妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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紫達が宴会を行う中。
龍人は1人、その宴会に参加していない少女の元へと向かっていた……。


第85話 ~小さな小さな宴会~

 紫達が宴会を楽しんでいる頃。

 龍人は1人、宴会が繰り広げられている場から離れ洞穴の中を歩いていた。

 やがて鍾乳石が連なる広い空間へと辿り着き、龍人はそこで黄昏ている1人の少女へと声を掛ける。

 

「よっ、隣いいか?」

「………………」

 

 龍人に声を掛けられた少女――雲居一輪は彼の姿を見て、表情を不機嫌そうに歪ませる。

 彼女の傍に居る入道雲の雲山も、静かに龍人に向かって身構え始めた。

 それには構わず、龍人は尚も一輪に歩み寄っていく。

 

「宴会には参加しないのか?」

「…………」

「参加したくないのなら、せめて美味い酒でも飲まないか?」

 

 そう言って、龍人は右手に持っていた大きな徳利を一輪に向かって見せるように掲げた。

 

「……視界から消えて頂戴」

 

 しかし一輪の態度は冷たく、龍人に対して明確な拒絶の意思を見せている。

 それでも龍人は不快に思うことはなく、彼女の隣に並び立った。

 

「聞こえなかったの?」

「聞こえたさ、けど別にお前は“俺個人”を嫌ってるわけじゃないだろ? なら俺としてはお前達と仲良くなりたいと思ってる」

 

 あくまで一輪がこのような態度を見せるのは、自分達が地上から来た存在だからと龍人は理解している。

 ならば決して仲良くなれないわけではない、だから龍人は一輪と雲山と友人になる為にここに来たのだ。

 そう簡単に戻るわけにはいかず、彼女達と友人になるのを諦めたくはなかった。

 

「ほら、飲むだろ?」

 

 同時に持ってきた器に酒を注ぎ、一輪へと手渡そうとする龍人。

 けれど一輪は警戒心剥き出しの視線を彼に向けたまま、受け取ろうとはしない。

 なので彼は苦笑しつつも手を引っ込め、そのまま一気にその酒を飲み干した。

 

「んー……美味い、地上の酒とは全然違うけど美味いなー」

「………………」

 

 ごくりと、自然に一輪は喉を鳴らしてしまう。

 その音を聞いた龍人は口元に笑みを浮かべ、違う器に酒を注ぎ再び一輪へと手渡そうとした。

 

「毒なんぞ入ってねえよ。これはわざわざ地底の妖怪達が用意してくれたもんだぞ?」

「…………」

「飲みたくないならそれでもいいさ。まあ今のお前の顔は「飲みたくて仕方ない」って訴えてるけどな」

「っ」

 

 ぶんっと、右の拳を龍人に放つ一輪。

 だが無意味、予期していた彼はそれを軽々と避けつつ、何事もなかったかのように器を一輪へと強引に手渡した。

 

「むっ……」

「そっちの雲も酒が飲めるのか? 一応3人分の器は持ってきたけど……」

「……飲めるとも、すまんが寄越してくれるか?」

「なっ、ちょっと雲山!!」

 

 外見に似つかわしい渋い声を放ち龍人の言葉に反応を返す雲山に、一輪は驚愕する。

 何故目の前の男に対し安易に反応を返したのか、そう言いたげな視線を彼女に向けられながらも、雲山は冷静に答えを返した。

 

「一輪、この男はそこまで警戒する存在ではない。少なくともワシ等に対し害になるような子ではないて」

「何言ってるのよ! こいつは地上で人間と生きる半妖なのよ!?」

「お主とて気づいておる筈じゃ。この子から感じ取れる雰囲気は……“彼女”のような優しさに満ちていると」

「っ」

 

 彼女という言葉を耳に入れた瞬間、一輪は押し黙る。

 その反応に龍人は首を傾げたものの、安易に踏み入ってはいけない内容だと本能で理解し何も言わずに雲山へと酒の入った器を手渡す。

 

「すまんの半妖の子よ」

「龍人だ、俺の名前は龍人」

「おお、そうじゃったな龍人。わざわざ一輪を気に掛けてくれて感謝する」

 

 ニッと渋い笑みを見せる雲山に、龍人も満面の笑みを返す。

 一方、なんだか和気藹々とし出した龍人と雲山を見て、一輪はますます不機嫌そうな表情を深めていった。

 ……こう言っては悪いが、まるで拗ねた子供のように見えて雲山はおもわず苦笑してしまう。

 

