妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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刹那との戦いを終えた紫達は、紅魔城へと戻り一時の休息を甘受しようとしていたのだが……。


第71話 ~悪魔に忍び寄る闇~

 

 

 

「――さあ、遠慮せずに食うがよい」

『おおー……っ!!』

 

 目を輝かせ、感激の声を上げる龍人と美鈴。

 紫達も2人のような反応は見せなかったものの、目の前に広がる光景に驚きを見せていた。

 

 大神刹那との戦いが終わり、紫達はゼフィーリアと共に紅魔城へと戻ってきた。

 するとゼフィーリアはすぐさま使用人である低級悪魔達に宴の用意をするように指示、そして一時間も待たずに紫達は大広間へと集まり……そこに用意された巨大なテーブルの上にこれでもかと用意された料理の山を見て、上記の反応へと見せた。

 高級感漂う器に盛られた料理の数々は美しく、光り輝いて見える。

 希少な食材を惜しげもなく使っているのだろう、西洋の知識にある程度詳しい紫にはそれがすぐにわかった。

 

 各々用意された席に座り、使用人達が紫達にルビーのように輝くワインを提供する。

 ゼフィーリアも同じように用意されたワインの入ったグラスを摘み、乾杯の言葉を放とうとしたのだが……その時には、既に龍人と美鈴は目の前に広がる料理を我先にと食べ始めてしまっていた。

 それもお世辞にも行儀良いとは言えない食べ方でだ、ドカ食いという表現が一番しっくりくるその食べ方に紫や一部の使用人達は閉口する。

 

「品性の欠片もない食べ方よな……まあ、お前達は客人であるから特別に許してやるが」

「んぐっ……だってさもぐもぐ、腹減ってんだもんむしゃむしゃ……」

「そうですもぐもぐ……こちとら“気”を消耗し過ぎて倒れそうなんですからがつがつ……」

「食べるか喋るかどっちかにせんか。……もうよい、この2人は放っておくとして……八雲紫とその仲間達よ、改めて礼を言わせてもらおう。余の命を救ってくれた事に感謝する」

 

 そう言って、ゼフィーリアは気品溢れる笑みを紫に向けた。

 

「感謝される謂れは無いわ。こちらも今回の件に介入しなければならない事情があるもの」

 

 対する紫も同様に笑みを返しつつ、しっかりと皮肉を述べる。

 その態度にゼフィーリアは僅かに眉を潜めるも、すぐさま苦笑を浮かべグラスに入ったワインを一気に飲み干した。

 

「無論ロックの仕出かした事は余の責でもある。当然それなりの謝礼は勿論のこと、お前達の守るべき土地に今後一切侵攻しない事を誓おう」

「…………」

 

 ばつの悪そうな顔を見せるロック、そんな彼を横目で見つつゼフィーリアは軽く彼を小突きつつ言葉を続ける。

 

「しかし余達はともかくとして、愚妹であるカーミラはそうはいかん」

「わかっているわ。だからこそカーミラ討伐に協力させてもらおうと思っているの」

「良いのか? これ以上の介入はせずとも……」

「あなたがカーミラに敗れればいずれ幻想郷が狙われるのは明白、だったら心配の芽は完全に摘み取っておきたいと思うのは当然ではなくて?」

「……成る程、それは道理よな」

 

 紫の言葉に納得するゼフィーリア、尤も……紫が彼女達に協力するのはそれだけが理由ではない。

 吸血鬼という妖怪としては上位に位置する存在、そしてゼフィーリアはそんな吸血鬼の中でも抜きん出た力とカリスマ性を持ち合わせている。

 しかも彼女は妖怪にしては珍しい穏健な考え方を持つ、ここで協力関係を築き上げれば後々役に立つと紫はそう判断したのだ。

 強い力はそのまま抑止力へと繋がり、そしてそれはそのまま自分と彼の夢の到着点へと近づく原動力になる。

 

