妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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今回の怨霊事件の元凶だと名乗る大妖怪、ダイダラボッチであるデイダラとの戦いを始める龍人。
それを感じ取った紫は、すぐさま彼の元へと向かう為に動き出した……。


第86話 ~地底世界の戦い、VSデイダラ~

――全速力で、紫は龍人の元へと向かう。

 

 突然感じ取った力の奔流は、龍人のものだ。

 彼が力を解放するという事は、何かに巻き込まれたという意味に繋がる。

 何よりも、そんな彼のすぐ傍には感じた事のない強大な力も確認できた。

 十中八九戦いに移行するのは目に見えている、なので紫は加勢の為に急ぎ彼の元へと向かおうとしていた。

 

「っ!?」

 

 が、その前に岩盤の一角が大きな音を響かせながら吹き飛び、そこから人影が飛び出してきた。

 その人影が何者かを確認して、紫はすぐさまその人影の元へ移動し衝撃を殺しながら抱き留める。

 

「いっつ…………悪い紫、助かった」

「龍人、何があったの?」

 

 抱きかかえた彼の状態を確認する。

 所々に刻まれた傷は致命傷には程遠い、軽傷である事にとりあえずは安堵した。

 だが一体何があったのかまではわからず、紫は龍人に説明を求めようとして――彼が飛び出してた場所から、今度は一輪と雲山が同じように飛び出してきた。

 

「ちぃ……!」

 

 2人が吹き飛んでくる軌道に合わせ紫は結界を展開し、見事2人を救出した。

 顔をしかめているものの、2人も龍人と同じく軽傷を負っただけのようだ。

 と、一歩遅れて勇儀と萃香が紫達の元へとやってきた。

 

「龍人、大丈夫かい?」

「ああ、ちょっと殴り飛ばされただけだ」

「一体何が…………っと、それは“あれ”に訊いた方がいいかもね」

 

 全員の視線が、龍人達が飛び出してきた穴へと向けられる。

 そこから現れたのは、3メートルを優に超える巨人の男。

 その男から感じられる力の大きさに、紫は眉を潜め勇儀と萃香は楽しげな笑みを浮かべた。

 

「なんだい龍人、あたし達に隠れて喧嘩でもおっぱじめたのかい?」

「それなら良かったかもしれないがな。――アイツはデイダラ、“ダイダラボッチ”と呼ばれる大妖怪で、今回の元凶だとさ」

「ダイダラボッチ……!」

「ほうほう、あれが犯人か」

 

 そう呟いた瞬間、勇儀は動きを見せた。

 右手で拳を作りながらデイダラへと接近し、加減なしの一撃を放つ。

 不意打ちに近い一撃は、吸い込まれるようにデイダラへと命中……したのだが。

 

「っ、痛っ……!?」

 

 刹那、勇儀の手には衝撃と痛みが走り、拳を放った彼女の手からは鮮血が舞う。

 何か堅いもので弾かれた感触を感じながら、勇儀は自分の拳を防いだ正体を見て驚愕した。

 

「岩、だあ……!?」

 

 そう、勇儀の拳を防いだのは――デイダラの身体を守るように纏わりついた岩であった。

 しかし解せない、たとえ堅い岩であっても鬼の剛力を真っ向から受け止める強度は存在しない筈。

 だというのに防いだだけでなく、その岩にはヒビ1つ入っていない。

 

「ごっ……!?」

 

 右腕に岩を纏わせ、そのまま勇儀の腹部へと拳を叩き込むデイダラ。

 その一撃を受けて勇儀は吐血し、勢いよく地面へと叩きつけられてしまった。

 単純な力だけでなく身体の頑強さも凄まじい鬼の肉体に、打撃で明確なダメージを与えた。

 その事実は信じられないものであり、地面に沈んだ勇儀へと視線を向けながら紫達は目を見開いて驚愕してしまう。

 

「――ぬああああっ!!」

 

 しかしさすがは鬼というべきか、口元を自らの血で汚しながらも勇儀は立ち上がる。

 そして口内に溜まった血を乱暴に吐き出し、すぐさま紫達の元へと戻ってきた。

 

「さすが、と言っておきましょうか」

「やってくれるじゃないか、ちょっとは効いたよ!!」

「ですが――邪魔です」

 

 左手を天に掲げるデイダラ。

 すると周囲に撒き散らされた岩の破片が浮かび上がり、紫達を囲むように空中で制止した。

 

「――岩石舞(がんせきぶ)

 

 左腕を振り下ろすデイダラ、瞬間――破片達が一斉に紫達へと襲い掛かった。

 

「小賢しいなあっ!!」

 

