだけ眠らずに行けるかと言う課題でとあるラジオのDJが試したことがあったが、そのDJは一週間と少しで挑戦を断念。だが、寝ようとしても眠ることが出来なくなっており、最終的には幻覚症状に悩まされた揚句苦しみの中で死んでしまったと言う話があった。

 彼の場合は幻覚こそ見ていないものの、余りに近づきすぎた運命の時にノイローゼ気味になってしまっている。その気を紛らわせるための手段として働き詰めていたのだが、ナフェはそれを見事に看破したのである。彼女は当然ながら彼に眠れ、とは言ったものの、やはり彼も眠ることが難しいと首を振って答えた。

 

「しょーがない。ジェンキンスの新しい睡眠薬貰ってきてあげるからしっかり一日は眠んなさいよ?」

「助かる。…それよか、どんな用事で呼び出したんだ」

「あ、忘れてた」

「おいおい……」

 

 本題を思い出した所で、彼女は付いてきて、とアーマメントの鋭い腕で手招きしながら彼を歩かせた。彼女が示した進行方向は研究棟に向かっており、その途中で説明の為だろう、ナフェが話し始めた。

 

「あの記憶がヤバいって泣きついてたうるっさいグレイがいたじゃん?」

「ナナか。つーか名前で呼んでやれよ」

「断る。んで、ソイツの記憶野を何とかするため…まぁホントはジェンキンスが“グレイシリーズを作り出した故ギブソン博士にひと泡吹かせてあげようではないか”なんて死んだ奴へ一杯くわせるために頑張ってたんだけどね。昨日ようやくホワイトの状態を洗い直すことが出来て、アタシ達の技術提供の末に治療策が見つかったんだ。その最終段階に付き合わされたこっちとしてはメーワクな話だけど」

「へーぇ、そんじゃあアイツも喜ぶだろうな」

「今、喜んで第一被験者になってくれてるよ。ッと、着いた着いた。そんじゃ、ここのクリーンルームで洗浄終わったらこの白衣着て部屋に入ってて」

「…? りょーかい」

 

 ナフェの言葉に色々な突っかかりを覚えたが、とりあえずは言葉に従ってクリーンルームに入って行った。その様子を見届けたナフェが隣にあった部屋の扉をくぐると、そこは彼が入って行った部屋を上から見下ろせる位置にある管制室。既に配置が完了しているスタッフがナフェを歓迎し、白衣を纏った彼女は高めのイスにちょこんと座った。

 

「さて、と」

 

 あのアーマメントの腕ながらも、目の前のコンソールを器用にたたいてプログラムを起動する。すると、彼が入って行ったクリーンルームの先に在る部屋がライトアップされ、白衣姿でマスクと頭全体を覆う手術用の帽子をかぶった姿が目に入った。

 そして、その部屋の中心には目を閉じ、静かに体を横たえるグレイシリーズ製造ロットGRAY-07被験者名称ナナ・グレイの姿が。彼女の服装は最低限の局部を隠す程度に着替えさせられており、何よりも特筆すべきは―――彼女の頭。

 

≪……おい、ナフェ≫

「オッケー、手術室へようこそ」

≪待てや、どう言う事かって聞いてるんだが?≫

「何って? 目の前の光景その物だけど」

≪…はぁ、んで? 俺はこの脳が露出した(・・・・・・)ナナをどうすればいいんだ?≫

「流っ石、話が早いね」

 

 ナナの頭は綺麗にくりぬかれたように、頭蓋骨をかぱっと開かれその下にある綺麗な赤色だか黄色だか、とにかくとてもじゃないが直視はしたくない色をした脳味噌が顔をのぞかせている。

 そして、彼女の寝ている寝台の横に在るのは仰々しくも先端が非常に鋭く尖ったレーザーの照射装置と、その針の先と一体化した良く分からない薬品を押し出すチューブ。人体実験でもやろうかと言う装備が目には居るのだが、事実、彼女達はナナを使って人体事件を始めようとしていたのだ。他の誰でも無い、彼の力を借りて。

 

「ああ、そいつはほっといても死なないようにこっちで調整してあるから幾らでも脳味噌見せてても問題ないよ。後遺症も、アンタ次第ではまったく無いから」

≪オーケーオーケー、テメェが俺をトンでも無い事に巻き込んだってのはよく分かった。この、器具の隣に浮いてる脳味噌もその一つだな?≫

正解(ピンポーン)♪ あ、それはあたしの趣味じゃないから勘違いしないでよね」

≪趣味で脳味噌浮かべる奴は頭の逝かれた奴ぐらいだろうに≫

 

 

 

「っくし、……? どうしたのだ、私がくしゃみをするとは」

「総督、どうなされた? アーマメントに命じて集めて来た脳の欠片でも鼻に…」

「いいや。そうではない…まぁ、ネブレイドを始めよう」

 

 

 

「…うん、今の幻覚(ビジョン)は無かった事にしよう」

≪オイコラ、こんな状況下でトリップするな≫

 

