妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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怨霊異変の元凶であるデイダラと死闘を繰り広げれる紫達。
能力開放、そして龍人の新たな奥義である龍尾撃衝(ドラゴンテール)により、デイダラを打倒する事に成功した……。


第87話 ~地獄の閻魔と女神様~

――静寂が、周囲に漂う。

 

 龍人の右足から黄金の輝きが消え去り、彼はゆっくりと地面に着地その場に座り込んだ。

 紫も能力開放を解除し、痛む頭を押さえながら彼の元へと向かう。

 

「龍人、大丈夫?」

「ああ、紫こそ大丈夫か?」

「私は大丈夫よ、少し頭が痛いけどすぐに収まるわ。――ありがとう藍、事前に打ち合わせもしていないのによく合わせられたわね」

「そんな事はありません。私はお2人の式なのですから、寧ろ合わせられねば恥です」

 

 生真面目な藍の言葉に苦笑しつつ、紫は視線を前方へと向けた。

 彼女の視線の先には――まるで隕石が落ちた跡のような巨大な穴が広がっていた。

 その一番底には土と岩によって身体の半分以上が埋まったままピクリとも動かない、デイダラの姿が見える。

 

――この大穴は、龍尾撃衝(ドラゴンテール)の一撃()()で開けられたものだ。

 

 龍人が龍爪斬(ドラゴンクロー)以上の破壊力を得る為に生み出した新たな技である龍尾撃衝(ドラゴンテール)

 やはりというべきか、その破壊力はまさしく規格外のものであり――実を言うと、これでもまだ()()()()()()()()

 正真正銘の全力を放てば被害はこんなものでは済まない、この地底世界が纏めて吹き飛ぶだけでなく地上にだって少なからず影響を及ぼす。

 それに何よりもだ、最上位の神々である“龍神”の力は半妖の肉体では全開で使用する事はできない、使用自体はできても肉体が瓦解する。

 

「ふぅ……」

 

 現に今の龍人の身体には殆ど余力が残されていない、頑丈でいつも力が有り余っている彼が座り込み疲れたようなため息を吐いている事からもそれが窺えた。

 だが、デイダラの様子を見るに戦いは終わりを迎えたと判断してもいいだろう。

 彼が取り込んだ怨霊達も、龍人の龍尾撃衝(ドラゴンテール)によって完全に霧散してしまった。

 

 地獄の存在である怨霊にとって、“龍気”そのものが彼等を強制的に消し去る聖なる力を秘めているのだろう。

 相も変わらず“龍気”のデタラメな力に軽く引きながら、紫は“まだ生きている”デイダラへと再び視線を向けた。

 そう――デイダラはまだ生きている。

 さすが大妖怪と呼ばれるだけの事はあるが、それ以上に龍人が彼の命を奪おうとは考えておらず命中に瞬間に僅かに攻撃の軸をずらしたのも起因しているのだろう。

 

「……龍人様、何故先程の一撃で仕留めなかったのですか?」

 

 主の心従者知らず、彼の真意を読み取れない藍がまだ生きているデイダラに気づき問いかけを放つ。

 彼女の気持ちも判らないわけではないが、やはりまだまだだと紫は内心で藍に対する苦言を零していた。

 

「被害はあったけど幸い死者は出なかった。だからまだ殺すのは早計だ」

「お言葉ですが龍人様、それは結果論ですし……少々甘過ぎるのでは?」

「藍は厳しいな、でもお前の方が正しいって事ぐらい俺にだってわかってる。けどコイツは殺さない、これだけ強い力を持っているのなら……その力を正しい方向に使って今回の事を償ってもらう」

 

 言いながら龍人は大穴へと降り、デイダラの身体を引っ張り上げてきた。

 僅かに呼吸はしているが、身体には痛々しい傷が刻まれている。

 このままではどの道デイダラの死は免れないだろう、なのでとりあえず死なない程度まで傷を治してやろうとして。

 

「…………そこの九尾の言う通り甘過ぎる御方だ、こちらとしても譲れないからこそ敵対したのですよ?」

 

 弱々しい声を放ちながら、デイダラは瞳を開き意識を取り戻した。

 

「喋るな、死ぬぞ?」

「敗者には相応の末路が待っているだけです、私はここで朽ち果てるのが運命だったというわけですよ……」

「お前が自分を敗者だと認めるのなら、その命は勝者である俺達が使っていいって事だな? なら今は黙ってろ、勝手に死ぬ事は絶対に許さない」

「…………」

 

