さて、今回の物語は……。
閃光が奔る。
幻想郷の里、普段は何もない大広場にて神速の槍が幾度となく龍人に襲い掛かっていた。
「っ」
僅かに零れる苦悶の声。
龍人の身体能力を十二分に発揮しても、繰り出される槍――今泉士狼の一撃を捌き切れない。
致命傷は負わないものの、少しでも気を緩めれば一撃で命を奪われる攻撃を既に数十手放たれ、龍人は防戦一方となっていた。
しかし彼の瞳に死への恐怖は存在しない。
確かに相手の攻撃は熾烈を極める、しかしそれだけだ。
今泉士狼とは何度か戦ってきたからこそわかる、今の彼には“必殺”の呼吸が見られない。
技術はあっても、気概がない攻撃など幾度の死闘を駆け抜けてきた龍人にとって無意味に等しい。
一方、両者の戦いを少し離れた場所から見ている紫は、僅かに眉を潜めていた。
彼女もまた龍人と同じように、士狼の攻撃に今までのような覇気が見られない事に気づいたのだ。
紫もかつて彼の槍の凄まじさをその身を以て経験しているからこそ、今の彼の槍は“情けない”ものだと思う。
……龍人がいまだ“龍気”を使わずに戦っているのが良い証拠だ、これではあと数合程度で勝負は着くだろう。
「つっ……!?」
今度は士狼の口から苦悶の声が放たれた。
それと同時に防戦一方だった龍人が攻めへと転じ――それで終わりだ。
左手の指先に高圧縮させた“龍気”を這わせ、
「っ、ごぶ……っ!?」
加減をした
込めた“龍気”は少ないとはいえ、それでもその一撃は重く、士狼の身体は弾丸のように吹き飛び地面に沈む。
何度も咳き込みながら吐血を繰り返し、立ち上がろうとする士狼だがもがくだけで精一杯だった。
「――ここまでだ。今回も俺の勝ちだな、士狼」
彼を見下ろしながら、判りきった言葉を放つ龍人。
対する士狼は、息を乱しながら暫し龍人を睨んでいたが。
やがて己の敗北を認めるかのように、項垂れ右手に持つ槍から手を放した。
「……なあ士狼、お前どうかしたのか?」
「? どういう意味だ?」
「お前が俺の命を奪おうと戦いを挑むようになってもう三百年は経つ。
最初は当然俺を殺す気で仕掛けてきたってのに、ここの所のお前はどうも覇気がないというか……俺を殺す気がないように思える」
「…………」
龍人の言葉を聞いて、士狼は僅かに表情を曇らせる。
彼は何も答えない、けれど否定すらしないという事は彼自身も薄々感づいていたという事だろうか。
「何か悩みがあるなら聞くぞ?」
「……自分の命を奪おうとする者の力になろうとするとは、相変わらずなのだな」
苦笑する士狼、龍人の態度に毒気を抜かれてしまったのかその表情は自然なものだ。
2人の間には既に殺伐とした空気はなく、ほんの今まで戦っていたとは思えない程に穏やかな雰囲気を漂わせている。
これも龍人の能力の1つなのだろう、とはいえ命を奪おうとする者と仲良くなるのは如何なものかと紫は内心そう思った。
「――おーい、じゃれ合いは終わったー?」
そんな事を言いながら、気だるい表情で零が紫達の元へとやって来る。
視線を彼女へと向けた紫達だが……右手で担いでいる物体へと自然と目がいってしまった。
零が担いでいるもの、それは十にも満たぬ見た目の小さな少女であった。
気を失っているのかぴくりとも動かず、ぞんざいに扱っている零に紫と龍人は苦言を呈しようとして。
「か、
心底驚いた様子の士狼の声を、耳に入れた。
……よく見ると、零がぞんざいに担いでいる少女は人間ではなく“人狼族”であった。
狼の耳に尻尾を生やしたその少女は、悪夢でも見ているのか表情を強張らせ小さく唸っている。
「……零、あなたこの人狼族に何をしたの?」
「人聞きの悪い事言わないでよ紫、ただ里の周辺をちょろちょろしてたから少しばかり陰陽札を叩き込んだだけだってば」
「…………」
上記の行動を“だけ”扱いする辺り、幻想郷の守護者としては頼もしい反面、人としてどうだろうという気にもなった。
