妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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刹那の部下達に勝利した紫達。
すぐさま彼女達は、大神刹那と戦っているであろう龍人の元へと急ぐのであった……。


第69話 ~VS獣の王~

 

 

「――しかしあの小僧、一体何処まで離れたというのだ」

 

 ぶつくさ文句を言うゼフィーリア。

 自分達の戦いが終わり、紫達は今度こそ龍人の元へと向かおうとして……彼があの場から刹那と共に大きく離れた場所に移動している事に気づいた。

 おそらく周囲の被害を考えたが故の移動だったのだろう、既に紫達はゼフィーリアが統治している土地から離れ山岳地帯へと到達しようとしていた。

 

「っ、向こうです!!」

 

 美鈴が龍人の“気”を察知し、そちらの方向を指差す。

 すぐさま紫達はその方向へと飛んでいき、刹那と対峙している龍人を見つけた。

 

(よかった……まだ生きてる……)

 

 肩で大きく息をしながらも、存命である龍人の姿を見て紫は内心安堵した。

 ……しかし、と。2人の周囲を見て誰もが言葉を詰まらせる。

 龍人と刹那、2人の周りの地面は所々が大きく抉れ、幾つもの岩山は根元付近まで粉々に砕かれていた。

 それだけのぶつかり合いが起こったのだろう、と――戦っていた2人が紫達に気づき視線を彼女達に向ける。

 

「紫、みんな……」

「……どうやら本命が来たようだな」

 

「龍人様!!」

「龍人さん、加勢します!!」

 

 彼の安全を確認した藍と美鈴が、すぐさま加勢しようと動きを見せる。

 

「待てい」

『ぐえっ!?』

 

 しかし、ゼフィーリアがそんな2人の首根っこを掴み制止してしまった。

 咳き込む2人を放置しつつ、地面に降り立つゼフィーリア。

 続いて紫達も、2人の背中を優しく擦りながらそれに続き……刹那を睨み付ける。

 

「テメエらが全員生きてるって事は、士狼達は死んだか……」

「士狼だけは生かしているわ。あの男はあなたには勿体無い程の男だから」

「はっ、甘い女だ。生かしておいて後悔する事になるぞ?

 ――まあいい、とにかく本命が来た以上……遊びは終わりにするか」

 

 瞬間、周囲に重苦しさすら感じられる突風が吹いた。

 刹那が自身の妖力を解放したのだ、その強大すぎる力は空気を震わせ紫達はおもわず一歩後ろに後退してしまう。

 相も変わらず凄まじい力だ、五大妖の名を預かる妖怪は等しく規格外であると改めて思い知らされた。

 自然に紫の頬に冷や汗が伝い、藍と美鈴に至っては刹那が開放した妖力に圧倒されたのか戦意を喪失してしまっている。

 その中で――ゼフィーリアだけは、表情を変えずに腕を組みながら刹那を見つめていた。

 

「少し待ってろゼフィーリア・スカーレット、こいつを始末したら……次はテメエだ」

「気安いな大神刹那、吸血鬼である余を殺すとは大きく出たが、それが貴様にできるのか?」

「できねえと思ってんのか? このオレを誰だと思ってやがる?」

「いやいや、貴様の力そのものは認めているよ。さすが五大妖の名を持ち、獣の王と呼ばれるだけの事はある。しかしだ――貴様にその小僧が始末できるのかと言っている」

「…………ほう?」

 

 その言葉に、ピクリと反応を示す刹那。

 額に青筋を浮かばせ、徐々に牙を露わにしながらゼフィーリアに対し確かな憤怒の表情を見せていく。

 

「それは一体どういう意味だ? オレが……そこの半妖風情に負けるとでも?」

「さて、な。しかし大神刹那よ、余にはお前の“運命”が視えぬ。故にお前の未来がどんな結果に終わるのかがわからぬのだ」

「だからオレがこいつに負けると? 笑わせるな、このオレが……この大神刹那様が、たかだか半妖風情に負けると思うか!!」

 

 激昂する刹那、その声が爆風となり紫達に襲い掛かる。

 それにどうにか耐える紫達とは対照的に、ゼフィーリアは涼しい顔でそれを受け流しつつ、言葉を返した。

 

「大神刹那、五大妖と呼ばれた男が時代の流れも見えぬのか? もはや人と妖怪の関係は変わりつつある……争い合い憎しみ合うだけでは、待っているのは互いの破滅のみ」

「だから、オレのような絶対的な力を持つ者が支配していけば良い。人間なんぞ数だけが多い脆弱で醜い下等種族だ」

「力での支配は永くは続かんよ。これからの時代に必要なのは……“共存”だ。そしてそこの小僧とここに居る八雲紫は、その道を歩み始めている」

 

 そう言って、ゼフィーリアは紫の頭をポンポンと叩く。

 

「お前は自分の気に入らぬ存在全てを敵と認識し、その力で容赦なく叩き潰す。そのような道を歩み一体何が残る?

