妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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西洋の妖怪である吸血鬼、ロック・スカーレットと共にルーマニアへと赴く事になった紫達。
彼女達の戦いが、再び幕を開こうとしていた……。


第66話 ~紅魔城~

 

 

――バチバチと、焚火の火が爆ぜる。

 

「……んっ……?」

 

 その音に反応してしまったのか、妖怪の少女――八雲紫は金色の瞳を開く。

 まだ覚醒しきっていない頭のまま周囲を見渡すと、見慣れない光景が広がっていた。

 周囲に生える枯れた木々、寒々しい空気が流れる土地は彼女が生きる八雲屋敷でも幻想郷でもない。

 寒さからか彼女はぶるりと身体を震わせ、漸く頭の方も覚醒に至り……紫は自分が何処に居るのかを理解した。

 

 ここは幻想郷から遠く離れた土地、ルーマニア。

 その中部・北西部に位置するトランシルヴァニアという土地に向かっており、既に幻想郷を離れ半月という時間が流れていた。

 海を飛び、初めての土地に赴いた紫達は、僅かではあるが心身に疲れを見せ始めている。

 無理もない、この半月もの間ずっと野宿が続いているのだ、しかしそうせざるをえない状況にこの国は陥ってしまっている。

 

――この国は、紫達のような妖怪を討伐しようとする人間が多過ぎるのだ。

 

 無論東方の地でも妖怪は恐れられ、憎まれ、それを退治しようとする人間は沢山居る。

 しかしだ、このルーマニアの土地にはあまりにもそういった考えを持つ人間が多過ぎる、何の力も持たない所謂一般人と呼ばれる人間ですら果敢に妖怪に挑もうとするのだ。

 故に余計な混乱と問題を避けるため、紫達は極力人間の住む場所には近づかずに目的地に向かっていた。

 その結果、慣れない土地という事もあり他の者達――とりわけ藍と美鈴は特に疲れを見せている。

 今も寄り添うように眠っている2人からも、若干の疲れの色を感じ取る事ができた。

 半分人間である妖忌や不死人ではあるが元は人間だった妹紅も腕を組んだまま寝入っている、当初は進んで見張りを行っていたというのに……。

 

 一方、妖精であるチルノはルーマニアに来て余計に元気になっていた。

 彼女曰くこの土地は「よくわかんないけど力が貰えてる」らしい、妖精というのは西洋の生まれが多い故に彼女の力が増しているのかもしれない。

 案内役であるロックも住み慣れた土地故に疲れは見せておらず、あと1人……彼もまた、いつもの調子を崩したりは……。

 

「……龍人?」

 

 その彼――龍人の姿が見当たらず、紫は周囲を見渡すが見つからない。

 確か今の時間は彼が見張りの番をやっていた筈だ、だというのに何処へ行ってしまったのか。

 起き上がり、藍達を起こさないように静かにその場を離れ龍人を捜す紫。

 彼はすぐに見つかった、自分達が眠っていた場所からは目と鼻の先であり自分達の場所を視界に収められる地面の上に座りながら、彼は空を眺めていた。

 

「龍人」

「紫? 悪い、起こしちまったか?」

「いいえ、気にしないで」

 

 龍人の隣に座る紫、そのまま彼に身体を預ける。

 彼も紫が身体を預けやすいように体勢を変え、彼女を受け入れた。

 

「ちゃんと見張ってたぞ?」

「知っているわ。けれど傍に居なかったから心配したの」

「信用ねえのな、俺って」

「逆よ。信用しているからこそ……傍に居ないと不安になったの」

 

 女々しい言葉を放っているとはわかりつつも、紫はおもわず口に出してしまっていた。

 ……どうやら自分も、慣れない土地に半月も居るせいか心が不安になってしまっているようだ。

 精神に依存する妖怪故の弊害が、緩やかにけれど確実に紫の心を蝕んでいる。

 けれどそれは既に霧散し、暖かな安心感が紫の身体を包み込んでいた。

 彼が居る、最初の友人であり守り支えなければならない存在である龍人が傍に居てくれる。

 たったそれだけ、それだけで紫の心は豊かになった。

 

