カウントダウン~A HAPPY NEW DAYS~   作:幻想の投影物

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やべっす。
ちょっときゅうてんかいです?
じんるいははんえいするです。




「…………」

「もうすぐギリシャだ。遺跡とか楽しみだよな」

「……そだね」

「…もう寝とけ。俺が見とく」

「うん……」

 

 ナフェが何の抵抗もなく自分の腕の中で眠りについて、ようやく安堵の息を吐く。

 この2日間。なるべく体を放さず常に近くに置いて、頭を撫でたり、幻想じゃなく現実だと。それから楽しい事やこの世界で教えておきたい釣りのコツなど、いろんな事を言い聞かせると少しずつ反応を返してくれるようになった。今のナフェは、ようやく現実を直視してきてくれている。

 彼女がこうなった原因の自分がなんとも恨めしいが、ここで自分を否定したらナフェが信じる自分を否定し、更なる心の闇に彼女を追い込むことになってしまうだろう。他人の心のケアなど初めてだが、ずっと接していれば彼女が何に嫌悪を示し、何に対して心を開いてくれるのかが分かってきた。四六時中ずっといる事で分からなければその程度の人格だったと言うことだが、この身をその程度として終わらせるつもりはない。絶対にナフェを元の元気のいい悪魔ッ子に戻し、この世界を生き延びると決めたのだ。

 

 そう思っていると、少しずつブルガリアとの国境が見えて来た。ただ何となくそのへんだからという訳ではなく、この地球の地図をUEFから転送してもらったナフェの持っていた端末を見ながらの判断だ。

 そして数十キロの距離をものの数秒で駆け抜けると、すぐさまギリシャの首都アテネが近くなってきた。だが、今回はそこに行かず、ナフェに言った通りにその周囲にある遺跡群を見学する事にしている。遺跡の近くにまで行き、そこでようやく腰を落ち着けてから足の冷却を始めた。既に時刻は夜も近いので、ほぼ日本と同緯度のこの国も少しずつ肌寒くなってきていた。

 

「ほら、到着したぞ」

「…………すぅ」

「そういや寝てたんだったか。…まぁ流石は生粋のエイリアンってところか、俺の走ってる間でも起きないんだな」

 

 腹が減っては戦も出来ぬと、携帯していた干物を取り出して一つ齧る。強化された身体能力と同じく、強靭になった顎の力はスルメをいとも容易く噛みちぎってしまった。普通の人がやったら歯が抜ける事が必須なので真似はしないように。

 バカな事を考えながら空を見上げて、世界で最も美しい形とも言われる三角形を形作る星座群を見上げた。相も変わらず冬の大三角は宇宙に鎮座しており、曇りなき晴れの夜空を光のアートで演出している。そのように、ナフェの心も照らしだしてくれれば御の字なのだが、と思いつつも此処までくる途中にあった綺麗な水源で汲んできた水を喉に通した。味はないが、自然の感覚が美味いと訴えかけてくる。

 

 彼はおもむろに立ち上がると、荷物をひとまとめに背負ってナフェを腕に抱いたままアクロポリス神殿の石屋根の残骸の上に飛び乗った。彼女を起こさないように衝撃を完全に拡散させると、より空に近くなったその場所で足を組んで座る。もし生き残りがいても荷物を奪われないようにとこの上に移動したのだが、良く考えればこのモスクワにほど近い地域の人間は避難済みである事に気が付いた。だが、昇ってしまった者は仕方がないと荷物を横に置くと、ナフェを抱きすくめてその場で眠る。

 次に彼らが目を覚ますのは、朝日を浴びた時になるだろう。それほどに、深い睡眠へ陥ったのだった。

 

 

 

 

「……司令官、その話は本当ですか?」

「本当だとも。誰でもない、彼が証明した真実だ。……それで、君達はナフェ君を殺すのかね?」

「その言い方は卑怯でしょう。俺達がそんな輩に見えるとでも?」

「まさか! 私とてそのように育てた覚えはない」

「なら良いじゃないですか」

 

