一方その頃、人里では美鈴と謎の妖怪との戦いが始まろうとしていた………。
幾重もの爪が美鈴を引き裂こうと振るわれる。
それを弾き、避け、いなし、防いでいく美鈴。
しかしその一撃一撃の速度は速く、また重い。
一手から回避する度に美鈴は顔をしかめ、また確実に追い詰められていた。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
「ぐっ……く」
雄叫びを上げながら、尚も激しい攻撃を繰り出してくる男。
単純な力、速さだけならば圧倒的に自分より上だ、そう思い知らされ――美鈴は一気に勝負を仕掛ける。
上段から振り下ろされる右の豪腕、それを“気”で強化した左の裏拳で弾き飛ばしながら、右の掌に巨大な光球を生み出した。
それは気の塊、美鈴の生命エネルギーをそのまま破壊力に変えた必殺の一撃。
「
気の塊を、男の腹部に全力で叩き込む美鈴。
メキメキという音が――骨がひび割れ砕けていく音が男の身体から放たれ、多量の血を吐き出しながら吹き飛んでいく。
更に追撃を仕掛ける美鈴、相手が自分より格上だと判断した以上攻撃の手を緩めるわけにはいかない!!
両足に“気”を込め地面を削りながら踏み込む、そして右足を虹色の気で満たしながら吹き飛んでいく男へと追いつき。
「
懇親の力と気を込めた、右足による矢のような蹴り。
大岩すら容易く粉々にする美鈴の蹴りを受け、男は先程以上の吐き出し――森の中へと飛んでいった。
多くの木々を薙ぎ倒していくがまだ止まらず、やがてその姿も見えなくなった。
静寂が場に訪れ、聞こえるのは荒い息を繰り返す美鈴の吐息のみ。
「はぁ…はぁ…はぁ……」
一気に“気”を消耗した事による疲労が、美鈴の身体に襲い掛かる。
しかし………勝利した。
相手がどんな妖怪かはわからなかったものの、無事人里を守る事が………。
「――オオォォォォォォォォッ!!!!」
「なっ……!?」
森から、何かが雄叫びを上げながら飛び出してくる。
それは美鈴の懇親の攻撃を受け倒れたはずの男だった、男は血反吐を撒き散らしながらまだ呼吸の整わない美鈴に向かって振ってきた。
慌てて迎撃しようと身構える美鈴だったが、上手く気が練れず相手を見上げる事しかできず。
――男が炎に包まれた光景を、視界に入れた。
「ギィィィィィィィィィッ!!?」
「えっ………」
「……ごめん、ちょっと遅くなっちゃったよ」
美鈴の前に現れる、1人の少女。
白い髪と深紅の瞳を持つ少女、右手には小さな炎を生み出し炙られている男を睨みつけていた。
少女の名は藤原妹紅、かつて都で暮らしていた貴族の少女であり、今ではある禁薬を飲み不老不死の身体を得てしまった呪いの少女。
彼女は遅れてしまった事を美鈴に詫びながらも、燃え続けている男に対し警戒心を解かない。
容赦なく、躊躇いなく灼熱の炎で燃やしている、人間はおろか妖怪であっても消し炭にできる火力はある筈だ。
けれど妹紅の中の不安は消えず、やがて火の手は小さくなっていき……残ったのは人型の灰だけだった。
「……死にました、よね?」
「…………」
不安が残る美鈴の言葉には答えず、妹紅は徐に灰へと近づき。
「っ………!?」
「――馬鹿が、吸血鬼の力を侮ったな!!!」
その灰が動いたと思った時には、妹紅は男によって羽交い絞めにされてしまった。
肉の焦げる嫌な悪臭が妹紅の鼻を穢し、羽交い絞めにされている身体は炭化した男の肉体で黒く染まっていく。
だがそれも一時、なんと炭化していた筈の男の肉体が少しずつではあるが復元していった。
妖怪の肉体であっても速過ぎる再生力、けれど自分や輝夜と違い不老不死というわけでもない。
「吸血鬼……話だけでは聞いた事があるけど、西洋の妖怪が東洋に居るなんて一体どうしたの?」
「ちょうどいい。最後の慈悲を貴様に与えてやるぞ女、ロックはどこだ?」
「そんなヤツ知らないわよ、知ってても話すと思う?」
「そうか……ならば、話せるようにしてやろう!!」
口を大きく開く男、剣のように鋭く尖った牙が不気味に光る。
そして男はその牙を、容赦なく妹紅の首へと突き立て噛み付いた―――!