 他者を見下し、嘲り、そしてまた敵を作る。修羅への道を歩むなど時代錯誤も甚だしいぞ?」

「黙れ。力こそオレ達妖怪の全てだ、人と共存だと? 夜の一族である吸血鬼が人間と共存などという言葉を吐き出すとはな……反吐が出やがる」

「…………」

 

 冷たい目、まるで自分以外の全ての生き物を憎み殺そうとしている目を、刹那は見せている。

 それは本当に恐ろしくて、けれど同時に……哀しい目だと、紫はそう思った。

 自分の力以外信じていない目、この世の誰も信じずに前を向き続けている目だから……とても、哀しく映っている。

 

(どうして、あんな目をまま生きていられるの……?)

 

 紫にはわからない、生まれてから龍人達に出会うまで、ずっと独りだったからこそ自分から独りになろうとする刹那の考えが理解できない。

 孤独は本当に辛くて、苦しくて、悲しみしか与えないものだ。

 龍人達に出会う事がなければ、紫はあの場で殺されていたし、たとえ生き延びたとしても……いずれ全てに絶望して自ら命を断っていただろう。

 そこまでの痛みを孤独は与えてくるのだ、だというのに刹那はあんなにも強い力を持ち士狼という忠誠心の高い部下を持っていながら孤独になろうとする。

 それが紫には理解できず……同時に、怒りさえ沸いた。

 

「――可哀想だな、お前」

 

 そんな紫の心中を代弁するかのように。

 今まで沈黙を保っていた龍人が、憐れみを込めた声で上記の言葉を口にした。

 

「……あ?」

「そんだけ強いのに、お前を主として認め命を懸ける部下だって居るのに、それを理解せずに力だけしか信じないお前は……可哀想だって言ったんだ!!」

(龍人……)

 

「テメエのような半妖風情が、オレに対して同情だと? 随分なめてくれるじゃねえか……手加減してやってるのに気づかない餓鬼のくせによおっ!!」

「…………」

「わからねえのか? テメエは手加減してるオレにすら適わねえんだ、遊んでもらってる分際で……何様だテメエ!!」

「……わかってるさ、お前がわざわざ加減して戦ってた事ぐらい……俺だって強くなったけど、まだまだ力ではお前には適わない事ぐらいわかってる」

(やっぱり……)

 

 刹那とたった1人で戦って、まだ龍人が生きている時点で予想はできていた。

 彼は龍人に対してまるで本気を出していない、ただの暇潰しとして相手をしていただけ。

 如何に龍人があの時よりも成長しているとはいえ相手はあの五大妖だ、絶対的に埋められない差というのは存在する。

 

「なら何故立ち向かう? テメエじゃ絶対にオレには勝てねえんだ、脆弱な人間の血が混じった汚い半妖が……オレに立ち向かう事自体が大罪だってわからねえのか?」

「…………」

「父親との因縁か? だとしたらお前……本当の阿呆だな」

「っ」

 

 龍人の表情が怒りのものに変わる。

 

「そんなくだらねえ事で命を落とす結果を引き寄せる、弱いテメエは一生縮こまって生きてりゃ良かったのによ。――テメエがオレに立ち向かってきたせいで、後ろの奴等は全員死ぬんだ」

「っ!?」

『ひっ!?』

 

 殺気と威圧感が、初めて紫達に向けられた。

 その冷たく纏わりつくようなそれは、瞬く間に紫達の身体を動けなくしていった。

 歯を食いしばってそれに真っ向から立ち向かう紫だが、横に居た藍と美鈴は短く悲鳴を上げその場で座り込んでしまった。

 だが無理もあるまい、もはや刹那が紫達に向けるそれは呪いと同じだ。

 ゼフィーリアは平然としているが、妖忌は紫と同じくどうにか耐えているといった状態である。

 

「やいやいやい! さっきからえらそーに何難しい話してんのよ!!」

「……ああ?」

「チ、チルノ……?」

 

 そんな中、左手で刹那を指差し何やら喚いているチルノに全員の視線が向けられる。

 このような殺気の中で平然としている事に紫は驚きを隠せず……しかし、すぐにその理由を理解する。

 簡単だ、彼女は紫や妖忌のように刹那の殺気を向けられて耐えているのではなく。

 

(そもそもあの子、刹那の殺気を殺気と認識してないのね。どんだけ鈍いのかしら……)

 

 ある意味では凄いと思うが、あれではただ刹那の怒りを買うだけだ。

 

「チルノ、下がってろ!!」

「う?」

「こいつは……俺が倒す!! 俺が越えなきゃなんない壁なんだ!!」

 

「っ、テメエは……どこまでこのオレを怒らせれば気が済むんだコラァッ!!!」

(拙い……!)

