久しぶりに昔話に華を咲かせようとした矢先――紫に襲い掛かる何者かが突如として現われた………。
第64話 ~血の悪魔、襲来~
――漆黒の爪が、紫の首に迫る。
その一撃は妖怪である彼女すら狩り取れる威力を持ち、また完全な不意打ちだったせいか反応していない。
哀れ紫は凶刃の前になす術なく、その命を奪われそうになり。
「――何してんだ、お前」
「――――!!?」
けれどその爪は、紫に届く事はなく。
介入した龍人の指三本で、呆気なく止められてしまった。
その光景を見て、紫の命を奪おうとした第三者は驚愕によって動きを止めてしまう。
だがそれは愚かな行為、自らに敵意を向けている相手を前にして動きを止めるなど愚行であり。
「っ、ご、ぁ………!!?」
メリメリという音を響かせ、第三者は凄まじい衝撃と痛みを腹部から感じながら吹き飛んでいく。
瞬時に襖を破壊し中庭へと吹き飛び、そのまま壁に激突して壁を破壊し土煙を上げる。
「流石ね、龍人」
「よく言うよ、わざと反応しなかっただろ? 俺が割って入らなかったらどうしてたんだ?」
「龍人なら必ず私を助けてくれると信じていたから、考える必要なんかないでしょう?」
「まあ、紫の事は必ず守るから確かに必要ないかもしれないけどさ」
「…………」
不意打ちだ、頬に熱が帯びるのを感じながら紫は龍人から目を逸らす。
と、今はそのようなやりとりをやっている場合ではないと思い返し、紫達は中庭へと赴く。
土煙は未だ晴れず、けれどその中から感じられる妖力は微塵も衰えていない。
「魂魄家に堂々と妖怪が来るとはな……随分と嘗められたものじゃな」
「俺達はそんなつもりじゃなかったぞ?」
「お主達は別だ。――おい、さっさと姿を現せ。あんな程度でくたばっているわけがないだろう?」
刀は鞘に収めたまま、土煙に向かった言い放つ妖忌。
すると、土煙が晴れる前に第三者が紫達の前に姿を現した。
「………変な恰好だな、お前」
その姿を見て、龍人はおもわずそんな事を口走ってしまう。
長身の身体を持つその男は全身を黒のスーツで身を包み、背中には自分の身体を覆えるほどの漆黒の巨大なマントを装着させている。
髪はキラキラと光る金色、深紅の瞳に口元からは……牙が見え隠れしていた。
確かに龍人の言う通り珍妙な恰好であった、妖忌も同じ事を考えているのか表情が怪訝なものに変わっている。
その中で、紫は男が西洋――即ちこことは違う大陸に生きる生物だという事を悟っていた。
彼が身につけている衣服も西洋のものだ、龍人や妖忌が恰好に怪訝な顔を見せるのも無理はない。
……尤も、目の前の男はあまり係わり合いになりたくない類の“妖怪”だったが。
「妖忌様、大丈夫ですか!?」
轟音を聞き入れたのか、魂魄家の僧達がこちらに向かってくるのが見えた。
すると、男は視線を僧達に向け――牙が剥き出しになるような笑みを浮かべる。
そして男は動きを見せる、しかし向かっていくのは紫達ではなく――僧達へと向かっていく!!
