カウントダウン~A HAPPY NEW DAYS~   作:幻想の投影物

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そうとくが
ウォーミングアップを
はじめたようです

ほら
あなたの
うしろに


アーマメントが


そいやっさ

 ナフェを背負うことなく、珍しく二人はゆっくりと徒歩で並んで歩いていた。

 

「ねぇ~、早く着かないの?」

「馬鹿言え。到着した時にマリオン司令官が新人部隊の的にするって言ってたろ? だから世界中から掻き集めるわけにもいかないし、集まった7割はせめて倒しとく方が…」

「それもそうかもしれないけど…もう、ベッドが恋しいなぁ……」

「まったく、コンクリの上でも寝る事が出来る逞しい体を持て」

「あたし可愛い方が好きなのっ」

 

 仕方ないお嬢様だと言いつつも、そんな他愛の無い会話をしながらゆっくりと歩いて行く二人。もし彼がまたナフェを背負って全力疾走したなら、それこそ二日とかからずモスクワの本部までたどり着くことは可能だろうが、それが出来ない理由は先ほどの会話にもあったアーマメントが二人を消そうと集結している事にある。

 こうしてのほほんとした会話を交わしながらも、実際は破裂音や爆発、巨大なアーマメントが何体も二人の周りを取り囲み、特別に彼女自身が調整した「おチビ」と読んでいるウサギの様なユニット以外のピンク色をしたアーマメントも全て、彼女に対して牙をむいている。昔の暇つぶしで作って有り余っていた「自爆型」がここぞとばかりに投入されるモノだから、冷汗は止まらない現状である。それを聞いた彼は因果応報だなと笑いながら飛んできた自爆型を握り潰し(・・・・)ていたが。

 

 そうして歩くうちに、目の前には巨大な赤色のアーマメントが現れた。三階建の建造物にも匹敵しうる大きさを持つそのくせ、機動力は人間の作る重機の数倍は取り回しの利く性能を発揮すると言う、正にエイリアンと人間の科学力の差を見せつけるようにして造られた制圧兵器である。

 

「ふんふ~ん、ふんふふーん♪」

「結構歌ってるが、それってあの総督の唄か?」

「やっぱり知ってるもんだねー」

「そりゃぁ、こっちでの彼女の名前“シング・ラブ”は有名だからな」

「一時はそんなことしてたんだっけ」

 

 だが、この二人にとっては気に留めることすらどうでもいい唯の鉄くずにしか過ぎないらしい。荒廃した都市の瓦礫を巻き上げながらまるで削岩機の様な頭部を回転させ、凄まじい金切音を立てながら二人へと突進して行く。いかなエイリアンのナフェや超人の彼とは言え、このようなものを直撃してしまえばただでは済まないだろう。それはあくまで、直撃した際の話に限るのではあるが。

 

「さっさ、いやささっ!」

 

 簡単に捻りあげ、ぐるんっと回転させながら右手を伸ばして直立に持ちあげ静止させる。アーマメントは何とか離れようともがいているが、重心にかかる重さをも無視する圧倒的な握力と筋力でほんの僅かばかりしか体を動かすことは許されなかった。

 

「それって日本(ジャパン)の民謡?」

「祭りの音。こうして軽快な太鼓の音と一緒に輪を描いて踊って、そして並ぶ屋台を練り歩きながら屋台で買った食べ物を口に含む。そして上空に打ち上げられた花火を……ちくしょー、かなりホームシックになっちまった」

「聞いてる限りは楽しそうだけど、今はあたし達が攻めたから無理だもんね」

「元凶め……まぁ責める気はないけどな。太鼓モドキの音なら響かせてやるよ。そぉーれぇええええええっ!」

 

 しゃがんで身を低くしたナフェの上をぐるぐると振り回した巨大なアーマメントが鼻頭(のような場所)を掴まれながら振りまわされ、敵が集結していた地点に投げ込まれた。遠心力に投げる為の力、加えてアーマメント事態の質量が加わった剛速球は敵の群れに突っ込むと、燃料に引火でもしたのか大爆発を起こしながら地面を揺るがした。

 その爆発に巻き込まれて近くにいた敵も炎上し、最早此処が地獄と見紛う程の絵図が繰り広げられているが、その中をたーまやーなどと言うナフェが冷やかし、汚え花火だと彼が侮蔑の言葉を投げかける。それでも明かりに群がる夏の虫のようにアーマメントが湧いて来たので、狙われている当の二人はウゲェ、と心境をシンクロさせた。