 デイダラは答えない、ただ反論を返そうともしなかった。

 なので紫はそのままデイダラに自分の妖力を少しだけ分け与えた。

 これで肉体のダメージはある程度分け与えた妖力で回復する事ができる、尤も動けるようにするつもりはないので微々たる量しか与えなかったが。

 

「しかし、凄まじい強さですね。さすが龍神の力を引く種族というべきか」

「守りたいモンが沢山あるんだ、強くなくちゃそれを守る事なんてできないんだよ」

「守るもの、ですか……ですが私とてそれは同じ事。地獄に居られなくなった者達の為に戦っていたというのに……何故敗れたのです?」

「たった1人で戦ってたからだ。俺には紫や藍、勇儀や萃香に一輪に雲山……みんなで力を合わせられたからな」

「1人……」

 

 そう呟いて、デイダラは再び口を閉ざす。

 ……とにかくこの男の処罰は自分達だけで決めるわけにはいかない、地底の者達の意見も聞かなくては不公平だからだ。

 尤も、血の気の多い地底の者達に元凶を見せればどうなるかなどやらなくてもわかってしまうがそれはそれである。

 

「……怨霊は、これからも増え続けるでしょう。だというのに十王達は怨霊を監視すべき地獄を小さくしている、それが愚行であると何故気づかないのか」

「…………」

「このままではいずれ今回のように怨霊が地上に増え、生者を脅かす。だからこそ私は十王達にその愚かさを知ってほしかった……」

「ふざけるな!! 如何な理由があろうとも、貴様のしでかした事は正当化されるものではない!!」

「藍……」

「ああそうですとも。私は自分のしている事が正しいなどとは思っていません、でも他に方法が無かった……身を以て知らなければ、学習しないのは現世に生きる者達だけではないのですから」

 

 だが、今の自分は敗れた敗者に過ぎない。

 これ以上の問答は無意味だと、デイダラは口を閉ざし。

 

「――まさかこちらが動く前に終わっているとは思いませんでした。ですがご苦労様です龍人、八雲紫」

 

 小さな風が、紫達の首元を優しく撫でるように吹いたと思った時には。

 彼女達の前に、とある女性が現れていた。

 

「……今更あなた自らが動くのですか? ――四季映姫・ヤマザナドゥ様?」

 

 皮肉を込めた口調でデイダラが名を呼んだのは、地獄の閻魔である四季映姫であった。

 デイダラの皮肉を受けても眉1つ動かさず、映姫は倒れたままの彼に近づき口を開く。

 

「デイダラ、あなたの行った事は決して許される事ではありません。怨霊を監視し罪を償わせる為に存在するあなたが生者の世界に怨霊を溢れ出させあまつさえその呪いとも言える力を取り込むなど……」

「弁明は致しません。あなた様の仰るとおり私は禁忌を犯し現世に多大な被害を与えようとしました、如何なる処罰も受ける所存に御座います」

「結構。――ですが未だに信じられませんね、あなたは地獄で働く者達の中では特に働き者で周りからの信頼も厚かったというのに」

「あそこが私にとって居るべき場所であり、ただ成すべき事を果たしていただけに過ぎません。尤も、誰かさん達のせいで見事に裏切られたわけですが」

 

 紫の妖力を取り込んで多少回復したものの、今の彼はまだ満身創痍である。

 だが口から放たれる言葉はただただ饒舌であり、口調だけでなく言葉全体からは映姫達に対する皮肉と失望、そして怒りがひしひしと感じられた。

 当然直接それを向けられて気づかない映姫ではなく、相も変わらず眉1つ動かさぬ平静さを見せているものの、それなりに精神的ダメージを負っているようだ。

 

「龍人、八雲紫、この度は私達地獄の問題に巻き込んでしまい申し訳ありませんでした」

 

 紫と龍人に向かって頭を下げる映姫。

 閻魔のその姿に紫は内心これを機会に弱みでも握ってやろうかと軽く考える一方、龍人は映姫に不機嫌そうな表情を向けていた。

 ああやはりか、今の彼の心中を紫はすぐに理解し苦笑する。

 

「今回の件の後始末は任せてください。既に小町達死神を動かしていますから、地獄から連れてこられた怨霊達も居るべき場所に戻るでしょう」

「……デイダラはどうなる?」

「彼は重罪を犯しました、裁判は施行されるでしょうが……一度肉体と魂を分け、罪を償ってもらう事になりますね」

(まあ、そうなるでしょうね)

 