妹紅の首から血が流れ、それを男はゴクゴクと美味そうに飲み干していく。
「妹紅さん!!」
「っ………」
不快感と痛みからか、妹紅の顔が歪む。
逃げようとするが男の拘束は強く、身じろぎする事すらできない。
尚も続く吸血行動、血が足りなくなってきたのか妹紅の顔が青ざめていく。
そして、男が妹紅から牙を抜いた時には、妹紅は力なく崩れ落ち男にもたれ掛かってしまった。
「やはり女の血は格別だな、褒めてやるぞ?」
「こ、こいつ………!」
「我が血を分けてやった……これでお前は我が傀儡だ」
勝ち誇った笑みを浮かべ、男は妹紅に語りかける。
吸血鬼は血を吸った相手を眷属にする能力を持つ、つまり血を吸った妹紅をこの男は自らの傀儡に変えたのだ。
……そう、男の能力は確かなものであり、男が勝ち誇るのも当然であった。
――尤も、それは。
――男の能力が、妹紅に効いていればだが。
「ぬっ………」
軽い衝撃、下に視線を向けると……男にもたれ掛かっていた妹紅が、両腕を男の背に回し掴み上げていた。
まるで男を自分から逃がさないように、けれど男は愚かにも自らに迫る脅威に気づいてはいない。
「――吸血鬼は、灰の中でも蘇るみたいね。だったら……どこまで耐えられるか試させてくれる?」
「何を言って――――っ!!?」
男の言葉が最後まで放たれる前に、妹紅と男を包むように火柱が立ち昇った。
灼熱すら超える獄炎の熱を孕んだそれは、周囲の大地を溶かし大気すら焦がしていく。
当然、その中心に居る妹紅も男も無事で居られる筈もなく、瞬く間に両者の身体は灰と化していった。
しかし男の身体は灰となると同時に驚異的なスピードで再生を始め――けれど、再生すると同時に燃え尽きていく。
「ぎ、が――がぎぃぃぃぃぃぃぃっ!!?」
「吸血鬼の身体って本当に頑丈なのね、まあでも……完全に死ぬまで、燃やし続けるだけだけど」
そう話すのは、灰になった筈の妹紅であった。
地獄の炎でその身を焼かれながらも、彼女は不老不死故の再生能力で何度も死んでは蘇生を繰り返していた。
何度でも生き返れる彼女と、頑強ながらも一つしか命の無い男。
――勝敗は、初めから着いていた。
妹紅が不用意に近づいたのも、男が生きていると判っていたから。
わかっていて敢えて男の拘束を受け、逆に逃げれないようにしたのだ。
後は自分の身体ごと男が死ぬまで焼き尽くすのみ、不老不死だからこそできる無謀で恐ろしい戦い方によって男の身体は少しずつ限界を迎えていき……。
「―――相手が悪過ぎたわね、これでも結構死地を通ってきたんだから」
身体を再生しながら、妹紅がそう言った時には。
男の身体は今度こそ動かなくなり、灰となった身体は崩れ…風に吹かれ消えていった。
「妹紅さん、大丈夫ですか!?」
妹紅に駆け寄る美鈴。
「大丈夫大丈夫。ちょっと首元が気持ち悪いけど、アイツの血はさっきの炎で消し飛ばしたから問題ないわ」
「そ、そうですか……よかったです」
「そっちも無事で何よりね。でも………」
何か、大きな出来事に巻き込まれたような気がしてならない。
そう思い、妹紅はそっとため息を吐いたのだった。
「――それは、一体どういう意味なのかしら?」
場所は変わり、八雲屋敷。
吸血鬼の男から、上記の言葉を放たれ当然ながら紫達は困惑した。
あの吸血鬼が、尊大で誇り高い吸血鬼が他の妖怪に頭を垂れ懇願しているのだ、驚くのは当然であった。
それでもどうにか平静を装い、紫は男に問う。
「我が名はロック、ロック・スカーレットという。遥か遠くの地であるルーマニアにて吸血鬼達を統べながら暮らしているのだが……我等が過激派と呼んでいる者達が何かよからぬ事を企てているのだ。それを阻止しようと準備をしていて……」
「えっ、吸血鬼同士で争うのか?」
「同じ種族の妖怪でも争いあう事は珍しくないわよ龍人、それに人間だって同じくだらない事を繰り返しているでしょう?」
「我が妻であるゼフィーリア・スカーレットは私と共に過激派を止めようとしているのだが……観えてしまったのだ」
「観えた?」
「ゼフィーリアには自身や他者の運命を見るまたは操作する力がある。その能力で妻は……過激派との戦いには勝利するが、自分がその戦いで命を奪われる運命を観てしまったのだ」
