妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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地底での騒動が終わりを迎え、紫達は幻想郷へと帰還した。
その中で、彼女達は新たな仲間を迎え入れる事になる……。


第89話 ~明かされる危険、自覚する想い~

「――今度は地面の遥か下にある世界、ですか。紫さん達が幻想郷を離れる度に凄い土産話を持って帰ってきますね」

「それは皮肉かしら? 阿悟」

 

 苦笑する紫に、阿悟は筆を走らせつつ「違いますよ」と返事を返す。

 

「ですが地上では見られなくなった妖怪達が居る地底世界ですか……しかも今は元とはいえ地獄の土地も一緒になっていると。行ってみたいですね……」

「やめておきなさい阿悟、餌になる未来しか見えないから」

 

 幻想郷に戻った紫達は、再びいつもの日常へと戻っていた。

 まずは身体を休ませてから、紫は阿悟の元へと向かい今回の事を彼女へと話す事に。

 案の定、彼女の……というより稗田家特有とも呼べる好奇心旺盛な面を出しながら、「幻想郷縁起」に新たな項目が追加された。

 今の阿悟の姿を見ていると、紫は漸く幻想郷へと戻ってきたのだと実感する。

 

――ただ、彼女に訊かなければならない事もあった。

 

「ねえ、阿悟」

「なんでしょうか?」

「……“アレ”は、何?」

 

 ある一点を指差す紫、その先にあるのは中庭を一望できる縁側だった。

 その縁側へと座り、暢気にお茶を啜るのは……巫女装束に身を包んだ黒髪の女性。

 少々前に紫と死闘を繰り広げた、祓い屋の人間であった。

 

「ちょっとちょっと、人を指差しておいて“アレ”扱いは酷いんじゃない?」

「黙りなさい祓い屋。――二度と私の前に顔を出すなと言った筈だけれど?」

 

 ギロリと紫に睨みつけられて、女性はおもわず押し黙ってしまう。

 相も変わらず凄まじい覇気だ、けれど大妖怪である紫の覇気の中に居るというのに。

 

「紫さん、少し落ち着いてください」

 

 阿悟は気にした様子もなく、普段と変わらぬ口調で紫へと話しかけた。

 毒気を抜かれたのか、紫は女性を睨むのを止め自分の分のお茶を啜る。

 

「それで、どうしてあなたがこの幻想郷に居るのかしら?」

「いや、その……ちょっと詫びがしたくてさ」

「詫び?」

「確かに私は退治の依頼を引き受けたけど、どうやら龍人って半妖は悪いヤツじゃなさそうだし迷惑を掛けちゃったじゃない?」

「だから詫びを、と。結構です、言葉だけでの詫びなど求めておりませんので」

 

 自然と言葉が荒くなる、どうやら紫は女性を言葉通り許そうとは思っていないらしい。

 しかし――次に女性が放った言葉で、初めて紫は女性に対し関心を持ち始める事になる。

 

「勿論言葉だけじゃないわよ。――ここで「人間としての」守護者になってあげる」

「……なんですって?」

 

 女性へと視線を向ける紫、すると女性は何故か嬉しそうに笑みを作りながら言葉を続けた。

 

「その子から聞いたのよ。ここには「人間」の守護者が居ないってね、そしてあなた達はそれを求めてる」

「私と戦い、龍人の命を狙おうとしたあなたを受け入れろと?」

「勿論すぐにとは言わないわ。でも私としてもここはとても気に入ったし、衣食住が約束されるだろうし願ったり叶ったりなのよ」

 

 言って、女性は用意された饅頭を食べ至福そうな笑みを見せる。

 じろりと阿悟へと視線を向ける紫、対する阿悟はわざとらしく紫から視線を逸らした。

 

 だが、紫とて女性の提案に何の旨みもないとは思っていなかった。

 戦ったからこそわかる、彼女が持つ力は人間でありながらそれを大きく逸脱した力だと。

 けれどあくまで彼女は「人間」だ、故に里の新たな守護者としては申し分ない。

 感情を抜きにすれば即採用していた、とはいえ……彼女はやはり紫にとって気に入らないわけで。

 

「紫さん、大人になった方がいいですよ?」

 

 そんな紫の心中を読んだかのような言葉を放つ阿悟。

 転生したとはいえさすが古くからの友だ、こちらが何を考えているのかよく判っている。

 それを感心しながら、紫はにっこりと微笑みつつ阿悟の頬を軽く抓った。

 