「――お前の相手は、俺だろうが」
「っ………!」
しかしその前に龍人が男の前に回り込み、男は忌々しげに龍人を睨みつつ攻撃に移った。
赤黒く光る右手の爪を振り下ろす男、硬質化されたそれは鉄塊すら砕けるほどの破壊力を秘めている。
だが遅い、天狗という妖怪の速さをこの目で見てきた龍人にとって、相手の攻撃など止まって見えた。
加減はしない、龍人は一瞬で雷龍気を発動。紫電の速さで相手に対し拳を繰り出す。
「っ、ご………っ!!?」
くぐもった悲鳴が、男の口から漏れる。
当然だ、一息で四発の拳を叩き込めばこうもなる、けれど龍人の攻撃はまだ終わらない。
続いてしゃがみながらの足払いを仕掛け、見事男の足は払われ転倒しそうになる。
だがその前に龍人は追撃を仕掛け、無防備な男の身体に3発の拳を叩き込んだ後、左足による後ろ回し蹴りを顔面に突き放った。
骨の砕ける嫌な感触を感じながら、それでも龍人は容赦なく男を蹴り飛ばし沈黙させた………。
「……ふぅ、やり過ぎたか?」
「いいえ、上出来よ龍人。この男はこんな程度では死なないから」
(………随分と、腕を上げたものだ)
前とは別人の強さに変わっている龍人を見て、妖忌は嬉しくもあり…同時に脅威を覚えた。
それは周りの僧達が龍人を見て驚愕と恐怖の表情を見せている辺り、決して杞憂ではない。
とはいえ妖忌は彼に対しなにかしようなどとは考えない、彼は自分にとって友人である事に変わりはないのだから。
――と、男が呻き声を上げながらゆっくりと起き上がる姿を視界に捉えた。
「おい、もうやめろって。もう勝負は付いただろ?」
「情けを掛けるな龍人、仕掛けてきた相手に対し甘い事を言えばこちらがやられる」
刀に手を伸ばす妖忌、しかしそれを龍人が止めた。
「誰も犠牲になってないんだから、別にいいだろ」
「……甘いなお主は、強くなってもそういう所は変わらんか」
「……うっ、うぅ……」
苦しげな息を吐き、吐血までする男。
その痛々しい姿に龍人は駆け寄ろうとするが、その前に男は思わぬ行動に出た。
なんと、男は苦しげな息を吐きながら――龍人に対し平伏すように頭を垂れたのだ。
これには龍人だけでなく紫と妖忌も驚きを隠せない、そのまま固まっていると男が口を開く。
「――貴公の強さ、恐れ入った。どうか……どうか我が願いを聞いていただきたい!!」
「えっ……えっ?」
「突然襲い掛かった無礼は詫びよう! 死んで償えというのなら喜んでこの命を捧げよう! だが……だがもしも、許されるのであれば、どうか私の話を聞いていただきたい!!」
「……………」
ますますわけがわからなくなり、困惑する龍人。
そんな彼の隣で、紫はめまぐるしく思考を巡らせていた。
はっきり言って紫にも今の状況は理解できない、しかし目の前で龍人に向かって頭を下げている男の言葉に嘘偽りはないという事だけは理解できた。
こちらを油断させる芝居ではないというのは鬼気迫る迫力からもわかるし、何より自分の予想が正しければこの男は騙まし討ちの為に他者に頭を下げるなどありえないと思っているからだ。
「……龍人、貴方はどうしたい? この得体の知れない男の話を聞くつもりは…ある?」
なので紫は、龍人の意見を聞こうと彼に問いかけた。
彼が望むのならば自分は何も言わない、ただ彼がこの男の話を聞くつもりがないのなら……彼の代わりにこの男を始末する。
「…………正直、まだちょっと混乱してる。でも困ってるみたいだから、とりあえず話は聞いてみたい」
「おぉ………!」
「わかったわ。――妖忌、私は龍人の意見を尊重したいけど、あなたはどうするの?」
「……いいだろう。わしもこの男に訊きたい事がある、始末はその後でも遅くはあるまい」
「決まりね。場所を変えましょう」
言いながら、紫はスキマを開く。
ここではこの男の話を聞くような雰囲気は作れないだろう、周りの僧達は殺気立っており隙あればこの男の命を奪いに来るという気概が感じられた。
「お主達は屋敷の修繕を頼む。わしはこの2人と共にこの妖怪から話を聞いてくる」
「しかし妖忌様、妖怪に話しを聞く必要など……」
「阿呆が、貴様等この2人を敵に回したいのか? 貴様等全員が束になろうともこの2人には適わん、相手の力量差もわからずに喧嘩を売るでない」
浅はかな部下達に軽く失望しながら、妖忌は戒めの言葉を放ち周りの者を黙らせた。
あからさまに納得をしていない部下達であったが、妖忌が一睨みしただけでその表情も消え失せる。
ふん、と小さく鼻を鳴らしつつ、妖忌も紫達と共に男を連れてスキマへと入っていった。
向かった先は、八雲屋敷。