 

「ナフェ、いっきまーす」

「ナフェちゃんの、ちょっといいトコ見てみたい!」

 

 貴様らは酔っ払いか! ……失礼。

 とまあそんなノリでナフェが「おチビ」を8()ほど呼びだすと、整列させてから一気にレーザーを放った。鉄をいとも容易く融解させる高熱線が辺りを貫き、爆発すら起こさせる前に全てを焼き尽くす。レーザーが直撃した地面はガラス状になるほど高質化され、元のアスファルトの原型すら留めていなかった。

 しかし、それにもやはり代償は存在したようである。ナフェはあれまと首をかしげ、このちび達はもう駄目だと彼に告げる。

 

「苛立ち過ぎてジェネレーターが焼きついちゃってる」

「分かり易く言うと?」

「エンスト」

「把握。んじゃ、また移動するから乗れ」

「わーい、パパの背中だぁ」

「やめんか。寒気がする」

 

 どれほどこのアーマメント無間地獄に辟易しているのか、そんな冗談を挟みながらでないと駄目なほどに彼らの瞳からは光が消えていた。いわゆるハイライトの無い死んだ魚の目状態な二人は、せめて爽快感を味わえるようにと思いっきり駆け抜ける事を互いに確認し合う。

 

 瞬間、彼らは光になった。

 後ろから思い出したかのようにドンっという地面を打つ音が響き渡り、そのスタートダッシュに使った地面は重機のドリルでも突っ込んだかのように大穴をあけていた。そんな過去を振り返らない二人は、この二度目の旅の中で更に進化した彼の足の速度に身をまかせつつアーマメントの群れに突っ込んで行った。

 

「そいやっさ」

 

 ナフェが冗談交じりで言った途端に、アーマメントの大軍はモーゼの奇跡のように縦に割れた。それは奴らが道を開けたのではなく、アーマメントが物理的に破壊された事、そして彼のスピードが音速をとっくに超えていた事で生じたソニックブームが敵を吹き飛ばすと言うトンでも現象が発生したからだ。

 そのままの勢いで彼が回し蹴りの要領で周囲を薙ぎ払うと、まるで漫画のように周りの敵が吹き飛ばされ、別の味方とぶつかって爆発する。ナフェの自爆型はもはや、彼にとってはシューティングゲームに出てくる爆発ドラム缶のような扱いである。あわれなり。

 

「…いやぁ、凄い事になったな」

「あの方を吹っ飛ばしたのは頷けるよね。というか、これ以上進化したらアンタどうなるのよ?」

「セルゲーム開始」

「へ?」

「いや、こっちの話だ」

 

 流石に十日間も待つつもりはない、ではなく。

 そんなバカな事を考えつつある彼ら二人の周りには、最早原型を保ったままのアーマメントは見つからない。もうコイツ一人で良いんじゃないかなとナフェが思い始めたそのとき、彼が感心したように声を上げているのをナフェの耳は聞きとっていた。

 

「どしたの?」

「冬の大三角形! いやぁ、日本と緯度合わせながら移動してきて良かった」

 

 おおいぬ座のシリウス。

 こいぬ座のプロキオン。

 オリオン座のペテルギウス。

 一応は夏の大三角形のように天の川がプロキオン―ペテルギウス、プロキオン―シリウス間を通っているものの、日本人にとっては七夕伝説の夏の大三角形と同じ「三角」にあやかった物として認知している事が多いだろうそれである。

 彼自身の知識もその程度しかなかったものの、アーマメントと言う邪魔なものを倒した達成感溢れる時にこうしたものを見ると、何故か感動と言う言葉が胸の中を一陣の風となって吹き抜けていくように感じるものだ。

 

「やっぱ、こうした綺麗なもの見ると心が洗われるな」

「それじゃアンタはずっと癒されることになるんだ? あたしが―――」

「はいはいデュクシデュクシ」

「何かムカつくぅ……」

 

 ぼさっ、とその場に倒れ込んだ彼女は、大の字になって空の星を眺めていた。

 その隣に腰を下ろした彼も、何かデジャブを感じるなどと言って体を落ち着けた。

 

「デジャブって、もしかして」

「そうそう、彼女がこうしてる時にいきなり現れてなぁ」

「ほう」

「そんでナフェが目茶苦茶驚いて思わずタメ口使って更に泡食って」

「あー、あったあった」

 

