カウントダウン~A HAPPY NEW DAYS~   作:幻想の投影物

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申し訳ありません。
非常に遅れました。


日常激進へ

「構え! 射ェ―――!」

 

 仮司令官の号令で一糸乱れぬ動きで全体が武器を構える。

 「的」の居る場所へしっかり照準を合わせた事を確認すると、各々の判断で一気に引き金を引きしぼった。そして吐き出される実弾が的へと一直線に向かうが、どれもこれも的に当たる事は無かった。

 これはPSS全体のエイム能力が低いと言う訳ではなく、的が動いてしまう事が原因だった。その鉛玉の雨に晒されながらも決して流れ弾でさえ一発も被弾しない的。その名を―――マズマ、と言った。

 

「くそっ、オマエら手加減も無しか!?」

「的はキリキリ動いてろってば~。一発ぐらい当たってやったらいいじゃん」

「オマエは気楽でいいよなぁ…ナフェェエエエエッ!」

「オラオラてめぇらぁっ!コイツに当てた奴は今晩好きな物一品作ってやるって言ってんのにその程度か!?やれる、まだまだやれるぞPSSは!!もっと、もっと熱くなれよォォォォォオオオオオッ!!」

『おらぁぁああああああああああッ!!』

「そこの料理人、オマエも煽るなぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 必死の表情で叫びながら、常人では黙視できない程のスピードで動きまわるマズマ。

 だが、研究棟の連中が暇を持て余して作った「エイムゴーグル」のおかげでPSS部隊の訓練兵は全員動きを追うことには成功している。後は長年のアーマメントとの戦いで養われた直感と実力でマズマを仕留めに掛かっているのだ。その中でも純粋な食欲の為に動いているメンバーはマズマの動きを全力を出して追っていた。彼らの頭の中ではアドレナリンがドバドバ分泌されているだろう。

 こうしたどちらもが無茶にも近いエイリアンとの対戦を想定した訓練では、PSSメンバーが主力の「彼」や味方になったエイリアン達に注意をやっている間に後方支援として銃撃を加える、という事が重点に置かれている。現在はどこぞの馬鹿が煽ったせいで正に鉄の雨状態になっているが、実際の想定訓練ではアサルトライフルではなくスナイパーとしての技量が問われる事になっている。

 

「やっとるようだな、感心感心」

「はっマリオン司令官、現在PSSはマズマを仮想敵とした訓練を行っております」

「ふむ、ではナフェ君は何をしているのかね」

「マズマの見っともなく逃げ回る様を見ていたい、とのことでありますっ!」

「それは感心できんな。後でギリアン殿から説教を頼んでおこう」

「うげっ!?」

「女の子がそう言うのはイメージ崩れるぞー」

「平和だなチクショォオオオオオ!」

 

 ほのぼのとした会話を送るマリオン司令官と彼、そしてどうにも頭の上がらないギリアンの説教が待ち受けると知ったナフェの様子が聞こえているマズマは、不遇すぎる自分の扱いに胸いっぱいの悲哀を込めて叫びを上げた。

 あの時、病室で自分が感じた高揚感は自分が新たな主人公になるためであり、決してこう言ったピエロもといギャグキャラとしての役回りでは無いのだ。だがそう思っている間にも当たったらただでは済まない鉄の雨が襲ってくる。いよいよ濃くなってきた弾幕に耐えきれなくなったマズマは、虚空から自分の武器を取り出して思いっきり前方を薙ぎ払った。

 

『おわぁああああああ!?』

 

 その際に生じたソニックムーブと風圧でPSSの訓練兵は吹き飛ばされていく。

 中に混じっていたフォボスなどの先輩はマズマが剣を取り出した瞬間に遮蔽物に身を隠してやり過ごしていたが、まだ徴兵してから1年とたっていない新平達は恐ろしいスピードで動くマズマを見えていたという慢心から突如として起こった事態に対処しきれていない。

 これは基礎訓練をやり直しだな、と零した声がマリオンから聞こえた彼は、基礎と言う名の鬼訓練に放り込まれるであろう未熟者達に合掌を送る。とはいえ、それだけで別にかわいそうだとも何とも思っていないのだが。

 

