カウントダウン~A HAPPY NEW DAYS~   作:幻想の投影物

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これからは地の文が多くなってくると思います。


手間がかかる

「はい、すみませんマリオン司令官」

≪まぁ仕方ないだろう。私も少しばかり、心の落ちつく時間が欲しいのでな≫

「…此方が言えた義理ではありませんが、シング・ラブについては早めのご決断を。さもなくばPSSにうだつが上がらなくなりますよ」

≪分かっている。…では≫

 

 ナフェの端末の投影スクリーンをタッチすると、それら全てが端末に吸い込まれて電源そのものが切れた。エイリアンの技術は恐ろしく発達しており、電池切れが数十年後と言う事で通信が取れなくなった訳ではないが、沈黙した事は確かである。

 ナフェに返すことなく懐にそれを仕舞うと、崖の一角に腰を掛けて空を見上げている彼女を見た。この自然にあふれた場所に来るまで三日ほどかかったが、彼女は立ち直る様子は見受けられない。いつかのように呆然と何もない場所を見上げて、こちらの言う事にも曖昧な返事を返すだけだった。

 

 だから、これは彼女自身の問題として片付けなければならない。ここで変に自分の言葉で刺激を促してしまえば、デリケートになっている感情を爆発させてしまって、その後はまた、彼女は思考の振り出しに戻る事になるだろうから。

 時に優しさとは、何もしない事にも適用される。今の自分はそれこそが最善だと、そう思いながらも何とも言えない気持ちを噛み殺した。

 

「……そう言う事だ。悪いが今日の飯になってもらう。謝りはしない」

 ―――! ッ―――!!

 

 そんな彼の手元では、首を抑えられ、身動きが取れない状態でも此方に明確な敵意と反抗的な瞳を向けて来ている蛇がいた。

 彼と言う存在がこの世界に現れてから、ほとんどの地球に取り残されたアーマメントが彼やナフェの手によって破壊されている現状、しぶとく生き残っていた野生動物達は自然の世界に必要以上の危険を感じないようになっており、このようにのこのこと彼らの前に姿を現し始めていた。貴重なたんぱく源をその鍛え上げれられた手で絞め落とすと、力なく命の灯を失った蛇がダラリとうなだれる。

 その蛇の頭を肉切り包丁で切り落とせば、新鮮な血液がその場にぶちまけられた。

 

 その事を気にせずに調理を始め、焚火の前に細かく切り分けた蛇の肉を置いていく。キャンプの焼き魚の様に蛇が一度火に通され殺菌消毒された長い串で貫かれていくと、14本の不規則な串刺しの肉が出来上がる。日の上に吊るされた金物の中には行った込めが湯気を立ち上らせ、食欲をそそる匂いがその場には立ち込めていた。

 

 だが、ナフェは其方を見ることなく地面に仰向けに倒れ込んだだけ。この行動も匂いにつられて反応したと言うよりは、匂いが体勢を変えるためのきっかけに過ぎないと言うだけだろう。その一つを手にとって、彼はナフェに差し出してみるものの、

 

「喰うか?」

「いらない」

 

 問いかけにも即答で返され、すぐさま無言タイムに突入される。一応言葉には反応してくれているのだが、この三日間、コミュニケーションは最小限になってしまった。移動するときは無言で自分を彼に背負わせ、寝るときはいつの間にか途中で持ってきた小奇麗なシーツなどを自分で巻いて眠りについている。

 その度に人肌に触れあうように服の裾を握ったり、背中に背負った時は顔を背中に埋めたりして来ていると言う事は、彼の事を唯一の寄る辺としているのかもしれないが、それ以上は言葉を発そうともしていない辺りは唯の安心できるための道具として認識しているのかもしれない。

 複雑と言うことだけは似ている女心にもつながるような感情が、今もナフェを苦しめていた。

 

「…いただきます」

 

 とにかく、このまま火であぶり続けてはせっかくの蛇肉も焦げてしまう。少し熱源から遠ざけ、暖める程度の場所に串を突き刺すと、飯盒(はんごう)を開いて温まった「米モドキ」を取り出し、竹に似た中身の無い植物を切って作った即席のお椀に詰め込んだ。小麦粉を練った物を「ちねって」米に似た形にしたものだが、どこぞの番組でやっていた無人島生活の調理方法は意外と役に立つものだなぁと小麦色の米モドキを見て物想う。

