妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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幻想郷にて、平和な時を過ごす紫と龍人。
そんな中、彼らの元に新たなる物語がやってくる事になる……。


第六章 ~魔の住む異界へ~
第93話 ~地獄の女神からの依頼~


 無が、広がっている。

 

 音もない、漆黒の闇だけが広がる世界。

 およそ生物が生きれる場所ではないその世界に、2人の美女が向かい合うように立っていた。

 

「――我が主、少々の我儘を許してはいただけますか?」

 

 赤い髪の美女が、銀に輝く獣の耳と尾を持つ美女へと懇願する。

 対する獣の女、神弧は琥珀のような輝きを見せる無機質な瞳を赤い髪の女、アリアへと向けながら静かに問いかけた。

 

「聞こう。一体何を望む?」

「……主様が憑依した身体も大分馴染まれたと思われます、なので……そろそろ動くべきかと」

「ふむ……」

 

 自らの身体に視線を向ける神弧。

 確かにアリアの言う通り、この新しい身体にも慣れてきた。

 全力は出せないものの、それでも世界を破壊するには充分過ぎる力は有している。

 ならば彼女の懇願を受け入れ、このくだらぬ無価値な世界を蹂躙するのも悪くはない。

 そう思った神弧であったが、彼女は何を思ったのか首を横に振ってアリアの言葉を退けた。

 

「主様?」

「このまま動いてもつまらん。ただ破壊するなど児戯に等しいではないか」

「…………」

「不満かアリア? ならばお前に1つ命を下そう。

 それを達成できたのならば、お前の願いを聞き入れてやる」

 

 不気味に笑い、神弧はそんな事を口にする。

 対するアリアは瞳に若干の不満を抱きながらもそれを口には出さず、神弧の言葉に頷きを返した。

 

「畏まりました。それで、ワタシは何をすれば?」

「簡単だ。というよりもこれはお前の迷いを消す為にも必要な事でな」

「…………」

 

 正体不明の不安が、アリアの中で芽生え始める。

 彼女の心が、それ以上神弧の言葉を聞くなと訴え始めている。

 しかし遅い、神弧はまるで童女のような無垢な笑みを見せながら。

 

「――お前が尤も憎む存在と尤も愛する存在を消して来い。決着を着ける命を与えてやる」

 

 彼女にとって残酷で、けれど同時に望むべき指示を与えた――――

 

 

 

 

 死者の世界の1つ、冥界。

 その中心に建つ巨大な屋敷“白玉楼”にて、小さな宴会が行われていた。

 

「さあさあ2人とも、どんどん食べてね?」

 

 大きな机の上に並べられた料理達を見ながら、この屋敷の主である亡霊姫――西行寺幽々子は向かい合って座る龍人と紫にそう告げる。

 

「もぐもぐもぐ……」

「悪いわね幽々子、用意してもらっちゃって」

「気にしない気にしない、それに藍ちゃんにも手伝ってもらってるしね」

 

 今頃は幽々子の従者である妖忌と共に、台所にて死闘を繰り広げていることだろう。

 何せ紫はよく飲み、龍人と幽々子はよく食べるのだ。

 幾ら料理や酒があろうとも足りない、現に妖忌は藍を助っ人にしただけでなく他の世話係である幽霊達にも応援を要請したのだから。

 ……死者の世界である冥界にて多くの料理を用意するという事態には色々と思う所はあるものの、幽々子の命には逆らえないわけで。

 

「ところで紫、龍人君。あなた達……もう夫婦(めおと)にはなったのかしら?」

「っ、ちょっと……幽々子」

 

 いきなりな問いかけに、紫は口に含んでいた酒を噴き出しそうになってしまった。

 どうにか耐え、しっかりと飲み込んでから紫はニコニコと微笑む彼女を軽く睨む。

 

「だって気になるじゃない。あなた達いつも一緒に居るのに一向に夫婦になったりしないんだもの」

「いつも一緒に居るからって、そういった関係になるとは限らないわよ?」

 

 言いながら、紫は少しだけ自分の言葉に後悔した。

 これでは自分でそういう可能性を潰しているようなものではないか、そう思ってしまったのだ。

 後悔しながら、ふと紫は“その可能性”を想像してみようと試みる。

 

「…………」

 

