妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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幽々子の墓参りに赴いた紫と龍人の前に、閻魔である四季映姫・ヤマザナドゥが姿を現す。
警戒する紫に、映姫はかつて失ってしまった彼女達の親友、西行寺幽々子を亡霊化させると言い出して………。


第63話 ~魂魄家へ~

「――この西行妖を“冥界”へと持っていき、そこで西行寺幽々子を“亡霊”にします」

「…………は?」

 

 映姫のその言葉を聞いて、紫の口からは間の抜けた声が放たれた。

 しかしそれも一瞬、紫はすぐさま金の瞳に覇気を込めて映姫を睨みつける。

 予想通りの反応に、映姫は取り乱すことなく言葉を続けた。

 

「実は十王からとある指示が来ましてね。――冥界の幽霊達を管理する存在を用意しろと」

「……その役目を、幽々子にやらせるというの?」

「彼女の能力は、我々死者の世界に生きる者側の能力です。この世界では死を招くだけですが…死者の世界である冥界ならば、彼女の能力を“生かす”事は可能でしょう」

「けれど、亡霊化させるという事は……」

「ええ、彼女はもう二度と人間として成仏する事も輪廻転生することもできなくなります」

「っ」

 

 怒りを込めて、紫は先程よりも更に強い覇気を込めて映姫を睨む。

 しかし彼女は先程と同じようにまったく動じない、動じる必要など言わんばかりに平静だった。

 

「ですが八雲紫、今回の件は我々だけでなくあなた方生者にとっても有益なことなのですよ?」

「…………」

「このまま西行妖を放っておけば、いずれ西行寺幽々子の封印を破り死の呪いが世界に充満してしまう。

 ですがこれを冥界に持っていき亡霊化させた西行寺幽々子を常に傍に置いておけば封印は決して破られる事はない」

 

 それにだ、たとえ彼女が輪廻転生を果たしたとしても…また同じ轍を踏むしかないのだ。

 彼女の魂は人間という概念を超越してしまっているほどに大きい、そんな彼女が転生したとしてもまたあの忌まわしき死の能力を受け継いで生まれてしまう。

 そうなればただ苦しみを長引かせ悲しみを広げるだけでしかない、故に亡霊化させるというのは他ならぬ幽々子を救う事に繋がるに等しい。

 亡霊は死者であるが厳密には幽霊とは違う、生者と同じように肉体を持ち生者と同じように生活ができる存在だ。

 故に幽々子を亡霊にすれば生前できなかった生を謳歌する事ができる、人として生きる事は叶わないがそれでも彼女にとって幸せである事に間違いはない。

 

「亡霊化によって生前の記憶は失ってしまいますが、それでも彼女は冥界で“生きる”事ができます。あなた方ともまた話し、笑い合い、友として過ごす事ができるのですよ?」

「…………」

 

 映姫の言葉は優しく、暖かみを含んだものであった。

 彼女の言葉に打算的なものは感じられない、生真面目な閻魔は心からの言葉で紫に説明してくれている。

 本来妖怪である自分に、冥界の事情など説明する必要など皆無だというのに、映姫は紫が幽々子を大切に思っている事を理解し、その気持ちを汲もうとしてくれていた。

 それには紫も純粋に感謝している、そして彼女の言い分が正しく自分達にとっても再び幽々子に巡り合えるという事実を聞けて本当に有益なものだ。

 生前の記憶を失ってしまうのは悲しいが、また巡り合い友人になればいいだけの話、紫にとってデメリットにもなりはしない。

 

 そう――映姫は正しい、それがわかっているというのに。

 妖怪でありながら人と接しすぎた紫の心は、正しいと理解していても納得はできなかった。

 無意味な反抗心だ、それに自分が反対したとしても向こうにとっては何の関係もない。

 結果は変わらず、それでも……幽々子が()()()()()()を謳歌できなくなるという事だけは、紫の心が納得できなかった。

 だがそれも子供のような我儘でしかなく、そんな矮小な心しか持てない自分自身に嫌気すら差してくる。

 