 寧ろ、魂を消滅させられないだけまだ譲歩していると言えるだろう、デイダラが犯した罪というのはそれだけ世の理からすれば重罪に値するのだ。

 発見が早期だった事、怨霊による被害が最小限に抑えられた事、そして何よりデイダラの今までの功績を配慮した結果の裁定だろうが。

 

「――駄目だ。そんなの俺が認めない」

 

 龍人にとって、その判断は到底認められるわけがなかった。

 

「は……?」

「手段や形がどうあれ、デイダラは地獄の為……いや、俺達が生きる世界の事も考えてこんな行動を起こしたんだ。

 それを重罪を犯したってだけで全ての責任をコイツに押し付けて終わらせる事は許さない」

「……龍人、彼の罪は我々地獄の者達が定める事です」

「そもそも今回の引き金はお前達が自分達だけの判断で地獄の一部を斬り捨てたからだろう? それなのに自分達の非は認めないのか?」

「…………」

 

 映姫が押し黙る、彼女自身も今の発言は痛い所を突いているのだろう。

 場の雰囲気が重苦しく変化する中、藍は龍人を応援しようかそれとも止めようか迷っているのか困惑するばかり。

 紫はというと……傍観を決め込む事にした。

 

 薄情と言うなかれ、彼女自身どちらの意見も正しくどちらの考えも否定する事ができないのだ。

 無論、最悪の事態に発展しようものなら全力で止めるものの、今は彼の好きにさせたいので黙っている事に。

 

「上に立つ者がそんな事ばかり繰り返せば、組織っていうものは瓦解するんだろう?」

「ええそうです、ですが今回はそうせざるをえない部分が多過ぎる。増え続ける怨霊を広い地獄で管理すればこちらの目を欺き良からぬ事を考え事件を起こす怨霊も出てきてしまう。

 だからこそ地獄の縮小化は避けては通れない、地獄で暴動を起こした者達も今は納得してくれています」

「納得じゃねえ、お前達の力が強すぎるから屈服しただけだ。不満を解消できたわけじゃないって映姫ならわかるだろ?」

 

 現実的な事実だけを告げる映姫だが、龍人も負けじと言い返す。

 ……どんどん映姫の表情が強張っていく、それを見た藍が紫の後ろに隠れてしまった。

 なんで主人を盾にするんだこの駄狐は、そう思いながらも彼女の行動には納得できてしまう。

 閻魔を怒らせるというのはそれだけ恐ろしいものなのだ、見ていて肝というか“核”が冷える。

 

「では、彼を赦せと? 罪を無かった事にしろと?」

「そうじゃねえ、ただこのままデイダラだけに責任を押し付けても何も変わらないって事を言いたいだけだ」

「ならば龍人、あなたには何か言い案がるというのですか? ――あなたは少し甘過ぎる、優しく暖かな心だけでは何も解決しないのです」

 

 その言葉にムッとした表情を浮かべる龍人。

 まるで「あなたには何も変えられない」と言われたと感じたのだろう、なので彼は少々感情的になりながら――とんでもない事を言い出した。

 

「そうだなー……まず今回の件で切り捨てた地獄を元に戻す事ができないのなら、それを幻想郷に移転させて前と同じように怨霊を監視しながら罪を償わせるっていうのはどうだ?」

「なっ――」

「りゅ、龍人様!?」

「……ちょっと、龍人」

 

 この発言に映姫と藍は驚き、紫は驚きながら呆れたようにため息を吐き出した。

 当たり前だ、彼の発言はあまりに突拍子もなく同時に認められるものではなかったのだから。

 

「俺とデイダラ、そしてコイツの部下達でそれを担当する。そうすれば地上に怨霊が蔓延る事も無いだろうし、死神が回収し忘れてる怨霊達も自然と集まってくる筈だ」

「た、確かに怨霊が放つ負の感情を現世で彷徨っている怨霊が嗅ぎ付ける事によって集まるのは確かですが……その方法はあまりにも無茶が過ぎる」

「閻魔の言う通りよ龍人。幻想郷に切り捨てた地獄を移転させるなんて、里の者達を危険に晒す事態を招きかねない」

「そこはほら、紫や永琳に超強力な結界を張ってもらえば大丈夫だろ? 輝夜にも協力してもらえばより一層安心だ」

「……当たり前のように、永琳や輝夜から協力を得られると思っているのね」

 

 なんというぶっ飛んだ考え方だろう、六百年経って彼も大分落ち着いた一面を持ち大人になっているが根本はまるで変わっていないようだ。

 