 彼からの叱責で我を取り戻すと、ナフェはごめんごめんと感情のこもっていない謝罪を述べる。それに仕方なく無いな、と納得した天の邪鬼な二人は本題に戻って目の前のナナに集中した。

 

「さっき言った治療法なんだけど、結果的には新しい脳味噌に直接データを書き込むしかなかったんだよね。ただ、普通の人間の物だとグレイシリーズの身体能力や戦闘用の体に絶対に馴染めない。だから、ホワイトの脳を一から億まで解析して、新しい記憶の野浸食が無い脳の仕組みをとある細胞で再現するしかなかったんだって。あ、勿論提供は私らね」

≪聞きたくなかった新事実……いや、だが話は分かったぞ。この水槽の脳味噌と、ナナのを取り換えればいいってことか?≫

「そう言う事。で、問題点はソイツの記憶やらなんやらが思い出せないのに運動野の方にはしっかり情報として刻まれてたってこと。電気信号の履歴も残ってたしね。それで信号に置き換えた方で何とか記憶を装置で転写しようとしたんだけど、その負荷に耐えきれず脳味噌一号は失敗。んで、その二号にはアンタの手作業で皺とか電気信号とか色々な者を転写してほしいってこと」

≪いや、重大作業どころの話じゃない―――≫

「そんじゃ、さっそくLESSON1!」

≪おぃぃぃ……≫

 

 こう言った経験がゼロである彼の言い分もまったく聞かずに彼女が手術をさせたのは理由があった。実はこの作業、電気信号の記憶を与えるだけなら全て機械の方が与えてくれるからずぶの素人でも可能なのだが、問題はこの時代の機械設備であっても適切な位置に刺激を与えることが不可能な点だったのだ。

 更にはまだまだ脳の仕組みは理解されても残り少ない人類で実行に移すことは出来ず、UEFの犯罪者などを人体実験に細々と使っていたのだが、それでも実行による経験はまったくデータが取れていない。だからこそ、1マクロのズレも許されないこの作業に対応しうる精密性を備えた装置は開発されなかった。

 その点、エイリアンをも薙ぎ払う力を持ち、数億光年先の星をも見通す視力を持ち、なおかつ食堂の料理長として腕を振るっている彼は、どう言う訳か全ての物事を適切にかつ完璧な状態でこなすことが可能な不思議な能力を持っている事は皆が知る事実である(彼自身最初から持っていた訳ではないが)。そして、その能力は機械さえ超える精密性をも生み出していた。

 ここまでくれば話は簡単。言われただけの仕事であれば必ずこなすことが出来る彼に、この記憶と人格の転写作業を任せればいいだけの話だ。実際に失敗したとしても、もう寿命が近いグレイシリーズが一体稼働を停止するだけであって、ホワイトと言う切り札や二体ものエイリアンがいるUEFの戦力としては労力の掛かる砲台と同じ価値しかないナナ・グレイという口うるさい研究課題の提唱者が居なくなるだけのこと。

 失敗してもグレイシリーズの脳の仕組みが理解できるし、成功すれば彼女は万々歳。ともなれば、科学者たちはナフェを伴ってこの使い捨てが可能な実験に嬉々として取り組み始めた。その過程があって、この光景が繰り広げられているのだ。

 彼はナフェの指示通りに彼女の脳を取り出すと、水槽の中に浸っていた新しい脳をナナの頭の中に嵌めこんだ。この時点でナナという人格は消え去っているので彼女の事をそう呼ぶのが正しいかは分からないが、とにかくナナはまっさらな新しい「ホワイトの脳」を手に入れることになる。

 そこからが正念場。ナフェは細かい指示を出して、彼はそれに寸分違わず応えてくれる。脳とつながる神経の箇所は新しい技術で生み出された補肉剤によって補われて繋がる。そしてまっさらな赤子のような脳には次々と生々しい皺と脳波と電気信号が加えられて行った。

 

「そこ、2ポイントずらして深く3ミリと8ナノメートル。補肉剤を注入」

≪……≫

 

 応答は無いが、余りに細かすぎる単位に恐れる事も無く彼の手は動かされる。元々ナナのモノだった脳とまったく同じ外観に出来上がって行く脳の様子は、短時間でありながら人間の一生を確かに過ごしている様な奇妙な時の流れを感じさせる。

 

 長くも短く感じた「作業」も遂に終わりを告げた。

 その作業にかかった時間、実に7時間だったが、彼は全ての作業が終わってナナの脳味噌が頭髪の生えた表皮と頭蓋骨の下に隠されて行く工程を終えて、一滴も掻かない汗をぬぐうような仕草で集中を解いた。

 これで、ようやくナナは清浄な形をした人間の姿となる。自分の脳もあんなにグロテスクなのだろうか、と感性だけは一般人らしい発想を思い浮かべていると、管制室から降りてきたナフェがクリーンルームを出た彼の前に立っていた。

 

