妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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今日も幻想郷は平和である。
その中でのんびりと生きる紫の前に、とある依頼が舞い降りてきた……。


第78話 ~紫さんと課外授業~①

「――紫様、お客様をお連れ致しました」

「客?」

 

 ある日の八雲屋敷。

 季節は夏、照りつける日差しが厳しくなっていたものの結界により快適な空間を作り、紫はのんびりとした時間を過ごしていた。

 そんな彼女に式である藍が上記の言葉を放ち、現在里にて暮らしている上白沢慧音を連れてきた。

 慧音は紫に向かって会釈をしてから、早速とばかりに彼女はここに来た目的を紫に話し始める。

 

「突然お邪魔して、申し訳ありません」

「いいのよ、どうせのんびりと過ごしていただけだから」

「紫様、仕事してください」

「少しぐらいのんびりしてもいいでしょうに。それより、ご用件はなにかしら?」

 

 改めて訊ねると、慧音は一度口を開くがすぐに閉じ困り顔を浮かべる。

 あまり軽い頼み事ではないようだ、何よりも彼女にとって恩人であり友人である妹紅ではなく紫に頼み事をする時点で、容易に想像できるが。

 急かす事はせず、紫は黙って慧音の言葉を待つ事に。

 それから数十秒後、慧音はばつが悪そうにしながら。

 

「――課外授業の同行を、お願いしたいのですが」

 

 紫にとって、キョトンとするような頼み事を言ってきた。

 それを聞いた紫は、否、隣にいた藍も困惑してしまう。

 慧音の言葉を理解できなかったわけではないものの、詳細を知らねばわけがわからない頼みであった。

 

「紫さんはご存知かと思いますが、私は今他の大人達と共に子供達に学問を教えています」

「ええ、自分の能力を有効活用したいのと、子供達にちゃんとした知識と歴史を学ばせたいと聞き及んでいるわ」

 

 出会った当初はまだ子供だった慧音も、この四百年で立派な大人に成長した。

 成長に伴い様々な知識を吸収した彼女は、その知識を正しく広める為に里の大人達と協力して子供達の教育を行い始めている。

 この時代、学問を身につけるのは貴族や武家のような上流階級の者達だけで、それ以外の者達は勉学に励むという風習は存在していない。

 だがこれからの時代、争いばかりが続くこの世界に必要なのは単なる力ではなく幅広い知識だと慧音は考えていた。

 

 広い知識を身につければ、たとえ力がなくとも困難を打開する方法を得られる可能性がある。

 それはそのまま人間達が強い力に屈する事無く立ち向かう事ができる未来を手に入れられるという事に繋がると、慧音はそう信じていた。

 そんな彼女の人間に対する強い想いに感化され、里の者達もまた慧音と同じ意見を持つようになり、現在に至る。

 阿悟の話では、なかなかに上手くいっているという話だが……。

 

「それで、課外授業というのは?」

「はい。普段は里の中のみで授業を行っているのですが……如何せん、ただ知識を教えるだけでは限界があると考え始めたのです」

「それで課外授業――即ち、里の外へと出て自分の足で調べ、自分の目で経験させたいという事ね?」

 

 紫の言葉に、慧音は力強く頷きを返す。

 成る程と納得しつつも、紫は表情に難色の色を示していた。

 彼女の考えもわかる、山々に囲まれたこの幻想郷の里ではなかなか山の向こうの情報や知識というのは流れてこない。

 如何に「白沢(ハクタク)」として様々な知識を有している慧音でも、ただ己の知識を子供達に語った所で効果は薄い。

 

 だから彼女は一時的とはいえ里の外へと子供達を連れて行き、里に居るだけでは学べない知識を宿してほしいと考えているのだろう。

 とはいえやはり里の外には野良妖怪や人間の賊といった危険分子が存在している。

 慧音ならば並の妖怪にも決して負けないが、子供達を守りながらでは……。

 

「……ああ、成る程。つまり私をいざという時の“用心棒”にしたいと?」

「…………はい」

 

 気まずそうに、慧音は紫から視線を逸らす。

 妖怪として高い能力を誇り、幻想郷という名になる前の里の時代から存在している彼女に子供達の用心棒をさせる。

 その頼みは、大妖怪である紫の誇りを不用意に刺激する行為に等しいと、慧音とて理解していた。

 