ここならば誰にも邪魔されずに話を聞けるだろう、自分達を迎えてくれた藍に事の敬意を説明してから、紫達は男を客間へと連れていく。
そして藍が全員分のお茶を用意して退室してから――紫は男に問いかけた。
「それで、話を聞いてほしいと言っていたけど……どういう意味なのかしら?」
「それも気になるけど、お前…妖怪だろ? それも結構強い妖怪だよな?」
「結構、どころではないわよ龍人、彼の種族は……“吸血鬼”なんだから」
「吸血鬼……」
その単語は、龍人にも聞き覚えがあった。
吸血鬼、西洋に生きる妖怪で人間の血を吸い、糧とする夜の一族。
成る程、吸血鬼には凄まじい再生能力が備わっているというが……既に自分が与えたダメージの殆どを回復させている辺り、その能力は嘘偽りのないものらしい。
妖怪の中でも鬼や天狗に匹敵する力と魔力を持つ言われているが……そんな吸血鬼が、何故東方であるこの地に存在するのか。
「願いを聞き入れてほしいともぬかしていたが……お前、一体龍人に何をさせようと言うのだ?」
「………………力を、貸していただきたい」
「力?」
「吸血鬼であるあなたが、半妖である龍人に力を貸してほしい?」
聞く者が聞けば、世迷言だと一笑されるような発言が飛び出し、紫は理解に苦しんだ。
先程も説明したように吸血鬼は鬼や天狗に匹敵する力を持っている、だというのに他者の、それも半妖である龍人の力を借りたいなどと…理解に苦しむのは当然であった。
しかしこの男の表情から酔狂から出る言葉ではないというはわかるが……解せない。
すると男は顔を上げ、悲痛な声で自らの願いを口にする。
「その力であの御方を……我が妻であるゼフィーリア・スカーレットを、運命から守っていただきたいのだ!!」
――時を同じくして、幻想郷人里の中心地。
「美鈴おねえちゃん、こっちだよー!!」
「はいはい、ちょっと待ってくださいねー」
元気よく走り回る子供達を、美鈴は苦笑しながら追いかける。
少しずつではあるが、美鈴は幻想郷へと足を運び人間達と交流を深めていた。
人里の者達は優しく、美鈴自身の性格も相まってすぐに皆と仲良くなる事ができ、今もこうして子供達と楽しく遊んでいる。
そしてその光景と見て周りの大人達は微笑ましい視線を向け、和やかな空気が人里に流れていた。
(ふふっ……なんだか幸せだなあ)
春の暖かさを感じながら、子供達と楽しく遊んで過ごす。
こうしていると、かつて自分が暮らしていた里での思い出が蘇ってきた。
辛い事もあったけども、その殆どが楽しくて…暖かな思い出。
それを思い出して美鈴はまた幸せな気持ちになれた、願わくばこの幸せがずっと続けば………。
「――――」
「? 美鈴お姉ちゃん、どうしたのー?」
突然立ち止まった美鈴を不思議に思い、怪訝な表情を浮かべながら駆け寄る子供達。
しかし美鈴は子供達の声に反応する事ができず、瞬く間に表情を険しくさせ里の入口付近へと視線を向けていた。
美鈴お姉ちゃん、何度も自分を呼ぶ声が何度も耳に響き、そこで漸く美鈴は子供達に反応を返す。
「……みんなを連れてここから離れて、早く」
「えっ?」
「いいね? すぐにここから離れるようにみんなにも言ってください!!」
言うやいなや、全速力で里の入口へと走っていく美鈴。
――何かが、この里の近くに現われた。
体内の“気”を用いて現われた存在が人間ではなく妖怪だとわかり、尚且つここからでもわかるほどの殺気を感じてしまえば険しい表情になるのも無理からぬ事だ。
里の者達はまだ気づかない、しかし妖怪や霊能者が居る以上いずれは気づいてくれるだろう。
そうなれば避難をしてくれるだろう、ならば自分にするべき事は……それまで相手の足止め、もしくは倒す事だ。
「…………」
「……ロックはどこだ?」
現われた存在は、見慣れぬ服装をした男であった。
それは西洋で着られている紫に黄色の線状の模様が刻まれたシュールコー、下は漆黒のズボン、血のように赤い革靴を履いている。
やや頬のこけた不健康そうな顔は不気味に映るが、何よりも口から見える牙が印象的だ。
「ロック……?」
「ロックはどこだ?」
「……何を言っているのかわかりません、ここから消えないというのなら……容赦はしませんよ?」
「ロックはどこだ!!」
叫び、美鈴に吶喊していく男。
「話し合いは無理みたいですね!!」
ならば。自分がやるべき事は1つだけ。
紫達の代わりに戦い、この人里を守る事だ。
「――紅美鈴、参る!!!」
To.Be.Continued...
シリアスばかりですが、この作品はかなりシリアスが多いのでご了承ください。
少しでも暇潰しになってくだされば幸いに思います。