「痛っ」

「っしゃぁ、当てたぁ!」

「ふ、ふざけるなストック如きが!!」

「おぉおおおおお!?」

「む、ロスコルも基礎追加…っと」

 

 いつの間にかロスコルが当てていたようだが、結局グルメレースに勝って嬉しかったのか立ち上がり、マズマの反撃を喰らってしまう。そんな感情的な行動をしてしまったばっかりに、彼もまたマリオンの生贄に捧げられる命運を辿ってしまったようだ。どちらにせよ当てていたので夕食分は好きな注文を聞いておくが。

 

「まったく、頼みがあるからついて来いと言われてみれば…酷い目に合わされたぞ……」

「お疲れぃ。まぁそう言いなさんな、お前にも好きなもん作っちゃるけんのぉ」

「何処の訛りだ。……マカロニグラタン」

「ご注文承り。司令官、んじゃ他の含めて仕込み入るんで後は任せました」

「うむ、今日も上手い夕飯を頼んだぞ」

 

 では、と敬礼をして文字通り姿を消した彼は、一秒遅れて空気を押し流しながら厨房側の棟へ向かった。マズマの襲来以降、もはや隠す事も無くなった超人的な力を使っている彼の様子を見ると、彼なりに肩の荷が下りたのかもしれないなとマリオンが苦笑する。彼も何とか人間側の役に立つ為にも気を張りつめ過ぎているような印象を受けていたので、こう言った変化は嬉しい物だとも思っていたのだが。

 

「今度は少しばかり元気すぎるのではないかな」

「…アンタも苦労してるのか?」

「オラ新入り、司令官に向かってアンタは頂けねえぞ」

「どぉっ!? ックソ、何しやがる」

「ハンッ」

 

 引っぱたかれた箇所を抑えながらマズマがフォボスに吼えるが、知った事かと言わんばかりに鼻を鳴らされる。実力的にも何時でもフォボスは死の危険にさらされている筈だと言うのに、どうしてこう自分に逆らえるような態度をとれるのかを心底不思議に思っていると、クスクスという笑い声が屋根の上から聞こえて来た。

 

「けっこーあんたも染まってるじゃん。何、もう絆されちゃってんの?」

「黙れナフェ。いのいちに敵対したお前が良く言えた物だな…」

「あたしは元々そう執着も無かったからね。生きてられるなら儲けもんでしょ」

「…どこまでも生に執着しているくせにな」

 

 マズマが吐き捨てた言葉に反応したのか、屋根の上からダンッという音が響く。それっきり、ナフェが乗っていた屋根の影も無くなっていた辺り、的確にマズマは彼女の琴線に触れてしまったらしい。

 何とも言えない雰囲気になったこの場には重苦しい空気ばかりが流れるのだった。

 

「……さぁて我らが人類の敵に立ち向かうPSSの諸君! 今回の訓練は一旦中断としよう。小休憩の後に六番グラウンドに集合、細かい指示は中隊長から受け取ってくれ。では、解散!」

 

 マリオンの号令と共に、先ほどまで固まっていた兵士たちが命を吹き込まれた人形のようにぎこちなく動き始めた。その誰もが余りマズマと目を合わせようとはせず、時折顔を見ては労わりの視線を向けるばかり。そんな生温かい雰囲気に包まれてしまった彼は、結局その場から全員の姿が無くなるまで、動けるようにはならなかったとか。

 

 

 

「ったく、アイツらっ!」

 

 ドンッ、とビールの入ったジョッキが荒々しくテーブルを叩いた。それでも頭のどこかは冷静になって手加減はしていたのか、エイリアンの力でもジョッキやテーブルに傷は見当たらない。そんな荒々しいマズマの様子を近くの一般女性はあらあら、とでも言いたげに眺めているようだが。

 マズマは視線をものともせずジョッキを煽る。流石と言おうか、中身は見る見るうちに無くなって行き、その原料であった麦芽の記憶が流れ込み、体の中で葉緑体にも似た物質が生成されていく。その慣れ親しんだ奇妙な感覚に体を預けていると、聞き覚えのある声で会話をやり取りする集団が近付いてきていた。

 