「いひゃいいひゃい!!」

「……いいわ。認めてあげましょう、ですが少しでも里にとって不利益になるような事をすれば」

「その時はこの安物の首、そっくりそのままあなたにあげるわ。“博麗(はくれい)の秘術”の最後の継承者としての誇りに懸けて誓う」

「博麗の秘術……あなたがあの時使った術の事かしら?」

 

 確か「夢想封印」と彼女は言っていた。

 境界斬を相殺させるほどの破壊力を持つあれは、まさしく“秘術”と呼ぶに相応しい。

 

「そ。門外不出の術でね、かつて“龍人族”が編み出したものを昇華させた技術なのよ。

 ただ馬鹿みたいに高い霊力が必要だからだんだん担い手も少なくなって、一派も小さくなって今じゃ私1人だけ」

「龍人族が、ね……」

 

 成る程、それならばあの破壊力も頷ける。

 幼き頃から龍人族と行動を共にしていたからこそ、紫は誰よりも理解を示していた。

 

「では、ええと……」

「名前? 性は博麗、名は零。私の名前は博麗零(はくれい れい)よ」

「宜しく零。それで住居の方だけど……」

「どうせならこの里を一望できる場所が良いわね。それに私って前は巫女やってたから、神社がいい!!」

「調子に乗るんじゃありません」

 

 零の額を軽く小突く。

 なんて馴れ馴れしいというか人懐っこいのか、まがりなりにも命のやり取りをしたというのに。

 けれど、涙目になって抗議してくる彼女を見ているとそんな事などもう気にならなくなってくる。

 これも彼女の“気質”のようなものなのかもしれない、良い拾い物をしたと紫は思えた。

 

「それじゃあ零、今から里に行って他の守護者を紹介するわ」

「えー……今日は1日ここでまったり過ごそうと思ってたんだけど……」

「怠惰な守護者なんて要らないのよ。キリキリ働きなさいな」

 

 容赦なく零の首根っこを掴み、阿悟に一言告げてから紫は稗田家の屋敷を後にする。

 当然ながら後ろから聞こえてくる零の抗議の声は無視、働かざるもの食うべからずの精神がこの幻想郷にはあるのだから。

 

 

 

 

 夏の日差しは、今日も容赦なく照りつける。

 けれど里の子供達はそんなものなど関係ないとばかりに、小川で元気一杯に遊んでいた。

 はじける笑顔に楽しげな声、平和な光景が広がっている事に遠くからそれを眺めていた龍人の口元に笑みを浮かばせる。

 今日も幻想郷は変わらず平和な日々を綴っている、そしてこれから先もこの平和が続くと龍人は強く信じていた。

 そんな彼は、ある事を思い出していた。

 その内容は――地底での、地獄の女神との会話。

 

 

――私と一緒に、地獄に行きましょう?

 

 

 あの時、龍人は彼女に上記の誘いを受けていきなり抱き寄せられたのだ。

 当然彼は驚き、すぐさま離れようとするが……ヘカーティアはそんな龍人の抵抗など無意味とばかりに抱きしめる力を緩めようとはしない。

 

「ヘカーティア、放してくれ」

「だめよん。だって放したら逃げちゃうでしょ?」

 

 ヘカーティアの抱擁は決して苦しいものではなく、寧ろ慈愛すら感じられるものだった。

 けれど抜け出せない、それにいくらなんでも全力で抵抗するわけにもいかず、龍人は困り果ててしまう。

 

「ちょ、ちょっと何を――」

「“静かに”」

「――――」

 

 目の前の光景を見て、一輪が堪らず抗議の声を上げようとしたが……突如として彼女はまるで時が止まったかのように動かなくなってしまった。

 たった一言、ヘカーティアが一言“静かに”と言っただけで一輪は彼女の言霊に支配され動かなくなった。

 

「大丈夫。ちょっと意識を飛ばしただけだから心配しないでねん?」

「……それはわかったから、放してくれないか?」

「だからだーめ。んー……なかなかの抱き心地、クラッピーといい勝負ね」

「あ、じゃあ今度からあたいに抱きつくのやめてください。マジで」

「あらやだクラッピーちゃん反抗期!!」

 

 龍人を抱きしめたまま、クラウンピースと漫才を始めてしまうヘカーティア。

 さすがの龍人も我慢できなくなってきた、なので少々気が引けるが強引に離れようと“龍気”を開放して。

 