 うんうんとナフェが頷き肯定する。ピンク色の髪がフードから覗き、揺れて星の光を反射して光っていた。そこに彼の影が覆いかぶさって、より強いきらめきを宿しているような雰囲気を放っている。

 

「まだ数日前の事だ。忘れる筈もなかろう」

「そりゃそうだ。あははは……」

「ははは……はは…は……」

「どうしたのだ、乾いた笑いしか出ていないようだが」

 

 だーれのせいだと思ってんだか。

 吐き捨てるように言葉を胸の内で思い浮かべて、また唐突に表れた真っ白な彼女について頭を悩ませる。こういうのって普通下っ端のナフェとか、実動隊っぽいマズマやシズ辺りが来るんじゃないかと頭痛が増してくる。この体になってから患ったのはアンタが初めてじゃゴルァなどと「彼女」に再び吐き捨てた。心の中でだけ。

 

「……なぁ」

「何だ? 申してみよ」

「回復早くね?」

「わざと当たったのだ。当たりにいって受け身をとれねば、この身も廃ると言うものよな」

「……ナフェ」

「もうどうにでもなーれ」

 

 あ、駄目だコイツ。現実逃避してやがる。

 

 アーマメントに追われていた時よりも瞳の輝きを無くしたナフェをとりあえず担ぎあげて、すぐにでも逃げられるように足へ力を込める。膨張した筋肉のミシミシッという音が響き渡り、それは彼の意思次第でいつでも最大の出力で弾け飛びそうな程であった。一見は細身な彼だが、半年ほどはPSSで体を本格的に鍛えていたのでかなり逞しい体つきになっている。

 

「ザハにも届く筋力か。だが少しは落ちつくが良い」

「…………」

「そう警戒するな。私は少しばかり聞きたいだけだ―――ホワイトの事を」

「却下ッッッ!」

 

 どばんっ。衝撃で巻き上げられたがクレーターを作り上げ、彼と彼女の間には盛り上がった地面の壁が造られた。それとは逆方向に飛びだしていた彼は一瞬空を見て北斗七星の位置を確認、西へ向かうために方向転換すると、近くにあった廃ビルを崩壊させる勢いで足場として活用して跳んでいく。

 その直後に作ったクレーターを態々破壊したエイリアンの総督たる彼女が圧倒的なスピードで彼の目の前に立ちふさがり、羽のように展開したユニットからナフェのようなレーザーを打ち出し始めた。

 

「…っずわぁぅおっ!?」

 

 回避のために体を捻り、なんとかレーザーの隙間を縫って間を通ると第二射撃が来る前に地面にダイブし、右腕に力を入れて軽業師のようにぐるんっと回りながら彼女の頭上を越えて行った。当然彼女も振りかえり、背中にくっついている砲門もそれにつられて逃走方向へと砲撃口を向ける。彼が恐ろしく聞こえる耳で後ろからの高い音を聞き取った瞬間、角度を多少斜めにしながらも確実に放射範囲から逃れようと跳躍する。すると廃ビル街に紛れ込んだ彼の姿は、完全に総督側からは見えないようになっている。

 しかし、彼女にしてしまえばこのままエイリアンの機器に頼って追いかけるのはたやすい事。それも詰まらないので己が足で追いこむため、もうひとっ走りと言わんばかりに筋肉も見られない一見華奢な足で地面を蹴ろうとして、―――止めた。

 

「くっくくくく……いいぞ」

 

 怪しげな微笑を浮かべると、鎌を下ろして踵を返した。彼女の翼の様なユニットが光り輝き、彼女自身をその場から転送する。光が収まった後には、誰も残ってはいなかった。

 

 

 

 カザフスタン首都、アスタナ。テケリからの直通ルートにもある鉄道36号線を通ってたどり着けるその地に、彼とナフェの二人はいた。途中から彼女が追って来ていない事も忘れて、必死に現在位置が分かる程度には理性を残したまま突っ走った結果がカザフスタンの首都到着である。

 普段なら人がにぎわっていただろう首都も、侵攻当初のエイリアンが「核」の存在を知った瞬間、各国の主都部に向けて発射したこともあってのことか、都市部の6割以上が破壊の爪痕で汚されていた。