 再度ナフェの方を見てみたが、何を言うでもなく眠りに落ちているようだ。一応二人分は作ったのだが、彼女が食べないと言うのなら自分が消化してしまわなければならない。食糧は頑張れば意外と栄養価の高い物が採取できるので困らないのだが、こうして調理済みのものが余ったような感覚になるのはなんとも頂けないものだ。

 

「お粗末さまでした」

 

 自分で作った物をご馳走というのも何だと思って、最近はこうしてお粗末という言葉を使い分け始めた。こんな簡単な感じで彼女にも現実と知識の違いを見出してほしいものだが、自我同一性(アイデンティティ)の崩壊にも等しい世界観測という現実を目の当たりにしたショックは大きい。こうして彼女の立ち振る舞いに影響がないことこそ、奇跡的ともいえる。

 これが「彼女」だった場合なら、また違った反応を示すかも知れないのだが……いや、よしておこう。あまり考えすぎると噂を聞きつけてまたやってくるかもしれない。もっとも、そう簡単に表れる事が出来る程、彼女も暇ではないとは思っているが。

 

「……血の匂いが集まり始めたか。仕方ないな」

 

 彼がそうつぶやいたのは、驚異的に発達した嗅覚で辺りの動物を殺しまわったのだろうアーマメントが、血の匂いを撒き散らしながら暗闇の中から奇襲を仕掛けようと集結していたから。いつまでたっても学習しないそんなアーマメント達に今までにないほど冷たい視線を向けながら火を消すと、食材など最小限の荷物をリュックに詰め込んだ。そして最後に眠っているナフェが寒くならないようにシーツごと抱きかかえると、音をたてないように極力注意を払いながら一気に40メートルの高さまで斜めに跳躍し、着地時に木の枝などで衝撃を殺しながらゆっくり移動を始める。

 平常心を取り戻すまでしばらくかかるだろうが、自然回復に任せるしかないのがとても歯痒い。こんなことなら、精神に左右する能力を得ていればよかったのに。誰とも知らぬ者に憎しみを抱き、彼らは夜の闇の中にまぎれて行く。

 

 

 

 

「司令官、ウクライナ周辺のアーマメント反応が全て消失しました」

「…また、彼が戦ってくれているのか」

「どうやらそのようですね。……司令官、数日前から顔色が優れないようですが」

「……すまないメリア。少し自室で休ませて貰えないだろうか。指揮はフォボスに任せる」

「了解しました。司令官は少し働き過ぎです、ちゃんとお休みになってくだせぇ」

「ああ」

 

 管制室のドアを抜け、PSS部隊専用に設立された宿舎まで足を向ける。

 あの優秀な…いや、人間を遥かに超えて優秀すぎる彼の報告を受け取ってから、どうにも気分が悪い。そして、その原因は誰よりも私が知っているのだろう。

 

「シング・ラブ……」

 

 あの純白の少女。唄声に焚きつけられてPSSに志願し、それから同僚や新人をアーマメントやA級エイリアンとの戦いで失い続け、いつの間にか司令官と言う立ち位置に収まっていた自分。数々の友を失って寂れた心は、シング・ラブの唄声で癒すことで何とか次の日には立ち直る事が出来ていた。

 だが、その歌姫こそがエイリアンの総大将と告げられた今、私の脳裏によぎるのは数々の死んでいったPSSメンバーの遺影だった。ジーン・ハウラー、ハンス・ロディスビッチ、ジャック・ハーバー、ジン・モリオカ、ファン・タイレン。国籍も年齢も違うが、確かに仲間としての絆で繋がっていた、今は亡き私達の同胞。

 彼らもまた、イメージキャラクターとしてダダリオ・ネクスト社が掲げたシング・ラブについて語ることのできる仲間だったのだが、今となっては墓への土産話にするわけにもいかなくなった。私達の心の拠り所が、まさか敵側のトップだと言える筈もない。今のPSSメンバーは最古参のメンバーが私しか残っていないため、そこまでシング・ラブに思い入れのある隊員はほとんどいないだろう。だが、私は―――

 

「……いかんな。考えが堂々巡りになってしまう」

 

 いつの間にか自室の前にまで歩いて来ていた私は、その部屋のドアを開けて中に入る。質素で家具も最小限しか置かれていないそこには、古ぼけた純白の少女のポスターと現PSSメンバー、そして彼とナフェ君が映る写真が置かれていた。

 写真立を手にとって中を見れば、私を含めて全員が馬鹿笑いして映っている。だが、今の私はどうだ? 笑顔など、どこにもない。いや、寧ろこの写真の中の私が司令官としてあるまじき顔なのかもしれないな。