「――もう休みなさい龍人、それがあなたの為なんだから」

 

 ひどく優しい声でそんな事を言ってくるヘカーティアの声に、反応してしまった。

 開放していた“龍気”を引っ込めてしまう、彼女の声が全身に響き渡るような穏やかなものだったように感じたからだろうか。

 顔を上げる龍人、ヘカーティアは龍人に対して笑みを浮かべていたが……その笑みは、なんだか憂いを帯びたものに見える。

 

「ずっと頑張ってきたのよね? 歯を食いしばって、努力して、痛い思いもいっぱいして……」

「……なんで、そんな」

「目を見ればその人がどんな道を歩んできたのか、大体は理解できるのよ。女神様を甘く見ちゃいやよん?」

 

 おどけたような態度を見せるヘカーティア、しかしすぐさま先程のような憂いのある笑みを見せ言葉を続けた。

 

「もう終わりにしなさい。全てを忘れて、地獄で楽しく暮らしましょう?」

「……ヘカーティア、そう言ってくれるのは嬉しいけど、俺にはまだやるべき事があるんだ」

 

 紫と共に、幻想郷に生きる者達を助け、支え、共に歩んでいく。

 そして願わくば、全ての人と妖怪が共に暮らせる未来が来てほしいと思っている。

 その道はまだ終わりを見せず、ここで歩みを止める訳にはいかなかった。

 だから龍人はヘカーティアの言葉に否定を返す、だが彼女は。

 

「今の道を歩み続ければあなたは死ぬ。“龍人族”であるが故にね」

 

 龍人に、決して逃れられぬ未来を告げる。

 ……その言葉に、龍人はおもわず反論しようとした口を閉じてしまった。

 今まで自分の道を否定された事はある、笑われた事だって何度も経験している。

 理解されなかった事だってあった、けれど……こうまではっきりと死ぬ未来を告げられるのは初めてだった。

 

 それに今、彼女は龍人が()()()()()()()()死ぬと言った。

 一体それはどういう意味なのか、疑問に思う彼にヘカーティアは――無情な事実を口にする。

 

「あなた、もしかして自分の身体の変調に気づいていないの?」

「変調……?」

「……そう。さすが彼女の加護を受けているだけはある、でも一時凌ぎでしかないわ」

 

 よくわからない事を呟きながら、1人納得したような様子を見せるヘカーティアに、龍人は軽い苛立ちを覚える。

 身体の変調とは一体何なのか、確かにデイダラとの戦いで疲労はしているが……。

 

「かつて龍神達は、人間のあまりの脆さを憐れみ、自分達の力の一部を分け与えた。それが“龍人族”が誕生した始まりなのは知ってる?」

「ああ。それは知ってるけど……」

「世界のバランスを崩さないように人間だけでなく名も無き下級妖怪の一部にも、龍神達は神々の力を分け与えた。――それが傲慢でしかないという事を理解しないまま」

 

 何処か侮蔑するような口調で、ヘカーティアは言う。

 

「龍神達は理解できなかった、自分達の力の強大さを、その力は神々の位に居る自分達だからこそ十全に扱えているという事を。

 ――力というものには代償が常に付き纏うもの、神々の位に位置する者が扱う力を……遥か格下に位置する人間や妖怪に扱えると思う?」

「―――――」

 

 その言葉で。

 龍人は何も言えなくなり、同時に彼女が何を言いたいのかを理解してしまった。

 力を使用するには何かしらの代償を支払わなければならない、それは彼がまだ子供だった頃から義父である龍哉からも幾度となく言われてきた事だ。

 そして力というものは強力であればあるほどに、支払わなければならない代償というものも大きくなる。

 

「龍人族は元々数が多いわけではなかったけれど、彼等が歴史から姿を消した最大の要因は……龍神達から分け与えられた力によるものだったの。

 強すぎる力は人間の肉体で耐えられるものではなかった、龍人族は戦いの際に与えられた力を使い……自滅に近い形で滅びていった」

 

 なんと愚かで、哀しい種族なのか。

 身勝手な憐れみと神々特有の傲慢さによって力を与えられ、その力によって自らの命を奪われるなど笑い話にもなりはしない。

 結果、“龍人族”は他ならぬ龍神達の与えた力によって滅びの道を歩み、生き残りは目の前の彼を含め数えるほどしか存在しなくなっていた。

 