いくら妖怪とはいえ見た目が十に満たない少女、それもたいした力のない下級妖怪に対してやり過ぎである。
しかも今回の場合この少女が何かしたというわけではないだろう、零の言葉と態度を見れば一目瞭然だ。
とりあえず降ろしてあげなさい、紫がそう言うと零は少女を地面に降ろす。
すぐさま士狼が少女へと駆け寄り、気を失っているだけだと再確認すると、ほっとしたような安堵の表情を浮かべていた。
……どうやらこの影狼という少女は士狼にとって単なる同胞というわけではないようだ。
「士狼、とりあえずこの子をどこかで休ませてやらないか?」
「……すまない、恩に着る」
「気にするなよ。それで紫」
「わかっているわ。零、この子の事は私達に任せて頂戴」
「あいあい。じゃあ宜しくねー」
気だるそうに手を振っている零に見送られながら、紫達は八雲屋敷へと戻る。
主人達の帰りを出迎えてくれた藍が士狼の姿を見て身構えたりはしたものの、事情を説明しつつ影狼と呼ばれた少女を客間へと寝かせてから居間へと赴いた。
紫と龍人は隣同士に座り、その後ろに藍が立ち、彼女達と向かい合う形で士狼が綺麗な正座で座り込んだ。
「士狼、お茶か? それとも酒の方がいいのか?」
「いや、そう構わなくても大丈夫だ」
「ならば、さっさと立ち去ったらどうだ?」
睨むように士狼を見ながら、藍は僅かに妖力を開放しながら吐き捨てるように言う。
……場の空気が一気に悪くなる、藍が悪いわけではないがさすがにこの態度はないだろうと口を出す龍人であったが。
「藍、今日の士狼は客なんだから……」
「何が客ですか! この男が龍人様達に何をしてきたのかわかっているでしょう!?」
「うっ……」
あっさりと、藍の迫力に圧され口ごもってしまった。
情けないと言うなかれ、怒った時の彼女は本当に恐いのだ。
よく里で子供が母親に叱られ小さくなっている姿を見るが、きっと今の自分はその子供と同じなのだろうと龍人はそう思いつつおとなしく藍のお説教を聞く事にした。
「…………あの妖狐は、お前達の式なのだろう?」
「ええそうよ、主従関係ではあるけれど決してそれだけの関係じゃないの。
あの子は式で私達は主人、そうである以前に家族でもある。
だからああやって主従関係なしに意見するのよ、それこそ遠慮なくね」
ただまあ、あまりガミガミ言ってほしくないというのが紫の本音だったりする。
根が真面目過ぎる藍は、こちらが気を緩めっ放しにするとすぐに説教をしてくるのだ。
今は龍人が小さくなっているが、ああいう状態は紫自身何度も経験している。
とはいえ説教している彼女の方が正しいので、ああいった事もありがたい事ではあるのだ。
「…………」
その珍妙な光景を、士狼は何か特別なものを見るような目で見つめている。
珍しい光景なのは確かだが、彼は決してそういった事で見ているわけではないのだろう。
――とりあえず、話が進まないので先に藍を止める事にしよう。
そう思った紫は目の前にスキマを開き、その中から見えた藍の尻尾をおもいっきり掴み上げた。
「――――!!??」
瞬間、声にならない悲鳴を上げながら藍が倒れ悶絶し始めた。
「これで暫くはおとなしくしているでしょう」
「……お前、容赦ないな」
これには流石の士狼も口元を引き攣らせ、藍に同情を送った。
けれど紫の表情にはちっとも悪びれた様子もなく、事実彼女は今の行動に対し微塵も悪いと思っていなかった。
だが、いつまでも藍の説教を聞いているわけにはいかない理由がある。
確かに龍人の言う通り今の士狼は客としてこの屋敷に招いた、けれど“ただの客”としてだけで招いたわけではない。
「――さて。今泉士狼」
「…………」
紫の声色が変わった事を察したのか、士狼の表情が変わる。
その反応に満足しながら、紫は妖怪の賢者としての顔を表に出しながら問いかけを放つ。
「あなたはいつまで龍人の命を狙い続けるのかしら? いいえ――いつまで、狙い続ける“フリ”を続けるのかしら?」
