カウントダウン~A HAPPY NEW DAYS~   作:幻想の投影物

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そろそろ主人公以外にも視点を広げてみたいと思います。


UEFコミュニケーション

 ちゅぐ、びちゃ、ぶち。臓物が切り取られる音が響くその部屋には、正体不明の薬物が入った点滴や、それを流す為の幾つものチューブ。更には注射器の様な物までもが大量に一つの機材として固まっていて、その見るからに怪しい物体が備え付けられたベッドがあった。

 その場に坐すのは何処までも赤きヒト型。

 腕に幾つものチューブが付けられていても、腹が解剖するために開かれていても、麻酔を撃たれて生きながらに腹を開かれている彼は、自分の内臓が掻きだされる様子を何処か他人事のように、それでいて自分の事であると自覚しながら人間達の行動を観察していた。

 だが、彼とてその場でずっと待っていると言うのは飽きがくると言うものだ。これ見よがしに盛大に息を吐くと、彼が動かせる首から上のモーションで大袈裟に首を振った。

 

「…お前。何時まで続ける気だ?」

「おお、すまないね。何、あと膵臓と肝臓、それから肺を一つずつ切り出させて貰えばもう終わる。気にせず待っていてくれたまえ」

 

 わくわくと目を輝かせながら言う男。

 その手には解剖用の機材やメスを持ちながら、興奮したようにマズマからの「搾取」を行っていた。再び自分の腹の中身が引きずり出される光景を見ながら、彼からは尽きる事の無いため息が吐き出される。

 

「まったく、生かして連れてこられたかと思えば…一方的な搾取が待っているとは誰が予想できるだろうか。ある意味で俺のシナリオ外の事だな、これは」

「まぁまぁ、人助けをすると思って我慢してくれないか。エイリアンとしての君の能力か、それともナフェ君にもあるのかは知らないが、君の内臓は他の人間に移し替えても拒絶反応が出ないどころか、そこから徐々に人体を強靭にしてくれる最高の移植手術の材料になるんだからな」

「それって…群体で生きる人間(ストック)を捨てて、俺達(ヒト)のようになってるだけじゃ無いのか?」

「さてね? あくまで、これは私の理論から弾きだしたデータに過ぎない。後は実証あるのみなのだよ」

 

 そう言いつつ、科学者としても外科医としても優秀な男「アダム・ジェンキンス」はニコニコとした表情で切り取ったマズマの膵臓を手に握った。優しく内蔵保管用の収納機材にそれを移すと、再び新たなメスを手にしてマズマの内臓を斬りだしていく。そのある意味狂気的な光景は、おそらくジェンキンス並みの感性の持ち主、もしくは人間の中身を見慣れている者で無ければ卒倒する事は間違いない。

 そんな時、一人の学者が嬉々としてハッスルしている部屋の入口が開かれた。

 

「ども~、斬られてるー? こっちはクリーンルームの三連続で色も抜け落ちそうだけど」

「俺は現在進行形で中身が抜け落ちているがな」

「うわ悲惨。ま、良い気味だけど」

「おや、ナフェ君?」

 

 部屋の中に、白衣に着替えたナフェが中身が満たされた輸血パックを手に持って入室してきた。それだけなら普通なのだが、そのパックの中身を見た途端、マズマは言いようもないネブレイドの欲求に襲われる。飢えた体が縛られた肢体を動かそうとするが、頭部以外がエイリアン用に抽出された十倍濃縮麻酔に掛かった体は、何をしようとも指さえ動く気配はなかった。そんなマズマを見やりながら、彼女はぶかぶかの白衣の袖からつまむようにして輸血パックを持ち上げ、ジェンキンスに見える高さまで持っていく。

 

「そこの狂人、ちょっとこの血コレに与えていい?」

「構わんよ。丁度、十分に取りだした胃が再生したところだ」

「……早く、ネブレイドさせてくれ」

 

 何とか本能を抑え込んだマズマが、理性の光が灯ったまま獣になりたくはないと懇願するように血液へ視線を注いでいた。ナフェは、彼の様子に感心したように言う。

 

「ふ~ん、流石は“  ”の星で生き残ってただけはあるね。あたしより自制心がある……って、そのヘンはどうでもいっか」

 

