カウントダウン~A HAPPY NEW DAYS~ 作:幻想の投影物
「へい、親子丼お待ち!」
どんっ、と厨房の奥からドンブリが手渡され、美味そうな匂いを放つそれをトレイに乗っけた子供は心待ちにしていたと言わんばかりに母の元へと走って行った。熱いから気をつけろ、と彼が忠告すると律儀にも子供は振り向いてはーいと手を振ってくれる。その後すぐ、落としそうになったどんぶりを母親に支えられて怒られていたのだが。
「さて、次は―――」
「私だ。先ほどの子と同じのを頼む」
「…あいよ!」
不意に聞こえて来た声に少々戸惑いを感じたものの、次いで注文が来る時の為に取っておいた分をさっさと鍋に放り入れ、先ほどの子供の数倍はあろうかと言う量をギッチリ詰め込んで行く。そのため、米の入っている器もどんぶりどころかボウルだったのだが、彼女のならその程度は気にしないだろうと思い、次々と材料を投げ込んで行った。
「ちょっと鶏肉追加ぁ! そっちに処分前の一昨日のがあっただろー!」
「あ、あれを出すって…いいんすか?」
「そう言うのまったく大丈夫な奴らしいから問題ないない。つか、そっちもタワー作ってんだから早く動いとけ!」
「了解っす、料理長!」
とやかく言う後輩を黙らせ、普通の料理人なら絶対にしないであろう、食材を投げて渡すように言う。全ての人類が此処に集結していると言うだけあって、ここは調理の時間を少しでも減らす為にそうしてぞんざいに食材を扱ってしまう方法が容認されてしまっているのだ。
放物線を描いて飛んできた鶏肉の袋を空中で引っぺがしてまな板に乗せると、人間一人分の口ギリギリの大きさまでズバズバと適当に切って行く。抵抗するであろう感触は一切見受けられず、彼は特有の超人的な筋力でそれら全てを一刀のもとに斬り伏せた。
まるで仇を切るかのような所業を終えた後、数分ほど肉を焼き、十数個分の溶き卵を加えて蓋をして数分。そして残りの卵を入れてまた十秒ほど煮る。最後にその中身をボウルの中の白米に乗せてボウルを握ると、厨房に振り返った。
「すまん、ちょっと古い友人と話してくるから厨房任せた!」
「はぁああああ!? ちょ、まだまだ力仕事残ってるっすよ! どうするんすか!!」
「お前らでも十分できるだろー? なぁに、PSS部隊全員分の大鍋なら十人で協力すれば持てるって」
「そんなに人割けないの分かってて何言ってんだ!?」
「んじゃ、後はシクヨロ」
英語的にby goodとでも言っておいたのだが、また変な言動を言い始めたかと自由奔放ぶりに頭を悩ませるコックたち。見習いの後輩は力仕事を全て自分に押し付けようと思っていたのか、
さて、そんなある意味濃い面子が揃っている厨房を抜けて、白いコックコートのままに彼は注文の品を持って注文した人物を探した。半径500メートルもある広場の辺りを見回せば、そのど真ん中のテーブルに自分こそが優雅だと言わんばかりに座っている目標の人物の姿。あいも変わらず馬鹿じゃないのかと思わずには居られない彼女の元へ、彼は歩いていった。
「ご注文の品は、親子丼スペシャル(腐肉寸前)でよろしかったでしょうか?」
「間が気になるが、それでよい。さぁ、早くおけ」
彼女の尊大な言葉に従い、ドンッ、と大地を揺るがすかのように巨大な質量を持ったソレをおく。途轍もない卵の匂いと、鶏肉の香りはまさしく親子丼。ただ、そのボリュームは他と比べるべくもない。
それは、どんぶりと言うにはあまりにも大きすぎた。大きく、只管に大きく、重く、そして材料が大雑把過ぎた。それは、正に親子丼だった―――
「デカいな」
「そりゃデカいさ。ありったけ色々ブチ込んだからな」
給仕の口調もどこへやら。旧知の友人に話しかけるように巣にもどった彼は、彼女にさっさと食えと言わんばかりに肩をすくめて見せた。
「では、いただこう」
がつがつがつがつがつがつがつがつ。
「ところで、何でまた突然?」
「なに、私が来たくなっただけだ。ソレの何が悪い?」
がつがつがつがつがつがつがつがつ。
がつがつがつがつがつがつがつがつ。
「にしても、誰もお前に気付いて無いな。しかも俺まで無視されてる? おーい、ナフェ~! マズマ~!」
「聞こえないだろう。私の力の及ぶ域を感じ取れる者などいない」
がつがつがつがつがつがつがつがつ。
がつがつがつがつがつがつがつがつ。