「2人が首を縦に振るまで諦めないからな。――お前達もそれなら安心だろ? 当然今回の遠因の1つになった映姫達にも協力してもらうけどな」

「ぐっ……え、閻魔や十王を脅すのですか?」

「そう思いたきゃそう思えばいいさ。お前達のやり方は俺にとって気に入らないし認められない、だったら解決できるのならなんだってやってやるさ」

 

 わざとらしく、挑発めいた笑みを映姫に向ける龍人。

 しかし映姫とてそれを簡単に認めるわけにはいかない、彼の提案も長年続いた世の理を崩しかねないからだ。

 だが今の映姫には反論材料が見つからなかった、彼の言う通り今回の件には自分達閻魔や十王に責任が無いとは言い切れないからだ。

 どうにかこうにか映姫は思考をフル回転させ彼の提案を反対しようとする、が。

 

「まあまあ映姫ちゃん。今日はとりあえずこれくらいにしておきましょうよ」

 

 気配をまるで感じさせずに出現した女性の軽い口調で放たれた一声だけで。

 紫達は、自身の総てを支配されてしまったかのように動けなくなってしまった。

 

「あ、あ、あ、貴女様は!?」

 

 辛うじて顔を動かした映姫が声の主を見た瞬間、酷く狼狽した様子を見せ始める。

 あの地獄の閻魔がまるで幼子のような姿を見せる事に驚きながらも、紫達は指一本動かせずにいた。

 一体何が起きたのか理解できない、ただ1つ理解できたのは。

 今この場に、自分達では到底辿り着けない領域に居る存在が、君臨しているという事だけ。

 

「あらら、すっかり脅えちゃって……可愛いわねん」

 

 くすくすと笑う謎の女性の声。

 その声には微塵も緊張感や威圧感というものが感じられないというのに、紫は冷や汗を止める事ができない。

 どうしようもなく恐怖を抱いている、女性の声を聞いた瞬間に紫の心は完膚なきまでに折れきっていた。

 

「――ぐっ、うおおおおおおあああああっ!!」

 

 と、龍人は突如として雄叫びを上げ“龍気”を放出させる。

 凄まじい力の奔流が突風となって辺りに吹き荒れ、その風を受けた影響か紫はどうにか身体を動かせるようになった。

 だが相変わらず冷や汗は止まらない、けれどもこのままでは埒が明かないので紫は勇気を振り絞って顔を上げて。

 

「あらん? ちょーーーーっとだけ力を入れ過ぎたとはいえ、私の“言霊”の拘束を解くなんて……さすが龍人族の生き残り、凄い凄い」

 

 にっこりと微笑んで、龍人の頭をまるであやす様に撫でている、赤毛の女性を視界に入れた。

 緑・赤・紫にも見える青の三色カラーのチェックが入ったミニスカートを履き、下は靴を履いておらず生足を見せている。

 こう言ってはなんだがなかなかに奇抜な服装であるが、上半身はもっと凄かった。

 

 黒いTシャツはまだいい、というより普通だ。

 だがしかし、そこに書かれている文字は「Welcome Hell」という物騒なものであり、肩が大きく出ている言わばオフショルダータイプのシャツである。

 更に更に、女性の頭には帽子の上に惑星のようなものと、女性の周りには月と地球をミニチュア化させたような球体が浮かんでおり、それぞれ鎖で首輪に繋がっていた。

 

「…………」

 

 変な恰好、おもわずそんな言葉が出そうになって紫は慌てて口を噤んだ。

 そんな事を言われたら殺される、否、消滅させられる。

 本能でそれを理解し、今の紫は大妖怪としての威厳などかなぐり捨ててでもこの場をどう切り抜けようか思考を巡らせた。

 

――別次元なのだ、いきなり現れたこの女性は。

 

 人間や妖怪、はたまた神々という次元を完全に超越している。

 さっきとて女性が声を出しただけで指一本動かす事ができなかったのだ、女性は“言霊”による拘束だと言ったがそんな次元の話ではない。

 絶対に逆らえない、歯向かえない、抵抗できない。

 当たり前のようにそう理解させられる力と存在感が、この女性から放たれているのだ。

 

「……お前、誰だ?」

(龍人ーーーーーーっ!! 何故いつものノリで話しかけるのーーーーーっ!?)