 それと――これは紫自身の個人的な意志なのだが。

 目の前の彼女を、ゼフィーリア・スカーレットを死の運命から遠ざけたいと思っている。

 彼女の事を個人的に気に入ったというのもあるが……何よりも、彼女を心から愛する夫が居るという理由が、紫がゼフィーリアの助けになりたいと思った理由であった。

 同じ女として、愛する異性が居る立場であるゼフィーリアを、助けたいと思ったのだ。

 勿論紫はこの心中を誰かに話すつもりはない、どうせ色々とからかわれるとわかっているから。

 

「うめーなこれ、もっとくれ!!」

「こらチルノ、もう少し言葉遣いをなんとかしなさい。それともっと行儀良く食べなさいっての」

「細かい事気にするなよ、もこたん」

「もこたん言うな!!」

 

「……西洋の料理は初めて食べるが、どの味付けも不思議なものだな」

「じゃが美味じゃ。……幽々子様も気に入るかもしれん」

「えっ、お前亡霊になった幽々子様に料理を食べさせる気なのか?」

「亡霊といっても閻魔様の話では肉体があるというし、生前の幽々子様はな……こっちが引くぐらいよく食べる御方だったんじゃよ……」

「…………なんか、苦労してたんだなお前」

 

 他の者達も、各々楽しみながら食事をしている。

 あれだけの戦いが終わった後なのだ、まだ全てが終わったわけではないが紫達は束の間の休息の時間を楽しんでいた……。

 

「――ところで、あの男はこれからどうする気だ?」

「んっ? んぐっ……誰の事言ってんだ?」

「お前達が連れ帰ってきたウェアウルフ――そちらでは人狼族だったか? とにかく連れ帰ってきたあの狼男はどうするのだと訊いているのだ」

「…………」

 

 結局、紫達は人狼族の青年――今泉士狼をこの紅魔城へと連れてきてしまった。

 今は客室の一つを貸してもらいそこで眠らせているが、当然このまま放置などというわけにはいかない。

 

 しかし、だ……紫としては、このままあの男を始末した方が良いと考えている。

 あの時は龍人の気迫と真摯な願いに圧され、美鈴達に協力してもらったが……あの男は紫達の敵である事に変わりはない。

 龍人は決して納得してくれないだろう、助けた命を奪うなどという行為は彼にとって許されないものだ。

 だが今泉士狼は自分達の敵である以上、生かしておけば必ずこちらの首を絞めかねない。

 

 ……やはりこのまま生かしてはおけない、そう結論付けた紫は再び食事に夢中になっている龍人へと声を掛けようとして、席を立った。

 そして身体を入口へと向けると、龍人と藍も自分と同様に席を立ち入口へと視線を向けていた。

 妖忌と妹紅も食事の手を止め、立ち上がらないにしろ視線を入口へと向け、残るチルノは何も気づいていないが空気が変わった事を感じ取ったのか困惑した表情を浮かべている。

 大広間の空気が、緊迫したものへと変わっていく中――入口の扉が勢い良く開かれ。

 

「――勝利の余韻に浸っている勝者に対し、随分と無粋な敗者よな。そう思わんか? 人狼」

 

 ゼフィーリアが、大広間に現われた男――今泉士狼に対し、皮肉と怒りを混ぜた言葉を放つ。

 対する士狼は何も言わず、大広間に来る途中で回収した『呪狼の槍』の切っ先を、龍人へと向けながら。

 

「……刹那様は、貴様が殺したのか?」

 

 彼に対して、静かに問いかけた――

 

 

 

 

 紅魔城からおよそ四十キロ程離れた森の中に、血のように赤い外観を持つ館があった。

 館の名は『紅魔館』、その館の現主であるカーミラ・スカーレットはテラスにて優雅に月を眺めていた。

 右手をテーブルの上に置かれたグラスへと伸ばし、中に入っている自分の髪と同じ赤い液体で喉を潤す。

 その姿はまさに令嬢と呼ばれる気品と美しさを醸し出しているものの、彼女の周りにはまるでゴミのように転がる“人間”の死骸があり第三者から見れば恐ろしいの一言に尽きる。