がつがつがつがつがつがつがつがつ。
「作った側としては明利に尽きるが……よく食えるな」
「ストック一人分の体積よりは少ないだろう?」
「あー、ソレモソウデスネー」
「私が話してやっていると言うのに、つまらない男だ」
がつがつがつがつがつがつがつがつ。
がつがつがつがつがつがつがつがつ。
がつがつがつがつがつがつがつがつ。
がつがつがつがつがつがつがつがつ……ごくん。
「ふむ、中々だった」
「自分以外が興味無いくせに喜んでもらえて恐悦至極。なんてな」
「虫唾が走る。お前が下手に出る姿を見せるな」
「評価が酷すぎる」
ボウル(大)を置いた彼女は、改めて此方に振り返った。
腰まで届く、長さの違うツインテール。どこまでも白い衣装に、瞳の色が合わさった様な赤いライン。肌も髪も靴も服も、白く染め上げることでこそ己であると主張するかのような存在そのもの。他の誰もが彼を含めて彼女が此処に居るとは気付いていなかったが、UEFも杜撰な警備だと言わざるを得ない。
敵の総大将が、部屋のド真ん中で飯を食っていたのだから。
「で、何が目的でまた?」
「マズマの単独行動、ホワイトの発見、ホワイトの起動待ち……他に述べようか?」
「いや、目的が無いってのが十分伝わった」
「それでいい。中々に私を理解しているようだな」
我こそが頂きであると言わんばかりに目を細め、彼を見据える彼女。
一年もの間共に旅をし、時には星を共に見つめ、時には殺し合い、時には追い掛けあった輝かしい…かがやかしい……かが………嫌な思い出が彼の脳裏をよぎったが、その度に喰わせろ喰わせろと腹をすかせた子犬の様な目で見てくるのがどうにも罪悪感を沸き立たせ、同時にあまりにも演技だと分からせる目の奥に在るドス白い光にどうしようもなくめんどくささが湧き上がってくる。
いっそ、ナフェの様に最初が馬乗りから始まる捕食があってもいいのだが。そこまで考えた時、何でこんなのに劣情のイメージを持ったんだと自分の無駄な
「そうだな…ホワイトの調子でも見ておくとしよう」
「案内しろと?」
「そうだ。ザハ達にはホワイトの場所を探させていたが、どちらにせよ見つけた以上は部下に言わず私だけが楽しむことが第一。名誉なことだぞ、お前が案内を仰せつかる事はな」
「今度は岩じゃなくてこの手でぶん殴ってやろうか」
既にナフェも人殴りしたことがあるため、女の顔面に拳をブチ込むことに最早躊躇は無い。例えその先に顔面が物理的に粉砕される未来が待っていようとも。
だが、対する彼女はそれさえも余興の一つであるかのように高笑いすると、相も変わらず誰にも認識されないまま堂々と広場の出口を通って行った。彼の手を引きながら、どこまでも、愉しそうに。
研究棟は密集し、高められた技術力が生み出した危険な兵器や、ナフェやマズマなどが協力関係を結んだことで新設された「エイリアン対策用捕獲サンプルエイリアン解剖実験生体アーマメント研究室(愛称募集)」、メンバーが二人しかいないのに成り立っている「ネブレイド研究愛好会(メンバー討ち取ったり!)」などの怪しげな、いや怪しすぎる部門の研究室がまだ数十も乱立していると言うだけあって、一般人やマリオン司令官でさえ命令で無い限りは入り込まない魔界であり、腐界だ。
そこに入り浸るジェンキンスは人類最高クラスの貢献者でありながら、同時に一般の人間からは「マッドサイエンティスト」「
そんな人外魔境を塗りつぶすが如く、圧倒的な存在感を発しながら歩く白がいた。逆に傍らに居るしがないとも言い切れない阿呆の様な力を持つコックはどんよりと肩を下ろしながら彼女に手を引かれて付き添って行く。
その様子を見ることが出来る者がいるなら微笑ましい物として見るかもしれないが、事実、彼女に握られている箇所は青紫になるほど変色しており、今にも引き千切られんほどの激痛が常に彼の手を襲っていた。此れを代われと言う者がいるなら今すぐに変わろう、だが、自分の手どころか上半身と下半身が物理的に泣き別れてもいいのなら、という文句がつくだろう。
「ジェンキンスの研究室はあと右の部屋を二十六個先。人類最後の希望が収められている
「そうか。ふっ、顔を見るのが楽しみ―――」
「チョイ待て。棺開けたら調整前のホワイトは死ぬぞ? 冗談抜きで」
「……なんと」
「なんと、じゃなくて。まだまだお前になる前の、製造中のクローンと同じ扱いだってこと分かって無かったのか?」
