妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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地底世界に赴いた紫達は、最近増え始めた怨霊の原因が地獄にあるという事を地底に住む覚妖怪である古明地さとりから聞く事ができた。

それを予期していた紫は友人である西行寺幽々子に今回の件を閻魔へと報告するように頼んでおり、後は時間が経てば勝手にあの世の住人達が今回の件を片付けてくれると判断する。

これ以上自分達にできる事はないので、紫達はそのまま地上へと帰還しようとしたのだが……。


第84話 ~紫さんと酔っ払い共~

「――ヤマメ、歌いまーす!!」

「村紗水蜜、踊りまーす!!」

 

『うおおおおおおおっ!!』

 

 黄色い歓声が、地底世界に響き渡る。

 その中心に居るのは、すっかり酔っ払ったヤマメと水蜜。

 彼女達を取り囲む妖怪達も出来上がっており、場の喧騒はますます大きくなるばかりであった。

 

「………………」

「あらあら、無礼講ね」

 

 その光景を少し離れた場所で見ていた紫は苦笑し、彼女の隣に座るさとりは唖然とする。

 そんな2人の手には地底特製の酒が入った盃があり、現在地底で行われている宴会に参加している意を示していた。

 そう、宴会である。

 

「……あの、どうして殺伐とした空気だったのに、私達が戻ってきたらこんな状態になっているのでしょうか?」

「心が読めるのなら、判るのではなくて?」

「わかります。わかりますけど……理解はできないです」

 

 それは確かに、そう言って紫はまた笑う。

 だが理由としては単純なものだ、この場に残った勇儀と萃香が地底の妖怪達と解り合い意気投合した、それだけ。

 良くも悪くもこの地底世界の理は単純だ、そして鬼である2人にとってその理はすんなりと受け入れられるものだった。

 彼女達もこの場に残った本当の理由もそれだ、まあ尤も半分くらい紫に対する嫌がらせの意味もあったのだろうが。

 

「おーい、話は終わったのかい?」

「紫ー、先に始めさせてもらってたよー」

 

 上記の言葉を放ちながら紫達の元にやってきた勇儀と萃香、既に顔はほんのりと紅潮しており彼女達も出来上がってきているようだ。

 

「それで、解決できそうか?」

「ええ、大丈夫そうよ」

 

 先程の話の内容を2人に話す紫、すると2人は少しだけ驚いたような顔を見せてきた。

 

「地獄からねえ……でも、そんな事をしでかした犯人は一体誰なんだい?」

「それはわからないわ。でも間違いなくあの世の者でしょうし……生者が不用意に関与すれば閻魔や十王が黙ってはいないでしょうから、こちらから犯人を捜す事はできないわ」

「なんだそりゃ。随分と面倒というか、不公平じゃないかい?」

「それが本来の理よ」

 

 とはいえ、勇儀の不満も尤もな話だ。

 そもそも今回の件は十中八九是非曲直庁(ぜひきょくちょくちょう)(死後の人間や妖怪の魂を裁く地獄の機関)、即ちあの世の存在が起こした問題だろう。

 この問題を収束させるのは当然としても、紫としてはそれだけで済ませるつもりは毛頭なかった。

 

「まあいいや。怨霊が居なくなるのならそれに越した事はないし、それより今は飲んで楽しもうか!!」

「そうそう。ほらそこの覚妖怪も飲みなって!!」

「えっ、えっ?」

 

 困惑するさとりに絡む酔っ払い2人。

 可哀想に、そう思いながらも紫は地底の酒を受け取るだけでさとりを助けようとはしない。

 巻き添えになるのは御免だからだ、薄情とは思わないでいただきたい。

 

 助けてくださいという意志が込められたさとりの視線を受け流しつつ、紫は萃香から受け取った盃に入った酒へ視線を向ける。

 濁りのある、芳醇な香りを放つ地底の酒。

 地上で造る酒とはまた違うそれに、紫は少しだけ心を弾ませながら一気に飲み干した。

 最初に感じた味は強い甘み、その後に押し寄せるのは最初の甘みに引けを取らない辛味だった。

 