 ロスコルは何を馬鹿な事を言っているのかと言わんばかりに肩をすくめる。それを見たマリオンはどうにも複雑な気持ちになり、その中でも不安が勝ってつい聞き返してしまう。

 

「…本当に、後悔はないのだな。とくにメリア、君は―――」

「当たり前です。ロスコルだって赦してるんだし、それに彼女が直接手を下した訳でもないのにどう恨めと? 私達の大切な人や人類を殺したのは確かにエイリアンですが、彼らの技術力は正直言って舌を巻くほどですよ」

「だから、あのチビちゃんが本当に仲間になるって言うんなら、俺達は何の対処も取りません。強いて言うなら、今までどおりにするぐらいになるかな」

「……二人はこう言っているが」

「異議なしっす」

「右に同じく」

「俺たち人類っすよ? 仲間割れみたいな事して何になるってんですか」

 

 PSSのみならず、一般人、研究者…そうしてエイリアンに家族を殺され、憎しみを持つ者は生き残りのほとんどと言っても良いだろう。中でも最も「エイリアン」に怒りを向ける者たちの筆頭である数百人を集めたのだが、マリオンが説得するまでもなく、生き残った人類として自分の感情を押し殺す訳でもなく、皆はナフェと彼と言う存在を簡単に受け入れてしまった。

 説得には骨が折れると思っていたが、逆にこの結果にマリオンは肩すかしをくらったような気分にさせられる。そして、今ようやく思い出した。

 

 ああ、そうだ。こいつ等は本当に―――

 

「バカしかおらんではないか! はっはははははははは!!」

「今更分かったんですか? 俺ら、バカでもないと人類やってられませんよ」

「ロスコォオル! 確かに君の言うとおりだなぁ!」

 

 そうだ。世界最後の白クマを撃ち殺した時から既に自分も含め、人類にはバカしかいないのだ。生き残るために四苦八苦するバカもいれば、この目の前の者たちのように仲間であれば敵の種族であっても受け入れるバカもいる。

 何が説得だ。寧ろ、この老いた身は教えられてばかりではないか。若者との格差がこの様な形で表れるなど思っていなかったが、この世界も人間も、決して捨てたものじゃない。そう再確認するには十分。

 

「それではここまでにしよう。詰まらん事で時間を食ってしまったな」

「いえ、その分訓練とか休憩できたんで…」

「オイ馬鹿!」

「ほう…?」

 

 なるほど、この若者達には少しばかり厳しい時間が必要のようだ。

 

「では君はメリアと共に寝ずの番で各地PSS救助部隊の指揮を頼む。万が一しくじった場合は訓練を追加。その他訓練中の君達はUEF本部周囲の走り込みに二周追加だ」

「に、二周!?」

「一周およそ十五キロ程度だろう。君達はその程度で根を上げる者でもあるまい」

「いや司令官、できるできないじゃなくて辛いか楽かの問題で―――」

「なら君は更に追加だ」

「うげぇ……」

 

 私の目の前で口を滑らせた事が運のつきだ。何、この位いいじゃないか。戦場で運のツキが巡ってくるよりは…な。

 マリオンは笑いを忍ばせながらメンバーを見渡すと、早速日々の訓練を再開するよう部隊全員に言い渡した。その嘗てないほど生気に溢れた声量に皆は逆らう事が出来ず、それぞれの役職に向かって急ぎ足に取り組み始めた。数少ない通信係のロスコルとメリアは戻った途端に同僚に背中を叩かれすぐさま業務に復帰させられているようだ。

 

「…後はナフェ君の復活を待つのみか」

「司令官、サンフランシスコから―――」

「む、そうか」

 

 背後からの声でマリオンも仕事に戻る。この事から彼も、時間とスケジュールに追われる立場である事は同僚達と同じ身の上だと分かる。今日もUEFは、通常運転のようだ。

 

 

 

 次の日、神殿跡の上で目を覚ました彼はアーマメントも見当たらない久しぶりの平穏に安堵し、思いっきり体を伸ばして眠気を吹き飛ばしたが、まだ眠り続けているナフェをみやると、彼は晴れやかな空とは裏腹に重いため息をついた。

