カウントダウン~A HAPPY NEW DAYS~   作:幻想の投影物

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すみません。
近頃免許取得やスランプ、プロットの見直しで書けませんでした。


魚が突いた浮のよう

「よ、全部知った気分はどうだ?」

「……お前か。ああ、そうだな最悪だよ。まるでこれから見に行こうとしたオペラの結末を話された気分だ。…なんてな、本当は清々しい気分さ」

「そんだけ口が達者なら問題ないか。…っと、差し入れ持ってきたが、何喰いたい?」

 

 彼の血を飲んでから、これまでずっと気絶していたマズマ専用の病室。別名を隔離病棟とも言うそこで、マズマが倒れた原因の一つを担っている彼は、一切悪びれた様子もなくバスケットの中身をマズマに見せて笑っていた。そんな真剣さも何もない彼を見ていると、次に来たときどんな文句を言ってやろうかと考えていたのも馬鹿馬鹿しくなり、マズマは溜息と共に選択肢を手に取った。

 

「リンゴ」

「あいよ。知恵の実じゃないが我慢してくれや」

「例えるなら、お前が知恵の実だろうな」

「アダムにさえなれないっての」

 

 マズマとしては皮肉交じりに返したつもりだったが、対する彼はそれすら笑ってはいはいと頷いていた。能天気ともまた違う、何が言いたいかを理解しているからこそ見せる余裕に、今度こそ残っていた毒気の全てを抜かれてしまう。

 脱力したようにベッドの背にもたれかかったマズマは、そこで此処の人間達が如何に不用心な信用を自分に置いているのかが分かる光景を目にした。それは、申し訳程度の鎖で縛られた自分の剣。一本しか巻かれていない鎖は、むしろ剣の装飾の一つとも見れそうな程に存在感が無かった。

 

「俺の武器を取り上げておかないのか?」

「病み上がりが“力”に慣れたナフェに勝てると? それに、俺の情報をネブレイドしても、力自体は結構な暴れ馬だろうに」

「ハッ、そうかもしれん。だが、情報や能力しか取り込めないネブレイドが、俺達の身体能力を直接引き上げているとなると……」

「多分、俺も何らかの人間を超えた能力があるんだろうな」

「…ほう、中々に意外な反応だ。ストック共は異物を嫌うと言う風潮があると思ったんだが、お前はどうにも自分を異端だと認めているように見える」

 

 マズマはギザギザとした歯を見せ、さぞ愉快そうに彼を見つめた。

 

「まぁ、ネブレイドで知っての通り俺はこの世界の異端だ。厳密にはここの地球人とは言い難いし、そもそもナフェの言う観測上位世界、だったか? そこから来た事でこの力が目覚めたんだとも言われてる。おかげでこのバカみたいな身体能力はそっちの総督殿に匹敵する程になった」

「だが、それはお前の仮説にしか過ぎん。真実は闇の中だろう」

「ネブレイドしたお前らでさえ分かってねえんだもんな」

「分からんさ。力は力でしかない。それに名前を付ける事は、よほどの事が無ければな」

「そーかい。ほら、リンゴ」

 

 彼がリアルなウサギ型に切ったリンゴを皿にドンと置くと、一体どこから食べればいいんだと呆れるマズマ。耳の細部から毛の一本一本の表現まで、彫刻家にでもなった方がいいんじゃないかと思うほどに精巧な作りだった。

 ともかく、大口を開けてマズマは兎林檎の半分を一気に口の中に入れる。噛み砕いて染み出る酸味が彼の舌を刺激し、程良い味わい深さを引き出していた。

 

「ん、ごくっ。…しかし、よくこんな物が作れたな? ストックはそこまで記憶力が良くないと思っていたんだが」

「これだけ人間以外の動物がアーマメントに喰われてると、久しぶりに見た野生動物の姿がこれで見納めかと思って強く脳裏に焼き付いててなぁ。あ、ついでにソレのモデルはナフェと一緒にいただいた。南無」

「身も蓋も無い…まぁ、兎の繁殖能力は高いから問題は無いかもしれないが」

「ふぅん、じゃあナフェはどうなんだ?」

「ぶっ!」

 