 龍人と夫婦になり、子を儲け、育てる。

 ……そんな未来を想像しようと試みたが、どうやってもイメージが湧いてこない。

 そもそもよくよく考えてみたら、彼と夫婦になるという事自体想像できなかった。

 常に共に居るからか、それとも自分自身彼とそういった関係には絶対にならないと確信しているからか。

 どちらにせよ、なんとなく紫は虚しくなってしまった。

 

「夫婦かぁ……」

「あら? 龍人君は興味あるの?」

 

 少し意外そうな表情を見せる幽々子。

 人間だった頃の交流は失われているものの、亡霊となって既に数百年の交流はあるので、今の幽々子も龍人がどういった人物なのかをよく理解していた。

 だからこそ、こういった話題にはよく理解できず首を傾げるばかりだと思っていたのだが……予想外の反応に驚いたが、同時に彼女の中で“愉しみ”が増えてくれた。

 

「里の夫婦とかに、よく相談を受けたりその子供と遊んだりしてるんだ。

 何より……見てて幸せそうだから、夫婦っていうのはいいものなんだなっていう認識なんだよ」

「へぇ……」

「……なにかしら?」

 

 自分を見て意味深な笑みを浮かべる幽々子に、紫は少し居心地が悪くなりながら問いかける。

 

「うぅん別に、ただ……よかったわね紫って思っただけよ」

「どういう意味かわからないわ」

 

 そっぽを向く紫、その顔がほんのりと赤く染まっていたから幽々子はますます笑みを深めていった。

 ――そんなこんなで、ゆったりとした宴会は過ぎていく。

 沢山の料理と酒が消費され、ずっと台所に居た藍と妖忌、そして幽霊達は先にダウン。

 ご苦労様と頑張ってくれた裏方達に心の中で感謝しつつ、そろそろお開きにしようとして。

 

「――あらん。良い匂いがすると思ったら楽しそうな事をしていたのね」

 

 何の前触れもなく。

 紫達の前に、会いたくなかった類の存在が2人、姿を現した。

 気配も感じず、その2人はまるで始めから部屋の中に居たかのように出現した。

 突然の事態に驚きつつ、すぐさま身構える龍人だったが。

 

「……ヘカーティアに、映姫?」

 

 現れた人物が、ヘカーティア・ラピスラズリと四季映姫・ヤマザナドゥだと気づき、構えを解いた。

 そんな彼に、ヘカーティアはにっこりと微笑を浮かべてから。

 

「龍人ー、久しぶりねん」

 

 一瞬身体が揺れたと思った瞬間。

 ヘカーティアは、龍人の身体を包み込むように抱きしめていた。

 次の瞬間、部屋全体の空気が重苦しいものへと変化する。

 その発信源である紫は、龍人を抱きしめているヘカーティアを絶対零度の瞳で睨みつけていた。

 

「閻魔様ー、一体何の御用事でしょうか? それとあの方は……」

 

 一方、殺伐とした空気の中でも幽々子はいつもと変わらぬ調子で映姫へと問いかける。

 彼女の図太さ、もとい胆力に内心感心しつつ、映姫は問いの返事を返した。

 

「あの御方はヘカーティア・ラピスラズリ、その名はあなたとて知っているでしょう?」

「……あら、あの方が」

 

 ヘカーティアの名を聞いて、さすがの幽々子も驚きを隠せない。

 だが彼女はあくまで自分のペースを崩さないまま、龍人を愛でているヘカーティアへと自己紹介を始めた。

 

「はじめまして地獄の女神様、私は西行寺幽々子と申します」

 

 正座をし、ヘカーティアへと恭しく頭を下げる幽々子。

 その態度を見てヘカーティアは龍人を一度放し、幽々子に習うように頭を下げる。

 

「わざわざご丁寧にありがとね? 幽々子ちゃん」

「いえいえ。それでわざわざこの冥界の地にやってきた理由は何でしょうか?」

「映姫ちゃんと業務連絡をしてたんだけど、この子が冥界の様子を見に行くって言うからついてきただけよん。でもまさか楽しそうな宴会をしていただけじゃなく、龍人まで居たのは完全に予想外だったけどね」

 