 そうして憂鬱気にも見える彼だが、その顔にはナフェに対する負の感情が一切見えない。それは自分自身が現在の状況の原因だと言う事が分かっているのと、やはり同じ人類ではなく、彼女と言う存在はエイリアンである事が何よりの理由。価値観が違う、同族である人類を殺した相手と言う事は理解しているが、自分が見た少女の一面は、この目の前のナフェしか見た事がない。

 だからこそ自己責任と自己満足。相反するようで繋がった二つの理由が彼女の介抱を続ける原動力だ。それで相手をする自分が狂うだなんてあってはならない。先ほどの原動力に一つ追加するなら、自己暗示も含んだほうがいいかもしれない。

 

 彼の思考が続く中、太陽はそれなりの高さにまで昇ってきていた。彼が目算で影の長さと経緯度から時間を割り出すと、既に7時ごろだと判断する。そうして自信満々にナフェの持っていた端末を見ると、時刻は6時半ごろを表記していた。

 

「自信があると思った瞬間にこれだよ」

 

 所詮、サバイバルは二年ほどしか経験しなかった憶えの悪いにわかである。自然物から時間を読み取ろうとするには技術が足りなかったのだと自分の未熟さを噛みしめると、その場に立ちあがって準備体操を始めた。今日も今日とて走り回る日々になるであろうと考えての行動だったが、その時の一人ごとが聞こえたらしく後ろでもぞもぞと動く気配がある。

 身に包んだシーツを絡ませ、未だ眠たそうな顔のままにナフェが彼を見つめていた。

 

「……起きてたんだ」

「そっちこそ、おはようさん」

「…おはよ」

「……いい加減、ホントは吹っ切れてんだろ? 認めたくないだけで」

「……煩い」

 

 こりゃ強情だ、と彼はわざとらしく肩をすくめて見せた。

 ナフェの精神状態は不安定なままだが、流石に既に三日は経過している。現実感を覆すような事実に直面しても、忘れられない程の狂気的な事象に遭遇したとしても、はたまた一生に響く様な大怪我を経験する事になっても、全ての「生物」は同じく「時間」によってそれらを回復、もしくは適応する事が出来る。逆に、適応するようにできているからこそ、今日までのDNAを繋げる事が可能である。

 当然、それはエイリアンでも同じ生物には違いないナフェにも当てはまり、抜け殻のような状態から一夜明け、敵対心を見せつつ少ないながらも挨拶を交わすようになっていた。そして今、三日も経てばネブレイドと言う情報を喰らうが故の強靭な精神面を持つエイリアンなら復帰もしなければ可笑しいと言うものだ。

 

 現に、ナフェは情報そのものには踏ん切りをつけ、その先にある未来と言う存在に関して揺れている真っ最中だったのだ。今となっては記録として吸収した「年表」は正確なものにはならないだろうが、彼女達エイリアンの総督が求める「ホワイト」という存在は予定より一年早く目覚めたとしても、総督を倒すに至る実力を付ける可能性があるとナフェは知っている。

 だからこそ、この情報をそのままに物語の登場人物(エイリアン)として受け取るべきか、はたまた此処は物語ではなく現実の人間(ヒト)として受け取るべきかが問題になっていた。

 

「…ま、生きてたって良い事しかないさ」

「なんなの、その言い方」

「いつまでも記憶の中の物語に逃げてばかり。そうしてうじうじ悩んでるなんて、あの極悪非道のナフェ様だと思えないってことだよ。少なくとも、俺がこっちに来てから知り合ったお前は生への執着しかないなんて、その程度の弱小の心を持ったエイリアンじゃなかった。自分で考えて、俺をこき使って、何の気まぐれか人類に手を貸してるナフェっていう見た目小娘のクソガキだったさ」

 

 小馬鹿にしたように鼻で笑ってやると、眠そうな瞳が一転、あのアスタナで襲いかかって来た時のように凶暴性と、攻撃性を含んでいる吊り目で睨みつけて来た。心なしか、エイリアン独特の力を解放した時に発生するオーラの様な物を背負っているようにも見える。イメージカラーでもある桃色の威圧を放つほど彼女はご立腹らしい。

 