 噴き出した彼に汚いなぁと呟くと、再起動したマズマは彼の胸倉に掴みかかった。

 

「…げほっ……お、お前!? 幾らなんでもアイツは女性型だぞ! せ、セクハラって奴じゃないのか! というか、兎の耳が似てるからってアイツを引き合いに出す必要はあるのかっ」

「おーおー、純情だねぇマズマぁ」

「そうそう」

 

 キシシ、と悪戯っ気の溢れる笑みを浮かべる彼。その横には、いつの間にか病室に入って考えに賛同しているナフェの姿もあった。

 

「う、煩いな! リリオの馬鹿よりはマシ…って、ナフェ!?」

「隔離病棟で感謝しなさいよねー。アンタの演劇で養った妄想が他の人に被害を出さないようにしてあげたんだから」

「オペラや洋楽の何処が悪い……それより、お前はそんな目で俺を見てたのか」

 

 もはや突っ込む気力も失せたのか、疲れたように彼は項垂れた。これほどの感情表現が可能となると、流石にナフェよりはずっと丈夫な精神力を持っていると言えるだろう。

 そうしてベッドに突っ伏した彼を見やって、ナフェは残った兎の上半身を口の中に放り投げた。ジャクジャクと豪快に噛み砕かれていく林檎の食べ方に、もはや女らしさとかそう言った者は欠片たりとも見えない。

 その辺りもナフェっぽいなぁと呑気に見守っていた彼だったが、次に彼女が興味を示したのは彼らしい。ふっふ~ん、と陽気な鼻歌と得意そうな顔でこちらを見上げて来ている。

 

「…どうした?」

「いや、さっきの話。詳しく聞きたいなぁって。私の繁殖能力が、どうだって?」

 

 あ、これ詰んだ。

 笑顔の額に青筋を浮かばせる小さな修羅を見つめて、彼は悟ったかのように全ての思考を放棄した。彼のネブレイドを行った以上、彼女にも総督と数秒程度は打ち合える程の身体能力が芽生えている。つまり、彼を逃がさないように拘束するのは容易いと言う事である。

 一応最期の抵抗として体を動かそうとはしてみたものの、がっしりと腕を掴まれていては逃げることなど出来はしない。詰め寄って来る姿は傍から見れば親に甘える子供のようにも見えるのだろうが、当人にとっては絶望街道まっしぐらだ。

 

「実はだな―――」

「弁明の余地ナシ」

 

 こうして、この病棟には新たな伝説が出来た。

 夕暮れ時に響き渡る悲鳴。七不思議の七つ目が完成した瞬間である。

 

 

 

 

「というわけだね」

「どう言う訳よ」

 

 目覚めてから呆れと言う感情をよく発露するようになったグレイの少女、ナナは目の前にいる説明を省きに省いた科学者の言葉に、心底訳が分からないと言いたげな目でにらみつけた。そんな視線も彼にとっては慣れ親しんだ物であるからか、彼女の訴えを無視するかのように流してモニターへと視線を移した。

 

「モニターを見ればウチの班は皆理解すると言うのに…まったく、流石は完成品には程遠いと言われるグレイ。記憶野の浸食だけでなく理解力も乏しい物だったとは……」

「こんな記号だらけのモニター見せられても理解できないわよっ! それに貴方達科学者と一般教養に軍事用語位しか分からないグレイを変人どもとひと括りにしないで!」

「ふむ、それもそうか。いやぁすまなかったね欠陥品」

「貴女ねぇ…! 謝る気なんて微塵も無いじゃない」

「HAHAHAHA!!」

 

 高笑いを上げたジェンキンスにラボのメンバーが視線を向けるが、また主任の悪い癖が出たなと分かるや否や、他の研究員は自分の研究課題に取り組み始めた。どうやらジェンキンスの可笑しな言動はいつものことであるらしい。

 だが、弄られる当人のナナはたまったものではない。せっかくエイリアンと親しくする変人一号の彼から、「記憶野問題に関して進展があった」と聞かされていたのに、やってきた第一声がモニターを見せられて「というわけだ」では、納得のいきようも無い。

 