「もう寝た方がいいぞ? 明日には着くってロックが言っていたし」

「ええ、でもその前に一つ訊かせて? 結局介入する事になってしまったけど、どうして最初は断わったりしたの?」

 

 周囲に自分達以外の気配は感じられない、なので紫は疑問に思っていた事を訊く事にした。

 龍人は甘い、それも他者からすれば異常者だと言われてもおかしくはない甘さを持っている。

 困っている者を見ればたとえ誰であろうとも手を伸ばし助けようとして、今までだって何度も厄介な事態に巻き込まれ…けれど、その全てを解決し様々な勢力と協力関係を築く事ができた。

 尤も彼はそんな小難しい事は考えず、ただ「助けたいから助けた」だけなのだろうが。

 そんな困った…もとい甘い優しさを持った彼だからこそ、今回のロックの頼みも二つ返事で引き受けると思っていた。

 

 しかし彼は断わった、紫としては厄介な問題に首を突っ込まなくて済むと安堵したが…彼が断わるという選択肢を選んだのが理解できない。

 かれこれ彼とは数百年という付き合いなのだ、故に彼の心中は理解できていると思っていたのに……。

 

「あぁ、それか……」

「私は絶対に自分から首を突っ込んで厄介事に巻き込むと思っていたのに、断わったから驚いたわ」

「なんだか言葉に棘がある気がするんだが?」

「当たり前じゃないの。貴方の無鉄砲な行動で何度こちらの肝が冷えたか数えるのも億劫だわ」

 

 皮肉をたっぷり込めて、仕返しとばかりにそう言ってやると龍人は苦笑して紫から視線を逸らす。

 悪戯心がもう少し言ってやれと囁いてきたが、あまりやると可哀想なのでここまでにしておく事にした。

 

「……きっと前までの俺なら、紫の言う通り自分から首を突っ込んでたと思う。でもさ……チルノの事があって、あまり幻想郷から離れるのは良くないって思うようになったんだ」

「…………」

 

 チルノの事、というのは猛吹雪に見舞われた時の話だろう。

 確かにあの時は人と妖怪が共に暮らす幻想郷のバランスが崩れる事態にまで発展しそうになった。

 季節は春になり今でこそ表面上はチルノに対する風当たりは消え、人里で子供達と遊ぶ彼女の姿を目撃するようになっている。

 だが、それはあくまで表面上の話であり、今だって表には出ないが人間ではない存在に憎しみを抱く人間が幻想郷に居るだろう。

 

 無論彼等に非はない、あの猛吹雪で親兄弟を失った人間は数多く居る。

 けれど、あれを境に決して無視できない綻びが生まれたのも事実、このままではきっとそう遠くない未来で人と妖怪の共存の道は断たれるだろう。

 元々人と妖怪は相容れぬ存在、だというのに共存しようとすれば当然すんなりという話にはならない。

 それでも紫達はそれを望んでいる、たとえいずれ妖怪が「妖怪とは呼べない何か」に変貌したとしても……。

 

「まあ結局、首を突っ込んでるんだけどな」

「それは仕方ないわ。あそこで介入を拒めば幻想郷は吸血鬼の襲撃に遭ってしまう、この問題を解決する事が幻想郷を守る事に繋がるのだから」

「わかってるさ。ところで……俺達は結局何をすればいいんだ? 吸血鬼を全部ぶっ飛ばせばいいわけじゃないだろ?」

「当たり前でしょうに、貴方はもう少しその「なんでもぶっ飛ばして解決」っていう考え方を改めなさい」

 

 何百年経ってもこれである、今のような苦言が出てしまうのも致し方ないと言えた。

 あははーと渇いた笑いで誤魔化そうとする龍人をジト目で睨んでから、紫は説明に入った。

 

「吸血鬼には派閥があるらしいの、私達が向かっている紅魔城を拠点としているスカーレット家が束ねるゼフィーリア・スカーレット。こっちは比較的穏健よりな考えを持つ勢力よ。