それを知ったロックは、一度過激派の連中に降伏しようとも考えた。
そうすれば少なくとも妻の命は助かる、だが……それを配下の者達は決して認めなかった。
何よりゼフィーリア本人がそれを拒み、しかしこのままでは運命通りの彼女の命は奪われてしまう。
彼女は運命を操作する力がある、けれどその運命は彼女の力でも操作する事のできない強制力の強い運命だった。
「私は諦めたくなかった。だが私の力はゼフィーリアより遥かに劣る……私の力では妻や他の者を守る事ができない。そんな中、この極東の地で半妖でありながらとてつもない力を持つ男とその傍に片時も離れぬ妖怪の女が居ると聞いた」
「……私達も、随分と有名になったものね」
元々紫はその能力からあらゆる妖怪に名が知られていた。
そして龍人も今では鬼や天狗といった強大な力と組織力を持つ妖怪にも顔が知られている、遥か西洋の地まで名が広まっていてもおかしくはあるまい。
とはいえ、名が広まるという事はこういった厄介事に巻き込まれることに繋がってしまうのだが。
「頼む!! 私と共にルーマニアに赴き、どうか妻達を守ってほしい!!」
「えっと……」
(あら……?)
もう一度頭を下げ懇願するロックに、龍人が見せた表情は……困り顔であった。
紫にとってこれは予想外の反応だ、てっきりいつものように二つ返事で厄介事に首を突っ込むとばかり思っていたのだが……。
頭をポリポリと掻き、暫し思案顔に暮れる龍人であったが。
「――悪いけど、力にはなれそうもない」
彼の口から出た言葉とは思えない返答が、放たれた。
「っ………」
「龍人……?」
これには、紫も驚きを隠す事ができなかった。
彼の御人好しは筋金入りだ、愚かしいと思えるほどに彼は他者に力を貸そうとする。
今までだってそれで何度厄介事に首を突っ込む羽目になったのか、数え切れないほどだ。
だというのに彼は断った、申し訳なさそうに……力になれないとロックに返答したのだ。
「ごめんな? わざわざここまで来てくれたっていうのに、力になれなくて」
「…………」
うなだれるロック、その表情は落胆と不満の色が見えている。
だが龍人は申し訳ない表情を浮かべながらも、決して自らの言葉を変えたりはしない。
……無言の間が、暫し続く。
「……………そうか、残念だ」
ぽつりと、消沈した声で呟きロックは立ち上がる。
「ならばもうこの場所には用はない、すまないが外へ案内してくれるか?」
「……紫、お願いできるか?」
「え、ええ、それはいいけど……龍人、貴方は本当に」
「協力はできない、これ以上無闇に幻想郷から離れるわけにはいかないってわかったからな」
「………?」
龍人の言葉に若干の違和感を覚えつつも、紫はそれ以上追及しようとはせずスキマを開く。
彼の反応は確かに意外だったが正論だ、わざわざ面倒事に首を突っ込む意味も理由もない。
この幻想郷を守っていかなければならない、自分達はなんでも解決する正義の味方ではないのだから。
「――お話中、失礼致します」
と、藍が妹紅と美鈴を連れて部屋へと入ってきた。
「藍、どうしたの?」
「申し訳ありません紫様、実は……」
「……紫、ちょっと…いやかなり面倒な事になったわ」
そう切り出したのは、妹紅だった。
「? 妹紅、何かあったの?」
「……幻想郷に吸血鬼が現れた、どうにか退治したけど…きっと他の吸血鬼に目を付けられたわ」
「っ………」
「な、なんだと!?」
妹紅の言葉に、ロックは驚愕し目を見開かせた。
それと同時に紫は、どうやら今回も面倒事に首を突っ込まざるおえなくなった事を理解する。
「――追跡されていたようね、ロック?」
「…………」
「追跡って……でも紫、ここから魂魄家までは距離があるし何よりお前のスキマで移動してきたんだぞ? なのに幻想郷の場所までついてこれるのか?」
「スキマを使えば少なからず力の残滓がその場に残るわ、おそらくその僅かな残滓を頼りに幻想郷まで来たのでしょうね」
とはいえこの八雲屋敷は幻想郷内にあるとはいえ特殊な結界と紫の能力によって隠蔽されている、流石にここまでは辿り着けなかったのだろう。
しかしそれを差し置いても、スキマを使用した際に残った残滓だけで追跡できるという吸血鬼の能力には脱帽した。