「黙ってれば……一体何様のつもりさ。ずっと、あたしをそんな風に見下してたってわけ? ストック風情が言い気にならないで。アンタの血液をネブレイドした事で地力も比べ物にならない程上がってるんだから、下手をしたらその喉掻っ喰らうよ…!?」

「おうおうおう、やれるもんならやってみやがれこの大喰らいのクソガキが。所詮はアイツにも遠く及ばねえくせに俺に歯向かった事後悔させてやる」

「言ったねぇっ、筋肉馬鹿!」

 

 言葉と共にナフェの鋭く尖った生体アーマメント部位の爪が下から迫ってきた。座った大勢のままに振るわれた物は、体勢や力の出し方など関係ないかのように彼の顎を捕えている。それを右手でガードしてしまおうと思った彼は、直後に感じた痛みに驚愕した。

 強靭すぎる彼の腕とぶつかったナフェの爪は欠けることなく、それどころか深々とその腕に突き刺さっていたのだ。

 

「ヅぅッ!?」

「油断してるからっ、そう、なるの!」

 

 続けて爪を突き刺したまま手を引っ張って彼の体を軸として利用すると、ナフェの鋭い蹴りが今度こそ彼の顎を捕える。ヒットと同時に彼の脳が揺れ、直結する視界も同様に火花を散らして世界をぼやかせる。そうして生じた隙を見計らい、ナフェは次々と握りしめた片腕での連打と、引き抜いた爪で彼の体を血濡れに染めて行く。

 

「あんたがっ、そもそもあんな物を見せるから! 何よっ、あたしなんてどうせ死に行くゴミみたいなもんだって思ってたんでしょっ!?」

 

 握りしめた拳を振りかぶり、顔面に叩きこんだ。

 同時に足場になっていたアクロポリス神殿が盛大に崩壊を始め、衝撃を受け止める者が無くなった彼の体は凄まじい速度で地面へ叩きこまれる。しかし、それでも人間である筈の体が砕け散る事は無く、何度かのバウンドと共に十メートルほどを転がって行った。

 よほど全力で打ち込んだのか、肩で息をするナフェは更に息を荒げながら、ふらふらと立ち上がった彼の姿を睨みつける。砂埃で正確には見えなかったが、まだまだ余裕があると分かって、

 

「ああぁぁぁああぁぁぁああああっ!! もう、嫌!」

 

 叫び、地団太を踏んで地面を陥没させると、一直線に彼に向かって跳んだ。

 ようやく立ち上がった彼を再び地面に打ち付け、癇癪を起したように両手を握りしめて叩き続ける。常人なら目で追う事も難しい速度の質量の伴った拳が打ちつけられる度に、大地は悲鳴を上げるように局地的な地震を引き起こしていた。

 

「あんたなんか、もう、なんで、そんなに……ッ!」

「…………」

 

 拳を受け続ける彼は、一切反撃の手を出せないようにも見える。だが、不満の一つもしゃべらずに、ただただ涙目で拳を振り上げるナフェを見つめ返していた。それは反撃をしないという合図のようでもあり、それが分かっていながら、ぶつけるべき感情を暴力としてしか表現できない彼女はただ手を振り上げている。

 

「そんなに、あたしのこと、見てくれてんの……」

 

 ぽす、と彼の腹の上には力なくナフェの握られた手が振り下ろされた。

 溜めこんで来ていたぶつける場所が分からない感情を全て出し切ったのか、彼女が扱う破壊と言う手段はせき止められ、ただただ咽び泣く少女だけがその場に取り残された。

 腹の部分の服も衝撃で破け、その下の充血し、一部からは出血も見られる惨状を物語る彼は、ボロボロの体とは裏腹に流れるような動作で彼女を抱きしめた。

 一瞬怯えたように跳ねたナフェだったが、それでも、こうまでしても自分の味方でいてくれるこの目の前の存在に、先ほどまでの行動と自分の世話を焼いてくれた数日間を思い出して、目から溢れる滴には先ほどとは違った意味を混ざらせる。

 その事が何よりも暖かくて、自分のいた場所で手を指し伸ばしてくれた、「彼女」の事を思い出して、自分の居場所を彼が作ってくれているのだと思って―――

 