 彼女はすぐさま輸血パックの一部をちぎり、そこから滴り落ちる血液をマズマに次々と呑ませていった。ごく、ごく、ごく。一定量を溜めては口を開いたまま呑みこむなどと器用な真似をしながら、彼は必死に喉を動かして血液を飲み干して行った。

 ようやく中身が空っぽになった頃には、マズマは信じられない程に体の調子が絶好調になっている事に気付く。ジェンキンスが内臓を取り出す為に開いていた腹の穴はふさがり、持っていかれた内臓も既に修復されているらしい。

 そして―――流れ込む。

 かつてナフェを苦しめた記憶の奔流が始まったのだ。

 

「ヅゥぁ!? あ、が、ああ……ガ…」

 

 麻酔を振り切ったマズマが頭を抱えて瞳孔を開き、苦悶の表情を浮かべて唸り始めた。

 ネブレイドは人間と言う食事と言う見解が出来るが、実際のところは大きく異なっている。「単一個体の自己進化」と言う意味で、確かにエイリアンはネブレイドを人間の三大欲求並みに欲するが、それが無ければ生命活動に支障がきたすと言う訳でもない。

 では、何故そんな不必要な「嗜好品」でしかないネブレイドを行ってマズマが苦しむ事になっているのか。その理由は、彼が摂取した情報量と言うよりも、その血液を持っていた人物が「この世界を物語として観測する世界」から訪れた上位存在になる事が原因だ。そう言った魂そのものが容量に耐えきれず、車の排熱が出来ない時と同じように、マズマは麻酔の効果をも上回る防衛本能から体を大きく仰け反らせているのだ。

 そして、彼が暴れ回っている間にジェンキンスはマズマの回復具合、そして彼の体に繋がれたコードから読み取った観測値の変化に対して驚愕を示していた。その変化の対象は子供でも分かる、彼女が呑ませた血液にあると結論を出したジェンキンスは、機器の観測結果を見落とさないように記録し始めた。

 

「む、傷の修復が倍、いや十倍には跳ね上がっている…ナフェ君、何を飲ませたのかね?」

「あたしの旅仲間であるアイツの血液だよ。多分、ネブレイドできる種族がアイツの一部をこうして取ったら、ストック共の努力を真正面から否定する位に色々と強くなるヤツだね。精神面は除いて、の話しだけどね」

「其れは興味深いが…君達のようにネブレイド出来なければ意味はない、と?」

「さぁ? その辺は知らない。あたし色々作ってるけど、別に科学者じゃないもん」

 

 ナフェとて、ネブレイドの情報としては此方の世界の人間の知識を多く得ている。だが、彼と言う存在はネブレイドしても分からない事が多く存在するのは確かだ。例え遺伝子情報や血液の構成される物質、彼が過ごしてきた「前の世界」での記憶などが手に入っても、彼の持つ血液や体の部位を移植された「人間」がどうなるかなど、実証結果が一つたりともないのが、その原因のウェイトを大きく占めているだろう。

 その辺りもジェンキンス本人が追々確かめて行くことにしたのか、とりあえず今は新たな研究課題に取り組むべきだなと言った。話の最中に落ちついていたマズマの記録を最後に保存すると、初めて彼は疲れたような表情で額に浮き出た汗を拭った。

 

「これで一段落、と言ったところか」

「さっきの新たな研究課題って、アンタそれ以上掛け持つの?」

「少々、先ほどの血液提供者からマズマ君を引き渡された時に頼まれていてな。人体の神秘を冒涜した存在、神をも恐れぬ所業の産物を救う業を見出してほしいとは…フフフッ、私の欲を引き出す術を心得ている訳でもないと言うに!」

 

 フハハハハハハハッ! と高笑いするジェンキンスの姿は、まるで物語の中の悪役みたいだなぁとナフェは呆れた目で彼を見る。だが、そのまま笑わせていても話が弾まないと思った彼女はまばらにシーツを纏わせただけのマズマを引っ掴むと、手術室の扉に手を掛けながら振り返った。

 

「あーうん。その辺でいい加減終わってくれないかな」

「おっと、これは失礼してしまったようだ」

 