「紫」

「………龍人」

 

 隣に立ち先程から沈黙を守っていた龍人が、そっと包み込むように紫の手を握り締めた。

 彼の暖かさを感じつつ視線を向けると、龍人は嬉しそうに…紫を安心させるように笑みを浮かべていた。

 

「今度こそ……今度こそ幽々子と楽しく過ごそうな、紫」

「…………」

「正直、幽々子が人間として生きられないと言われた時は悲しかったけど、だけどだからって幽々子自身が変わるわけじゃないんだ。

 俺達の事を覚えてなくてもまた友達になれるし、これからずっと会えるならそれで充分だ。少なくとも俺はそう思う」

「龍人……」

「こらこら、一応彼女は死者の住人になるというのにいつでも会えるように思われては困りますよ?」

「駄目なのか?」

「当たり前です。――そう言いたいですが、きっとそちらのスキマ妖怪はこちらの言い分を簡単に無視して冥界に行く事になるのでしょうね」

「ええ、よくわかっているではありませんか、閻魔様」

 

 わざとらしい口調でそう言うと、映姫はあからさまなため息をついた。

 しかし彼女はそれ以上何も言う事はなく、認めはしないものの黙認してくれるようだ。

 感謝します、口には出さず心の中で映姫に対し感謝の言葉を告げる紫。

 そんな彼女の心中を理解したのか、小さく口元に笑みを浮かべる映姫なのであった。

 

「そうだ、じゃあこの事を妖忌のヤツにも知らせてやらないと!!」

「そうね……あれから一度も会ってないし、ちょうどいいかもしれないわ」

「魂魄家に行くのですか? ならばこちらの用事も頼みたいのですが」

「…………」

「そんなあからさまに嫌そうな顔をしないでください、善行を励んでいると思えば良いでしょう?」

 

 紫の態度に溜め息をつきつつ、映姫は懐から何かを取り出した。

 それは金装飾が施された美しい書簡だった、何かしらの術が施されているのか封を触ってもびくともしない。

 

「何勝手に開けようとしているのですか、これを魂魄家の当主に渡してください」

「中身は何ですの?」

「まずは魂魄家の当主にそれを渡してください、いずれわかる事ですから」

 

 さあさっさといったいった、しっしっと手を振る映姫に紫達は苦笑。

 しかし妖忌にこの事を早く伝えたい為、紫達はすぐさまスキマで屋敷を離れる。

 そしてスキマが閉じ、周囲に映姫と小町だけになった瞬間――無言だった小町が、映姫に話しかけた。

 

「――よかったんですか四季様? 西行寺幽々子の事を話すのはいいとしても、生者が冥界に行き来するのは十王様達も良い顔はしませんよ?」

「仕方ないでしょう? 西行寺幽々子の話をした以上、彼女達が冥界に訪れてしまう事は明白です。力ずくで阻止する事も可能ですがそちらの方が我々にとって痛手になるのですから」

「まあ確かに八雲紫は妖怪とは思えない厄介な能力を持っていますけどねー……」

「違いますよ小町、確かに八雲紫の能力は神々の領域まで達せるほどの凄まじい能力ですが……我々が危険視しているのは、“彼”の方です」

「彼って……あの龍人族の子供ですか?」

 

 そんなまさか、おもわず小町の口に笑みが浮かぶ。

 確かにあの少年の力は半妖とは思えぬほどに大きい、力を放出した際に驚いたのは事実だ。

 けれどあくまでそれだけ、世界は広くあの程度の力の持ち主などいくらでも居る。

 だというのに閻魔である映姫達が危険視するなど、信じられないのは当然であった。

 