――後ろに控えている藍の表情に、僅かな憤怒の色が滲み始めている。

 

 式である彼女にとって慧音の頼みは、主を侮辱するに等しいものだという認識なのだろう。

 慧音の顔に冷や汗が伝い、場に不穏な空気が漂い始める。

 だが。

 

「了解致しました。その役目、引き受けましょう」

 

 呆気なく、拍子抜けしてしまうほどに。

 紫は慧音の提案に、あっさりと了承の返答を返したのだった。

 

「えっ……」

「紫様!?」

「いいじゃないの別に。ただ条件があるわ」

「条件、ですか……?」

「子供達の連れて行く場所は私が決めさせてもらう。安心なさい、八雲紫の名に懸けて子供達には危険な目には遭わせないし普通に生きているだけでは決して得られない体験をさせてあげるから」

「はあ……まあこちらとしても、課外授業の内容を決めてはいませんでしたから別に構いませんが」

 

 慧音の言葉に、紫はにっこりと微笑みながら立ち上がる。

 そのまま後ろへと振り向き、呆気にとられている藍の頭を軽く小突いた。

 

「あいたっ!?」

「客人に敵意を向けるなんて駄目な式ね」

「で、ですが紫様……」

「彼女は私を頼ってここに来た、ならばその想いに応えるのは当然でしょう? ――妖怪の誇りは大切だけど、それに捉われ過ぎれば零れ落ちてしまうものもあるのよ」

 

 諭すように藍へと告げてから、紫は自分と慧音の前にスキマを開く。

 慧音の方は人里へと繋げ、自分の方は……とある場所へと繋げた。

 

「課外授業の実施日は何時かしら?」

「五日後ですが……大丈夫ですか?」

「勿論。でも……親御さん達には反対されないかしら?」

 

 いくら妖怪と共存できているとはいえ、妖怪の恐ろしさを知らない里の人間達ではない。

 だというのに里の外に行く課外授業を許可するとは思えないが……。

 

「最初は難色を示していましたが、紫さんが同行するならばと許可を貰いまして」

「えっ、どうして?」

「それはもちろん、紫さんがこの幻想郷で生きる皆に信頼されているからですよ」

「………………」

 

 その言葉を聞いて。

 紫の思考は、驚きと気恥ずかしさと嬉しさが混ざり合った感情で停止してしまった。

 

「紫さん?」

「っ、え、えっと……と、とにかく五日後には準備を終えていますので、楽しみにしていてくださいましぇ!!」

 

 最後の言葉をおもいっきり噛みながら、紫は逃げるように展開したスキマへと逃げるように入り込み消えてしまった。

 そんな彼女を見てポカンとする藍と慧音であったが。

 滅多に見れない紫の可愛らしい姿に、自然と頬を緩めてしまったのはご愛嬌である。

 

 

 

――そして、五日後。

 

 

 

「――はーいみんなー、今日はゆかりんお姉さんと一緒に楽しい課外授業にしましょうねー!」

『………………』

「……泣いていい?」

 

 里の入口にて、慧音と十数人の子供達が集まっていた。

 そこへ紫がやけに高いテンションと満面の笑みで上記の言葉を放ったものだから、場が完全に凍り付いてしまっていた。

 紫は紫で子供達の反応が予想外だったのか、一気に声のトーンを落とし隅っこで蹲り始める始末。

 彼女としてはなるべく明るい空気を保とうと若干の羞恥心を我慢したというのに……これではあんまりではないかと言ってやりたかった。

 

 尤も、里の者達にとって八雲紫という女性は畏怖と尊敬と親愛を込めた大妖怪という認識で共通している。

 だというのにあんなフレンドリー過ぎる態度を見せられては、驚愕して凍り付いてしまうのは当然である事を紫は気づかない。

 

「紫さん、気持ちは判りますけど……元気出してください」

「うぅ……龍人だったらあんな反応返ってこないのに、彼との差はなにかしら?」

「え、そりゃあ彼は今まで毎日のように里の人達と交流を深めてきましたし、ふらりと旅から帰ってきたらまっさきに子供達にお土産を渡したりしてますし、紫さんとの差があるのは当然かと」

「うわーん!!」

 