「…………」
「気づかないと思っていたの? 確かに最初の百年程度は本気で龍人を殺そうとしていた、けれどあなたはそれから数十年姿を現さず……次に勝負を仕掛けてきた時には、龍人に対する殺意は薄れていた。
そして今ではあなたに龍人を殺す意志は見られない、その理由は気になるけど……こちらとしても、彼に余計な怪我を負わせたくはないのよ」
彼は幻想郷にとって、そして紫にとってなくてはならない存在だ。
その彼を士狼はいたずらに傷つける、それは紫にとって認められない行為だ。
たとえ龍人自身が納得していたとしても、彼の心中を理解できたとしても、それとこれとは話は別だった。
「殺す気もない、だからというわけではないけれどこれ以上あなたの行為を認めるわけにはいかないの」
「紫、それは」
「龍人、貴方の気持ちは理解できるけど私は認められない、それに彼は私達にとって“敵”でしかないの。寧ろここまで決して口を出さなかった事を感謝してもらいたいくらいだわ」
強い口調でそう言うと、龍人はそれ以上は何も言わず口を閉ざしてしまった。
こちらの、そして自分の立場というものを充分に理解しているからこそ、彼は反論を返せない。
紫とて龍人の気持ちは理解している、だからこそ今まで口を出さないでいたのだ。
それに、これは彼の前では口には出さないが紫はいずれ士狼は龍人によって敗北し命を落とすと思っていた。
いずれ龍人が士狼に対し“殺さない”という意志を貫けずに命を奪わざるをえない事態に発展すると予想していたのだが、彼の頑固さは筋金入りだったというのを思い知らされた。
龍人は士狼を殺さない、たとえ自分が殺されそうになってもそれを曲げないと理解したから、紫は口を出すのだ。
「……八雲紫、お前の言葉に否定する事はできない。
だが、俺は一度たりともお前達に対する憎しみを忘れた事はない」
そう、士狼の中に憎しみは消えない。
消える事などありえないのだ、憎しみとはそれほど強く内側に残る感情なのだから。
だから何度も殺そうとした。
敗れても次は負けぬと憎しみを募らせ、傷が癒えると同時に幻想郷へと赴いた。
――だが、勝てなかった。
何度戦っても、士狼は龍人にダメージこそ与えても勝利する事は叶わなかった。
最初に戦った時は、子供とは思えない強さを持った半妖だったという認識だけ。
確かに才はあるが自分には到底及ばない、そんな程度の評価しか抱いていなかった。
それが誤りであると気づいた時には、龍人は駆け足で士狼に追いつき、追い越しても尚その歩みの速さは変わらなかった。
悔しかった、憎しみの感情も相まってこの上ない屈辱が彼に襲い掛かったのは言うまでもない。
その悔しさと憎しみを糧に、彼は敗れ傷も癒えぬままに鍛錬を積み重ね、それでも追いつく事はできなかった。
自分と彼との差は一体何なのか。
何故純粋な妖怪である自分が、半妖である彼に劣るのか。
いくら考えても答えは得られず、そのもどかしさが一層彼に屈辱を与えていく。
――そうして百年程経った頃、彼に転機が訪れる。
大神刹那が龍人達によって倒された事により、その地位を巡って一部の人狼族が独自の派閥を作り上げ始めたのだ。
それから見苦しい“同族殺し”に発展するのに、そう時間は掛からなかった。
我こそは最強、人狼族を支配する獣の王だと自負する者達による小競り合いは日に日に広がるばかり。
そしてそれは当然争いの望まない人狼族も巻き込み、数多くの罪なき命が散っていった。
「……成る程、それを私達の責任にしたいわけですの?」
「責が無いと言えるのか? 貴様達が刹那様を倒さなければこんな事には」
「本気で言っているのかしら? だとするとあなたの評価を変えなくてはいけないわね。
――あの男は破壊と恐怖しか齎さない災害そのもの。
遅かれ早かれこういった事態に発展するのは目に見えていた筈よ」