「マズマ君、今日の訓練はもういいのか?」

「あれを訓練と言うならな。何のために引っ張り出されたのかもわからん…まったく、此処までストックは訳のわからない奴だとは思わなかったさ。ネッド・トランシーのような素晴らしい生きざまばかりではないと、分かっているつもりだったがな」

「くだらない人間がいてこそ調律がとれるのだよ。私の様に頭脳が特化した者や今は亡きスポーツ選手と言った存在の様に、何かしらの才に溢れる者ばかりでは今頃この世界は壊滅しているだろう。君達も分かっている筈だ」

「…進化の行きつく先は死に他ならん。それを避けるため、俺達はネブレイドを使える進化をした。その細胞に他の進化の情報を取り込むことで生物としての本能を損なわないまま……」

「それは興味深い話だ」

 

 言葉の通り、正に興味津々と言った様子でこの人類最後の砦の頭脳、ジェンキンスはお子様ランチを抱えながらマズマの隣に座った。ケチャップで赤くなった炒飯が盛りつけられ、登頂にささっている妙にリアルな質感の旗が何とも場違いの空気を醸し出している。

 だが、スッとスプーンでその山の一角を削り、旗を倒さないよう器用な食べ方をしながらジェンキンスはマズマへの質問を続けて行った。

 

「ネブレイドは我々生身の生物には無く、そして君達の体は生体アーマメントと言う機械の交じった生命体。此れも何か関係しているのかね?」

「…まぁ昔を思い出すのも悪くない。そうだな、当然ながら俺達の居た銀河では元々は普通の生物、ましてや体に鉱物や機械を付けているヤツなんて誰も居なかった。だが、分明ばかりが発達し、生体アーマメントの技術が確立された頃、ようやく窮地に追い立たされている事に気付いたんだよ」

 

 不思議な事に倒れない炒飯の旗を見ながら、マズマは人間にも憶えがあるだろう? との問いかけを含んだ視線を投げかけた。

 

「ふぅむ…資源の枯渇、だね」

「そうだ。宇宙進出が可能になり、幸いにも近くには複数の知的生命体が惑星に住んでいた俺達の銀河では、技術の確立と競争が当たり前の世界だった。そのせいで普通の奴らも量子変換や独自の法則にもある程度は精通していたんだが…その競争が激し過ぎ、新たな論文が確立する度に何億の検証を行った辺りから、資源の問題は見えていたようだがな」

「まるで見て来たような言い様、つまり君達の代で―――」

「生体アーマメントの技術が使われ始めた。何億の実証・失敗・成功を繰り返してな。俺はその中でも奇跡的(・・・)に生き残った実験体。試されたのは視神経に関する部分だ。そこを、俺はあの方に…総督に拾われた」

 

 ―――来い。

 なんの飾り気も無い一言。たったそれだけで、当時マズマの心は魅せられた。

 だが、その熱も今となっては冷めている。この地球に来るまでの百数年前、彼女がどうにかして自らを食す方法を確立しようと思案し始めた辺りから、彼女の手によって新たに生まれる世界の、マズマが望む真っ白な世界を見ることが出来ないと直感的に感じていたからかもしれない。

 彼女の為に殉職、そこまでの考えはあれど、本当に命を掛けるのかどうかは常に精神の奥底でストッパーを掛けられていた。だが、今となってはその引っ掛かりはない。引っ掛かるモノそのものが無くなっている。

 最早、他人の手による新世界に興味はない。

 己の世界は己が掴み取る物。

 他人が作り出した物に、真に己が理解することなど出来ないのだ。

 

「なあ、ジェンキンス(・・・・・・)。俺は此処に居るのか? 俺は何かを作り出せているか? 俺の世界は、この手に存在しているのか? …決して、埋め込まれた物ではないと言い切れるんだよな?」

「……生憎、私は科学者だ。精神論はお門違いの理屈と理論を並びたてる、不確定的なものには確立すると言う意志が無い限りは手を出さない主義さ。だけど、君の投げた問いに関して言えることは――――」

 

 片眼鏡を押し上げ、その(ひかり)はマズマの目を射抜く。

 

「“迷っているなら、君もその程度”。たったそれだけの事さ」

「そうか……すまな、……いや、感謝する」

 

 その言葉に何の関心も持たないかのようにふるまい、彼は点滅する光を放つ端末を取り出した。

 