 どの者もまるでミイラのように渇き、血の一滴も残されてはいない。

 

 だがその醜悪な骸達を視界の隅に収めたカーミラは、大きくため息を吐く。

 この事切れた人間達の血は全てカーミラによって無慈悲に吸われたものではあるが、既に彼女にとってこの人間達の骸は自身の目を腐らせる汚物でしかなかった。

 身勝手で傲慢な考えを躊躇いなく抱きつつ、カーミラはパチンッと指を鳴らす。

 瞬間、彼女の前に1人の若き吸血鬼の青年が姿を現した。

 

 金糸の短い髪と深紅の瞳、やや華奢な見た目ながらも全身からは若さ溢れる生気を感じさせられる。

 彼の名はクロノ、カーミラに忠誠を誓う吸血鬼の1人であり……カーミラにとって、他とは違う特別な関係を持つ青年である。

 

「お嬢様、お呼びでしょうか?」

「ええ。ここに転がっている骸を片付けてくれるかしら?」

 

 畏まりました、恭しく一礼をした後、青年は右手に魔力を込める。

 すると青年の手が青白い光に包まれ始め、やがてそれは小さな球状へと変化し、青年はそれを骸達に軽く投げつけた。

 そしてその光球が骸に触れた瞬間――青白い炎が骸を包み、あっという間に灰へと変化させ消し去ってしまった。

 青年の手際の良さを褒めるように軽く拍手するカーミラ、それを見た青年は少し気恥ずかしそうに、けれど誇らしげな笑みを返す。

 

「ありがとうクロノ、助かりましたわ」

「いえ、お嬢様の命を果たしただけの事です。たいした事はしておりません」

 

 柔らかな表情を浮かべながら、上記の言葉を口にするクロノ。

 しかし、何故かカーミラはそんな彼を見て不満そうに唇を尖らせた。

 怒らせてしまったのか、彼女の反応を見て内心慌てるクロノであったが……突然カーミラに腕を掴まれ引き寄せられてしまう。

 

「クロノ、今はあなたと私の2人っきり。その『お嬢様』というのはやめてくださらない?」

「あ、で、ですが……」

「あなたはいずれ私の伴侶になる男、今は戦いのゴタゴタがありますが……私がお姉様を討ち取り紅魔城の主となれば、貴方を夫として迎える事ができますわ」

「…………」

「? クロノ、その顔はなんですの? まさか……私の夫になるのは」

「いえ、それは実に余る光栄だと思っています!! そうではなくて、その……お嬢様は、本当にゼフィーリア様を」

「討ちますわ。あの女は吸血鬼の恥晒し、生かしておく価値などありません」

 

 はっきりと、怒りすら含んだ声色でカーミラは言う。

 その姿に、ロックは何処か悲しげな視線をカーミラへと向けた。

 

「……ゼフィーリア様はお嬢様の唯一無二の家族ではありませんか、姉妹同士で争うなど“先代”様のその奥方様が」

「クロノ、お父様とお母様の話はしないでと前に言いましたよね?」

「っ、も、申し訳ありません!!」

 

 一瞬でカーミラの纏う空気が変わった事を感じ取り、クロノは掠れた声で謝罪の言葉を放ち頭を下げた。

 今の彼女は先程までの穏やかな気質など微塵も感じられず、吸血鬼としての圧倒的な威圧感と畏怖を放っている。

 ……迂闊であった、彼女に亡き先代のスカーレット家の当主、即ちカーミラとゼフィーリアの両親の話をするのはご法度である事をクロノは思い出す。

 カーミラの威圧感でクロノの身体が震えていく、それほどまでの今の彼女は恐ろしい怪物へと変貌していた。

 

「――とにかくクロノ、私はお姉様を討ち倒し紅魔城の主になります。ついてきてくださいますね?」

「…………無論です。私はお嬢様と共にどこまでも歩むと誓っているのですから」

「ありがとう、クロノ」

 