 もっと早く来ればよかったわん、残念そうに言いながらヘカーティアは再び龍人を抱きしめる。

 龍人も抵抗しようとするのだが、細腕からは考えられない程の力で抱きしめられている為に抜け出せず。

 それに何よりも、ヘカーティアが自分を愛情込めて抱きしめてくれるものだから、抵抗する気力が削がれてしまっていた。

 ……ただ、秒単位で紫の視線が鋭く恐ろしくなっていくのは困ってしまう。

 

「あらら、恐い恐い。そんな事してたら龍人に嫌われちゃうわよん?」

「…………」

「大丈夫、まだこの子を取ったりしないから」

 

 意味深に微笑むヘカーティアに、挑発されているとわかっていても紫は表情を強張らせた。

 冷静に対応しなければと己に言い聞かせても、龍人をまるで自分のモノのように抱きしめる彼女を見ると心がざわついてしまう。

 ……まだまだ自分は未熟者だ、こんな程度で心を揺さぶられるなど。

 

「それがいいんじゃないの。どんな事でも動じないなんてそんなのつまらないわよん?」

「……余計なお世話ですわ。それよりいい加減彼を放して」

「いいじゃないの。滅多に会える訳じゃないんだから堪能したって罰は当たらないわん。――それで映姫ちゃん。この子達に“あの件”を任せてみるのはどうかしら?」

「え……?」

「あの件……? ヘカーティア、一体何の話をしているんだ?」

 

 抱きしめられたまま龍人がそう問うと、ヘカーティアはもう一度龍人を放し。

 

「ちょっとね。“魔界”に行ってほしい人材を捜しているのよ」

 

 とある依頼を、紫達へと告げた。

 その言葉に龍人は驚き、紫はいち早く反応を返す。

 

「一体どういう事かしら? あなた程の存在なら直接“魔界”に行く事は造作もないだろうし、現世に生きる者に依頼する案件には思えないのだけれど?」

 

 これだけの存在からの頼み事など、厄介以外の何物でもない。

 だから紫は言葉の端々に拒絶の意を込めながらヘカーティアへと問いかけた。

 

「それは勿論そうだけど、こっちも色々と忙しいしかといって映姫ちゃん達に頼むわけにもいかないのよん。

 そんな中、龍人達の姿を発見したからちょうどいいかなーって思ったの。あなた達なら信用できるし実力も及第点だもの」

「――お断りするわ。こちらには“魔界”に行く意味も必要もないもの」

 

 帰りましょう龍人、有無を言わさぬ雰囲気で立ち上がり龍人の手を掴む紫。

 しかし彼女がスキマを開きこの場から去る前に、ヘカーティアは逃がさぬとばかりに紫の手を掴み阻止してきた。

 殺意すら込めた金の瞳をヘカーティアへと向ける紫だったが、対する彼女はそんなものなど無意味とばかりに微笑みあっさりとそれを受け流す。

 

「少し前からなんだけど、魔界からあの世に来る生物が前よりちょっとだけ多くなった気がするのよ。

 そこで魔界神やってる私のふるーーーーーい友達の神綺(しんき)ちゃんは「気にしなくていいよ、魔界って結構殺伐としてるから」なんて言ってたけど……ちょっと気になってね」

「それで、ヘカーティアは俺達にそれを調査してもらいたいってわけか?」

「そういう事、龍人は察しがよくて助かるわん」

 

 そう言って、三度龍人を抱きしめようとするヘカーティアであったが。

 今度はさせるかと、間に割って入った紫によって阻止された。

 睨み合う2人、しかしその光景は傍から見ると小動物同士のいがみ合いのようなしょうもなさを感じさせた。

 

「……行く必要が微塵も感じられないのだけれど?」

「あなた達にとってプラスになると思うわよん? なにせ魔界は多くの強者が居るもの。

 いずれ倒さねばならない相手に対して、力を付けたいと思っているでしょ?」

「…………」

「それに勿論報酬は与えるわ。成功したらの話だけど」

 

 さあどうする? 瞳でそう訴えるヘカーティアに対し、紫は沈黙し思案する。

 この案件は間違いなく厄介事になる、それは紛れもない事実だろう。

 けれど“魔界”には久しく会えていない友人が居る、それに魔界神とやらとの関係を築くというのも悪い話ではない。

 何よりも、地獄の女神であるヘカーティアや閻魔である映姫に対し借りを作っておけるというのも魅力的だ。

 彼女の言う報酬というのも気になる、ヘカーティアほどの者が自らの言葉を偽りのものにするとは思えないし報酬の件に偽りはないと断言できる。

 

