両者の再会は、刻一刻と迫っていた……。
――紅魔城、テラス内。
「…………」
「――もう終わりか? 呆気ない」
そう言いながら、ゼフィーリアは近くのテーブルに置いてあるワインが入ったグラスを手に取り喉を潤す。
そんな彼女の前方では、両手に光魔と闇魔を握り締めながらも、息を切らし地面に座り込んでいる紫の姿があった。
顔を上げ恨めしそうにゼフィーリアを睨む紫、だがゼフィーリアは紫の視線を軽々しく受け流しながら口を開く。
「なんだその目は? 元はといえば貴様が余に手合わせを頼んだのが原因ではないのか?」
「……それはそうだけど、もう少し加減してはくれないかしら?」
「たわけめ。殺す気概でいかなければ鍛錬にならんではないか」
「…………」
この鬼め、口には出さず心の中で紫は悪態を吐いた。
「しかし何故いきなり手合わせを頼んだ? そもそもお前にはデタラメとしか言いようのない能力があるではないか」
「あの能力は諸刃の剣なの、無闇やたらに使用すれば私自身が消えかねないわ。それに……この力はできる限り“破壊”ではなく“創造”に使いたいのよ」
「……物好きよな。それだけの能力……望めばそれこそ世界すら支配できるというのに」
「興味ないわ。私が望むのはただ一つ、龍人達と生きながら人と妖怪が共に生きる幻想郷を守るという夢を叶える事だけよ」
だからこそ、紫はゼフィーリアに手合わせを頼んだのだ。
吸血鬼としての圧倒的な身体能力を持つゼフィーリアと戦えば、必ずレベルアップに繋がる。
そして、それはそのまま龍人達を守るという心に決めた誓いを果たせる事に繋がるのだ。
「お前は妖怪とは思えんな。人は喰わん、争いは望まん、そして何より人と妖怪が共に生きる道を選ぶ……余も永く生きているが、お前のような異端は初めて見るよ」
「それは褒め言葉?」
「半分は呆れも含んでいるよ、だが……父上と母上も、お前と同じ道を願っていた」
そう言って、ゼフィーリアは星が煌く空を見上げ出した。
「あなたの両親も、人と妖怪が共に生きる道を?」
「とは言っても最初からではないよ。父上も母上も若い時は他の吸血鬼と同じように人間を単なる家畜のようにしか見ていなかった。だが百年ほど前から、これからは奪い奪われる関係ではなく共に手を取り合い支え合えるような関係になればいいと言い出してな。
――ちょうどその時ぐらいからか、人間の数が前よりも増え始めたのは。父上も母上も、いずれ人間が我々妖怪よりも数を増やし続けると気づいたのかもしれんな」
「ええ、おそらくそれは現実のものになると思うわ。人の数はこれからも増え続ける……やがて、私達の想像を遥かに超える数にまで膨れ上がるでしょうね」
そうなれば、いずれ妖怪が生きる環境は失われていってしまう。
そういった危惧を抱いたからこそ、紫は人と妖怪の共存を願い、またゼフィーリアの両親もそれを願ったのだろう。
「とはいえ、事はそう簡単なものではない。余から言わせれば……父上も母上も、そしてお前も甘いのだよ」
「……否定はしないわ。でもだからって何もしなければ変わらない」
「無論、余とてそれがわかっているからこそ父上と母上の意志を告ごうと思っている。だが……余の愚妹はまるでそれをわかってはくれんようだ」
「…………」
「愚かな妹だよアイツは。力での支配は確かに吸血鬼として……妖怪としての本分を全うしているのかもしれん、だが時代は変わっていくのだ。いつまでもそんな方法が通用するわけがないというのに」
しかしだ、もはやカーミラを言葉で止める事はできないだろう。
ならば命を懸けて……この手で妹を降すしかない、ゼフィーリアは静かに誓いを建てる。
「駄目よゼフィーリア、1人で全てを抱え込むような真似をしては」
「何……?」
「あなたは確かに強い力と精神を持ち合わせている。でもだからといって1人で全てを背負い込み解決させようとしては……孤独になってしまう」
それは、とても悲しい事だ。
人は独りでは生きれないと言うが、それは妖怪とて同じである。
特に妖怪は人間よりも精神に依存する生物だ、強い孤独感はそれだけで精神に支障を来たし……下手をすれば、存在の消滅に繋がりかねない。