 対してもう一つは他の妖怪や人間を支配して吸血鬼の国を作ろうと考えている過激派、スカーレット家当主であるゼフィーリア・スカーレットの異母姉妹であるカーミラ・スカーレット。

 現在吸血鬼は一部を除いてこの二大勢力に分類されているわ、そしてロックの話によると最近過激派の動きが活発になっているらしいけど…………龍人、聞いてる?」

「あ、うん……聞いてる聞いてる」

 

 曖昧な返事と態度を見せられ、紫はそっとため息をついた。

 彼のこの反応は明らかに聞いていないと言っているようなものだ、いや、聞いていないというより難しい話になりそうだと察して話半分に聞いていると言った方が正しいかもしれない。

 

「とにかく、私達はゼフィーリアと協力して過激派を止めようとしているの。止めないと過激派は人間に対し戦いを挑むだろうから」

「挑むだろうからって事は、まだ人間と吸血鬼の争いは起こってないのか?」

「表面上は、でしょうけどね。もう百年以上この土地では人間と吸血鬼の水面下での争いは起こっているみたいなの。

 吸血鬼は人間を野蛮で何の力もない脆弱な家畜と考え、人間は吸血鬼を自分達にとって脅威にしかならない化物と考えてる」

 

 今まで数多くの人間と吸血鬼が、命を失ったとこの旅の間でロックは紫に話してくれた。

 罪のない人間を面白半分で襲い、血を吸い眷属にしたり無作為に命を奪う吸血鬼。

 そんな吸血鬼を憎み、人間達は自分達に歩み寄ろうとする吸血鬼すら敵とみなし、それでも両者の関係を改善する為に歩み寄ろうとする吸血鬼達を無惨に殺し尽くす。

 泥沼化した両者の関係は堕ちる所まで堕ちているのだろう、だが……それでもゼフィーリアは人間との共存を考えているらしい。

 甘い、と言えばそこまでの彼女の考えに賛同する者は少なく、夫であるロックの始めとした彼女そのものに忠誠を誓う僅かな吸血鬼だけが残っているそうだ。

 

 無理もあるまい、人間を無作為に襲っているとはいえ同時に同族も殺されているのだ、それでも歩み寄ろうとしているゼフィーリアを理解できない吸血鬼が多いのは道理であった。

 しかし彼等はきっと気づいていない、このまま吸血鬼の力に心酔し人間達の領土に攻め入り勝利したとしても、待っている未来は自分達が望んだ結末には決してならないと。

 ()()()()()()()()()、力での支配は間違いだと気づいていないのだ。

 

「……姉妹で、争ってるのか」

「そうみたいね。親兄弟でも相容れないなら対立するのは人間も妖怪も変わらないみたい」

「…………悲しいな。せっかくの姉妹なのに」

 

 そう呟く龍人の悲しみを孕んだ声が、紫の耳に突き刺さる。

 義理とはいえあんなにも愛された親を失った彼からすれば、血の繋がっている姉妹で争うのが理解できないのだろう。

 

「とにかく明日には紅魔城に着く、見張りを後退するから龍人は眠りなさい」

「いいよ。紫だって疲れてるだろ? 頑丈さだけが取り柄なんだから大丈夫だって」

「疲れているのはお互い様の筈よ龍人、ここは私に甘えて―――」

 

 そこで、紫は言葉を切って立ち上がる。

 一瞬遅れて龍人も立ち上がり、すぐさま臨戦態勢に入ると同時に――何かが彼女達の前に姿を現す。

 現われたのは妖獣と呼ばれる妖怪になった獣、二足歩行で衣服も着ているが……全身が体毛に覆われており、何よりその顔立ちは人間のものではなく――狼のものであった。

 数は五、そのどれもが血走った目で紫達を餌として捉えており、口からは涎をポタポタと垂らしている。

 醜悪な光景に紫の表情が僅かに嫌悪感によって歪むが、彼女はすぐさま周囲に伏兵が居ないか探りを入れ始めた。

 万が一伏兵が居ては、近くで休んでいる藍達に危険が及ぶ、だが目の前に現われた人狼達以外の気配は感じられなかった。

 だが安心はできない、早急に目の前の障害を蹴散らして皆の元に戻った方がいいだろう。

 