「ごめん……なさい……」

「…………」

 

 言葉は返さず、暖かな視線と、安心するように抱きしめる事で返事をする。

 誰もが彼らを見て理解できるだろうが、当時したる彼も当然分かっていた。だからこそ何の抵抗もなく、ストレスや溜めこんだ物、それら全てを吐き出させる為に拳を身に受けていた。それだけで彼女が落ちついてくれるなら、それだけで全てが済むのなら。

 確かに、痛みには慣れる筈もない。痛い物は嫌だ。だが、心の痛みを見て見ぬふりする事は何よりも自分の心が痛い。身体的な痛みはいずれ慣れるだろうが、心の痛みは逃げる事が出来ないと知っている。

 だから、エイリアンであっても非道な手段を用いる者であったとしても、ナフェ(XNFE)という個人の味方でいよう。それは、彼の変わらない選択だ。ナフェの生い立ちや経歴は、確かにコミックスと言う客観的な視点でしか見る事は出来なかった。だが、それ以上に同情でもない、旅を続けて来たからこそ思った。ただの孤独を埋め会う仲間として彼女を助けたかったのだと。

 それが自分でさえも救われる事を思慮に入れた最低の自己満足でもあると自覚はしている。それでも、自分が彼女の心を蘇らせるにはずっと傍にいるしかない。

 

「ナフェ」

 

 返事はない。それでも、これだけは聞いてほしかった。

 

「俺ら、仲間だろ」

「……そう、かもね」

「一緒に旅してたよな」

「楽しかった、かも」

「ならさ」

 

 彼女の涙にぬれた、それでも何かを期待するような顔が目に入った。

 

「これからもよろしく」

「うん。うん…!」

 

 今はただ、この子を見守り続けよう。

 

 

 

 

 数日後、ようやくいつものように戻ってくれたナフェを引き連れて、モスクワの本部に帰還した。連絡を入れずにこっそりと帰ってきて驚かせようとしたのに、逆に本部の連中は監視カメラを倍に増やして、帰ってきた時の事を文字通り「図って」いたらしい。

 最初に大広間には行った時に俺達が目にしたのは、クラッカーの紙吹雪とバカどもの笑顔だった。

 

 それから、夜通しで改まったエイリアン・ナフェの歓迎会が終わった後、彼らはUEFの重要人物、PSS司令官のマリオン。生き残った中でも良心的な科学者であり、チーフを務めているジェンキンス等が集まったPSSの管制室に連れられていた。

 

「…それで、技術提供と言うのは本当かな?」

「しょーがないから教えてあげる。じゃないとあたしも生き残れないっぽいからね」

「そう言う訳で、全員の生存が第一らしいっすよ」

「それはありがたい! 早速、明日からでもこき使わせて貰うから、覚悟しておいてくれたまえ」

「……え?」

「あー、そういやこき使っても構わないって言ってたか……」

 

 確かに、彼は最後の通信の時に戻った際はどれだけ使っても構わないとマリオンに伝えて会った。だが、それは当然科学者や新たな人類防衛用の機械開発者達の耳にも入る事は必須あったということらしい。当たり前の事だが、その事実を目の前にすると人と言う物はモチベーションが一気に下がるもののようだ。

 その証拠に、見るからに彼とナフェはあからさまな表情をしている。

 

「それでは、ナフェちゃんをしばらくお借りしよう!」

「ジェンキンス、あまりやり過ぎるな」

「分かっているとも! マリオン氏」

 

 だが、科学者連中にとっては如何に良心的とは言っても、進んだ技術と言う物に対する興味や探究心は尽きないらしい。早速と言わんばかりにナフェの手を取って研究開発専門の建物に連れ込んで行った。その時の彼女の表情は、荷馬車に乗せられた仔牛のようであったとか。どなどな。

 

「……まぁ、少しばかりのハプニングがあったようだが、この様に君の危惧する事態は起きていない。安心してくれたかね?」

「流石は司令官の手腕と言ったところですね。しかし、本当に良かったんですか?」

「何がだね?」

「独房とかにぶち込まなくてもってことですよ」

「この中で犯罪を犯したものならともかく、命令を聞き、よく働いてくれる人材を牢屋の中で腐らせろと? そんな勿体ない(MOTTAINAI)方法は人を扱う物として真っ先に除外させて貰った」