「彼の強さには終わりがありません。いずれ彼は大妖怪という肩書きでは到底合わない程の力を身につけてしまいます、そして何よりも彼は厄介な存在の加護を受けているようですからね……」

「厄介なって……誰ですか?」

「……言いたくありませんよ、口にするのも恐れ多い方ですからね」

 

 無駄話は終わりです、そう言って映姫は会話を中断させた。

 小町としては先程の話の続きを訊きたかったが、どうせ訊いた所で答えてはくれないだろうし説教されるのがオチだ。

 なので煮え切らないながらも小町は思考を切り替え、自分の仕事に取り掛かったのであった。

 

 

 

 

 

 

 魂魄家の屋敷は、幽々子が暮らしていた屋敷から三つほど山を越えた先にある。

 大きな屋敷だが周囲は山々に囲まれており、ここに来るまでの道のりは獣道しか存在していない。

 普通の人間ならば到底辿り着ける事ができず、また辿り着こうとする酔狂な存在も居ないだろう。

 魂魄家は代々妖怪退治を生業としている一族、故に妖怪達は魂魄家を恐れ決して近づこうとしない。

 そんな屋敷に、妖怪が近づくとどうなるかというと……。

 

「――まあ、こうなるわよね」

「? 紫、何か言ったか?」

 

 映姫からの書簡を届けるのと、妖忌に幽々子の事を話す為に魂魄家へと訪れた紫と龍人。

 彼に会うのは妖怪の山での騒動以来だなと懐かしみながら門を叩いたのだが……そこでふと、紫は魂魄家が妖怪退治を生業にしている事を思い出した。

 正直思い出すのが遅すぎだろうと自分自身にツッコミを入れてしまうほどに間抜けな事をしてしまったと自覚した時には、既に2人は十数人もの人間に囲まれてしまっていた。

 誰もが手に攻撃用の札と霊器(霊力を用いて妖怪にダメージを与える武器)を持ち、紫達に向かって明確な敵意を向けている。

 

(こうなるまで気付かなかった私も阿呆だけど、あの閻魔だって充分こうなるってわかっていたのになんで言わないのよ!!)

 

 半ば責任転嫁をしつつ、さてどうしようかと紫は思案する。

 正直な話、自分達を囲んで今にも攻撃を仕掛けようとしている人間達を打ち負かす事など造作もない。

 しかしそんな事はできず、かといってこのまま何もせずにされるがままというのもできないわけで。

 

「妖怪風情が、この魂魄家に一体何の用だ!!」

 

 人間の1人が激情を込めた声で問いかける、だがその瞳は血走っておりたとえこっちが正直に言おうとも口を開いた瞬間に攻撃を仕掛けてくるのは目に見えていた。

 話し合いはどう考えてもできそうにないだろう、面倒だが黙らせようと紫はそっと妖力を解放しようとして。

 

「――待て、その妖怪達はワシの友人だ」

 凛としたまるで剣のような鋭い声が、場に響いた。

 

 全員の視線が、屋敷の方角へと向けられる。

 すると、屋敷の中から1人の壮年男性が現われこちらに向かってきた。

 白が混じった銀髪を後ろで1つに束ね、背中には二本の刀を携えたその男は真っ直ぐ紫達の前まで歩み寄り、不適な笑みを浮かべながら久しぶりに再会した友人を歓迎した。

 

「――久しぶりだな龍人、紫、妖怪の山での騒動以来か?」

「ええ、あなたは老けたわね妖忌」

「皺ができたなー、それに顎に髭も生えてるし……全体的に渋くなったな」

「ふん、二百年以上経っても外見が殆ど変わらんお前達の方がおかしいんだ」

 

 皮肉めいた事を言う妖忌であったが、その笑みには確かな喜びの色が見られた。

 会うのは実に二百年振りだが、変わらぬ彼の姿を見て紫達も喜びの笑みを浮かべる。

 