 コホンとわざとらしい咳払いで調子を整えると、ジェンキンスはまた来てくれたまえ。と言って去っていくナフェへ無邪気に手を振った。手術室の扉が閉まる度にその薄く紫がかった黒髪が見えなくなっていき、ナフェは再びクリーンルームの三関門が待ち受ける道へと歩みを進める。

 腹の辺りが血だらけのマズマもそのクリーンルームの効果でまっさらな体になると、気絶したまま再びナフェに申し訳程度のシーツを巻き直してもらって脱衣所まで辿り着いた。

 そこに積まれていたUEFでのマズマ専用の赤地に黒い稲妻の描かれたTシャツ、そして黒っぽいデニムの入れられた籠を前にして、ナフェはペチペチと彼の頬を叩いた。

 

「ほら、何時までも寝てんじゃないの。さっさと起きなってば」

「……ナフェ?」

「ショックなのは分かるけど、今はさっさと着替える! 見苦しいもんぶら下げてんじゃないっての」

 

 仕方ないなぁ、と微笑みながら衣服を手渡す。

 少なからず人間をネブレイドした事でマズマにも生まれている羞恥心がゲージを振り切り、彼の頬を羞恥の感情で赤く染め上げ始めた様子を見て、今度は子供っぽく笑ってやった。これこれ、他の奴が慌てた姿ってすっごく楽しいんだよね。

 

 

 

 

「…それで、私の凍結はどうなるのかしら?」

「スリープシステムにエラー。お前用のポッドは現在修復中でございます、だとよ」

「……そう。また無駄に記憶を蝕む日々が始まるのね」

「そう言うなって。眠ってたおかげでまだ五年位は持つんだろ?」

「たったの五年、よ。既に14年分の歳を取った私。そしてコールドスリープでその内の5年を無碍に過ごしてきた私。…どっちにしろ、私にとっては破滅までの足踏みでしかない。たたらを踏む事さえ、私にとっては私という自我を削る行為なのよ」

 

 自らに嘲りを向けて、ナナは厭味ったらしく彼へ言葉を投げかけた。

 それに何のアクションも見せずそうか、と返した彼は、そのまま黙りこむかと思いきやそうではなかった。むんずと彼女の腕を掴むと、万力の様な力、それでも彼女の手を傷つけないような上手い力加減でナナの手を引き始めたのである。

 

「ちょっとついて来い」

「あ…ちょっと、放しな―――外れないっ!?」

「俺の戦闘力は53万です」

「何わけのわからない事っ…きゃっ!」

 

 面倒だと思ったのか、彼はナナの腕を力任せに引っ張った。そのまま空に投げ出された彼女の落下地点にどっしりと構えると、すっぽりとお姫様抱っこの形に彼女を腕の中に収めてしまう。最早、彼に恥ずかしがり屋の現代日本人の面影は一切なかった。それもこれも、ナフェの精神状態を戻す際に所構わず抱きしめた事で、彼の持つ羞恥心のメーターが振り切れてしまっただけとも言うが。

 羞恥心は慣れるものではない。麻痺するものだと誰かが言っていた。

 

 そうして彼が抱きかかえて走り、衝撃波を出さない程度にアスリート以上の速度で廊下を駆け抜ける。道行く人々は彼と言う規格外を前々から知っていたので、剛速球のように自分達の間を駆け抜けて行く彼を、まるで転がってきたボールのようにひらりと避けて道を空ける。

 ようやく彼の足が止まった時には、普段彼が仕事をしている厨房の前にナナは連れてこられていた。鼻孔をくすぐる厨房の匂いがグレイの欠如した空腹と言う感覚を身に付けさせることはなかったが、ナナの食べてみたい、という三大欲求は呼び起こせているようだった。

 

「おーおー、色男。今日の彼女はまた見ない顔だね」

「誰が色男か。それよか、賄い残ってるか?」

 

 彼と同じ職場で働くおばちゃんは、やれやれと盛大に首を振った後に厨房の真ん中のテーブルを指差した。其方に従うまま視線を移してみれば、そびえ立つ大ホール数万人分の山の様なサンドイッチがブロックのように積み上げられている。

 