「とにかく本題に戻してほしいのだけど」

「わかった、では面倒な所から説明して行こうか。ああ、脳の記憶力は実に不思議な物で、それを解明した学者は偉大だと私は思っているよ。その偉大なる先人の書いた論文の一節を抜粋しながら検証を行い、君達エイリアンのクローンであるグレイへの脳技術の転用には最初期にある記憶野が運動野に浸食されるというシステムから理解するために紆余曲折があって――――」

 

 そのまま、ジェンキンスは自分の世界に入って行った。

 先ほどの暴走具合からまた長くなるだろうなと思って待ち続けたナナだったが、実にそれから2時間後、ようやく本題である「結果」について彼は話し始めた。外をちらりと見てみれば、既に夕焼けである。

 

「…と言った観点から、君たち第二世代クローンの二号から二十四号には後にロールアウトされた第三世代クローンと何ら変わりない問題が組み込まれている。そもそも君達は実年齢に不相応な肉体を持つため、最も身体能力に優れ、オリジナルの外見年齢に似通った10代後半~20代前まで急成長を培養液の中で行われたのが問題の一つ。もう一つは我々で言う“常識”を刻みつけるために理論だけで組まれた記憶開発術を施された事も、出来たての繊細な脳を酷使する結果に繋がっている。しかし、此処までの結果を出すだけでも、アフリカのストリートチルドレンが残っていれば、ギブソン博士も脳の研究が捗っただろうに」

「パパの事は今は良いでしょ。で、ここまで付き合ってあげたんだからさっさと結果を言いなさい。“結果”を!」

「やれやれ、科学者の話でもトリビア程度に覚えてくれれば良い物を…まぁいい。論理の説明が無いのは性に合わないのだが、結論から言って君の記憶野の浸食を止めるには脳部分の取り換えが最も簡単な方法と出た。私はジャポンの漫画に出るブラックジャックではないのだがね」

「ブラックジャック? いえ、それよりも脳の取り換え? それって……」

「残念だが、君の懸念は当たっているよ。君が最も防ぎたいのは運動野の浸食によって植物状態になる事じゃない。本命としては“記憶の消去”を防ぎたいのだろう? こんな本末転倒な結果しか出ていない現状だが、確かに研究については進んでいるには違いない。“彼”も中々お人好しだったようだが焦っていたようだね。よほど君に対してお熱らしい」

「…そう。聞きたい事は聞いたわ」

 

 すっと立ち上がると、ナナはそのまま研究所の出入り口に向かって歩き出した。明らかに見てとれる不機嫌なオーラに他の研究員達が道を空け、モーゼの奇跡のように人の波が割れている。その光景に苦笑しながらも、ジェンキンスは忍び笑いをしながら、起動するまでは無名(ナナ)だった人物に呼びかけた。

 

「グレイ七号…いや、ナナ君。これを持って行きたまえ」

 

 近くに置いてあったオレンジ色の装飾がなされたグレイ専用の銃。それをナナに放り投げると、彼女はしっかりと掴んで腰のホルスターに収めた。

 

「君専用にチューニングしておいた。クローン用対エイリアンライフル“G1スナイプ”との接続によって連射性が増しているだろう。そこのファンイル君が調整してくれた物だから、礼くらいは言ったらどうかね?」

「……そう」

 

 だが、ジェンキンスの問いかけにも碌に応じず、彼女はドアの向こうに姿を消してしまた。不機嫌さの混じったオーラに、少なからず落胆の感情が覗いていたのは此処に居る研究員全員が分かっている。己の欲や探究心を満たす為にこの地に勤めている物ばかりだが、人類の生き残りとして他人を思う心がある一同にはナナの姿が肩を落とした小動物のようにも見えていた。

 半分お通夜ムードのラボに、お礼を言ってもらえなかった研究員のファンイルは、たははと頬を指で掻いて苦笑いをするしかなかった。

 

「どうにもならん物ですな、主任」

「前にも言ったかもしれないが、凡俗の君達と違って私のように全ての学を修めている者は極僅か。加えて生物学を修める者は私を含めて三人しかいない。ナフェ君も加わって四人になるが、この人員の少なさもナナ君の研究を遅らせる原因なのは分かっているかな? まったく、友好的なエイリアンは歓迎だが知能の欠片も無いアーマメントに世界有数の頭脳が襲われているこの世の中、本当にもったいないよ」

