妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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紅魔城の戦いも、終わりを迎えようとしていた。
しかし彼等はまだ気づかない、遭ってはならぬモノが紅魔城へと近づいている事に……。


第75話 ~神成る妖~

 

 

 地面に膝を突き、荒い息を繰り返す美鈴。

 錬りに錬った自身の“気”の殆どを相手に打ち込む必殺の一撃は、彼女の体力を著しく消耗していた。

 けれどその技である「星脈地転超錬気弾(せいみゃくちてん ちょうれんきだん)」を受けた拳王は、紅魔城が建つ岩山の下に広がる森の中へと消えていった。

 

 戦いは終わりだろう、あれだけの破壊力を持った美鈴の一撃を受ければすぐには立ち上がれまい。

 さすがに命を奪う事はなかったが、それでもまた立ち向かってくる余裕は向こう側には残されていないだろう。

 そう判断した龍人は、同じ事を考えていた妖忌と共に美鈴を労う為に彼女の元へと向かおうとして。

 

 

「――流石よな。まがりなりにも龍の力を使えるだけの事はある」

 

 聞き慣れない、けれど同時に聞いた事のあるような声が空から聞こえてきた。

 

 

『っ……!』

 

 同時に動きを見せる龍人と妖忌。

 龍人は一瞬で自分の獲物である長剣を右手に喚び、妖忌は腰に差していた桜観剣を抜き取った。

 それと同時に2人はそれぞれ霊力と妖力を刀身に込め、上空から降ってきた光弾に向かって振るい見事弾き飛ばす。

 

 そして。

 弾かれた光弾は、放物線を描きながら紅魔城の一角へと飛んでいき。

 

――耳をつんざくような轟音と共に、城壁を大きく抉り飛ばしてしまった。

 

「えっ……えっ?」

 

 目の前に広がる光景を見て、美鈴はただ愕然とした。

 突然自分達に向かって降ってきた一発の光弾、それは龍人と妖忌によって弾かれた。

 そこまではいい、だが――何故あんな小さな、大人の握り拳大程度の大きさの光弾が紅魔城の城壁に触れただけで。

 

 強固な城壁を容易く吹き飛ばしてしまっているのか、理解できない――

 

「…………」

 

 空を見上げる龍人。

 見えるのは黒雲の中から僅かに覗く白い光を放つ月と。

 

 支配者のように君臨している、1人の女性だけであった。

 

「……なんじゃ、あやつは」

 

 桜観剣を握る手に力を込めたまま、妖忌は呟く。

 十中八九、先程の奇襲は空に浮かぶあの女性によるものだろう。

 肩が大きく露出した藍色の着物に身を包み、不遜な態度で自分達を見下ろしている絶世の美女と称されるであろう容姿を持つ女性の態度に、妖忌は不快感を露わにする。

 

 このような事をいきなりしでかしたのだ、間違いなくあの女は自分達にとっての敵でしかない。

 そして敵であるのならば己が剣で斬り伏せる――そう思っているのだが、妖忌はその場から動けないで居た。

 妖忌だけではない、疲労している美鈴はともかくとしてもまだ余力を残している龍人すら、女性を見上げるだけで反撃に移ろうとする気概すら見せなかった。

 

 得体の知れない存在だから、というのも理由の一つだ。

 見た目は人型ではあるものの、女性には銀に輝く髪の上に同じく銀色に輝く獣の耳、そして人にはない一本の銀の尾が見える。

 先程の光弾からは妖力を感じられたし、あの女は妖怪なのだろうという認識を抱いているがそれだけで攻めあぐねる彼等ではなかった。

 では、何故彼等は何の動きも見せないのか。

 

 決まっている――“恐い”と思ってしまったのだ、空に浮かぶ美しき獣の女を。

 

 理由としては単純なもの、ただ恐ろしいと思っただけ。

 対峙してはならない、見てはならない、立ち向かってはならない。

 内側から発せられる警鐘は一向に止まる気配を見せず、3人はただただ空を見上げるのみ。

 

「そのまま間抜け面を晒しているのは結構だが、死にたくないのならそこから消えた方がいいぞ?」

 

 何の感情も込められていない口調で、女性は言う。

 その声で呪縛が解けたのか、3人は漸く紅魔城の惨状に気を回す余裕を生む事ができた。

 

 だが、遅い。

 獣の女は既に、次の一手を解き放とうとしていた。

 