「朝食前に来といてな~にが賄いだっての。まぁ今日の分のハムサンドがそっちに置いてあるさ、好きなだけ取っていきなよ」

「ダンケ、おばちゃん」

「感謝はエイリアンぶった押して、あまつさえは仲間にしちゃったアンタにだよ。見たとこ、その子腹空かしてる小鳥ちゃんでしょ? ジャポンでは“腹が空いては戦も出来ぬ”って言うし、昨日の功労者に対する正当な報酬だよぉ、そこの小鳥ちゃん含めてね。ほら、あんたもぽわっと突っ立ってないで」

「…え?」

「あぁっと、グレイは空腹を感じないんだっけ? でも、時間的にも食事の管理としては科学班から連絡貰ってるから心配しなくていいわ、普通の人と同じ物でいいんでしょ? とにかくこれ、アンタ用に作っといたから持って行きなさいな」

 

 笑顔の似合う食糧班のおばちゃんは、テーブルの上に積まれているサンドイッチの山から五枚ほど抜き取ると、近くにあった紙皿に乗せてナナへと突きつけるように渡す。突然の事で驚いた様子のナナだったが、現状を再確認すると落としてしまわないようにしっかりと手に持った。

 

「いよっし、そんじゃあっちの方に朝連終わったPSSいるみたいだし、行って来い。俺は今から仕事の時間だ」

「彼氏さんと離しちゃうけど、この子もガンガンこき使うからあっちの馬鹿どもと一緒に食べといでよ」

「誰が彼氏か」

 

 彼がおばちゃんに呆れたような視線を向けると、おばちゃんは判ってるよ、と豪快に笑ってナナをポンと厨房の外に出した。その際にPSS達のテーブルを指示されたが、どうにも彼女はそんな気分になれそうにはない。

 ここのノリが分からない。そんな様子で人気の少なそうな席に向かうと、ホールの隅の方で一人物静かにドリンクバーを汲み、小さな口でサンドイッチの角に齧り付いた。UEFで大々的な収穫が行われるようになった小麦の生地がふんわりとした触感をもたらし、少しばかり尖っていた心を和らげてくれたような気がする。

 

「…美味しい」

 

 思わず出て来た自分の言葉に気付いて、頬に少し熱が集まった。

 

 

 

「いやぁ、あんな顔してくれるとは作ったこっちも張り切るってもんだねぇ。最近の難民たちは食のありがたみって奴を忘れてるから、嬉しいもんだよホント」

「だから日本(Japan)の食事形式を食堂前の看板に? なんつーか、おばちゃんも物好きな…」

「おはよー。今日は朝ご飯なにー?」

「サンドイッチ、またはライスとミソスープだよ。というかナフェちゃん、メニュー表見て無かったのかい」

「従業員通路から直通~」

 

 ぶかぶかの白衣を纏ったままの彼女は、捲り上げて長さを整えた裾から覗く手を振る。彼女のチャームポイントとも言えるウサ耳型アンテナフードは付けたままであるが、良く見れば布地は白い。それもその筈であり、彼女が今着ているのはフード付き白衣という珍しい物だったからである。

 

「それは外さないのか」

「チビ達呼べるってわけじゃないし、中古だけど…私の母星の思い出だからね」

「納得、エイリアンにとって原初の姿は大切ってか」

 

 二人の脳裏に思い浮かぶのは、ゴミだらけの星でナフェが「チビすけ」の原型である小型ユニットに囲まれて暮らしていた時の姿。だが、そこにあったのはゴミだけでは無い。その時の総督が手を伸ばした理由は彼の知るものとは多少の違いがあったが、そこでエイリアン・ナフェが始まった事には変わらない。

 しかし、ここでいつまでも感傷に浸っている場合ではない。懐かしいと言葉を交わしながら、彼女は自分の分を盛りつけて紙皿に乗せて行く。彼もまたパンを焼き上げる行動を再開し始めていた。

 

「相変わらず仲がいいねぇ。あんた達」

「すっご~く不本意だけど、一時は運命共同体だったし?」

「冗談かどうか判別しにくいなぁ……そういや、マズマはどうしたよ。俺の血液絞り出していったからには当然飲ませたんだろ?」

「アイツなら司令官が面倒みてるよ。ああ見えてメンタルケアが得意なんだってさ」

「あー……やっぱ戦力向上にしてはアレは劇物か」

「表現が生温いって」

「どんだけー」

 