「しゅにーん、文句いってる暇があったらコンソール叩いて下さいよー。こっちも本部の自衛兵装強化の仕事残ってんすからー。まだ問題点洗い直しの途中でしたよねー? あと元“最後の希望”に作戦外の記憶…じゃなかった、記録打ち込むんでしょー?」

「最後の希望か…ああ、彼や協力してくれるエイリアンがいる限り、確かに“元”がついてもおかしくは無いか」

 

 そう言って、彼が目を移したのは厳重な幾重にも重なる装甲で守られ、極太のパイプや生命維持装置、そして中に入っている「彼女」を時期が来るまで目覚めないようにするための調整機器が取りつけられた物々しい棺桶。その大きさは、8トントラック程の物と言えば想像しやすいだろうか。

 この機械仕掛けの棺こそ、この世界最後の希望でもある「ステラ」。ブラック★ロックシューターが眠っているギブソン博士の形見の娘である。他のクローンと違って、無理な成長を施さず知識も詰め込まず、ただただ時が来るまでギブソンのマニュアルに従った調整が続けられる彼女は、きっと記憶野の圧迫や記憶領域の心配がない「人間」に最も近く、その能力は最もエイリアンに近い最強の兵器として目覚める事だろう。

 

「しかし、彼が持っていたこの世界の知識によれば…目覚めるのは今年中。知らされている計画より一年早い目覚めになると言う事かな。知った事じゃないけども」

「主任、あくまで真実はアイツとナフェ嬢の中にしかない。訳のわからん未来の暦ばかりに振りまわされるのは趣味ではないだろう」

「君の言うとおり、だね。では早速作業の続きに取り掛かろうか」

 

 振り返って、ジェンキンスは片手間程度の気のりでキーボードをたたき始めた。正確に、彼のイメージと寸分の違いも無く打ち込まれていく常人には理解できないであろう記号やプログラムの構成を打ち込むモニターの太いパイプは、やはり「最後の希望」が眠る機械仕掛けの棺へと繋がれている。

 

「完成形のグレイ…いや、ホワイトと言うべきか。彼女の脳の仕組みを完全に理解できれば、他のクローンもあるいは―――」

 

 憶測を口に出しながら、頭で別の事を考える。動かす手はそのどちらもを反映した動き。

 奇怪科学者の異名を持つアダム・ジェンキンスと言う男もまた、正史に記される事の無かった埋もれた鬼才の一人。彼に魅せられ、彼に見出され、このラボの研究員となった者は多い。

 

 

 

 

 廊下には硬い靴が地面となる音が響いていた。

 そうして見るからに不機嫌な人物の名はナナと言った。とはいえ、本来なら戦闘用として作られた彼女は、敵から見つからないようにするため無闇と大きな音を立てながら歩く事は無い。しかし戦士としての立ち振る舞いを忘れるほどに怒りと不機嫌さを隠そうともしないのは、縋るべき希望を目の前で崩されてしまったこと。また、もう一度もどかしい「待ち」の日々に舞い戻ってしまった事が重なったからである。

 彼女とてクローン、その程度の感情を押し殺す事は出来るのだが、同時に彼女は自由意志を持った人間。ひとたび唸りを上げた感情が収められるには、相当の時間がかかるだろう。

 

「……このっ!」

 

 突如として立ち止まったナナは、無造作に自分の隣にあった壁を殴りつけた。コンクリートと鉄筋で補強される頑丈な筈の壁は、戦闘用クローンとして成熟したナナの拳の前にその一部を揺るがせ粉となって地面に落ちる。拳の形をした跡を残し、更に彼女は殴りつけた事について込み上がる右手の痛みに更なる自己嫌悪を抱いた。

 そうして顔を真っ赤にしながら痛みと不甲斐なさを噛みしめ、ナナの足は中庭へ向かう。中庭で管理・栽培されている果樹園は旬による味の違いはあっても、年中ほとんどの果実が成り続けるという、正に夢の様なフルーツ天国だ。当然UEFの一般人を含めた全員がその果樹園を自由に利用する事が出来、ナフェも入り浸る。正に全会一致でお気に入りの場所であり、UEFが誇れる人類最後の楽園と言える所以だ。