「――――」

 

 刹那。

 龍人は、これから何が起こるのかを直感で感じ取ってしまう。

 けれどそれは、彼の感覚が特別優れているからというわけではない。

 彼が、龍人という存在が“龍人族(りゅうじんぞく)”であるが故に、わかってしまったのだ。

 

「まっ――――」

 

 一歩遅れて、彼と同じく“龍人族”としての力を持つ美鈴も気づいたのか、顔を青くさせながら口を開いた。

 待って、そう言おうとする彼女の言葉はしかし。

 

 

――獣の女が生み出した、死の光弾が放つ爆音にかき消されてしまった。

 

 

 撃ち放たれる黄金色に輝く光弾。

 その一つ一つが先程以上の大きさを持ち、それに比例して込められている力の大きさも増大している。

 それが数十、数百、少なくとも数え切れぬ数を一斉に撃ち放たれたのだ。

 狙いなど定めず、まるでばら撒くように放出されていくそれは、まともに受ければ龍人達の頑強な身体でも半分以上吹き飛んでしまう程の破壊力を持っている。

 

 掠りもできない、かといって避けきる事ができる密度ではない。

 濃密な死の気配によって全身を震わせながらも、龍人達は同時に跳ねるように地を蹴った。

 

 そして、もはや爆撃と変わらぬ衝撃と轟音を響かせる世界の中で。

 3人はただひたすらに逃げながら、どうにか自身の命を繋ぎ留めていた。

 

 ほぼ全ての力を回避に専念、どうにしても避けられない光弾は剣や拳でどうにか弾いていく。

 

「紅魔城が……!」

 

 美鈴が叫ぶように言う。

 光弾は当然3人だけでなく、紅魔城にも降り注いでいる。

 先程の小さな光弾でも城壁の一部が抉られたのだ、数百を超える数、それも威力も上がった光弾の雨が降り注いでいる紅魔城は、秒単位で崩壊への道を歩んでいた。

 ゼフィーリアが常時展開している魔力障壁など簡単に貫通し、光弾は赤き城を容赦なく砕いていく。

 

 だがそれよりもだ、中に居る者達の安否の方が3人には気になった。

 しかし確認に行く事はできない、今こうしている間にも自分達があの城と同じ末路を迎えようとしているのだから。

 かといってこのまま防戦一方ではいずれ押し切られるのは明白。

 

 だから。

 龍人は、一か八かの賭けに打って出る事に決めた。

 

「――――」

「っ!? おい龍人、何をしている!!」

 

 自分の身が危険になるのを承知で妖忌は叫んだ。

 当然だ、この光弾の雨の中、龍人が狙ってくださいとばかりに立ち止まれば叫びたくもなる。

 あまりに愚行、自ら死地に立つなど正気の沙汰ではなかったが。

 

「――くらえ!!」

 

 当然、龍人は死ぬつもりもこのまま逃げ続けるつもりもなかった。

 

 右手に持っていた長剣を上空に向かって投げる。

 白銀の輝きを放ちながら弧を描き飛んでいく長剣には、ありったけの“龍気”が込められていた。

 当たれば並の妖怪なら即死、力のある妖怪とて無事では済まぬ破壊力が込められたその長剣が飛んでいく先など、当然決まっている。

 

「いい狙いだ」

 

 賞賛の言葉を呟きながら、獣の女は無造作に左手を小さく動かす。

 瞬間、甲高い音を響かせながら――獣の女の首を討とうとしていた長剣が粉々に砕け散った。

 

「――――」

 

 まさしく怪物。

 必殺の一撃には程遠いものの、決して加減などしていない一撃だったのに、この有様だ。

 あの長剣はまさしく一級品の業物だった、銘はわからぬが今はすっかり紫の愛刀となっている光魔と闇魔にも引けをとらない。

 だというのに砕かれた、本当に呆気なく、あんなにも簡単に。

 

 だが、今は愛用の剣が失われた事実に嘆いている暇はない。

 寧ろ龍人としては、この結果は充分予想できていた。

 何せ相手はあまりにも得体の知れない生物だ、妖怪とか人間とか、そういったカテゴリーに含まれるモノではない。

 

 馬鹿正直に攻めれば死ぬ、かといって搦め手が通用するような単純な相手でもない。

 それでも隙を作らねば一撃すら与えられない、だから龍人は躊躇いなくあの長剣を犠牲にした。

 結果として相手に傷一つ付けられなかったものの、まったくの無駄になったわけではないのだから。

 