 

 紫達に向けていた殺気を更に増しながら、刹那はそれを龍人1人に向けた。

 もう遊びはここまでだ、ゼフィーリアという刹那にとって始末するべき存在が現われた以上、彼は容赦なく龍人を殺す。

 間に合うか、紫はすぐさまスキマを開こうとして。

 

「――もう、ガキのままじゃいられねえんだ。守りたいもんが沢山できた……だから、今ここでお前なんかに負けるわけにはいかねえんだよ!!」

 

 激昂する龍人の、そんな言葉を聞いて。

 紫は――彼の“変化”に気がついた。

 

「えっ――?」

「………?」

 

 おもわず、刹那も動きを止め龍人を見やる。

 ……彼の身体に、凄まじい電気エネルギーが纏わり始めた。

 だがそれは何度も見た「雷龍気」による現象だ、それだけでは今までと何も変わらない。

 しかし、今の龍人の身体には「雷龍気」による電気だけでなく――「風龍気」による風も宿っていた。

 

「雷龍気……プラス、風龍気……“(ふう)(らい)(りゅう)()”、開放!!」

「風、雷龍気……」

 

 雷龍気と風龍気は、それぞれ何度も見た事がある。

 だが、その2つを同時に発動する所を見たのは、紫も初めてであった。

 

「何かと思えばくだらねえ手品か……そんなもんでこのオレを」

「はぁ……はぁ……」

(龍人?)

 

 彼の息が上がっている事に気づき、紫は首を傾げる。

 先程まで、彼の息は上がっていなかった筈では……。

 

(まさか……)

「はぁ、はぁ……そのまま、俺を侮ってろ。刹那!!」

「ああ、そうさせてもらうぜ。所詮テメエが何をしようが、オレには届かねえんだよ!!」

「…………」

 

 体勢を低くして、右手で拳を作る龍人。

 仕掛けるつもりだ、しかし刹那は彼を馬鹿にするかのように薄く笑みを浮かべ余裕を見せていた……が。

 

――瞬間、龍人の姿がその場から消え。

 

――彼の右の拳が、刹那の顔面へと叩き込まれた。

 

「―――!!?」

「えっ!?」

「なんじゃと!?」

「ほう……」

 

 ゼフィーリアを除く誰もが、目を見開き驚きの表情を浮かべる。

 ……見えなかった、龍人の拳が刹那の身体に叩き込まれるまで。

 凄まじい、などという表現では追いつかない速度、明らかに今までの彼の動きとは違っていた。

 一体何をしたのか、紫達がそう思った時には、既に龍人は四撃もの打撃を刹那に叩きつけていた。

 

「が、ぶ……!?」

 

 しかしその一撃一撃は重く、五大妖である刹那の身体にも明確なダメージを与えていた。

 吐血し、その顔に驚愕の色を宿しながらも、刹那はすぐさま我に帰り反撃に移る。

 

「ふざけやがって……調子に乗るな!!」

 

 放たれる右手の爪による一撃、怒りを込めたそれはまさしく必殺の一撃だ。

 だが――刹那の爪は虚しく空と地面を切るだけに留まり、すぐさま龍人の蹴りが叩き込まれ、刹那は後ろの岩壁に叩きつけられてしまった。

 

「……紫、お主……見えたか?」

「…………いいえ」

 

 紫も妖忌も、今の龍人の動きにまるでついていく事ができなかった。

 それだけの速度を以て彼は動いているのだ、もはや今の彼は妖怪の中でも速度に特化した天狗よりも遥かに速い。

 

「――雷の力で肉体を活性化させ、身体に風を纏わせて更に速度を上げるか。面白い芸当よな」

「ゼフィーリア、龍人の動きが追えるの?」

「辛うじて、だがな。しかし驚いた……速度だけならば余はおろか今まで見てきたどの生物よりも速いではないか、龍人族の力とはここまでのものとはな……」

 