 叫び、萃香は巨大化し両の手で拳を作る。

 そのまま迫る破片達に拳を繰り出し、たった二撃で数百はあろう破片の雨を纏めて殴り砕いてしまった。

 すかさず萃香は巨大化を維持したまま、デイダラを殴り潰そうと右の拳を繰り出した。

 

「!?」

 

 驚愕が、萃香を襲う。

 なんとデイダラの身体が瞬時に大きくなり、萃香にもひけをとらない大きさまで変化し彼女の拳を軽々と受け止めたのだ。

 一瞬反応が遅れた萃香の隙を突き、デイダラはそのまま彼女の巨体を腕一本で持ち上げ地面へと叩きつけた。

 地面が大きく揺れ、その破壊力を示すかのように萃香の身体が完全に地面に沈み見えなくなる。

 

「萃香!!」

「くっ――雲山、いくわよ!!」

「待て、一輪!!」

 

 龍人が制止の言葉を放つが、一輪は雲山と共にデイダラへと吶喊していく。

 巨大化する雲山の拳、それをまるで大砲のように撃ち出しデイダラの身体に叩きつけた。

 

「――大地の剣よ」

「えっ――くぅっ!?」

「ぬああっ!?」

 

 デイダラが指を天に掲げた瞬間、地面が隆起し岩で形成された剣状の物体が現れ、一輪と雲山に向かって撃ち込まれていった。

 都合六十二の岩の剣が、2人に襲い掛かる。

 驚愕しながらも2人は全神経を回避に専念させ、紙一重でありながらも岩の剣の猛攻を凌いでいく。

 だが上下左右、あらゆる角度から放たれる剣の雨を回避する事は不可能に近い。

 

――けれど、岩の剣が2人に届く事はなかった。

 

「これは……」

 

 静かに驚きを含んだ言葉を放つデイダラ。

 2人を守る為に紫はスキマを展開させ、飛び回る岩の剣全てを異空間へと呑み込んでしまった。

 さすがのデイダラもこれには驚きを見せ、その隙を逃さず龍人と勇儀が動いた。

 

「おらあああああっ、鬼神斬破刀(きじんざんばとう)!!」

空牙轟龍脚(くうがごうりゅうきゃく)!!」

 

 勇儀の右の手刀がデイダラの左腕に裂傷を刻ませ。

 龍人の風の力が込められた蹴りが、右腕を抉っていく。

 さすがに効いたのか巨大化したデイダラの身体が体勢を崩した。

 

「2人とも、離れて!!」

『っ』

 

 同時に離脱する龍人と勇儀、その一瞬後に高熱を孕んだ巨大な妖力玉がデイダラへと襲い掛かる。

 高熱の妖力玉――通称“元鬼玉”を放った萃香は、すかさず次の元鬼玉を生成しデイダラに向かって投げ放っていく。

 連続で叩きつけられた元鬼玉の熱が周囲の大気を燃やしながら、火柱を挙げていった。

 凄まじい熱量に紫達はたまらず後方へと離脱し、様子を見る事しかできない。

 

「――――ふぅ、疲れた」

 

 十数発もの元鬼玉を叩き込んでから、萃香は呟きを零し攻撃を止めた。

 デイダラが居た場所は業火を思わせる熱球に包まれ、中の様子がどうなっているのか見る事はできない。

 しかし無事ではないだろう、あれだけの質量の攻撃を受け続けたのだ。

 仕留めたとは思えなかったものの、攻撃を仕掛けた萃香はもちろん紫達も決定的なダメージを与えられたと核心を抱いた。

 

――熱球が、だんだんと小さくなっていく。

 

 それに伴い中の様子も見る事ができ――あるものが見え、紫達は揃って怪訝な表情を浮かべた。

 熱球の中から見えたのは、デイダラではなく……巨大な岩の塊であった。

 熱によって赤く変色しているそれは、外気に触れる事で急激に冷え固まっていく。

 

「……参ったね、こりゃ」

 

 皮肉めいた呟きを零す萃香、すると岩の塊がボロボロと崩れ出していき。

 中から、五体満足の状態を維持したままのデイダラが姿を現した……。

 

 龍人と勇儀の一撃による傷は確認できたものの、萃香の攻撃による火傷やダメージといったものは見られない。

 どうやら大地を操作して自身を覆う岩の鎧を生み出し、萃香の猛攻を凌いだのだろう。

 だがその事実は紫達にとって驚愕を与えるには充分過ぎた、鬼の実力者である萃香の猛攻を殆ど無力化させたのだから。

 

「…………さすがに、これだけの人数を相手にするには不利ですね」

 