「お前、本当に地上で生きるヤツが嫌いなんだな」

「それは仕方なかろうて、一輪だけでなくここに生きる者の殆どは地上の存在そのものに嫌気を差しておる。地上を追われた者、この地底に封印された者。ここにはそんな者達ばかりが集まるからのう」

「……お前達も、そのどちらかなのか?」

「…………ワシ等は、とある理由からこの地底に封印されての」

 

 雲山の声のトーンが、自然と低くなる。

 何か嫌な事でも思い出してしまったのだろうか、顔が強張っていく雲山を見て龍人は口を閉ざしてしまった。

 

「雲山、それ以上話さないで」

「一輪……」

「所詮、そこの半妖に話した所で……平穏に生きているだけの男に、話して判るようなものではないわ」

「そんなの聞いてみないとわからないだろ? まあ、別に俺としても無理に訊こうだなんて嫌な事をするつもりは……」

 

「っ、何も失った事もなさそうな目をしているくせに、軽々しくそんな言葉を吐き出すな!!」

 

 空気が震える。

 一輪の怒りが込められた叫びが、そのまま力となって周囲に降り注いだ。

 息を荒くさせながら自分を睨む一輪を見て、龍人が向けた瞳には……ほんの少しの悲しみの色が含まれていた。

 

「……辛い事があったみたいだな。ごめん、俺のせいで思い出させちまったか」

「っ、何よそれ……なんで、そんな……」

 

 激昂すると思っていた。

 そうすればこちらとしても叩き潰す大義名分が生まれ、そのまま地上から来た者達全員を追い出してしまおうと一輪は考えていた。

 だが龍人は怒りもせず、逆にこちらに対し謝罪してくるという不可解な反応を見せてきた。

 これには一輪も虚を衝かれ、おもわず口籠ってしまう。

 

「確かに俺は今平穏の中で生きてる。だからきっとお前達の辛い事や苦しい事を理解する事は多分できない」

「…………」

「けどな。俺だって……俺だって、何も失わずに生きてきたわけじゃないんだ」

「ぁ…………」

 

 そう言って寂しそうに笑う龍人を見て、一輪の胸に後悔と罪悪感が押し寄せてきた。

 ……この笑みを彼女は知っている。

 かつて自分と雲山を救い数多くの者に慕われた恩人が時折見せた笑みと、よく似ていた。

 だからこそ一輪は理解する、先程放った自分の言葉で目の前の彼を深く傷つけてしまったという事を。

 

「ご、ごめんなさい……」

「……謝る事はないさ。元々こっちが無遠慮に踏み込みすぎたんだ、けどありがとな? お前って、やっぱり優しい妖怪だ」

 

 龍人が笑う、先程とは違う嬉しそうな笑みで。

 その笑みも、一輪のよく知るあの人の浮かべてくれた笑みによく似ていた。

 だからだろうか、一輪の中にあった地上で生きる者達に対する怒りやわだかまりといったものが少しだけ薄れてくれたのは。

 少なくとも目の前の彼にそんな感情をぶつける必要も意味もないと、一輪はそう感じていた。

 

「なんか湿っぽくなっちまったからもうやめにして、美味い酒を楽しもうぜ?」

「……そうじゃな。龍人もこう言っておる事じゃし、一輪も……な?」

「…………そうね」

 

 ここで初めて、一輪は強引に受け取った酒へと視線を注ぐ。

 白い濁りを見せる、地底の中でも上質な酒。

 どうやら相当良いものを持ってきてくれたようだ、酒好きな一輪の口元に自然と笑みが浮かぶ。

 

「……綺麗だな。お前の笑った顔って」

「はあぁっ!? ちょ、いきなり何言ってるのよ!!」

「綺麗だから綺麗って言っただけだぞ? 褒める事は悪い事じゃないと思うんだが……」

「や、そ、それはそうかもしんないけど……って雲山、何笑ってるのあなたは!!」

「いや、一輪にも春が来たと思うと感慨深くて……」

「フンッ!!」

「ごぼぉっ!?」

 