「…ほら、お前も諦めろって。何週間か居なかったけど、此れがウチ(PSS)のノリだろ?」

「それもそうなんだが……」

 

 背後から仕事中のロスコルが話しかけて来たが、ちゃんとした返事を返す前に目の前の強面の老人から咳ばらいが響き渡る。

 

「ロスコル、私語は慎みたまえ」

「アイ・サー。司令官」

 

 これ以上の罰則は十分だと言わんばかりにロスコルは業務に戻って行った。

 

「とにかく、君も疲れただろう。強く言ってあるのでナフェ君もそう時間は取られずに二時頃…一時間後位には君達の部屋に戻ってくる筈だ。だからゆっくりと――」

「司令官、反応が!」

 

 慰労の言葉を掛けようとした矢先に、施設内がイエローランプの光で埋め尽くされた。メリアが監視カメラとレーダーを使ってここUEF本部の周囲をレーザーマップで天井に投影したと思えば、本部から2キロも離れていない地点に「赤い光点」がゆっくりと此方に向かっている様子が見て取れる。

 

「これは…まさか、いや、何故こんな時に……」

「ですが、機器は残念ながら正常です。現実を認めなければ―――私達は全滅だと思われます」

「……A級エイリアン、か」

 

 ロスコルがぼそりと呟く。

 その赤い光点は、近くにいる敵のアーマメント反応よりもずっと大きなエネルギーの総量を表している。周囲の慌てようがそれほどでもない事から、流石に総督ほどではないようだが、それでも脅威として目の前に立ちはだかっているのは間違いないだろう。

 

「いかんな…PSSは君達を見習わせた結果、悉く疲労している。この様な状態では前線に出ても最悪のコンディションだ。…ここは、忍びないが“彼女達”を使うべきか……」

「…彼女達?」

「戦闘用クローン。君もPSSの一員だ、聞いているだろう? ああ、姿を見た事はないのだったな」

 

 だが、彼はその情報の全てを、おそらくは研究に携わった科学者と同等な程に知っていた。驚異的な、それこそA級エイリアンに匹敵する性能を誇るが、運動野が脳の全てを浸食し、最終的には生ける屍と同義の存在になってしまう、哀しい宿命を帯びた「彼女」のクローン。―――ステラと言うホワイトを除くなら、その名を「グレイ」と呼ぶべきか。

 その末路は、ナフェと出会う前、「彼女」と行動していた時に彼女の食事(ネブレイド)として各地を巡らされていたから憶えている。何の感情も見受けられない、動くだけの、生きているだけの肉の塊と表現しても良いほどに見るに堪えない「ヒトガタ」でしかなかった。

 

「しかし、此方のグレイはほとんど殺されている。本部に残っているのは“ナナ”と自称する彼女しか残っていないと科学者連中が言っていたが…背に腹は代えられん、か」

「司令官」

「む、なんだね? ……いや、聞くまでもなかったか」

 

 内容を訪ねる前に、マリオンに訪ねた彼の目を見れば分かった。

 

「俺が、そのナナってグレイと共に出ます」

「……私達には止めようがない。それに、君の実力は知っているとも。…やって、くれるのかね?」

「腕っ節だけが取り柄です。バックアップをお願いします」

「分かった。存分にやって来い。幸いにも敵は舐め切っているのか、多少の時間はある。協力するグレイとも挨拶をしておくと良い」

「はい」

 

 そうして本部の外に出ようと、まずは管制室の扉に手を掛けたところでマリオンが彼を引きとめた。

 

「必ず、生きて帰って来い。合言葉は」

「「狩りの時間だ(タリー・ホウ)!」」

 

 そして走り去る彼。

 もう、後ろを振り返る事はなかった。

 




ちょっと急ぎ足の展開。
こんな感じでナフェにぶたれまくる……我々の業界ではご褒美です。

それでは、また次回にお会いしましょう。

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