 嬉しそうに微笑み、カーミラはそっとクロノの頬に口付けを落とす。

 甘美な口付けを受け、クロノは先程までの恐怖を霧散させながら、カーミラと見つめ合う。

 カーミラもまた、まるで童女のような無垢な笑みをクロノに向け、ありのままの自分を彼の前に曝け出していた。

 いずれは、自らの姉であるゼフィーリアを打倒し、スカーレットの当主として全てを跪かせる覇者へと道を歩むと決めたカーミラであったが、今だけは目の前の青年との甘い時間を愉しんでいく。

 誇り高い吸血鬼としてではなく、カーミラとして過ごせるこの一時は、彼女に確かな安らぎを与えていたが。

 

「――あらあら、可愛らしいものね」

 

 その一時を邪魔しようとする無粋な存在が、突如として2人の前に姿を現した。

 

「っ、何者だ!?」

 

 カーミラを守るように移動しつつ、クロノは突如として自分達の前に現れた女性を睨み付ける。

 吸血鬼の殺気を真っ向から受けながらも、赤髪の女性は不敵な笑みを崩さぬまま背中に生えた大きな白い翼を広げつつ、自らの名を明かした。

 

「はじめましてカーミラ・スカーレット、ワタシはアリア・ミスナ・エストプラムと申しますわ」

 

 そう言って、アリアはカーミラに向けて恭しく頭を下げた。

 けれどその態度にはカーミラに対して微塵も敬意を払ったものではなく、当然それに気づかない筈がないカーミラは眉間に皺を寄せ額に青筋を浮かべる。

 

「……自殺志願者ですの? だとするなら、すぐに消して差し上げますわ」

 

 右手を空に翳すカーミラ、すると一瞬で彼女の右手に刀身が炎で形成された巨大な剣が姿を現した。

 その剣から溢れ出す魔力はただ凄まじく、けれどアリアは浮かべた笑みを消そうとはしない。

 

「それがスカーレット家に伝わる魔界の宝具である“レーヴァテイン”ですか。魔界の業火で作られた実体の無い魔剣……成る程、さすがと言っておきますわ」

「もう喋らなくて結構よ、お前のその胡散臭い笑みと声を聞くだけで先程までの甘美な時間が穢されていくような気がしてなりませんの。――クロノ、少し下がってくださいな」

「りょ、了解しました」

 

 急ぎその場から離れるクロノ、このまま場に居れば間違いなく巻き込まれるからだ。

 カーミラが持つ炎の魔剣“レーヴァテイン”は、形こそ剣に似ているが実際は武器というよりも“兵器”と呼ぶに相応しい力を持っている。

 一振りであらゆるものを燃やし尽くし、消し炭にする獄炎の剣であるレーヴァテインは高い再生能力を持つ吸血鬼の肉体すら容易く灰燼に帰す。

 並の妖怪ならば掠るだけで即死、大妖怪と呼ばれる存在であってもまともに受ければその身を文字通りその熱によって消されてしまうだろう。

 故にカーミラがレーヴァテインを用いる時は、何人たりとも彼女の傍に居てはならない。

 

 一方のアリアはというと、今更ながらにカーミラに恐れをなしたのか一向に動かない。

 諦めたか? 否、彼女はカーミラが臨戦態勢に入っているというのに、肩を竦めるだけで構えもしていなかった。

 その態度が気に食わず、ギリと歯を強く噛み締めながらカーミラはレーヴァテインに更なる魔力を込めていく。

 それに比例してレーヴァレインの炎は勢いを増していき、そこで漸くアリアは表情を変え……一瞬で大太刀すら超える長さを持つ長剣を右手に持ち切っ先を彼女に向けた。

 

「さすがの魔力ですわね、“あの子”が持っていた時よりも遥かに強い」

「…………?」

「ですがどんなに強い力の持ち主であろうとも、未来は変わりませんわ。

 カーミラ・スカーレット……本来ならばあなたは姉であるゼフィーリア・スカーレットに破れそこに居る恋人のクロノと共にこの世界から消える、ならば……今ここで消えた所で違いはないでしょう?」