 強い酒だ、とてもじゃないが人間が飲めるものではない。

 だが妖怪にとっては美味と呼べる代物だ、これは良いものだと紫は龍人にもこの酒を飲ませようとして。

 

「…………龍人?」

 

 自分の隣に居た筈の彼が、いなくなっている事に気がついた。

 

「おんや? 紫、龍人はどこへ行ったのさ?」

「さっきまで一緒に居た筈なのだけど……」

 

 周囲を見渡すが、彼の姿は見当たらない。

 一体どうしたのかと思っていると、先程まで歌って踊っていた水蜜とヤマメがやってきた。

 

「おーい、楽しんでるー?」

「楽しんでるよー。それより2人とも、龍人知らない?」

「龍人って……あの男の子? あー……もしかして、イッチーの所に行ったのかも」

「えっ?」

 

 イッチー、彼女がそんな愛称で呼ぶのは初めてこの地底に来た際にひと悶着あった雲居一輪の事だ。

 そういえば彼女の姿も見当たらない、どういう事なのかと首を傾げる紫に水蜜は説明してくれた。

 

「イッチーってば、ゆかりん達がこの宴会に参加するって聞いてどっか行っちゃったんだよ。地上で暮らしてるのなら人間も妖怪も関係なく嫌ってるからねー」

「それで、どうして龍人は彼女の元へ?」

「さあ? ただあたしはイッチーが居るであろう場所を教えただけだから」

「そう……」

 

 一体、彼は彼女に何の用があるのだろうか。

 正直な話、紫はあの雲居一輪という妖怪の事は好きではない。

 敵意と警戒心に満ちた目、まるで自分達地上から来た妖怪達を親の仇だと思わんばかりの態度。

 

 ここには地上を追われた者達が居るというのはわかるが、彼女の場合は少しそれが行き過ぎているような気がした。

 まるで地上に生きる者達に、自分にとって大切な何かを奪われでもしたかのような……。

 まあそれはこの際どうでもいい、そんな事よりも気に入らない事があるのだ。

 

――どうして龍人は、あんな妖怪を気に掛けているのか。

 

 しかも相手はなかなかの美貌を持つ女の妖怪だ、それが紫にはますます気に入らなかった。

 知らず知らずのうちに紫の表情がどんどん険しく不機嫌になっていき、そんな彼女の様子に周りの者達は揃って生暖かい視線を送っていた。

 

「紫は相変わらず、龍人が好きで好きでしょうがないんだねえ」

「……萃香、何が言いたいのかしら?」

「嫉妬してるんだろう? 自分じゃない女を気に掛けている事にさ」

「何を言うのかと思ったら……言っておくけど、私と龍人はそういった関係じゃ」

 

「――嘘はいけませんよ、紫さん」

 

 そう言って紫の言葉を遮るのは、妙に疲れた様子のさとりだった。

 しかし彼女の口元には笑みが……それも、他者を弄ぶかのような性質の悪い笑みが浮かんでいる。

 

「あなたの心からは一輪さんに対する嫉妬の感情が見えています。そして、龍人さんに対する確かな愛情も」

「っ」

「隠す必要などないではありませんか? あなたのその愛情はとても強く、そして優しいものなのですから」

「さとりん、その話もっと詳しく!!」

「……ヤマメさん、次にその愛称を言ったらトラウマを呼び起こしますよ?」

「恐っ!?」

 

 好き勝手に騒ぎ出す周囲に、紫は少しずつ自分が追い詰められている事を理解する。

 拙い、このままこの場に居たら間違いなく弄られる、そう判断した紫は当然脱出を試みるが。

 