 

「ロスコル・シェパードです。司令官、少しよろしいでしょうか」

 

 PSSの中でも特に機械に強い男。そのロスコルがマリオンの部屋にノックと共に訪れて来た。しばらくは無言を保っていたマリオンも、すぐにPSS司令官としての表情に戻って彼を招き入れた。

 

「入りたまえ」

「失礼します。…彼から再び通信が入りましたので、無線機を預かってきました」

「…まったく、その程度なら内線を使えばよいだろうに」

「いえ、司令官が一人と聞いたからこそ、だとか」

「私が一人だからこそ…?」

 

 疑問に思いながらも無線機を受け取ると、ロスコルは頭を下げて部屋を出て行った。だが、この時に私が一人しかいないからこそと言うのは、一体どのような報告なのだろうか。自身の失墜の気持ちよりも、何か明るい報告があるかもしれないと言う其方のほうが気にかかってしまうのは否定できない。だが、せっかくの無線を無視するわけにもいかない。こちらマリオン。そう答えると、彼からは息をのむ音が聞こえて来た。

 

「……どうしたのかね?」

≪司令官、これから為す事を他のPSSメンバーに伝える事は…特にロスコル、メリア、ジョナサンの三人に伝える事は其方の自由にお任せします≫

「何故その三人なのだ」

≪エイリアンの襲撃で大事なものを失った。それが入隊理由の者の中でも、最も憎しみが激しそうな者たちだからですよ≫

「……わかった、続けてくれ」

 

 確かに、あの三人のエイリアン――ひいてはアーマメント嫌いは度を超す時もある。その分普段が優秀なだけに原動力でもあるだろう復讐心を取り除く様なメンタルヘルスは行ってこなかったが、いつも不思議に心の中に言葉が入ってくるような事を言う「彼」からの言葉だ。これは、心して聞かなければならないかもしないと、しっかりと椅子にすわりなおして体勢を整えた。

 

≪……ナフェは、A級エイリアン側の智将です。過去に一億までアーマメントが減った時、大量のアーマメントを引き連れて地球を襲ったのもナフェでした≫

「―――それはっ!」

≪ですので、落ちついて聞いて欲しいんです≫

 

 とてもじゃないが信じられない。彼女は確かに、見た目不相応な立ち振る舞いをしている時があったが、それはあくまで孤独に生きて来たから身に着いた強さであって、まさかエイリアンだからという理由があるとは夢にも思わなかった。

 だが、彼の言葉が本当だとすると、ナフェを連れて此方に来た彼自身も――

 

「君も、エイリアン側の人間(スパイ)と言う事か」

≪そうなります。と言っても、UEF(ここ)に来る前までの話ですが≫

「御託はいい。だが、ひとつ気になるのは何故君が諜報活動ではなく此方に情報を流すようにしているのか、と言う事だ」

≪結局、俺も人間を捨て切れなかったってだけの繋がりに飢えた奴だった。唯それだけのことですよ≫

「……それでも、君はこちらに来ようと言うのかね?」

≪はい。……その際に捕えるとしたら、ナフェではなく俺を―――≫

「いや、もういい」

≪――――ッ≫

 

 あちらは此方が問答無用とでも思ったのだろう。

 だが、こちらはそんなに器量が狭い人間ではないのだぞ。

 

「君が何を言おうと私達の仲間だ。ナフェ君に関しては私から言っておこう。だが…帰って来た時は、君達を使いつぶすつもりで予定を組むからそのつもりで戻ってきたまえ。みな、君の“母の味”を心待ちにしているのだからな」

≪……はっはっはっはっはっはっはっはっはっは!! 分かりましたよ、じゃああいつ等には誰が母親だっ、とでも言っておいてください。…それから、技術提供はなんとかナフェにさせます。俺は所詮この世界の異物ですが、ナフェや貴方たちは生き残れるようにご武運を祈ります≫

「私も、踏ん切りをつける事にするよ。シング・ラブは歌姫ではない。ただの、エイリアンの総督だ。私達の殲滅すべき敵である、と」

≪…そんな調子でナフェも立ち直ってくれれば最高なんですがね。…司令官、それでは次の報告は本部で。それと、やはり新人の防衛線は張らないようにお願いします。命は油断したらあっさりと散る。そんな物ですから≫

「…了解した。しばしの旅行を楽しんできたまえ」

 

 無線が切れ、砂嵐だけが聞こえてくる。その無線のスイッチを切ると、私はベッドに腰を掛けた。額を覆うように当てた手からは、数えきれないほどの硝煙の匂いの中に友が飛び散らした血の匂いが漂ってくる。