 人類の総数が少なすぎる事もあるからか、はたまたエイリアンが首都などの目ぼしい所は既に襲っていたからか、真偽のほどは不明であるものの、どちらにしても人っ子一人見当たらない事も真実であるようだが。

 

 とりあえずはいないとは思っても生存者を捜す為、ナフェにも協力してもらって「チビ」をアスタナの都市周辺にばらまいた。これなら他のアーマメントが襲ってきても知覚できるし、ナフェと言うレーダーが大きな役割を果たす。ちなみに、彼女も生存第一主義に加えて運命共同体となってしまっているため積極的にチビを飛ばす事を承諾してくれた。

 

「そう言えば、ソイツらの数は減らないしどこからともなくやって来てるが、その辺とかはどんな仕組みになってるんだ?」

「テキトーに作ってばら撒いてたのが各地にいるだけ。自立で動くから指示してるとき以外はチビ以外のアーマメント掃討と残骸から自己生成のプログラム組んであるし、無くなることはないかな」

「何気に凄いんだな」

「ふっふ~ん、もっと褒めなさい。筋力馬鹿」

「好きで成った訳じゃないんだけどなぁ」

 

 とにかくチビでも彼女の姿ぐらいは収める事が出来るだろうと言う事で、今回のねぐらはこの街に決まった。生存者は見当たらず、打ち捨てられて血も乾ききってほとんど残っていない死体ぐらいなら見つかったが、それ自体が人間の形をしていないので気分も悪くなるものだ。

 とにかくナフェから再び端末を借りると、現在位置を報告して足早に其方に向かうと本部に連絡を入れる。移動速度が随分と遅くなっている事に対して疑問を持たれたが、迷った挙句に打ち明けることにした。

 

「敵の総督が追って来てるんです。他のエイリアンには追随を許さないぐらいの出鱈目な奴でしたよ。俺たちが生きて帰れたのが奇跡と言えるぐらいには」

≪そうか…敵の特徴は?≫

「あの有名な“シング・ラブ”その人です」

≪そう、か……≫

 

 彼女の歌に惹かれた者は多く存在することは知っている。そして、彼女の歌を聞いたことで救われた者がいる事も。だが、ここで真実を言っておかなければ、人類側は彼女が現れた際に対策することなく混乱した状態で滅亡する事になるだろう。ここでしっかり「シング・ラブは敵である」という認識を得てもらう必要があるのだ。それは、マリオン司令官とて例外ではない。むしろ彼その人が認めなければ現場の士気にもつながるだろう。

 決して短くは無い沈黙の後、オペレーターが気を利かせて通信を切ろうとしたのだが、司令官はそれを遮って此方に言葉を送ってきた。

 

≪…分かった。それ以外に君が得た情報があるならまた教えてほしい。今の君達は疲弊しているだろうから、今日はこれで通信を終える事にしよう≫

「はい。少なくとも一週間で其方に着く予定にしました。粗方のアーマメントは倒しながら来ていますが、まだまだ数はいる。どこぞのエイリアンが連れて来た分が厄介なので油断はできません」

「うぐぐ……」

 

 横で呻いているピンク色がいるがとりあえずは無視しておこう。

 

「それでは、また」

≪ああ。必ず生きて戻って来い!≫

 

 マリオンの心強い激励の言葉と共に通信が切れた。

 端末を返したナフェは妙にびくびくしているようだが、何故なのか俺には全く分からない。単にニコニコとした笑顔を浮かべているだけなのに、何故そんなに怯える必要があるのだろうか? まったくもって理解できないあたりはエイリアンと人間の違いかもしれないなー。

 

「な、何で知ってたのかな~、なんて……」

「2035年12月15日」

「ひぇっ!? 正確な日付まで!」

「そういやUEF本部に行く前の口論がまだ途中だったよなぁ。いっちょ男らしく殴り合いと行こうか? 其方には立派な生態アーマメントの腕があることだしなぁ」

「無理無理無理ッ! 一応仲間内では強いよ? でもあの方と真正面からカチ合えるヤツの拳を耐えられると思ってんの!?」

「思ってない」

「確信犯じゃーん。やだー」

 

 とりあえず15年前の人類に対する復讐を此処で晴らす事にしよう。そう思ってナフェの頭に軽めのゲンコツを落とし、頭をさする彼女を見ながらやれやれだぜ…と首を振る。

 