「龍人、すぐに始末するわよ?」

「わかってる。――いくぞ!!」

 

 言うと同時に龍人はその場から消え――刹那、大砲じみた爆音と共に 人狼の一匹から悲鳴が吐き出される。

 他の四匹が同時に悲鳴が起こった同胞へと視線を向けると、悲鳴を上げた人狼は近くの木々を薙ぎ倒しながら吹き飛んでいく光景を視界に入れた。

 そして同胞が居た場所には、拳を突き出した龍人の姿が。

 たったの一撃、それも拳による一撃で同胞を軽々と吹き飛ばした目の前の少年に、他の人狼達は狼狽する。

 

――その隙を逃す、紫ではなかった。

 

 地を蹴り人狼達との間合いを詰めながら、紫はスキマを二つ開きそこからそれぞれ右手に光魔を、左手に闇魔を握り締める。

 それと同時に刀身に妖力を込め、右の光魔を一番自分と近かった人狼の首目掛けて一閃。

 風切り音を響かせながら放たれた斬撃は、あっさりと人狼の首を切り飛ばし、それを見届ける事はせずに紫は左の闇魔を上段から振り下ろした。

 そこで漸く残りの人狼達が動きを見せたがもう襲い、闇魔による斬撃は三匹目の人狼の身体を左右に切り裂き絶命。

 

「ガルウゥッ!!」

 

 残り二匹の人狼がそれぞれ紫と龍人に向かって鋭利な牙を覗かせながら噛み砕こうと迫る。

 流石狼の機動力と言うべきか、その動きは確かに速かった。

 だが速いだけだ、かつて戦った相手――鬼や天狗、人狼族の刹那や士狼に比べれば2人にとって止まってるも同意であり。

 

――紫の二刀による斬撃が人狼の身体を両断し。

 

――龍人の拳が、最後の人狼の顔に叩き込まれ、一匹目と同じように吹き飛び見えなくなった。

 

「……早速刺客でも送られたのかしらね」

「さあな、でも弱かったな……刺客じゃなくて野良妖怪なのか?」

「弱いのではなくて貴方が強いのよ龍人。――今のも本気ではなかったでしょう?」

 

 龍気を使わず、半妖故の少ない妖力だけで圧倒してしまった。

 尤も、紫自身も本気ではなかったし彼の言う通り先程の人狼達は弱かったというのもあるが。

 しかしだ、今のが自分達を始末する為に送られた刺客であろうとそうでなかろうと、急ぎこの場を離れなければ面倒な事になる。

 そう判断した紫は、龍人と共に皆の元へと戻ろうとして――再び身構えた。

 

「……誰だ? お前」

「ふーん……雑魚を送ったとはいえ、こうもあっさり倒されるなんて思わなかった」

 

 無邪気で少し幼い声を放ちながら紫達の前に姿を現したのは、まだ年端のいかぬ少女であった。

 ワインレッドに近い濃い赤色の長髪をストレートに下ろし、赤い瞳はルビーのような輝きを見せている。

 白を基調にしたワンピースタイプの衣服に身を包んだその姿はどこぞの令嬢を思わせる気品と美しさを醸し出しているが、内側から溢れ出そうとしているのは恐ろしいまでの狂気であった。

 美しい少女だが、当然このような狂気を孕んだ存在が人間である筈もなく……背中から生えている漆黒の翼が、彼女を妖怪だと示す証となっていた。

 そして彼女はただの妖怪ではなく、鬼に匹敵する力を持つ吸血鬼でありおそらく彼女の正体は……。

 

「……カーミラ・スカーレット」

「あら? よくわたくしの名前がわかりましたね、褒めてあげましょうか?」

 

 紫の言葉に少女――吸血鬼カーミラ・スカーレットは驚き、楽しそうにくつくつと笑う。

 屈託のない無邪気な笑みだが、彼女の力と狂気を感じ取れる紫にとってその笑みはただただ恐ろしく映った。

 ひとしきり笑った後、カーミラは視線を龍人へと向け口を開く。

 