「――この一撃は龍の鉤爪、あらゆるものに喰らいつき、噛み砕く」

「むっ?」

 

 光弾の雨を掻い潜りながら、獣の女へと接近する龍人。

 長剣の犠牲によってほんの僅か、一秒にも満たぬ時間ではあるものの、相手に接近する猶予ができた。

 その瞬間、龍人は“紫電”を用いて一気に加速、それと同時に右手に自身が放てる最高の技を組み込んでいく。

 

 黄金色に輝く龍人の右腕。

 その光は一瞬で臨界に達し、けれど獣の女は龍人の動きに反応する事ができず。

 

龍爪撃(ドラゴンクロー)――――!!」

 

 その胸に、黄金の一撃が叩きつけられた――――

 

「…………」

「――――」

 

 光弾の雨が止んだ。

 周囲には生暖かな風が流れ、パチパチと火が爆ぜる音が響き渡る。

 その上空で、龍人は龍爪撃(ドラゴンクロー)を放ったままの体勢で。

 

 

「――――お前は、こんな程度だったのか」

 

 つまらなげに吐き捨てられた声を、眼前から耳に入れた。

 

 

「――嘘、だろ――」

 

 目の前の現実が信じられず、掠れた声が零れ落ちる。

 ……無意味だった。

 龍人が仕掛けた渾身の一撃は、確かに命中したが――獣の女には塵芥の効果もなかったのだ。

 

 かつて、多くの妖怪との戦いで決定打となってきた龍人の龍爪撃(ドラゴンクロー)

 その破壊力はまさしく“必殺”の名を冠するに相応しい技だった。

 

 だというのに、獣の女は口元から僅かに血を垂らすだけ。

 直接叩きつけた箇所も、僅かに服を焦がしただけで肌にすら届いていない。

 悪い夢だ、そう現実逃避したくなる程に異常な結果であった。

 

「馴染む身体のまま退屈を紛らわしたかったのだが、この時点ではこの程度でしかないか」

 

 失望の色を隠そうともせず、獣の女は言う。

 そして、彼女は左手で龍人の右腕を掴み、ゴミを軽く投げ捨てるように左手を振った。

 瞬間、龍人の身体はまるで投げ槍のように飛んでいき、既に八割以上崩壊した紅魔城の瓦礫の中に消えていった。

 

「龍人!!」

「龍人さん!!」

 

 妖忌と美鈴が叫ぶ、それには構わず獣の女は右手を天に掲げあるものを創り出した。

 右手に形成される光弾、それは先程機関銃のように撃ち出していたものと変わらないものだ。

 寧ろ先程のよりも小さく、大きさでいえば最初の奇襲の時のものよりも更に小さい、子供の手でもすっぽりと覆えるほどの大きさであった。

 

 けれど、それを見た瞬間――妖忌と美鈴は戦慄した。

 

 あの光弾は、()()()()()()()()

 小さな、あんなにも小さな光弾だが、内側から感じる力は次元が違う。

 先程の爆撃めいた攻撃が児戯に思えるほどに、放たれようとしている次の一手は異常過ぎた。

 

「冥想――」

「星脈地転――」

 

 同時に動く妖忌と美鈴。

 近距離攻撃では間に合わない、なので2人は自身が出せる最速の遠距離攻撃で止めようとして。

 

「天照の光」

 

 その前に、世界が極光に包まれた――――

 

 

 

 

――地獄が、広がっている。

 

 胸騒ぎがした。

 考え過ぎだと思いつつも、紫は内側からじわじわと溢れ出そうとする不安を拭う事ができなかった。

 杞憂であると思いながらも、結局彼女は半ば強引にゼフィーリア達と共にスキマですぐに紅魔城へと戻り。

 

 瓦礫の山と化している紅魔城を見て、愕然とした――

 

「…………龍人?」

 

 彼の名を呟く紫。

 けれど彼女の視界には彼の姿は見えず、見えるのは一面の瓦礫と炎だけ。

 紅魔城だったものからは僅かに生命の息吹が感じられ、彼はもしかしたら瓦礫の中に居るのかもしれないと紫はすぐさま降り立とうとして。

 

「――何故生きている? アリアを降したというのか?」

 

 見慣れぬ女が、邪魔をしてきた。

 

