龍哉に自由行動を許され、早速とばかりに都の中を見て回る事にした龍人についていく紫。
そんな中、2人はある青年に出会い、いきなり襲われてしまう。
龍哉によってなんとか危機を脱した2人は、青年が【魂魄家】という家の者だという事がわかり……。
「――【魂魄家】?」
聞き慣れない単語に、首を傾げる龍人。
紫も自分の記憶を探るが、魂魄家という家は聞いた事がなかった。
「“半人半霊”の一族でな、優秀な剣士が多く生まれる家系でもある。
特に魂魄家に存在する名刀【
「半人半霊?」
「半分が人間で半分が幽霊という珍しい種族の事じゃ。
単純に人間と幽霊の混血児というわけではなく、元々そういった種族なんじゃよ」
マミゾウの説明を受け、けれどよくわかっていないのか「ほー」などという返事を返す龍人。
既に戦闘中にあった緊迫な空気は薄れ、しかし……紫と妖忌だけは、互いに互いを睨みあっていた。
紫は龍人を守るため、妖忌は龍人の持つ光魔を奪うため。
しかし――龍哉とマミゾウが場に現れた事によって、妖忌の目的が果たされる事は無くなった。
「おいおめえ、その剣……【
つまり、お前さんは魂魄家の当主って事になるが……そんなお前さんが、なんでガキを襲うなんてくだらねえ事をした?」
「……俺はまだ当主じゃない。今の当主は俺のおふくろだ」
「そうかい。それで……どうして龍人と紫を襲いやがった?」
冷たい視線を妖忌に向ける龍哉。
凄まじい眼力に、直接それを向けられていない紫達3人もおもわず後ろに後ずさる程。
妖忌も表情こそ変えないものの、冷や汗が頬に伝い地面に落ちる。
それでも真っ向から龍哉と睨み合っているのだから、彼の胆力も相当なものだろう。
とはいえ、このまま睨み合いを続けてはならない。
龍哉の力の奔流を祓い屋が感じ取ってしまえば、都で動く事が難しくなるからだ。
なので龍人が事情を説明しようとして…その前に、紫が2人の間に割って入った。
「……彼がいきなり襲い掛かってきたのよ。光魔を奪おうとしたの」
「光魔を……?」
「…………」
「おいおい、魂魄家の当主……じゃなかった、次期当主ともあろう剣豪が刀狩りかよ……」
「その刀はコイツが持つには勿体ない刀だ。コイツではその刀を使いこなす事はできん」
だからオレに譲ってもらおうと思った、悪びれもなく妖忌は言い放つ。
なんとも身勝手な物言いに、紫の額に青筋が浮かんだ。
おもわず飛び掛ろうとしたが、マミゾウに止められてしまう。
「桜観剣と白楼剣があれば充分じゃねえか。それは妖怪の名工が鍛えた名刀だろう?」
「……これだけでは足りない。オレには……もっと強い力が要る」
「…………」
何処か、焦りのような呟きを零す妖忌。
紫は変わらず妖忌を睨んでいたが……龍人はある疑問を抱き、妖忌にある問いかけをした。
「なあ、お前……そんなに光魔が欲しいのか?」
「…………」
「どうしてだ? どうしてそんなに強い力を欲しがっているんだ?」
「…………」
妖忌は答えない。
言いたくないのか、お前に話す必要はないという意味なのか。
けれど、龍人は何故か気になった。
さっき感じ取った焦り、そして力に対する渇望が龍人には気になったのだ。
だから――龍人は龍哉にあるお願いをした。
「ねえ、とうちゃん」
「んー?」
「あのさ……光魔、妖忌に渡しちゃ駄目かな?」
「はあ?」
「ちょっと、龍人!?」
「いきなり何を言っておるんじゃ?」
突然の提案に、当然ながら紫達は驚いた。
なにより驚いているのは妖忌である、それもまた当然と言えた。
当たり前だ、あれだけの名刀を譲ろうなどという提案が他ならぬ龍人から出るなどどうして想像できるのか。
だが龍人は決して冗談で言っているわけではない、彼の瞳は本気だった。
「……龍人、なんでそんな事を言うんだ?」
「だって、妖忌は凄い剣士だろ? だったら光魔の力を完全に引き出せる筈だし……」
「それはそうだが、だからって光魔を譲る道理になるわけじゃない。
この刀も闇魔もいずれお前が一人前になった時に譲るつもりなんだ、それを簡単に譲るなんざできるわけがねえだろ?」
「…………」
わかっている。
龍哉の言う通りだ、光魔も闇魔も簡単に他者に譲れる刀ではない。
龍人だってもちろん簡単に譲るつもりなどない、でも……。
でも――妖忌の中に、先程感じた焦りや力に対する渇望以外に、何か強く純粋な感情を感じ取る事ができたのだ。
それが何なのかは龍人もわからない、だけど――