その言葉を聞いて、彼女はふむと左手を顎に当てた。
「管か何かを体の至る穴と言う穴に差し込まれ、口からは無意味な喘ぎ声を洩らしながら体の中をいじくられているのかと思っていたが」
「うわー聞く人によっては誤解を招きかねない内容ですねー」
「なんだ、反応は無いか」
「俺がメインターゲット!?」
などという茶番が続く中、本当に目の前にいた警備員にすら、数多の科学的センサーにも引っ掛かる事は無く、棺の部屋の前までやって来てしまった。中に入ろうとして何処にも取っ手らしき物がない事に気付いた彼女が辺りを見回すと、壁の横によ~~~く見なければ認識できない程浅くほっそりとした線が入っていることに気付いた。
「これか」
おもむろに手をかざすと、それは不思議な力の前にひれ伏してあっさりと防壁を開け、壁に埋め込まれた操作パネルを露出させる。指紋と眼球の人物認証システムが鍵となっていたが、彼女の小さな投げキッス一つで未了に掛かったように契機は「CLEAR」の緑文字を浮かび上がらせ、門外不出の天岩戸を開け放つ。
二十四時間稼働している機械の熱を下げるための冷気がふわりと流れ込み、常人ならそれだけで体を震わせるものをモノともせず、二人は――一人は無理やりだが――部屋の中へ入って行った。一か月前まではナナや他の地域で生き残っているグレイシリーズの記憶野浸食を解決するため、ジェンキンス主導の元データを睡眠もとらずに取り続けていた。だが、今はそれらも検証段階に入っており、このホワイトの事を気に掛けている人物はいない。それを見計らって、彼女はこの時期に尋ねて来たのだろうか。
「……ほう、顔立ちは私と似ている。体つきに髪質も瓜二つだが」
「黒い髪と瞳の色。そして肌と経験?」
「そうだ。まだまだ足りない。前にネブレイドしたグレイにも劣る」
ふ、と笑った彼女は満足気な表情を浮かべていた。旅の時でさえこんな顔をほとんど見せなかった彼女にとって、この途中経過は必然であり、我が子を見守るが如き嬉しさだったのだろう。
彼はじゃあさっさと出て行け、と心から言いたい衝動をぐっとこらえると、その代わりの言葉を告げる。
「ナフェに会って行くか?」
「いいや、必要ない」
「なら」
そこまで言って、彼の口は繊細な指に防がれた。
「それを言うのは私の甲斐性だ。少し、散歩にでも付き合え」
「…お前は男らし過ぎだ。せっかくのガタイの良い男が型無しだ」
「知っているぞ、貴様らのサブカルチャーでこう言うのであろう? 漢女、と」
「嫌な事言うんじゃない。…ま、最後までお付き合いさせていただきますよ、お嬢様」
げっそりと頬をヒクつかせた彼は、心機一転彼女に握られた手を恭しく掲げた。
その行動に彼女は先ほど言った通りだとそれだけ告げると、彼の手を握りつぶす様な握力ではなく、普通に触れ合う程度の力にまで落とす。
「エスコートしてみろ。貴様が男だと言うのならな」
微笑と共に言って見せた彼女は、やはり美しい。
どこまでも完成された彼女の笑顔を受け、挑戦的に彼は笑い返した。
「それじゃ、ちょいと荒々しいお空の旅へご招待」
言うや否や、彼は彼女をぐっと引っ張り、俗に言うお姫様抱っこの形で持ち上げる。新しい趣に興味深げな彼女の姿は、次の瞬間には件の部屋から消え去っていた。否、消えたのではなく超人的な速度で即座に移動していたのだ。
さながら、敵国の王子に駆け落ちした王女の如く。敵はいないが、疾走する突風をそよ風のように感じる彼女を抱きかかえたまま、彼は時には壁を、時には天井を走り抜けて研究棟と別の棟を結ぶ連絡路にまで駆け抜ける。光が棚引き一本の線となり、視覚効果を越えて作りだされた誤認識のアートは未来へ続くタイムトンネルを通っているかのようだった。
駆け抜けた先、光が差す出口へと飛び出すと、最も遠くまで届く光の色で染め上げられた夕焼けの中庭が出迎えた。彼の手に包まれたまま手ごろな果実をもぎり取った彼女は、次の瞬間には誰かに支えられた浮遊感を感じる。
「じっくりと見つめれば…また、よい」
彼女の言葉は空気に切り裂かれて他の耳に届く事は無かったが、彼だけはそれをしっかりと聞きとっていた。
離れていく大地。どんどんとズームアウトして行くUEFの広大で巨大な建物と敷地。全世界に届くように作られた巨大なPSSの電波塔以外は、平坦で屈強な一階建ての核シェルターとして作られた建築物。それら全てが一度遠くなり、落下の様子でまた近くなる。