ゼフィーリア程の妖怪ならばその危険性は少ないだろう、だが孤独は独断と独善を生み、ますます孤独から抜け出せなくなる。
そしてその先に待つのは、真っ当な結末ではないのは明らかだ。
「あなたを慕う者、あなたを愛する者、そしてあなたを友と想う者が居る事をどうか忘れないで」
「……わかっているよ、お前のような小娘に言われなくともな」
そんな言葉を放ちつつも、ゼフィーリアの口元には優しい微笑が浮かんでいる。
その反応で彼女が自分の忠告をきちんと受け止めてくれた事がわかり、紫の口元にも自然と笑みが浮かんでいた。
「不思議なものよな……余の能力を以てしても、お前達の運命が視えん。それに……妾の運命も視えなくなった」
「えっ?」
「このまま余はカーミラの軍勢と戦い命を落とす……筈であったが、この運命が消えてしまった」
「なら……!」
「このような事は初めてだ。これもお前達が介入してせいなのかもしれんな」
「嬉しい誤算だと思うわよ? 少なくとも……あなたを慕う者達からすればね」
「ふん……」
まんざらでもない顔を見せるゼフィーリアに、紫は内心苦笑する。
この夜の女王は存外に素直ではないらしい、とはいえそれを口に出せば恐ろしい目に遭うので決して何も言わないが。
「ところでゼフィーリア、先程手合わせで使っていたあなたの武器だけど……?」
「ん? ああ、“スピア・ザ・グングニル”の事か?」
右手を上に翳すゼフィーリア、すると音もなく彼女の右手に巨大な槍が現われた。
スタールビーの輝きを見せるその槍からは凄まじい魔力が溢れ出しており、並の武器ではないというのがわかる。
否、あれはもはや武器ではなく“兵器”というカテゴリーに分類される奇跡の結晶体だ。
「これはスカーレット家に代々伝わる魔造兵器でな、魔界に存在するとある鉱石に初代当主の血と骨と魔力を織り交ぜて造り上げた“レーヴァテイン”と対になる武器だ」
「レーヴァテイン……?」
「カーミラが持つ炎の魔剣の事だ。スカーレット家の当主となりうる者にこのスピア・ザ・グングニルとレーヴァテインが継承されていく、父上は余達姉妹でスカーレットの血を守ってくれる事を願ってそれぞれの武器を分けたのだが……今考えると、悪手だったようだな」
「…………」
「まあいいさ。いずれカーミラを打倒しレーヴァテインを取り戻せばよい、そして次代の為に大切に保管しておくさ」
言いながら、ゼフィーリアはスピア・ザ・グングニルを消し去る。
「しかしお前達には驚かされる。妖怪として見ればまだまだ子供であるお前達が、よもや五大妖の1人を打倒できるとは」
「……偶然が重なったに過ぎないわ。一対一では決して勝てなかった」
それに紫自身、未だに刹那に勝てたのは夢ではないかとも思ってしまう。
それほどまでに五大妖と呼ばれる存在は桁外れの力を持っているのだ、相手の慢心故の辛勝に過ぎない。
まだまだ自分達の道を突き進むには、力も心も未熟だと紫は改めて己を律する。
「それは過小評価だと思うがな。――どうだ? お前達が良ければ余達と共にこの紅魔城で暮らさないか?」
「光栄な話だけど、私達には帰る場所があるから」
「なんだつまらん。余が東洋の妖怪を気に入るなど滅多にない事だというのに、贅沢よな」
「でも友人としてなら、これからも末永いお付き合いをさせてほしいわね」
「友人? 余が、お前達とか?」
目を丸くしてから、ゼフィーリアはまるで小馬鹿にするかのようにくつくつと笑った。
事実、ゼフィーリアにとって紫の言葉は笑う以外の反応を示せない程に可笑しなものだった。
どんな種族かもわからない妖怪の小娘が、当たり前のように自分を友として見ようとしている。
なんと恐れ知らずで……面白い事か、そんな姿を見せられて笑わないわけがない。
だが同時に、嬉しくもあった。
自分を恐れず、けれど決して見下そうとしているわけではなく、対等に接しようとしてくれる。
スカーレット家の当主となったゼフィーリアにとって、紫の態度は久しく見られないものだった。
「……ではこれからも友として、余達の役に立ってほしいものだな」
「あら? 利用するだけ利用するなんて、誇り高い吸血鬼がするような事かしら?」