 そう呟くデイダラの呼吸は、乱れていた。

 さすがに妖力を使い過ぎたのだろう、身体の大きさも元に戻っている。

 このまま攻め続ければ勝てる、そう判断した紫達は追撃を仕掛けようとして。

 

――周囲に、怨霊達が飛び交っている事に気がついた。

 

 その数は数十ではきかない、地底中に存在する全ての怨霊が集まっているかのようだ。

 一体何が起きているのか、困惑する紫達だったが……やがて怨霊達が一箇所に集まっていった。

 集まっていく中心に居るのは、何かを迎えるかのように両手を広げるデイダラの姿が見受けられた。

 

「あまり時間を掛けたくはありません。あなた達の力に敬意を評し――こちらも全力で蹂躙して差し上げます」

 

 謳うように言い放ち、デイダラは自身に集まっていく怨霊達を()()()()()()()

 妖怪にとって天敵である筈の怨霊達を、デイダラは迷う事無く受け入れ、吸収し、同時に力を増していった。

 

「チィ、させないよ!!」

「コイツ……!」

 

 悪寒を走らせながらも、デイダラに向かっていく勇儀と萃香。

 全開の力を込め、2人は殴り砕かん勢いで拳をデイダラの顔面に叩き込み。

 

「っ、は、ぁ……!?」

「ひ、ぐう……!?」

 

 掠れた声で悲鳴を上げ、力なく地面に落ちそのまま動かなくなってしまった。

 

「勇儀、萃香!!」

「な、何じゃ……何が起きたのじゃ!?」

「くそっ!!」

 

 すぐさま2人を助けに行こうとする龍人。

 しかしそんな彼の腕を掴み、紫は制止させた。

 

「待って龍人、今のデイダラに近づいては危険よ!!」

「何言ってんだ紫!!」

「いいから落ち着きなさい。今のデイダラは多くの怨霊をその身に取り込んだの、それによって今のあの男は怨霊と同じ体質に変化しているわ。

 精神を蝕む怨霊は私達妖怪にとって天敵であり消滅させられる危険性を持っている、不用意に近づいたり攻撃すればあの2人のようになってしまうわ!!」

 

 そう、紫の言葉は信実を告げていた。

 今のデイダラは怨霊と同じ体質を持ち、存在するだけで精神に依存する妖怪を蝕んでいく程に強くなっている。

 攻撃を仕掛けた勇儀と萃香が倒れ動かなくなったのも、精神を蝕まれたからに他ならない。

 もはやデイダラの肉体そのものが呪いと同じだ、強大な力を持つ勇儀と萃香だからこそまだ存命しているものの……このままでは2人も消滅は免れないだろう。

 

 そしてそれは紫達も同じだ、このままではデイダラが何もしなくても全滅する。

 かといって無闇に仕掛ければ勇儀達のように動けなくなり、結果は変わらない。

 

「……雲居一輪、ここに居るだけでも辛いでしょうけど私と龍人がデイダラに仕掛けたら勇儀と萃香を連れてこの場から離れなさい。そして他の妖怪達にも急いでこの地底から離れるように指示を出して」

「ちょ、ちょっと待ちなさい。あなた今時分で不用意に攻撃をするのは駄目だって」

「ええ、そうよ。でも――少しの間なら無効化する手段はあるの、ただその手段を施せるのは精々2人までよ」

 

 そうこうしている間にも、デイダラが放つ怨霊の力が紫達の心を蝕み始めていく。

 もう時間がない、悠長に説明することはできないと判断した紫は、すぐさま“能力開放状態”へと自身の身体を作り変えた。

 

 美しい金の瞳が赤黒く禍々しいものへと変化し、同時に能力開放による反動が紫に襲い掛かる。

 痛みに顔を歪ませながらも、紫はすぐさま自身と龍人の境界を操作した。

 肉体の境界を操作し、怨霊との隔たりを作り上げその力が及ばないようにする。

 

「っ」

 

 視界が赤くなる、反動に耐え切れず紫の眼球からは血が流れ始めた。

 意識が断裂し、生きていくために必要なものが少しずつ零れ始めているような不気味な感覚に襲われる。

 身体には浮遊感が押し寄せ、自分が立っているのか浮いているのか倒れているのか、曖昧になっていく。

 たとえどんなに力が増そうとも、能力開放は紫にとって諸刃の剣。

 

「紫!!」

「――――」

 

 ノイズが走っていた視界が、元に戻った。

 視界に映るのは、自分を見つめる龍人の心配そうな顔。

 その顔を見た瞬間、紫は曖昧になりかけた自分自身を取り戻した。

 