 だがそれ以上に、“関わりたくない”という本音が頭に過った。

 魔界はこの地上とは違う異界の1つ、人間が恐れる“悪魔”と呼ばれる存在が生息する世界だ。

 大妖怪といえども安易に立ち入る事はしないその世界に赴き、果たして無事に帰ってこれるのか……そんな不安が紫の中にはあった。

 安易には決められない、そう思った紫であったが。

 

「ああ、いいぞ」

 

 あっさりと、それこそ朝の挨拶を交わすかのような気軽さで。

 龍人は、地獄の女神の戯言に首を縦に振って承諾してしまった。

 

「ちょっと、龍人!!」

 

 これには紫も声を荒げ彼を非難するように睨み付けた。

 しかし龍人は何処吹く風、紫の視線に小さく笑みを返すだけだった。

 

「さっすが龍人ね。えいきっきちゃん、そういうわけだからいいわよね?」

「また勝手に……十王様達がまた文句を言いますよ?」

「そんなの言わせておけばいいのよん、それにこの件はあくまで可能性だけで“魔界”では何も変わっていないかもしれないし」

「…………」

 

 よく言う、口には出さずに映姫は心の中でヘカーティアの言葉に苦言を零した。

 彼女が気になった事なのだ、それが単なる“可能性”で終わるわけがない。

 間違いなく龍人達にはいらぬ苦労を背負わせる事になるだろう、それが映姫には心苦しかった。

 

「待ちなさい龍人、そんな簡単に」

「わかってる。でも俺だって何も考えてないわけじゃないさ。

 ヘカーティア、幾つか訊きたい事がある。その“魔界”に行く手段はなんだっていいのか?」

「ええ。紫っちの能力で行くのでしょう?」

「さて、な。まあとにかく行く手段が問われないのはわかった。

 次の質問だ。“魔界”には俺と紫以外を連れていっても構わないか?」

「それは勿論構わないわよん、“魔界”に行きたいなんて思う酔狂な存在なんて居るとは思えないけど」

 

「――よしわかった。俺が訊きたいのはそれだけだ。紫、そういうわけだから一緒に来てくれるか?」

「…………」

 

 いつものように、何の躊躇いもなく自分に手を伸ばす龍人を見て。

 紫は喉元で止まっている文句やら何やらが、あっさりと引っ込むのを感じていた。

 なんという勝手な話だろうか、最近では前より大人になってきたと思ったらこれである。

 

 ただ彼は言った、「何も考えてないわけじゃない」と。

 つまり彼は彼なりに何かしら“魔界”に行くメリットを見つけたという事だろう。

 それが何なのかは紫には考え付かないが、きっと幻想郷にとってプラスになるのは確信できた。

 紫は幻想郷を愛している、でも彼は紫と同じくらい幻想郷を愛し、その先に目を向けている。

 

「……仕方ないわね。今回だけよ?」

 

 だから紫は彼の我儘を叶えてあげる事にした。

 本当に仕方ないと、形だけの文句を述べながら。

 

「…………西行寺幽々子」

「なんでしょうか、閻魔様ー?」

「龍人と紫は、あれで何の関係もないのですか?」

「そうですねー、お2人は互いの事を家族のように思っているようですが……」

「……ありえませんね」

 

 あれでは、以心伝心の夫婦のようではないですか。

 そう呟きを零す映姫に、幽々子は小さく苦笑を漏らす。

 知らぬは本人ばかりなり、けれどだからこそ第三者から見れば面白いのだ。

 

 はてさて、果たしてあと何百年絶てばあの2人の関係は変わるのだろうか。

 もしかしたら明日には変わるかもしれないが、そう簡単にはいかないと幽々子は確信していた。

 

 できればこちらが飽きるまで今のような関係を続けてほしいものだと、しょうもない願いを抱く幽々子なのであった。

 

 

 

 

To.Be.Continued...




新章スタート。
魔界へ行きます、シリアスはありますがそればかりではないのでご了承ください。
楽しんでいただけたのなら幸いです。

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