「人間でも妖怪でもない下等な半妖、だというのにあれだけの力を持つとは……どう? わたくしの眷属になる気はないかしら?」

「……それは、お前の部下になれって事か?」

「言葉には気をつけなさい半妖、わたくしが慈悲深くなければ殺しているわよ?」

 

 無邪気さを消し、カーミラは初めて明確な敵意を紫達に向けた。

 その迫力は小さな少女の見た目とは裏腹に重く、気を張っていなければ心すら融かされてしまうほどに恐ろしい。

 しかしその中でも紫と龍人は真っ向からカーミラを睨み付け、そんな彼等を見てカーミラは再び屈託のない笑みを浮かべた。

 

「あら凄い、まあこの程度で萎縮してしまっては面白くありませんからね。今日は顔見せ程度ですからここで失礼させていただきますわ、答えは再び出会った時にでも」

 

 そう言って、カーミラは紫達に背を向けてゆっくりと去っていく。

 ……がら空きの背中だが、紫達は何もできなかった。

 それだけの力をカーミラから感じられたのだ、少なくとも目の前の彼女は大妖怪クラス……自分達2人だけでは勝てない。

 

「そういえば名前を聞いていませんでしたね。半妖、あなたの名は?」

「………龍人だ」

「龍人……覚えておきますわ、そっちの女は……いずれ殺しますから名乗らなくて結構」

「紫を殺す? ――じゃあ、お前は俺の敵だな」

「…………」

 

 凄まじい形相を浮かべ、カーミラを睨み付ける龍人。

 ビリビリと空気が震えるが、当のカーミラはその空気を一身に受けても口元の笑みを消す事はなく、そのまま闇の中へと溶け込んでいった……。

 

「……あれが今回の敵の親玉か、すげえ力だな」

「ええ。――とにかくみんなの所に戻りましょう」

 

 急ぎ、皆の元へと戻っていく龍人と紫。

 だが彼等が戻る前に、全員が2人の元へと駆け寄ってくる姿が見えた。

 

「紫様、龍人様!!」

 

 2人の姿が見えた瞬間、藍は安堵の表情を浮かべながらおもわず2人に向かって抱きついてきた。

 おそらく紫達の姿が見えない事とカーミラの力を感じ取り不安になったのだろう、心配をかけてしまった藍の頭を紫は優しく撫で落ち着かせた。

 

「先程まで、ここに凶悪な妖力を持った存在が居た……何者だ?」

「カーミラ・スカーレット、私達が対峙しなきゃいけない吸血鬼よ」

「っ、やはり先程の力はカーミラのものだったか……」

「も、物凄い妖力でした……あんなのと戦わないといけないんですね……」

「美鈴、怖気づいた?」

「だ、大丈夫です! この紅美鈴、相手がどれだけの相手だろうと逃げる事はしません!!」

 

 妹紅の言葉にそう返す美鈴だが、よく見ると足が震えていた。

 それを敢えて指摘する者は居ない、それに……カーミラの力を感じ取って恐れているのは、彼女だけではないからだ。

 

――それから紫達は、すぐさま出発した。

 

 一刻も早くゼフィーリアの一派に合流しなければ、また刺客を送られる可能性がある。

 そして数時間後……まだ夜も明けない内に、紫達は紅魔城へと辿り着いた。

 周囲を鬱蒼と生い茂る森に囲まれ、その中心に聳え立つ巨大な岩山の上に紅魔城は建っていた。

 

「凄い場所に建ってますね……」

「あれなら攻め入るには上空からしかないってわけか、なかなか理に叶ってはいるが……悪趣味な城じゃな」

 

 あんまりな妖忌の言葉に、けれどその場に居た誰もが…ロックですら否定の言葉を放つ事はできなかった。

 だがまあ仕方ないと言えよう、何せ紅魔城は――ひたすらに紅かったからだ。

 外壁も、屋根も、何もかもが赤一色、夜明け前なので普通の人間では黒く見えるが人外の彼等にはしっかりと紅く見えている。

 ……敢えて言おう、悪趣味であると。

 

「……先代の、即ちゼフィーリアとカーミラの父の趣味らしい。だがゼフィーリアも「吸血鬼らしい」と気に入ってるため、あのままなんだ」

 