「……ごめんなさい龍人、もう大丈夫よ」

「よし。それじゃあ――」

 

「――何をしたのか知りませんが、今度はこちらからいきますよ?」

 

 デイダラが動く。

 一瞬遅れて紫も動き、瞬時に両腕に光魔と闇魔を呼び寄せた。

 

「頼むわよ一輪!!」

「わかったわ。雲山、いくわよ!!」

「うむ!!」

 

 雲山を連れ、一輪は紫とデイダラのぶつかり合いに巻き込まれないように移動しながら、勇儀と萃香をここから連れ出すために動き出した。

 その時には既に、紫とデイダラの間合いは互いの一撃が繰り出せる範囲まで狭まっており、先手を仕掛けたのは――紫!!

 

 奔る光魔の斬撃。

 妖力によるブーストを加えたその一撃は、まともに受ければ防御ごと両断するだろう。

 それを――デイダラは恐るべき動体視力と反射神経を用いて、紙一重で回避した。

 

「――――」

 

 怪物だと、紫はおもわずそう口走りそうになった。

 加減などしていない全力の一手、更に能力開放による強化も施された光魔の一撃を回避したのだ。

 それを怪物と呼ばずに何と言うのか、しかし。

 

 

――紫には、まだ別の一手が残されている。

 

 

 光魔の一撃を回避したデイダラに、闇魔の斬撃が迫る。

 こちらも紫にとって最速の速度で放たれた必殺の一撃、更に回避した直後を狙ったこの攻撃を再び避ける事は不可能。

 奔る斬撃は空を斬り裂き、吸い込まれるようにデイダラの右肩へと叩き込まれ。

 呆気なく、相手の右腕を両断した。

 

「ぐっ――おおおおっ!!」

「ぐぁっ!?」

 

 雄叫びを上げ、デイダラは残る左腕で紫の顔を掴み上げる。

 ミシミシという軋んだ音が紫の顔から響き始め、このままでは秒を待たずに彼女の顔は無惨に握り潰される未来が訪れる。

 だが、死が間近に迫っているというのに――紫は口元に不敵な笑みを浮かべており。

 

「っ、ぐおっ!?」

 

 炎の拳が、デイダラの頭部へと叩き込まれ。

 その衝撃に耐え切れず紫を放し、彼の巨体は地面へと叩き込まれた。

 

「紫様、大丈夫ですか!?」

 

 そう言いながら崩れ落ちそうになる紫の身体を支えるのは、彼女の式である藍であった。

 地上で待機している筈の彼女が何故ここに居るのか、それは勿論紫が彼女を直接この場に召喚したからだ。

 

 この状態でも、一撃でデイダラを打倒する事はできないと紫は理解していた。

 だからこそ紫はわざと致命傷を避け、自らを囮にして相手をこの場に留めておこうと考えたのだ。

 思惑通りデイダラの標的は紫だけに集中し、彼女は藍を相手の死角から召喚させ奇襲させた。

 

 

――当然、これも布石の1つであり。

 

――本命の一手を放つのは、紫でも藍でもない。

 

 

 土煙が晴れ、そこから這い出てくるデイダラ。

 藍の一撃をまともに受けながらも、怨霊の力を取り込んだ彼の肉体は致命傷を負っていない。

 が――デイダラは、漸くある事に気づく。

 

「――龍の尾よ。その(ただ)しき力を以て、悪しき者を薙ぎ払え!!」

 

 大気がうねりを上げ、凄まじい力の奔流が一箇所に――龍人へと集まっていた。

 しかし彼の力が集まっている場所は腕ではなく、足。

 龍爪斬(ドラゴンクロー)ではない、次に放たれる一撃は彼が新たに編み出した龍の奥義。

 

 黄金の輝きを放つ龍人の右足。

 力は臨界へと達し、龍人はデイダラのみを視界に捉えながら吶喊した。

 

「くっ……!」

 

 次の一撃は受けられない。

 本能でそれを理解したデイダラは、取り込んだ怨霊の力を解放させた。

 刹那、彼の身体から紫色の霧のようなものが現れる。

 それは怨霊の念が形となった呪いの霧、それに触れた生者は怨霊の邪念によって精神を崩壊させられてしまうだろう。

 

 だが、龍人は止まらない。

 迷いも躊躇いもその瞳には抱かずに、彼は大きく右足を天に向かって振り上げて。

 

龍尾撃衝(ドラゴンテイル)!!」

 

 黄金の一撃を解き放ち、呪いの霧を浄化させながら。

 龍の尾を冠した一撃を、デイダラの肉体へと叩き込んだのだった……。

 

 

 

 

To.Be.Continued...




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