「――おい」
「ん? なに?」
「お前、どうして……」
「どうしてって……俺にもよくわかんねえよ。
だけどお前、ただ強くなりたいとか他人を傷つけたいとかそういう理由で光魔を求めたわけじゃないんだろ? なんとなくだけどそう思えた、だから光魔を譲りたいって思ったんだ」
「…………」
「――駄目だぞ龍人、いずれ譲り渡すとしても今の所有者は俺だ。
そして、俺はお前達に襲い掛かったコイツに光魔を譲るつもりはない」
「とうちゃん……」
「……龍人、って言ったな」
「えっ、うん……」
「……もういい、お前の刀は諦める。
そんな事よりも、いきなり斬りつけて……悪かった」
少しぶっきらぼうに、けれど申し訳無さそうに妖忌は龍人に謝罪の言葉を送った。
けれど龍人は気にした様子もなく、にかっと笑みを浮かべ……妖忌に握手を求めるように右手を伸ばす。
「じゃあ、仲直りの握手!!」
「は?」
「これでさっきのはお互い気にしない事にする。それに…俺、お前と友達になりたい!」
「と、友達……?」
龍人の提案に妖忌は驚き、戸惑いを隠せない。
いきなり襲い掛かり、斬り付けた相手と友達になりたいなどと……何を考えているのだろうか。
……いや、きっと何も考えていないのだろう、龍人の顔を見て妖忌はすぐそう思った。
彼は余計な事を考えず、ただ純粋に自分と友人になりたいと思ってくれている。
馬鹿なヤツだ、だが……妖忌は龍人のような馬鹿なヤツが嫌いではなかった。
笑みを浮かべ、龍人と握手を交わす妖忌。
「…………」
「……なんじゃ、不満か?」
なんともいえない表情を浮かべ2人を見ている紫の横へ移動し、問いかけるマミゾウ。
「不満よ。――龍人は甘すぎるわ」
それが悪いなどと言うつもりはない、彼の甘さは美徳でもあるのだから。
だが……誰にでもその甘さを向けるのは、危険だと紫は思っていた。
その優しさを利用し、踏み躙る輩がいずれ現れるだろう。
「今の時代、そしてこれからの時代……龍人のような甘い者もきっと必要になる筈じゃ」
「どうして、そう思うのかしら?」
「龍人の甘さは他者との繋がりを深めていく原動力になる、誰かと誰かが繋がりその誰かが別の誰かと繋がりを深めていく。
その果てに、世界すら包み込むような繋がりを見せてくれるかもしれんぞ?」
「…………」
途方もない話だ、そして……それは夢物語でしかない。
現実はそんなに甘いものではないのだ、繋がりだけで何かが変わるほど、世界は小さなものではない。
……でも、そう思っても紫は否定したくなかった。
「おーい龍人、そろそろ行くか?」
「あ、うん!!」
「……そういえば、妖怪であるお前達が都に何の用だったんだ?」
「えっ、なんで俺達が妖怪だってわかったんだ!?」
「……さっきの戦いで妖力を放出してただろうが」
間抜けな事を言うものだから、つい妖忌は呆れてしまった。
「あ、そうか。……ところでとうちゃん、俺達なんで都に来たんだっけ?」
「おめえ……なんで忘れるんだよ」
「あははっ」
「……それで、ここに来た目的は何なんだ?」
これでは話が進まない、そう思いつつ妖忌はもう一度問いかけ。
「――今有名な“かぐや姫”に会いに来たんだよ」
龍哉は、今間違いなくこの都で一番有名な人物の名前を、妖忌に告げた。
■
――かぐや姫。
その人物は、この世のものとは思えない美貌を持つ少女の事である。
帝すら魅了する美しさと気品に溢れたその少女は、都全ての男を魅了しているのではないかと言われているそうだ。
紫達が都に来たのも、そのかぐや姫を見るためである。
尤も、紫やマミゾウは人狼族に狙われているこの状況で都に行くなど…と苦言を漏らしていたが、好奇心旺盛な龍人が都に行ってみたいと言ってしまったため…諦める事に。
紫もマミゾウも、龍人に甘いのだ。
「……なんでオレまで一緒に行く必要がある?」
そう言い放つのは、何故か紫達に同行している妖忌であった。
当初、彼は当然龍人達と別れ自分の帰るべき場所へと向かおうとしたのだが。
「妖忌もかぐや姫見た事ないんだろ? 一緒に見に行こうぜ!」
と、龍人が妖忌に言って、強引に同行させているのだ。
先程の事もあり強く出れない妖忌は、龍哉とマミゾウに助けを求めたのだが…2人はそんな妖忌の願いを無常にも無視。
ならば紫に…そう思った妖忌であったが、先程の事を気にしているのか紫はせせら笑うだけで助けようとしない。