「私が何を言いたいのかもうわかるでしょ? ――このまま“龍人族”としての力を使えばあなたは死ぬ、ただでさえ既に肉体には大きな負荷が掛かっているのだから」

「………………」

「龍人が今までどんな生き方をしてきたかを見させてもらったけど、あんな生き方を続ければ終わりは免れない」

 

 普通の人間よりも強靭な肉体を持つ半妖である事と、“ある存在”の加護があるからこそ彼は今まで力を使いながらも生きてこれた。

 けれど終わりの時は刻一刻と迫っている、そしてそれは逃れられない運命だ。

 しかし彼が助かる手が無いわけではなかった、今の生き方を止め地獄の女神であるヘカーティアの元で暮らせば少なくとも普通に生きる事はできる。

 

 ヘカーティアは龍人の事を気に入っている、相手の力量を理解しながらも自己を保つ胆力、それでいて友好的なその態度。

 更に彼が今まで生きてきた軌跡を見て、ヘカーティアはますます彼の事が気に入っていた。

 四季映姫に死んだら天国行きにするようにと言ったが、今では手元に置いておきたいと思っている。

 

 だからこそ、彼にはこれ以上終わりが見えている生き方をしてほしくなかった。

 そうでなければこのような慈悲は決して与えない、故に地獄の女神は精一杯の慈悲と厚意を龍人へと向ける。

 

「あなたは今まで多くの者に手を差し延べ救ってきた、もう充分頑張ってきたじゃない」

「…………」

「地獄は楽しい所よ? 絶対にあなたも気に入ると思うわよん」

 

 より一層優しく、まるで壊れ物を扱うかのような繊細さで龍人を抱きしめるヘカーティア。

 その強い母性に溢れた抱擁を受け、龍人はごく当たり前のようにそれを受け入れようとして。

 

――ふと、紫の悲しげな顔が彼の脳裏に浮かびあがった。

 

「…………ヘカーティア」

「なあに?」

「ありがとう。ヘカーティアみたいな凄い存在にとって俺なんかただの有象無象の1つみたいなものなのに、こんなにも暖かい優しさを向けてくれて」

「あなたを気に入ったんだもの、お礼を言われるような事じゃないわん」

「――でもな、ヘカーティア」

 

――その申し出を、受けるわけにはいかないんだ。

 

 はっきりと、龍人はそう告げて。

 自らの意志で、ヘカーティアから離れていった。

 

「龍人……」

「ヘカーティアが嘘を吐いていない事はわかってる、だってそんな嘘を俺に吐いたって意味が無いしヘカーティアは優しいからな。でも、俺はこの生き方をやめたくないんだ」

「でもいつかその力であなたは死ぬ。それは逃れられない未来なのよ?」

 

 今の彼は、時限式の爆弾を抱えて生きているようなものだ。

 終わりがいつの日に訪れるかはわからない、けれどそれは必ずやってくる。

 天寿を全うする事も、安らかに眠る事だってできやしない、このままでは苦しみぬいて死ぬ未来しか残っていない。

 だというのに彼はその選択を選んでいる、その選択の先に何が待っているのか理解しているのにだ。

 

「俺には守りたいものと支えたいものが居る、それを投げ捨てたくない」

「……ただ他者の為に、己が命を削り続けるの?」

 

 それは“自己犠牲”の精神、在り方は美しいかもしれないが……悲しい生き方だ。

 

「勘違いしないでくれヘカーティア、俺は自己犠牲なんてするつもりはない。

 今の俺を好いてくれている人達が居る、支えようとしてくれる人達が居る、それなのに俺が自分の都合で死んでしまえばその人達が悲しむ。そんな事は認められないし許されない」

「そう思っているのなら、尚更今のような生き方を続けちゃダメなのよ」

「――俺は死なない。どんな事があっても、俺は俺を必要としてくれる人達が居る限り絶対に死なない」

 

 だから大丈夫だと、龍人は当たり前のように言い放つ。

 そのあまりに信憑性の欠片も無い、子供のような言い分にさすがのヘカーティアも開いた口が塞がらなくなった。

 自己犠牲なんてするつもりはない、けれど今までのように他者の為に戦う事はやめない。

 なんという矛盾、まるで駄々っ子のような我儘さに満ち溢れた主張だ。

 