 少し疲れたような口調でそう話すロック、どうやら彼も紅魔城の外観には困惑しているらしい。

 だが外観に対するツッコミなど無意味でしかないので、紫達はロックと共にさっさと紅魔城へと飛んでいく。

 大きな門の前には槍と鎧で身を包んだ人狼が二名おり、彼等は紫達を見て身構えるがロックの姿を確認するやいなや構えを解いた。

 

「ロック様、一体どこに行っておられたのですか!?」

「すまない、心配を掛けた」

「いえ、我々の事はいいのですが……その、お嬢様がですね……」

「あー……すまない、どうやら心配だけでなく迷惑まで掛けてしまったようだな……」

 

 歯切れの悪い人狼の言葉に、ロックは表情を苦々しいものに変えながらため息をつく。

 一体どうしたというのだろう、後ろに控えている紫達は揃って首を傾げた。

 と、人狼達は紫達を見て警戒の色を宿しながらロックへと素性を問うた。

 

「ロック様、後ろの妖怪達は……?」

「協力者だ、信用に値する者達だ。丁重に扱ってくれ」

「協力者、でありますか……?」

(困惑している……無理もないわね)

 

 紫達は招かれざる客でしかない、特に今のように吸血鬼同士の抗争の真っ只中なら尚更だ。

 しかしロックの言葉で人狼達は何も言わず、黙って紫達への警戒心を解いた。

 そのまま紫達は紅魔城へと入り……内装まで赤一色だったので、揃って呆れたような表情を見せる。

 

「目が悪くなりそうだな……」

「我慢してくれ。だが妻の前では紅魔城の悪口は言うな、不貞腐れるから」

 

 とはいうものの、おもわず言いたくもなってしまうと紫達は思った。

 床は赤いカーペットが敷き詰められ、壁も天井も赤一色。

 壷などの美術品などはさすがに違ってはいるものの、目に優しくない城なのは間違いなかった。

 このような悪趣味な城の主、一体どんな吸血鬼なのか……。

 

 

「――ロック、このような時に一体何処をほっつき歩いておった?」

 

 

 暫く城の中を歩き、玉座の間に続く扉まで来た紫達の前に、1人の女性がその扉の前に仁王立ちをしながら待ち構えていた。

 青みがかった銀髪を長く伸ばし、透き通るようなアクアマリンの瞳は美しく…同時に冷たい色を宿している。

 深紅のドレスに身を纏い、絶世の美女と呼べるほどの容姿と相まってその姿はまさしく女王。

 内側から溢れんばかりの力と迫力を放つ女性を見て、ロックは後退りながら彼女の名を呼んだ。

 

「ぬぅ……ゼ、ゼフィー……」

「……じゃあ、あれが」

 

 この城の主、ゼフィーリア・スカーレットという事か。

 ……確かにこの力は凄まじい、吸血鬼という種族を差し引いても大妖怪クラスを超えている。

 だが何故だろうか、確かに凄まじい威圧感と迫力を感じるが……不思議と恐ろしさはない。

 寧ろ親しみさえ覚える雰囲気に、紫は怪訝に思っていると。

 

「後ろに女が数名……まさかロック、余というものが居ながら浮気を……?」

「ま、待てゼフィー! それは誤解だ!!」

「う、浮気……?」

 

 一体何を言っているのか、困惑する紫達。

 対するゼフィーリアはぴくぴくと眉を動かし、ロックに向けて憤怒の表情を浮かべている。

 それを真っ向から受けているロックは既に涙目、情けない姿ではあるがあれだけの力の持ち主に睨まれればこうもなるだろう。

 

――そして。

 

 

 

「この………浮気者がぁーーーーーーっ!!」

「待て、話を――ぶへあっ!!?」

 

 ゼフィーリアの蹴りが、ロックの顔面に突き刺さり。

 そのまま近くの壁に叩きつけられ、粉塵が舞うと共に彼の姿が消えてしまったのであった。

 

 

「……何なの、一体……」

 

 

 

 

To.Be.Continued...




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