……後で全員斬ってやろうか、妖忌は密かにそう思った。
「ところで妖忌、お前さん“半霊”はどうした?」
「半霊? とうちゃん、半霊って何?」
「半人半霊って種族はな、自分の半身である半霊を連れ歩いてんだ。まあ半分幽霊なんだから、当然と言えば当然なんだが」
「へえー……でも半霊居ないな。なんでだ?」
「都の中で半霊が居れば騒ぎになる。だから都の外で待機させてんだ」
半身とはいえ、多少離れていたとしても肉体に影響はない。
余計な騒ぎを起こしたくない妖忌にとって、この対処は当然と言えた。
「――あれだな」
前方に視線を向けながら、龍哉が呟きを零す。
その先に広がるのは、巨大な屋敷。
貴族、それもかなりの財を持つ者しか住めない程の巨大な屋敷が広がっており、そのような建物を見た事がない龍人は大きく口を開けてしまっていた。
予想通りの反応をしている龍人を見て苦笑しつつ、龍哉はあれがかぐや姫が住まう屋敷だという事を告げた。
「俺の家よりずっとでけえな……」
「当たり前だろうが。そんな事より行ってみようぜ」
「うん!! 紫、妖忌、行くぞー!!」
「ちょ、龍人!!」
「引っ張るんじゃねえ!!」
紫と妖忌の手を掴み、屋敷に向かって走っていく龍人。
突然引っ張られ抗議の声を上げる紫と妖忌だが、龍人は聴く耳を持たない。
そして3人は屋敷の門前まで辿り着き――多くの人で賑わっている事に気がついた。
5人が横一列に並んでも通れそうな程大きな門に、それこそ数十人という人間が集まっている。
全員が中の様子を伺っており、所謂野次馬状態となっていた。
「なんでみんな中に入らないんだ?」
「さてな」
「……邪魔ね」
これでは中に入れず、目的のかぐや姫を見る事ができないではないか。
元々紫は興味などなかったが、ここまで来た以上は一度見てみたいと思ったのだ。
なので入口の門を塞ぐようにしている人間達は、正直叩きのめしたい程邪魔な存在であった。
とはいえそんな事ができるはずもなく、紫の苛立ちが増していく中――それは起こった。
「――ふざけるな!!!」
「……?」
喧騒が消え、野次馬となっていた人間達の動きが止まった。
聞こえてきたのは男の怒声、それも屋敷の中からだ。
一体どうしたのか、確認したいが野次馬のせいで中の様子を見る事ができない。
と――紫と同じく気になったのか、龍人が無理矢理野次馬を掻き分け始めた。
慌てて後を追う紫、妖忌もそれに続いた。
暫く人垣をかき分け、どうにか屋敷の庭へと足を踏み入れる3人。
すると、3人の視界にある光景が映った。
「
1人の男が、再び怒声を放っている。
身なりの良い格好で身を包んでおり、紫はその男が貴族である事に気づく。
よく見るとその男だけでなく、周囲の数人も同じように上質な衣服に身を包んでいた。
そして――怒声を放った男の視線の先には、年配の男女(おそらく夫婦だろう)に挟まれるようにして座っている、1人の女性の姿が。
長く艶のある黒髪、整った……整いすぎたとも言える顔立ちはまさしく“完璧”と言える程だ。
否、そのような言葉では現せないほど、目の前の女性はただただ美しかった。
あらゆる男を魅了するその容姿は、女である紫ですらおもわず見惚れてしまっていた。
「……わたくしは、誰とも
凛とした声で女性――輝夜姫ははっきりと怒声を放った男にそう言い放つ。
透き通った歌声のような声はそれだけでも再び魅了されるほどに美しく、しかし怒りで我を忘れている男には通用しない。
「その理由を訊いているのだぞ!?」
「理由は今言った通り、わたくしにその気がないだけです。
お引取りください、怒りに任せ怒鳴り散らすような殿方は……好きではありません」
「――――っ」
男の顔に、先程以上の怒りが宿る。
周りに居る貴族の男達も輝夜姫の物言いに怒りを覚えたのか、顔を歪ませていた。
そして何を思ったのか……輝夜姫に怒声を放った男が、腰に差してある刀を抜き取る。
その行動に周囲からはどよめきの声が上がり、老夫婦は小さな悲鳴を漏らし……輝夜姫は、その端正な顔を険しくさせた。
「……どういうおつもりですか?」
「この私に恥をかかせおって……! いくら美しい娘御とはいえ、許さん!!」
「身勝手な……仕える者が居る立場でありながら、そのような事をしては程度が知れますよ?」
「っ、貴様ぁっ!!!」
叫び、刀を振り上げながら輝夜姫に向かっていく男。
それを輝夜姫は冷ややかな視線を向けながらその場を動かず、そんな彼女を老夫婦は守ろうと動き。