彼はもう一度地面に足をつけると、落下の力と自分の足の力。そして大地そのものに流れている絶大なエネルギーを足の裏に感じ取り、地球そのものから放り投げてもらう。すると、先ほどよりもずっと高く、それこそ宙に手が届くほどに高く二人は放り投げられた。
「そら」
「お、気がきくな」
彼女が手をさっと振ると、その先に会った彼の手に林檎が納められる。同時に、彼の足元には見えない足場が出現したようで、最高の高さにまで昇った時に足に硬質な感触を感じた。
白いコックコートに包まれた彼は、どこまでも白い彼女と共に宙空に座り、足を投げ出して林檎を齧る。
「促成栽培でも、美味いもんは美味いな」
「そうか? 前世紀の林檎の方がまだ果汁が染みていたぞ」
「もう忘れちまったよ。覚えてるのはお前らぐらいだ」
他愛のない言葉を交わしながら、しゃくりと林檎を齧って行く。
そのうち、月のある場所が分かった彼は其方に対面するように向きを変え、彼女のそれに従って月を向く。
「はたして、二人の強者に視線を向けられた月の心境は如何に。なんてな」
「星そのものが意志を持つか。それもまた、一興」
「興味が尽きない、自分の興味を満たすべく。そんな生き方が羨ましいもんだよ」
「ならば貴様も求めればいい」
なんてことは無いかのように、彼女が言葉を押しつける。
それは蠱惑。淫らで優美で、どこまでも抗いがたい魔の蜜の匂い。
だが、彼は首を振った。
「生憎とそうはできない。俺はまだまだ人間でな、他に同じ人間がいないと生きられない」
「群れる生き物の本能、と言う奴か。枠組みにとらわれたばかりでは自由に生きられんぞ?」
「それでいいんだよ。ある程度の縛りが無ければ、どんな生き物でも先に進む事は出来ない。魚が水を必要としなくなったら? ヒレは無くなり、泳ぐ尻尾も必要じゃなくなる。そんな寂しい、無駄がない世界なんてつまらないさ」
「完全を求める事の何が悪い? 私は私を喰らいたい。私は、完全である私を喰らう事で更なる上を目指せると確信しているぞ? ただの興味から出た結果ではあるがな」
「…そんなお前に、一つの言葉を送ってやるよ」
「ほう」
言ってみろ、と視線で語る彼女に彼は応えた。
「人の不幸は蜜の味」
「……成程。確かにそれは、無ければ詰まらんな」
「お、天下の総督様にしては諭されるのが速くないか?」
「私は正しいと思わなければ何時でも自分を変えていく。代わりが無いのがネックだが」
「その代わりにホワイトを据える、とでも?」
「まさか。ネブレイドを持たず、それで私に近いホワイトにそんな重圧を背負わせるつもりは無い。私は自分自身をネブレイドするとは言っているが、それは本当の私で無ければいけない理由は無い。…ふむ? この考えを持っている時点で、完全では無かったか」
「どうにも、自分のこととなると気付けないのが生物なんだな。それはどこの惑星でも同じってか」
「違いない」
最後の林檎を齧り、芯だけになったソレを地上へ捨てる。
一直線に落下して行く二つは、風にあおられ別々の箇所へ落ちて行った。
「…じゃ、俺もそろそろ仕事の続きだ」
「私も久しぶりに話ができた。満足な時間だったぞ」
二人もまた、林檎の様に別々の場所へ帰って行く。
一人は地上へ、一人は月へ。
見上げる先と見下ろす先。決して交わる事は無いと言うかのように。
彼は、ぽつりと呟いた。
「――――」
彼女に届いたのか?
……それは、彼らだけの秘密である。
「料理長! も、戻ってきたんなら早く手伝って……!」
「おいおい三人で持ち上げようとするなんて自殺願望でもあるのか?」
「人手が無いのは知ってるでしょう!?」
癇癪を起したように叫ぶ新人に悪い悪いと頭を下げる。また平穏な毎日が始まるのだなと思う傍らで、自分には時が近づいてきているのが分かっていた。運命の日が来るまで後、2ヶ月を切っていたのだから。
未来は白紙。
その色を塗るのは、新たな白か?
視界に見えるのは、限りなく続く―――意識が暗転する。
ちょっと変わった二人の関係。
敵であり、殺されかけて殺し合って、それでも普通に会話が可能。
不思議な二人を見る人はいない。
世界は、その二人だけを切り取ってしまっているのだから。