 八雲紫約600歳、上白沢慧音女史の正論の前にマジ泣き。

 その後、他ならぬ子供達に慰められるという情けない光景を繰り広げてから、改めて紫は子供達と挨拶を交わす。

 

「初めて話す子も居るわね。私は八雲紫よ、今日はよろしくね?」

『よろしくお願いします!!』

「あら、意外と躾がされているのね」

 

 自分に向かって頭を下げる子供達を見て、意外そうな表情を浮かべる紫。

 なんとなーく機嫌が良くなった紫は、口元に笑みを浮かべながら――子供達に、本日向かう場所の名を口にする。

 しかし、その場所は同じく同行する慧音にとってあまりにも予想外な場所であり。

 

「今日、みんなを連れて行く場所はね――――鬼や天狗が統治している“妖怪の山”よ」

 

 人間にとって、危険だと認知されている場所であった。

 

 

 

 

「うわー……でけー……」

「おっきいねえ……」

「てっぺんが見えねー!!」

「きれー……」

 

 紫のスキマにて、慧音と子供達は妖怪の山の麓へと到着。

 そこに広がる山の大きさと景色に、子供達は早速とばかりに心を奪われていた。

 

「……あの、紫さん」

「連れて行く場所は私が決める、そういう条件だった筈だと記憶しているけれど?」

「そ、それはそうですが……しかし、まさか妖怪の山とは……」

「大丈夫よ、安心なさいとも言った筈よ? ――来たみたいね」

「えっ……」

 

 瞬間、周囲に風が吹いた。

 子供達は驚いたように声を上げ、慧音はすぐにこの風が自然なものではないと感じ取る。

 風は瞬時に止み、誰もがそう思った時には――紫達の前には先程までいなかった筈の第三者がにこやかな笑みを浮かべ立っていた。

 

「どーも、遅れちゃいましたか?」

「いいえ、ちょうどよかったわ。今日はよろしくね? 文」

「て、天狗……!?」

 

 慧音の顔が驚愕に染まる。

 紫達の前に現れたのは、この山で生きる鴉天狗の少女――射命丸文(しゃめいまる あや)であった。

 身構える慧音、そんな彼女を手で制しつつ紫は突然の文の登場に驚いている子供達に声を掛ける。

 

「みんな、今日はこの鴉天狗の射命丸文お姉さんに妖怪の山を案内してもらうの。挨拶してね?」

「え、あ……えっと、は、はじめまして……」

「ええ、はじめまして。ご紹介に与りました射命丸文と申します、今日はよろしくお願いしますね?」

 

 にっこりと、安心させるように子供達に満面の笑みを浮かべる文。

 それが功を奏したのか、子供達の顔から緊張の色が消え興味津々といった様子で文を眺め始めた。

 

「本物の天狗だー!!」

「綺麗な羽根……」

「なあなあ、その翼触っていい?」

 

 途端に子供達は文へと駆け寄り、あっという間に彼女を囲んでしまった。

 これには流石の文も驚き、予想外の反応に困ったような笑みを浮かべつつ紫へと視線を向ける。

 けれど紫は愉しげな笑みを口元に見せるだけで、困惑している彼女を助けようとしない。

 

「ちょ、紫さん――」

「えいっ!」

「わにゃっ!? ちょ、いきなり翼を触るのはやめてくださいってば!!」

 

 とうとう子供達に背中に生える翼を遠慮なしに触られる始末。

 完全に子供達にペースを握られた文を見て、紫はますます愉しげな笑みを深めていった。

 

「………………」

「驚いた? あなたの話を承諾してからすぐに妖怪の山に行って、ここを統治している友人に事情を説明したのよ。そうしたら彼女を案内役に寄越すって話になってね」

「……人間側の勝手を、山の妖怪が受け入れたのですか?」

「もちろん今回は特例よ。それにこちら側が山にとって不利益な行為をしでかした場合――容赦はしないと釘を刺されたわ」

 

 だからこそ、案内に文を寄越したのだろう。

 彼女は鴉天狗の中では群を抜いて力が強く、けれど他の天狗に比べて気さくな一面を持ち人間に対する友好度も比較的高い。

 なにより彼女は紫にとって気心が知れた友人だ、向こうとしてもこちらとしても彼女を案内役に抜擢するのは色々と都合が良かった。

 