「――やめろおおおっ!!!」
そんな彼女達の間に割って入るように、龍人が飛び込んでいった。
「なっ――」
「うおおおおっ!!!」
「ぬあっ……!?」
男の振り下ろした刀は、光魔を抜き取った龍人によって完全に受け止められる。
間髪入れずに龍人は光魔を持つ両手に力を込め、力任せに男を弾き飛ばした。
悲鳴を上げながら情けなく地面を滑るように吹き飛ばされる男。
龍人の介入に誰もが驚き、男は顔をしかめながら立ち上がり怒声を放とうとして。
「――お前、自分が何をしたのかわかってるのかよ!!」
その前に、龍人の口から男を責めるような大声が放たれた。
「な、何だと……!?」
「刀は武器、武器は力、そして力は戦えない弱い人を守るためのものだ。
決して誰かを不必要に傷つけていいものじゃないって、とうちゃんが言ってた。
――なのにお前は、この子を斬ろうとした! 大人なのに、そんな事もわからないのかよ!!」
「き、貴様……誰に向かって口をきいているのかわかっているのか!?」
龍人を睨みつつ、男は怒鳴る。
すぐさま男を守るように数人の人間――男の護衛が姿を現した。
だが龍人は変わらず男を睨みつけながら、言葉を続ける。
「お前が誰だろうとも、お前のやった事は悪い事だ!!
悪い事をしたら謝らなきゃいけないんだ、だからこの子に謝れ!!」
「こ、この小僧がぁぁぁぁ……!」
自分に対してこれほどの暴言、もはや絶対に許す事などできぬ。
斬り捨てなければならない、そう思った男は部下と共に龍人を斬ろうとして。
「――そこまでです」
凛とした、しかし地の底から響くような声が場を支配した。
「うっ……」
「……
そう告げるのは、男――不比等を冷ややかな視線で見つめる輝夜姫であった。
その視線のなんと恐ろしい事か、彼女の美しさも相まってまるで凍りついたかのように身体が動かなくなるほどの恐怖心が不比等達を襲う。
そしてその影響は直接その視線を向けられていない紫達にすら及び、野次馬も周りの貴族達も誰もが言葉を放てないでいた。
(人間なんかに、私が圧されている……!?)
紫にとって今の状況は、自分に対する侮辱に等しかった。
人間を見下している彼女が、他ならぬ人間に圧されるなどあってはならない。
そう思っているのに……彼女の身体は彼女の意志に反して、その場から一歩も動けずに居た。
「この少年に免じて今回の事は不問とします。
ですがもう二度とわたくしの前に姿を現さないでください、もしこの約束を守れぬというのなら……今回の事を、帝に報告させていただきます」
「っ、ぬうぅぅぅぅぅ……!」
「――他の方もお帰りください。そして二度とわたくしに求婚するなどという事をしないでください、それができないのならこちらもそれ相応の対応をさせてもらいますので」
不比等に向けていた視線を、他の貴族達に向ける輝夜姫。
それだけで全員が何もできず、ただ黙って頷きを返す事しかできなかった。
一方、輝夜姫の視線が離れた事である程度反抗する意志を取り戻せたのか、悔しげに唇を噛み締めながら不比等は輝夜姫を睨みつける。
だがそんなもの輝夜姫には
そして、不比等を含んだ輝夜姫に求婚を望んだ貴族の男達は逃げるように屋敷を去り、野次馬達も少しずつ屋敷から離れ……残ったのは、紫達だけになった。
「――助けていただき、ありがとうございました」
まず最初に聞こえたのは、輝夜姫が頭を下げつつ龍人に告げた感謝の言葉。
「気にすんなよ。悪い事をしたのは向こうなんだから」
「でもあなたはわたくしの命を救ってくださった恩人です、名を教えていただいてもよろしいですか?」
「龍人だ。宜しくな!」
そう言って、龍人は右手を輝夜姫に向かって差し出した。
彼の挨拶である握手を求めているようだ、輝夜姫は当初龍人の意図がわからずキョトンとしていたが。
「――よろしく、龍人様」
やがて、見惚れるような美しい笑みを浮かべ、右手を差し出し龍人と握手を交わした。
「……輝夜姫様、不肖の息子が出すぎた真似をした事をお許しください」
そう言って、なんと龍哉は輝夜姫の前に恭しく畏まり頭を下げた。
決して丁寧な態度を見せない龍哉がこのような行動に出た事に、紫達は当然ながら驚いてしまう。
「いいえ。あなたの息子は素晴らしい子です、どうか頭を上げてください」
「勿体なき御言葉、ありがとうございます」
(……ふむなんか変じゃの)
(龍哉……?)