「預言者気取りかしら? 本当に忌々しい女……」

「ワタシにそのような能力はありませんわ。ただ()()()()()()()()()()()()()()()()。フフ……ワタシが恐いのかしら」

「もう喋らないで頂戴。耳障りなのよ!!!」

 

 激昂し、アリアに向かっていくカーミラ。

 それをつまらなげに見ながら、アリアは自らが持つ神剣『バハムーティア』を握る手に力を込め、真っ向から彼女を迎え撃った――

 

 

 

 

「――刹那様は、貴様が殺したのか?」

「…………」

 

 呪狼の槍が、龍人の心臓を貫こうと向けられる。

 問いに答えねばその身体を貫く、士狼の表情はそう物語っていた。

 

「龍人、下がれ!!」

「龍人様、ここは我々にお任せを!!」

 

 すぐさま妖忌と藍が動きを見せ、龍人を守るように士狼の前に出る。

 既に妖忌は桜観剣を抜き取っており、藍も両手に狐火を展開していた。

 しかし――龍人はそんな2人の肩に手を置き、自分から再び士狼の前に出てしまった。

 

「龍人様!?」

「おい、何をしておる龍人!!」

「大丈夫だ妖忌、藍、大丈夫だから」

 

 安心させるようにそう告げてから、龍人は再び視線を士狼に向ける。

 ……強い敵意と、憎しみが渦巻いている視線が自分を貫いていた。

 それのなんと恐ろしく……悲しい事か。

 龍人は一度瞳を閉じてから……士狼の問いに答えを返す。

 

「……ああ。俺が刹那の命を奪った、俺1人で勝ったわけじゃないけどあいつの命を奪う切欠を作ったのは俺だ」

「っ」

 

 士狼の瞳に、先程以上の憎しみが湧き上がっていく。

 それを感じ取ったのだろう、他の者達がすぐさま龍人を庇おうと動きを見せ――その全員の目の前に、紫のスキマが展開された。

 

「紫様!?」

「おい紫、何のつもりじゃ!?」

「……龍人の話はまだ終わっていないわ、一先ずみんな動かないで」

 

 視線を龍人と士狼から外さないまま、紫は全員に動くなと命じる。

 当然誰もが紫の態度に難色を示すものの、結局いつでも動けるように身構えながらも事の成り行きを見つめる事にした。

 

「…………やはり、刹那様はお前達に敗れたのか」

「……俺が憎いか? 殺してやりたいか?」

「……いや、弱肉強食のこの世界で敗者に待つのは死だけだ。刹那様はお前達に敗れた、ただそれだけの……」

「嘘だな。お前の目はあいつの命を奪った俺に復讐してやりたいって目だ」

「…………」

 

 士狼は応えない、だがその無言が龍人の言葉を肯定している証であった。

 そんな彼を見て何を思ったのか、龍人は口を開き――場に居た全員が驚愕する言葉を言い放った。

 

「――俺を殺してやりたいのなら、仇を討ちたいのなら……好きにしろ」

 

「なっ――」

「龍人様!?」

「何を言っておる龍人! 正気か!?」

「ああ、正気だ。でも勘違いするなよ? 好きにしろと言ったけど……抵抗しないとは言っていない」

「…………何?」

 

「俺だって命は惜しい、それに何より……俺が死んだら悲しんでくれる人達が居るんだ。それなのに俺の勝手な都合で死ぬわけにはいかないさ。

 でもだからってお前の気持ちも無碍にしたくない、だから――今は傷を癒して、もっと腕を上げて俺の命を奪いに来い」

「――――」

 

 目を見開き、士狼はその場で固まってしまった。

 当たり前だ、今の龍人の言葉はそれだけ彼にとって驚愕に値するものであり、また理解できないものだったからだ。

 敵である自分の復讐心を否定せず、受け入れようとするなど理解できる筈がない。

 