 そう呟くゼフィーリアの口調は、あきらかな驚愕の色が込められていた。

 あれだけの速度ならばそのまま破壊力の向上にも繋がる、事実として龍人の攻撃は確実に刹那へと届いているのだから。

 しかしだ、あの異常なまでの速度を維持したまま動くという事は……。

 

「貴様も気づいたか紫、あの小僧……あのままでは死ぬぞ」

「…………」

「あれだけの速度で動いているのだ、それだけ肉体が受ける負担と衝撃は相当なものだろう。止めた方がいいのではないか?」

「……まだ、その時ではないわ」

「???」

 

 

「ぐ、が、ぁあ……」

「はぁ……はぁ……はぁ……」

「ぐ、こんな事が……こんな事があってたまるか!! このオレが、五大妖であるこのオレがこんな半妖なんぞに!!」

 

 今の自分の状況が信じられず、刹那は憎しみを込めた瞳で龍人を睨みつつ激昂する。

 しかしそんなもので現実は変わらず、立っていられないのか刹那は膝を地面に付けどうにか倒れる事を耐えるほどに追い詰められていた。

 

(くそったれ……このまま、やられてたまるかよ!!)

 

 五大妖としての誇りが、彼に敗北を認めさせない。

 とはいえこのままではやられるだけ、どうすればいいと目まぐるしく思考を巡らせ――彼は、ある事を思い出す。

 それと同時に彼は奇妙な動きを見せる、右手の平を大きく開き、そこに自分の血を満遍なく付着させたのだ。

 その行動に龍人はおもわず攻撃を仕掛けるのを止め、刹那はその右手を地面に付け妖力を放った。

 

 瞬間、彼の手を中心に煙が挙がり、中から人型の物体が現われた。

 どうやら口寄せの類で何かを連れてきたようだ、やがて煙が晴れていくと中に居た存在が視界に入り。

 

「えっ、士狼……?」

 

 龍人の呟き通り、現われたのは倒れたままの今泉士狼であった。

 彼の四肢を拘束していた紫のスキマは無く、それに気づいた士狼はすぐさま立ち上がって。

 

「――――え」

 

 気がついたら。

 彼の胸部辺りから、刹那の腕が生えていた。

 

「刹、那……様?」

「士狼、最期くらいオレの役に立って死にやがれ」

 

 そう言って、刹那は士狼の身体を貫いた腕を引き抜き、彼の身体から何かを取り出した。

 士狼の血によって赤黒くなったそれは、僅かに脈打つ球体であった。

 心臓とは違う、けれどその物体からは高密度の妖力が発せられていた。

 

(あれは……核!?)

 

 そう、紫の言う通りその物体は“核”と呼ばれる妖怪特有の器官の一つであった。

 妖怪が持つ妖力を生成するための器官であり、人間でいう所の心臓に値するほどの部位である。

 それを容赦なく抜き取った刹那の非道さにも驚いたが、なんと――刹那は士狼の核を口に含みそのまま飲み込んでしまった。

 

「お前……何やってんだ!!」

 

 叫び、先程と同じ速度で刹那に迫り拳を放つ龍人。

 だが――先程まで吸い込まれるように当たっていた彼の打撃を、刹那は軽々と避け後方へと跳んだ。

 

「っ――!?」

「調子に乗りやがってよ、もうテメエの攻撃なんぞ当たらねえぞ?」

「な、なんでだ……なんで仲間にこんな事をするんだ!?」

「仲間? テメエのくだらねえ価値観に当て嵌めようとすんじゃねえよ、オレ以外の人狼は等しくオレの駒であり、道具であり、消耗品だ。

 役に立って当たり前、役に立てねえのは道具以下のクズだ。だから使ってやったんだよ、役立たずの命をな」

「――――」

 

 その言葉を聞いて、龍人の心が一気に冷え込んだ。

 凄まじいまでの憤怒の表情を浮かべながらも、龍人は激昂する事無く――倒れた士狼を抱きかかえ紫達の元へと戻っていく。

 彼の行動に紫達は怪訝に思い、次に放たれた言葉で全員が驚愕する事になった。

 

「美鈴! 頼む、“気”の力でこいつを助けてくれ!!」

「えっ!?」

「ちょ、ちょっと待ってください龍人様!! 本気で言っているのですか!?」

「頼むよ!! こいつの身体、どんどん冷たくなってきてる。このままじゃ……!」

「正気か龍人、こやつは敵じゃぞ?」

「わかってる、だけど……だけどさ!!」

 

(…………龍人)

 

 悲痛な願いを放つ龍人を見て、紫は彼の心中を理解した。

 彼は理不尽な死を認めたくなくて、敵である筈の士狼を助けたいと思っている。

 それはあまりにも愚かな考えだ、命を奪おうとしてきた敵を助けるなど本来ならば認められない。

 けれど――理不尽な死を認められないのは、紫も同じであった。

 