「お疲れー。正直失敗すると思ってたんだけど…つくづくあたし達より卑怯な身体してるね。あーあ、失敗した所も見てみたかったなあ!」

「十六徹の俺にあんな作業させるなよ……。こちとら一人分の命を背負うなんてアホみたいなプレッシャーに悩まされ続けたぞ」

「そんくらいが丁度いいんじゃない。スリルに溢れた日々も刺激的だし?」

「寧ろ刺激が強すぎて頭が弾け飛ぶっての」

 

 そう言った瞬間、彼の体は足元から崩れ落ちて動かなくなった。

 

「…あれ? なんだ、意外と、あんたも無理してたんだ。やっぱりね」

 

 こうなることが分かっていたように、寝息を立てる彼の顔を見てナフェは笑う。

 実はあの手術、本当に失敗も成功もどうでもよく、肝心なのは「彼に全ての神経を集結させる様な疲労を感じさせる」という事だった。目に余り過ぎる労働は見ているナフェとしても面白くは無いし、本当に人間の素体そのものが変わる事は無いのだから、こんな些細なことで彼が死んでしまうかもしれないと言う危惧もあった。

 

 そこで気付いたのだ。己が誰かを心配したのは。

 ナフェがこんな可能を抱いたのは初めてだった。だから、他人を幾らでも犠牲にするやり方で何とか彼を休養に「追い込み」たいと思った。多大な労力を掛けてまでのナフェの一大プロジェクトは、こうして功を成す結果となって彼女の目の前に崩れ落ちている。

 そして、彼が自分の思い通りに動いたことに少なからず優越感と嗜虐心が湧き上がり、同時に体の奥底からふつふつと茹だってきた熱い感情にも身を預けたくなる。だが、いけないのだ。全てが終わった後なら、ホワイトが目覚めた後では無いと、自分が自分のままであり続けないと。そんな意味を伴わない言葉の羅列が頭を駆けまわったりもする。

 本当にわけの分からない感情の渦がナフェを蝕み、その最終的な幻像として彼女の頭の中に浮かび上がったのは総督の姿―――のすぐあとにずっと彼の姿が焼き付いて離れない。

 あの時、血を飲ませて貰ったから。一緒に旅をしたから。こうしてストックと共同して、友達も何人か作れるようにお膳立てしてくれたから。様々な思い当たる光景が集結して、何故か、彼の為に何かしなくてはならないのではないかという結論を導く。

 

「あーあ、あたしもおかしくなっちゃったなぁ」

「ナフェさん、どうしました? 彼は我々で近くの寝室に運んでおきましょうか」

「ううん。それよりも被験者の意識が戻った後のデータを取っといて。後はまとめて新しい理論でも何でも考えてればいいよ」

「……分かりました。ではそのように」

 

 近くに来た研究者を適当にあしらうと、彼女はぐったりと眠る彼の体をその腕で持ち上げた。いつしか、暴走していたとはいえ彼と真正面からぶつかった時の事を思い出してもらえれば、彼女が軽々と大人に近い外見の男性を運ぶ光景は想像しやすいだろう。

 そして、同時にまた衝動が湧き上がってきた。持った時に彼の頭からハラリと抜け落ちた数本の髪の毛を口にくわえると、咀嚼して飲み込む。味としてはたまったものではないが、それと同時に流れ込んでくる情報や彼自身も知らない様々な万象事象は恐ろしく質が高い。

 総督が目指すものとは違う「最高のネブレイド」。そう言ってしまえば一言で済むのだが、ならば僅かながらも、彼の肉体の一部を体に宿したことで込み上がる安心感は一体何なのだろう。彼から情報を喰らう度、その大きな安息は親の腕に包まれるような錯覚さえある。ナフェには、明確な親と呼べる存在がない筈なのに。

 

「ふんふ♪ふんふー♪」

 

 だからこそ、あの歌でも口ずさんで己の心を平静に。別の事に気を回しておかなければならない。いつまでもこの様なスパイラルに陥っている場合では無いのだから。

 彼の「情報」を当てにするなら、総督が正式にホワイト探索の指令を出すまでは残り1ヶ月。これまでジェンキンスやマリオンに協力して日々を過ごしてきたこの身としては非常に短い期間だが、例の作戦とやらが準備されている現状、このUEFのストック達を逃がす為に自分の能力を総動員させなければならない。他のエイリアン程度なら同じく彼の一部をネブレイドしたマズマ以外は簡単に下ろせるだろうが、問題は総督。

 

 問題が山積みだな、と独りごちた。

 

「愛の歌、なんて偽名名乗っちゃってさ。あの方は何を願ってたんだろ」

 

 彼女の疑問は、ただ虚空へ消えていった。

 





ということで、ナナがまさかのホワイト化?
まだまだ疑問は尽きないお話でした。
次回に最後の導入を終えて、ようやくB★RS The GAMEの本編に入っていきたいと思います。

動き出すホワイト(ステラ)。まったく旗色の変わった未来に待つものとは―――?

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