だから、自分達を責めるのは間違いだと紫は侮蔑を込めた視線を士狼に向けながらはっきりと言い放った。
……ああわかっているとも、士狼とて紫に言われずとも理解している。
傍で仕えていたからこそ、大神刹那という存在の危険性を士狼は誰よりもわかっていた。
だがそんなもの、刹那に忠義を誓う彼にとってはどうでもいい事だ。
弱肉強食、弱き者を強き者が蹂躙する覇道を歩む刹那を肯定していたのだから。
けれど力こそ総てであった彼は敗れた、自分よりも力で劣る龍人達に。
しかも刹那を倒した龍人が信じるものは、刹那とは真逆のものだった。
誰も信用せず、己の力のみに目を向け、他者を有象無象にしか映さなかった刹那。
数多くの者を信用し、仲間に常に目を向けて、共に支え合い助け合う龍人。
理解できなかった。
何故敗れたのか本当に理解できなかったし、したくもなかった。
けれど、人狼族同士の争いが始まり助けてほしいと縋ってきた同族達を纏め上げていく内に……彼の心に変化が生じた。
弱い者など生きる資格など無い、そんな弱者が自分を信じ、縋り、感謝する。
士狼を慕い、その中で平和な日々を生きる者達を見て……士狼はこう思ったのだ。
――刹那様が歩んでいた道だけが本当に正しい道なのか、と。
疑問は迷いを生み、それから目を背きたくて士狼はただただ自分を頼る者達を受け入れ守っていった。
龍人への戦いに赴く暇などなく、見捨てれば消える命を放ってはおけなくなって。
気がついたら、彼は分裂してしまった群れの中でも多くの同族が身を寄せる群れの長となっていた。
「……そっか。お前が暫く幻想郷に来なくなったのは、そういうわけだったのか」
そう呟く龍人は、嬉しそうであった。
事実彼は喜んでいた、士狼が刹那のように同族すら踏み躙るような事をしなかったから。
「刹那様の覇道が間違っていたとも思えない、だが……」
だが、正しいと胸を張って答える事も彼にはできなくなっていた。
背負うモノができて初めてわかった事もあった、信じられ慕われる事で理解した想いもあった。
ただ、それでも――士狼は己の中に生まれた迷いに答えを出す事が出来なかった。
「――だから龍人に戦いを挑む姿勢を変えなかった。けれど迷いがあなたの中の私達に対する憎しみを薄めていったというわけね」
「…………」
「本当に傍迷惑な話ね。そちらの私情を押し付けられる龍人が可哀想だわ」
容赦のない言葉。
罵倒ともとれる言葉を、紫は躊躇う事なく士狼へと吐き出していく。
けれど士狼は反論しない、彼女の言葉が正しいと理解しているから。
この迷いは単なる私情だ、それを戦いに持ち込むなど戦士にとってありえない愚行である。
たとえ敵であっても戦う者に礼節を重んじる士狼にとって、今の自分の迷いは恥以外の何物でもなかった。
――ただ、彼はまだ気づいていないだけなのだ。
自分が歩むべき道は、刹那と同じ覇道か、龍人のような他者と共に前を歩く道なのかを。
そしてその“きっかけ”は、すぐそこまで迫っていた。
「――――士狼様!!」
入口の襖が開きながら、少女の声が場に響く。
視線を向けるとそこに居たのは、先程保護した人狼族の少女だった。
彼女は士狼の姿を見てほっと胸を撫で下ろした後、紫達を見てすぐさま彼の元へと駆け寄った。
「影狼、目が醒めたのか……」
その声には応えず、影狼と呼ばれた少女は士狼を守るように両手を広げながら紫達を睨みつける。
威嚇をしているつもりなのだろう、士狼を守ろうとしているその姿は可愛らしくおもわず紫と龍人は頬を緩ませた。
失礼な態度なのはわかっているが、懸命に足の震えを抑えようとしながら士狼を守ろうとするその姿勢に和むのも無理からぬ話である。
「よせ影狼、今は敵対しているわけではないんだ」
「嫌です!! こいつらは士狼様の命を奪う悪鬼です、そんなの……私が許しません!!」
「悪鬼……」
「……龍人、どうしたの?」