 しかもだ、彼はそんな無茶苦茶な主張を本気で押し通そうとしている。

 神々でもなんでもない、半妖に過ぎない彼がそんな願いなど叶えられる筈が無いというのに。

 あまりに現実が見えていない愚か者そのものの発言である、でも……そう告げる彼の瞳には、迷いや恐れなど存在していない。

 

「……龍人、どうしてそう思えるのかしら?」

「1人じゃないから、俺の傍には紫や幻想郷に生きるみんなが居るから」

「…………紫」

 

 彼の口から紫の名が放たれた瞬間、聡明な地獄の女神は理解する。

 何故彼はこうまで困難な道を歩もうとしているのに、微塵の不安も恐怖も抱かないのか。

 なんてことはない、彼の傍には彼が尤も信頼する――同時に“愛する”存在が居るからであった。

 

「好きなのね彼女が、八雲紫が」

「好き……ああ、紫は俺にとって一番最初に出来た友達で、大切な家族だからな」

「そうじゃなくて、あの子の事“女”として好きなのよねん?」

「えっ?」

 

 女として、即ち異性としての愛情を抱いているという事。

 ……そうなのだろうか、ヘカーティアからそう言われても龍人はいまいち自覚が持てなかった。

 

 けれど、ヘカーティアと共に地獄へと行き平穏に生きるという提案を受け入れようとした時――彼女の顔が浮かんだ。

 紫と離れ離れになる、共に歩む事ができなくなる。

 そう思ったら、龍人の心は軋みを上げ痛みを伴った。

 その痛みは“家族”として会えなくなるという意味での痛みではないと、なんとなくではあるものの龍人にはそう思えた。

 

「……クラッピー、帰るわよん?」

「んあ……?」

 

 先程から静かだったと思ったら、すっかり寝入っていたクラウンピースに声を掛けるヘカーティア。

 まだまどろみの中に居る彼女の首根っこを掴み上げ、ヘカーティアは龍人へと笑いかけながら。

 

「――今はあなたの心を動かす事はできないみたいだから、諦めてあげるわん」

 

 おどけた口調でそう言って、あっさりと彼女は龍人の前から消え去ったのだった――

 

 

 

 

「龍人」

「………………」

 

 紫の声が耳に響き、龍人の思考は現実へと帰還する。

 視界には自分を見つめる彼女の姿、そしてその後方では先程と同じく小川で遊ぶ子供達と……そこに混じって遊ぶ女性祓い屋――零の姿が見えた。

 何故彼女がここに居て子供達と遊んでいるのか、疑問に思う龍人に紫は先程のやり取りを彼に話す。

 

「そっか……まあとにかく、頼りになる仲間が増えたのは良かったな」

「言うと思った。仮にも貴方の命を狙っていた人間なのよ?」

「でも今は違うんだろ? ならそれでいいさ」

 

 そう告げる龍人に、紫は呆れを含んだ苦笑を見せる。

 けれど彼女の苦笑には確かな優しさと暖かさが感じられ、それを感じ取った彼の鼓動が僅かに速まった。

 

(……ああ、やっぱりそうなのか)

 

 “それ”で彼は完全に自覚する、自身が紫に抱く感情の正体を。

 きっと自覚はしていなくともずっと“それ”を抱き続けていたのだろう、ヘカーティアとの会話で気づけたのなら彼女に感謝しなくては。

 

「なあ、紫」

「どうしたの?」

「手、繋いでいいか?」

「えっ? 別にいいけど……なんだか今日の龍人、変ね」

 

 などと言いながらも、紫は彼の左隣に座り右手を差し出してきた。

 差し出された手を出来る限り優しく握り締める龍人、肌理細やかな絹のような美しい紫の手。

 それを握り締める事ができるのが、今の龍人には幸せに感じられた。

 

「あー、りゅうとさまとゆかりさまがてをつないでるー!!」

「めおとだめおとだー!!」

「おにあいだねー!!」

 

 2人を見て遊んでいた子供達が一斉に囃し立て始める。

 僅かに頬を赤らめ軽く戒める紫であったが、龍人の手を放そうとはしなかった。

 そしてそんな戒めの言葉だけで子供達がおとなしくなる筈も無く、やがて零まで2人をからかい始める始末。

 

 結局、紫が零に割と本気で斬りかかるまでそれは続き。

 その中でも、龍人は幸せそうに笑っていたのであった……。

 

 

 

 

To.Be.Comtinued...




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