相手が相手だ、畏まった態度で接するのは当然かもしれない。
これだけの財力を持った者、しかも輝夜姫に対して無礼な物言いをすれば面倒な事になる。
それは紫もマミゾウも理解している、理解しているが……龍哉の行動には、どこか違和感を覚えた。
「助けてくれたお礼に、今宵はここで食事をとっては如何でしょうか?」
「いいの? やったー!!」
「ふふっ……おじいさん、おばあさん、いいでしょうか?」
「勿論だよ輝夜、どうぞゆっくりと寛いでいってください」
「感謝します」
「なあなあ輝夜、メシになるまで一緒に遊ぼう!」
「ええ、いいですよ龍人様」
「……龍人様じゃなくて、龍人でいい。だってせっかく友達になったんだから!」
「では龍人と……そう呼ばせてもらいますね?」
「うん! 紫と妖忌も一緒に遊ぼうぜ!!」
「…………」
「なんでオレまで……」
「いいじゃんかー」
「引っ張るんじゃねえっての!!」
遠慮のない物言いの龍人に、紫はおもわず頭を抱えたくなった。
隣ではマミゾウもさすがに苦笑を浮かべており、彼の態度は下手をすると打ち首になってもおかしくはないだろう。
しかしそんな彼女達の心中などまるで理解していない龍人は、輝夜に都での遊びを教授してもらいながらニコニコと笑みを浮かべているのであった。
■
「――おのれ、おのれおのれおのれ輝夜めぇぇぇぇぇぇっ!!」
とある屋敷にて、陶器が割れる音と男の憎しみが込められた怒声が響き渡っている。
この男の名は
男は怒り狂っていた、自らの辱めた輝夜姫と突然現れ自分に対し暴言を吐いた龍人に対し、憎しみを募らせていた。
貴族故に、幼き頃から自らの望んだ結果だけを得る事ができたが為に、今回の事は不比等にとって決して許容できない事であった。
復讐してやりたい、自分の求婚を断った輝夜を屈服させ、自分の邪魔をした龍人を斬り捨ててやりたい。
そんなどす黒い感情を胸に抱きつつ、けれどそれができない不比等はこうやって周りに当り散らしていた。
相手が平民ならば上記の歪んだ願いを叶える事ができただろう、しかし今回の相手はあの帝すら魅了した輝夜姫だ。
そのような事をすればかえってこちらの立場が危うくなる、それを理解しているが故に不比等は発散できぬ怒りを溜め込んでいた。
(せめてあの小僧には……しかし、下手にあの小僧に手を出し、それが輝夜の耳に入れば……)
そうなれば結果は同じ、だから不比等は龍人にも手を出す事ができない。
だがそれでは自分の気が収まらない、一体どうすれば…先程から不比等は、堂々巡りを繰り返していた。
完全なる逆恨み、だがそれを咎められる者は誰もおらず。
――その強い憎しみが、呼んではならぬモノを呼び寄せてしまった。
「――キキキ、強い憎しみ…負の感情だぁぁぁ」
「な、に……!?」
「その憎しみ、晴らしてやるよぉぉぉぉ……」
To.Be.Continued...
実際の不比等さんはこんな人じゃない…はず。
ですが物語のために犠牲となってもらいました、ごめんなさい。
妖忌も他の二次創作と違いどうも粗暴な面が目立ちますが、この物語ではまだまだ若者なのでご了承ください。