何故か元気を無くしている龍人に、紫は首を傾げた。
「…………子供に嫌われるのって、結構傷つくもんなんだな」
「あっ……そういえば貴方、里の子供達に慕われているものね……」
だからこそ、今の影狼の発言には想像以上のダメージを負ったのだろう。
「こ、これ以上士狼様を傷つけるのなら、この
「……今泉?」
「士狼、お前子供が居たのか?」
「いや、この子は養子でな……身寄りが無いから親代わりになっているんだ」
「そうだったのかー。偉いな、士狼」
「しかし子育てなどした事がなくてな、なかなかに苦労しているよ」
少し気恥ずかしそうに、けれど何処か楽しそうに話す士狼に龍人は自然と笑みを浮かべる。
その光景に、影狼はぽかんと口を開きながら眺めていた。
「……って士狼様、どうして敵とそんな穏やかに会話しているんですか!?」
「む……いや、そう言われてもな……」
「この妖怪達は敵です、士狼様はそう仰っていたじゃないですか!!」
「…………」
ああ、確かに言った。
何も知らぬ少女に、穢れを知らぬ影狼に士狼はそんな言葉を言い放った。
……それを今、心底後悔している。
「士狼」
龍人の静かな言葉が、彼の耳に沈んでいく。
士狼が視線を向けると、彼は穏やかな表情を浮かべ。
「俺が言えるわけじゃないだろうけど……大切にしろよ?
自分の事を想ってくれる子が居るっていうのは、自分が思っている以上に幸せなんだからさ」
迷いが“答え”に変わる言葉を、告げた。
「…………」
目を見開く士狼。
同時に彼は至った、自分が進むべき道を。
自分が望む未来を、得る事ができた。
「――影狼、帰るぞ」
「えっ!? で、でも士狼様……」
「彼等は敵じゃない。どうやら俺は漸くその事に気づけたようだ」
そう言って立ち上がり、士狼はいまだ混乱している影狼を背負った。
「龍人」
「なんだ?」
「背負う者が居るのは、時折辛く思うこともあるが……それ以上に、幸せなのだろうな」
「っ、ああ、きっとそうだ!!」
互いに笑みを浮かべ合う龍人と士狼。
まるで長年の友のような雰囲気の2人に、背負われた影狼は困惑し、紫はそっと口元を隠しながら笑みを零した。
――今泉士狼は、もうこちらの敵にはならない。
確信もなくそう思え、同時に頼もしい味方ができたとこれまた確信もなく理解した。
「今泉士狼」
「なんだ? 八雲紫」
「――幻想郷にとって脅威とならない相手ならば、この地はあなた方“人狼族”を歓迎いたします。それを忘れないように」
言って、帰り用のスキマを彼等の前に展開する紫。
その言葉に、士狼は何も言わず一礼してからスキマに入り――幻想郷の地を離れていった。
「士狼のヤツ、なんだかスッキリしたみたいだけど何かあったのか?」
「……見える景色が変わっただけよ。それ以外は何も変わっていないわ」
ふうん、と曖昧な反応を返す龍人、どうやらわかっていないらしい。
彼は変わっていない、仕えていた主の命を奪った紫達に対する蟠りはいまだ残っているだろう。
けれど今の彼はとある迷いを捨てる事が出来た、それにより今まで見てきたものの見方が変わったのだ。
そしてそんな大それた事をやってのけた張本人は、そんな自覚などなくのほほんとしている。
まったく、本当に彼の傍に居るのは面白いものだと紫は思う。
今まで見た事のない光景を見せ、今まで当たり前だと信じてきた常識を覆す彼の存在は見ていて飽きない。
さあ、次はどんな面白いものを見せてくれるのか……今から楽しみで仕方なかった。
「……ところで紫、藍のヤツ……目を醒まさないんだけど?」
「あ」
しまった、黙らせる為とはいえ少々強く尾を握り締めすぎたか。
未だに気絶している藍を見て、紫はほんの少しだけ反省する。
……これは後で説教コースねと、すぐそこまで迫っている嫌な未来を想像しながら。
To.Be.Continued...
割と長くなった間章はこれにて終了。
次回からは新章へと突入しますです。