「……さて、リトル・レディからのデートのお誘いらしい。手術室に向かうとするよ」

 

 白衣をはためかせ、颯爽と立ち去るジェンキンス。

 マズマはただ、一言も発さずにその背中を眺めていた。

 

 他人から見ればこの情景が、映画のワンシーンの様に思えると言えばそれまでかもしれない。実際、マズマもこの様に他人から少ない言葉で意志を伝えられたのは「彼女」以来の事であるし、現状に関して此れまでの様な劇的な感傷を感じていなかったと言えば嘘になる。

 しかしそれ以上に、彼の心には一つの波紋が生じていた。

 一つの投石だ。そこから生じた波紋。以前に「彼女」から投げ込まれた巨大な石の起こした波紋が、一つの小さな、ストック如きの投げた石の波紋に中和されている。

 しかし、それはジェンキンスの物だけでは無い。此処に来てから出会ってきた全ての人物。最初に接触した「彼」の仲間と言う言葉。此処で初めて見たナフェの感情をむき出しにした表情。ギリアンという老いた女性から受け取った親しき愛情。マリオンから感じ取れた父性。それら全てジェンキンスの「言葉」と共に一斉に投げ込まれたかのような錯覚に陥っていたのだ。

 無論、それは感動と言う類ではなく、正しく心を掻きまわす様な所業。暴力的と言っても差し支えのない感触に、しかし初めて感じたこの奇妙な波紋は、マズマという自我をも振るわせた。

 

 此れまで下げていた顔をゆっくりと上げ、騒然たる雰囲気となってきた研究棟員が愛用する第2番大広間の光景を目の動きだけで見渡す。約180度にも満たない景色の中には、それでも人々の活気と言うものが感じられた。

 

 これだ。これかもしれない。

 いや、

 「此れ」に違いない。

 

 ようやく掴んだのだろう。知らずマズマの手はぐっと握られていた。

 そこで、マズマは新たな事実に気付く。過去を他人にぶちまける事で新たな世界を見出すことが出来たと、そう言ったシーンは在り来たりながらもほとんどの映画に盛り込まれている感動的なワン・シーンだ。

 では、何故そのようなシーンを入れる? 主人公やキャラクターの成長や、そこに至る心理の変化を描く事で、視聴者にもそれを知らせるためではないか?

 その問いは、自らに投げかけて一秒とたたないうちに理解した。

 

「……在るんだな。ここに」

 

 在る。

 そこに在るだけ。

 実在の事象。現実の事。

 本当に、そう言った成長は誰でもできるからだ。成長は人間だけじゃない。自らの過去に気付くことが出来れば、エイリアンであってもその先に何かを見つけることが可能だと、無意識の中で全員が理解していて、誰もが見つけたいと思っているからだ。

 例えそれが、映画と言う創作の中でも、例え自分の事では無くても、そう言った「何かを掴む」という光景を目にしたいからだ。誰もかれも、己が良い方向へ変わっていきたいと願っているから。

 

「ありがとう、ジェンキンス。ありがとう、ストック……。まさしく、お前らはストックだ。……こんな所に留めておくのは、勿体ないほどだがな」

 

 ニィ、と彼のサメの様な歯が引き裂かれる。しかしどこまでも邪悪で、どこまでも純粋な笑みを浮かべながら、マズマはこの世の全てに感謝をささげる。最早その瞳が見る先は、スコープに見えた先の光景では無い。

 彼が掴んだ、「未来」。

 

 

 

 

 ぴちゃ。

 粘り気を帯びた赤い液体がパックの中を滴り落ちる。

 ゆっくりと、しかし確実に中身が満たされていく輸血パックの中身は、新鮮すぎる黒みを帯びた血液が供給される先から延々と絞り出されていて、その吸い続けられている人物はと言うと、何事も無いかのように、地面に足を空で遊ばせながら台座に座っていた。

 しかし、しかしである。

 彼女には二点…いや、この光景には三点ほどおかしな点がある。

 その一つは、彼女は裸でそこに座っていると言う事。未発達な体系をした裸体が晒されている光景は異様と表現するしかなく、しかし彼女はそれさえ何ともないかのようにふるまっている。