「余がそんな矮小な存在だと思うのか? 小娘が」
互いに不敵な笑みを見せながら……どちらからともなく、声を出して笑ってしまった。
暖かな月の光に照らされる中、紫とゼフィーリアの間に和やかな空気が流れていく。
だが――そんな空気を変える報告が、2人の前に舞い降りてきた。
「むっ?」
「?」
2人の前に、小さな蝙蝠が羽ばたきながら近づいてくる。
それをゼフィーリアが左手の上に止まらせると、蝙蝠は忙しなく翼を羽ばたかせゼフィーリアに何を伝え始めた。
どうやらあの蝙蝠はゼフィーリアの眷属の一匹のようだ、暫し傍観していると――ゼフィーリアは僅かに眉を潜めたのが見えた。
蝙蝠を外へと放すゼフィーリア、そして彼女は紫へと向き直し。
「――紅魔館に行くぞ」
「紅魔館?」
「カーミラが拠点としている場所だ。あの眷属は監視の為に送ったのだが……つい先程、カーミラを含めた全ての吸血鬼が紅魔館から姿を消したという報告が入った」
紫にとっても、驚愕する内容の言葉を、口にした。
■
「――酷い臭いね」
紅魔城と同じく紅一色に彩られた趣味の悪い……もとい、特徴的な館である紅魔館の中へと入った紫は、開口一番上記の言葉を口にして顔をしかめる。
隣に立つゼフィーリアとロックも、口には出さないもののその表情は紫の言葉と同意見だと語っていた。
――死が、館を包み込んでいる。
紅魔館に入った瞬間、紫の鼻腔を生臭い血の臭いが襲い掛かった。
それを示すように、玄関ホールの床や天井、シャンデリアや掛けられている絵画には夥しい程の血が塗りたくられているかのように付着している。
中に居るだけで自分まで死んでしまったかのではないかと錯覚してしまう、それほどまでにこの館は異常であった。
更に腑に落ちないのは、これだけの血が至る所に付着しているというのに……その血の出所であろう死体が一つとして存在しないのは一体どういう事なのか。
「……気配は、ないな。この館にはカーミラに忠誠を誓った配下の吸血鬼やワーウルフといった妖怪達が居る筈なのだが……余達以外の気配がまるでない」
「まさか……内部分裂でも起こったのだろうか?」
「だとしても生き残りが居ないというのはおかしな話だ。気配を殺している可能性も否定できんが……」
その可能性を考慮しても、今の紅魔館は明らかにおかしな空気を漂わせている。
一体どういう事なのかと思案に暮れるゼフィーリアをよそに、紫は中央ホールをぐるっと見て回る事にした。
円形のホールは幾つもの道に枝分かれしており、また二階へと続く階段も見える。
が……そのどれからも、凄まじいまでの死臭が漂ってきており、紫はおもわず口元を右手で押さえてしまった。
(龍人達を紅魔城に待機させておいて正解だったかもしれないわね……)
現在、紫の傍にはゼフィーリアとロックしかおらず、龍人を含んだ他のメンバーは紅魔城にて待機させている。
紅魔館の調査を大人数で行うわけにはいかず、かといってゼフィーリアとロックだけで行かせるのは不安が残った。
なので紫のみ同行する事にして、後の者達は紅魔城で待ってもらう事にしたのだが……その考えは正解だったと紫はそう思わずには居られない。
ここは居るだけで精神に影響を及ぼす、妹紅や妖忌ならばともかく、美鈴やチルノ、藍などには悪影響を及ぼすだろう。
(龍人は……勝手な行動で館中を駆け巡るでしょうね)
改めて連れてこなくてよかった、そう思わずには居られない紫であった。
「――とにかく館の中を見て周るぞ。何が起きたのかわからんからな」
「でもゼフィーリア、無闇に探索するのは危険じゃないか? もしもカーミラの勢力が隠れているとしたら……」
「かといってこのまま帰るわけにもいかん、恐いのなら城に戻れロック。調査は余と紫でする」
「つ、妻を黙って行かせる夫が何処に居るんだ! 私も行くぞ!!」
「その意気だ」
小さく笑い、一番近い廊下へと続く通路を歩き出すゼフィーリア。
その後にロックが続き、殿を務める為に紫は一番後ろからついていく事に。
窓が少ないせいか、廊下は薄暗く不気味は空気は一層濃くなっていった。
同時に死臭の臭いも強くなる一方であり、紫は無意識のうちを喉を鳴らす。