「おっと、逃がさないよ?」

「友人としても、やっぱり詳しく知りたいと思うでしょ?」

 

 それはもう楽しげに笑う勇儀と萃香によって、失敗に終わってしまう。

 単純な力では鬼には勝てず、かといって能力を使えば2人にいらぬ怪我を負わせてしまう可能性がある。

 結果、紫は逃げる事ができず弄られる羽目になってしまうのであった……。

 

「で、どうなの? どれくらい関係は進んだの?」

「黙秘するわ」

「清い関係みたいですよ、そもそもお2人はそういった関係ではないようですし」

「………………」

 

 空気よめよコノヤロウ、遠慮なく心を読むさとりを睨みつける紫。

 だが無意味、今のさとりは先程勇儀達に絡まれた際に助けなかった紫に対する仕返しを行おうとしている。

 残念、周り込まれてしまった。そんな絶望的なメッセージが聞こえたような気がした。

 

「清い関係って……お前さん達、出会って六百年以上経つんだろ?」

「う、煩いわね! 勇儀には関係ないじゃないの!!」

「いや……私も正直、ないなーって思うわ」

「萃香まで!?」

 

 可哀想なものを見るような視線を紫に向ける勇儀と萃香。

 さとり達も「六百年以上共に居て何も進んでいない」という事実を聞き、なんともいえない表情を浮かべている。

 ちゃっかり聞き耳を建てている周囲の妖怪達ですら、今の話を聞いて紫に対して同情の視線を送っている。

 

 そんな彼女達の姿を見て、紫は羞恥で顔を真っ赤に染めながら――弄られている気恥ずかしさと酒の力が変な方向に作用してしまったのか。

 今まで少しずつ蓄積してきた彼へと鬱憤を、吐き出してしまった。

 

「だ、大体龍人はいつまで経ってもそういう事を理解してくれないのに、私から迫った所で無意味なのよ!!」

(あ、素直になった)

 

 盛大な自爆を放つ紫であったが、今の彼女は気づいていないようだ。

 

「六百年よ!? 妖怪にしてはあまり永い年月とは言えないかもしれないけど、だからって短いわけでもない。それなのに……一つ屋根の下で暮らしてるっていうのに、夜這いの一つも仕掛けないっていうのはどういう了見なのよ!!」

「や、私に言われても……」

「そりゃあ私だって幻想郷の基盤を固める為に色々動いたりしていたし、甘い時間を二人っきりで過ごしていなかったのもあるかもしれないけど、向こうからまったく迫ってこないとかありえないじゃない!!」

「ゆ、紫……?」

 

 何やら変なスイッチを踏み抜いてしまったようだ。

 これにはからかっていた勇儀達も顔を引き攣らせ、尚も愚痴を放つ紫を宥めようとするが当然ながら効果は無い。

 

「私ってそんなに魅力がない!? 妖怪からすれば六百歳なんて全然若いでしょ!?」

「そ、そうですね……」

「それなのに龍人ってば、会ったばかりの入道使いに現を抜かすなんて……!」

「それは紫の考え過ぎじゃ……」

「ああ?」

「なんでもないです!!」

 

 その後も、紫の愚痴は続いていった。

 近くで聞いている勇儀達はげんなりとし、少し離れた場所から盗み聴きしている妖怪達は八雲紫という大妖怪の意外な一面を見て驚き、笑い、唖然とする。

 紫も紫でとっくに我に帰っていたのだが、それでも内に溜まった鬱憤は想像以上のものだったらしく、口が止まらない。

 これも龍人が悪いんだそうに違いないと、内心彼に責任転嫁しながら紫はただただ龍人に対する不満をぶちまけ続ける。

 

「――と、いうわけで私は一向に悪くないし魅力がない訳でもないわ。全ては龍人が子供なだけなんだから!!」

『そ、そうですね……』

 