「…あんま痛くない」

「可愛らしいおちびちゃんに手は出せんさ」

「かわっ…!? ちょ、ちょっと最近あたしをおちょくり過ぎじゃないの……?」

「まさかの総督二回目を生還した仲だろー。そりゃ冗談で紛らわせたくもなるさ」

「…あ」

 

 ナフェが彼の足元を見ると、結構楽にして歩いている筈なのに、微量の震えが着ている事が分かった。確かに彼の身体能力はすさまじいと言えるだろうが、それを扱う彼自身の肉体に何の代償もない訳ではない。加えて、逃げるために国をまたぐほどの全力疾走を続けていたなら、そりゃ限界も簡単に訪れると言うものだ。

 エイリアンも疲労はするが、あの程度ならまだ息切れする事もないだろう。その辺りに自分たちとの差を感じて、目の前の化け物の様な力を持つ彼もストックであるのだなぁと再度確認させられた。すると、ネブレイドの衝動が湧きあがってくるが、ここで手を出してしまえば……しまえば?

 

「先に寝てるぞ。チビどもが敵を捉えたら知らせてくれ」

 

 彼が先に寝室に定めた適当なビルに向かって行ったが、今は此方の方が大切なことだ。

 そう、何故総督の命令も関係なくなった現在、自分は彼をネブレイドしてしまわないのだろうか。彼をネブレイドすれば、その分の力が自分に足し算の形で情報が流れ込んでくる。それは遺伝子情報であったり、彼の恐ろしい筋力や体力であったりが自分の体を変化させることなく能力として、記録として吸収する事が出来るのだ。

 そうしてしまえば彼の時々知っている、まるでこの世界を客観的に見ていたかのような物言いの原因も突き止める事が出来るじゃないか。こんな簡単な事に何故気付かなかったのだろう? ネブレイドしてしまえば、あの方からも容易く逃れる事が可能で、月に集まるエイリアンの中でも最強を手にする事が出来る。元より武も自信があったが、それを盤石のものへと固める事が出来るチャンスだ。そして知識も……また然り。

 

 気付けば、自分の足は彼の後を追いかけていた。

 ネブレイド。してしまえば。手に入る。

 よほどに疲れているのか、既に扉一枚挟んだ向こう側の彼は規則正しい寝息を立ててすやすやと眠っているらしい。ロック機能が完全に死んだホテルの部屋の扉を開けると、すぐ向こう側に無防備な彼の姿が目に入った。

 

 一歩。

 ああ、とても美味し()そうだ。

 

 立ち止まる。

 少しばかり身長が足りないが、ベッドによじ登って馬乗りになる。これだけの事をしても全く起きないのは、自分にとってとても幸運だと言えるだろう。完全に無防備な彼の上に跨ると、少しばかりの充足感と多大な支配欲に囚われて来るではないか。こんなに食欲に忠実になったことは無いのに、なぜ今になって…ううん、気にしないでいいよね……。

 

 首に片方の手を掛け、その顔を眺める。

 顔つきはお世辞にも美青年とも言えないが、醜いと言う訳でもない。がっしりと付いた筋肉がガタイの良さを強調し、ストックの中でも鍛え上げていたスポーツ選手の味を思い出す。あれは、己の執念によって高みを目指し続け、私達がネブレイドした瞬間に絶望を抱いた顔を見せていた。同時に、その身体能力が何の役にも立たないと悟った悔しさなどがネブレイドによる感情理解に大いに貢献していた。

 

 首に自分の顔を持っていき、吸血鬼と呼ばれる空想の怪物に似ているなぁ、と自分の今の行動を重ねてみた。

 生きながらにネブレイドする事は嗜好でもあり、自分にとっては至高の瞬間でもあると言えるだろう。最後まで、少しでも情報を得る事が出来るという無駄の無い方法なのが性に合っているのと同時に、あがいても無駄な姿を見るが何よりも楽しい。全国共通語の「もったいない」をエイリアンの私が実現してやっているのだ。

 

 それにしても、えっと、こう言う時はなんていうんだっけ?

 ああ、コイツがずっと言うように言ってたっけ。それなら、あたしとしても感謝してあげてもいいかな。あたしの、最も重要な糧になってくれるんだから。

 

「いただきます…!」

 

 ネブレイド、ネブレイド、ネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドォ…!

 

 

 あはっ

 




――――さて、どうしてこうなった。

 目覚めの一言は、これしかないだろう。

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