「よ、妖忌様……」

「この者達は古い友人だ、手を出すな」

「ゆ、友人でございますか? し、しかしこやつ等は……」

「いつも貴様達が相手をしている下賎な野良妖怪とは違う、妖怪とはいえ中には話のわかる者も居ると言った事を忘れたのか?」

「…………」

 

 責めるような妖忌の言葉と視線を受け、周りの人間達は揃って押し黙ってしまった。

 それには構わず妖忌は紫と龍人を連れ屋敷の中へと入っていく。

 紫達が連れてこられたのはただっ広い大広間、掛け軸や壷が飾られたそこは気品が溢れた空間であった。

 用意された座布団の上に座る2人、そうしている間に妖忌は使用人を呼び人数分の茶と菓子を用意するように指示する。

 使用人が部屋を出て行き改めて3人になった後、妖忌は早速本題に入る為に紫へと声を掛けた。

 

「それで、妖怪であるお主達がわざわざ魂魄家に赴いた理由はなんだ?」

「閻魔から、あなたにこれを渡すように指示されたのよ」

「閻魔様から、だと……?」

 

 紫から手渡された書簡を受け取り、封を切る妖忌。

 先程紫が封を切ろうとして切れなかったというのに妖忌は簡単に切ってしまった、やはり彼だけに封を切れるように映姫が細工をしていたようだ。

 中に入っていた封書に目を通す妖忌、暫し無言の時間が過ぎていき……数分後、彼は封書から視線を外しふぅと小さく息を吐き出す。

 

「……龍人、紫、お前達は閻魔様から幽々子様の事を聞いているか?」

「…………ええ、あの子を亡霊化させ冥界の管理をさせると」

「そうか……ならばワシから説明する事は何もないな」

「ところで妖忌、それには何が書かれてたんだ?」

 

 書簡を指差し、問いかける龍人。

 

「再び幽々子様に仕え、共に冥界にて幽霊達の管理を行えとの指示が書かれている」

「えっ……」

「実は数日前、こちらに閻魔様がいらっしゃってな。幽々子様の事と西行妖の事を聞いていたのだ、その時からもしやと思っていたが……」

「そうだったの……」

「だがこちらとしても願ってもない話だ。――今度こそ、果たせなかった約束を果たせるのだからな」

 

 両の拳を握り締め、顔を強張らせる妖忌。

 ……二百年前の忌まわしき記憶、守れなかった幽々子の事を思い出しているのだろう。

 彼も紫達と同じく、幽々子を守れなかった自分自身を呪い続けているようだ。

 しかしその呪いももうすぐ癒えるだろう、彼が再び彼女と巡り合った時に。

 

「――ありがとう龍人、紫、再び友に再会できただけでなく…この書簡を持ってきてくれて感謝する」

「私達に感謝する必要はないわ。感謝するのならあの閻魔にしなさい」

 

 おそらくあの閻魔は、妖忌の心中を知っているからこそ彼にこの役目を与えたのだろう。

 もちろん彼が半人半霊、あの世寄りの存在だからという理由もあるだろうが……それはついでのようなものだ。

 

「そうだ。久しぶりに会ったのだし今日は泊まっていかないか? お前達がこの二百年の間に何があったのかを聞きたい」

「いいなそれ、とっておきのメシと酒を用意してくれよ!!」

「いいだろう、できる限りの持て成しをしてやる」

「ちょっと龍人………」

 

 制止しようとした紫であったが、龍人と妖忌の楽しげな顔を見てやめる事にした。

 それに紫も久しぶりに友人である妖忌と飲み明かすのも悪くないと思っている、ならばここは厚意に甘える事にしよう。

 とはいえ留守番をしている藍達には連絡をしておいた方が良いだろう、なので紫は一度幻想郷に戻ろうと龍人に声を掛けようとして。

 

 

 

――漆黒の爪が、自分の首を抉り切ろうとしている光景を、目に入れた。

 

 

 

 

To.Be.Continued...




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