 数十分後、スッキリとした表情を浮かべ紫は漸くその口を閉じた。

 やっと終わった、彼女をからかった事を後悔しながら勇儀達は疲れたようにため息を吐き出す。

 だが仕方ないだろう、まさか彼女が周囲の事など関係なしにあのような愚痴を吐き出し続けるなど誰も想像できなかったのだ。

 しかも愚痴を放ちながらもさりげなーく龍人に対する惚気まで放つものだがら、余計に疲れた。

 

「………………でも、今の関係が変わらない本当の理由が何なのか私だってわかってるわ」

 

 ぽつりと、先程の熱弁とは程遠い小さく静かな声で紫は呟く。

 ……別に今の関係に不満があるわけではない。

 彼は自分にとって恩人であり、初めての友人であり、共に歩む仲間であり……家族である。

 

 これからも龍人は自分の傍に居てくれる、根拠はないがそう強く信じられた。

 だからこのままでもいい、逆に不満を抱くなど贅沢な話だ。

 

「……ごめんなさいね。どうもこの酒に酔ってしまったみたい」

 

 ああ、まだまだ自分は青臭い若造だ。

 いくら周りに弄られ少量とはいえ酒が入っていたとしても、やはり先程の自分の醜態は認めたくない程に無様だった。

 妖怪の賢者が聞いて呆れる、これでは恋も知らぬ人間の生娘そのものではないか。

 

「――私は、そうは思いませんよ?」

 

 彼女の心中を理解したかのようにそう言い放つのは、さとりであった。

 

「…………心を読まないでいただけます?」

「すみません、覚妖怪なものでして。――私は殿方に恋をした事がありませんから説得力が欠けるかもしれませんが、紫さんが龍人さんとの関係をもっと深いものにしたいと思うのは、おかしくはないと思います」

「笑いませんの? まるで恋に奥手な童女のような私を見て」

「まあ、正直に言えば想像と違っていたので面白くはあります」

「………………」

 

 おもわずさとりを睨んでしまったが、彼女は紫の視線を軽く受け流しながら言葉を続ける。

 

「少なくとも私は親しみやすくて好感が持てました。そしてそれは私だけではなく他の者達も同じ考えのようですよ?」

 

 さとりの視線が周囲の妖怪達に向けられる。

 確かに彼女の言葉通り、全員ではないとはいえ紫に向ける視線に柔らかいものが混じっていた。

 大妖怪としてそれはどうなんだと思いつつも、紫はその視線を受け少しだけ嬉しそうに口元に笑みを浮かべた。

 ……まあ、中には生暖かい視線を向けてくる者も居たが、この際気にしない事にする。

 

「大妖怪としての体裁もあるのは理解できますが、自分の心を表に出す事も大切なのでは?」

「……忠告として、受け取っておくわ」

 

 言いながら紫は立ち上がり、ゆっくりとその場から離れ始めた。

 周囲にからかわれたからでも、さとりの言葉に影響されたわけでもない。

 ただ……今すぐに彼に会いたいと、そう思っただけ。

 

 素直じゃありませんね、小声でそう呟くさとりの言葉は聞こえないフリをして紫は龍人の気配を探る。

 彼の気配はすぐに見つかった、どうやらここからそう遠くない場所に……雲居一輪と共に居るようだ。

 心がざわつく、2人で一体何をしているのかという疑問で脳裏が埋め尽くされていき、そんな自分に再び苦笑した。

 ああ、本当に今の自分は童女のような未熟さばかりが表に出てきてしまう。

 

(まあ、いいか)

 

 そんな自身の未熟さに悩むのもまた一興、生きるという事はそういうことだ。

 今は早く彼の顔を見てざわつく心を落ち着かせる事にしよう、そう思った紫は妖力を解放し龍人の元へと向かう為に飛び立って。

 

 

――龍人の“龍気”が開放された事に気づき、それと同時に地底全体に激しい揺れが襲い掛かった。

 

 

 

 

To.Be.Continued...




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