「何度だってお前と戦ってやる。お前の中の憎しみが薄れて別のもので補えるようになるまで……何度だってお前とぶつかり合ってやる。

 だから今はおとなしくしてろ、美鈴達のおかげで命拾いしたとはいえ“核”を一度失ったんだからな」

(……まったくもぅ、またああやって自分から面倒事を増やすんだから)

 

 内心彼の言葉と行動に呆れつつも、彼らしい選択に紫は口元に笑みを浮かべていた。

 たとえ敵であったとしても、分かり合えるかもしれない相手には手を差し伸べる。

 彼らしい甘い選択だ、けれど同時に自分の命を投げ出そうとせずに皆の為に生きようとする確かな意志も感じられた。

 それが紫には嬉しい、彼がちゃんと自分達を遺さずに生きようとしてくれるのがわかるから。

 

「…………何故だ? 何故お前は敵である俺に対しても歩み寄る姿勢を見せる? 命を狙われて、何故そのような考えが抱ける?」

「……俺には夢があるんだ。いつか……遠い遠い未来になるだろうけど、人と妖怪が同じ道を歩み仲良く暮らせる世界にしたいって夢が」

「…………」

「そんなの無理だって思うだろ? 俺だって否定はできないさ、どんなに足掻いたって願ったって現実はいつだって自分の思う結果を見せてくれない。

 だけどさ、だからって諦めたくないんだよ。だって同じ世界に生きている者同士なんだ、分かり合えないままでいるのは……きっと、悲しい事だと思うから」

 

 だから龍人は諦めない、たとえこれから何百年……それ以上の年月が必要としてもだ。

 人も妖怪もそう簡単に変わりはしない、でも変わっていけないわけではない。

 既にその一歩は幻想郷という小さな世界を生み出している、それが少しずつ少しずつ広がっていけば……やがて、世界の全てを幻想郷のようにしてくれる。

 確証なんてきっとない、それでも龍人は諦めたくなかった。

 そしてその夢は彼だけのものではなく、彼の隣に移動して士狼を見つめる紫の夢でもあった。

 

「…………他者との繋がりを求め、協力する。甘い夢だ……」

「その甘い夢によって変われた者達も居るのよ士狼、だから私は彼に賭けているの」

「…………」

 

 槍の切っ先を下ろす士狼、既に彼の瞳には先程までの憎しみや怒りの色は見られない。

 

「……我が主の命を奪ったお前は許せん。だが今の俺ではお前には勝てないとわかった、腕を上げ……必ずお前の命を奪ってみせるぞ」

「ああ、いつでも来い。何度立ち向かってきても俺はお前に勝ってみせる」

「…………」

 

 龍人の言葉には何も返さず、士狼は一瞬でその場から消え去った。

 静寂が訪れる大広間、けれど少しずつ緊迫した空気は霧散していった。

 

「――本当に甘い奴らよな。牙が折れている今が滅ぼすチャンスだというのに」

「アイツとはいつか分かり合える気がする、だから命を奪うような事はしたくなかったんだ」

「…………まあよい。こちらに迷惑が被らなければ関係のない話だ」

 

 そう言って、ゼフィーリアはいまだに硬直している低級悪魔達に新たなワインを出すように告げる。

 紫も龍人と共に席に座り、少し冷めてしまった食事を再開するのであった。

 

 

 

 

「――く、はっ……!?」

「カ、カーミラ!!」

 

 血反吐を吐き膝をつくカーミラに、クロノは悲痛な声を上げる。

 だが今のカーミラに彼の声に対する反応を返す余裕はなく、震える足を叱咤しながらどうにか立ち上がり、自分を見下すように見つめるアリアへと憤怒の視線を送った。

 対するアリアはそんな彼女を嘲笑うかのように、口元には邪悪で歪んだ笑みを浮かべていた。

 

(どうして……!? 何故、この私がこんな得体の知れない女に……!)