 鈍い打撃音と共に、雲山の口から酷い悲鳴が零れた。

 まあ不意打ちで思いっ切り殴られればこうもなる、しかも殴った一輪はしっかりと拳に妖力を込めているのだからその破壊力は増大していた。

 地面に崩れ落ちる雲山、それを冷たく見下ろす一輪の顔は……赤く染まっていた。

 

「……あなた、女性になら誰にでも言っているのかしら?」

「いや、でも輝夜……俺の友達なんだけど、そいつから「女は褒めるべし」ってよく言われてるし、何より俺自身が綺麗だって思ったから……」

「っっっ、そ、そういう言葉はもっとこう……愛する女性に言うべきなのよ!!」

「そういうもんなのか……ごめんな一輪、なんか不快な思いをさせちまったみたいで」

「え、あ、や……べ、別に不快とかそういうわけじゃ……」

 

 更に顔を赤らめなにやらごにょごにょと呟く一輪だが、龍人は気にせず倒れたままの雲山を介抱し始める。

 

「大丈夫か?」

「うぐぐ……一輪、最近ワシに対するツッコミが厳しくなっているような気がする……ワシ、悲しい」

「なんで一輪は雲山を殴ったんだ?」

「そこっ!! いちいち言及しない!!」

「あ、ハイ」

 

 凄まじい声色でそんな事を言われてしまえば、龍人としても押し黙るしかなかった。

 しかし場の漂う空気はすっかり明るいものに変わっており、3人はやがて互いに笑みを浮かべ合い今度こそ小さな宴会をスタートさせた。

 

「……あー、美味しいわ」

「一輪……ワシが言うのも何じゃが、もう少しその……酒を飲む時は、上品にじゃな」

「いいじゃないのよー、どうやって飲んだってさー。どうせ私みたいな枯れた女に春なんて来る事ないし……」

(あ、この状況は拙いヤツじゃな……)

 

 一輪は、酒を飲む事が好きだ。

 けれど決して強いわけではない、それでも妖怪なので並の人間よりかはずっと強いが、地底の強い酒にはまだ慣れていなかった。

 現に彼女は既に酔っ払い始めている、龍人が持ってきた徳利の中身は半分以下まで減っていた。

 

「すげえな一輪、飲む速度が速すぎだ」

「はぁ……ワシは常にゆっくり飲めと言っておるのに……」

「ほら雲山ー、龍人ー、もっともっと飲むわよー!!」

 

 一々器に注ぐのが面倒になったのか、徳利から直接酒を飲み始めてしまった一輪。

 これには雲山も慌てて止めようと動き、龍人は立ち上がって。

 

「雲山、ちょっと一輪の事は頼む」

 

 雲山に対してそう言いながら。

 静かに、洞穴の奥へと視線を向けて。

 

「――で、何の用だ?」

 

 視線の先へ、そんな問いかけをした瞬間。

 和やかな空気は一瞬で霧散し、一輪と雲山は場に重圧になる程の濃密な殺気が満ち溢れていくのを全身で感じ取った。

 

「な、に……!?」

「何じゃ、これは……!?」

 

 酔いなどすぐに醒め、一輪と雲山はすぐに身構え始める。

 だが身体が重く、気を張っていても身体が震えてしまっていた。

 それほどまでに周囲に満ちた空気には邪気が孕んでおり、妖怪である2人すら蝕む程のものが発生している。

 

「――驚きました。殺気だけでなく気配まで抑えていたというのに」

「俺はそういう負の気配を感じ取るのが得意らしいんだ、いまいち実感はないけどな」

 

 洞穴の奥から、何かが現れる。

 それは3メートルを優に超えた巨人であった。

 腫れ上がっているのではないかと思ってしまうほどの筋骨隆々の肉体、肩まで伸ばされた黒い髪に翡翠色の瞳を持つ整った顔立ちの美男子。

 だがその逞しい肉体から放たれるのは――刺すような痛みを放つ殺気だった。

 

「地底の妖怪か?」

「いいえ。――我が名はデイダラ。あなた達には“ダイダラボッチ”と言った方が理解できますか?」

「ダ、ダイダラボッチ!?」

「ん? どっかで聞いた事があるような……」

 

 驚きを見せる一輪と雲山とは違い、龍人は怪訝な表情を浮かべながらデイダラと名乗った男から視線を逸らし。

 その隙を逃さず、デイダラはその巨体には似つかわしくない速度で龍人との間合いを詰め、右の豪腕で彼の身体を容赦なく殴り飛ばした。

 