 

「……もう、私も大人なのだ。いい加減一人で立たねばなるまい」

 

 呟いて、シング・ラブのCDを見つめると、今までの未練を断ち切るかのように拳を撃ち降ろし、全てのディスクを粉々にした。カシャ、と小さな音が部屋になり響き、自分がいかに小さなものへ心を寄せていたのかが実感できてしまい、己に対する苦笑が口から零れてきた。

 そろそろ休憩も良いだろう。今この時も、モスクワ以外でアーマメントを殲滅しているPSSのメンバーたちへ慰労と命令を伝えなければならない。シング・ラブを広告塔にして集まった私達の部隊は、今や「フランク・マリオン」という男に魅せられ、志願してきた者ばかりなのだから。ならば私は、例え強がりでも弱みを見せてはいけないのだ。

 

「いつだったか、彼が言っていた義経を目指して見るとしよう」

 

 では、まずはナフェ君の事を伝えなければならないな。

 君達の分まで、私は関門で叩かれてくる事にするよ。―――君。

 

 

 

 

「……ふぅっ……は、はぁ、……はぁ……死にたく、ない…」

「また泣いてるのか」

 

 腕の中で、ナフェが眠りながらにして泣きじゃくっていた。

 確か彼女は、この地球に来る前に重傷を負っていて、その時に死ぬような思いをしたのか、はたまたその事から生存に対する執着が増したのだろう。それに総督の位置に自分が成るという欲望が混ざり、「彼女」を裏切るような形となって計画を組み立てたのかもしれない。

 全ては自分の予想に過ぎない事だが、こうして涙を流す彼女が落ちつくまではどんな事を言っても聞こえはしない。ましてや、今のナフェは寝ているのだから。どんな言葉を投げかけたとしても反応が返ってくる事はない。

 絵面的にヤバいとか、そんな事を気にする前に彼女をそっと抱き締める。肌に彼女の生態アーマメント部分の硬質な感触が突き刺さるが、しばらくそうしているとナフェの不定期な息遣いは少しずつ収まっていき、ようやく普通の呼吸が出来るまでに戻った。また彼女を抱えたままその場を移動すると、遥か後方から彼女が泣く前に倒した巨大なアーマメントの爆発音が聞こえてくる。今ようやく倒れたのか、などと考える暇もなく自分の体はその場から離れて行こうとした。

 

「…北斗七星があっち。俺はいま、ウクライナ近くを走ってる筈で……」

 

 左腕の服に缶バッチよろしく貼り付けた端末を見て、自分のいる座標を合わせながら自分の足を動かす。とにかく適当に歩き回っていたころはそんなに気にしていなかったが、自分は余り方向感覚が良い方ではない。ひとしきりアーマメントから逃げた後は、こうしてちょくちょく方向修正を行いながらでないとモスクワに辿り着くことさえ難しい。ましてや列車などが通っているような路線は無いのだ。ヘリや多人数が乗れる飛行機で移動しているPSSメンバーと違い、自分は方向も距離も全て肉眼と己のカンで辿り着くしかない。

 ただ、この時に関してはナフェが落ち着くまでUEF本部に連れて行く事は出来ない。マリオン司令官のロスコル達の説得も必要だろうし、何よりナフェの精神状態が不安定なままでは誰とも会話する事が出来ない。

 こうした情緒不安定は抱きしめることで収まるのだから、彼女にとって心を許せる人、そして物理的にも精神的にも暖かさが必要なのかもしれないが、それもあくまで彼女自身の心をこれ以上落とさないための最終ラインの役割しか果たせないのである。

 

「……あれ」

「おはよう、ねぼすけさん」

「……うん」

 

 こうした寝起きなどは意識もはっきりとしていないから、最低限はコミュニケーションを取る事が可能だ。だが、数分もすれば彼女はまた、心ここに非ずと言った風に腕の中で動かぬ人形と化す。最近はこんな毎日が繰り返され、自分の精神状態にも異常をきたしそうになるが、あくまでそれは錯覚だと空想を振り払った。

 こんなナフェに、今度はどんな言葉を掛ければいいのか。そればかりを考えては違うと切り捨てる作業が、今日も始まる。

 




ナフェはまだ復活しません。
そう簡単に受け止めることができないものですよね。
特に、全く違う人間と宇宙人の意識が混ざり合った今のナフェには相当堪えるはず。

マリオン司令官はかっこいい。これは真理ですけど。

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