 もう一つは、彼女の腹。普段肌色が存在するべきその腹は赤く染まっており…いいや、表現を変えた方がいいだろうか。彼女の腹は「裂かれていた」。切り裂かれ、臓物が露出した状態だったのだ。だと言うのに、彼女は呑気にも鼻歌を歌っている始末。

 最後に、異様と評すべき点は彼女のその腹の中に医療器具を突っ込んでいる男。怪しく光る眼鏡と彼女の体の中身をそのメスで切り裂いていく行為に悦楽を感じているらしく、新鮮な臓物が一つ、また一つと斬りだされていく度にその臓器を宝石でも見るかのように大事に扱っていた。

 

 そんな異様な光景だが、実はこのUEFでは日常茶飯事の出来事となってしまっている。それは前回のマズマもそうであったように、また彼女…ナフェも同じく提供をしているのである。己の臓器というものを。

 そしてソレを取り出す男の名はお馴染み狂気の科学者(っぽい)ジェンキンス。だが嬉しそうな表情をしているのは内臓を取り出した事に悦びを感じているのではなく、純粋にナフェの臓器が運び込まれてきた難民の少女に合う大きさだったという喜び。また一つ、この手で命を救う事が出来る達成感から来るものだ。

 

「で、だいじょーぶなの?」

「君の協力のおかげだよ。後はこれを移植しておけば問題は無いだろうとも」

「しっかし、ストックも脆い作りよね。一度壊れたら二度と生えてこないんだしさ」

「普通の生物は高速再生などと寿命を縮める能力は持っていない。君とて分かっている事だろう?」

「まぁね」

 

 まるでソーセージを手に取るかのように軽い手つきでデロデロとはみ出ている腸を自分で詰め直すと、ナフェは腹の大穴を無理やり手で閉じて数秒ほど蹲ったまま沈黙を保ち始めた。それからゆっくりと瞼を開けて大きく背伸びをすると、彼女の裂かれていた筈の腹は血糊こそ残っていた物の、跡すら残さず綺麗に癒えていた。

 その光景を見たジェンキンスは、まったく羨ましい物だと苦笑い。持っていた医療器具を清潔な水の入ったトレイに投げ込むと、アナウンスで後片付けを依頼していた。

 

「…これでよし。後は使える人員を集めるとしよう」

「はふぅ……さむっ」

「血も拭き取ったのなら早く服を着たまえ。私は童女の裸体を見て興奮するような異常性癖の持ち主と疑われる」

「えーなにそのぞんざいな扱い。臓器提供者に労わる言葉は無いって言うの?」

「生憎と君はエイリアン。人類の敵に軽々しく頭は下げないよ」

「おーおー、あたしの存在も最近は軽く見られるし、命知らずが多いねー」

「ボタンひとつで原子分解を引き起こせる装置があるからこその強みだよ」

「えっ」

「おや、聞いて無かったかな」

 

 悪戯が成功した時の少年の様に笑うと、ジェンキンスは新たな白衣に着替えて手術室の扉を出ようとする。そこで振り返ると、思い出したように、ああ、とナフェに語りかけた。

 

「そう言えば……此処の所、ラボにも研究棟にも来ていないから見ていなくてね。“彼”が何処に居るか知ってるかい?」

「ありゃ、知らないの?」

「私には私的な時間が少ないのだよ。睡眠時間さえ誤魔化さなければならない程にはね」

「その割にはヨユーそうに見えるけど。ま、アイツなら朝の5時から第三大広間の食堂で仕込み始めてるよ。昼からは土日以外、ずっとPSSで筋トレやってるっぽい。暑苦しくて見てらんないけど」

 

 その時の光景を思い出したのか、鼻をつまむような動作をするナフェ。自分の汗の匂いは気にならない物だが、他人の汗などの匂いは鼻づまりの人間でも多少は臭いと思えるほどに空気を汚している。ここで例を上げるならば、彼の血をネブレイドしたことで様々な能力が発展したナフェ達にとって。わたあめが得意の犬が某臭い足の父親の靴下を嗅いだ時の感覚に等しい。

 

「そうかね。まぁ明日の朝食辺りに行ってみるとしよう」

「それも良いけどさー」

「ああ、そろそろあの内蔵移植手術を準備しなければならないのでね。用件があるなら手短に――」

「アンタ、マズマに何か言った?」

 