これ以上進みたくない、進んではならないという内なる声が、だんだんと大きくなっていった。
自分と同じ事を考えているのか、前を歩いているロックの身体が僅かに震えている事に紫は気づく。
一方、先頭を歩くゼフィーリアは微塵も恐怖や不安を感じさせず、紫に格の違いを見せ付けていた。
「……やはり、妙だな」
「妙って……何がだいゼフィーリア?」
「先程からずっと気配を探っているがまるで感知できん、如何にカーミラとていくら気配を殺そうとも余の探知能力から逃れられる筈がないというのに……」
「……だとすると、今この館には本当に誰も存在しないという事かしら?」
「そう考えるのが妥当だろう。しかしだとしたら何故カーミラも配下の者達も紅魔館から姿を消した? それに館を包み込むようなこの血の臭い……十や二十の死体では作れん臭いだ」
考えられる理由としては、この紅魔館で沢山の命が何者かによって奪われた、というのが濃厚だろう。
そしてこの血の元の持ち主はおそらくカーミラの配下の妖怪達であるのは間違いない、もしかしたらカーミラもその何者かによって……。
しかしこれはあくまで推測、詳しい調査を行わなければこの異常事態の原因を見つける事はできない。
「では手分けして調べるとするか。この紅魔館は中々に広いからな」
「それは危険だゼフィーリア、固まって行動した方がいい」
「ロック、お前は少し慎重すぎるのではないか? お前もまがりなりにも吸血鬼だ、そこいらの妖怪に遅れをとるような……」
「でも、その吸血鬼を消し去った存在が居るかもしれないのよ? だとすれば単独行動は軽率すぎる」
ゼフィーリアの力は紫とて知っている、単純な力ならば自分など遥かに超えているという事も理解している。
だが、それでもこの館で単独行動をするのは得策ではないと思うのもまた事実、ロックも同意見なのかゼフィーリアを説得し始めた。
すると、あからさまに不満そうな表情を浮かべるものの、ゼフィーリアは2人の意見を尊重する事にしてくれたようだ。
「さて、ではどこから調べようか……西館の地下にある書庫か、それとも東館にある宝物庫か……」
「片っ端から調べるしかないかもしれないわね……」
効率が良い方法とは言えないが、現状ではこうする以外の方法は無い。
ゼフィーリアとロックも紫と同じ意見なのか、彼女の言葉に無言で頷きを返し、改めて調査を開始する為に止めていた足を動かし進路を西館へと向ける。
紫もまた、そんな2人についていく為に歩を進めようとして。
「――そんな回りくどい事をせずとも、ワタシの元に来ればこの館で起きた事を説明してあげますわ」
そんな声を、耳元で聴き入れた。
「っ!!?」
振り返る。
だが周りには誰も居らず、しかし今の声は……紫にとって決して忘れられないものであった。
そんな馬鹿な、何故ここに、浮かび上がる疑問を無視して紫はすぐさまその場から浮遊してある場所へと飛んでいく。
後ろからゼフィーリア達が自分を呼ぶ声を耳に入れたが、今の紫にその声に反応を返す余裕はない。
がむしゃらに飛行による移動を続け……紫が辿り着いたのは、紅魔館のとある一室。
そこはカーミラ・スカーレットの自室であったが、その中に居たのは部屋の主ではなく……赤い髪と白い大きな翼を持つ、1人の美女。
「お久しぶりですわね、八雲紫。相も変わらず叶いもしない妄想に縋る愚か者の顔つきですわ」
「……アリア・ミスナ・エストプラム」
金の瞳に強い憤怒の色を宿しながら、紫は部屋の中で暢気に紅茶を嗜んでいる女性――アリアを睨み付ける。
対するアリアはそんな紫の視線を真っ向から受けても、涼しい顔で笑みを作りながら紅茶を飲みのんびりとしていた。
その態度が気に入らず、ますます紫の表情が険しくなる中――ゼフィーリアとロックが紫に追いつきアリアと対峙する。
「……何者だ貴様、見慣れない妖怪だな」
「お初にお目にかかりますわゼフィーリア・スカーレット。ワタシはアリア・ミスナ・エストプラムと申しますの、以後お見知りおきを」
椅子から立ち上がり、優雅にゼフィーリアに対して一礼するアリア。