 

 レーヴァテインの炎が、そんな彼女の驚愕と不安、そして隠し切れない恐怖を表すかのように縮小していく。

 すぐに片が着く、そう思っていたカーミラの予想は見事に裏切られてしまっていた。

 得体の知れない1人の妖怪に、吸血鬼であるカーミラは完全に弄ばれその身を蹂躙されるという屈辱を味わっている。

 それだけでも彼女にとって狂いたくなるほどの衝撃だというのに、剣を交えたからこそカーミラは目の前の存在が未だに本気を出していない事を理解してしまっていた。

 

(ありえない……五大妖でもない妖怪が、レーヴァテインを使う私に対してここまで一方的なんて……)

 

 困惑と衝撃が絶えずカーミラの脳裏を濁らせていく。

 ……勝てないと、自分では目の前の異端には適わないと知りながらも、カーミラは決して逃げの一手は選ばない。

 それは吸血鬼としてのプライドが許さなかった、尤も――その選択はある意味では愚かと捉えられる選択かもしれない。

 

「さすが神剣と呼ばれた神造兵器ですわね……炎の魔剣と名高いレーヴァテインの使用者でも、まるで赤子扱いとは」

「ぐ、この……!」

 

 地を蹴り、一気にアリアとの間合いを詰めるカーミラ。

 瞬時に己の魔力をレーヴァテインへと込め、一瞬で臨界まで達した炎の刀身を敵である彼女に向けて振り下ろした。

 

「甘い」

「――――」

 

 だが、不発。

 カーミラの渾身の一撃は容易くアリアの神剣によって弾かれ――返す刀で、アリアはカーミラの腹部に神剣を突き刺し地面に縫い付けてしまった。

 

「が、ぶ……っ!?」

 

 吐血するカーミラ、激痛が全身に響くがそれを無視して彼女はすぐさま抜け出そうとして……指一本動かす事ができなくなっていた事に気づく。

 まるで吸血鬼の弱点の一つである銀の武器で縫い付けられたかのように、カーミラの身体はぴくりとも動かなくなってしまっていた。

 

「如何に頑強な肉体と高い再生能力を誇る吸血鬼とはいえ、この神剣にその身を貫かれて動ける筈がないでしょう?」

「ぐ、ぐ……!?」

 

 指一本動かす事もできず、カーミラはアリアを睨み付ける事すらできなかった。

 

「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 その光景を見て、クロノは我を忘れアリアに吶喊していく。

 さすがに若い吸血鬼だけあり、その速度は天狗に匹敵するほどに素早い。

 秒も待たずにクロノはアリアとの間合いをゼロにして、相手の首を薙ぎ払おうと右手の爪を全力で振り下ろし。

 

――アリアが、彼に向かって左指を軽く縦に振った瞬間。

 

――彼の身体が左右二つに分かれ、地面に落ち……動かなくなった。

 

「――――え」

 

 目の前に落ちた最愛の恋人だった肉片を見て、カーミラの思考は停止する。

 ……何が起きたのか、今の彼女には理解できない。

 

「今ここで消えた所で違いはないと言ったでしょう? 安心なさいな、あなたの精神もいずれ消え……あの世で、一緒になれるでしょうから」

「…………クロノ」

 

 カーミラが呟くように恋人の名を呼び――それが彼女の最期の言葉となった。

 ……動かなくなったカーミラを見て、アリアは薄い笑みを深めていく。

 

「……所詮、妖怪という存在はいずれ人間によって淘汰され、見苦しく生き延びたとしても「妖怪とは違う何か」に成り下がるだけ。ならば今消えたとしても変わりはしない……そうでしょう? 八雲紫」

 

 そう呟いて、アリアの姿がカーミラごとこの場から消え去る。

 残ったのは哀れな吸血鬼の青年の骸と……館中から漂う、血の臭いだけであった……。

 

 

 

 

To.Be.Continued...




最近更新が滞って申し訳ありません。
少しでも楽しんでいただければ幸いに思います。

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