 

 だが、そこに成っているものの、まだ青々とした林檎を見つけたナナは、まるでその身を己のように思えて一つの実をちぎり取った。そして感情の赴くままに噛み締めると、歯の奥底に染みわたる酸味が口の中に広がっていく。

 空腹を感じないこの体は、それでも生物であるから食糧を口にしなければ死に至る。そのつまみ程度にもならない青リンゴを喰らった彼女は、所詮自分もこうして管理しなければ生きられない果実と同等だと自嘲して、いつぞやのナフェのようにその場に仰向けに倒れ込んだ。

 

 ゆっくりと目を閉じ、これまでの行為で荒々しくなった息を整える。ようやく落ち着いた彼女は、その頭の奥底で昔の思い…「パパ」の居た楽しかったころの記憶に浸り始めた。

 まずは生まれてから、即座に戦場にロールアウトされる予定だった自分は持ちうるはずの無い知識が頭にあると無理に覚えさせられた「常識」によって自意識を混乱させ、培養液から出た数秒後にはパパ…ギブソンに抱きしめられていた。あの温かな感触は忘れない、忘れたくない。そう思えるほどに暖かく、自分の父親に縋る様な安心感を抱いた。

 だが―――顔。どうしても、ギブソンという父親の「顔が思い出せない」。

 

「くそっ、くそぉっ…! く、うっ…ぅぅ…………」

 

 情けない。

 一体、自分と言う命が何をしたと言うんだ。

 生まれたころから短命を宿命づけられて、誰とも知らない物の為に戦えと言われる。

 そんなに自意識が欲しいなら、戦力として使えるのがクローンであると言うのなら、何故エイリアンに有効だが見られた「クローンが扱う武器」の無人兵装化を進めなかったのか。

 ……いや、本当は分かっている。ただの道具より、命と言う存在を傀儡にした方が費用はかからない。その意思を命令として、互いにクローンとしての質を高め合う切磋琢磨を高い所から見ていた方が、勝手に自軍は強化されるのだ。自己成長する兵器であり、使い捨ての利く兵士としての階級さえ与えられない。

 そうして死んでいった姉や妹は葬儀すらされず、遺体の回収も行われない。もとより人として存在していなかったモノだ。残りの残骸は、残らず戦闘部隊が去った後の野良アーマメントが掃除する。

 

 作業。

 たったそれだけの言葉で、クローンの存在価値は表される。

 今も目覚めた理由は赤の他人を助けるための捨て駒。その際に「あの男」という不可思議な奴もいたが、あれも自分の事はどうしてか知っていて、自分に何度もぬか喜びしか与えない害悪に過ぎない。

 どうして、どうしてこうなってしまったんだろう。

 

 ナナの嘆きは、今となっては各地に散らばった第三世代のグレイにしか知る事は出来ない。その三世代目もUEFには一人としておらず、敵エイリアン総督のクローンという存在は「最後の希望」を覗けば彼女一人しか存在しない。それ以外は、全て眠っていた数年の間に使い潰されてしまっていた。

 彼女は、どこからか取り出したジェンキンスから渡された銃を胸に抱く。それは、彼女の「姉」の形見でもあった。あの科学者はそれを知っていたのかは知らないが、外見はそのまま返ってきたのは、少しばかり安堵する。同時に、失くした物にしか縋る事が出来ない自分が―――どうしようもなく嫌いだった。

 

 

 

「んじゃ、このバカ連れてくから」

「随分とその人間に熱を上げているんだな、ナフェ」

「そりゃ当然。だって、あたしのパパだもんね」

「…まぁ、そう言う事だ。マズマも自分の発言には責任持てよおおおぉぉぉぉ……」

 

 去っていく際のドップラー効果を残しながら、ボロボロの彼を引きずってナフェは窓の外へ消えて行った。恐らくUEFの天井伝いに出かけ、今日はロシアの反対側辺りまで競争するつもりだろう。彼に匹敵する身体能力の確認と言っているが、やっている事が最早規格外である。だが、そうして生き生きとしたナフェの姿を見るのも悪くないとマズマは思っていた。

 