 そうして言葉を交わすと、ナフェもまた厨房を離れて席を探す。日も昇りかけて来たころ、UEFに収容された人間の数が6000万人を超えたと言うだけあって、PSSの朝連メンバー以外にも朝早くから活動を開始する人たちの姿がちらほらと見受けられるようになってきた。

 そんな中、丁度妙な形で席が空いている場所があると思って其方に向かおうと思ったナフェは、その人が避ける原因となった人物を発見した。昨日は無線越しで言葉を交わすだけにとどまっていたが、暑苦しい炎の妖精とやらの言葉を使って激励してやったグレイの一体が視界に入ったのだ。

 ここらで接触しておくのも悪くないと思った彼女は、持参した朝食を持って彼女の元に寄っていく。ナナも近寄ってくる彼女に気付いたのか、冷やかな視線を浴びせかけて来た。

 

「隣の席もらうよっ」

「え、何で来るのよ……」

「嫌がらせ」

「……でしょうね」

 

 せっかく久しぶりの固形物を口にしたのに…とぼやく彼女を見て、ナフェはその中身を鑑定し始める。例外なく総督のクローンとしてネブレイド機能は伝承されていないようだが、元となった体(あのお方)のスペックに及ばずも、近づく事はできる細胞の動きは人間と言うよりは自分達エイリアンに近い。

 今まではグレイを見た事はあっても、それは彼と出会う十数年前の出来事である。その時の事は確かに思いだせるが、こんなに近くでグレイの固体を観察した事は無かった。そもそも繁殖と言う概念が薄いネブレイドによって一個体を優先する自分達の種族――更にナフェは誕生さえも自覚していない――は、自我や自己と言った意識が強くクローンを作る事を是としなかった。

 彼女達の総督が「自分自身のネブレイド」という思いつきをしなければ地球を攻める事は無かっただろうし、クローンと言う発想そのものを頭の片隅に浮かべることすらなかっただろう。だからこそ、そんな自分自身を目指すクローンにネブレイドをさせない処置を施した理由が分からない。ネブレイド含めての自分、と言う事ではないのだろうか。

 

「何、見てるのよ」

「不思議だと思っただけ。ワケわかんない事であたし達も振りまわされてたんだなぁと思ってね」

「そっちの話の方が分からないわね」

「言えてるかも」

 

 無意味な会話を繰り広げ、互いに探り合うように視線をぶつけ合った。

 しかし、それも双方の疲れたように吐かれた息と共に霧散。探り合いなどこの場でしても飯が冷めるだけであるし、何よりさほど好きでも無い者同士が見つめ合っていても気分のいいものでは無いのだから。

 

「で? 改めて聞くけど何の用かしら」

「んー。それじゃぁ一つ聞きたい事思いついたかな」

「即興なのね…」

 

 呆れるナナを前に、好奇心を瞳に宿らせたナフェは口を開く。

 

「何で、そんなに生きようとしてんの」

「なんでって……私は普通に生きたいからよ。パパとの記憶も忘れたくない、そして皆の事をちゃんと覚えながら、ね。別に戦っても構わないけど、そうして忘れる事がない生活を―――」

「じゃあ、本当にそうなったら何で生きるの? グレイは失敗作。クローン。不完全な命。確かに此処のストック共は受け入れるかもしれないけど、アンタ自身は此処で過ごすうちにどうなるのかなぁ?」

 

 ナフェは耳元まで避けるような、そんな引き伸ばされた三日月の笑みを浮かべる。

 生存理由、たった一つのその意味を問うたままに。

 

「…何よ、普通に老衰して、人類の為にいくらかクローンとしての力を使って生きる。それで、終わりじゃない」

「うわっ、つまんな~い。アンタはもっと何かしようって思わない訳?」

「貴女ね、冷やかすつもりなら…」

 

 違う、と彼女は首を横に振る。

 

「ホントに詰まらないって言ってるだけだよ。だって、その望みは今の貴方と変わらないから。変化の無い、目標すらないただ無意味な生。アンタ達がエイリアンと呼ぶあたしにとって、それは命の終わりと同義。延々と続く不変の日々は―――」

 