 あまりにも間の悪いその声は、紫にとって耳障り以外の何物でもない。

 瞳と表情に怒りと苛立ちを浮かべながら、紫は自分の邪魔をした声の主へと視線を向けて。

 

 その、デタラメな力を目の当たりにして。

 龍人を心配する心も、恐怖によって上書きされてしまった。

 

「――――」

 

 なんだ、あれは。

 なんなのだ、目の前に浮かぶ異形は。

 

 紫は妖怪の中でもとりわけ相手の力量を感じ取る能力に優れている。

 だからこそわかった、自分の前に居る獣の耳と尾を持つ女性の異常な力を肌で感じ取れた。

 妖力だけでも大妖怪と呼ばれる存在のおよそ四倍近く、だが目の前の女から感じられるのは妖力だけではない。

 

「我の“神力”を感じ取れるのか?」

「………………」

 

 やはり、と紫は自分の感覚に間違いはないと思い知らされる。

 ……どういうわけなのか、この女からは妖力だけでなく神力も感じられた。

 

 神力。

 読んで字の如く、神々ないし神格化した生物が扱う事のできる力の総称。

 その力の密度は霊力や妖力とは比べものにならない程高く、故に――通常であるのなら神力を持つ者に対抗するには同じ神力を得るしか方法はないとされる。

 

「……お前が、これをやったのか?」

 

 ゼフィーリアが問う。

 常に尊大で余裕を見せる彼女が、震えた声で獣の女へと問いかけている。

 吸血鬼という強大な力を持つ妖怪であるゼフィーリアも、紫と同じく目の前の存在の力を感じ取っていた。

 

 だからこそ理解する、どう足掻いても勝てないという事実を。

 向こうが仕掛けてきたら、抵抗しても無惨に殺されるだけだとわかってしまう。

 冷や汗がゼフィーリアの頬を伝う、そんな自分に苛立ちを覚えながらも身体の震えが止められないでいた。

 

「………………」

 

 獣の女がゆっくりと紫達に近寄っていく。

 身構える2人であったが、虚勢を張っているのがすぐにわかる程に逃げ腰になってしまっている。

 それを見て何を思ったのか、獣の女は無言のまま紫達の元へと向かっていき。

 

――そのまま何もせず、彼女達の横を通り抜けてしまった。

 

「え…………?」

「――もう充分に戯れた、退屈しのぎにはならなかったがな」

 

 振り向こうともせず、獣の女はつまらなげに告げる。

 

「ま、待って!!」

 

 内から溢れようとする恐怖にも構わず、紫は振り向きながら獣の女へと声を掛けた。

 相も変わらず相手は紫達へと振り向こうともせず、けれどその動きを止める。

 

「あなたは……何者なの……?」

「名は無い。寄り代となったこの肉体の精神は既に消えているし、その者の名を使うつもりもない。――神弧(しんこ)とでも呼べばよい」

 

 そう言って獣の女――神弧は再び紫達から離れていきながら。

 顔だけを紫に向け、憐れむように笑って。

 

「――悲しき女よな」

 

 氷のように冷たい声でそう言って、その場から一瞬で消え去った。

 

「…………」

「……紫、今は城の中に取り残された者達を救い出す」

 

 ゼフィーリアの声で我に帰り、けれど紫は頷く事しかできなかった。

 神弧の言葉が何を意味するのか、紫には理解できない。

 今はゼフィーリアの言う通り、瓦礫の山と化した紅魔城の中に取り残された者達を救出するのが先決だろう。

 

 でも、何度も自分にそう言い聞かせても。

 紫の頭の中から、神弧のその言葉が消えることはなかった――

 

「……ところでゼフィーリア、ロックの姿がさっきから見えないのだけれど?」

「あいつならあの神弧とかいう女の覇気にやられて、気絶しながら地面に落ちていったぞ?」

「…………」

「放っておけ。仮にも吸血鬼の肉体だから軽傷で済んでいるだろうし、何よりあんなにも情けない夫の姿を見ると助ける気にもならん」

「…………そうね」

 

 冷たい事を言っているが、同じ立場だったら紫も間違いなく見捨てている。

 なので紫もロックの事は放っておく事にした、というより龍人達の方が気になっているのでどの道ほったらかしにするつもりだったのだが。

 

 

 

 

To.Be.Continued...




この章ももうすぐ終わりそうです。
最後までお付き合いくださると嬉しく思います。

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