 実際、あのお方の傍で破滅を見る事が出来れば良いと思っていいたが、周囲のじめじめとした陰鬱な雰囲気を好きになる事は出来なかった。ストックは自分たちをエイリアンとひとくくりにしているようだが、実際の所全員が総督と言う手綱を握る相手が同じであるだけで、各々が自分の欲のついでに総督の野望に手を貸していたに過ぎない。ナフェやシズ達のような反逆者が現れるのが良い証拠だ。

 だが、そんな中でこの地球に存在していたストックは実に自分の欲しかった欠片(ピース)を当てはめてくれた。自分の故郷を含め、他の星はネブレイドという個人完結の力があるために娯楽ではなく、血と肉を貪り合う闘争ばかりが続いている。時折見せる平穏もあったが、それは次の戦いに備えるための準備期間でしかなかった。

 そう言った自分達との決定的な違いは、地球のストックも戦争は続けていたが、その合間で必ず「娯楽」の発展を行ってきた点だろう。それに「唄」という形で総督も組みこまれる事になり、自分は出会えなかった「空想の世界」という物に興味を惹かれた。

 

 その空想の世界、映像として残す為に出演したストックを喰らったり、自分も荒野のガンマンとしての能力を身に付けるためにモーションアクター等を喰らったが、それもどこか違うと思い始め、何時しか自分の心はどうやって美しい作品を自分で作り上げるか、と言う事に傾倒していた。

 そこが、ストックの影響だと気付くのに時間はいらない。同時に、それに流される事を悪いと思う事も無くなっていた。

 

「そんな中に与えられた、この世界が物語として観測している世界がある真実。……俺は二番目の強敵に過ぎなかったが、それでも良い散り様じゃないか…美しい」

 

 そう、自分は既に立派な「役者」だったのだ。

 それがどれだけ嬉しかったか。どれだけ満たされたか!

 ナフェは自意識の狭間に揺れていたようだが、自分は違う。この先ストックの味方をして、総督にたてついたA級エイリアンの二体は、新たに訪れた規格外の物から力をもらって立ちあがる。

 その希望の黒き星として、「人類最後の希望」が隣に立つ。

 

「考えただけでも心が躍る。自分の人生、その二つの可能性を見る事が出来る……。単純な滅びよりもずっと、楽しい」

 

 マズマは快楽主義者。同時に、刹那的主義者でもある。

 それは自他共に認める認識だった。

 それゆえに、人類を裏切るなんて気はさらさら無い。この新たな可能性を見て、生き残る事が出来れば自分も英雄の一人として名を残す事が出来る。それからも生き続ける事が出来るなら、人類復興と言う歴史をこの目で垣間見る事も可能であると言うのだ。

 そうして人間が生きる糧とするため、きっと傑作と言える「映画」や「物語」を作っていくだろう。もし、出来る事ならそれに出演する事も可能かもしれない。

 

「は、ははははははっ!」

 

 興奮して、立てかけてあった自分の武器を取る。

 すると彼の着ていた医療用の白衣は弾け飛び、即座にマズマが「マズマ」としての服装に着替えられていた。その彼の瞳に映る物は、「彼女」の支配下にあると言う喜びでは無く、自分で描いた脚本通りに動く事が出来ると言う個人の悦び。

 

 ぶぅん、と巨剣が振るわれる。確認するように振ったそれは、奇妙なあの人間とグレイに捕えられたとき以上に軽く感じた。つまり、自分も彼と同じく不可思議な身体能力を得たと言う事。

 だが……

 

「…力加減が難しい、か。実にいいかもしれない……仲間との修行と言う物も」

 

 薙いだ場所から不規則に破壊された自分の病室を見て、熱に浮かれた様な様子で彼は言った。

 だが、この時はただの脚本の一環としてしか思っていなかったマズマは知らなかった。いつしかその自分勝手な感情が、本当の高みを目指す喜びと、思いもよらなかった新たな楽しみを作りだすことになるとは。

 

 その時が訪れるのも…案外、早いのかもしれない。

 




マズマ君、生き生きしてると嬉しいな。
そんな感じで書きなぐりました。まぁナナはネガティブスパイラルですけど。

Qこの物語に、救いは無いんですかっ!?

Aあります。ゴミに埋まって取りづらいだけで。

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