その隙だらけな姿を見て、紫は地を蹴りアリアとの間合いを詰めながらスキマから光魔と闇魔を取り出す。
そして、彼女の首を刎ね飛ばそうと上段から二刀を振り下ろした――
■
「――紫のヤツ、大丈夫かな?」
「心配しすぎじゃ龍人、あやつはお前なんぞに心配される女ではないさ」
「それはわかってるけどさあ……」
紅魔城の客室の一つにてのんびりとしつつも紫を心配する龍人に、桜観剣の手入れをしながら妖忌は上記の言葉を返す。
先程からずっとこの調子である、正直鬱陶しい事この上なかった。
「暇なら鍛錬でもしたらどうじゃ? あの美鈴とかいう娘はずっとこの城を走り回っているぞ?」
「うーん……俺もそうしようかと思ったんだけどさ、紫が心配で集中できないというか……」
「それは単なる言い訳じゃないのか?」
「……かもなー。でもなんでこんなに心配してんだろ? 妖忌の言う通り、紫は俺なんかに心配されなくても大丈夫なしっかり者なのにさ」
うーんと首を捻る龍人。
どうやら彼自身もここまで紫を心配する理由がわからないらしい、なので妖忌はある事を訊いてみる事にした。
「龍人、お主……紫をどう思っておるんじゃ?」
「どうって、どういう意味だ?」
「……簡単に言えば、お前さんは紫を“女”として見ているのかという意味じゃ」
「女……? 何言ってんだ妖忌、紫は女だろ?」
「そういう意味では……いや、お主に訊いたワシが阿呆だった」
久しぶりに会った友人は、相も変わらず女に興味のない玉無しだったようだ。
しかしである、彼の紫に対する態度は少なくとも前に比べると明らかに違っていた。
尤も、それを龍人が自覚しているわけではないようだが。
「そういえば妖忌、お前この問題が解決したら冥界に行くんだよな?」
「ああ、幽々子様をお守りする……今度こそな」
「でも、亡霊になる幽々子は生前の事を忘れてるんだろ? それってつまり……」
「たとえワシの事を忘れていたとしても、また一から絆を育んでいく。再び幽々子様に仕える喜びに比べれば、ワシに対する記憶の忘却など痛くも痒くもないわい」
「……そっか。妖忌は強いな」
口で言うのは簡単だ、だが妖忌ほど忠誠心の厚い者からすれば主から忘れ去られる悲しみはかなりのものだろう。
それを簡単に乗り越えてしまう妖忌は強いと、龍人は惜しみのない賞賛を送る。
「――よし、俺も負けてられないな!!」
そう言って、龍人は部屋を飛び出した。
目的は勿論鍛錬の為だ、ゼフィーリア達からはこの城のものはなんでも使っていいという許可は貰っている。
とはいえ彼の鍛錬は場所を選ぶので、龍人はそのまま紅魔城の外へと赴く。
そして、そのまま森の中で思う存分鍛錬に勤しもうとした龍人であったが――突如として、彼は足を止めてしまった。
――見慣れない男が、紅魔城の前で仁王立ちしている。
膨れ上がっている、と思えるほどに鍛え抜かれた筋骨隆々の肉体。
固めているかのような厚みを持つ赤黒い髪に、漆黒の瞳からは凄まじい闘志が感じられる。
黒い胴着状の服を纏っているその姿は武道家を思わせるが、全身から放たれるその覇気は人間……否、ただの生物とは思えない程に力強かった。
「……お前、誰だ?」
そんな男に、龍人は普段通りの態度を崩さずに声を掛ける。
対する男は龍人の問いに何も答えず……けれど、静かに身構え始めた。
「お、おい……!?」
それを見た瞬間、龍人も慌てて身構えた。
……どういうつもりかはわからず、目の前の男が何者で目的が何なのかも理解できない。
しかし、男の目が自分の命を刈り取ろうとしている事に気づけば、身構えないわけにはいかず。
「ぬぅんっ!!」
「おわぁっ!?」
男は一瞬で龍人との間合いをゼロにして、右の拳を繰り出してきた。
反射的に反応して迫る拳を回避する龍人、すぐさま跳躍して男との距離を離す。
「な、何すんだよ!!」
「…………」
男は何も言わない、ただ口元には愉しげな笑みが浮かんでいた。
「しょうがねえな……」
戦うしかない、そう判断した龍人は一気に戦闘態勢へ。
そんな彼の態度に気づいたのか、男は笑みをますます深めていき、再び彼に向かって地を蹴り踏み込んでいった。
To.Be.Continued...