「――美鈴、龍人の頼みを聞いてあげて」

「紫さん!?」

「紫様、何を仰るのですか!?」

「わかっているわ藍。でもこの男はまだここで死んで良い命ではないと判断したの、だから……」

「………………わかりました」

 

 そこまで言われてはと、まだ納得はできなかったものの美鈴は両手に“気”を集めると淡い光が両手に宿り、士狼の傷口へとそれを当てていく。

 傷自体はすぐに治り始めたものの、やはり“核”を奪われた影響か、士狼の生命の息吹は今にも消え去りそうになっていた。

 

「くっ……駄目です、私の“気”だけじゃ失った“核”の再生までは……」

「頑張ってくれ、美鈴!」

「わ、わかっていますけど……」

 

 しかし、先程の戦闘でもかなり“気”の力を使ってしまった。

 これ以上は美鈴の身体自体が保たない、だんだんと“気”の力が弱まっていっているのか、彼女の両手の光が小さくなっていく。

 ここまでか、美鈴が諦めの境地に達しようとした瞬間――彼女の身体の中に凄まじい生命力が流れ込んでいった。

 

「いいっ!?」

 

 そのあまりに高濃度の生命力に、悲鳴に近い声を出してしまう美鈴。

 

「何をしている。さっさと余の生命エネルギーをこの男に注がんか」

「えっ……ゼフィーリアさん!?」

 

 そこで美鈴は漸く気づく、自分に送られるこの生命力はゼフィーリアが与えている事に。

 吸血鬼としての生命エネルギーはまさしく化物と呼べるものであり、美鈴は驚きつつもすぐさま“気”へと変換させながら士狼の身体に注ぎ込んでいく。

 すると、少しずつではあるが士狼の顔色が良くなっていく、これならば何とかなるかもしれない。

 

「……ゼフィーリア、貴女」

「礼はいらんぞ八雲紫、お前達は余を守ってくれただろう? 本来ならば必要ないとはいえ実際に守ってもらった以上、それ相応の礼を尽くすのがスカーレット家当主として当然の義務。――だが、あの駄犬の始末は頼むぞ?」

 

 言って、左手で刹那を指差すゼフィーリア。

 全員が視線をそちらに向けると、刹那は――心底可笑しいと言わんばかりに、笑っていた。

 

「く――はははははははっ!!! 正気か貴様等!? 敵である存在を救おうとするなど、筋金入りの阿呆だな!!」

「……ああまで言われてお前達は黙っているのか? ほれ、いってこい」

「…………ええ、そうね」

 

 スキマを開き、光魔と闇魔を取り出す紫。

 妖忌も桜観剣を抜き取り、その切っ先を刹那へと向けた。

 

「藍、チルノ、あなた達は下がっていなさい」

「ですが紫様……」

「九尾化の反動がまだ収まっていない以上無理をしてはいけないわ、チルノは……おとなしくしておきなさい」

「大丈夫、あたいだって強いんだから!!」

「……藍、この子をお願いね」

「あ、こら藍! 放しなさいよ!!」

 

 暴れるチルノを掴み上げ、藍は紫達から離れる。

 

「オレとやろうってのか? テメエらなんぞじゃ、勝てねえってわからねえのか?」

「フン……わしは貴様が気に入らん、それに剣士として逃げるわけにはいかぬのでな」

「刹那、今度こそ…お前を、倒す!!」

 

 息も絶え絶えだというのに、龍人の闘志は微塵も衰えを見せない。

 だが、そんな彼を紫は制止する。

 

「龍人、今は私と妖忌に任せなさい」

「紫……?」

「――貴方ならわかるでしょう? その意味が」

 

 龍人に視線を向け、紫がそう告げると……龍人ははっとした表情を浮かべ、数歩後ろに下がった。

 

「やはり阿呆は阿呆だな、まあいい……少しだけ遊んでやる、もうオレの勝利は決まったからな」

「さて……それはどうかしらね?」

 

 不敵に笑う紫、それが刹那の逆鱗に触れたのか。

 

「――そんなに死にてえのなら、まずはテメエから殺してやる。紫ぃっ!!!」

 

 激昂しながら、刹那は紫目掛けて真っ直ぐ向かっていき。

 それを、紫と妖忌は真っ向から迎え撃とうと刀を構え。

 

 

――獣の王との、最後の戦いを開始した。

 

 

 

 

To.Be.Continued...


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