 思い返すのは、変化もないくせにただ不法投棄されていくゴミの山。その他星々のゴミ捨て場となった星でただ一人の生き残りとしての自覚もなく、ゴミの中に含まれる死体をネブレイドして虚ろな本能のままに、自分以外のナニカが欲しくてチビ共を作り過ごしていた毎日。

 そんな日々の中に訪れた、あの心が芽生えた瞬間。過去のナフェの内側に波紋が鳴り響いた感覚が、ゆっくりと蘇って来ていた。

 

「ゴミだね。ストックらしい失敗作だってことが良く分かったよ」

「……エイリアン、やっぱり」

「そんな理由で自分を正当化するの? そんなことする前に自分で考えなよ。アンタが幼少期を正しい人間としてのプロセスで歩めなかったのは知ってる。でも、どうせ“始まり”までは八カ月も時間があるから、それまで自問自答でもしてなよ」

「八ヶ月…? 何の話よ」

 

 ちょっと話し過ぎたかな、と自分の口をふさぐ。

 だが、この位なら教えておいた方がいいだろうと、ナフェはくすっと笑った。

 

「この地球の運命を左右するハナシ。……あ、そろそろマズマを見に行かなきゃヤバいじゃん。じゃ、しっかり考えときなさいよねー!」

 

 そう言いながら、呆然とその場に座るナナを置いてホールの入口へと足早に向かう。途中のゴミ箱に紙皿を投げ入れると、足はそのままPSS管制室へと向けられた。道行く人々と挨拶を交わしながら、人がいなくなった場所で足を止めた。マズマの事は単なるその場から離れるための口実だったのだろう。そして横を見れば、居住区と防衛区を繋ぐ通路から通じる中庭への道が見えた。

 

 その太陽の光に吸い寄せられるように、体はゆらゆらと中庭の方へと歩いて行く。そのまま三つの区域の中心に広がる果樹園が見えて来た。その場所も綺麗に区域分けされており、二月に近い現在はイチゴ類が甘くなるのだったか。そのほとんどが研究棟の連中が開発した全自動で世話をされているにも拘らず、人の手で世話をした時と同等に実っているようにも見えた。

 その成っているイチゴの一つを手でちぎると、口に運んで一口齧る。フルーツサンドイッチとは違った、そのまま食べたからこその程良い甘味が口の中に広がってきた。その甘みから生じる糖分が即刻ネブレイドされ、頭の中をすっきりさせる。肌寒さも気にせず近くの草原に寝転がると、自分の「作品」である腕を太陽に掲げて見せた。

 

「自分でも分からないのに、心を教える真似をするなんてあたしらしくなかったなぁ。アイツに毒されすぎって訳なんだろうけど……あーもうっ! な、ん、か、もやもやする~!」

 

 うがーっとばたつく様に暴れても、態々寒い外に出て見ている人もいない。

 しばらくして満足したのだろう。ふぃ、と息をついてゴロゴロと転がっていた体を制止させた。

 

「マズマも無駄に冷静だし、自分の人生も劇場だと思ってそうなヤツだから……ホントにそろそろ目覚めるかも。にしても、エイリアン中でもカーリー凌いでかなり早いマズマがアレをネブレイドしたんだから、アイツに匹敵するかもね」

 

 そうして脳裏に浮かぶのは、忘れたくても忘れられない「彼」の姿。

 ずっと抱きしめられたのはちょっと気に喰わないが、そのおかげで自分は「ナフェ」であり。何時までもストックを見下ろす存在だと言う事を忘れないようになったので、その辺りだけはほんの少しだけ感謝。でも、その間も速度を緩めることなくあたしを振りまわしたのは減点。総合すると、傍に居させてやってもいいヤツってところ。

 

「……昼から、ジェンキンスが呼んでたっけ。あー…面倒」

 

 とはいいつつも、結局自分でも興味深い物を見つけたから一緒に研究するために向かうんだろうなぁと自己分析。とある日の朝も、自分のやりたい事をただひたに見つけてやりぬきました。

 

 今日から日記でもつけようかな。

 そしたら、ナナとか言ったあのグレイにも書かせてみる。

 記憶や心についての観測が出来るかも、なんて。

 




無駄に遅れました。
どうにも最近スランプがやばい。
書く気が中々起きないというのと、納得できる展開が……思いつかない。

それでも、頑張らせていただきます。
明日から免許取りに行かなきゃ…

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