「龍人!!」

 

 叫びながら、一輪はすぐさま雲山に彼を助けるように指示を出そうとして。

 

「……ああ、思い出した」

 

 その前に、矢のような速度で殴り飛ばされていた龍人が空中で制止し、何事もなかったかのように顔を上げ呟きを零した。

 これには一輪も雲山も驚き、ただ1人――デイダラだけは口元に不敵な笑みを浮かべていた。

 

「さすが半妖とはいえ“龍人族”の力を持つだけの事はありますね」

「よく言う。手加減してたくせに」

「当たり前です。あの伝説の種族の血を引いた存在……それがどれだけのものか確かめたいと思うのは、力ある者としては当然の行為です」

「本来の目的がただの喧嘩で済むのならいいけどよ、そうじゃないのなら相手を図ろうとするのは愚行だって紫が言ってたぞ?」

 

 地面に降り立ち、龍人は一気に己が力を放出する。

 妖力、そして自然界に漂う力を用いた“龍気”の奔流は、まるで嵐のような風へと変わり周囲に吹き荒れていった。

 

「――ダイダラボッチ。この地において様々な伝承を残す西洋でいう“巨人族”に該当する大妖怪。けど紫と幽々子の話じゃあの世の地獄で働いてるって聞いた事があるんだけどな」

「ええ、その通りです。ですが地獄に愛想が尽きましてね……十王達の勝手な判断で統括していた地獄の一部が切り捨てられたのです」

「それは知っているさ、そのせいで地獄に居た筈の怨霊がこの地底と地上に飛び出してきちまったんだからな」

「いいえ、それは違いますよ。怨霊を現世へと飛ばしたのは私なのですから」

「……へぇ」

 

 あっさりと、それこそ朝の挨拶を交わすかのようにデイダラは思いがけない言葉を放ってきた。

 つまりだ、目の前のこの男が今回の件の元凶であるという事か。

 元凶が自ら現れた事に驚きつつ、龍人はデイダラに問いかけを放つ。

 

「なんでそんな事をした?」

「十王や閻魔達への抗議、といった所でしょうか」

「地獄の一部が切り捨てられた事がそんなに不満なのか?」

「無論です。――今回のようなケースを一度許せば、際限なく地獄を縮小させる暴挙に出るとも限りません。

 そうなれば地獄で暮らし地獄を統括している我々はどうなります? 現世の住人でない我々は生者として生きる事は許されない、そんな事をすれば死神が我等の魂を回収しようと動き出します」

 

 だから、何もしないわけにはいかなかった。

 デイダラは地獄の中でもそれなりの地位を持ち、部下も存在している。

 だというのに地獄の範囲が狭まれば、そこで生きる事ができなくなる者も現れるだろう。

 

 十王や閻魔といった上層部の存在はそれを理解していない、否、理解していながらも切り捨てたのだ。

 そんな事は許されない、許すわけにはいかなかった。

 地獄で働く者は切り捨てても構わない、そんな身勝手を野放しにする事などデイダラにはできない。

 

「……だからって、現世に生きる者に迷惑を被っていい道理には繋がらない。これ以上怨霊達が地上に出れば人間達に大きな被害が出るんだぞ」

「それは仕方のない犠牲というものです。それに人間など――放っておいても勝手に増えるではありませんか」

「………………」

「話は終わりです。――邪魔になりそうなので全員始末させてもらうとしましょうか」

 

 再び龍人へと接近するデイダラ。

 今度は加減などしない、先程の一撃でデイダラは龍人の力を図り切っていた。

 自分の邪魔になる、そう結論付けた彼は一撃で彼の身体を粉砕しようと拳を振るい。

 

「!!?」

「お前の目的はわかった。そしてそれが言葉だけで止められないって事も理解した」

 

 その拳を、龍人は左手一本で真っ向から受け止めて。

 

「なら、力ずくでお前を止めさせてもらうぞ。――――龍爪斬(ドラゴンクロー)!!」

 

 高圧縮させた“龍気”を宿した右手を、デイダラの左肩へと叩き込んだ――

 

 

 

 

To.Be.Continued... 




ここでのダイダラボッチは妖怪扱いです。
神々の一柱としての伝承はありますが、同時に鬼などの妖怪の元となった伝承も残されているらしいので、この作品ではあくまで妖怪という扱いをさせていただきます。

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