 不意打ちに等しい疑問に、ジェンキンスの体はピタリと止まった。

 

「さっき侮辱してきた事謝らせようとして立ち寄ったんだけどね、アイツ、なんか妙に目の奥が輝いてたみたいでさ。どうにも話しかけづらかったんだ。聞けばアンタと話してからぶつぶつ呟いてたって言うし」

「なら、どうすると?」

「べっつにぃ~? あたし達の種族をああも変える“人間”はアイツ以外にも居たのかな、ってだけ。ちょっとした興味本位に過ぎないかな。ま、それだけ」

 

 ナフェは近くに置いてあった病院の患者が着るような服を裸の上から羽織ると、そのまま帯を締めて棚の影に向かって行く。

 

「何言ってるか分からなきゃそれでいいよ。でも、そこまで色々蓄えてんのならさ、あたしでもアイツでも、とりあえず何か言ってみたら? アイツは異世界人。あたしは宇宙人。此処の奴らと話しのそりが合わないって思ってるんなら、そう言った違う視点から言葉はいくらでもあげるから……うん。今度こそそれだけ。じゃあね」

 

 ぶかぶかの病院服の袖を振りながら、彼女は影に溶け込んでいくように消えて行った。恐らくはエイリアン特有の技術で転移でもしたのだろうと新たな興味が湧いたが、ジェンキンスはそれらの全てを呑み込んだ。

 

「鬱憤をさらけ出す…確かに魅力的だけど、私にはやらねばならんことがある。かつてナフェ君、君が殺した師の代わりを務めるため。そして君達エイリアンが喰らい尽した幾多の技術者の代わりをこなす為にもね」

 

 眼鏡を押し上げ、らしくない一人ごとをしてしまったと少しだけ自分を恥じる。そして意識を切り替えると、ナフェから摘出した十六人分(・・・・)の必要な臓器が入った箱を台車に乗せて歩き始めた。

 ただの科学者も、医学に通じている以上は戦わなくてはならない。そして、その戦場こそが、ジェンキンスにとってのストレス発散の地でもある。こう言っては不謹慎かもしれないが、彼は成功を収めることが何よりも至上としている人種だ。それゆえに、彼が築いた道には、幾多の命を救われた人間が彼の背中を見つめている。そして、彼はそうして人類の希望の光の一端として君臨しているのだ。

 その人々の希望たりえる存在として在り続けるため、この男もまた――――

 

 

 

 

「…………」

「よ、星空見上げて黄昏てるな。どしたよ」

「んー、此処の奴らって必死だなぁ。そう思ってただけ」

「そっちも十分必死だろうに。…ああ、夕飯食わずに中身取られ続けてたって聞いたから、あり合わせだけど作って来たぞ」

「ありがと、ってこの匂い……炊き込みじゃん」

「チョイと奮発した。ロスコルがフライドチキン食いたいって言うから、鶏肉余ってな。後は色々ブチ込んで俺らの晩飯として作った残り」

「人によってはこっちの方がご馳走だったりして。いただきまーす」

 

 ぱく、と美味しそうに食べ始めた様子を見て、らしくない事をした恥じらいは吹っ切ったんだろうなと彼はナフェに気付かれないよう小さく笑った。彼も半年の間は寝食を共にしただけあって、彼女の感情や心情はある程度は読めるようになっていた。咥えて、ナフェの精神状態を何とか癒した経験も幸いして、彼女が何を求めているかは手に取るように理解できる。

 食事中だと言う事は分かっているが、彼はナフェの頭にポンと手を乗せた。

 

「んー…なに?」

「いやまあ、やっておこうかと思ってな」

「暖かいから続けて」

「はいよ」

 

 ちょっとした言葉のやり取りで、二人は少しずつ温まる。

 目を細めたナフェは、食べ終わった器に手を合わせ、合掌を送るのだった。

 




というわけで日常パート?
ここのところ通学に2時間かかるようになって、学校から帰ったら時間が無くなった物で……
休息が大事で小説書く暇もなかったんですが、ようやく投稿できました。
結構いいキャラしてると思うんだけど、やっぱりナフェが埋もれるのはB★RSがマイナーゲームだからなのかしら。

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