――とはいえ、一概に安心できないのもまた事実。

 

「それとね慧音、こうも言っていたわ。『何が起ころうともこちら側は責任を持てない』とね」

「えっ、それはどういう……」

「この山は鬼と天狗が協力して統治している、私の友人であり鬼である星熊勇儀に息吹萃香、そして茨木華扇は鬼としては穏健派で通っている。

 でもね、巨大な組織力を持てば持つほど一枚岩ではなくなるのよ。その意味――慧音ならわかるでしょう?」

「………………」

 

 慧音の表情が僅かに強張る。

 どうやら彼女も理解しているようだ、それがわかり紫は小さく頷いた。

 

「ほらほら、天狗のお姉さんが困ってるでしょ? そろそろ離れなさいな」

『はーい!!』

 

 紫の一言で、子供達は文から離れる。

 一方の文は子供達に散々もみくちゃにされたからか、疲労困憊といった表情を見せジト目を紫に向けていた。

 

「早速子供達に懐かれたみたいでよかったじゃない」

「全然よくないですよ! この翼の手入れだって結構大変だっていうのに……」

「諦めなさい、上からの命令なんでしょう?」

「はぁ……勇儀さん達も紫さんのお願いには甘いんですから、いつも苦労するのは私達下っ端だという事をわかってもらいたいもんです」

「ごめんなさいね文、今度きちんとしたお礼をさせてもらうわ」

「それは楽しみですね。ああそれと……紫さんなら言わなくてもわかるとは思いますが」

「ええ。――できるのは案内()()、でしょう?」

「…………すみませんね」

 

 小さく謝罪の言葉を述べつつ、紫から視線を逸らす文。

 彼女は今回の課外授業の案内役、だができるのは紫の言った通り案内“だけ”だ。

 それを文は申し訳なく思っている、紫にとってそれだけで充分だった。

 

『天狗のお姉さん、案内よろしくお願いしまーす!!』

「はいはーい。いやー……よく教育が施されてる子供達ですね、山の資源を勝手に奪おうとする下種な妖怪や人間とは比べものにならないですよ」

「そうでしょうそうでしょう」

「なんで紫さんが胸を張るんですか……そういえばそちらの方、まだ自己紹介もしていませんでしたね。私は射命丸文といいまして、まあ見ればわかりますが鴉天狗です」

「あ、私は上白沢慧音と申します。射命丸さん、本日はこちらの勝手を通してくださって本当にありがとうございます」

「いえいえお気になさらず。それでは皆さん、いきましょうか?」

『はーい!!』

 

 文を先頭にして、子供達が山へと向かって歩き始めた。

 まるで小さな探検隊である、その微笑ましい光景に自然と紫の口元が緩んだ。

 

「さあ、私達もいきましょうか?」

「え、ええ……」

「排他的な考えを持つ山の妖怪が、ああも友好的な一面を見せるのが怪しい?」

「……否定はしません」

 

 正直な慧音の返答に、紫は内心苦笑する。

 生真面目な彼女らしい実直な考えだ、そしてその考え方は正しい。

 この妖怪の山で生きる妖怪達はあらゆる妖怪の群れの中でも相当な組織力を有している。

 それ故に山の外で生きる存在は人間妖怪問わずに受け入れない、自らの組織を維持するには当然の考え方だ。

 

 だからこそ慧音は、そんな山に生きる天狗がああも人間の子供達に友好的な態度を見せるのは「何か裏があるのではないか?」と考えずはいられなかった。

 そんな慧音の心中を察し、紫は彼女の肩に手を置いて安心するように告げた。

 

「時代が変わりつつあるのよ。勿論信用できないという慧音の考えは正しいわ、だからあなた自身が本当に信用できると判断するまでは警戒していなさい」

「紫さん……」

「さあいきましょう? 子供達も呼んでいるわ」

「……そうですね、わかりました」

 

 どんどん山へと入っていく文と子供達の後を追い始める紫と慧音。

 こうして、妖怪の山内部での課外授業は幕を開いたのであった。

 

 

 

 

To.Be.Continued...




まだこの時代には寺子屋は存在していないので、「学問を教える」という表現を使わせてもらいました。
少しでも楽しんでいただけたのなら幸いに思います。

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