「す、すまない……私がお前達に干渉したばかりに………!」
「謝られても状況が変わるわけではないわ。――あなたを追ってきた吸血鬼に心当たりは?」
「おそらく…いや間違いなく、妻を殺しスカーレット家の勢力を奪おうとする者達の仕業だ……」
「…………はぁ」
大きなため息が、紫の口から吐き出される。
ため息も吐きたくなるというものだ、せっかく龍人が断ったというのに……こちらから出向かざるをえなくなったのだから。
「……龍人、どうやら今回の事にも首を突っ込むしかなさそうよ。このままこの問題を放っておけば吸血鬼の一族が幻想郷に攻め入って来る、それを阻止するには……私達がこの問題に干渉して解決するしかない」
「そっか……でも幻想郷のためだ、やるしかないよな」
「藍、あなたはすぐに準備を」
「畏まりました!!」
部屋を出て行く藍。
よもや未開の地である西洋まで赴くとは……なんだか紫は笑えてきてしまう。
「――わしも、付き合ってやろうか?」
「妖忌?」
「久しぶりに会った友も手助けをしたい、それに吸血鬼は強力な妖怪と聞く……わしの力が必要になると思うが?」
「それは助かるけど……いいの?」
「友の手助けがしたいと言ったであろう? 幽々子様の事はまだ暫く時間が掛かるという話じゃ、ならばその間に……今より更に強くならなければな」
強い決意、それはかつて守れなかった幽々子を今度こそ守る為に強くなろうとする男の決意であった。
ならばその決意を無碍にするわけにはいかない、それにこちらとて妖忌の同行は心強いのだから。
「わ、私も行かせてください!!」
「美鈴?」
「はーい、じゃあ私も私も」
「妹紅……って、遊びに行くわけじゃないのよ?」
「そんなの知ってるわよ、第一里を襲った吸血鬼を倒したのは私と美鈴なのよ?」
「い、いえ……私はたいしてお役に立てませんでしたが……」
「何言ってるのよ美鈴、そんなわけないじゃない。――とにかく私も行くわ、里を……慧音が平和に暮らせそうな里を襲われて、黙っているわけにはいかないの」
いつも通りの口調と声色、だがその中には燃え盛るような怒りの色が見え隠れしている。
一方の美鈴は、若干の怯えを見せながらも決して自分の言葉を覆そうとはしない迫力があった。
……役に立ちたいと思っているのだろう、彼女は優しく人間よりずっと人間らしい御人好しな妖怪だから。
「……わかりました。ですが私達が出向いている間に再び里が襲われる危険性がありますし……」
「だったら永遠亭の奴らを働かせればいいのよ、どうせいつも惰眠を貪っているんだし不老不死なんだから」
「それもそうですわね」
「そ、それでいいんですか……?」
美鈴の控えめなツッコミに、紫と妹紅は何も言わずただにっこりと微笑みを返すのみ。
それを見て、美鈴は言いようのない恐怖を覚えたのは余談である。
「…………すまない」
「言った筈ですわ、謝った所で状況が変わるわけではないと」
「…………」
「……あなた、吸血鬼らしくないですわね。話に聞く吸血鬼はただただ尊大で、傲慢で、それに見合う力と誇りを持つ種族だと聞いていたけれど……」
「………吸血鬼が、平和に生きる事を望んではいけないか? 妻も同じ気持ちだ、とはいえそのせいで今回のような事態を引き起こしてしまったのだから、本来は望んではいけなかったのかもしれんな」
「あら? 妖怪が平和を望む事が間違いだと誰が決めたのかしら? 私と龍人だって、人と妖怪が共に生きる幻想郷を守る為に戦っているのだから、寧ろ私はあなたの考え方の方が素敵だと思いますけどね」
尤も、異端な考え方だというのは紫自身自覚しているが。
改めて自分は妖怪らしくないと思いつつ、紫は永遠亭にスキマを開く。
そして自分達が居ない間、里を守るように永琳達に事情を話し着々と出発の準備を整えていき。
「――よーし、出発ー!!」
「おー!!」
「向こうのごはん、美味しいと良いんですけど……」
「………あのね、遊びに行くわけじゃないのよ?」
やや緊張感に欠けながら、紫達は吸血鬼の居るルーマニアへと旅立っていくのであった。
To.Be.Continued...
楽しんでいただけたでしょうか?
暇潰しになってくだされば幸いに思います。
二月二十一日、ロックの台詞に矛盾点が見つかったので修正しました。