 

 心の中でツッコミを入れつつ、確実に寿命を縮ませる紫。

 見ると映姫も同じ事を考えているのか、その表情は完全に引き攣ったものになっていた。

 彼とてこの女性の力を感じ取っていないわけではないだろうに、この状況でも変わらない彼の態度には逆に頼もしさすら覚えた気がした。

 

「私は“ヘカーティア・ラピスラズリ”、可愛くて美人で性格も良くてとても強くて部下にも恵まれて非の打ち所がない地獄の女神様よん♪」

『…………』

 

 空気が、凍った。

 いや、確かに凄まじいなどという表現では追いつかない力と存在感は放っているし、美しい容姿を持っているのも確かではある。

 けれど、それを臆面も無く満面の笑みで言われると……正直、可哀想なものを見る目になってしまうのは致し方ないと思っていただきたい。

 

「地獄の女神様かあ……俺は龍人っていうんだ。でも、自分で自分の事をそこまで褒め称えるのはちょっと変だぞ?」

(言っちゃったーーーーーーーーっ!!?)

 

 さすが龍人、大妖怪八雲紫や閻魔大王四季映姫にすらできない事を平然とやってのける。

 そこに痺れる憧れる……わけがなく、2人は可能ならば今すぐにでも動いて龍人を殴り倒してやりたかった。

 しかし今の空気に圧倒され、哀れ2人は迂闊な事ができず事の顛末を見守ることしかできない。

 

「でも可愛くて美人なのは本当だな!!」

「えっ? え、えへへへ……そう?」

(よしっ、ナイスよ龍人!!)

 

 今度は大袈裟なガッツポーズをする2人、傍から見ると奇怪な行動にしか見えない。

 だが仕方がないだろう、自分よりも遥かに大きな力を持った存在を怒らせれば大惨事になるのだ、2人としてはどうにかこうにかそんな事態を避けたいと思うのは当たり前であった。

 

「んふふー……嬉しいなあ、男の子にそうやって褒められるのなんて何千万年振りかしら?」

「え、何千万年って……そんなに生きてるのか?」

「だって私はあらゆる地獄を司る女神だもの。……もしかして、お婆ちゃんだと思った?」

「そんな事ないって、俺の知り合いだって凄い長生きしてるヤツだっているしヘカーティアは凄い美人だから全然お婆ちゃんっぽくないしな」

「…………」

(あ、すっごい顔がにやけてる……)

 

 もしかしてこの女性は存外に単純なのではなかろうか、紫はふとそう思った。

 同時に彼女が何者なのかを理解し、改めて目の前の女性――ヘカーティアが規格外の存在だという事を思い知った。

 

 あらゆる地獄、即ち様々な世界の地獄を司る女神。

 それだけの存在なのだ、その実に宿る力が自分達とは比べものにならないことなど当たり前なのである。

 地獄の閻魔という立場である映姫がヘカーティアに狼狽した様子を見せたのも、彼女にとっても雲の上の存在だからだろう。

 

「ちょっと映姫ちゃん、この子すっごい良い子じゃない!! この子が死んだら絶対に天国に送ってあげてねん?」

「いや、流石にそんな職権乱用なんかできませんよ!?」

「あ、でも待てよ……? 地獄に堕として、ずっと私の手元に置いておくのもアリね……」

「何平然ととんでもない事を口走ってるんですか!? それよりヘカーティア様、何故貴女様がこの現世にやってきているのですか!?」

「暇だったから」

「そんな理由!?」

「まあまあ、とりあえずそこのボッチちゃんを治療してあげないと可哀想よん。それじゃあ龍人、また近い内にね~♪」

 

 そう言って、ヘカーティアは満面の笑みで龍人へと近づき。

 キョトンとしている彼の頬に、触れるだけの口付けを落とし、映姫とデイダラを連れて消えてしまった。

 

「なっ!?」

「……なんか、色々凄いヤツだったな」

「…………」

 

 何だ?

 今あの女は、龍人に何をした?

 先程までヘカーティアに抱いていた恐怖など消え去り、逆に彼女に対する怒りを溜めていく紫。

 

「とりあえず紫、いつの間にか気絶してる藍を連れてみんなの所に……って、どうしたんだ?」

「…………いいえ、なんでもないわ龍人。それより戻りましょうか」

「……なんか、怒ってる?」

「怒ってなんかいないわよ。ええ……怒ってなんかいないわ」

 

 確かに怒ってはいない、ただいきなり現れたヘカーティアに対する怒りだけは増大し続けているが。

 それが一般的には怒っているという事になるのだが、今の彼女にそんなツッコミを放てる者は居ない。

 結局、彼女が明らかにおかしな様子を見せている事を理解しながらも、龍人はそれ以上は何も訊かない事にして紫と共にさとり達の元へと戻っていったのであった。

 

 

 

 

To.Be.Continued...




次かその次くらいでこの話は終わる予定です。
楽しんでいただけたのなら幸いに思います。

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